旅人の唄(後) ( 2002/07/30 )
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作者
T-Z
登場キャラクター
ロス



都に赴くも、我が意のまま。
荒野を渡るも、我が意のまま。
魔獣も、私の歩みを止める事はできず、
王も、私の道に立ちはだかる事はできない。
ただ、引き止めた母の涙を思う。
           伝承歌謡/旅人の唄

 何度も言うが、ロスは義母を愛していた。今でも、それは変わらない。ロスに、「愛する者はいるか」と問えば、その、太陽と酒に灼けた唇でこう答えるだろう。
「俺が愛するのは、大奥様をおいて他にはいない。」

 ロスは、義母を母と呼んだ事はなかった。そう呼ぶ事は許されなかった。同じように、マイラも、このやんちゃな義理の息子を、息子と呼ぶ事はなかった。二人は、お互いを、ロスさん、大奥様、と呼び合っていた。それが、礼儀正しいという事であったし、お互いを尊重するという事であった。貴族のルールでは。

 だからロスは、自分が、騎士に向いていないと気付いていても、それを口や態度に出す事はなかった。騎士になる事でしか、奥様から受けた恩に報いることはできない。そう考えた。実際、そうなるための修行は楽しいものだった。つづり字は、相変わらず苦手だったし、ファリスの教えは、(少なくとも、城付きの司祭の語る教えは)今ひとつロスに対する説得力に欠けていたが、剣の道には自ら才能を感じていたし、博物学も興味深かった。ただ、博物学書の挿絵だけでは、我慢できず、いつも、本物の魔獣や魔法生物に遭いたくてたまらなかったのを覚えている。そうしてみると、ロスはこのころから既に、多くの冒険者達がそうであるように、「自由な魂」の持ち主であったことが察せられる。

 ロスが騎士に向いていないのは、まさにそこだった。ロスの自由な魂は、騎士という職務に相容れないものがあった。
 が、ロスは、それでモいい、とも思った。母が自分に望んだ事だ。何を捨てても惜しくはない。自分は、日向の人生を歩むのだ。

 だから、周囲から見れば、奇跡にも思えた騎士叙勲の内定も、ロスには、当然のことに思えた。ロスの賜る姓は、マクフィールドと決まった。17歳の青年は、自分のにきびの似合う顔を、水面に写して問うた。「おまえが、マクフィールド卿だって?」そう言うと、ロスは吹き出してしまった。周囲に人がいたら、泣いたように笑うロスを気味悪く思っただろう。

 嫡男セリーシャが、落馬で死んだのは、その吉報の翌々日だった。

 ロスがその報せを受けたときには、日が暮れていた。ロスは、地元の悪友達と、最後のパーティに興じていたのだ。報せを受けて、ロスの頭はすばやく回転した。この事が、後継ぎの問題や、貴族達の勢力図にどんな影響を与えるのか、自分はどうすればいいのか、ロスはすばやく考え、結論を出し、そして、卑しい考えだといわんばかりに頭の中から振り捨てた。そんなことより、心配すべき事があるだろう。
「大奥様のご様子は?」
ロスは使者に聞いた。
「奥様は、公子様のご遺体の前に立って、動かれません。眼の生気を失っておいでです。」
ロスが、城に帰ると、果たして、その通りだった。

「奥様・・・」
マイラは、ベッドに横たわる息子の遺骸を見つめたまま、答えた。
「ロスさん・・・」
マイラは、静かに語り始めた。
「ロスさん、この子を産んだとき、私は十九でした。」
「・・・・・」
「今、私は、三十三です。なのに、この子はもういなくなってしまった。」
ロスにも、言いようのない感情が生まれていた。マイラのもとで、セリーシャとは兄弟のように育った。いずれ使えるべき君主として、年下の義弟として、セリーシャは申し分ない器量を持ち合わせていた。自分とは違う、貴族としての才能。だが,死んでしまっては・・・・・!

「ロスさん、傍にいてください。あの雨の日のように。」
「大奥様。」
ふり絞るようにロスは言った。
「残念ですが、それはできません。あなたのために私のできる事、それは、今夜のうちに、
行方をくらます事です。」
マイラは泣きそうな顔になった。ロスは下を向いた。マイラの顔を見れなかった。
「このまま、私が騎士叙勲を受ければ、ローファンス卿との、跡目争いになる。私が望まなくても、否応なしに引っ張り出されるでしょう。王都の貴族どもの争いの舞台として、十年は騒ぎが続き、様々な我が家の権利が奪われる事は、目に見えています。」
ローファンス卿は、義妹ローザの夫である。正当な相続権は彼にある。
「お許しください。」
そう言って、部屋を出て行こうとした。マイラの顔は、見れなかった。

「まって。」
マイラは言った。
「私は、一晩に二人の息子を失わなければならないのですか?どうか、ここにいて。」
「お願いします。私に騎士の才能はありません。このままいかせてください。」
マイラは、悲しいため息をついた。
「あなたは、昔から、野山を駆け巡るのが好きな子でしたね。」
「・・・・・・」
「この間の吟遊詩人の長い歌。旅人の唄というのでしたっけ?あなたは、目を輝かせて聞き入っていましたね。とても、一月後に騎士になる人の顔には見えませんでしたよ?初めて会った少年のあなたのようでした。」
「あなたは、あの歌で言う、自由な魂なのね。・・・・・・お行きなさい、ロスさん。私のわがままに付き合ってくれて、ありがとう。」
マイラは微笑んでいた。ロスは、頭を下げ、部屋を辞そうとした。
「いつでも。」
マイラは背中に言った。
「いつでも帰ってきてよいのですよ。ここは貴方の家です。」
背中を見せたままロスは言った。
「この空の下、どこへ行こうとも、私の家はここです。私は誓います。どんな人生を歩もうとも、あなたよりも先に逝くことはしない。それだけが、私にできる最後の孝行です。」

「さようなら、息子よ。」
「さようなら、母さん。」


 さて、これが、ロスが旅に出るまでの物語だ。読者諸兄の中には、カウンターでロスと話した人もおられるだろう。あなたは言うかもしれない。あんながさつそうで、むさくるしい男が、騎士だって?と。
 だが、ロスが、あのように、すなわち自由と冒険の信仰者として自ら認めるようになるまでには、また別の物語を語らねばならない。
 その物語には、彼が後に「師匠」と呼ぶ一人の穴熊が密接に関わってくるのだが・・・夜もふけてきた。今宵はここまでにしておこう。



                              END



  


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