12の月の末。過ぎ越しの祭りが近いとあって、街なかは妙に賑わっている。通りには人が溢れ、年の瀬をオランで過ごそうと決めた行商人たちが、露店を連ねる。
だが、大きな通りから外れると、そこには意外なほど閑静な雑木林がある。街なかに、ぽっかりと忘れられたように残った小さな木立。人の出入りがある公園とは少し離れているからか、あまり訪れる人間もいない。
「ねぇ、ラス。この辺でいいかなー」
そう、こうやって、人目につかないところで魔法の練習をする新米精霊使いとその師匠ぐらいしか。
「ああ、好きにしろ。俺はここで見てる」
ファントーにそう答えて、俺は、すっかり葉を落とした橡の木を見上げ、その根もとに腰を下ろした。吐き出した息が白い。
暖かなオランと言えども、さすがにこの季節になれば空気は凍てつく。吹く風にフラウの吐息が混ざり、冷え込む日には時折、風花が舞う。どこか透明な、張りつめた空気。この空気は好きだ。冷え込むと言っても、俺が育ったタラントほどじゃない。ここでこうしていても、昼のうちなら薄手の外套があれば俺は十分だ。
周りを見渡しながら、ゆるやかに精霊力を感知して、徐々に精神集中を高めていく、そんなファントーの様子を見ながら、俺はそっと息をついた。
今住んでいる家からここまでは、さほどの距離じゃない。とは言え、大きな通りを通ってくることにはなる。人通りの多い時間に出歩くことは、最近には滅多にないことだ。
通りを行き交うのは、何かに急かされるような人間たち。表情と足取り、それぞれの服装を見れば、大体の想像はつく。例えばそれは、取引相手に品物を届ける商人だったり。家族のために食材の買い出しに出た母親だったり。講義に遅れそうになっている学院生や、初めての“仕事”に相手を選びあぐねている新米の“猫”。
通りに溢れる、人間と亜人間たち。そして、その上には、それと同じ数だけの感情の精霊たち。
「どうしたの?」
すぐ近くで、俺を窺うような気配。ファントーだ。風で乱れた焦げ茶の長い髪をそのままに、俺の目の前に立って覗きこんでくる。
「いや、何でもない。……おまえ、精神集中してたんじゃなかったのかよ」
「汚しちゃ困るから、外套脱ぎにきたんだよ」
脱いだ外套を見せながら、ファントーが言う。手にしているのは、真新しい外套だ。12の月で16才になったという誕生日祝いと、先日ようやく火蜥蜴の制御に成功して、一人前の精霊使いになった祝いとを兼ねて、俺が買ってやったものだ。もともとは、爺さんの形見だという古いマントを愛用していたようだが、それはそれで、きちんと爺さんの後を継ぐ時まで大事にとっておいたほうがいいと思ったから。
16才と言えば、人間ならもう大人だ。だが、山の中であまり人と触れあわずに育ったファントーは年齢よりも幼いところがある。そして妙に健康的だ。つまり、早寝早起き。そんなファントーの修行に付き合うとなれば、こういう時間になるのもやむを得ない。やむを得ないが……やっぱり、人通りの多い時間に外を歩くのはきつい。
「失敗しなきゃ汚さねえよ。脱いだってことは、失敗する準備か?」
軽口で空気を……そして自分自身すら誤魔化すのは、いつもの手段だ。
──制御に制御を重ねて、一切を感じ取らないように。そうでもしなければ、自分の中の感情の精霊たちが、外の奴らに引きずられる。真夏に、体力が落ちている時なんかは以前にも時々そういうことがあったが、最近は季節に関係なくそれが起こる。
本来なら、俺は、精霊たちとの間に壁を作っている。俺の、もともとの名前の意味、“柔らかき垣根”を。不用意に混ざらないように、それでも互いに手を伸ばすことが可能な、柔らかく低い垣根を。
その壁に据え付けた“扉”。魔法を使う時には、壁越しに精霊たちに呼びかけ、魔法を放つ瞬間にその扉を開け放つ。それが俺の精霊魔法だ。
精霊力の感知も、本来なら同じことだ。自分の感覚を解放して、そっと開けた扉から周囲の精霊たちを窺う。物質界にいる……壁の内側にいる自分を意識することから始めて、その位置から俺は手を伸ばす。触手にも似た、感覚の網の手を。
外に引きずられるのが何故なのかはわからない。そして引きずられることで、頭痛や吐き気に襲われるのは何故なのかも。
リヴァースに……あの黒髪の半妖精にそれを言ったことがある。奴は、『無意識にそれまでの自分とは違うやり方を試そうとしてるから、拒絶反応が起こるのだろう』と言っていた。……わからない。そうなのか、そうじゃないのか。
ただ、普段なら決して外側から開くことのないはずの“扉”が、こじ開けられる。ただでさえ、壁越しにすら感じるものを、無理矢理に。
だから、扉を……より頑丈に。決してそれが不用意に開かないようにずっと意識し続けている。一瞬でも油断すれば、引きずられるから。そうやって制御をすることで消耗して、消耗するから、より強力な制御が必要になって。くだらない悪循環だ。
「なんか……すごく疲れてるみたい。ねぇ、ひょっとして具合悪い? そんな薄着してるから風邪ひいたんじゃないの?」
外套を脱いだ今は、俺よりも薄着になってるくせに、再び覗きこんでくるファントー。
「なんでもない」
「でもさ……」
「なんでもないって言ってんだろ。いいから早くやれ。今日はシルフの日だろ」
「うん、わかってるけどさー」
ふと、ファントーが顔を寄せる気配。何をいきなり……と思って顔を上げると、突然、俺の額に自分の額を押しつけてくる。
「……………………何をやってる?」
「んー。熱あるのかなと思って。でも、熱はないみたい。だってオレより冷たいくらいだもん」
「そりゃおまえが子供体温なんだろ。……っていうか。おまえ、火蜥蜴の制御も出来るようになったんだろ。一人前の精霊使いなら、わざわざ額くっつけなくても、精霊力で感じ取ってみやがれ」
「あ、そっかー。……んじゃ、始めるね。そこで見てて」
照れたように小さく笑って、少し離れた位置に走っていくファントーを見て思った。こいつには、言えない、と。
一応は、弟子と師匠ということになっている。が、精霊魔法なんていうものは、本来、教えてやれることなんかそう多くはない。古代語魔法とは違って、精霊魔法は知識じゃないからだ。知識じゃなく、感性。精霊との触れあいによって、生まれる技術。いや、技術というよりも、精霊とのつながりの深さ。それが、精霊使いの力だ。9割は感性で決まる。そして残り1割のうち半分は、精霊に教わる。更に残りを、俺が少しばかり手伝ってるだけだ。俺が精霊と触れあう様子を……精霊魔法を使う様子を見て、そうしてファントーは覚えていく。いろんなことを。
ただし、今の俺の状態は、出来るならファントーには経験してほしくない。精神の精霊たちにこんなにも過敏になっている状態なんか……経験させたくはない。
多分、俺は怖いんだろうと思う。
思い出すのは親父のことだ。愛した妻の……つまり俺の母親の死を認めたくなくて、親父は感情の精霊たちから逃げた。あの瞬間……俺は傍にいた。親父の中で、“彼ら”が力を失っていく瞬間に。
どこかで、誰かの中の“彼ら”が妙な動きをしていないか、力を失いつつありはしないか、逆に異常にふくれあがったりなんかしていないか。……無意識にそれを見張ってるんだ。自分が気配を察知出来る範囲内で、全ての動きを見張ろうと無意識に。精霊使いとしての腕が上がるということは、察知出来る範囲が広がることでもあるから……だから、昔より今のほうが消耗することになる。より広い範囲を探り続けることになるから。
もしも察知出来たとしても、何も出来やしないのに。他人の精神の精霊たちに関与出来る腕なんかない。そこまでの腕を持つ精霊使いなんて俺も知らない。
それでも、感覚だけが先走る。緑の精霊王に声を届かせるだけが精一杯だったはずなのに、そして実際、それだけの腕しかないのに、それでもその上に伸びていく。感覚だけが。貪欲に、無頓着に、無遠慮に。ただただ先に伸びていく。全てを感じ取ろうと。精霊界の奥深くにその触手を伸ばしていく。なのに、物質である俺自身がそれについていけない。
まるで、あの時と同じだ。以前、仕事でリュンクスを狩りに行った時に、途中の森で知り合ったフェアリーに連れられて、妖精界に足を踏み入れた。一緒に行った奴らは、奇妙な場所だとかあまり好きになれないとか呟いていたが。……好きになれないどころじゃない。あそこに居ることはまるで拷問だった。
押し寄せる濃密な気配。息が詰まるほどの濃厚な空気。全てに精霊の力を強く感じた。なるほど、こんなところで暮らしていれば、生まれながらに精霊魔法が使えるだろうと、フェアリーの背中の羽を見ながら納得した。
妖精界では、息をつく暇もなく、いろいろな気配が押し寄せてきた。息苦しく、体の奥で何かが音を立てて消耗していくような気がした。そして、それでもそこにいたいと思ってしまった。まるで灯心に引き寄せられる蛾のように。身を焦がすと分かっていても、それでもそこにいたかった。なのに同時に、その場所が酷く気持ち悪かった。
自分の中に流れる妖精の血が、妖精界に馴染みたがっている。自分が精霊と繋がる者であるという事実が、まるで膠(にかわ)のように妖精界と自分とを引き寄せる。癒着しかけて……そしてその瞬間に弾き返される。それは、あくまで俺が妖精界の住人ではないから。それが心地よく、そして心地悪い。
妖精界を通ったのは、ほんの半日ほどの時間だったろう。一瞬ごとに宙に浮くほどの心地よさと、そこから地面に叩きつけられる痛みとを味わって、半日が一瞬にも感じたし、永遠にも感じた。
今の状況はそれと似ている。濃密な精霊たちの波を感じることは心地よくもあり、けれどそれは息が詰まることでもあり。
周りに溢れる精霊たちから受け取る波を制御することは、本来なら一番最初に覚えることだ。精霊使いなら無意識のレベルでやることだ。そうでなければ……自分が自分でいられない。
なのに、俺は今……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ふ、と。空気が変わった。フラウの吐息とは別の冷たさを肌に感じた。いや、肌じゃない、もっと内側。これは……!?
慌てて立ち上がる。視線の先ではいつの間にかファントーがへたり込んでいる。
「ファントー! 下がれっ!」
「……ラス、オレ……オレ……っ!」
ファントーの目の前にいるのはシルフだ。半透明の薄青い体で宙に浮かんだまま、ファントーを見下ろしている。その視線は通常のものじゃない。彼女の存在そのものから発せられる空気が、常のものじゃない。
俺は自分の失態を呪った。舌打ちが漏れる。へたり込んでいるファントーにではなく、自分に。ちゃんと、ファントーが精霊を呼ぶ様子を見ていれば途中で気づいただろう。考え事をしたまま……そして、自分の感覚をめいっぱい制御したままだった。だから、気づかなかった。空気がここまで変わる、その瞬間まで。
おそらくは、ファントーも俺と同じように何か考え事でもしたのかもしれない。シルフを呼び出すその一瞬に。精霊界から物質界へと扉をくぐり抜けたシルフは、そこで自分を呼びだしたはずの精霊使いの姿を一瞬見失った。
「ファントー。落ち着け。おまえが呼び出した精霊だ。おまえが還すんだ」
走り寄って、ファントーの肩を掴む。初めて目にするだろう狂った精霊の姿に、ファントーの体は小さく震えていた。恐れでも怯えでもなく……それはおそらく、悔恨と同調。シルフの怯える様子に引きずられかけている。
「う……うん、えっと……えと……
シ、シルフ! ごめん、お願いだから元の世界に還ってよ。ここは物質界だから……」
ファントーの呼びかけが終わる前に、シルフの視線が揺らいだ。そして、もう一度、ファントーを睨め付ける。……危険だ。あれは、“敵”を見つけた目だ。
背筋に走る予感に従って、俺はファントーの前に回り込んだ。空気の裂ける音。
「………………え?」
声を出したのは、俺の背後でへたり込んでるファントーだ。
「もういい、黙ってろ。どうやら完全に狂ってる」
「え、だ、だって、ラス……! 血が出てるよっ! なんで……っ!?」
「うるさい。いいから下がってろ。たいした傷じゃない。
……シルフ。おまえの怒りも憤りもわかる。還してやるよ。すぐに済むから。……悪かったな 」
狂った精霊を還す、一番手っ取り早い方法は、物質界での存在を絶つことだ。攻撃することと同じ行為にはなるが、それでも意味はまるで違う。
「オレが……オレが悪かったんだから、オレが……っ!」
「おまえじゃまだ無理だ。気にするな、俺も悪かったんだ。いいから下がって……伏せろっ!」
まだ何かを言い募ろうとするファントーの頭を無理矢理地面に伏せさせる。次の瞬間、もう一度、先刻と同じ衝撃波が走った。
「…………ち。さっきと同じ場所狙うなんて……今日のシルフはなかなかに意地が悪いな……」
右の二の腕から滴った血が、ファントーの服の上にかかる。なるほど、新しい外套は脱いでおいて正解だったな、となんとなく思った。
「あ……」
何を言おうとしたのか、ファントーが口を開きかけたのは放っておいて、俺は立ち上がった。
「
シルフ、恨むなよ。次の時には、正しくおまえがおまえで在れるように呼んでやるから。……ヴァルキリー! いるな? おまえの槍を……なるべく一撃で。おまえの同胞が、帰り道に迷わないように 」
承知した、と小さく囁かれた戦乙女の返答。次の瞬間には、空中を走った光の槍が、シルフの姿をかき消していた。
「…………
サンキュ、ヴァルキリー。シルフ、いるか? 済まなかった。おまえたちに苦しい思いをさせた。これにこりずに……俺とこのガキを、見捨てないでくれるとありがたい 」
大丈夫、ありがとう、と。風の囁きが通り抜けた。
さて、次は……と、振り向いた瞬間、勢いよく体当たりされた。
「うわっ! 馬鹿、何やってんだ! 痛ぇだろ!?」
「だ、だって! うわ、こ、こんなに血が出てる! い、痛い? あ、そうだよね、痛いに決まってるよね。えと、えと、えっと……っ! ごめん! とにかくごめんね!」
俺の服にしがみついたまま、涙ぐんでいるファントーを見ると、妙に可笑しさがこみ上げてきた。
「く……っ……くくっ……はははっ、おまえ、なんて顔してんだよ。汚ねぇな。鼻水つけるな」
「何笑ってんだよ! いいから座って! 応急手当するから! なんで……なんで、庇うんだよ……ひくっ……だって……悪いのはオレなのに……なんで、オレじゃなくてラスが怪我しなきゃいけないのさ……えっぐ……」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、しゃくり上げるファントー。とりあえず、おとなしくその場に腰を下ろして、ファントーに応急手当をしてもらうことにした。
しゃくり上げながら……それでも手際は悪くない。山育ちってことだから、こういう知識はあるんだろう。
「なんで……ってなぁ。おまえが食らってたらもっと大怪我だったろうし。俺なら、おまえよりはシルフの力を咄嗟に減らせるし。それに……さっきも言ったろ。俺も悪かったんだ」
「だからなんでだよっ!? オレ、シルフを呼ぶ瞬間に、ちょっと別のこと考えて……だからシルフはああなっちゃったんだろ? オレのせいじゃん!」
「……俺がずっとおまえを見てたら、シルフをあそこまで狂わせる前に気付けたんだ。こうなる前に、シルフを還すことが出来た。だから……そう、俺も考え事しててね。俺のせいでもあるんだ。気にするな。出血は多いが……見た目ほどたいした傷じゃない。ただし、さっきのシルフの様子は忘れるなよ。精霊たちが物質界に来ても、ああなってしまわないように……それを制御してやるのが、精霊使いだ。もう二度と、あんな苦しい思いは精霊たちにさせるな」
「…………うん。忘れない。オレ……ラスに助けてもらったことも忘れない」
「馬鹿。それは忘れていい。……ところでおまえ、精神集中してたはずだろ。何考えてた」
応急手当が終わった右腕をファントーから取り返し、外套をその上からそっと羽織る。裂けた右袖と血の染み。……俺も結局、外套を新調する羽目になるのか。
「うん……いや、えっと、その……」
「まさか、晩メシのことなんざ考えてなかったろうな」
「わー! 違うよ! そうじゃないってば!」
「じゃあ、なんだ」
「…………………ラスの……こと」
「はぁ?」
「だって……なんか、顔色悪かったし……大丈夫かな、って……」
俯いて、ぼそぼそと呟くファントーに思わず苦笑が漏れる。
「結局、俺のせいかよ」
「ち、違うよ! そういう意味じゃなくて!」
「いいから。さすがに続ける気はしねえだろ。ほら、帰るぞ」
ファントーの頭に軽く手を置いて、立ち上がる。その一瞬、わずかにふらついた。痛みよりもこの出血が効いてる。
「あ……ねぇ、このまま治療院行こうよ。オレがやったのは本当に応急手当だけだから、ちゃんとした治療しないと……」
「うるせぇ。帰るぞ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
木立から続く小道を抜けて、大きな通りへと出る。
途端に、押し寄せる波。……冗談じゃない、と思った。そんなにひどい傷じゃないのは確かだが、痛くないわけじゃない。それにくわえて、失った血の量も。この状態で、“ここ”を通るのか。
俺を支えてるつもりなのか、左腕をしっかりと掴んでるファントーを見下ろす。
……こいつの前で、無様なところ見せるわけにはいかねえよな。
覚悟を決めて歩き始めたが、背中を冷や汗が伝う。いや……大丈夫だ。ここからなら、家はそんなに遠くはない。
足が重い。視界が霞む。……大丈夫。そこの角を曲がれば、少しは人通りが減るはずだから……。
「ねぇ、ラス。治療院行くならこっちの道が……」
軽く腕を引かれた。ごく軽く。ファントーの指先に、ほんの少し力が入った程度。卵を握るよりも軽い力。……それでも、それだけで十分だった。きっかけには。
「……え?」
振り向いてから、しまったと思った。
意識が逸れた瞬間に、流れ込んでくるのは、雑多な精霊たちの波。それは通りを歩く人間たちの数だけの“彼ら”。
──左腕を、今度は強く引かれた。しかも上に。
その感触で初めて、俺は、自分がその場に膝をついてることに気が付いた。自分の腕を掴んでいる手を見る。そしてその先を辿る。少し慌てたようなファントーの顔。口が動いているということは、何かを言ってるんだろう。
……ちょっと待て。聞こえない。この、押し寄せる“波”が何もかもかき消して……。
呑み込まれる。
押し潰される。
自分の中のレプラコーンが引きずられる。制御しそこねて、こじ開けられた扉から、何もかもが流れ込んできて、剥き出しになった感覚に全てが触れてくる。その一瞬、傷の痛みも忘れた。その代わり、頭の奥に鈍く重い痛み。それでいて何かが突き刺さるような。
きん、と耳の奥が鳴る。……うるさい。うるさい! 俺にどうしろって言うんだ。俺には何も出来ない。俺に何を求めて、無理矢理こじ開ける? 無遠慮に入り込む?
聞き取れないざわめきの波が。
剥き出しの感覚を嬲る乱暴な力が。
……うるさいっ!!
──ぷつり、と。そんな音が聞こえたような気がした。
次の瞬間。世界が気配を絶った。
「ラス!? ねぇ、大丈夫!?」
腕を掴んだファントーが叫んでいる。
「………………え? おい、今……」
立ち上がる。ふらりと、足元の定まらない感覚に思わず、ファントーの肩に寄りかかる。ファントーが不安げに見つめていた。
「うわ、真っ青。っていうか、真っ白。ね、ここで待ってて。誰か、人を呼んで……」
違う。そんなことは問題じゃない。そうじゃない。おまえ……精霊使いだろう、ファントー。精霊たちがおまえを認めた。俺から見れば多少は不安定なところはあるが、確かにおまえはいっぱしの精霊使いだ。俺と同じに。なのに……おまえはどうして、そうやって普通にいられる?
「おまえ……何も感じないのか?」
「何が? ああ、もう! そんなことより! やっぱ駄目だよ、治療院とか神殿とか……」
……そんなこと? そんなことだって? 精霊使いにとって、何よりも大切なことだろう。自分の存在の根幹に寄り添うものだろう。
ファントーは精霊使いだ。もう半人前じゃない。無意識に精霊の存在をそこに感じ取っているはず。だとしたら、どうしてファントーは普通でいられる。たった今、世界が変わったことを感じ取れないとでも?
──いや。
何故……息が出来る。何故、ファントーの声が聞こえる。何故、通りは明るい。何故、通りを歩く誰も叫ばない。何故……立って、生きていられる。それは世界が変わっていない証拠、なのか?
じゃあ、どうして……俺に精霊の声が届かない?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
──失うことなど、考えたこともなかった。
そう、確かに想像したことはある。もしもそれがなければ、どれほどの喪失感だろうかと。自身の存在そのものを、無理矢理に引きはがされるのは、どれほどの痛みだろうかと。
大騒ぎするファントーには何も言わずにただ閉め出して、俺は自分の部屋で1人、寝台に腰掛けていた。
息も出来る。体の中には血も流れている。その証拠に、止血しきれなかった傷口からはまだ血が流れ続けている。でも、肉が爛れ落ちているわけでもなく、ファントーのものより低いとは言え体温もある。庭の草木も枯れていないし、そこには光も影もある。世界は何ひとつ変わっていない。そう、俺以外は。
あたりには溢れているはずだ。いつも通りなら、そこには精霊の力が満ちている。そうでなければこの物質界は存在すら出来ないはずなんだから。
なのに、その一切を感じ取れない。
手を見る。指先を見る。多少、血の気が引いている以外はいつも通りに見える。ただ……震えている。そうだ、指先だけじゃない。体全体が震えている。
怖い。
魔力の闇に塗りつぶされれば、そこには光の精霊を感じ取れない。けれど、そんなものとは違う。いつでもどこでも……最低でも、自分の中の精霊たちは感じ取れるはずなのに、それすらも感じ取れない。何もない空間の中に、意識だけが飛ばされたかのように。生命の精霊が自分から感じ取れない。血や肉がわからない。風も空気もわからない。精霊使いを名乗る者が、こんな世界で生きられるわけがない。
熱が感じ取れないことで、無意識に寒く感じる。なのに、寝台の上で毛布を引き寄せてもそれは変わらない。
そうして気づく。火蜥蜴の息を感じないだけで、別に寒いわけじゃないことに。
「……くっ……はは……っ……」
自嘲の笑みが漏れる。
なんてざまだ。剥き出しの感覚に触れる精霊たちがうるさいと、そう叫んだのは自分だ。なのにそれを失って、体の震えを止められないほどに怖がっている。
40年。……40年だ。初めて精霊に触れたのは……精霊の形を認識したのは、確か8才の頃だった。ただ、その前から精霊の存在そのものは感じていた。40年、そうやって過ごしてきた。より深く彼らと繋がることを目指して。より近く彼らと共に在れるようにと願って。
「……わかったよ、エルルーク。あんたがどうしてその先に足を踏み入れなかったのかがな」
小さく呟いた声はエルフ語だった。当の相手に届くわけもない声。
思いだしていたのは、20年以上前のタラントの森だった。俺が4才の時から、24年間を暮らした場所。
エルフの血を引く者が、森で育つ以上は……そして、森の外から忌み子を連れて戻ってきた父親の代わりに義務を果たす者として、俺は精霊魔法を学ぶことを義務づけられていた。
俺を指導していたエルフ、エルルーク。親父の友人だという彼は、緑の精霊王に声を届かせることが出来た。あの頃の俺から見れば、かなりの腕だと思った。だが、彼の正確な年齢は知らなかったが、少なくとも200年以上、精霊に触れ続けていて……なのにそれ以上の腕はなかった。自分がそれを望まなかったからだと言っていた。
『これ以上を望めば、私の在り方そのものに関わってくるやもしれん。今のおまえにはまだ分からぬだろうが……私が、今よりも一層精霊に溶け込むならば、私には戻ってくる自信がない』
彼はそう呟いた。それを聞いた時には、何のことだかわからなかった。ただ、その時に分かったのは、自分と彼とはどうやらやり方が違うらしいということ。
エルルークは、エルフとしてのやり方だった。それは親父も同じだったように思う。そしておそらくはリヴァースとも同じ。物質としての自分を稀薄にすることで、精霊に溶け込む。そして自分と同化した精霊たちの力を、精霊に成り代わって行使する。それが彼らの精霊魔法だ。受け入れると同時に溶け込んで、その先で自分自身を手放して。
俺は、どうしても、自分自身を手放すことが出来なかった。それは、不安……だったのだろう。俺がいた森では、周りにはエルフしかいなかった。ただ1人の混ざり者である自分は、いつだって、“周りと違う者”だった。親父も、その従姉妹も、血が繋がってはいても、決して自分と同じものではあり得なかった。だから、俺は自分自身に固執したんだろうと思う。
自分が自分であることを手放せば、俺の中で何かが崩れそうな気がした。だから、俺はエルフとは違うやり方を身につけた。自分が自分であると……リヴァースの表現を借りるなら“呆れるほどの傲慢さ”を持って、精霊と相対する。俺は決して俺自身を変えない。精霊にとっての物質界は、異界だ。そこで狂う精霊だっている。だから、精霊にそれを教えてやる。俺がいる位置から先は物質界だと。物質界と精霊界の端境に立って、そうやって俺は精霊たちを守ろうとする。だから、俺は俺自身でいることが前提だった。
現役でいる限りは上を目指す……と。偉そうなことを言ったことがある。ただ、それはエルルークが忌避していたことでもある。そしてこうなった今、俺はその意味がわかった。ある意味で、1つの境界線なんだろう。これ以上を求めるなら、自分の位置を確認しなおさなければならないと。より一層、精霊たちに同化してゆくのか否か。
自分が望むと望まざるとに関わらず、どうやら俺の位置は変わったらしい。それが、答えだ。ただ、どう変わったのかが分からない。精霊たちの声の届かない場所に……ただ放り投げられただけのような、そんな気がする。それは、精霊たちの声をうるさいと、意識の壁で遮断したせいか、それともそんな俺を彼らが見放したのか。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
──怖い。例えようもなく怖い。
確かに精霊が干渉してるはずの世界で、精霊を感じ取れない。いるはずなのに。なのに、自分の感覚にそれが触れないことで、精霊たちの存在を信じることが出来ない。世界が今にも溶けていきそうな気さえする。輪郭を無くして、曖昧に、何もかもが混ざり合って。
呼吸のひとつひとつで、自分がまだ生きていることを確かめ続けている。右腕の傷の痛みがまだ続いていることが、救いだ。痛いということはまだ生きている証拠だから。そう思わずにはいられないほどに……怖い。
頭を抱えて叫び出したくなる。なのに声が出ない。体も動かない。いっそ気が狂ってしまえばまだ楽なのかも知れない。……ああ、そうだ。手首を失って古代語魔法への術を無くした、あのウォレスのように。
こん…と。
遠慮がちなノックの音がした。……駄目だ、入るな!
声を出す前に、小さく扉が開けられる。顔を覗かせたのは、カレンだった。
「どうした、ファントーが泣きながら俺の宿に……」
言いかけて、戸口で立ち止まる。その視線に晒されて、思わず俺のほうから目を逸らした。
途切れた言葉の続きを言うでもなく、カレンが無言で扉を閉める。
無言のまま、カレンは俺の右側に腰をおろした。小さく息をついて、ゆっくりと口を開く。
「……俺の声が神に届くかどうかはわからないけど……」
奇跡? 癒すのか、この傷を。
「……………………いらない」
俺は首を振った。そうだ、いらない。ここで傷を治してしまえば……この痛みが薄れてしまえば、自分自身を確かめる手段がひとつなくなってしまう。
「……どうしてだ? 確かに確率が高いとは冗談にも言えないが……」
「いらねぇよ。そんな大袈裟な傷じゃない」
「そんな真っ青な顔されて、信じられるような言葉じゃないな」
血の気がひいてるのは、そのせいだけじゃない。だから……触るな、この右腕には。
「……? どうした、震えてる」
それは、止めようとしても止まらない震え。……震えるほど怖いものが、この世界にあるとは思いもしなかった。寒さではなく、武者震いでもなく。
怖いんだ、と。口に出したらこいつはどんな顔をするだろう。7年……いや、8年。それだけ組んでいれば、互いに大抵のことは知っている。想像もつく。それでも、カレンは想像したことがあるだろうか。精霊の力を感じ取れない俺のことを。
精霊使いではない人間に、どう表現しても通じない。それでも、もしも教えたら……きっと心配するんだろう。それは例えば何かの病気なのかとか、いつか元に戻るのかとか。疑問に思ったとしても直接俺に聞くことはしないだろう。こいつはそういう奴だ。そうして、何でもない振りをして、ただ、気に掛ける。
……言えない。それを言ってしまえば、こいつと対等で居られなくなるような。そんな気がした。
「別に。少し寒いだけだ。外から戻ったばかりだからな。部屋が冷えている」
「寒い? 寒いところで育ったおまえが? ……とりあえず、俺の奇跡が嫌なら医者呼ぶからおとなしくしてろ」
医者? 医者が何を……。
そう、思いかけて気が付いた。俺のこの状態をどうにか出来る奴がいるとしたら……それは自分しかいないのかもしれない。カレンにもファントーにも、知られたくないとそう思ってるのなら尚更。
だとしたら、ここで踏みとどまるのも……自分だ。
俺の返事がないのをどう思ったのか知らないが、カレンがぼそりと呟いた。
「その怪我……ファントーを庇ったんだって? ちゃんと治さないとファントーが気にするだろう。……あまり、弟子を泣かすもんじゃない。奇跡が効果を現すなら、それが一番いいと思うが……」
「ああ……わかってる」
「俺には気をまわさなくていい。ただ、ファントーが泣く」
「…………ああ。そうだな」
それを承諾ととったか、カレンが小さな声で祈り始める。何度か聞いたことのある祈りの文句。神聖語だから、何を言ってるのかはわからないが。
──そうして、癒しの奇跡は、起きなかった。
眉を寄せているカレンの顔を見ながら、俺はそのことにほっとしていた。ファントーには気の毒だが……これでしばらくは、不調の原因を怪我のせいに出来る。
時間が必要だ、と。そう思った。
「……悪いな、やっぱり駄目だった。……医者呼ばせるよ。ファントーを使いに出してもいいか?」
「好きにしろよ。別にあいつは俺の所有物じゃない」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ファントーに医者を呼びに行かせて、寒いなら熱い茶でも、とカレンが部屋を出ていった。閉じられた扉に、あらためて息を吐き出す。
ゆっくりと部屋の中を見回す。……ブラウニーの姿を見つけられない。そして気配もわからない。いるはずなのに。
まだ震え続けている手を強く握りしめる。意志の力でその震えを抑え込む。
本当なら……そう、本当なら、何もかも放り出して叫び出したい。そうじゃなければどこかに逃げ出したい。それほどの不安と焦燥。けれど……それをする気力さえ萎えかけている。ただ、自分の動悸を鎮めるだけで精一杯だ。叫んだからといって、何がどうなるというのか。逃げ出す先なんかない。
そして、ファントーのことを思う。成り行きで弟子にしたようなものだが、それでも俺はあいつを気に入っているし、向こうもどうやら慕ってくれているようだ。あいつを哀しませるわけにはいかないと……焦燥の海から浮かび上がってきたそのひと言にすがる。
それに、自分の先にいるはずの精霊使いが、今どんな状況にあるのか、それを知ればファントーはきっと怯える。自分にもその可能性があることを知れば、きっと精霊界に踏み込む足が鈍る。
……見栄かもしれない。強がりかもしれない。それでも、それすらなくすよりも余程ましだ。ここで踏みとどまれなければ、おそらく全てが終わる。踏みとどまるために必要なだけの何かが……例え見栄や強がりからでもいい、何かがそこにあるなら。
崖っぷちだよ、と。そう笑ったことを思い出す。少し前に、酒場でカレンと話していて、俺はそう言った。最近の自分の不調のことをそう表現した。大丈夫かと問われて、大丈夫だと返事をした。
……馬鹿か、俺は。
あんなものは……ついさっきまでの不調は、崖っぷちなんかじゃない。足元が少し揺らいだくらいで何が崖っぷちだ。今の……この状況に比べれば、あんなものは生やさしい。精霊の力を感じられた。精霊の声を聞けた。呼び出した精霊と心を交わすことが出来た。そんな状態なら大丈夫に決まってる。
そう。本当の崖っぷちに比べれば。
それでも、踏みとどまるしかない。わざわざ自分から崖に落ちる馬鹿はいない。崖っぷちなら踏みとどまるか……そうじゃなければ、向こう岸に跳ぶだけだ。
──渇いた喉から、かすれた声を押し出す。
「
……汝、昏き闇に宿りそれを司る者よ、我が声を聞き我が呼びかけに応えよ 」
いつもなら、呼びかけと同時に……いや、その前から精霊の気配を感じ取る。そして声に反応する精霊たちに、あらためて呼びかけを続ける。なのにそれが出来ない。それでも、試したかった。応えのない精霊に呼びかけるのは不安だ。自分が制御出来ないことがわかっていて、精霊を呼び出すなんて、本来はやってはいけないことだ。
「
原初の闇たる精霊シェイドよ、我が前にその姿を現せ 」
目の前に、黒い球体が現れる。いつもなら、それが姿を現すと同時に、心の中がかすかにざわめく。闇の精霊が司る恐怖。そしてそれを抑え込む自分。自分の中の恐怖が制御出来れば、闇は恐怖よりも安らぎの存在だ。一切の不純物を許さない純粋な暗黒。純粋な光と対極にあるもの。それは、世界の美しさの片鱗。
現れた柔らかな暗黒が、俺の目の前をふらふらと揺らいでいく。それを動かさずにいられること、もしくはそれを思い通りに動かすことが、精霊の制御の基本だった。
世界が気配を絶ったあの瞬間から、頭痛も耳鳴りも消えている。俺の中には何もない。ただの空虚しか。……そして、現れた闇の精霊を俺は制御できなかった。
壁にぶつかって、闇の精霊は弾けて消えた。彼が精霊界に還る瞬間すら感じ取ることが出来なかった。それでもたったひとつ確認出来たことがある。それこそが、俺が確認したかったこと。俺が何かにすがりつくために必要だったこと。
精霊に、俺の声は届いているという、その事実。
そして、感じ取れないだけで精霊が消えたわけではないという事実。
「
ブラウニー……いるか? 」
呼びかけて、少し待つ。が、気配はわからない。それでも、俺の声は少なくとも届いている。返事がわからないだけで。
「
見ていてわかったかもしれないが、俺は今こういう状況だ。だからおまえのことも、今はわからない。ただ、俺はおまえを忘れたわけじゃない。そのことだけは知っていてくれ。そして……このことはファントーには言わないでくれ。いつか……言わなきゃいけない時は、俺が自分で言うから。それまでは、何も言わないでいてくれ 」
おそらく、返事はしたのだろう。俺には届かない返事だけれど。
大丈夫、精霊たちは消えていない。俺に感じ取れないとしても、世界は精霊の力に満ちている。大丈夫、すぐ傍に彼らはいる。大丈夫……大丈夫だ。
「入るぞ」
扉越しにカレンの声が聞こえた。
──震えそうになる手も、かすれそうになる声も。何もかも抑え込む。カレンにさえ……話すことは、つまり自分で言葉にすることだから。声に出して、言葉にして……今はそんな余裕はない。だから……そう、普段通りに。いつものように、軽口で自分自身すら誤魔化して。
おそらくは、カレンにはすぐに知られてしまうかもしれない。だとしても、それは今であって欲しくない。今、問いつめられれば、何を口走るかわからないから。
湯気のたつカップを持って入ってきたカレンに言う。
「ちゃんとぬるい茶にしてくれたか? 熱い茶なんか飲めねぇぞ」
表情は変えずに、それでもどこかほっとした空気をまとってカレンが答える。
「ああ、湯気が薄いほうがおまえのだ」
「ならいい。……ま、ちょうどギルドの仕事のほうは減らしてたとこだし。しばらくゆっくりするさ」
「そうだな。どうせ冬は仕事が少なくなる時期だ。春になったら遺跡に行くつもりだろ? それまで鋭気を養うのも悪くない」
……そうだな。春までに。どうにかケリをつけなくちゃならないか。
何日かは、怪我のせいっていう言い訳が成り立つ。それは時間稼ぎにしか過ぎないかもしれない。それでも、その時間が必要だ。俺が何か答えを見つけるか……そうでなければ、全てを諦めるか。それを思い定めるための時間の猶予が。
「お医者さん、連れてきたよーっ!」
部屋に走り込んでくるファントーの顔を見て思う。
大丈夫だ。それまでは誤魔化せる。笑ってみせることだって出来る。森から出て生活し始めた時に覚えた技術だ。気にしていない振り、大丈夫な振り。盗賊の技を覚えてからはより一層、それに磨きをかけた。嘘をつくことも。その嘘を相手に信じ込ませることも。大丈夫。時々妙に鋭いところはあるが、相手は16のガキだ。30も年下の人間1人、一緒に暮らしてるからってぼろを出すような真似なんざするものか。
……そう、大丈夫だ。精霊たちは、消えてなんかいないから……。
俺は、もう一度強く拳を握り込んだ。
<続>