Perverse Ruins (後編)
( 2002/08/28 )
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作者
霧牙
登場キャラクター
アーカイル ダルス ミトゥ レセト
4人の前に立ちふさがるのは、黒曜石のような黒光りする鉱石で作られた荘厳な扉。
レセトとダルスが2人掛りで罠や鍵を調べるが、どちらも見つからない。それどころか、ドアを開けるためのノブすら見つからないのだ。
見つかったのは銀色に輝く一枚のプレートだけ。調べようにも、大きな扉の中ほどにあるため、元来身長の低いダルスやレセト、成人女性の平均身長を下回るミトゥでは背伸びをしても手が届かないのだ。
唯一背伸びをして手の届くアーカイルが扉に近寄り触れてみる。すると、そのプレートに下位古代語で文字が浮かび上がった。魔法的な仕掛けなのかもしれない。
「なんて書いてあるのん?」
ダルスの肩に乗って文字を覗き込んだレセト。今回も古代語の読解能力が無いために解読は不能となり、アーカイルに視線を向ける。
「しばし待て・・・ふむ。『
数多の恐怖に耐えしものよ。汝らの勇気に心打たれ、我はかくも盛大な宴を用意した。しかしこの先は今までの恐怖は比べ物にならぬもの。更なる恐怖と闇の饗宴にて、我らは汝を贄と捧げん。さぁ参られたし勇者たちよ
』・・・か」
読み上げると、一同がいっせいに頭を捻る。
「数多の恐怖と言われてものう・・・確かに罠のタイミングは絶妙であったが・・・」
ダルスが苦笑とも取れる表情で髭をしごく。
「うん、恐怖っていえるのは最後のゴキブリだけなのよん」
「ちょっと、言わないでレセト!思い出しちゃうじゃないかっ!」
ゴキブリの話題を出すレセトの口を塞ぎ、ミトゥが鳥肌を立てて講義する。その横でアーカイルは、そのときの状況を思い出したのか青い顔で脂汗をかいていた。
「・・・だが今までとは比べ物にならないと書いてある以上、本当に物凄いトラップや魔物を用意してあるのかもしれん。いや、十中八九は用意してあるだろう。それがどの程度比べ物にならないのかは分からんが・・・」
さまざまな推測が交差するが、結局はその先へと踏み込むことは変わることが無かった。
それでも、扉のプレートが示すとおり、比べ物にならない敵が待っていることは確実だろうということで、万全の体制で扉を開けることに決めた。
まずは明かり。レセトがランタンを持ち、アーカイルが松明を持つ。不測の事態を予想しミトゥの予備のショートソードに《灯り》の魔法をかける。さらに、魔法の防護壁《盾》の呪文を戦闘要員であるミトゥとダルスを対象にかける。
「・・・いかん、疲労が積もってきた。魔法で攻撃することを見越して、残りの精神力は温存だ」
膝をついたアーカイルは弱く頭を叩き、軽い頭痛を振り払う。ダルスが近寄り、アーカイルの肩に手を置く。
「《精神授与》した方がいいかの?」
「いや、中には不死者が居るかもしれん。そこで一番頼りになるのは、ダルス殿の《死者退散》や《聖なる光》だ。それに《癒し》のためにもダルス殿の精神力こそ温存しておいたほうが良い」
改めてそれぞれの武器を構えた4人は、扉に向き直る。アーカイルは《開錠》のため、首から下げていた2つの首飾りのうち、1つをはずして手に持つ。青白い光を放つオパールのような石は、魔晶石。しかしその光は弱弱しく、蓄えられた力は高が知れているだろう。
「
万物の根源たるマナよ。魔力により閉ざされた錠を解く鍵となれ
」
古代語の流暢な響き。それに呼応するように魔晶石が煌き、砕け散る。同時に、ドアノブの無かった扉が滑るように左右に向かって開いていく。長年にわたって閉ざされていた扉が大きく口を開いた。
4人が中に入ると、そこは広いホールになっていた。城へ入ったことがあるものなら、丁度ダンスを踊る会場のようにも思えるだろう。
目の前の壁には、一際目を引く巨大な絵が飾ってある。
「うわ・・・なに、あの絵・・・気持ち悪い」
それは禍々しい、惨状を描いたものだった。波の様に押し寄せる不死者に襲われる人々の絵。全員の視線が否が応でもその絵に集まる。
その瞬間、絵の中の不死者の目が妖しく光った。
「・・・ッ、いかんっ、魔法の罠だったかっ!?万物の根源たるマナよ、魔力から護るは魔力の・・・うぐっ」
アーカイルは自分の愚かさを呪った。あのときかけるべきだった魔法は、《盾》ではなく《対抗魔法》だったのだ。咄嗟に詠唱を始めたところで、始動してしまった魔法に対して間に合うはずも無い。その瞬間、アーカイルの精霊を感じることが出来る視界に恐怖の精霊シェイドが満ち溢れた。からんっと杖を落として膝を付く。
「大丈夫なのん、アーカイルのにーちゃん!?」
精神的な抵抗力が、全種族1とも言われるグラスランナー。魔法の罠と気付く暇無くそれに抵抗していたレセトが慌てて駆け寄り、アーカイルに声をかける。が、アーカイルは肩を抑えて蹲り、ガタガタと震えるだけで返事を返してこなかった。
「アーカイルのにーちゃんが大変なのんっ!」
「・・・ぬぅ・・・こちらも状況は悪そうじゃ」
ドワーフも精神的な抵抗力は強い種族だ。ダルスも魔法にかかることなく、木棍を持ち異変に対して備えた。まだ姿は見えていないが、そのホールには明らかな異常が起きていた。
「なにこの臭い・・・くさぁ・・・」
一番驚くべきことは、基本的に抵抗力の高いエルフであるアーカイルが魔法にかかったらしくダウンしているというのに、人間であるミトゥが魔法にかかっていないことだった。最も、人間はエルフやドワーフに比べて、個々の抵抗力の個人差が激しい種族だ。もしかすると、その楽天的な性格が幸いして魔法にかかることが無かったのかもしれない。
兎も角、ミトゥが指摘したとおり、ホールを襲う異常の正体は表現し難い悪臭だった。不死者が居るのならば腐敗臭がして当然だが、その場に不死者どころか冒険者たち以外の姿は無い。
「ぬぅっ!?」
そのとき、ダルスの背後で気配が生まれたかと思うと、いきなり背中に強烈な打撃を受け防御する間もなく殴り倒された。
ミトゥ、レセトが即座にそちらに視線を向け、同時に叫び声を上げた。
「きゃああー!なにあいつー、露出狂!?」
ごろごろと転がって受身を取ったダルスも木棍を背後に向ける。そこには、狂ったような赤い血走った目に緑色という毒々しい色の肌を持った、裸の魔人が爪を振りかざして立っていた。最も、裸とはいえ性別を表すような特徴は無かったが。
「こやつ、透明になれるのかっ!」
実体を表した魔人に向けてダルスが木棍を叩きつける。確かな手ごたえににっ笑いを浮かべる。が、魔人は動じた様子も無く反撃に出る。横に飛んで避けたダルスに続いて、ブロードソードを上段に構えたミトゥが飛び込んでくる。
「食らえぇーっ、露出魔人め!」
勢いに任せ、袈裟懸けに切りつける。肩口から切り裂かれた露出魔人(仮称)は切られた勢いで後ろによろめいたものの、やはりまったく効いていないと言わんばかりにミトゥに向けても爪を突き立てる。
「むぅっ、手ごわいぞこやつ!」
爪を木棍で受け止め、応酬とばかりに殴りつけるダルス。背後に回りこんで剣で何度も切りつけるミトゥ。しかし露出魔人は血の一滴も流さずにそれらを肉体で受け止め、反撃を繰り返す。ダルスが不死者かと思い、《死者退散》の呪文を唱えるがそれも効果を発揮しない。《聖なる光》でも同様の結果で、視力を奪うことすら出来なかった。
「アーカイルのにーちゃん、しっかりするのん!」
一方、レセトは震えたまま何事かを呟きだしたアーカイルの肩を揺さぶり続けている。しかし、アーカイルは一向に正気に戻る気配は見せない。
「来るな・・来るな、来るな来るな!うわあああ!口に入るな害虫風情がっ!!」
ついには声を立てて叫び始めた。恐怖心を植え込まれたアーカイルには、ゴキブリの大群に襲われる幻覚でも見えているのだろうか、しきりに羽虫を払うような動作と口に入った何かを吐き出すような動作を続けている。
「ダルスのおっちゃん!なんとかしてん!」
レセトが手に負えなくなったと悟り、露出魔人と何度も切り結ぶ二人に向けて声をかけた。
「すまんっ、そちらまで行く余裕が無いっ。《平心》は患者に触れていなければ使えんのだっ!」
帰ってきた答えにレセトは頭を抱えてアーカイルの周りを走り回った。どうにかしようにも、元来魔法に縁の無いグラスランナーの自分では恐慌状態を回復させるための魔法は使うことが出来ない。
「
火蜥蜴よっ、全てを焼き払えッ!
」
ついにアーカイルは、恐怖に耐えかねたような絶叫を上げてから、精霊語で火蜥蜴にそう命令した。松明が燃え盛り、レセトが持っていたランタンが砕け散り《炎の矢》が飛ぶ。しかし全てというのを判別できなかったのか、それらは露出魔人へ向けてだけで無く、部屋中へと振り注いだ。
「うわっ、危なっ!」
ミトゥの近くへと1本が突き刺さる。部屋にあったいくつかの木製の扉の1つに命中し、扉を燃やし尽くす。最初にアーカイルへと牙を向いた絵にも直撃するが、防護魔法に護られたそれは燃えることは無かった。そして最後の1本が露出魔人の頭部へと直撃した。
直撃した瞬間、初めて露出魔人の姿が揺らめいたように見えたのを、ダルスは見逃さなかった。
「そうだったか、こやつは魔法しか効かんのか!もしかすると銀の武器でも通じるかもしれんがっ・・・
戦神よ我に力を!
」
気合の声と同時に、右手を突き出す。ダルスの拳から放たれた《気弾》の魔法は、露出魔人の胸板に炸裂する。やはり、効果があったようでぐらりと体をよろけさせる。
「レセト!アーカイル殿が暴れられてはちと問題じゃ!・・・アーカイル殿にはすまんが、やってくれ!」
露出魔人の爪をかわし、ダルスが声を張り上げる。レセトはしばらく迷った末、こうした方が良いと結論付け、アーカイルのみぞおちにダガーの柄で強烈な打撃を叩き込む。
「・・・ぐっ・・・」
ひ弱なエルフは、それよりもひ弱なグラスランナーの一撃で沈み込んだ。そして、アーカイルの手からレセトは杖を奪い取り、ミトゥに向けてそれを蹴っ飛ばす。
「ミトゥ、これ使うのん!アーカイルのにーちゃんの杖、先っぽと輪っかは銀で出来てるゆーてたから!」
しゃんしゃんしゃらしゃらと地面と杖に付いたリングがこすれて音を立て、ミトゥの足元へと滑っていく。ミトゥは剣を地面に捨て、滑ってきたそれを上手くキャッチして構える。
「ちょっと軽いけど・・・贅沢言ってらんないねっ!」
振り上げ、露出魔人の頭部目掛けて叩きつける。確実な手ごたえ。
「ぬぅんっ!!」
ダルスの2発目の《気弾》。これが見事にクリーンヒットし、露出魔人はすでに瀕死状態だ。
足のほうがかすれて透明になっていく。透明になられたら、臭いで分かるといえ場所の特定は限りなく困難になる。
「いかん、逃がすなっ!」
「おっけぃ!」
ダルスの気合一発、強力な《気弾》を放ち、ミトゥが思い切り杖の先端でえぐり込むようにして突く。
「これも、もったいないけどオマケなのんっ!!」
レセトが背負っていた銀製のタライをブーメランのように思い切り投擲する。上手い具合にくるくる回転して飛んだタライは、グラスランナーの器用さも相成って、見事に露出魔人の後頭部に炸裂した。
今のどの攻撃が決定打になったかは不明だが、タライががしゃんっと音を立てると同時に露出魔人もばたりと倒れこみ、悪臭を放つガスを噴き出して消滅した。
透明化しただけかとしばらく構えていたが、露出魔人が姿を表すことはもう無かった。
「それは・・・ガス・ストーカーだな。悪臭を放つ気体状と人間状の2形態を持つ魔法生物だ」
あれから気が付き、何があったかを聞かされて頭を付いて非礼を詫びでいたアーカイルは、すでにいつもどおりの冷静な表情に戻っていた。レセトに「変わり身が早いのねん」と突っ込まれていたが、さらりと聞き流していた。
今はレセトが扉の罠と鍵を調べている。その間に、魔物の正体を明らかにしていた。アーカイルの魔物についての遅い説明が終わる頃、レセトも鍵をはずし終わる。
「ふぅー、めっちゃ難しかった〜。でも開いたし、罠も外れたのん」
この遺跡で経験した数少ない遺跡らしい扉を無力化し、ダルスが扉をあける。そして、開けた途端にまた仕掛けが作動し、どこからか下位古代語の声が響いてくる。下位古代語の分からない者のために、アーカイルがそれを同時通訳する。
『
おめでとう、勇者たちよ。貴殿たちはこの『恐怖の館、悪臭の魔人を倒せ』を攻略した12人目の猛者だ。貴殿たちに贈呈される品物はこれだ。受け取るが良い
』
すると、新たな仕掛けが稼動し、天井がぱかっと開き上から巨大な箱が降ってきた。ずしんっと音を立て、長年にわたり降り積もった埃が宙を舞う。
予想外の事態に固まる冒険者達。その目の前で、箱が開き、中から何かが顔を覗かせた。
「な、なんか娯楽施設みたいな名前だね・・・」
苦笑を浮かべたミトゥの呟き。実際、古代王国期では、魔術師を相手にした娯楽施設のようなものだったのだろう。そして、すべての道のりを攻略し最後の難関を攻略したものに、景品が与えられたのだろう。
「兎も角、お宝なのん」
気を取り直したレセトが、笑顔を浮かべて箱に近づき、覗き込み・・・硬直する。嫌な予感を覚えつつ、3人も後に続き覗き込む。
「・・・これは」
「・・・抱き枕、じゃな」
「・・・抱き枕、だね」
それは紛れも無く、抱き枕の形をしていた。ただ、中央部分に用途の分からない拳大ほどの何かを填めるようなくぼみがあった。疑惑の視線で抱き枕を眺める冒険者達。
アーカイルも訝しげに眺めてから、上位古代語で短く詠唱し、杖を振る。
「・・・・・・む。しかし魔法の力は感じられるぞ・・・」
『・・・え?』
アーカイルの呟きにいっせいに視線を向ける3人。アーカイルも、信じられないといった表情だが、《魔力感知》で魔法の力を感知できるようになった視界に、その抱き枕は輝かしいばかりの魔法の光を放っていた。
「ああ、本当だ。信じれんがな。それと・・・そこの小さい箱の中にも何か入っている」
そういってアーカイルは、部屋の奥にちょこんっと置いてあった小さな箱を指差す。念のためレセトが罠を調べてあけると、小さな魔晶石が3つほど入っていた。
「・・・これが今回の収入?」
片手で持てるほどの魔晶石と用途不明な魔法の抱き枕。抱き枕の売値は未知数だとしても、魔晶石は売ることも出来ないくらいのクズが3つ。
「・・・・・・まぁ何も無いよりマシじゃがな」
しばらくの沈黙の後、魔晶石はアーカイルのポーチへ、抱き枕は「どっこいしょ」とダルスが肩に担いで、冒険者達は心なしか元気なく遺跡を後にするのだった。
パチパチと薪が爆ぜ、ぐつぐつとスープの鍋が煮える。
「にしても・・・なんかすっごい疲れちゃったのん」
「そーだね。あんま儲かりそうにもないし」
鍋の番をする女性陣ふたりが愚痴をこぼし合う。ダルスとアーカイルのふたりは、近くの林まで薪を拾いに行っている。
「お金にはならなそうだけど、寝心地はよさそうだよね」
「うん、そうみたいねん。ちぃと寝てみるん?」
言うが早いが、抱き枕の上に転がるレセト。ふかふか感がなんともいえない。
つられて、ミトゥも抱き枕を頭に敷く。ふにょっと感が何だか高級。一気にブルジョアになった気分だ。
「うー、気持ちいいの〜ん」
またーりとした顔でレセトが伸びをする。ミトゥも同じく伸びをして、うつぶせになり不可解なくぼみへと目を向ける。
「んー、気持ち良いけどこれなんだろう。なんか入れるのかな」
共にうーん、と唸って腕組をして考える。つつつっと2人の視線が、アーカイルのポーチからこぼれ出た魔晶石に止まる。
「やっぱこれかな?」
ミトゥが一番小さな魔晶石を摘み上げる。
「入れてみればわかるのねん」
それを横からレセトがぱっと取り上げ、問答無用でくぼみにはめ込んだ。魔晶石はすっぽりとくぼみにはまり、蓄えられた力を解放し始める。
「あー、そんないきなり!変な効果だったらどうす・・・」
その言葉を言い終わらないうちに、抱き枕の魔力の効果が現れ始めた。
『
あ・・・はふぅ〜〜〜ん
』
妙に色っぽいというか、腑抜けたというか、そのような声が二人から発せられた。
抱き枕の中身がうにうにとうごめき、疲れた体をマッサージしてくれているのだ。絶妙な力加減で疲労を癒してくれるそれに、2人は極楽気分になる。動かなくなると、調子に乗って追加の魔晶石を放り込む。
その魔晶石に蓄積された魔力に応えて、マッサージは続く。
そして男性陣が帰ってくる頃には・・・すっかり疲労を癒され、上機嫌に眠りこけるミトゥとレセトと・・・粉々に砕け散った3個の魔晶石が転がっていた。
「・・・どうやら整体用の道具らしいな。魔晶石で動く」
「とりあえず、売って銀貨100枚程度、というわけでは無さそうじゃ。これは5000枚くらいは期待できるの」
まだ見ぬ抱き枕の売価を夢見て、ミトゥとレセトは眠る。
その晩、アーカイルとダルスは一睡もすることが出来ず、見張りの任を全うした。
そして朝日が昇る頃、片やマッサージと熟睡ですっきり爽やか、片や眠らずの夜番でへろへろの冒険者達がオランへ向けて帰還した。
終わり
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