Perverse Ruins (前編)
( 2002/08/28 )
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作者
霧牙
登場キャラクター
アーカイル ダルス ミトゥ レセト
(前編は、雑記帳「ひとつの指輪から」の内容をまとめたものです)
火の精霊サラマンダーも遥か彼方で踊り狂うほどの夏の盛り、七の月の下旬。オランで行われるチャ・ザ大祭のしばらく前だろうか。
オランから二日ばかり離れた、荒野が広がるとある場所。近くに、レックスという最大級の遺跡があることからあまり冒険者の標的にされることが無い、通称「パダの飛び地」に一組の冒険者が居た。
先頭を歩くのは、日の光を反射させてキラキラと輝く色の薄い銀髪の男。手にしている杖、身にまとうローブから察すれば魔術師だが、その耳は長く尖っていた。森の妖精エルフのアーカイルである。
その横に並ぶようにして、ずしずしと小さな人影を肩にのせて歩くのは大地の妖精族であるドワーフ。戦神マイリーの聖印を付けている。神官戦士、名をダルスという。
そのダルスに肩車をされて、きょろきょろと物珍しそうに周囲の風景を眺める少女・・・いや、身長的には幼女。だが、実際年齢は見かけの数十倍近くである草原の妖精族のグラスランナー、天性の盗賊の技を持つレセトだ。
しんがりを勤める、無邪気な笑みを浮かべている人間の少女は、腰に佩いたブロードソード、革鎧を見れば一目で戦士と分かるいでたちだ。ミトゥである。最も、その童顔と低い身長からおおよそ戦士には似つかわしくない。
ここにハーフエルフを加えれば、アレクラストで冒険者になりうるすべての種族が揃うというくらいに、多種族が混合しているパーティだった。
彼らは、この飛び地の遺跡へ探索へと来ていた。偶然にも、未探索と思しき遺跡が見つかったのである。
しばらくそのまま進むと、ぽっかりと口をあけた洞穴を見つけた。自然窟利用した目的の遺跡へと通じる、入り口のはずだ。
アーカイルが連れる使い魔である隼のレキを空へと離し、一行は松明とランタンに炎を灯し、ダルスとレセトが並び、アーカイル、ミトゥの順でその洞穴へと踏み入っていった。
「ほう、中は拾いのぅ・・・」
ダルスが中に入るなり、洞窟の岩肌を撫でながら呟く。確かに、自然窟にしてはかなり大規模なようで、ダルスとミトゥが横一列に並んで武器を振るっても、なんら問題はなさそうなくらいだ。
ドワーフの暗視でみても、まだ先はずっと自然窟に若干の手を加えただけのようだ。アーカイルの精霊を見通す力を持ってしても、目に見えている範囲は大地の精霊ノームの力で満ち溢れている。
一方、暗視も精霊視も出来ないミトゥとレセトは、「へぇ、そうなんだ」としまりの無い笑みを浮かべていて、まだまだ緊張感には苛まれていないようだ。
そこで、地先行していたダルスがぴたりと足を止めた。
「どうしたのん、ダルスのおっちゃん・・・あ」
ダルスの横で地図を描きながら歩いていたレセトが声をかけようとするが、すぐにその理由が分かったらしい。目の前の通路は、見事に二股に分かれていた。
本来なら、地図の通りに進むべきなのだが、生憎と地図はボロボロになっていて殆ど役に立たない状態だった。レセトがマッピングをしながら進んでいたのも、そのためだ。
「して、この分かれ道。右か左どちらへ行くかの?」
いっせいに一同がうなり始める。方向感覚が鋭いさすがレセトも、当たり前だがそこまでは分からないようだ。
「アーカイルの杖を倒して倒れた方に行くとか」
ミトゥがぽんっと手を打ち、提案する。
「出口の方へ倒れたらどーするのん?」
と、すかさずレセトが突っ込みを入れる。
「じゃあ、あの子供のころにやった、『どっちにしようかな・・・』って奴で決めるとか」
「曖昧すぎるのねん」
しばらく問答を続けるミトゥとレセトだったが、三分も経たないうちに考えるのをやめ、「リーダーに任せる」とアーカイルの肩を叩いた。
リーダーという言葉に、少し顔をしかめて「それは止めてくれ」と言った後、しばらく考えてアーカイルが新しい提案を出す。
「・・・では、分岐の先で私が精霊を見てみよう。その先に大地の精霊が感じられれば、その先はまだ自然窟だ、逆に感じられなければその先は人工物になるだろう。それを左右で何回か繰り返せば、時間はかかるがいつかは遺跡が見えてくるはずだ」
結局、他にこれといって案が無かったのでそれを採用することにした。
まずは右の分岐へ入っていく。レセトが用心して罠を調べるが、特にこれといった罠は見つからない。
右の分岐はしばらく続いて、また二つに分かれていた。
「左はすぐに行き止まり、右は続いてるのん。アーカイルのにーちゃん、精霊さんは見えるん?」
アーカイルが右の奥へ視線をやる。精霊を感知するその視界には、ノームの力が満ち溢れていた。まだまだ洞窟は続くようだった。その結果を皆に伝えるアーカイル。
「じゃあ、この辺で戻って、左を確認〜」
元来た道を逆戻りして、左の分岐へと入っていく。左は右よりも分岐が多かった。
レセトが罠を調べ、アーカイルが精霊を見る。それを三度ほど繰り返すと、アーカイルの視界に異変が起きた。
「・・・この先は大地の精霊が感じられんな・・・」
一行の表情が明るくなった。やっと遺跡を拝めると期待している表情だ。
が、アーカイルの視界の異変はそれだけではなかったのだ。ダルスの表情も、すでに険しいものへと変化している。
「奥に生命の精霊の気配も感じる」
生命の精霊がいるということは、自分たち以外の何らかの生物が居るということだ。ダルスは木棍を、ミトゥは剣を構えて前に出る。レセトとアーカイルの非力コンビは後ろへと下がり、油断無く自らの得物を構える。
カサカサと地を這う音が間もなくして聞こえてくる。暗闇から、明かりの灯す範囲へ顔を出したのは、全長1メートルはあろうという巨大百足が三匹。遺跡に生息する巨大昆虫、動物類では最も最弱クラスだが、毒を持っているので侮れない相手だ。
「進むは鉄(くろがね)の車輪、貫くは鉄の槍、我らが戦列、止めるものなし!」
ダルスの掛け声で、戦闘の火蓋がきって落とされた。ダルスに向かって一匹、ミトゥに一匹、二人の隙間を縫って這い進んだ一匹がアーカイルとレセトに向かう。
「どぉれ、新しい必殺技でも試すかな!」
ダルスが向かってきた一匹の頭部に力強い一撃を加え、あろうことか木棍を地面に落とす。
そして、あらかじめ手にはめていたセスタスの鉄鋲を松明の明かりに照らしながらニヤリを笑った。
「必殺!殴理魔苦離(なぐりまくり)ッ、ぬうぅんっ!」
セスタスをはめた両の拳で、(ドワーフにしては)素早いパンチの連激を繰り出す。その猛攻になす術も無く巨大百足はぐしゃりと地に叩き伏せられる。最も、最初の木棍の一撃で相当のダメージが行っていたようだったが。
「わーお、おいちゃんやるぅ!よーし、続けー!」
ミトゥが剣を正眼に構えて、向かってきた一匹に切りかかろうとする。
「お〜、でっかーい。レセトくらいかなん」
「って、レセトそこ邪魔っ!」
自分の方へ向かってきた百足から逃げてきたレセトが、ミトゥの前に飛び出したのだ。馬車は急に、もといミトゥは急に止まれないと言ったところか、ミトゥは勢いを殺げずにレセトと正面衝突した。
ひゅうぅぅぅぅぅ・・・・・・ぐさっ。
二人はもつれ合って派手に転ぶ。うめき声を上げてミトゥが起き上がると、その手に握っていたはずの剣がこつぜんと消えていた。
「あ、あれ!?ボクの剣、剣っ!?・・・って、さっきぐさって素敵な音が聞こえたような」
ミトゥが慌てて剣を探すために視線をめぐらせると、手からすっぽ抜けた剣が自分へと向かって来ていた巨大百足の脳天に突き刺さっていた。巨大百足は助かる術も無く、体液を噴き出してびくびくと痙攣しながら絶命している。
「あー・・・らっきぃ」
ぽつりと呟くが、周囲の冷たい視線がミトゥに注がれる。
「あ、ほ、ほら怪我の功名っていうじゃん!ね!?」
慌てて弁解するミトゥ。一同は溜息をついて、各々の相手へと向きなおる。
ミトゥも気を取り直して、もう一匹に対峙するために予備のショートソードを抜くが、目の前には残りの一匹は居なくなっていた。
アーカイルのほうへ目を向けると、残りの一匹はエルフの細い体に向かって牙を付きたてようとしているところだった。アーカイルはそれを杖の石突の部分で上手くあしらいつつ、ようやく身を起こしたレセトへと目配せをした。
「お、ダブル非力アタックするのねん!」
レセトはダガーを構えてアーカイルの横に並ぶ。
「はぁっ!」
杖を巨大百足の下にもぐりこませたアーカイルは、気合の声を上げてテコの原理で巨大百足の体を持ち上げる。宙に浮かんだ巨大百足は、腹を上にして地面に叩きつけられる。
「えいやっ!ていやっ!うりゃー!」
即座にレセトが、構えていたダガーを三本ほど腹目掛けて投擲する。狙いは違わず、ダガーは腹、頭、尾の各所に突き刺さり、巨大百足はカサカサと足を蠢かせ、しばらくして動かなくなった。
「よっし、退治終わりなのん」
レセトが百足に止めを刺したダガーを抜き、体液を拭ってまた鞘に戻しながら言う。
他の皆も各々の武器についた汚れを拭き、松明を拾って先へと進む。
「む・・・見えてきたようじゃの」
ダルスが松明の光も届かない暗闇の奥を見て呟いた。ドワーフの暗視には、もう遺跡の全貌が見えているらしい。
レセトとミトゥが期待に胸を躍らせ、先行していく。苦笑を浮かべたダルスとアーカイルも急ぎ足でそれに続く。
アーカイルたちがミトゥらに追いつくと、目の前には天井まで届こうかという巨大な両開きの扉が立ちはだかっていた。明らかに今までの洞窟とは違う、人工物。
「・・・何か書いてあるな」
アーカイルが扉に目をやると、流麗な筆致で下位古代語の文章が書かれていた。
「・・・何々・・・『
ようこそ我が恐怖が支配せし迷宮へ。亡者の恐怖 罠の恐怖 あらゆる恐怖を内包せしこの闇の迷宮。汝がこれを打破せん勇者ならば その証を示し 扉をくぐれ
』・・・か」
読み上げると、皆いっせいに考え始める。
と、いっても、証となりうるものは、たったひとつしかない。アーカイルが前回の冒険で手に入れてきた小さな宝石のついた指輪である。
元はといえば、この指輪が冒険の種になっていたのだ。
「やっぱアーカイルの持ってる指輪でしょ」
ミトゥがアーカイルから指輪を借りて、取っ手も鍵穴も無い扉にひとつだけぽっかりと開いた穴にはめ込んだ。
『
汝、証を持つものとして認めん
』
すると、このような意味合いの古代語が低く響き、扉が滑らかにスライドした。
ミトゥのさくさく行こう、の号令でレセトを先頭にいよいよ遺跡の内部へと侵入していく冒険者たち。
しばらくは何も無く、レセトの罠探索もほとんど無駄に終わっていた。そこから気が緩んでいたのだろうか。
「レセト、ちょいちょい、ここだけ色違うの」
「変わってるのねん」
ばしん!
あろうことか、ミトゥが見つけた色違いの石壁のひとつをレセトは思いっきりタッチしたのだった。
がこん。
勿論、それが罠でないはずは無い。天井付近からお約束的な機械音が響く。一行に嫌な予感がよぎる。
「むぅ、いかんっ!」
ダルスがいち早く動こうとするが、始動した罠からレセトとミトゥを庇うには、ドワーフの腕は短すぎ、足は遅すぎた。
がんっ!!!!!
「ぱげしっ!?」
上から降ってきたそれが、ミトゥの頭部に直撃した。ミトゥは意味不明な叫び声を上げて倒れこむ。レセトはグラスランナーゆえの低い身長でそれの直撃は免れた。
しかしダルスを初め、皆が思い浮かべた惨事は起こっていなかった。ミトゥは頭を押さえて蹲ってはいるが、死んでもいなければ血も流していなかった。しかもミトゥの横に転がっている、今しがた降ってきたそれの正体は、銀色に光る、今で言うタライに酷似したものだった。
「とりあえず命に別状は無いみたいねん・・・あれ、何か書いてあるのん」
レセトがタライを拾い上げ、アーカイルに差し出す。何かは書いてあるが、それが下位古代語であるためレセトには解読不能なのだ。
「なに・・・『
第384代、高潔なる仮面の妖術師バーズ・クロモイトの怨念がおんねん。《怪奇》という魔法を製作するかは今後の会議で決まるだろう。キサマにその呪いが・・・今後、四足のモノに精々気をつけろ
』・・・」
ミトゥのうめき声以外、皆いっせいに沈黙する。
まるで意味を理解しがたい文章の羅列。かろうじて意味があるだろうと取れるのは、一番最後の「四足〜〜」の部分だけだろう。
「・・・これ持って帰ったらお宝になるんかな?」
気を取り直したかのように、レセトがタライを眺めて呟く。
アーカイルは美術的価値があるかもしれんが大した額にはならないだろう、と判断したが、結局はレセト自身の「もったいない」の一言で、レセトはそれを背負って行くこととなった。
「・・・亀だな」
「・・・亀じゃな」
タライ事件からしばらく探索は続けられたが、四足のモノどころか、普通の魔物やわなの類も無く3つ目の分岐点へ差し掛かる。
そこでダルスが不意に足を止めた。
「あそこになにかいるようじゃな」
アーカイルが視線を向けると、右へ曲がる通路の奥に扉が見えた。しかし扉だけでなく、四足の骨の獣がそれを阻むように立ちふさがっていた。魔術師であるアーカイルにはすぐにそれの正体が分かった。獣の骨から創造されるパペットのボーンサーバントだ。
「四足のモノに気をつけろってあれのことなんかな〜?」
レセトが遠巻きに眺めながら呟く。
「一応、倒してみれば分かるんじゃない?強いの、アレ?」
アーカイルにも材料さえあればこれくらいは創造出来るから、その実力もだいたい把握していた。この人数なら簡単に勝てるような相手だ。
「いや・・・一体のみなら、この人数でかかれば大したことは無いだろうが・・・警告もあったことだ、何が起こるかわからんぞ」
「部屋を調べるにも、倒さなければ始まるまい」
結局、ダルスのその一言で戦うことが決定された。ダルスとミトゥが武器を構え、アーカイルが精霊語で短く呼びかけ、光の精霊を召喚する。
そして、アーカイルの《光の精霊》がボーンサーバントに直撃するのを合図に、ダルスとミトゥも駆け出す。ボーンサーバントも負けじと、地を蹴って飛び掛ってくる。それを易々と受け止めたダルスが木棍で応酬する。ミトゥも続けて剣を叩きつける。
ボーンサーバントは二人の戦士の前に、ものの数十秒で骨屑へと変えられた。
倒してこれといって何も起こらない。皆が四足のものはこれではなかったのだろうかと思いながら、レセトが扉の罠を確かめて鍵を開けるのを眺めている。
「罠も鍵も無いのねん」
「なら、開けて中に入ろう。お宝があるかもしれないね」
ミトゥが力いっぱい扉を開けて中に踏み込む。
ごつん!!!!
「ぴろぺっ!?」
踏み込んだとたんに、痛々しい音とわけのわからない悲鳴が響く。
ミトゥが扉を開けてすぐにあった壁に正面衝突していたのだ。壁には、下位古代語で「バカ」を意味する大きめの文字と、さらに小さめに一文書いてある。
「なるほど・・・気をつけろとはこういう意味だったのか」
「罠は扉じゃなくて、扉の向こうそのものやったのねん」
鼻血をたらしてもがくミトゥを尻目に、妙に納得顔でしんみり頷く3人。
「うー・・・そんなことしてないで《癒し》くらいしてよーっ!」
遺跡の奥へ奥へと進むにつれて、冒険者達の疑惑は大きくなるばかりだった。
壁にあった一文を解読すると、「闇の王の回廊は夕日の下に」とあった。西に隠し通路があるということを暴露しているような文章。
隠し通路を越えた先でも、冒険者達を待っていたのは、申し訳程度の武器を持たされたスケルトンやゾンビ。
配置してあった罠は数種類あったが・・・。
がしゃ!
「うわっ!?」
ちゅ☆
「ぎゃあーー!!」
天井から逆さづりの骸骨が降ってきて、ミトゥと口付けしてしまったり。
ツルッ!
「うおっ!?」
「うひゃひゃ〜滑るすべ・・・いやーん!」
突如床に流された油のような流動性のある滑りやすい液体。それに滑ったアーカイルが同じく滑ったレセトのズボンを掴んでしまい脱がしてしまったり。
「ぬうぅっ!?」
ダルスの神聖魔法《死者退散》が効かない死霊かと思い、《気弾》をぶつけてみるとタダの幻影で、スカった《気弾》が危うくアーカイルに当たりかけたり。
罠のタイミングは絶妙、発見も解除も困難で、それが致死性だったら確実に何人かは死んでいただろう。が、どれもこれも恐怖の演出や、ドッキリと言った感じのジョークトラップのようなものばかりだった。
それでもさまざまな被害を出しつつ、一行は次の扉へと向かい合った。
レセトが今までより念を入れてそれを調べる。今までのジョークトラップがこちらの油断を誘うものだったかもしれないからだ。
しかし、結局その扉からも罠どころか鍵すらもかかっていないことが判明した。が、中からカサカサと音が聞こえるらしい。結果を報告し、ミトゥと場所を変わる。
「じゃ、あけるよ」
ミトゥが松明を持ち、慎重に扉を開ける。が、開けてすぐにその動きは固まってしまった。
「・・・どうした?・・・む・・・やけに多くの生命の精霊の気配がある・・・な」
異変を感じたアーカイルが、ランタン片手に《精霊感知》をしながら扉を覗き込み、同じく硬直した。ランタンの明かりに照らされて、どっと汗が噴き出しているのが見て取れる。
気になったレセトとダルスが、アーカイルのランタンを取って中を覗き込む。
同時に、レセトも硬直、ダルスも「ぬっ」と唸って顔をしかめる。
ランタンの明かりを照らし返す、部屋一面を埋め尽くすぬめった黒の光沢。これがオランで一時期噂になった、生きた黒ダイヤこと珍虫グラックスオオクワガタだったら相当な金額になっただろう。
が、部屋をカサカサと這いずり回るのは、古くから黒い悪魔やフライングフィアーと呼ばれ恐れられてきた昆虫、ゴキブリの群れだったのだ。
光に反応したか、誰かが立てた音に反応したか、その黒い大群がいっせいに冒険者達に向かってきたのだ。それはまるで黒い絨毯が蠢いているようだった。半数近くはぶんぶんと空を飛んでいる。
「・・・ぎゃああああああ!!」
何かがキレたように、ひとつの凄まじい絶叫が響き渡る。それを合図にしたかのように、悲鳴の連鎖が起こり、くるりUターン全速力でもと来た道を戻り始める。
どれくらい走っただろうか。グラスランナーのレセトですら息切れするくらい逃げたところで、後ろを振り返り確認する。
「はーはー・・・さすがにもう追ってこないん」
その言葉にぐたっとその場に崩れ落ちるミトゥとアーカイル。元から体力の無いエルフのアーカイルの顔色は、赤を通り越し青も通り越してすでに白に近くなっている。
「ボク、ゴキブリって苦手だー・・・」
「・・・私もだ」
ミトゥの言葉にアーカイルも脂汗ぎっしりで答える。
「ところで皆の衆」
ひとり、すこし顔をしかめただけで取り乱すことの無かったダルスが口を開く。
「ちらっと、あの奥にまた扉があったように見えたのじゃが…」
このドワーフが顔をしかめたのも、もしかすると扉を確認したからなのかもしれない。なにはともあれその言葉に、あの恐怖には耐え難いが戻って再探索することが決定した。
「ところで、あの時悲鳴上げたのって誰なん?」
そのとき、いつもどおり済ました顔を保ち無言で歩いていたアーカイルの額に浮かんだ汗に気付いたものは居たのだろうか。さらに悟られぬように冷静を保ってアーカイルが口を開く。
「ところで、まだあの低俗な害虫風情の癖に妙な生命力の高さを誇る油虫が残存していたらどうする?」
妙に敵意というか悪意の篭った呼称でゴキブリを表現したアーカイルの表情は、死んでもあの中を調べるのはごめんだと言っているようだ。
「さすがにアレを一匹ずつ倒すというのは無理じゃろうな。もうどこかへ行っていてくれれば助かるのじゃが・・・」
「ボクもアレを潰すのはイヤだなぁ」
「レセトもイヤなのん」
扉は開けっ放しにしていたから、そこから外へ出ている可能性は大だ。しかし、ここは罠がいくらジョークっぽく、配置された魔物が子供騙しのようでも、古代王国期の遺跡には違いない。魔法的な仕掛けでゴキブリが配置されている可能性も無いとは言えないのだ。
「まだ残っているようなら・・・そうだな。松明から火蜥蜴を召喚して、部屋の中を走り回らせるのも良いな。さすれば火に弱い害虫風情ならば簡単に焼き殺せるだろう。フッ」
アーカイルが頭の中でめぐらせていた考えは、自身が気付かないうちに言葉となって口からこぼれていた。その顔に浮かんだ、嘲笑めいた笑いは、下からランタンに照らされ、さながらダークエルフの笑みのようにも見えた。
残りの3人はさりげなくアーカイルから視線を逸らし、さきほどの扉へ向けて歩く。
扉の前に付くと、いきなり精霊語の詠唱を始めたアーカイルを慌てて止めて、ミトゥが部屋をそっとのぞきこむ。
「・・・いないみたい。よし、今のうちに扉を調べよう。レセトが」
きっぱりと言い放ち、レセトを部屋の中に押し込む。押し込まれても、レセトは即座に外に出てきてしまった。
「本当にいないのん?」
「本当だって、さっき見たときはいなか・・・」
そのミトゥとレセトの鼻先に、ぶーんっと一匹のゴキブリが飛んできた。わずかに残っていたうちの一匹だ。
『きゃあああああ!!!!』
ミトゥ、レセトの両絶叫が絶妙にハミングし、パニックを起こしレセトを抱えたミトゥが部屋の中を駆けずり回る。
その一匹に続いたかのように、残っていた数匹が同時に空を飛び、扉に向かってきた。
「・・・・・・・・・火蜥蜴よ。
殺れ
」
アーカイルも、パニックを起こしたとは言い難いほど落ち着いてはいたが、その精霊語の呟きは、いつもの様に力を借りるといった感じではなく、完全に使役し命令するような簡潔な一言だった。完全に気が動転しているようだ。
火蜥蜴に強力な強制力が働いたのだろうか、松明の炎が急速に燃え盛り、火蜥蜴の舌が伸びるように放たれた《炎の矢》が狙い違わずゴキブリを焼き殺した。ゴキブリが黒焦げになってもまだ騒ぎ走り回るミトゥとレセト、ゴキブリ相手に魔法をぶちかましたアーカイルを見て、今回唯一取り乱していないダルスが大きく溜息をついた。
「落ち着かんか、皆の衆!」
そして、大声で怒鳴り散らす。
その瞬間、ぴたりと走るのを止めるミトゥとレセト。邪悪な表情から正気に戻るアーカイル。
「レセト殿は早いところあそこの扉を調べてくれ。その間わしらは周囲の警戒じゃ。何が起こるかわからんからな」
てきぱきとした指示を出す。それに従い、レセトが慌てて扉に取り付き、盗賊が使うツールを取り出し入念に扉を調べ始める。今までなら、調べ始めてからすぐに片が付いていた。
しかし、今回はかなりの時間を使い、かちゃかちゃと扉の鍵穴に針金を入れたり、鍵穴を鏡を使って覗き込んだりと、いろいろな作業をしている。
「珍しくちゃんとした罠があったんよ」
レセトが額の汗を拭って、作業終了を告げる。扉には、鍵ともうひとつ、今までのジョークトラップとは一味も二味も違う罠が仕掛けられていた。
無用心に扉を開けると、ノブからブルー・ネイルと呼ばれる麻痺毒の塗られた針が飛び出すようになっていたのだ。最も、針が飛び出すだけなので、開け方さえ気をつければなんということも無く、無力化できる。
レセトの指示通りに開き、誰も針と毒の餌食になることなく扉を潜り抜ける。その先は、人一人が通れるくらいの細い通路になっていた。そしてしばらく進んだ開けた場所に、黒く巨大な扉が見えた。
「なんか、最後の部屋って感じだね」
ミトゥが小さく呟く。その一言で、その場に緊張感が張り詰める。
しばらく無言で歩き続けると、一行の前に彼らの中で一番の長身であるアーカイルの倍近くある巨大な、黒い扉が立ちふさがった。
続く
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