初仕事
( 2003/01/07 )
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作者
今は匿名
登場キャラクター
バウマー、ユーニス
「チッ、面白くねぇ」
バウマーは、自分の財布の中身を見て毒づいた。口を開けた向こうに銀貨が数枚見えた。年末年始とあちこち回って、仕事を探すが肉体労働の仕事はあれど、知識や魔法を頼るような仕事に出会うことはなかった。
だからといって、探すのを諦めるわけには行かない。手持ちの小銭が最後の財産だ。これを失えばまたひもじい思いをせねばならない。いや、既にひもじい思いはしている。年末から切りつめての生活に入っており、一日一食という魔術師とは思えぬような食生活を送っていたのであった。
再び、財布に目を向けるが、何度見たところで増えたりはしない。
バウマーは大きく溜息をつくと、のそりと立ち上がって市場の方へと足を向けた。
襟のある特徴的な黒のローブ、節くれ立った樫の木で作られた杖、殺伐とした手入れされていない黒髪、そこから覗く尖った耳は人間とエルフとの間に生まれた者だと伺える。常に眉間にはしわが寄り、エルフ譲りの切れ長の黒目は、鷹が獲物を探すような鋭さを放ち辺りをうかがっている。額には赤い宝石を単調な装飾と共に飾り、全身から魔術師であることを隠そうともしない怪しさを放っていた。その怪しさのせいか、エルフの面影の残す顔も歪み、20代前半ぐらいに見えるものが五歳ほど老けて見える。
──バウマー・ハルマン、彼の名である。
【市 場】
「よぅし、この中で“使い”ができる奴ぁ、いるか?」
人だかりに向けて、バウマーは声を挙げた。視線は腰辺りに向けられ、その先には子供達が我先にと手を挙げていた。
「よ〜し、お前とお前」
景気の良い返事をした子供に銀貨を一枚放り、仕事を伝える。
「きままに亭って店知っているか? そこへ行き、“ユーニス”っていう人間の女をここへ連れてこい。“バウマー様から緊急の用件”だとでも言え。連れてきたら褒美に銀貨二枚くれてやろう。あ〜どちらともだ」
市場から少し離れ通りに近いところに彼はいた。市場の中心部と違い、露店の数は少なく、建物自体が店として機能している界隈である。通りには人が集まり、通り抜けなどできない状態になり、バウマーと主人とのやりとりを面白そうに見ている。
事の始まりは、見世物小屋に入れていた妖魔が逃げ出したからである。妖魔はあちこち悪さをしながら、バウマーの方にやってきて、彼の魔法の餌食となった。だが、一撃で仕留められず、この店の建物へと逃げ隠れたのであった。
「腹さえ減ってなければっ」
バウマーは一人愚痴たが、せっかく舞い込みかけた“仕事”を逃すまいと建物の窓と扉に“ロック”を掛けて閉じこめた。
腹を立てたのは店の主人。妖魔を呼び込んだあげく、扉まで閉じられ中の品物がメチャメチャにされるからであった。閉じこめられたのを知ってか知らずか、妖魔たちは中で好き放題している音が聞こえる。頭をかきむしりながら、バウマーに怒鳴りつけてくる。
それをさらりと交わし、ごく当たり前のことを淡々と並べていく。「他に被害が拡大する」「怪我人が出る恐れ」と続き「閉じこめたお陰で、貴婦人に怪我もなく、貴方は協力者として感謝されるやも」というが、これには言い返される。
そのやり取りが面白かったせいか、人が集まり取り巻きができるようになっていた。
“使い”を送り出したバウマーに業を煮やした主人は胸ぐらを掴みかかってきた。それに臆することなく、バウマーは平然と、
「妖魔をこの市場に連れてきた男がそもそも悪い」
と、言ってのけ、人だかりに向けて指さした。その先には、見世物小屋の主人が慌てて姿をくらまそうとするが、周りの人たちがそれを阻止した。
それからは、さらにその男と口論を続け、バウマーが“衛視”の名を出すまでヒートアップする。誰が悪いの、悪くないのの子供の言い合いそのものだった。
(ふんっ、衛視なんぞ呼ぶ気も沸かんが、報酬の出所がないとな)
ただでさえ、寄っている眉間のしわが一層深くなり、バウマーは商人達から視線を逸らし、明後日の方向を向いた。バウマーは、貴族や衛視、学院から神殿に至るまで、特権階級に等しい者たちを嫌っていた。そのため、それらの者と関わりあいになることを極端に避けようとしていた。
結果、見世物小屋の主人が、店の損害を負担し、退治代をバウマーに支払うことで話はついた。
やがて、子供が二人とも戻ってきた。ユーニスを連れて。
子供二人に頼んだのは一人は、保険である。銀貨一枚だが前金のみ持って逃げられては、待つ身としては堪らない。それで、もう一人共させて監視させるということだ。前金をもらえなかった者は、前金持って逃げ出せば、自分が仕事を果たせばよく、また逃げ出さなくともついて回るだけで、駄賃はもらえる仕組みになっている。
バウマーは二人に駄賃を支払った。それで彼の所持金はゼロとなった。
「緊急ってどうなさったんですか?」
ユーニスの問いかけに、短く「仕事だ」と伝え。現在の状況を手短に説明した。妖魔はグレムリンという空飛ぶ妖魔で、多少腕に心得がある者なら遅れを取ることはない相手である。だが、精霊魔法を操るため、不意を付かれれば命を落とすことも十分考えられると、妖魔の特徴などを淡々と説明して見せ、ユーニスを扉の前に立たせる。
「わ、私一人ですか?」
「お前以外に誰がいる」
ユーニスが慌てて辺りを見回すが、バウマーは構わず呪文を唱え出す。
「援護の魔法くらいかけてやるから」
幼子を諭すような言い方で伝えると、いくつかの加護をユーニスにかけ、ロックされた扉の合い言葉を唱えた。
「
俺様の魔法はキレがある
」
ユーニスは、思わず吹き出しそうになったが、なんとかそれを堪え、開けられた扉から入っていく。
そして扉は閉じられた。
「バウマーさんは来ないんですかっ!」
てっきり背後から援護してくれるとばかり思っていたユーニスは、一人で放り出されて少しの間パニックに陥りかけた。
【帰 路】
妖魔は退治され、報酬は無事得られた。
だが、金額的にはあまり喜べるようなものではなかった。それというのも、見世物小屋の主人がやり手で、退治代がどんどん値切られていったからである。バウマーは貧乏であったが、金銭に強い執着があるわけではないため、次第にやりとりが面倒になり、安値で引き受けるという形になってしまったのだ。
それでも、荒らされた店内から売り物にならない乾物など分けてもらったため、彼としては、十分な報酬といえた。
「ほれ」
バウマーはユーニスの手に、報酬の半分を渡した。その額に、ユーニスは驚いた。高慢で横柄な態度を取る彼が、報酬をそのまま半分自分に手渡すとは思っていなかったからである。むしろ、今回の件は、彼が仕事を探してきた訳だし、状況の大半を仕上げていたから、報酬に差額が生じたところで文句を言うつもりもなかったのだ。
「なんだその顔は、俺様に捧げるというならもらうぞ」
と、ユーニスの手の平にある金貨を取ろうとしたところで、彼女はそれをそそくさとしまった。
「えへへへ」
年が明け、初めての仕事。仲間になるかどうかで、冷静に話し合おうと思っていた矢先、これである。それでも財布のお金の音が心地よかった。隣ではバウマーが独りぶつくさ言っているのを見ながら、彼女は軽くスキップを踏んだ。そしてくるり振り返り口を開く。
「バウマーさん。これから飲みに行きますよね?」
「バウマー様と言え、バウマー様と。あんな小物妖魔を倒したところで実力のうちにも入らんぞ」
間髪入れずに、敬称に対してツッコミを入れられて、溜息をつくユーニス。それでも口元は笑っていた。
「“さん”です。これは譲れません」
顔を上げてそう言うと、彼女は走り出した──。
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