ほんとうの旅立ち
( 2002/09/11 )
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作者
琴美
登場キャラクター
ユーニス
母さんが病気で亡くなって数ヵ月後、父さんも亡くなった。
去年のことなのに、奇妙に遠く感じられる。
強い剣士。野外生活にも通じた、頑強な体の持ち主が、
妻を亡くした衝撃からか、すっかり弱り、冬の流行病に倒れた。
冒険者が、戦場で死なないことを、喜びとすべきかどうなのか。
娘としては、二人を看取れたことは良かったと思うけれど、
本人達の意向は、今となってはわからない。
私も冒険者、剣の使い手として生きている以上、
自分の死に方をきちんと考えるべきなのかもしれない。
二人を見送ってからしばらくは、祖父の家に居候しながら、
自分の生き方を問い直していた。
それまでは剣を生業とし、不足は野伏の真似事で補うつもりだった。
一応素質はあるとの事で、精霊使いとしての修行もしていた。
使い手になれば確かに実入りが増えるし、
何より生き残る確率も高くなる。
が、私は言語を覚えるのが苦手で、
精霊語習得に酷く時間がかかっていたから、
しばらくは当てにしないほうが良さそうだ、とずいぶん気楽に構えていた。
成人しているのに、甘さが抜け切らない私を、
両親はどう思っていたのだろう。
今考えるととても恥ずかしいが、両親健在時は
本当にのんびりと構えて過ごしていた。
でも、二人がいなくなって、再度自分に問う。
冒険者というのは、本当に私の歩むべき道なのだろうか?
成人のとき、胸をはって応えたはずの問いに、
両親を失った頃の私は答えられなかった。
数少ない身内である祖父が、老いてなお
仕立て職人としてエレミアで働いている。
彼の一人息子夫妻である私の両親が死んだ後、
丈夫で頑固一徹な職人気質の彼も、
さすがにしばらく寝込んでしまった。
祖父の家に泊まりこみ、看病をしながら、
私は自分が岐路に立たされていることを痛感する。
冒険者を続けたら、私に万が一の事があったとき、
祖父を一人にしてしまうかもしれない。
妻を早くに失い、男手一つで育て上げた一人息子、
そしてその嫁に先立たれ、孫にまで死なれた時、
彼はどうなるのだ?
もし、私が元気でいられても、この仕事を続ける限り、
彼が倒れた際に自分が側にいてやれるとは限らない。
そこまでして、続けるべきなのか?
子供の頃から成人するまでの間に彼に仕込まれた
仕立ての腕は、せいぜいお針子さんとして職人の下で
働かせてもらえるかどうか、の瀬戸際程度。
でも、それでもないよりましかもしれない。
私はまだ、20歳にもなっていない。
再出発するに遅すぎるということも無いだろう。
そうだ、今からでも遅くない。
祖父の傍らで仕立てを生業として過ごし、
両親の出来なかった孝行をすべきなのではないか?
近隣に親しい身内のいない我が家の、
最後の家族同士なのだから。
しかし、そこまで考えて、情けなくなる。
身内の死とそれに伴う状況の変化は、
「剣」を選んだときに、簡単に想像できたはずのこと。
両親とてその時覚悟したはずである。
つまり、私だけが思い至るのが遅すぎた、ということだ。
あらかじめ考えておくべきだったこと、
決めて置くべきだったことを
今更問い直す自分は、本物の愚か者だ。
……そんな私に、本当に剣を持つ資格が有るのか?
甘い覚悟で、剣を振るって許されるのか?
「中途半端な私」の手で絶たれた命の持ち主達は、
これを知ってなお自分の死を受け入れられるだろうか。
同様に、そんな浮ついた気持ちで、
針と糸を生涯手放さない覚悟が出来るのか?
職人の仕事は、生易しいものではない。
傍から見ていても、それは判る。
布に命を吹き込み、誰かのために心地よい衣服を仕立て上げる。
そんな職人達の、末席に加わることが私に出来るのか?
何よりも、自分自身で選択すべき答えを、
他人に預けているだけなのではないか?と自問自答。
答えは自分の心の中にある。
けれど、踏み出す勇気がない。
心のゆらぎは、とどまることを知らなかった。
そんな、鬱々と過ごしていたある日のこと。
いきなり祖父が部屋に入ってきて、怒鳴った。
「お前、成人したときに剣を選んだんだろう!?
俺は中途半端な奴は大っ嫌いなんだ。
そんな根性じゃあ職人にも剣士にもなれやしねぇ。
とっとと嫁にでも行っちまえ。」
反駁する言葉も無いまま立ち尽くしていると、
「自分で生きる、自分を生きる。その覚悟を持て。
そうでなきゃあ、誰かを守ることなんざ無理ってもんだ。
その辺があやふやなまま『守る』ったって、
説得力も何もありゃしねぇ。
俺は覚悟の決まらないお前に守られるほど弱かねぇ。」
「爺ちゃん……」
祖父は、小さく息を吸い込んで、
「だからよ、一人前になるまで帰ってくるんじゃねぇ。」
と、静かに告げた。
脳天を直撃する言葉。
きっと寂しいだろうに、悲しいだろうに。
そんな想いを抱えながら、彼は常にまっすぐに生きている。
そして、今、私を「一人前」に育てようとしている。
これに応えられないようじゃ、私はこのひとの孫じゃない。
自分の中の迷いが晴れていく。
自分の望みは?本当に歩いていきたい道は?
何のために「剣」を選んだのだ?
思い出せ、父の剣、母の詠唱が守った人々のことを。
恵まれた体を生かして、自分に出来ることを一所懸命果たしたい。
そう願ったんじゃないのか。
簡単に放り出せるほど軽い気持ちではなかっただろう!?
長い間悩んでいたのが嘘のように、あっけなく答えは出た。
「判った、行ってくる。爺ちゃんの、
『仕立て屋リックス』の孫の名に恥じない仕事、してくるから。」
そういうと、祖父は、口の端を歪めてわずかに微笑む。
「馬鹿野郎ぉ、そういう台詞は100年早ぇえっての。
『耳の長い』奴らに笑われんぞ。お前はお前の名に、
自分に恥じねえ仕事をすりゃあそれで良いんだ。」
祖父の言葉に、つられて私も微笑む。
「私は剣を持てる体に恵まれてるし、そうなるよう鍛えてきた。
何でこの道を選んだのか、忘れていたよ。
……私に出来ることを突き詰めてみる。ありがとう、爺ちゃん。」
「おう、行って来い。俺のことは心配するな。」
そうして、数週間後、私は、両親の形見分けを
元の仲間達に届けるため、エレミアを離れた。
両親と住んでいた小さな家と家財を殆ど処分し、
細々としたものはものは祖父宅に預けた。
それなりの金額にはなったが、人生をずっと支えるには程遠い。
ここからは、自分の力で稼いで生きていくのだから、構わないが。
装備を整えて、少し多めの金額を用意すると、残りは祖父に渡した。
「貰わねぇぞ。預かってやるだけだぞ」と相変わらず頑固な反応。
「息子の稼いだ金でのらりくらりと出来るかってんだ」
未だ現役の、腕の良い職人の誇りにかかわるらしい。
そうそう取りに来られるかは別として、
正直、私としてもありがたい申し出だった。
形見分けが終わったあと、帰ってきて
エレミアを拠点にするかどうかは、行く先での成り行き任せ。
自分の腕に命を託して歩く、独り立ちへの道が始まる。
見送る祖父は
「冒険者のお前が、俺の死に目に会えると思うな」と言って、
私の肩を叩いた。
それは、厳しいけれど、温かい想いの詰まったはなむけの言葉。
半人前の私をたたき上げるための、最初の槌の一振り。
いつか必ず、この人の期待に応えたい。
「いい仕事しろよ」と笑う彼に、私も笑顔で頷いて、扉を開けた。
様々な物が溢れかえる、自分の道へと続く扉を。
〜〜後日談〜〜
「いやぁ、あん時ユーニスが『判った、嫁に行く』って言ったら
どうしようかと冷や汗かいたわ。」
エレミアのとある酒場で、古い友人を前に、ユーニスの祖父は語る。
「あん?いやぁ、それはそれでめでてぇけどよ。
あいつの腕っ節、お前も知ってるだろ?あれじゃあ嫁の貰い手も
そうそう有ったもんじゃない。相手を探すほうが、あいつを送り出すより
よっぽど気苦労が有るってもんだ。万事丸く収まって良かったさ。」
「ぶえっくしっ!!」
同時刻。オラン市内、『気ままに亭』のカウンター。
夕食を楽しんでいたユーニスが、突如として盛大なくしゃみをする。
「おう、風邪か?ユーニス。気ぃつけろよ、体が資本だからな。」
マスターの台詞に片手を上げて感謝の意を表しつつ、
鼻をすするユーニスの姿があった。
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