知識人兄弟外伝 ( 2002/06/08 )
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作者
霧牙
登場キャラクター
アルファーンズ、ゼクシールズ、他



時は約2年前。
場所は旅人の王国ロマール。
俺、アルファーンズ=ロゥが冒険者を夢見るようになってはや数ヶ月。
俺は学院をサボって、師であるマリィことマリィベレスと槍の訓練をした帰り、酒場で安いエールを飲んでいた。
「いよう、相変わらずチビだな、アル」
「んだとコラっ!ってリッシュかよ」
いきなり俺にとって最大級の喧嘩腰で話しかけてきたのは、すでに冒険者として売り出し中のリッシュだった。
俺と大して年も変わらない奴で、小さい頃は数人の仲間とつるんでよく俺をいじめまわしてくれた奴だが、今では一応普通に友達やってる。
「まー、怒るな。挨拶みてぇなもんなんだからよ」
そういって俺の隣にどかっと腰を下ろして、酒場のおねーさんに酒を頼むリッシュ。
こいつは早くから精霊使いとしての才能に目覚め、さらにはその器用な手先を買われてか盗賊ギルドで穴熊としての訓練をつんでいるらしい。
まるで冒険者になるために生まれてきたよーな奴だった。
「んで、不良学生相手に何の用だ、憧れの冒険者様?」
俺は皮肉たっぷりに言ってやったが、本人は全然気にしてないといった様子で酒を煽るばかり。
いい加減痺れをきらして、一発殴ってやろうと思ったとき、リッシュがようやく口を開く。
「その不良学生が冒険者を夢見てるそーだから、その冒険に連れて行ってやろうっつーんだよ」
意外な言葉がリッシュの口から発せられた。
俺を冒険に?いつも「お前には無理だ」と笑い飛ばしていたリッシュのことだ、これは何か裏があるに違いない。
疑わしそうな視線を向けていると、リッシュは笑みを浮かべながら、
「たちがお前に、実践的な知識を得る機会をあたえよーってことだよ。お前いつも俺たちが冒険から帰ってきたら、話せびるからな。一回くらい連れて行ってもいいだろーってことだから、そんな疑いの視線なんざ向けるんじゃねぇよ」
まぁ、なにがどーあれ、冒険にいけるってのは嬉しいことだ。
夢にまで見た冒険って奴が経験できる。つまんねー学院の講義を受けるわけでもない、手厳しいマリィの訓練の成果を試せる、ついでにお宝のオンパレード。
万々歳じゃねーか。一瞬疑ったのもつかの間、俺は瞬間的に返答をはじき出していた。
「よっしゃー、連れてってくれるんなら連れてけー!つーか、いまさら駄目だって言ってもついてていくぜ俺は!」
テーブルをばたんっと力強くたたいて、俺は立ち上がった。
冒険・・・冒険・・・ぼうけん・・・ぼーけんっ!
お宝と魔物のパラダイス、実践的知識の宝庫、ビバ冒険!
俺の心は高まり、その日の酒宴は夜遅くまで続いて・・・父さんと母さんと兄貴にしこたま怒られたのだった。



そして待ちに待った冒険当日。
俺はレイドまで出かけた際に買ってきた、龍の装飾が施された品質の良い短槍、同じくレイドの防具店で買った大きな円形楯、動きやすいように自分の筋力に余裕を持たせて作った鎖帷子をローブの下に着込んで出かけた。
《愛剣と愛馬亭》、それがあの日俺が酒を飲んでいた酒場であり、待ち合わせ場所である店だった。
嬉々として店の扉をくぐった俺は、一気にそのテンションが最低限にまで低下した。
「・・・楽しみにしていたくせに、かなりの遅刻じゃないか」
そこに立っていたのは、ほかでもない俺の兄貴、ゼクシールズ=ロゥことゼクスだった。その後ろには、リッシュのパーティの重戦車の戦士ヴァティ、パーティの良心にして魔法使いのアーティ、さらに面白そうな笑みを浮かべたリッシュ。
そういえば、この頃は後に最後のメンバーであるチャ・ザ神官のシルヴィアおねーさんは居なかった。
ゆえに、癒し手はいつも別で雇うとリッシュたちが話していたのを聞いたことがある。
まさかそれが、知識人にしてラーダ神官である兄貴だったとは・・・。リッシュの野郎、ハメやがったな。
「まったくお前は勝手に冒険の約束なぞをしおって・・・」
ぐちぐちと説教をたれはじめる兄貴。
「おいリッシュ・・・監視付きなんて聞いてなかったぞ!」
俺はそれを無視してリッシュに詰め寄り耳打ちするととぼけた顔をされる。
「あれ、言ってなかったっけかな。ああ、そうだそうだ、ゼクスはお前に話した後で、どこかで聞きつけたか、「アルが行くなら私を連れて行け」って言ってきたんだったな」
さも自分は悪くないとゆーような態度を取るリッシュ。でも、どーせリッシュが兄貴にバラしたに違いない。
・・・こいつ、やっぱムカつく野郎だ。
「まぁまぁ、アル君も初めての冒険になることですし、ここはゼクスも抑えて抑えて」
苦笑を浮かべたアーティが、兄貴をなだめにかかる。
しかし、ここで引いては俺の負けのよーで何か癪だ。
「ま、とにかく、さっさと出発しよーぜ。こんなところで兄弟喧嘩を始められたら、日が落ちちまうぜ」
痺れを切らしたか、リーダーであるヴァティが俺と兄貴の間に入って、出発を促す。
確かに、せっかくの冒険を喧嘩なんかでおじゃんにしたくねーしな。
ここはさっさと手を引いて、冒険に出発したほうが利口だな。
俺も兄貴が来るのは癪だが、癒し手が居ないのも困る。すこしばかりテンションは落ちたが、俺たち5人は遺跡へ向けて出発した。


遺跡特有(らしい)の湿ったような、カビ臭い匂いが鼻をつく部屋で、俺はひとつの影と対峙していた。
「うりゃー!」
俺が先に動いた。勢いよく突き出した槍が、ひとつの骨骨した影――スケルトンに襲い掛かる。
すかっ。
あれ・・・槍の穂先がスケルトンの肋骨と肋骨の間をすり抜ける。俺ってヘンなところで器用だな・・・。
ここぞとばかりに、反撃をくりだしてくるスケルトン。振り上げたボロボロの剣が俺を袈裟懸けに切りつけてくる。
「うわわっ!」
俺は慌てて円形楯で受け流し、間合いを取る。
「たかだかスケルトン1体になにをやっているんだ・・・破ッ!」
不意に俺の背後から鋭い声がして、高速で何かが突き出される。
数瞬後には、スケルトンの頭蓋骨がバラバラに砕けていて、頭蓋があったその場所にクォータースタッフの先端が不動で突き出ていた。
この妙にムカつくほど隙がなく正確な、まるで杖術の教科書のような攻撃は・・・。
「おう、終わったみたいだなゼクス」
兄貴だった。
静かに頷き、ヴァティたちの所へ歩いていく。俺もあわててその後に続いた。
チッ。俺の獲物だったに・・・。
入り口入ってすぐの戦闘で不平をもらしてしまったが、その遺跡は冒険初体験の俺には十分すぎるほどのものだった。
ヴァティの話では、未発掘。年代的にも、古代王国で最も魔法の品が繁栄した時代のもので、運がよければ魔法の品をたっぷりと拝見できるかもしれないそうだ。
もちろん、その分罠も魔物もたっぷり残っているはずなので、リッシュの腕がかなり重要になってくる。
が、リッシュ本人は苦労しつつも、次々と扉の鍵や罠を突破していく。
いつの間にこんな凄くなってやがったんだ・・・。
つい今しがたも、扉の鍵を難なくはずして、今では鼻歌を歌いながら部屋の探索をしてる。
俺も負けじとそこらを探索する。
埃の積もるテーブルクロスをどけて、デスクの引き出しをごそごそとあさる。
ごっちーん!
「いってー!」
いきなり後頭部に衝撃。一瞬、出しっぱなしの引き出しにぶつけたか、とお約束的なことを思ってしまったが、衝撃の張本人は兄貴だった。
「あにすんだよ!いてーじゃねーか!」
俺が早口に文句をまくしたてる。がしかし、兄貴は俺の放り捨てた埃まみれのテーブルクロスを拾い、
「何をしている、はこっちの台詞だ。お前の目は節穴か。そのテーブルクロスひとつですら、今では貴重なものだぞ。洗礼された織り目やデザイン、古代王国期の芸術品としてかなりの価値がある。それをぞんざいに扱うな馬鹿者がっ!」
俺に勝るとも劣らない早口で捲くし立てた。兄貴も、こと古代王国の遺産に関しては口うるさい。流れる知識人の血筋か、そういったものへの関心は俺と同じく人一倍なのだ。
「わ、悪かったな。俺はそーゆーの興味なかったから知らなかっただけだよ、大目に見やがれ!」
我ながら理不尽な謝罪をするが、兄貴は「興味がないですまさずに勉強をしろ」とかぶちぶち文句を言い続けている。
ちょっと離れたところでは、いつの間にか見つけ出した魔晶石をもてあそびながら、ヴァティとリッシュが大きなため息をついていた。
件の部屋で、クズ魔晶石とテーブルクロスを回収した後小休止し、俺たちはまた遺跡の探索に戻った。
部屋という部屋を開けるたびに、スケルトンやゾンビといった低級不死者が湧いて出てきた。スケルトンとかは守護者としてよく使われるって聞いてたけど、まさかこれほどとはな、と思いつつもそれらを粉砕しつつずんずん進む。
そして突き進み突き進み、最深部と思われる場所の扉を開いた先は・・・やたら大きいだけで、調度品のひとつもないだだっ広い部屋だった。行き止まりともいう。
「んだよこれ、なんにもねーじゃんかよ」
俺がヴァティに食って掛かると、片手で俺の頭を抑えるヴァティ。
「まぁ落ち着けよ。リッシュ」
「おう、まかしとけ」
リッシュが床やら壁をたたき始める。それに習うように、ヴァティもたたき始め、兄貴とアーティはそれぞれの杖でコンコンしはじめる。
「・・・なにしてんだ?」
俺の疑問も無視され、各々がその奇妙な作業に全神経を集中させてる。
そこはかとなくムカつくが、意図が分からない以上、とりあえず静観を決め込む。
「・・・お、このへんが微妙に音が違うぜ」
数分くらい経って、床の一点を熱心にたたいていたヴァティが声を上げた。
リッシュがそこへ駆け寄り、丹念に床を調べる。
「おう、たぶんこのあたりだな、不自然な埃の切れ目もあるし。でかしたぜヴァティ」
にかっと笑い、ついでリッシュは短剣を取り出す。そして床をなぞって、埃の切れ目とやらにそって短剣を突きたてていく。
「・・・なぁ、だからなにしてんだ?」
「馬鹿者。隠された扉を探しているんだろうが。冒険者になりたいとかいっておきながら、そんなことも想像が付かないのか」
別に兄貴に聞いたわけじゃねーけが、作業をじっと見ている兄貴が答えた。
とりあえず、なるほどと納得して、3人に習ってその作業を見守る。
ガリガリと短剣を這わせるたびに、床に溝が浮かび上がってくる。
それを何回か繰り返すと、そこには大きな四角形の溝が出来上がった。
「よっしゃ、出てきたぜ。後はアーティにまかせた」
リッシュはくるくると器用に短剣を回して鞘に収めると、手に付いた汚れをはらって立ち上がる。
「ええ、任されました。じゃあ、さっそく使っちゃいましょうか」
懐から、さっき見つけた小指の先ほどの魔晶石を取り出して握り締める。
古代語の詠唱が始まると同時に、魔晶石が淡く光だしその微細な魔力を開放する。
万物の根源たるマナよ・・・
小さく《開錠》の呪文を唱えると、きしんだ音をたてて床の扉が開いていく。
床が大きく口を開き、階段が現れると同時に魔晶石は砕け散った。
「おおー・・・すげー、こんなトコに階段があったのかよ」
「ほら、さっさと行くぞ」
ヴァティに促され、俺たちはリッシュ、ヴァティ、アーティ、俺、兄貴の順で階段を下る。



そこはまたもだだっ広い部屋だった。
しかし、さっきの部屋とは明らかに違う違和感がある部屋。
「おおっ、あれはっ!」
俺が声を張り上げた。
その視線の先には幾重にも鎖で封印された、一振りの剣。おそらくは、噂に聞く魔剣ってやつだろう。
しかも、黒く厳つい鎧まで一緒においてある。
「いっやほ〜い♪」
俺は歓喜の声を上げ走り出す。
「待て、先走るな!」
兄貴の声が後を追ってくる。俺を制止したのかと思ったが、どうやら自分も知的好奇心に負けたようで同じく興味津々な顔つきで俺を追ってきていた。
「お、おい、お前ら二人マジで先走りすぎだ!罠とかあったらどうするんだ!」
ヴァティの声も耳に入らず、俺は魔剣と鎧に向けて一直線。
「ま、隠し部屋に罠なんかないだろうな、普通は。・・・普通は守護者ってトコロだろーけど」
リッシュが小剣を油断なく構えて、そうつぶやく。
そこで俺と兄貴は初めて脚を止めて、振り替える。ヴァティの怒鳴り声よりは小さい声だったが、嫌に大きく聞こえた。
その守護者という言葉に反応したがごとく、じっと佇んでいた鎧が動き出した。
「んなにぃっ!?」
俺は慌てて飛びのき、槍を構えた。
「まさかこれ、ゴーレムとかアンデッドナイトとかいうなよっ!?」
大剣をずらりと引き抜き、駆け寄ってきたヴァティの一言。
「・・・いや、兜から覗いている骨の顔からして竜牙兵だろうな。ゴーレムの類ではないと言い切れないが」
「ああ、不死のオーラは感じられねぇ」
兄貴の冷静な観察、さらにリッシュの裏付け。決め手は魔術師であるアーティだった。
「間違いありませんね。あれは竜牙兵です。ただ、鎧は尋常なないくらい立派なものでしょうけどね」
さすがにもう魔物議論を続けている暇はなさそうだ。
竜牙兵は腰に携えていた巨大な片手半剣を引き抜き、無駄はないが、妙にカクカクした機械的な動きで切りつけてきた。
俺たちはいっせいにその場から散って、それをかわす。
「これは油断なりませんねぇ・・・万物の根源たるマナよ・・・見えざる壁となって我らを守れ
遠く竜牙兵から離れた位置に立って、アーティが《盾》の魔法を俺たちにかける。
よっしゃ、これで勇気百倍・・・といいたいけど、俺は学院の講義で竜牙兵はかなりの強敵だと習った。
ここは迂闊に手が出せないぜ・・・。
「りゃあああ!」
ヴァティが大剣を振りかざし、竜牙兵に打ち込む。鎧と剣が激しくぶつかり合って、火花を散らす。
竜牙兵も負けじと剣をヴァティに打ち付ける。甘んじてそれを鎧で受け止めたヴァティは、少しよろけて2,3歩下がる。
よし、竜牙兵が大振りの攻撃をすれば、少しくらい隙が出来るだろう。
「おらぁーっ、食らえっ!」
俺は後ろのほうへ回りこんで、鎧と兜のつなぎ目あたりを狙って槍を突き出す。
キィンッ!
「・・・げげっ!・・・うどわあっ!!」
狙って狙えない場所じゃないが、俺の腕が悪かったか兜によって弾かれ、逆に予想と反した機敏な動きで反撃してきた。
俺は慌てて楯を構えてそれを受けたが、馬鹿力に弾き飛ばされ、ごろごろと床を転がるはめになった。
「いたたた・・・まともにくらったら死ぬぜちきしょー。・・・げっ、槍折れてやがる」
血がにじんだ額を押さえ、手にした槍を見ると見事に刃がポッキリ逝っていた。
幸い、柄や装飾部分は無傷だから帰ればいくらでも鍛えなおせるだろうが・・・ここにきて武器を失ってしまった。
「まったく、無茶をするなといっているだろうが。・・・知識司りし偉大なるラーダよ。この者の傷を癒したまえ
俺のそばに駆け寄った兄貴が、説教しつつも小さく祈りの言葉をつぶやき、俺に《癒し》の奇跡を施す。
瞬時に額の傷口がふさがり、痛みも去る。
「お前はもういい、下がっていろ!」
離れた場所からリッシュが叫ぶ。その手は懐に突っ込んで、何か宝石のようなものを取り出していた。
雄雄しき大地の精霊よ!今その力を解き放ち、汝が怒りをぶつけよ!
精霊が見えるものなら、リッシュの手にした宝石から大地の力が溢れるのが分かっただろう。宝石に封じてきたという地霊が力を発揮し、竜牙兵の周りの砂や石が持ち上がり、嵐のように竜牙兵を打ち据えた。
石が鎧に穴を穿ち、装甲をはがし、その骨の肌を露見させていく。
「よし、《石つぶて》の効果が切れると同時に、次の魔法を間髪いれずに撃てよ!」
ヴァティの叫び声に、アーティはこくんと頷き杖を構えて呪文の詠唱に入る。
そうか、竜牙兵は武器が聞きにくい分魔法には耐性が無いんだな。魔法生物ってゆーだけだから、魔法も効きにくいだろうと思い込んでいた自分の知識を書き換えておく。
石の嵐が止むと、鎧を穴だらけにし、すでに使い物にならないくらいに変形した楯を持った竜牙兵が再び襲い掛かってくる。
「どりゃああ!今だやれっ!」
その攻撃を大剣で受け止め、押し返して飛びのきながらヴァティが声を張り上げる。
それを待っていましたとばかりに、アーティの詠唱が完了した。
万物の根源たるマナよ。敵を砕く雷となれ!
杖から発したまばゆい《電撃》が、竜牙兵を襲う。
強力な魔法に耐えかねたような悲鳴を上げて、竜牙兵の鎧が崩れ落ちた。同時に、その体もバランスを失い、こっちへ向けてよろけてきた。
これはチャ〜ンス・・・と思うが武器はなし。
「アル、これを使え!」
兄貴が俺に杖を渡してきた。思わぬ兄貴の行動に、一瞬あっけに取られるが、すぐにそれを槍と同じ要領で構え、竜牙兵に打ってかかる。
俺の横には、いつの間にか、腰の後ろにでも隠し持っていたモーニングスターを構えた兄貴が並ぶ。
「食らえっ!」
堅い樫で作られた俺の杖が鋭い唸りを上げて竜牙兵の楯を突く。魔法攻撃でボロボロになった楯はあっけなく、それを持っていた左腕ごと砕け散る。
「まだ終わりではないっ!」
さらに俺に続けて兄貴の鉄球が竜牙兵の胸を打つ。兄貴の馬鹿力によって加速された鉄球は、肋骨をベキベキと砕き、勢い余って地面を打つ。
竜牙兵がボロボロになった体をカクカクと動かし、俺たちの脳天目掛けて剣をたたきつけてくる。
『はっ!』
俺たち二人は、妙に息があった動きでそれをよける。
「これで終わりだっ!往生しろっ!!」
ヴァティが気合の声を上げて突っ込んでくる。
俺と兄貴は、それぞれ左右に飛んで道を空け、ついでとばかりに竜牙兵の足を狙って武器を振るう。
杖が右足の間接を突き抜き、鉄球が左足を粉々に砕く。
そして、振り上げられた大剣が、竜牙兵の残った体をバラバラに叩き砕いたのだった。



アルファーンズたちの目の前には、一振りの魔剣。
幾重にも巻かれた鎖は、すべてとかれている。
リッシュが慎重に剣が収められている台座を調べ、罠が無いかを確認していく。
「よし、たぶん罠は無いな。魔法的な罠があるかもしれねぇが、多分大丈夫だろう」
普通の罠を調べるときよりもじっくりと時間をかけ、調べ終わったリッシュが額の汗を拭いながら言った。
勉強したり、学院に安置されている魔法の品は見たことがあるが、こうして遺跡にあるものは始めてみるアルファーンズの期待は否が応でも高まっていく。
「見たところ、私の知っているどの呪われた邪剣とも一致しない形状だ。抜いてみても問題は無いだろう」
ゼクシールズの簡単な鑑定を聞き、ヴァティが台座から剣を手に取り、そのまま引き抜く。
すらりとした長い、淡く輝き青い軌跡を描く美しき刀身。形状はバスタードソードだろう。
「おおっ、ちょっと貸して貸して!」
「いや、先に私が見てやろう」
途端に、アルファーンズとゼクシールズの剣の取り合いが始まった。
さっきのテーブルクロスのときもそうだが、ゼクシールズの古代の遺産に関する興味関心は人一倍である。それはアルファーンズとて同じことだ。
魔剣を中央にはさみ、ふたりの鑑定会が始まった。
「この柄の装飾からして、古代王国中期あたりのだろ?ほらここの・・・」
「うむ、攻撃に関する魔力は低めに創られていそうだな。手にはなじみ易いが、強力な魔剣に見られる強い輝きが薄いからな」
「お、でも特殊な魔力自体は刀身にあるんじゃねーか?この刀身の宝石が怪しいぜ」
「む・・・この紋章は確か“捕獲者”イェルの紋章ではないか?だとしたら、動きを制する魔力があるやもしれんな」
いつもの兄弟の雰囲気はどこへやら、和気藹々と推測を並べ、評論しはじめる。
それを唖然と見ているヴァティら3人。
「こいつら、いつもは喧嘩ばっかだけどやっぱ兄弟だな」
しみじみと、ヴァティが腕を組みつつつぶやいた。
「ここぞというところでのコンビネーションも、やっぱ兄弟だから出来るもんなのかね」
さきほどの戦闘を思い出し、苦笑しながらも二人の評論を見守るリッシュ。
「ええ、なんだかんだで、仲の良い兄弟なんですよ。リッシュは、それが分かっててあの兄弟を誘ったんじゃなかったんですか?」
魔剣を取られて、役割に溢れたアーティは、今までの部屋で見つけてきた別の宝物や調度品の鑑定を始めている。
リッシュは苦笑を浮かべたまま、壁を背に座り込む。
「まさか。半分はからかうつもりで、アルとゼクス兄のふたりを同じ仕事につき合わせてやったんだぜ。まさかこーなるとは思ってなかったぜ」
「だと思ったぜ」
ヴァティが豪快に笑い出すと、残りの二人も吹き出し、評論が終わるくらいまでひとしきり笑った。
とにかく、帰って調べるのが先決だと落ち着いた評論から戻った二人が、怪訝そうな顔をしていたが、それは些細な問題だった。
「で、これはやっぱりヴァティが持つべきなんだろーな」
アルファーンズが剣を鞘に収め、ヴァティに渡す。
一瞬呆けた顔をして、剣を受け取るのをためらうヴァティ。
「いいのか?別に俺はこれを売ってみんなで儲けを分けてもいいんだぜ?」
嬉しそうな感情を抑えて搾り出した声に、みんながいっせいに笑った。
「ばーか、おめぇ、魔剣がほしいっていつも言ってたの、みんなが忘れてるとでも思ったのか?あんだけ物ほしそうな顔してるおめぇも珍しいことだし、見つかったら優先的におめぇにまわすって決めてあったんだよ」
リッシュがげらげらと笑って、ヴァティの背中をバシバシ叩く。
アーティも「お金なら、これを売ればいくらにでもなりますよ」と自分が鑑定していた品物を見せて微笑し、ゼクシールズも「私は剣の扱いは苦手でね。実家に住んでいることもあり、金には不自由せんよ」と笑った。
ただひとり、アルファーンズだけが羨ましそうにしていたが、冒険に連れてきてもらった恩もあるし、この仕事でいろいろな知識を吸収したこともあり最後には諦めがついたようだった。
「でも、鑑定は俺ん家に回せよ。格安で、俺様が鑑定してやるから」
そういって、ヴァティに剣をしっかりと握らせた。
「へへ・・・みんなありがとうな」
子供のように無邪気な笑みを浮かべて、その剣を腰のベルトに吊るす。
長い刀身が、巨体のヴァティには良く似合った。
「・・・ところで」
ふと、ゼクシールズがその腰の魔剣を見てつぶやいた。
「その魔剣を調べるのは私がやろう。アルは下がっていろ」
「んな!アホかっ、これは俺の仕事だ!」
「いや、私がやろう。お前に任せては一月かかっても無理だろうからな」
「んだとコラ、この暴力神官!」
「何をぬかすか馬鹿弟めが!」
結局、喧嘩を始めてしまう兄弟であった。
大きなため息をつくヴァティ、リッシュ、アーティの3人。
こうして、ロゥ兄弟最初で最後の、一緒の仕事は幕を下ろしたのであった。


終わり

後日談。

あれから1年と少しが過ぎたころ。
結局アルファーンズは冒険者になる、と家を飛び出し、ゼクシールズもその後を追うように旅に出て行った。
「まぁまぁ、いらっしゃいませ。えーっと、今日も鑑定ですか?」
ここはロマールの下町にある、アルファーンズら兄弟の実家である、ロゥ家。
大き目の一軒家は、書物で溢れ、古代王国期の調度品や魔法の品が垣間見える。
彼らの実家は代々賢者の家系。親しい人や一部の冒険者の人は、ときおり見つけてきた宝物を賢者の学院ではなくこの家へ持ってきて、鑑定を頼んでいる。
今日も、兄弟の両親の親しい友人である冒険者が大きな袋を抱えてやってきた。対応に出たのは、長く美しい金髪を三つ編みにした若く見える女性、兄弟の母親だった。
「ああ、今日はこんなもんかな。いつものとおり、まかせたよ」
どさっと袋を下ろし、一息つく冒険者。その視線が、ふと部屋の壁にかけてある一振りの魔剣に目が止まる。
「あれ、奥さん。あれは売りモンなのかい?」
この家では、時折だが魔晶石などの魔法の品を安価で譲ってくれる。無秩序に散乱した部屋の中で、きちんと鞘に収められ綺麗に磨かれて掛けてあるそれは、ひっそりと飾られていて、しかし存在感だけは十二分に醸し出していた。
「あらあら、ごめんなさいね。これは最近、とある人が寄贈してくれた大切な大切なものなんですよ。うふふ・・・」
母親は、頬に手を当てて笑った。冒険者は「そりゃあ残念だ」と笑い、家を去っていく。
「さて、忙しくなるわねぇ。あなた〜、お仕事ですよ」
大きな袋を軽々抱えて・・・蛇足だが兄ゼクシールズの馬鹿力は母親ゆずりらしい・・・部屋の奥へと引っ込んでいく。
壁に大切にかけられた魔剣。それは兄弟の記念すべき初仕事で手に入れ、ヴァティの手に渡った魔剣と同じものだった。
《メモリアルソード》と名付けられたその剣は、今ではロゥ家にひっそりと飾られている。
それは、兄弟の知る由も無いことである。

本当に終わり



  


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