怪談-KWAIDAN- ( 2002/10/02 )
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作者
登場キャラクター
A.カレン ラス




 ──ある夜。衛視の詰め所に女が1人駆け込んできた。少しばかり慌てたような……いや、すがるような様子で。そして彼女が言うんだ。「向こうの通りで人が馬車に轢かれた」と。詰め所にいた衛視たちが事情を聞くと、当の馬車は2頭立て。慌てて主人の指示を仰いだ御者の台詞を聞くと、その馬車に乗っていたのはガリランドという貴族らしい。それを聞いて、衛視は現場に向かった。女の言ってることが嘘だとは思われなかったから。更に詳しい話をここで、と女を衛視詰め所に残して。
 現場についた衛視は、馬車の車輪の跡と、倒れている人物を発見する。でも、馬車はどこにもいない。おそらく逃げたんだろうね。倒れている人物はすでに事切れているらしくて、身動きもしない。状況から見て、やはり轢かれたことは間違いないだろう、と、衛視は倒れている人物を助け起こした。そして、衛視は驚いた。
 ……どうしてって? 倒れていた人物の顔が、衛視詰め所に駆け込んできた女のものだったからさ。詰め所では、調書を取っている衛視の目の前で女の姿がかき消えたそうだよ。



 ──先日、酒場でこの話をした。相手はリックとラス。この話そのものは、神殿の関係で知り合いの衛視から聞いた話だ。馬車の持ち主がわかっても、証言者が死者じゃ表沙汰にするわけにもいかないし……とぼやいていた。その上、相手は貴族だ。御者も、口止めされてクビにされたらしい。だから、単なる不思議な話のひとつだ。神殿にいるとこういう話はよく耳にする。実際に、自分も似た事柄を体験したこともある。
 ただ、やっぱり冒険者は反応が今ひとつ変わってるなとは思った。リックは、轢かれた女性が死んでも死にきれないっていうあたりを気にして、事件そのものを少し調べてみたいなんてことを言い出したし、ラスに至っては「黄色くないんだから気づくんじゃないのか?」と。
 仕方のないことだとは思う。冒険者にとっては、不死者の一種だ。依頼を受けて、人々に害をなす霊を退治する仕事を請け負うこともあるのだから。そしてラスは精霊使いだ。負の生命のオーラとやらを奴は肌で知っている。……何度説明されても、うまく理解できない感覚ではあるんだが。
 同じ話を、古代王国への扉亭のウェイトレスにしたことがある。
「えぇっ!? やだ、こわーいっ! きゃー、あたし、そういう話駄目なのー!」
 ……そうだよな。これが一般的な反応だよな。
 怖がらせたいわけではない。けど、ある程度はそういった反応を期待して、怪談じみた話をするわけだから、それなりの反応は欲しい。
 思えば、前に首無し騎士と亡霊の話をラスにした時も、横で聞いてた店員のほうが少々怖くなったらしく、二の腕をさすっていた。
 怖がらせてみたい……と、なんとなく悪戯心が湧いてくる。とは言え、普通に怪談めいた話をしても、もともと不死者に対する感覚が一般人と冒険者とではかけ離れている。そもそも、俺だって怖いわけじゃないし。ましてやラスは精霊使いで、森の育ちだ。さらに違う感覚を持っているだろう。
 さて……どうすれば……。


 ラスの家で、食器を洗いながらそんなことを考えていた。
 今日は仕事で魔法を使って疲れたから、ブラウニーに指示を出すのも面倒だと言うので、俺がブラウニーの代わりをしている。料理そのものには今ひとつ自信がないが、こういう作業は嫌いじゃない。
 食器を洗い終え、茶を沸かす。マグを2つ持って居間に戻ると、ラスが長椅子でうたた寝をしていた。その傍らには猫。寝るなら寝室で……と、起こそうとしてふと思いつく。
 確かにこいつの眠りはかなり浅いほうだが、何故か俺が起こすとなかなか起きない。どうやら、無意識のうちに気配を区別しているらしい。ってことは……ここで俺が独り言を言ったとしても起きないだろう。
 以前、どこかの賢者から聞いたことがある。眠ってる間の出来事が、夢に反映されると。不自然な体勢で……例えば左腕を下にして寝ていると左腕を怪我する夢を見たこともあるから、その賢者の意見はかなり正しいのだろう。
 ラスがいつも感じてる精霊の感覚というのは、夢の中まで影響するのだろうか。もし、夢の中ではそれが影響しないのなら、怖い夢を見せることは可能なのかもしれない。
 ……………………よし。


 長椅子の背側にまわって、寝ているラスを見下ろしてみる。間近に人の気配を感じたのか、奴の耳先が一瞬ぴくりと動いた。……が、起きない。
「……それは、ある蒸し暑い晩のこと。1人の男が宿に部屋をとった。個室だというのに、やけに値段が安いことが気になってはいたが、他の宿を探すにはその日は疲れていた。そして疲れにまかせて、寝台へ潜り込む。寝入ってからすぐのことだった。寝苦しい。やけに息苦しい」
 低い声でぼそぼそと囁く。ラスが顔をしかめて寝返りを打った。……成功か?
「ふと、異様な気配を感じて男は目を覚ました。男の目の前には白いドレスを着た女がいた。いつの間に入ってきたのか。そもそも、部屋には鍵をかけていたはず。誰何の声をあげようとするが、声が出ない。身体も動かない。全身に冷たい汗をかきながら、男はドレスの女を見つめた。瞼を閉じることすら出来ない。まるで魅入られたように女を見つめるしか出来ない」
「……ん…………?」
 少し苦しげに息を吐き出す。……いい感じだ。
「女の身体は宙に浮いているようだ。窓は閉めていたはずなのに、白いドレスは風に揺れている。長い髪に表情を隠したまま、女は男の上に馬乗りになった。ぐい、と。突然突き出された手。骨張った手が男の首を締めあげる。苦しい。息が出来ない。あえぐように空気を求めて口が開く。その口の中に、ひたり、と生暖かい感触を感じた。血の味がする。見ると、女の顔は血にまみれていた」
 仕上げとばかりに、抱きかかえていた猫を持ち上げる。
「……クロシェ、ちょっと頼む」
 ぼそ、と呟いて俺は猫の鼻をラスの唇のあたりに軽く押しつけた。
「……ん。……うわっっ!?」
 ラスが飛び起きる。きょろきょろしながら、額の汗を拭ってる。
 何食わぬ顔をして、俺はラスの向かい側の椅子に移動した。すっかり冷めてしまった茶を啜りながら、聞いてみる。
「どうした。寝汗をかくような季節じゃないぞ。もう秋だ」
「………………え? ああ……そっか、夢か……」
 溜息をついて、二の腕をさするラス。……どうやら成功したようだ。
「どんな夢見たんだ?」
「いや。マジ怖ぇ夢。あ〜……夢で良かった」
「なんだよ、聞かせろよ」
 ああ、と頷いてラスがテーブルの上のマグを手に取った。冷めた茶だが、こいつにとってはちょうどいいんだろう。一口飲んで、口を開く。
「女が出てきたんだよ。白いドレスの女。……そうだな、ノースリーブで膝丈のドレス。どちらかというと小柄で華奢だけど胸は大きいほうだな。髪は栗色のロングストレート。瞳は淡い緑色で、くりっとした印象。鼻は小作りで少し上を向いてるけどキュートな感じ。唇は、最近流行ってる薄桃色の紅。いい女だったんだよ、それが」
 …………俺、そこまで描写したかな。まぁいいか。
「で? その女が?」
「そう、その女が。何しろ、いい女だ。俺は必死に口説くわけだ。いろんな手段でアプローチを試みる」
 …………なんだか、少し違っているような。
「そしてここからが怖ぇところだよ。うまく行きそうにはなるんだ。女のほうも、軽くキスとかしてくれたんだけどさ。そのあとに、女がにっこり笑って断るんだよ。んで、なんでだよ、って聞いたら……私が好きなのはこの人だからって連れてきたのが……こともあろうにロビンだぞ!? 怖いだろ!?」
 …………………………。
「あー……ラス?」
「なに?」
「おまえ、つまんねぇ」


■    ■    ■    ■    ■


 ──“つまんねぇ”と断言された俺の立場ってどうよ。とりあえずカレンを問いただすと、あっさりと白状した。一般人が怖がる話を聞かせても「黄色くないじゃん」のひと言で済ませるのが面白くなかったから、ちょっとした悪戯をしてみただけだ、と。
 だって、しょうがねえじゃん。負の生命の気配って、あからさま過ぎてわかりやすいんだから。そのこともあってか、冒険者の店で、不死者退治の仕事を受けることも珍しくねえし。
 もともと、恐怖っていうのは、得体の知れないものとか、自分の力が及ばないものに対する感情だ。闇の精霊が恐怖の感情を司るのも、闇に対する原初の恐怖が影響してるんだろうとは聞いたことがある。
 にしても……俺で実験するなよ。

 思わず、カレンが寝に行った寝室のドアを見る。……そう言えばこの家、寝室に鍵はないんだよな。いや、でも、扉を開けた音に気づくか。そして俺がそばに行けば、気配に気づかれるかもしれない。奴はもともと眠りが深い。短時間で一気に眠るタイプだ。それに、この家はなんだか落ち着くとも言ってたから、おそらくそろそろ深く眠り込んでるだろう。さっきのうたた寝のせいで、逆に目が冴えちまった俺と違って。
 ただ、深く眠り込んでるからと言って、目が覚めないとは限らない。何と言っても現役の盗賊だ。人の気配にはすぐ気づくだろう。……さて、どうするか。

 すでにすっかり、仕返しする気満々になっている。確かに、気になる実験ではあったから。俺が夢の中でも精霊を感じるのかどうか……負の生命のオーラを見て黄色いと思うのかどうか。残念ながらそれは実証されなかったけど、じゃあ神官相手なら?
 精霊力を感知することはカレンには出来ない。ただ、それでも長い冒険者暮らしと、今までこなした依頼と、神殿で見聞きする話と。不死者には慣れているはずだ。とくにカレンの、神官としての師匠のほうは不死者の研究に熱中してる人物らしいから。自分の知識と力で対処出来る……もしくは、自分だけの力じゃなくても、物質界の力で対処可能なものだと思えば恐怖心というものも湧いてこないだろう。敵と対峙する時の緊張感は、恐怖と似ているが全く別のものだから。そして、神官が霊に相対した時、感じるのは恐怖よりも、おそらくは救われない魂に対する救済の意識だと思う。
 でも、夢の中なら?
 純粋に正体のわからないもの、対処出来るかどうかもわからないものというのも、夢の中なら出現できる。
 そして、不意に思いだした。今日の昼間、仕事で使うかもと思って、出かける前にシルフをコントロールしていたことを。
 チェストの上から、シルフを住まわせているオカリナを手に取った。これを使えば、寝室の扉を開けるだけで声を届けられる。


 細心の注意を払って、戸口まで忍び寄る。そっと扉を開けた。蝶番に油を差したばかりで良かったと思った。
 拳1つ分の隙間を作って、廊下に戻る。オカリナを手にとって、シルフにそっと呼びかけた。
「……シルフ。頼みがある」
 出てきたシルフに頼んで、カレンのベッドのあたりまで道を開いてもらう。カレンの寝息が聞こえてきた。……よし、寝てるな。
「……少年は自分を呼ぶ声を聞いた。夕暮れ時、近道として通った薄暗い道で。そこにある屋敷は荒れ果てていた。無人になって久しい。辺りには通行人もいない。なのに誰が自分を……と、見回すと、屋敷の玄関が軋みながら開いた。……『遊ぼうよ』の声はか細い。見ると、まるでビスクドールのような少女が少年を見つめていた」
 ──聞こえるのは寝息。普段のカレンは、寝返りもほとんどしない。寝息さえ聞こえなければ死んでるんじゃねぇかと思うくらいだ。
「背筋に冷たいものが走る。何故か肌が粟だった。なのに、少女から目が離せない。ふらふらと、誘い込まれるように、少年は門扉をくぐった。玄関の扉に手をかけようとすると、少女がくすりと笑って、奥へと引っ込む。少年はそれを追った。追わずにいられなかった」
 クロシェが、まだ寝ないのかと言うようにすり寄ってきた。声は上げるなよ、という意味で口もとに指を立てて見せたが、多分伝わってないだろう。不審げな顔をしている。
「玄関を開けた瞬間、黴臭い空気に包まれる。舞い上がる埃を夕陽が切り裂く。そして、少年の目に映った少女は笑みを浮かべていた。『遊ぼう』と。少年と同じ目の高さで。少女の腰から下は、何もないと言うのに……」
 …………寝息。……そう、起きないんだよな、カレン。
 ま、朝になったら感想聞いてみるか。

 翌朝。俺より早く起きたカレンに聞いてみる。
「昨夜はよく眠れたか?」
「ああ。いつも通りに。……なんで?」
「いや、何か夢とか見なかったのかな、と思って」
 何気なさを装って聞いた俺に、カレンが一瞬首を傾げた。……お、反応あり?
「…………いや、全然」
 …………………………。
「あー……カレン?」
「なに?」
「おまえのほうがつまんねぇよ」




  


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