錆びた黄金−6−
( 2002/08/29 )
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作者
松川彰 タルノ
登場キャラクター
同上
◆ からの馬車 ◆
“恋人”チェリオから、アデンが死ぬ前まで出入りしていた場所を聞いたドゥーバヤジットはそこを調べ始めた。サヌアトール家という、下級貴族の家だ。そこに送り届けたあと、そこから別の場所に向けて馬車が出ているのを見たというチェリオの話から、サヌアトールはただの中継ぎだろうと見当をつける。
「サヌアトールの家には、ぼんくらな息子がいてね。学院に通ってるそうだけど……どうやら、たちの良くない薬に手を出してるみたいよ。もちろん、ボンボンのお遊び程度。モールドレみたいに厄介な薬じゃないわ。それでも……それを引き合いに出せば、貴方ならネタくらい掴めるでしょう?」
盗賊ギルドで出会った、若い女盗賊からドゥーバヤジットはそれを聞き出した。幾つかのネタと引き替えに。
そして彼女が言った通りの方法で、サヌアトールの主人からドゥーバヤジットはそれを聞き出したのだ。当主、ケサーリ・サヌアトールは、不肖の息子のことを外には漏らさないという条件で…そして、今からする証言を、自分が言ったとは誰にも漏らさないという条件で、重い口を開いた。
「……ああ、アデン。いい女だったよ。殺されたのは去年の夏だ。私のところにいる護衛用の傭兵が横恋慕したあげくに、かなわぬ恋と絶望してアデンを殺してしまったと……衛視にはそう報告した。あんた達もそれを知ってるはずだな。そう……それは嘘だ。殺したのは、麻薬組織の連中だよ。ああ、誤解しないでくれ。私は麻薬をやってはいない。ほ、本当だ。……さる貴族から…私は援助を受けていて…その見返りにと…いろいろと便宜をはかるように言われていて……ああ、確かにあんたの言うとおりだ。サヌアトールの家は見てのとおりの下級貴族だよ。でも…だからこそ、この家に娼婦がこっそり足を運んでも誰も目に留めない。……そうだろう? 少なくとも、男爵家に娼婦が出入りするよりは…っ!
……そうだ、アデンが出入りしていたのはカーフェントス家だよ。ああ…お願いだ。私がこれを漏らしたことは誰にも…お願いする、言わないでくれ……私は…おそろしい。そうだ、カーフェントス家に、ここから馬車を出して…こっそりアデンを運んでいた。……ああ、知らない、知らないよ。カーフェントス家で何が行われていたのか、私は知らないんだ! それに…運んだ先はカーフェントスのセカンドハウスだよ。ああ、本屋敷じゃぁない。カーフェントス家の今の当主は……ああ、少し前に若い当主が行方不明になったと騒ぎが起こったが…とにかく、アデンが出入りしていた頃から、若すぎる当主のために後見になっていたのは………クレンツ…そう、クレンツ男爵だ。ある日…からの馬車が帰ってきて、使いの者がこう言った。『アデンは始末した。二度と来ない。死体は路地に捨てたから、適当に言いつくろっておいてくれ』と。……確かに、アデンが私の屋敷まで来ていたことは、アデンの護衛の男も知っている。だからここまではすぐに辿られてしまうから……だから…」
この事実は、後日、“風上の”ネイと名乗るパダからの女盗賊によって更に補強されることになる。ネイが聞き出した先は“路傍の”ガフ。クレンツ男爵と麻薬組織の連絡役として働いていたのが、ガフであることをドゥーバヤジットが知るのは、事件が終わってからのことになる。
◆ “壁のない家”で ◆
ドゥーバヤジットがそれを掴んでいる頃、ピルカは1人の情報屋と会っていた。友人であるカーナをイエメンのもとから一度は保護した。だが、カーナの様子がおかしい。イエメンのもとへと再び走り去るカーナを追っていったのはエルメスだ。だから、エルメスにそちらは任せることにした。自分は自分に出来ることを…と。とりあえずギルドに、これまでの顛末を報告して、そしてカーナが飲まされたかもしれない薬のことを調べてみようと思った。
薬のことに詳しい情報屋がいると聞いていた。そして、その男は変わった性癖を持っていると。童女趣味である。草原妖精である自分が、幼い少女に変装するのは、さして難しいことではない。その情報屋、“路傍の”ガフに会うために、ピルカは酒場へと足を向けた。
目の前に座るピルカに茶を出しながら、ガフは胸が高鳴るのを抑えきれなかった。酒場で、合い言葉を口にしてきたのが、こんな少女だとは…。薬のことを知りたいという彼女を、ガフは酒場から連れだした。自分が属している麻薬組織が、集会所として使っている場所だ。ほんの少し前までは、ここに麻薬の実験に使う“患者”たちが詰め込まれていた。だが、そろそろ引き時と判断した組織側が“患者”を始末してからは、がらんとした空き家でしかない。
外から見るなら、ごく普通の家である。多少古びている。だがそれも、路地裏に建っている他の家と同じ程度。そして扉を開けると、そこには……壁がない。普通なら、2階建て程度の大きさだろう。そして幾つもの部屋を仕切るはずだ。なのに、壁がない。天井すら。視線を上げれば、その先に見えるのは屋根を支える梁だ。
だだっ広い空間に幾つかの家具調度。その1つにピルカを座らせ、ガフは真向かいに腰をおろした。差し出した紅茶には薬を入れてある。痺れ薬だ。
──薬のことを聞きたいというからには、少女もある程度の警戒はしているだろう。その警戒を逸らすためにも、ガフはまず最初に空のカップを置いた。背中を向けてポットにお茶を入れている最中に、カップをすり替える気配もした。……それでも大丈夫だ。ガフがほくそ笑む。薬はカップに塗られているのではなく、お茶そのものに入っているのだから。自分はその中和薬をすでに飲んでいる。………痺れ薬で身体の自由を奪ったあとには、どうしようか。まず服を脱がせるのが先だろうか。それともしばらくは、恐怖に引きつるその表情を楽しもうか。想像するだけで、身体の芯を甘い痺れが走った。ガフは、麻薬組織に協力しながらも、自身は決して麻薬を使わない。下腹に残る甘い痺れの残滓。この甘さは、どんなに甘い薬でも味わえないだろうとガフは思う。
ピルカがカップを取り落とす。
「……どう…して…? すり……替えた…のに………」
「お兄さんのほうが一枚上手だったのさ、お嬢ちゃん。……さぁ、何をしようか?」
モールドレが摘発されそうだという噂は耳に届いている。“路傍の”という二つ名の通り、自分は、路傍にごく自然に座り込んで、ごく自然にその情報を手に入れた。目立たないこと。それが情報屋には一番の武器になる。特徴のない顔。特徴のない体格。風景の一部のように街に馴染む。それが自分の武器だ。
そうやって手に入れた情報で、クレンツ男爵も麻薬組織も動いている。どちらかに危険な動きがあれば、自分が一番先に消されるだろうことはわかっていた。だからこそ、この時期にギルドの匂いがするこの少女に嗅ぎまわられては困るのだ。それが理由だ。
…ガフは、自分にそう言い聞かせていた。決して、この少女に心惹かれたわけではない。胸が高鳴るのは、仕事のついでに良い目を見られそうだから。それだけだ、と。だから自分は油断なんかしていないと。
ガフが自分の失策に気が付いたのは、扉が引き開けられてからだった。
「ピルカっ!?」
叫んだ女の名前がミニアスであることは、ガフは知らない。
ガフが手にした肉厚のナイフと、ミニアスのダガー。刃の打ち合う音と、肉にそれが突き刺さる音。古いテーブルが倒れる音。幾つかの音が入り交じった末、ガフは倒されていた。
気を失ったピルカをミニアスが背負う。草原妖精で良かった、とミニアスは思った。これが人間相手なら、小柄な自分は運べない。
少し前にピルカから買い上げた情報がガセだった。その文句を言おうと探していたところに、挙動の不審な男とピルカが連れ立って路地へ消えるのを見ていた。それをミニアスは追っていただけだ。
前後の事情などは何一つ知らない。だが、薬か何かで身動き出来ない様子のピルカと、その服に手をかけている男とでは、判断に迷う隙もなかった。だから、戸の隙間からそれを確認した直後には、ダガーを抜いて扉を引き開けたのだ。
ミニアスがピルカを運び去って少し後。“壁のない家”を1人の男が訪れた。いや、1人ではない。何人か連れている。
「……“路傍”よ。ヘマぁしたな。……辿られて困る糸なら…あんたならどうする?」
にっこりと笑みを浮かべたのは“甘味屋”だ。
ガフは答えない。そんな糸なら切るのが当然だとは、答えられない。切られるのは自分なのだから。
「まぁ、わかってるとは思う。だから、悪く思うな。……くくっ。無理かねぇ?」
“甘味屋”が笑みを浮かべたまま、連れていた男たちに合図をする。ミニアスのダガーを両足に受けて立ち上がれないままでいたガフを、男たちは外へと引きずり出す。
「沈んでもらうとするよ。小さな女の子の代わりに、大きな石を抱いてもらってね。…………じゃ、よろしくな」
最後の言葉を手下の男たちに向けて“甘味屋”は笑った。
◆ オルゴール ◆
ピルカがミニアスに救出されている頃。エルウッドは常闇通りにいた。
“絡繰り”リッチィが潜む“カラクリハウス”へと部下を突入させ、それを見守りながら、今までに得た情報を頭の中で整理していた。
たとえば、トーマス・ブギーマン。ギルド管轄下の“錆びた黄金”の店主と同名の別人だと思われていた人物のこと。
──“錆びた黄金”がモールドレと関わっているかも知れないことは、かなり以前から調べがついていた。だが、証拠がなかった。“錆びた黄金”の店主は、トーマス・ブギーマンだ。だが、その男を調べても何も出ない。ギルドが徹底的に調べたのだ。結果、彼はシロだった。彼がオランに来る以前のことまではわからなかったが、オランに店を構えてからは何も特筆すべきことはなかった。そう、青い瞳を持つあの男のことだけならば。だが、ブラウンケーキの時も、そして今も。調べれば調べるほど、『トーマス・ブギーマン』の名前が出る。そしてそれは“錆びた黄金”に繋がるのだ。まるで、“錆びた黄金”にトーマスが2人いるとでも言うように。
エルウッドは調べた。そして見つけた。トーマス・ブギーマンはもう1人いたのだ。黒い右目と青い左目を持つトーマスが。両方、青い瞳を持つトーマスはシロ。だが、ヘテロクロミアのトーマスは調べていない。
そして、もうひとつ。ガデュリンのこと。
もう1人のトーマスがいると分かった時点でその過去を調べた。そして浮かび上がったのが、ブラウンケーキの主謀者、ガデュリンだ。トーマスとガデュリンは同じ時期に、同じ魔術師に師事していた。2人を指導した老魔術師は田舎に引きこもっていたが、話を聞きにいくと、2人のことはすぐに思い出した。印象の強い生徒たちだったらしい。
ブラウンケーキの主謀者ガデュリン。そして、ブラウンケーキ摘発時に名前だけしか出ていなかった『もう1人の』トーマス。2人とも、魔術の他に医術も修めていたと聞く。どこで麻薬に傾倒していったのかは知らない。だが、ブラウンケーキに2人とも関わっていたのは事実だ。それならば、ブラウンケーキとよく似た組成を持つ後釜の薬、モールドレに関わっているのはトーマスということになる。ガデュリンはもういないのだから。
──そして、“カラクリハウス”の中から轟音が響き渡った。
「ハハッ! よくもやってくれたものですよ、“絡繰り”リッチィ!」
燃えさかる炎の中で、リッチィの“カラクリハウス”が形をなくしていく。その前に飛び込んでいたエルウッドの部下3人と共に。
リッチィが家の中にいることは確認していた。だから部下を突入させた。なのに、家には仕掛けがしてあった。絡繰りが。扉を開けると同時に、天井の梁が崩れ落ちてきた。そして同時に火が出る。どんな絡繰りだったのか、それは“絡繰り”しかわからない。唯一、その答えを知っている人間は、家の一番奥の部屋で黒こげになっている。
数刻の後、ようやく火がおさまった。これだけ綺麗に燃えてしまっては、証拠などは…と半ば諦めてはいた。だが、エルウッドは焼死体の手の中から、金属の箱を見つけ出した。ほとんど炭の棒になってしまった指が握るその箱に、エルウッドが手を伸ばす。ぼろり、と指が1本崩れ落ちた。
それは、両手に納まる程度の小さな箱だ。焦げてはいるが、形は保っている。歪んだ箱の蓋をこじ開けた時、ぴん、と細い音が鳴った。
「オルゴールですか。……これだけ歪んではまともに音など出ない。刻まれた文字は……もう読めませんね」
蓋の裏に彫られた文字は、もしも熱で塗料が変質していなければ、『シーリィに捧ぐ』と読みとれたかもしれない。
リッチィはひとつの賭けに出ていた。ギルドに目をつけられた以上は、遅かれ早かれ、追っ手がかかる。そしてギルドに目を付けられた事実は、麻薬組織にも知られているだろう。ギルドを裏切った自分が今更ギルドに捕まれば、待っている運命は決まっている。そして、ギルドに追われる自分が組織に取ってはすでに邪魔であることも知っている。それならば、自分の人生の幕引きは自分の絡繰りで…と。そして、炎の中をくぐり抜けて、自分の大切な箱を手に出来るのはギルドか、麻薬組織か。大切な…まだギルドを裏切る前に、自分の指先を活かして作った大切な箱だ。
リッチィには、愛する女がいた。
歌う彼女のためにオルゴールを作りたかった。それを彼女へと捧げたかった。なのに、彼女は麻薬の実験に使われて声を無くして死んでいった。それを知って、リッチィはギルドを裏切った。ギルドにとってはたかが娼婦。だが、リッチィにとっては喪いたくない女だった。守れなかったギルドを憎んだ。そしてそれ以上に麻薬組織を憎んだ。全てが……無くなればいいと思った。自分の愛した女はいなくなった。だから、それ以外のものが存在し続けていることが許せなかった。
少し前に“逆巻き”が言ったことを思い出していた。
『だって、僕たちはもう愛する者を喪っている』
自らが仕掛けた絡繰りによって、燃え落ちる家。その奥の部屋で、リッチィは静かに座っていた。
オルゴールに鍵を掛けて、女のことを…シーリィのことを忘れた振りをしていたのは、忘れたかったからではない。いつまでも忘れられない…そんな風にしがみついている自分を毎日確認することが後ろめたかった。毎日確認して毎日うんざりする。そんなことが出来るのも自分がシーリィとは違って今も生きているからだと。
「もっと早く…こうしてりゃ良かったんだ」
リッチィの呟きに、梁が燃え崩れる音が重なる。
シーリィは、リッチィの世界の大部分を構成していた。なのに、シーリィがいなくなっても、リッチィを囲む周りの世界は何ひとつ変わらない。だから、自分の手でそれを崩したかった。何もかも無くしたかった。なぜなら、シーリィはもういないのだから。
──愛した女に捧げたかった箱を抱えたまま、リッチィはこと切れた。
オルゴールの中に、エルウッドは羊皮紙を1枚見つけた。そこには、彼が欲しかった情報が書かれている。盗まれた情報以上のものが。
──ブラウンケーキ摘発時に燃えたはずの“壁のない家”。そこには、イエメンを含めて、何人かの患者たちがいた。医術を修めたガデュリンが、麻薬を使って癒そうとしていた患者たちが。そう、イエメンはそこでブラウンケーキに出会った。おそらくはまだ子供だっただろう。何故、そんな子供がそんなところに…。
羊皮紙を読み進めたエルウッドは、疑問の答えを知った。…イエメンはガデュリンの息子だと。
そしてもう1つ。ブラウンケーキ摘発時にガデュリンの身体と共に燃え落ちたはずの“壁のない家”。それが、トーマス・ブギーマンの手によって再び作り直されていることも。
◆ 今はまだ誰も知らない ◆
“風上の”ネイは、特に真夜中の海水浴を楽しむ趣味があったわけではない。今、それをする羽目になったのは、足元に転がっている荷物のせいだ。
その“荷物”の猿ぐつわを外しながらネイは、“荷物”に笑いかけた。
「私は貴方を助けた。……意味がわかるわね?」
“荷物”──ガフは小さく頷いた。
“甘味屋”の手下によって、生きたまま海へと沈められたガフを、息があるうちにネイは救い出したのだ。ネイの狙いは、ガフの情報屋としての腕である。一度は死んだ身。それは、二度と追われることのない身だとも言えるのだから。
「私は私の仕事がある。麻薬とは無関係よ。……ただ、クレンツ男爵の情報が欲しいの。貴方はそれを知ってるはずね」
更に問うネイに、もう一度ガフは頷いた。
ネイは、麻薬ルートを調べていたわけではない。知り合いの盗賊に頼まれて、貴族の情報を調べていただけだ。お家騒動が起こっているというその貴族を調べるうちにガフに辿り着いた。そして、その貴族が麻薬組織に裏で資金援助をしていること、そこから自分も利鞘を得ていることを知った。
「私のほうも…あと少し調べればいいセンいきそうだし……ギルドで麻薬を調べているのは“手長”だったかしら。恩を売っておいても損はないかもしれないわね」
後日。ネイは、クレンツ男爵の身辺を調べることで、更なる情報を手に入れる。
クレンツ男爵と、他数人の貴族たちが、街道から少しはずれた寂れた宿場町に多額の援助をしているらしいことを。その街は、貴族から援助を受けるほどの産業もない。クレンツ男爵たちは、“純粋な好意”としてそれを行っているらしいが、麻薬組織との関連がガフの口から漏れた以上は、その目的は明白だ。
寂れた宿場町にはそぐわない建物が幾つか。そして、その宿場町に援助し始めた頃と、オランの街なかでモールドレが流行し始めた時期は一致する。現地に行って確かめる暇はネイにはないが、クレンツ男爵が援助したモールドレの精製工場や栽培用の畑などがそこにあることは十中八九間違いないと見ていいだろう。
ネイがこの情報を手に入れ、ネイからエルウッドへ、そしてエルウッドからドゥーバヤジットへその情報が届くのは、数日後……大方の人間が“事件最後の日”と後で認識する日のことだ。
◆ −記憶− 黄土色 ◆
許してくれ、アデン。…いや、ローズ。君を死なせたのは私だ。ああ、トーマスのモールドレが完成していればよかったのに。彼の作った薬は私が作ったものよりも副作用が少ないのだから。いや…いや、違う、違う…そうじゃない、麻薬なんか……。
──君の体を蝕むブラウンケーキが、君の命を奪った。君が胎内で育む命が、君の血を飲み込んだ。
けれど…私は憎めない。愛することしか出来ない。君が命を落とした後に、私が無理矢理に羊水の中から助け出した命を。もう君には聞こえないのかもしれない。ローズ、聞こえるかい? 男の子だったよ。名前は…そう、名前はイエメンにしよう。
イエメンは私の血を引いてはいない。それでも、私が愛した君の血を引いている。それだけで私は彼を愛してゆける。
母の乳を欲しがって泣く声は、とてもか細い。少々、月足らずで生まれてしまったようだからね。……大丈夫、私が守るよ。この子が生きてゆけるように。私が、私の間違いに気づいたのは随分と遅かった。全てが取り返しのつかないことになってから、ようやくに私は気づいたんだ。ローズ、君のおかげで。
だからせめて、この子は間違わずに済むように。
教えたいよ。ひ弱な手足を震わせて泣くこの子に…人を愛することを。
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