ぎんいろの道標 ( 2002/10/16 )
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作者
琴美
登場キャラクター
ユーニス リグベイル



 チャ・ザ神殿近くの「気ままに亭」は、今日も宵っ張りの冒険者達で賑わっている。
 そんな冒険者の一人、ユーニスも、夕餉と酒を求めて訪れた。
 軽く店主に挨拶して、カウンター席に落ち着く。
 メニューを眺め、逡巡してから「シチューとパン2つ、ラキス」のシンプルで
ごく安上がりな組み合わせを頼んで一息つく。すっかりここの味に馴染んだ今日この頃だ。
 カウンター席に座ると周囲に視線を巡らせるが、今日は見知った顔を見かけない。
まぁそんな日もあろうと、さして気にとめず、供された料理と酒に舌鼓を打った。
 
 ふと、目の端に映った何かに気を引かれて面をあげると、銀髪の森妖精が
斜め後ろのテーブル席を辞するところだった。
 さらさらと流れる長い銀糸。静かに会釈してすれ違うとき、ユーニスの記憶に
銀の色が刺激を与えた。何を思い出しかけているのかと、しばし考え込む。
 ややあって、得心の行ったように頷く彼女。その顔には珍しく翳りとも照れとも付かぬ色がある。
 眼差しには、過去のひとコマが映し出されていた。

 ユーニスが「彼女」に初めて出会ったのは、冒険者になって一年経つか経たないかの頃だった。
 両親ともに健在で、仲間に最も活気のあった日々だった。
 剣士で野伏の父、精霊使いで盗賊の母、放浪癖のある魔術師、戦神の神官。
古くから付き合いのある彼らの中に、「娘」ではなく「メンバー」として加わる重圧。
 絶対に足手まといにはなりたくない。そう思い、少し依怙地にすらなっていた。
 剣と野伏の腕を必死で高めていたそんな彼女の前に、「彼女」は突然現れた。

 リグベイルと名乗る「彼女」は、男性かと見紛う褐色の長身、彫りの深い顔貌、ハスキーな声に
印象的な銀白色の髪をしていた。やや憂いを含んだ表情に、銀色の髪は良く映えていた。
 彼女は若き冒険者であり、冒険者の店の紹介で、ひととき彼らと仕事を共にすることになる。
 紹介を兼ねて腕前を披露するに至り、ユーニスはその姿に愕然とした。
 自分とさして年も違わないのに、軽々と片手半剣を扱い、野伏の技を見せる。
自分が苦労してこなすことを、いとも簡単にやってのけてしまう。
聞けば、冒険に出た時期も自分と大して違わないと言うのに、この差は何なのだろう。
「こんなに頑張っているのに」
「真面目に鍛錬だって欠かさないのに」
そんな思いが少しずつ水面に浮かぶ泡のようにかつ消えかつ結び……心を波立たせる。
 頑なになっていた心は、余計にその度合いを増していった。

 ある日、大規模な隊商の護衛の為に雇われた彼らのパーティとリグベイル、そして数名の冒険者達は
エレミアからロマールに向けて旅立った。報酬も悪くないこの仕事にみな一様に喜んでいる。
 ユーニスの父などは、まとまった収入を得るのを機に、良い剣を誂えようかと心に決めているらしく
子供のように張り切っていた。苦笑して見守る母や仲間達。彼らもどことなく楽しそうだ。
 その中でひとり、ユーニスは自らの実力不足を不甲斐無く思い、鬱々としていた。
そして、「彼女」を見るとき胸に浮かび上がるくすぶるような不愉快感に、戸惑いを感じていた。

 彼女と薪を拾いに行くにも、ぎこちない会話しか交わせず、剣の練習に付き合って貰うときも
どこか気を入れることが出来ない。自分の中の何かが、彼女と正面から向き合うことを妨げている。
 それを自覚していながら素直になれないまま、ユーニスはロマールへの道程を歩き続けていた。

 旅の中程まで来て、一行は思いがけず妖魔の一群に襲撃を受ける。
 丁度良い宿場にたどり着けぬまま野営をしようと付近の森に入った時のことであった。
 緊迫した空気が漂い、隊商を守って円陣を組みながら、ユーニスは気分の高揚を感じていた。
 久しぶりに遠慮なく戦える相手が目前に迫っている。そう思うと矢も楯もたまらず剣を振るい、
日ごろの鬱憤を晴らしていた。
 妖魔相手なら手加減も容赦も要らない。それが護衛隊商に仇成すものならなおさらだ。
自分の胸の内に秘めた黒い思いを振り払うかのように、猛然と剣を振るい続ける。
その太刀筋は、恐ろしいほど相手の急所を付いていて、周囲に鬼気迫る物を感じさせたという。

 各メンバーの着実で弛まぬ活躍により、息のある相手が殆ど居なくなった頃、それは起こった。
 戦いの終息が見えて、ほっと安堵のため息を漏らしたユーニスに、背後から最後の力を振り絞って
鋭い爪を振り下ろした妖魔がいた。殺気にユーニスも振り返るが、一瞬遅れた。
 周囲の叫びの中、身体を縮こまらせた目の前で、銀色の髪が、揺れた。

 母と神官が懸命に癒しの魔法をかける姿を、ユーニスはぼんやりと見ていた。
苦しそうに呻く銀色の髪の優しい剣士を、まっすぐ見ていられるほど、胸中は穏やかではなかった。
 実力不足を嘆くあまり、少し無鉄砲になりすぎた。自分の背後の敵に気付かないほどに。 
そして、自分が未熟だったばかりに、仲間に怪我を負わせてしまった。
…………最低だ。
 彼女は自責の念に駆られた。

 此処に至って、ユーニスは自分の胸の内に浮かぶ奇妙な感情の正体に、やっと気付いた。
 それは、「嫉妬」と「羨望」。彼女の力と経験、全てを羨み妬む気持ち。
 同時に「憧憬」でもあった。
 今になって、それを悟る。……何と恥ずべき見苦しい様だろう。
 素直にそれらを認められなかったあまり、彼女に失礼な態度や言葉を投げかけなかっただろうか?
彼女はいつも静かな笑みで応えてくれていたのに。そして今、自分を庇って怪我まで負っている。
 ああ、自分は何と愚かなのだろう。
 生命の精霊や奇跡の使えない自分を、これほど頼りなく無力に感じたことは無かった。
何とかして助かって欲しい。今彼女に出来るのは、祈ることだけだった。

 数日後、隊商の側に連れ立って歩く女性が二人。
 リグベイルとユーニスだった。
 回復を待って出発した隊商は、遅れを取り戻すかのように速度を速めている。
 癒しをうけて傷がふさがっているとはいえ、血を失った影響で少し顔色の悪いリグベイルを
ユーニスは気遣い、そばについて歩いていたのだった。
 責任を感じずともよい、と笑って応えるリグベイルに、ユーニスは改めて自分の器の小ささを
思い知らされた。そして、彼女が命を取り留めたことに、心から感謝し、安堵した。
 二人を見守るように、精霊たちが回りを取り囲む。軽くそれに応えるリグベイルに、
ユーニスは迷うことなく憧憬の眼差しを向けた。
「このひとのように、強くなりたい」
 素直にそう思えたとき、重いくびきから心が開放された気がした。
 

 この時の出会いがなかったら、自分はきっと冒険者として駄目なまま、生きてきただろう。
 彼女には、その自覚がある。
素直に感じ、素直に相手の強さを受け容れたい。そう強く願ったからこそ、今のユーニスが居る。
 足りなければ、努力しよう。欲しいなら、自分で手を伸ばして行けばいい。ただそれだけのこと。
人を羨んだり妬んだりする暇があったら、少しでも相手の長所を吸収しよう、相手に学ぼう。
 そう考えたら気楽になり、ユーニスは自分の前にまっすぐに歩く道が開けたような感覚を覚えた。
 やや「素直に」「真っ直ぐに」の部分が強すぎて、腹芸やら小細工やらと言った事が
一切苦手になっているのが問題ではあるが、今では「まぁなんとかするさ」と、腹をくくっているようである。
 剛胆なのか、鈍いのかは微妙なところであるが。


 一気にラキスを飲み干し、心地よい喉越しに微笑んでいると、金髪の半妖精が声を掛けてきた。
思い出から目を覚まして、自己紹介などをしていると、ドアベルが軽快な音を立てて来客を告げる。
振り向いた視線の先に、銀色の髪の剣士。なにやらこちら……正確には半妖精を見て逡巡している。
 さて、どうしたものか。隣の半妖精が笑みを浮かべたとき、ユーニスは躊躇わずに声をかけた。
「あ、リグベイルさんっ、お久しぶりです!!」
 他の客が振り返るような声で、「彼女」に向かって呼びかける。
 困ったような顔で応える彼女を、自分の方へと誘う。憔悴した微笑みの理由が気にはなったが、
とりあえず彼女のために椅子を引いて、歓迎する。
 追いかける目標をくれた人を、逃すまいとするかのように。



  


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