終の庵<前編> ( 2002/08/22 )
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登場キャラクター
アルファーンズ ギグス グレアム フィアット ライニッツ レイシア



 ──大海へと赴く愚かなる咎人たちがいた。我が祈りを聞き入れし死という慈悲を与えたもう神に魅入られ、汝らはその死したる身体を我に捧げる運命にある。その死したる肉体集う場所、其処は流るる海の消え入る場所。そこは人寄らざる高き険しき岬のもと。その奥には彼の「黒窓」が作りし頑丈なる門に守られし我が楽園。
 我、ここを終(つい)の庵とせしめん。黒き窓に縁取られ、黒き輝きと変じたあの石を抱き。なればこそ、神よ、我が身にも慈悲を。我もまた咎人故に。

黒き輝きに導かれ 贖罪の燭台に闇の灯をともせ
深海の闇に安らぎ 全ての流れよ神のもとに集え
破滅と絶望の海に 残酷な軌跡を描け
堕落と破壊の海に 苛酷な波を立てろ
狂気と恐怖の海に 慟哭の潮を満たせ
千の渦と万の波と億の飛沫と 全てと共に我が身我が魂 神と同化せよ


かの唇が在りし日に紡いだ歌が再び紡がれる時、全てはまた過去に戻り未来へと続く。我、ここに誓わん。我が力の限り、我が神に全てを捧げんことを。


◇   ◆   ◇   ◆   ◇

「よ…っと。やっと着いたな」
 岸につけた船から降り立ち、金髪の少年がそう言った。名前はアルファーンズ。少年、とは言え年はすでに18才。だが、見た目はどうみても15才そこそこにしか見えない。身長の低さと、額の女物のサークレットが実年齢よりも年若く見せている。
「おう、荷物おろすぞ。手伝え」
 アルファーンズとは対照的に長身の男が、アルファーンズの横に荷物を下ろしながら言う。身長に似つかわしく引き締まった体には、十分な筋肉量が窺える。ギグス、というのがその男の名前だ。
「へいへい。…おい、ギグス。グレアムおっちゃんのほう手伝わなくていいのか。ものすげぇへっぴり腰だぜ」
「おまえだって十分にへっぴりだ」
 そう言いながらもギグスは、アルファーンズが名前を呼んだ中年の神官のもとへと歩いていった。冒険向きの服装をしていてさえ、柔和な印象を醸し出すその神官は、いつもどおりラーダの神官衣を着ていれば尚更に柔和に見えるのだろう。
「ああ〜〜…ギグスさん、ありがとうございますぅ。ええと…野営場所はどちらの方角でしたっけ」
 グレアムに問われたギグスが、アルファーンズよりも一足先に船から下りて歩いていった女性2人を指さす。
「向こうにフィアットとレイシアが行ってる。そのテント運んでやってくれよ」
「はい〜わかりましたぁ。あ、そうだ。ライニッツさん〜〜先ほどの文献資料はまとめてお持ちくださいますかぁ〜?」
 船上に向けて発したグレアムの声に、まだ若い男が顔をのぞかせる。
「あ。はい、わかりました。でも先に食料の袋をおろしますね」
 長い黒髪を後ろでひとつに束ねている。見た目は物腰柔らかであるが、動きのひとつひとつは鍛えられている。魔術師でありながら、剣の扱いも学んでいる、その日頃の訓練のたまものであろう。
「ねぇ、ギグス。テントは……ああ、神官さんが持ってるのね」
 明るい茶色の髪をバンダナでまとめた女性が走り寄ってくる。フィアットである。野営の場所を確認してきたのか、もう1人の女性──レイシアと一緒に船の場所まで戻ってきたのだ。
「ああ、それじゃお嬢。向こうに運んじゃおうか。野営の準備を早くしないと、アル少年が晩メシまだかって叫び出しそうだしさ」
 あはは、と明るい笑い声を立てるレイシア。琥珀色の瞳に悪戯っぽい色を覗かせつつ、レイシアはアルファーンズをちらりと見る。
「うるせー。っつーか、今にも叫び出しそうだぜ。船に揺られると腹が減る」
「おまえが腹減ってんのは、食ったモンをゲーゲー吐いちまったからだろうがよ」
 ギグスが笑う。
 6人の背後には、穏やかに凪いだ海が広がっている。射し込む午後の光と耳に届く潮騒。だが、数時間前までは、とても穏やかとは言えない航海が続いていたのだ。
 6人が今立っている陸地は、小さな島だ。大小の岩山が点在する殺風景な島。この島にたどり着く半日前。彼らは荒く乱れる海流に晒されていた。地元の漁師さえ、この島の付近には近づかない。なぜならそこにはいつでも荒れた海が広がっているからだ。天気も季節も関係なく、この島の付近はいつだって荒れていた。波はうねり、風が吹きすさぶ。そして、一度舵を取り損なえば、この島の地下に広がる邪神の神殿へと海流で運ばれてしまう……というのが、付近の漁師たちの伝承だった。
 そして、その伝承があるからこそ、6人はここへ足を運んだのだ。カゾフ沖──遙か500年前にはダリートと呼ばれた海上都市の遺跡へ。


◇   ◆   ◇   ◆   ◇

 2ヶ月前。
 アルファーンズは書き込みで真っ黒にしてしまった羊皮紙を見つめて悩んでいた。少し前に手に入れた情報に、古代王国期に著名だった…だが、現代にはあまり伝わっていない魔術師の二つ名が記された巻物を手に入れたのだ。読み解いた二つ名は“暗き淵”。だが、いくら他の文献を調べても手元にある巻物以上の情報は手に入らない。同じ二つ名を持つ魔術師はいたが、そちらの記述を信用すると、手元にある巻物の記述と食い違う。“暗き淵”は精霊都市に居を構え、地中に人工的な空間を作り出すことを好んでいたと言う。だが、アルファーンズの手元にある巻物には、海を好み、カゾフ沖にあった海上都市ダリートに晩年の居を構えたとある。
 光明を見出したのは、二つ名そのものを調べ直してからだ。ひとつの単語に、その時々により複雑な意味をもたせたという上位古代語。字面だけで読み解くのは困難と言える。そして、あらたに読み解いた二つ名は“黒き輝き”。
 それをアルファーンズが見つけた頃、ラーダ神官グレアムも、自分が興味をひかれたある物に熱中していた。研究や学問を趣味…いや、ほとんどそれが生き甲斐だとする者も珍しくないラーダ神官。そしてグレアムもそれに近い生き方をしている1人である。建築物と石や鉱物に関する興味は尽きることがない。酒場でアルファーンズと会ったのも、その趣味の一環として、古代王国期に書かれた建物の設計図をもとに、建築模型を作っていた頃だった。
 グレアムの手元にあったのは、古代の建築家が残した図面である。建築家の署名と、その建築物──屋敷の持ち主の名前があるだけで、実際に建築されたかどうかは定かではない。そしてその場所も。古代王国期には、建築方面に興味のある魔術師がそれを研究し、建材に様々な魔法を施し、そしてそれを魔術によって建造したとされている。だから建築家と魔術師とは決して別の存在ではない。それでも、建築物を造るにあたって、そういった方面に造詣の深くない魔術師が建築家を名乗る魔術師に、自らの居宅や実験室の建築を頼む例は少なくなかったらしい。


 きっかけは些細なことだった。アルファーンズが調べていた“黒き輝き”。そしてグレアムが所持していた、“黒窓の”レスポールがデザインしたとされている魔術師カーリアス・クレイの屋敷の図面。そしてその図面を、酒場で肴代わりにと覗きこんでいたギグスが見つけた、飾りタイルで構成された船の図案。
 海を好んだ“黒き輝き”と、図面に残されている、屋敷のすぐ脇に建てられていたらしい“灯台”の文字。そしてアルファーンズの手元にある巻物と、グレアムの手元にある設計図の共通点があった。紋章である。三叉槍を元にデザインされたらしいその紋章は、“黒き輝き”こそが屋敷の持ち主カーリアス・クレイであると告げている。
 灯台という言葉にはあまり馴染みがないなと首を傾げるアルファーンズに、冒険者を名乗る前は船乗りだったというギグスが、古代王国期には本当に灯がともされた海の目印があったらしいと言い添える。
 今、海上をゆく船は、海の上で道を見失わないために、昼の間は陸沿いに船を進める。海岸沿いには、海上の船からでも視認できる塔のようなものが立てられていることもあるし、その塔から船に向けて狼煙をあげることもある。だが、光で信号を送ることなどは、今の人間達には無理だ。魔術の光ならどうにかできるかもしれないが、古代王国期からの記録と記憶は、未だに魔術を人間に忌避させている。そもそも、大抵の船は夜の間は錨を降ろして停泊するし、そうでなければ、星の配置を頼りにゆっくりと進むだけだ。“灯台”という言葉すら、今となっては伝説からくる形式的な言葉に過ぎない。

「けどよ。古代王国期の建物に灯台って文字があるんなら、そりゃ、ほんとの灯台だろ? おっちゃん、灯台の図面はなかったのか?」
 図面を覗きこんでアルファーンズが尋ねる。グレアムが残念そうに頷いた。
「ええ、ありません〜〜。裏口から、『灯台へ至る道』と矢印がひかれているだけなんですねぇ〜」
「神官さんが聞いたっていう言い伝えと、アルファーンズが調べてた魔術師とやらが一致するんなら…この建物の中にゃ、でかい宝石があるってこったろ? まぁ、その魔術師とやらはミルリーフ信者だっていうしよ。ンな奴が残した遺跡だ。どんなモンが中に巣くってるか知れたもんじゃねえけどな」
 1ヶ月ほど、互いに互いの情報を交換しつつ、アルファーンズとグレアムは自分たちが調べていた遺跡が同じものであることを確信した。そして、ギグスがもとの船乗り仲間から聞いてきた情報によると、それは今も波に洗われながら残るダリートの残骸の中にあるらしい。
 “黒き輝き”カーリアス・クレイが、“黒窓の”レスポールに頼んで作らせた屋敷。晩年になってカーリアス・クレイはミルリーフの教えに傾倒していった。ちょうど屋敷を造ったのも、それがきわまった頃とされている。そして、もうひとつの言い伝え…カーリアス・クレイが自身の宝として、いつでも身近に置いていた拳大のアクアマリンが、その屋敷のどこかに隠されているらしい…と。
 冒険者とは言え、命は惜しい。邪神の信者を相手にするのも、あまり嬉しいものではない。だが、それでも。
 誰も、『行かないこと』を選択しなかった。


 ギグスと同じく、船には馴染みがあるという女盗賊フィアット。そして、アルファーンズに誘われた精霊使いのレイシア、ギグスと馴染みである魔術師のライニッツを加え、6人はカゾフ沖へ向けて出発したのである。


◇   ◆   ◇   ◆   ◇

「…にしても、一昨日は死ぬかと思ったよな」
 そう呟くギグスに、フィアットが異議を申し立てる。
「あら。一昨日だけかしら?」
 野営の準備中。それぞれ仕事を分担しつつ、遺跡に潜るためのベースを作っていた時のことである。
「一昨日はとくにってこったよ。なんせ俺はスキュラなんてぇのに会ったのは初めてだ」
「ああ、あたしも初めてだったわ、そういえば。言い伝えはいろいろ聞いていたけどね」
 フィアットが同意する。水を汲む準備をしつつ、アルファーンズも大きく頷いた。
「確かに強敵だったな。しかも、美人だったしな。その上、上半身は裸だ。……ものすげぇ強敵じゃねえか」
「………アルファーンズさぁん、その理論、今ひとつわかりませんがぁ〜?」
 おずおずと口を挟んだグレアムの隣で、レイシアが明るい笑い声を立てる。
「あははは、いいじゃない、グレアムお兄さん。アル少年はきっと見とれちゃって攻撃どころじゃなかったっていう意味で……ううん、それとも、悩殺されちゃったのかもね」
「ちがーっう! いや、悩殺されかかったのは事実だが、気味の悪い触手やら蛇の頭が伸びてきたんじゃ、それどころじゃねえだろっ!」
「私も、スキュラの実物を見たのは初めてでしたね。とりあえず、記録をとっておきましたよ。出会った時に、学院で見ていた記録を思いだしていれば、彼女が精霊魔法を使うことにもっと早く気付けたんですけどね」
 羊皮紙の束を手に、ライニッツが呟く。
「ま、いいさ。無事についたんだからな。今日の昼間の…この島の周りの海流が一番の強敵と思ってたが、それもどうやらクリアしたようだし。……っと、帰りがまた大変か?」
 少し沖に停泊している船を見やって、ギグスが苦笑する。船自体はもと船乗りというギグスの伝手で雇ったものだ。漁師に乗せてもらおうとしたのだが、この島の付近に近づきたがる漁師はいない。なにせ、この島にはミルリーフ信者だった魔術師が館を構えていたという伝説があるのだから。もう一度あの海流を乗り越えて帰って、そうしてまた冒険者たちを迎えに来るのは危険だということで、島にごく近いあたりだけは海流が穏やかなのを確認した船の水夫たちは、島の沖で冒険者たちを待つことにしたのだ。その期限は4日。

 そこへ。
「うっぎゃあ〜〜っ!! なんだこれっ!?」
 届いたのはアルファーンズの声だった。先刻、レイシアにからかわれ、水を汲んでくるからと逃げ出したのである。
 何事かと、一斉に全員が武器を取って立ち上がる。
「ヤバイ、これはヤバイぞ! キラーオクトパスだっ!」
 更に続いたアルファーンズの声に、一同は真剣な視線を交わし合った。
 キラーオクトパス。触手の長さだけで、人間の身長を軽く上回る。大抵は、海底付近で大型の魚を餌としているが、時には人間を襲うこともある。そして、餌を求めて水面近くまであがってくることも珍しいことではない。
「アルファーンズさん! 今行きますっ!」
 いち早く駆け出したのは、ライニッツだ。残りの人々も、それに続く。
 そして、水際にたどり着いた時、武器を振り上げた一行は、黙ってそれをおろす羽目になった。
「なんだよ、早く助けろよっ!」
 べったりと顔に張り付いた蛸の足を、引きはがそうと努力しつつアルファーンズが叫ぶ。
「アルファーンズさぁん……非常に申し上げにくいのでございますがぁ……」
「グレアムお兄さん、はっきり言ってあげなよ。それ、キラーオクトパスじゃなくてタダの蛸だって」
「まぁまぁ、レイシア。いいじゃないのよ。これで夕食のおかずは確保できたわ」
「でかしたぞ、アルファーンズ! おかずが一品増えるぜ!」
「蛸なら…確か、フィアットさんが、カゾフ風の料理が出来るはずでしたよね? いや、それは楽しみです」
 カゾフ出身のフィアットとグレアム、そして船乗りだったギグスが、蛸を食べるならやはり生だと主張し、レイシア、ライニッツ、アルファーンズがそんな意見を訝しげに聞いていた。結局は、半分ずつ、生食と茹でて調理したものが夕食のおかずになったわけだが……アルファーンズがいる以上、どちらも余らなかったことは言うまでもない。
 遺跡行前夜は、予想以上に穏やかに更けていった。


◇   ◆   ◇   ◆   ◇

 そして翌日。
 目指す遺跡は、意外と簡単に見付かった。というのも、上陸した島にはそれ以外の遺跡がなかったからである。おそらくは、周囲に伸びる浅瀬の道が、ダリートが崩壊する前は海上都市の一部を形成していたのであろう。今はただ白い波に洗われ、そしてもともと高台に位置していたと思われる当の遺跡だけが“島”として生き残る羽目になった。
「よぉ、ギグス。そう言えば不気味な伝説もあったよな」
 遺跡を見つめるアルファーンズの声に、同じような姿勢でギグスも答えた。
「ああ、妙な歌声に誘われて死の海流に乗っちまった船は二度と戻ってこられねぇとか。ま、歌が聞こえるってぇのは眉唾としてもだ。“死への道標”とか言ってよ、300年くれぇ前までは、このあたりの塔から不気味な光が時々漏れていたってぇんだな。そしてそれを見た船は、そのまま死の海流に引き込まれるとか。灯台、なんてぇ言葉は今となっちゃ、たいていの奴は意味すら知らねえ。けど、船乗りはそういう伝説を忘れねぇもんさ。フィアットも…そして、グレアムの旦那もカゾフ出身なら、幾らか聞いたことあんだろ」
 その言葉に頷いたのは、グレアムでもフィアットでもなく、ライニッツだった。
「アルファーンズさんが、“黒き輝き”を調べていらっしゃる時に少々手伝ったんですがね。実際、ここにくるまでの海流はひどく難しいものだったでしょう? それと、ダリートの名残で時折発光する何かがあったのはたしかなようです。それは文献に残ってましたから。おそらくは、その2つの事実が、人々の口に上る間に入り交じってそういった伝説になったものと思われますが…グレアムさんも同じお考えでしたよね?」
「ええ〜〜。伝説に関してはそうだと思うんですがぁ〜。ただ、発光する何か、というのが気になりますねぇ。実際、古代では船の道標として魔法の光を放つ塔を海岸沿いに建てたという話も聞きます〜〜。それが、灯台という言葉の語源ですねぇ。共通語になっても残ってるほど…というのは、おそらくは頻繁に使用されてたものだと思うんですよぉ。レックスではともかく…ダリートなら使われててもおかしくないですしねぇ〜。光を放って、船を導くだけとは言え、そういった魔法装置が見付かるなら、現代ではとてつもない財産になりますぅ〜。いやぁ是非、研究したいですねぇ〜〜」
「ええ、同感ですね」
「あ。俺も俺も!」
 グレアム、ライニッツ、アルファーンズの3人が、灯台の意義、そして発光する魔法装置の研究に関して、結論の出ない議論を繰り返している隙に、フィアットが入り口の罠を調べ終えた。
「OKよ。入り口には罠も仕掛けもないわ。それに、誰かが入った形跡もない。……未盗掘っていう噂は本当みたいね」
「それでも、扉の奥にはどんな仕掛けがあるのか、まだわからない…ってわけよね、お嬢?」
 レイシアの言葉にフィアットが頷く。
「ええ、それは開けてみないと。物音は聞こえなかったけど…魔法生物なら音を立てないわけだし。罠、仕掛け、魔法生物…どれがあってもおかしくないわね」
「逆に、どれかがなきゃ拍子抜けだぁな」
 笑って、ギグスが大槌を構える。
 そして、一行はあらためて遺跡を見上げた。グレアムが手元の図面と見比べて、黙って頷く。
 高さはない。おそらくは1階のみ。地下の図面はグレアムの手元にはなく、また1階部分の図面を見ても、地下へ続く階段らしきものは見あたらなかったため、全てが設計図面の通りに建築されているとしたら、1階のみの建物ということになる。
 巨大な岩を、建物の分だけくりぬいて建てられたようで、建物の周囲はほとんどが岩山に囲まれている。そして、正面に立って右奥に高い塔。設計図によると、建物の右奥にある裏口から、そこへ行けるらしい。『灯台へ』という文字が図面には記されていた。だが、肝心の灯台の図面は残っていない。
 建物の外壁は白大理石。岩山に守られて、潮風が届かないせいか、外壁はほとんど傷んでいない。ひょっとすると外壁を強化する魔法がかけられているのかもしれないが。そして、見える範囲…つまり、正面玄関の両脇には、窓が左右に2つずつ。黒く塗られた鋳鉄製の窓だ。“黒窓の”レスポールが設計した証と言えるものでもある。岩山が門塀の役割を果たしているせいか、門塀は見あたらない。白大理石の壁に黒い窓。赤茶色の瓦で葺かれた屋根。そして、一行の目の前にそびえる、黒枠に縁取られた樫の扉。威圧感はない。そこにあるのは、ただ閑(しず)けさのみだ。
「図面によると…本来なら、この形式の館は、陽光が降り注ぐ乾燥した場所にこそ適す形式なんですけれどねぇ〜…岩山に囲まれて……ああ〜残念ですぅ〜…」


(続く)
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