学舎
( 2002/05/24)
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作者
紅蓮
登場キャラクター
ルビィ
晴れやかな青が、大空を埋め尽くしていた。
見渡す限り雲ひとつない、胸の透くような空を、大きな鳥が一羽、誇らしく舞っている。
暖かな日の光が大地を優しく照らし出し、天と地の間を悪戯な風が踊り回る。
日の光を存分に受けてすくすくと育った若草たちも、風の悪戯にその身を揺らしていた。
風を受けてさわさわと揺れる音は旋律となり、野原いっぱいに響き渡る。
その野原のど真ん中で、一人の少女が身体を大の字に広げ若草の中に横たわっていた。
中空を見詰める少女の瞳は何処か夢見ごこちで、今にも空の中に引き込まれそうなほどだ。
胸いっぱいに空気を吸い込むと、太陽のぬくもりと若草の匂いが身体中に染み渡るよう。少女はその一瞬を求めて何度も深呼吸を繰り返す。
そして、もう何度目かと思えるほどの深呼吸を終えると、少女はゆっくりとその身を起こした。
「〜〜〜っ、……やっぱ、草原の日向ぼっこは最高だなあ」
どこか間の抜けた声で少女はそう言うと、手近の短い草を一本引き抜いて、唇に当てた。
程なくして、少女の奏でる草笛の旋律が風に乗る。その音は澄み切った大空の彼方と、風に揺れる若草の中へと吸い込まれていく。
長い演奏が終わると、少女は再びその身を大地に横たえた。
今日はずーっと、こうしていたい。それが少女の気持ちだった。
明日は旅立ちの日だ。だから今日という日を全て使って、長い間ここで過ごした思い出を、この身体に刻み込んでおきたい。
一度ここを出たら、当分は戻ってこないから。せめて故郷の大地と草の匂いはいつまでも覚えていたい。
そうすれば、外の世界に出て辛い事や悲しい事があっても、ここでの出来事を思い出す事で耐えてゆける。
「にしても……楽しみだなあ……外の…………」
最後まで言い切らないうちに、少女は柔らかなまどろみの中へと誘われていった。
◇
◇
◇
少女が目を覚ますと、辺りは夕日に照らされて黄昏色に輝いていた。空も、木々も、大地も草たちも、僅かな赤色を帯びて凛然とした姿を晒している。
「うわぁ……今日はまた、特別きれいな夕日だなあ……」
少女はすくっと立ち上がると空を見上げ、そして瞳を閉じた。眩い光が少女を夕日と同じ色に染め上げてゆく。
目を瞑ったまま、少女はゆっくりと語りだした。
「いままで、本当にありがとうなぁ……ここで過ごした時間は、ずうっと忘れないから……」
心地良い風が少女の身体を優しく撫ぜて行く。その拍子に、おさげ髪が風に揺られてゆらゆらとたなびいた。
「お天道様の温もりも、大地の暖かさや心地良さも、生い茂った草の匂いも……暑い日に川辺で遊んだ事や澄んだ水の味も、ぜったい忘れない」
その時、少女の周りで不意に風が逆巻いた。衣服が風の勢いで捲れ上がろうとするのを、少女は咄嗟に両手で庇う。
「……もう! こんな時にまでイタズラすんなぁ!」言った後、くすくすと笑って少女は風が逆巻いてきた方向を見遣った。
「そうそう、あんた達のイタズラ好きもずっと忘れないかんな。あと、風が運んでくれたたくさんの幸せも」
中空に向かって微笑むと、少女は太陽の沈む方向に振り返った。そこにはこの野原に遥か昔からある大きな木がそびえていた。
「あんたにもたくさん世話になったなぁ。大雨の時に雨宿りさせてもらったり、たまらなく暑い日には木陰で休ませてくれた……ふかふかした葉っぱの上で、一 日中寝てたこともあったっけなぁ……」
少女は胸の内から湧き上がってくるものを素直にさらけ出した。自然と頬を涙が伝う。
「みんな大好きだ……ほんとうに……ありがとう」
涙を拭うと、少女は腰に差していた短い松明を取り出し、幾らか時間をかけて火を灯した。その頃には夕日もすっかり落ち、夜の帳が開き始めていた。
「さてと、あんたとも今日でひとまずお別れだね。いままで道に迷わないように照らしてくれてありがとうな。それじゃあ、今日もよろしく」
ぱちぱちと音を立てる松明の火にそう言うと、少女は自分の住む家に向かって歩き出した。
一歩一歩、踏みしめるように。今までの思い出を胸いっぱいに詰め込んだ少女は、ちょっと寂しそうな、それでいて優しげな表情で、慣れ親しんだ野原を離れて いく。
―”…………”―
ふと、少女の歩みが止まり、野原の方に振り返った。風にざわめく野原から、たった今自分の名を呼ばれた気がしたのだ。
でも、それだけで充分だった。確かに呼ばれた……思う事、そして受け入れる事、それこそが重要なのだ。そしてそれはまた事実でもあった。確かに今、野原” 達”は少女の名を呼んだのだ。
”ルビィ”と、そう呼ばれた少女はくるりと向き直ると「いってきまーす!」と大声で応え、満面の笑みを浮かべた。
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