涙雨 ( 2002/08/22 )
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作者
登場キャラクター
マゼンドリス



オランの街中にある傭兵ギルドの鍛錬場、その通路を歩くマゼンドリスの前を一人の快活そうな少女が足早に歩いている。
「おぃ、そんなに急ぐでないよ、あたしゃ逃げたりしないさね」
 苦笑気味に言ったマゼンドリスの言葉に、少女は背中越しに振り返った。
「だって、マゼンダって、ちょっとでも間が空くと、すぐ気が変わりそうなんだもんっ!」
 少女は、クリッとした瞳を嬉しそうに細めると、また足早に先へと進んだ。
 マゼンドリスは、そんな少女の表情をやれやれと言った感じで見つめ、ふとその表情に見覚えがある事を思い出し、その記憶の糸をたどり始めていた…。


 それは、マゼンドリスがオランに赴く事数ヶ月前、丁度、貴族同士の小競り合いに傭兵として参戦していた時の事である。

 
 その日、マゼンドリスは何時もの様に、野外に設置された兵士達の鍛錬場に顔を出していた。
 そこには、貴族の私兵に混じって強面の傭兵達も己の鍛錬に精を出していた。
「おぅ、やってるようだねぇ」
 マゼンドリスは、愛用の紅い硬革鎧に身を包み、重鎚矛と円形盾を手にその場に姿を現した。
 マゼンドリスは、むさ苦しく剣闘している傭兵達を嘲る様な表情で眺めていたが、その中にたどたどしく剣を扱う小さな人影を見つけた。
 その人影は、数人の傭兵相手に剣を教わっている様だったが、どうにも形になっていない様で、周りの傭兵の嘲笑を買っていた。
 マゼンドリスは、大股でその輪に近づくとそこへ割って入った。
「オラオラッ、何ママゴトみたいな事やってるんだい!見てるこっちが苛ついちまうよ!!」
 マゼンドリスは凄みを利かせた声で、その輪の中心にいる人影に怒鳴った。
「ふぇ!?ご、ごめんなさいぃぃ!!」
 その人影は、マゼンドリスの怒声にヒキッと表情を強張らせながら、声を裏返らせて謝罪した。
 マゼンドリスは、その声の主を目の前にして間の抜けた表情を見せた。そこには、年の頃13、4歳くらいの髪を短く切った少年が、小動物の様に怯えた表情をしてマゼンドリスを見つめていた。
「……坊や、こんなトコで何してんだい?坊やがいる様な場所じゃないさね、ここはねぇ?とっとと親のところに帰んな」
 マゼンドリスは、にたりと笑うと少年にそう呟いた。だが、少年は怯えながらもマゼンドリスに言い返した。
「と、父さんは半年前に、母さんは二年前に死にました。ぼ、ぼくがお金を稼がないと弟達が路頭に迷うんです。だ、だから、帰る訳にはいきません」
 最後の方は、しっかりとした声で、少年はマゼンドリスにそう告げた。
 マゼンドリスは、少年の事については特に何とも思わなかった。この業界ではよくある話である。だが、決意を込めたその少年の瞳にマゼンドリスは少なからず好意を持ち始めていた。
(ハッ!あたしにこう言う表情が出来る奴ぁ、嫌いじゃないねぇ…)
「…で、手っ取り早く稼ごうってんで、こんなトコにいるのかい?」
「はい、親が残した借金とか色々あって、まともに働いてたんじゃとても…、でも父さんが遺してくれた武器と防具があったから、これで何とかならないかなって、そう思って…」
 良く見ると、駆け出しの傭兵が身につけるには、少々高そうな鎖帷子や長剣をその少年は身につけていた。
「ハッ!それで傭兵をやろうってかい、随分短絡的だねぇ?いいかい、この業界は死んだらお終いなんだよ、それなのにそんな腕で飛び込んで来るなんて命知らずもいいとこさね!!」
「うっ、そ、それは…、でも…」
 少年は、マゼンドリスの指摘された事に反論出来ず、ただうつむく以外にない様であった。マゼンドリスは、軽く溜息をつくと少年の顔に自分の顔を近づけた。
 少年は、いきなりマゼンドリスの顔が間近に迫って来た事に頬を赤くしてあから様に動揺した。
「ふぅぅむ、良く見るとなかなか良い顔してるじゃないかぇ、こりゃ間違いなく良い男になるよ、坊や。どうだい、あたしと組んで見ないかい?」
「……え、良いんですか?」
 少年は、マゼンドリスの言葉に信じられないと言った表情を見せた。
「だ・け・ど、タダって訳にゃ行かないねぇ〜。坊やがもっと良い男になって、あたしと一晩付き合ってくれるってんなら、考えなくもないけど…ねぇ♪」
 マゼンドリスは、艶のある笑みを浮かべるとしなを作って少年に迫った。少年は最初、何の事を言っているのか分からなかった様だが、マゼンドリスの表情を見て思い当たったらしく急激に顔を赤くしながら返答に窮した。だが、暫くしてとてもか細い声ながら、呟く様にマゼンドリスへこう告げた。
「ぼ、ぼくで良ければ……」
 少年の消入りそうな返事にマゼンドリスは多いに満足した表情になり、その少年の肩を抱き寄せた。
「ハッ!何も今獲って食おうって訳じゃないんだ、そう硬くなるこたぁないさね」
 豪快に笑うマゼンドリスを見て、少年の方もその表情を和らげ、明るく微笑んだ。


 それから数日後、貴族同士の小競り合いは、近くの森にまで広がり、その日の戦いは森の中で乱戦状態となった。
 朝から曇天模様の空の下、繰り広げられた戦闘は、夕刻前には終わろうとしていたが、マゼンドリスはその薄暗い森の中をまだ彷徨っていた。何故なら、先程の乱戦中にあの少年が自分の元から逸れてしまったからである。
(まったく、世話の掛かる坊主だよ!!)
 マゼンドリスは、心の中でそう悪態をつきながら、少年の姿を求めて森の中を駆けずり回った。
 そこへ、何処からともなく、馬のいななく声と、数人の笑い声、そしてあの少年の悲鳴が聞こえて来た。
(…くそ!!こっちか!?)
マゼンドリスは、臨戦態勢を取りながら声のした方へ全速で駆け出した。そして数割もしないうちに目的の場所に辿り着いた。
 マゼンドリスの目の前には、二騎の騎兵に追われているあの少年の姿が飛び込んで来た。
「止まるな!走れ!!」
 マゼンドリスは、有らん限りの声を張り上げて、少年にそう怒鳴った。そして怒鳴ると同時に、少年の元へ駆け出した。
 だがその瞬間、そのマゼンドリスの目の前で少年は、騎兵達の騎兵槍に背中から胸を貫かれてしまっていた。少年は、そのまま高々と放り上げられ、騎兵達の後方に投げ出された。
 マゼンドリスは、その光景に一瞬にして身体中の血が沸騰する様な感覚にとらわれた。
 騎兵達は、新たな獲物を見つけた喜びに卑しい笑みを浮かべながら、マゼンドリスの方へ突進して来た。
 マゼンドリスは、騎兵達に背を見せて森の奥深くへと駆け出した。その姿に嘲る様に笑いながら、二騎の騎兵はマゼンドリスの後を追い始めた。
 だが、森の木々の間を縦横無尽に駆けるマゼンドリスの後を追ううちに、騎兵達はバラバラになり始めた。
 そして次の瞬間、木のすぐ脇をすり抜けたマゼンドリスは、そのまま素早く木の幹を回り込み、マゼンドリスを追って来た騎兵の後ろを捕るとその騎馬の後ろ足を重鎚矛で砕いた。騎馬は、そのまま前へもんどりうつ様に倒れ込み、騎兵はその勢いで前方へ放り出されてしまった。続けて、振り向き様にマゼンドリスは、腰に差した短刀を引き抜くとそれをもう一騎の騎馬に向け投げつけた。その短刀は、騎馬の喉元に深々と突き刺さり、騎馬は前足を大きく上げていななくと、力なく倒れこんだ。
 倒れた騎馬の上で、惨めにもがく騎兵にマゼンドリスは素早く駆け寄り、躊躇いもなくその騎兵の頭部を重鎚矛で殴り潰した。そして、すぐ二人目の方へ近づくと、その騎兵は、片足を引きずりながらも抜刀してマゼンドリスに対峙して来た。
 数瞬後、奇声を上げながら切りかかって来る騎兵の長剣を円形盾で難なくいなしたマゼンドリスは、体勢を崩した騎兵の頭部へ横殴りに重鎚矛を振り抜いた。
 騎兵の頭部は見る影もなくひしゃげ、騎兵の身体は糸の切れた操り人形の様に倒れ込んだ。
 マゼンドリスは、自分の倒した騎兵に見向きもせず、全速力で少年の元へ駆け寄った。
「おぃ!しっかりせんか!!」
 マゼンドリスは、そう活を飛ばしたが、少年はその声に何の反応も示す事なく、ただ、少年の背中がわずかに上下するだけであった。
 マゼンドリスは、仰向けに少年を抱えると、その顔を覗き込んだ。少年は、虚ろな瞳で虚空を見つめ、口の端からは、赤い血が流れ出ていた。その顔には明らかに死相が表れていた。
「…ぼ、ぼく、ここ…で、死んじゃう…の?」
 苦しげな呼吸の合間にそう聞いて来る少年に、マゼンドリスは無言で頷いた。
「そん…な、ぼくに…は、まだ…」
 不安、恐怖、怯え、様々な感情を表した様な顔の少年に、だがマゼンドリスは無言のまま、少年の唇に自分の唇を重ねた。
「……?」
 戸惑う少年に、マゼンドリスは穏やかな口調で優しく諭した。
「…落ち着け、最後まであたしがここにいてやるから…」
 少年は、マゼンドリスの瞳を見つめた後、無言のまま、まぶたを閉じた。少年の呼吸は徐々に弱くなって行き、そして止まった。
 マゼンドリスは、呼吸が止まった後も暫くの間、少年をその膝に抱いていた。
 やがて、曇天の空からは、霧の様に細かい雨がシトシトと降り始めた。
(フッ…、お天道様も坊やの事が悲しくて涙を流してくれているよ…)


「……ンダ、マゼンダ!どうしちゃったの!」
 少女の呼びかけに、マゼンドリスは我に返った様にその少女を見つめた。
「もぅ、いきなり、ぼ〜とするからどうしちゃったのかと、思っちゃったじゃない」
 少女は、怪訝な表情でマゼンドリスを見つめた。
(…フッ、もぅ過去の事さね…)
 マゼンドリスは、自分の気持ちをそう締め括るとその少女に顔を向けた。
「ハッ!何でもないさね。さっ、それよりもメシ、食いに行くんだろ?ならさっさと行こうじゃないかぇ」
 マゼンドリスは、豪快に笑うと大股で通路を歩いて行った。
「もぅ、今のマゼンダ、訳わかんない!!」
 少女は、不満の声を上げつつもマゼンドリスの後を追って通路を歩いて行った。


                                    END



  


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