知識神神官外伝 ( 2002/06/08 )
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作者
霧牙
登場キャラクター
ゼクシールズ、他



現新王国暦514年から時を遡ること約1年。

遥か西方の国、ロマール。
旅人たちの国などと呼ばれるその国の王都、同ロマールに私ゼクシールズは居た。
実家は自由人の街道を挟んで南側、一般の市街地や闇市などがある、いわゆる下町に立つ、小さくあるが一軒家だ。
昔より賢者の家系を受け継ぐ我が家は、整理しても整理しきれないほどの書物や品物で散らかっている。
部屋は乱雑だが温かみの感じられるものだが、反対に私の気分は殺伐としたものだった。
理由は言うまでも無い。弟が家を飛び出し、旅に出てしまったからだ。
今まで、手のかかるどうしようもない道楽弟だったと思ったが、やはり兄弟は可愛いものだ。居なくなった途端に、寂しくなってしまう。
弟が居た頃は、一人書物で学問に励んでいれば、口やかましく邪魔をしてくる。家族で食事をとっていれば、卑しく好物を掠め取る。少しでも目を離せば、学問を放りだして剣を振るう。
そんな生活に慣れきったのだろうか。
今では静かに書物を読めるというのに、集中できない。食事中の家族の会話はあるものの、以前のような活気が無い。安心して神殿勤めを出来るはずなのに、ため息が止まらない。
これほどまでに、弟の存在が大きかったとはな。
そんな感情からか、自然と酒場へ行く回数も日増しに増えてきた。
今日も下町の実家近くの酒場で、一人葡萄酒を嗜んでいた。
「よ、また会ったなゼクス。最近よくくるじゃないか」
そう声をかけ、私の向かいに座ってきたのは一人の男。
この男にはじめてあったときの印象は、『歩く武器庫』だった。
それもそのはず、初見のときのこやつと言えば、腰に銀の片手半剣、背中に長剣を2本に大楯、さらに手には真新しい槍を持ち、板金鎧を着込んでいたからだ。有り余る筋力がなせる業だと自称しているその格好は、どうやら武器屋と鍛冶屋の帰りだったらしいが、それでも奇怪すぎるほどの格好だった。
「・・・ああ、ヴァティか。どうも、何をするにも失敗続きでな」
私は苦笑し、葡萄酒を一口飲む。
男・・・ヴァティは苦笑し、そばを歩いていた店員を呼ぶ。
「急なんだがな・・・一緒に遺跡の探索どうだ?都合が悪いことに、癒し手が居ないんだ」
店員にエールを注文すると、ヴァティは私に唐突に話を振ってきた。
・・・一瞬、顔をしかめてしまうが、ヴァティが何の前振りもなく話を振ってくることは多々ある。知り合ってから、何度と無く私の話を打ち切られただろうか。
だが、不思議と嫌な気分にはならず、彼らしいと思ってしまう。それがこやつの人徳だろうか。
「・・・また唐突だな。癒し手云々はいいんだが、最近の私はさっきも言ったとおりだ。役に立てるかわからんぞ」
私は苦笑を浮かべたまま、答える。最近は神殿に勤めてはいるものの、自衛のために学んだ杖術や打撃武器を使った戦闘訓練はまったく行っていない。
「大丈夫だ。戦士は揃っているから、癒しに専念してくれればそれでいいって。それに、今回のは新米を連れて行くこともあって、前に一度探索されたトコロに良く予定だ。つーか、その新米を慣らすため、って感じの仕事なんだがな」
パーティの神官が、都合でロマールを離れているということを告げ、それから「金にはならんが、もしかすると取り残しがあるかもしれんしな」と付け加えてエールを煽るヴァティ。
・・・ふむ、枯れた遺跡ならば気分転換程度には良いだろうし、なまった腕を取り戻すくらいにはなるだろう。
癒し専門なら、武器を振るうことも少ないだろうが。
「それで、その新米とやらは?」
ヴァティは決まったパーティを組んでいるからほかの面子の顔は知っている。
遺跡のことは気にならないでもないが、それ以上にその新米が気になる。何も知らないまま、出発当日まで待つというのもいい気はしない。
「ああ、ここにつれてきてる。おーい、こっちだ」
ヴァティが店の入り口のほうへ声をかけると、緊張した様子で一人の少年が駆け寄ってきた。
年のころは15,6で美しい三つ編みの金髪。新品の皮鎧に一振りの長剣。
「こいつが新米のアルフォンスだ。戦士だそーだ」
ヴァティに促されるように、ぺこりとお辞儀する少年。
「・・・アルフォンスだって?」
不意に弟の名前と姿が脳裏をよぎる。私の弟も、この少年と同じような三つ編みにした金髪、そして背格好もこんなもの。
なにより、名前が似ていた。それもそのはず、弟は初め「アルフォンス」と名づけられる予定だったが、母様の特異なセンスによって少し変えられたのだ。本人は知らないが。
「な、少しは元気でそうな仕事だろう?」
にやりとヴァティが笑う。・・・くだらないところで気を利かせる奴だ。
「ふっ、なるほど。強ち否定もできんな」
それが本心だった。弟ではないが、弟と共に居られるような気がして、気分が少しは晴れたのかもしれない。自然な笑みがこぼれ、珍しく声を上げて笑ってしまった。
「よろしくお願いしますっ、オレ、がんばります!」
ぐっと握りこぶしを作って、瞳を輝かせる。弟も今頃は、エレミアかオランあたりでこのようなことをやっているのだろうか。
が、アルフォンス少年の瞳は件の弟よりも随分と利発そうで、勇敢なものだった。


そこは『石の楽園』と名づけられた遺跡だ。
住人だった魔術師が、石の芸術品や宝石関係の魔法の品を作ったということで名づけられたもの。しかし、その芸術品の大半は以前に訪れた冒険者によって持ち帰られている。
現在は、価値が低いものや大きすぎて運ぶのが不可能なものばかり残っている。
だが、以外にも守護者たる魔物だけはかなり残っていたが・・・。
「せいや〜!」
アルフォンスの気合の声と共に剣が一閃し、骸骨戦士の首が飛ぶ。カラカラと乾いた音を立て、その全身も崩れ落ちる。
「なかなか剣の筋はいいじゃねぇか」
戦闘もひと段落して、パーティの面子であるリッシュがアルフォンスに声をかける。
リッシュは盗賊兼精霊使いだ。昔はよく弟をいじめていたが、今では“雷霊”――雷のようにすばやく、さらに精霊を使うという意らしい――の二つ名を持つ、それなりに腕のいい冒険者になっている。
「いえ、オレなんてヴァティさんやみなさんと比べたらまだまだです!」
それでも、表情はまんざらでもなさそうに微笑を浮かべている。
しかし驕らず誇らず、共に行動すれば行動するほど、私の弟より出来がいいと実感する。
「それより、誰も怪我は無いな?」
さすがに、骸骨戦士相手に誰も怪我は無く、今回もまた私の出番は無かったようだ。
一息ついたら、また探索が始まる。
勿論、所詮は枯れた遺跡だ。今まで見つけた部屋という部屋に、財宝は残っていなかった。それでも、新米冒険者の好奇心を満たすには十分なようで、アルフォンスは不服のひとつも言わない。まったくもって、殊勝なことだ。
しばらく歩くと、大きな扉の前に到着する。
「どうやら、ここは中庭・・・といっても、今はもう荒地になってるようですけど・・・につながっている扉だそうです。さすがに、中庭に財宝は無いだろうってことで、前のグループは調べてないそうですよ」
パーティの古代語魔法使い、アーティが説明する。
「ま、おこぼれを漁るだけじゃつまらないし、調べてないなら存分に調べさせてもらうとしようぜ」
ヴァティの案にみなが賛成し、重たい鉄の扉を、私とヴァティで力任せに押す。こう見えても、私は平均以上に力がある。その私と、平均を異常なほどに超えているヴァティの力をあわせれば、重たい鉄の扉も軽々と開いていく。
そして、眼前に広がるのはボロボロに荒れ果てた元、中庭の景色だった。
その荒れ果てた中でも、工芸品たる宝石の調度品は燦然と輝いていた。
大理石のテーブルと椅子。その上には、クリスタルで出来ていると思われるコップが転がっている。さらには、オブジェとして瞳の部分からエメラルドの輝きを放つ人形などがポーズをとっている。
「・・・すげー・・・こんなの初めてみる」
あまりの美しさに、一言ずつ言葉を搾り出すアルフォンス。もちろん、ヴァティやアーティも含めた私さえも目を奪われていた。
「まさか中庭に残ってるとはな・・・。なんか、お茶のセットみてぇだな」
リッシュがカップや皿を取り、私に手渡す。よく観察すれば、古代王国中期に作られたものと造形が似ている。・・・といっても、文献で呼んだ知識なのでどこまで本当かは分からないが、とにかく高価なものだというのは素人目にも見て取れる。
「マジで枯れた遺跡でこんだけ見つけるなんて運がよかったぜ。なぁ!」
ヴァティが私の背を思いっきりたたく。・・・かなり痛いが、私も知識欲に負けてそんなことは気にならないほど浮かれていた。
・・・周囲に飾られた、人間の石像の不自然なポーズや配置にも気を止めぬほどに。


そしてそれは突然にやってきた。
中庭の奥から、ひとつの影が近づいてきたのだ。
奇怪な鳴き声をあげるそれは、鶏のような姿、足と尻尾は不気味な鱗に包まれた蜥蜴のもの。あまり知られていないとはいえ、賢者としての知識も持っている私にはその正体が分かった。
「お、おい・・・古代の魔術師はこんなけったいな鶏をペットにしていたのか?」
思わず大降りの大剣に手をやりながら、ヴァティが私に問う。
「何を言っているっ、こいつはコカトリスという石化の魔獣だっ。気をつけろ、かなりの強敵のはずだ」
私はすばやく持ってきたモーニングスターを構えて口早に言う。さすがに、前に出て戦う気は無いが、こんな強敵相手に丸腰というのは辛い。
「げっ、これがあのコケコッコ・・・なんとかなのかっ!?」
ヴァティも慌てて大剣を正眼に構える。私と同じく、賢者でもあるアーティはその事態にすでに気づき、魔法を唱え始めている。おそらくは、石化の攻撃に抵抗するための《対魔》の魔法だろう。
「とりあえず、くちばしに注意していればいいっ。爪やら尻尾も強力だろうが、しょせん石化能力があるのはくちばしだけだ!」
私が指示を飛ばすと同時に、《対魔》の魔法が全員にかかる。
それを合図に飛び出すヴァティとリッシュ。・・・そしてアルフォンス!?
「待てアルフォンス!お前には危険すぎる相手だぞっ!」
私とアーティの制止の声をさえぎり、剣を抜いて突撃するアルフォンス。
「大丈夫ですっ、オレだってやれます!」
気合の声を上げてアルフォンスが切りかかるが、それはたやすく回避されてしまう。
続いてリッシュの放った小剣の突きがが堅い鱗にはじかれ、逆に爪で腕を浅く切り裂かれた。そしてヴァティの大剣による横殴りでコカトリスが派手に吹っ飛ぶ。
「いつつ・・・さすがに硬ぇぜ」
リッシュに癒しの奇跡を使うかと問うが、まだ要らないといわれてしまう。さすがにじっと待っているわけにはいかんな。
私もモーニングスターを手に、前へとでる。
「今度こそっ!」
そこで再び、アルフォンスが攻撃をする。今コカトリスは、吹っ飛ばされ地面に倒れている。それをチャンスと見たか、長剣を両手で構えて上段に振り上げて切りかかる。
「・・・駄目だっ、隙だらけだぞ!」
ヴァティが叫ぶが、それは少し遅かった。身を起こしたコカトリスが、その大振りの一撃をかわし、逆に鋭いくちばしでアルフォンスの鎧の無い太ももを突き刺した。
《対魔》を持ってしても抵抗できなかったか、アルフォンスの体が声を発する暇も無く瞬時に石化していった。
「・・・アルっ!!」
途端、私の目に、苦悶の表情を浮かべ石化していくアルフォンス・・・それに弟の姿が重なった。
思わず口から出た名前も、弟の愛称だった。弟と同一視しないように、あえて呼ばなかったアルフォンスの愛称でもある。
同一視してしまった途端に、感情が爆発し、涙と同時に怒りまでわきあがった。
「この魔獣めが・・・よくもアルをやってくれたな」
友人から、「氷のような冷たさ」を感じさせるという私の怒りが久々に頂点に達した。声色も冷たく、視線もまた冷たく鋭いものになっただろう。
知識神よ。力欲する愚かなる汝が使徒に、その御力を貸さんことを!
今まで使うことのなかった《気弾》の奇跡が炸裂する。苦悶の声を上げてよろめくコカトリスに、剣と魔法の洗礼が浴びせられる。
ヴァティの大剣が右の羽を切り飛ばし、リッシュの召喚した光霊が胴体で弾け、全身をアーティの《電撃》が打ちのめす。
「知識神の星になれ!」
そして、私が振り上げ叩き付けたモーニングスターがその頭を粉砕した。


数日後。
石化したアルフォンスは、アーティの《解除》の魔法によって綺麗サッパリ回復した。
心臓が凍りつくような思いをしたが、なんとか全員無事に帰ってこれたわけである。
勿論、持てるだけの財宝は持ち帰り、懐も知識も暖かくなった。
しかし、弟を想う気持ちだけは余計に倍増したようだ。
道中路銀が尽きていないか、賊に襲われていないか、遺跡でのたれ死んでいないか、気になってしかたがなくなった。
アルフォンスに対して失礼かもしれないが、その無謀っぷりを見せられ、さらには死にかけたとあっては、その無謀な性格までも似ている弟のことが余計に心配になってしまった。
だから私は決心した。
「父様、母様。私はしばらく旅に出たいと思います。各地で見聞を広め、知識を蓄え、そして知識神の教えを布教したいと思っています」
一応、本当のことを言ってるが、それすら建前だ。やはり一番の目的は弟、アルファーンズに会うことだった。
両親の承諾を得、神殿に承諾を得、私は旅の準備をする。
神殿から私が出てくるのを待っていた4人にも話はつけた。
ヴァティいわく、「元気が出すぎてとうとう会いに行くか」と笑われた。アルフォンスには、「弟さんとも会ってみたかったです。オレと気が合うそうなんでしょう?ちゃんと会えると良いですね、がんばってくださいっ!」と激励された。リッシュに「チビは治ったか?って言っといてくれ」と頼まれ、アーティからは餞別として魔昌石を渡された。
翌日には、荷物がまとまった。
そして、愛用のモーニングスターとは別に、星をかたどった杖を取る。
数年前、弟が私の誕生日にと、わざわざオーダーメイドで買ってきたものだ。

「ほら、兄貴はラーダ神官だし、星だぜ。カッコいいだろ?」

本人は武器をプレゼントして困らせようとしてたらしい。当時の私も、「知識神の神官に武器を送るとは何事だ」と憤慨していたものだ。実際には、武器として使えた形状ではないが・・・。
だが今の私にとっては素晴らしいプレゼントだった。父様からもらった、お守りの護符よりも、母様の織ってくれたローブよりも。
これさえあれば、道中がんばっていけそうだぞ、アル。


終わり

余談

そして現オラン。
「おねーさん、俺と一緒にお酒どーだ〜?」
酒瓶を片手に、来店した女性に声をかけるアル。
「こらー!アルファー!」
そして、横に居る少女に殴られるアル。
・・・・・・やはり、世話のかかる弟だ。
いくらただ一人の愛すべき弟でも、馬鹿は死なないと治らないようだった。
「アル!すこしは自制しろ!」
今日もオランに、頭を殴る小気味いい音とアルファーンズの絶叫がこだまする。

本当に終わり



  


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