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──“つまんねぇ”と断言された俺の立場ってどうよ。とりあえずカレンを問いただすと、あっさりと白状した。一般人が怖がる話を聞かせても「黄色くないじゃん」のひと言で済ませるのが面白くなかったから、ちょっとした悪戯をしてみただけだ、と。
だって、しょうがねえじゃん。負の生命の気配って、あからさま過ぎてわかりやすいんだから。そのこともあってか、冒険者の店で、不死者退治の仕事を受けることも珍しくねえし。
もともと、恐怖っていうのは、得体の知れないものとか、自分の力が及ばないものに対する感情だ。闇の精霊が恐怖の感情を司るのも、闇に対する原初の恐怖が影響してるんだろうとは聞いたことがある。
にしても……俺で実験するなよ。
思わず、カレンが寝に行った寝室のドアを見る。……そう言えばこの家、寝室に鍵はないんだよな。いや、でも、扉を開けた音に気づくか。そして俺がそばに行けば、気配に気づかれるかもしれない。奴はもともと眠りが深い。短時間で一気に眠るタイプだ。それに、この家はなんだか落ち着くとも言ってたから、おそらくそろそろ深く眠り込んでるだろう。さっきのうたた寝のせいで、逆に目が冴えちまった俺と違って。
ただ、深く眠り込んでるからと言って、目が覚めないとは限らない。何と言っても現役の盗賊だ。人の気配にはすぐ気づくだろう。……さて、どうするか。
すでにすっかり、仕返しする気満々になっている。確かに、気になる実験ではあったから。俺が夢の中でも精霊を感じるのかどうか……負の生命のオーラを見て黄色いと思うのかどうか。残念ながらそれは実証されなかったけど、じゃあ神官相手なら?
精霊力を感知することはカレンには出来ない。ただ、それでも長い冒険者暮らしと、今までこなした依頼と、神殿で見聞きする話と。不死者には慣れているはずだ。とくにカレンの、神官としての師匠のほうは不死者の研究に熱中してる人物らしいから。自分の知識と力で対処出来る……もしくは、自分だけの力じゃなくても、物質界の力で対処可能なものだと思えば恐怖心というものも湧いてこないだろう。敵と対峙する時の緊張感は、恐怖と似ているが全く別のものだから。そして、神官が霊に相対した時、感じるのは恐怖よりも、おそらくは救われない魂に対する救済の意識だと思う。
でも、夢の中なら?
純粋に正体のわからないもの、対処出来るかどうかもわからないものというのも、夢の中なら出現できる。
そして、不意に思いだした。今日の昼間、仕事で使うかもと思って、出かける前にシルフをコントロールしていたことを。
チェストの上から、シルフを住まわせているオカリナを手に取った。これを使えば、寝室の扉を開けるだけで声を届けられる。
細心の注意を払って、戸口まで忍び寄る。そっと扉を開けた。蝶番に油を差したばかりで良かったと思った。
拳1つ分の隙間を作って、廊下に戻る。オカリナを手にとって、シルフにそっと呼びかけた。
「……シルフ。頼みがある」
出てきたシルフに頼んで、カレンのベッドのあたりまで道を開いてもらう。カレンの寝息が聞こえてきた。……よし、寝てるな。
「……少年は自分を呼ぶ声を聞いた。夕暮れ時、近道として通った薄暗い道で。そこにある屋敷は荒れ果てていた。無人になって久しい。辺りには通行人もいない。なのに誰が自分を……と、見回すと、屋敷の玄関が軋みながら開いた。……『遊ぼうよ』の声はか細い。見ると、まるでビスクドールのような少女が少年を見つめていた」
──聞こえるのは寝息。普段のカレンは、寝返りもほとんどしない。寝息さえ聞こえなければ死んでるんじゃねぇかと思うくらいだ。
「背筋に冷たいものが走る。何故か肌が粟だった。なのに、少女から目が離せない。ふらふらと、誘い込まれるように、少年は門扉をくぐった。玄関の扉に手をかけようとすると、少女がくすりと笑って、奥へと引っ込む。少年はそれを追った。追わずにいられなかった」
クロシェが、まだ寝ないのかと言うようにすり寄ってきた。声は上げるなよ、という意味で口もとに指を立てて見せたが、多分伝わってないだろう。不審げな顔をしている。
「玄関を開けた瞬間、黴臭い空気に包まれる。舞い上がる埃を夕陽が切り裂く。そして、少年の目に映った少女は笑みを浮かべていた。『遊ぼう』と。少年と同じ目の高さで。少女の腰から下は、何もないと言うのに……」
…………寝息。……そう、起きないんだよな、カレン。
ま、朝になったら感想聞いてみるか。
翌朝。俺より早く起きたカレンに聞いてみる。
「昨夜はよく眠れたか?」
「ああ。いつも通りに。……なんで?」
「いや、何か夢とか見なかったのかな、と思って」
何気なさを装って聞いた俺に、カレンが一瞬首を傾げた。……お、反応あり?
「…………いや、全然」
…………………………。
「あー……カレン?」
「なに?」
「おまえのほうがつまんねぇよ」