生け贄の女 ( 2003/01/19 )
MENUHOME
作者
登場キャラクター
マリア



新王国暦513年9月10日
人で込み合う夕方の商店街。
日が沈むにはまだずいぶんと時間があるが、日が沈まないうちに人々は夕食の買い物を済ませる。
そのためか、この時間帯にはさまざまな人間がこの通りを行き交う。
主婦から、独身男性。鎧に身を包んだ者や黒づくめのローブを着た男。
そのほかにも例に挙げたらきりがないほど、実に様々な人間がこの一角に集まってくる。
そんな人混みの中で、よそ見をしていて男とぶつかる少女。
「あ、ごめんなさい。」
マリアはぶつかったことを詫びると、男は不気味な微笑みを浮かべ、角を曲がって路地に入っていった。
その男を見送った視線はそのまま、色とりどりの野菜やくだものが並べられている店に移っていく。
どれも鮮度よくおいしそうで、店の定員が自慢するだけある。
その中の一つ、紫色の粒がついたブドウに目を奪われた。
・・・・マリアは同年代の子と比べると、背は低めで体格も痩せ気味である。そのせいか、実際の年齢よりも若く見られる事がよくある。
だがマリアには黄金色の目と銀色の髪、そして笑顔と欠点を補うに十分な魅力も持っている。
しかし、普段から作業着や男物の服を好んで着ているので男はあまり寄ってこない。
もっとも色恋沙汰には興味はない。だが、それでも年上の女性にはめっぽうもてる。
「ねえ、これちょうだい。」
紫色の房を指し、店員らしき女に声をかける。
大きな瞳は蒼い輝きを放ち、長く赤茶けた髪を三つ編みにして一つにまとめている。
身体の肉付きはけして悪くはなく、八百屋の看板娘としての役割を十分にはたしている。
「ああ、葡萄ね。そっちのよりもこっちの方が美味しそうそうよ。」
声をかけられた店員は、少女が指した隣の葡萄の皿を差し出した。
「どれが美味しいかって、見ただけで分かるの?」
マリアはならんでいる葡萄を交互に見比べた。
「ん〜、別に根拠がある訳じゃ無いんだけど、どれが美味しいか何となく分かるわよ。あと、これとこれもね。」
そういって葡萄の乗った皿をマリアの前に並べていく。
「う〜んと、じゃあ真ん中のヤツちょうだい。」
「はい、これね。ちょっと待ってね。」
店員が葡萄を包んでいる間に、マリアはポケットの中の小銭を探る。
その時にポケットに一緒に入れていた装飾品が地面に落ちる。
「あら、きれいなアクセサリーね。どこで手に入れたの?」
マリアは落とした装飾品を拾ってから、口元をつり上げて笑顔を作る。
「僕がつくったんだよ。」
「え、あなたが!?ねえ、ちょっと見せてくれる?」
「いいよ。」
店員はマリアから装飾品を受け取ると、しぱらくは光を当ててみたりしてそれを眺めていた。
十分にそれを見てから、店員はマリアにこう言った。
「ねえ、私にも一つつくってくれない?」
「いいよ。僕、それが仕事だから。」
「ありがと。じゃあ、うちあわせしたいんだけど、夜空いてる?」
「大丈夫だよ。」
「きままに亭っていう酒場知ってる?」
「うん、分かる分かる。じゃあ、今晩そこで待ってるよ。僕マリアってんだ。君は?」
「私はメアリー。この辺で八百屋のメアリーって言ったら私のことだとおもってね。」
マリアは葡萄を受け取ると、その代金をメアリーに渡した。
「それじゃ、きままに亭でね。」
買った葡萄に早速手を伸ばしているマリアを、メアリーは手を振って見送った。
メアリーが装飾品を返し忘れた事に気がついたのは、マリアの姿が人混みに消された後であった。


一日のうちでもっとも人でにぎわう夜の時間帯。
すでにマリアはきままに亭のカウンターに座っていた。
取引の上では、客より早く来るのは当たり前のことである。しかし、少々早く来すぎて暇だった。
そして、こういう日に限って、自分の知ってる人間が顔を出すことはない。かと言って、わざわざ話かけるほど魅力的な人もいない。
マリアはカウンターに突っ伏したまま、眠気に襲われる。
突然の後ろからわき起こるどよめきと歓声で、自分が居眠りをしていたことを思い知らせれる。
寝起きでぼけっとしていたため、そのどよめきの原因がそばまで来ている事に気づかなかった。
「お待たせ、まった?」
振り向くと、きらびやかなドレスに身をまとった女性がマリアに声をかけてきた。
一瞬誰だかわからなかったが、大きな蒼い瞳と赤茶けた髪には見覚えがあった。
「もしかして、メアリー?」
「うん、そうよ。八百屋のメアリーをもう忘れちゃったの?」
昼間の地味なメアリーとはうって変わって、とても魅力的な大人の女性になっていた。
「どうしたの、そのドレス。昼間とは別人みたいに、きれいになってるよ。」
「ふふっ、ありがと。ちょっと訳ありでね、お母さんが裁縫得意だから教えてもらったのよ。」
きれいと言われてメアリーは、うれしそうにほほえむ。
しかし、その微笑みには、どこか悲しげな感じがした。
「訳ありって?」
メアリーの違和感を悟ったマリアはその訳を聞いてみた。

二ヶ月前。
メアリーは配達のため、果物をかごに入れて歩いていた。
大通りの角を曲がったところで数人の男にいちゃもんをつけられた。
元々頭の良いメアリーは、八百屋でつちかった威勢の良さを武器に男達を論破していった。
口では勝てない男達の頭に血が上がるのは時間の問題である。
ついに男の一人が腕を振り上げた。
しかしメアリーは、そのことさえ非難して論破しようとしていた。
男の手が振り下ろされたその瞬間、メアリーと男の間に高級感漂う服装の若者が滑り込んできた。
その若者は男の拳を右手で受け止め、左手でメアリーの口をふさぎこういった。
「同じ国にすむ者同士、仲良くする事が出来ないのか?」
その言葉で、今まで喋り続けていたメアリーは静かになった。
だが、今度は男達が罵声を浴びせるようになり、割って入った青年に殴りかかっていった。
しかし、その青年は舞うように男達を投げ飛ばし、あっという間に騒動を鎮めてしまった。
メアリーはその様子をうっとりとした目つきで眺めていた。
このとき彼女はこの青年に一目惚れをしてしまった、というのがその訳である。

「すてきだったわ・・・」
カウンターに座り、明後日の方向を見たまま二ヶ月前の出来事を話すメアリー。
横でマリアは『はいはいそうですか、ごちそうさま。』っと言う表情で聞いていた。
「でも、身分が違うから・・・だめだめ、そんなことで落ち込んでたらチャンスを逃しちゃうわ。メアリーファイト!」
落ち込んだかと思えば、すぐに強気の表情になる。見てて面白い娘だ。
「それでね、この服に似合う豪華で気品のあるアクセサリーを作って欲しいの。でもお金はそんなに無いから宝石はニセモノでいいよ。」
ガラス玉の入った装飾品は色々と作ったりしているが、豪華で気品のある物はそれ相応の人がつけるので本物の宝石を使うのが普通である。
「本物の宝石じゃないと、君の魅力が台無しだよ。」
メアリーは黙って首を横に振る。
身分の違いさえなければ、本人の魅力とちょっとしたアクセント程度の装飾品で十分なはずである。
しかし、相手は貴族。みすぼらしい格好では見向きもしてくれないであろう。
「・・・ひみつ、守れる?」
何かを決意したメアリーの顔がマリアに近づいてきた。
「う、うん。そりゃ仕事だから秘密は守るよ。」
このときのメアリーの迫力はすごいものがあった。
「じつはね・・・」
メアリーはマリアの耳元でささやいた。

メアリープラン。作戦名『花』
月に一度開かれる舞踏会に貴族の令嬢を装い潜入する。
このとき、一人では怪しまれるので、知的な冒険者を雇い騎士に化けさせる。
お目当ての青年と接触し、後は野となれ山となれ。

耳打ちしているメアリーと、それをまじまじと聞いているマリア。
2人とも顔が紅潮している。
『野となれ山となれ』の所で、メアリーがとてもすごいことを言ったらしい。
「うん、そう言うことなら協力するよ。」
メアリーのなかなか終わらない『すごい』話から逃げるように、マリアは仕事の依頼を受けた。
それからあとは、どんな感じで造るか。どんな形がいいか・・・・・二人の打ち合わせが夜中まで続けられた。
一通りの打ち合わせが済むと、辺りに広げた資料などを片づけながらの雑談が展開された。
「じゃあ、こういうように造るから楽しみにしててね。」
マリアは最後に残った羊皮紙を懐に入れると、家路につくべく席を立った。
「お願いね。それじゃ、また。」
マリアを見送ったメアリーは何かを忘れている事に気がついた。
が、どうせたいしたことではないやと店の支払いを済ませようとしたとき、それに気がついた。
「マリアちゃん!ちょっと待って。」
叫んでみたが店の中にはもうマリアの姿はなく、メアリーの叫びは酒場の喧騒の中にかき消された。
メアリーは急いでお勘定を払うと、マリアの後を追った。
忘れていた物・・・仕事の合間に、マリアに食べてもらおうと作ったクッキーと、返し損ねた装飾品。
家を出るとき、財布と一緒にポケットの中に入れてきたのをすっかり忘れていた。
「まったく私ッたら何してるのかしら、マリアちゃんちはたしかこっちだったわね。」
メアリーは店のドアを閉めると、大急ぎでマリアの後を追いかけた。

きままに亭からの帰り道。
いつもと同じ道。でも、マリアは鳥肌が立つような気配を感じ、いつもにはない不安を感じていた。
振り返って見回しても誰もいない。
暗いと言うこともある。が、いつもなら酔っぱらいの1人や2人は見かけるのだが、今日はめずらしく会わない。
その代わりに嫌な気配がまとわりついている。
意識はしてないが、自然と歩みが早くなる。
周りの闇に神経をとがらせ、ほんのわずかな変化さえも見逃さないように気を配る。
遠くから足音が聞こえてくる。
だいぶテンポが早い、こっちに向かって走っているようだ。
マリアは言いしれぬ不安を感じ、慌てて全力でかけだした。
走って走って・・・・・・・・・ある路地を駆け抜けた時、吐き気がするような人の気配に気がついた。
振り向きたくは無かった。けれど怖い物見たさとでも言うのだろうか?
走りながら振り向こうとした時。
よける暇など無く、ましてやそれが何か考える暇もなく、堅い何かが後頭部を強く打ち付ける感覚だけがはっきりと感じられる。
全力疾走していたため、バランスを崩して地面を転がる。
その瞬間気を失いかけるが、激しい痛みで現実に引き戻された。
痛む場所に手をやるとぬるっとした感触が。
『あ、血だ・・・』
冷静に今の状況を分析している自分がいる。
振り向くと、メイスを振り上げている男と目があった。
それは昼間ぶつかった、あの黒づくめのローブを着た男だった。
『あ、死ぬんだ。』
痛みはあっても体が動かない。目をそらしたくてもそらせない。
男の目が真っ赤に燃えている。
男のメイスが振り下ろされると共にマリアは気を失った。



  


(C) 2004 グループSNE. All Rights Reserved.
(C) 2004 きままに亭運営委員会. All Rights Reserved.