生け贄と儀式
( 2003/01/19 )
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作者
そらしど
登場キャラクター
ジャスティア ビィ
寝る前に廊下を歩いていたジャスティアは、庭で寂しそうに鳴いている愛犬パピィに気がついた。
「そう言えば、最近散歩につれてってないな・・・」
ジャスティアは自分の部屋に戻り、ちょっと寒いが身軽な格好に着替え始めた。
家の者に気づかれないよう、少し遠回りをして家の外に出る。
「パピィ、おいで!」
その声は大きくはなかったが聞こえたらしく、待ってましたとばかりにジャスティアに向かってパピィが駆けよってきた。
そっと裏口から家を出ると、勢いよくジャスティアは走り始めた。そしてそれに添うようにパピィも走る。
まるで闇を切り裂くかのように、夜中の町並みを駆け抜ける。
しばらくすると、見慣れた人影が前を走っている事に気がつく。
ビィ・F・イータはランニングの途中だった。
暇を見つけては、重りの入った上着を着てその辺を走り込んでいる。
昼間に暇が無い時は、夜にやる事にしている。
「ビィにいさ!?」
ジャスティアは正面にいるビィに気を取られ、横の路地から走ってくる者に注意を払っていなかった。
路地から飛び出してきた者とぶつかり転倒した。
「いてて・・・」
起きあがるために上体を起こすと、所々汚れたドレスを身にまとった女性に肩を掴まれた。
「坊っちゃんお願いします助けてください!友達がさらわれちゃったんです。」
『どうしよう、マリアちゃんが・・・』
渡しそびれたクッキーを届けるためにマリアの後を追っていたメアリーは、突然走り出したマリアに追いつけなかった。
やっとのことで追いついたと思ったら、ぐったりとして黒ずくめの男に拉致されている最中。
とりあえず見つからないように物陰に隠れながら解決策を探る。
顔を半分だけ出してのぞいていても解決策は思い浮かばない。
そうしているうちに、マリアを抱えた黒ずくめの男が自分のいる方向に向かってきた。
慌てて物陰に顔を隠し、口から漏れ出す泣き声を必至に押さえつけ、ギュッと目をつぶる。
「これで私は神に一歩近づく。」
含み笑いと共に不意に聞こえたその言葉に、目を開く。
ふるえが止まらない。
幸い、黒ずくめの男はメアリーに気づくことなく夜の闇に消えていった。
その後しばらくしてから、物陰から飛び出すメアリー。
気持ちと上半身は急いでいるのに、その足下はフラフラして何度も転んだ。
そんなメアリーがジャスティアとぶつかるのは、月の位置がホンのちょこっと西に動いた後である。
「お願いです坊っちゃん。友達を助けてください。お願いです!」
「えっ?何でオレの事知っているんです?それにさらわれたってどういうこと?!」
驚いたジャスティアがメアリーの肩を反対に掴む。
「・・・・い、痛いです」
慌ててメアリーの肩から手を離し、謝るジャスティア。
それまで黙っていたビィが、ポンと手を打ちこう言った。
「よくお父様と一緒に市場にこられていますよね。ジャスティア君も何度か会って話した事がありますよ。たしか・・・・メアリーさん。でしたよね?」
コクコクと頷くメアリー。
「友達に渡し忘れたクッキーを届けようとして急いで走っていったら、マリアちゃんがぐったりしてて、知らない黒ずくめの人がいて、マリアちゃんを抱きかかえて、私の方に歩いてきて、私怖くて物陰で目をギュッてつぶっちゃって、そしたら通り過ぎる時に声が聞こえて」
「なんて言ってた?」
タイミング良く聞くジャスティアに、メアリーは微かに震えながら答えた。
「・・・・『これで私は神に一歩近づく』・・・・・」
そのままうつむき、小声で言うとその時を思い出してか震えだしたメアリー。
ジャスティアとビィは、顔を見合わせた。
「場所を変えましょう。」
「そうだね。」
ちょっと歩いてきままに亭へと場所を移し、店の奥のテーブルにつく。
震えるメアリーに暖かいスープと水を勧めて、なんとか話が出来る状態まで落ち着かせた。そこで二人が聞いたのは、彼女と会った時に聞いた言葉と同じだった。
その時、店員から彼女とその友達・・・メアリーとマリアがこの店で長らく楽しそうに話していた事を聞く。
しばらく考えていたビィがメアリーに語りかけた。
「もう遅いですから、一度休まれた方がいいですよ。その友達は我々で探しますから。家まで送りますよ。」
その後。
メアリーが裏口から自宅の中へと消えていくのを見届けてから、ビィはこう言った。
「後は私が調べますから、ジャスティア君は先に家に戻っていてください。」
「いやだ。」
即答するジャスティア。特に驚きも困りもせずにビィは言葉を続けた。
「でも誰にも気づかれないように出てきたんではないんですか?そうなると朝大騒ぎになってしまいますから、一度家に戻っていてください。朝になったら私も一度家に戻りますから。」
ジャスティアはその後しばらくごねたものの、明日のために休んでいて欲しいと言う言葉に負け、渋々家に帰る。
あとで、よっぱい等に色々と冷やかされながらマリアの事を聞き回るビィの事を思ってか、パピィが一度だけ振り返った。
翌日。
朝、身支度を整えて待っていたジャスティアと交代して、少し休む事にしたビィ。
待ち合わせは昼頃きままに亭としたものの、寝た時間は2時間程だった。
起きるとすぐに身支度を整え、また昨日の夜中聞き込んだ辺りに行くことにした。
その間にジャスティアはパピィと共に、朝の交代の時ビィから怪しいと聞いた辺りにいた。
だが、何も見つけられず、待ち合わせの時間が迫っていた。
不意に走り出したパピィを追って行くうちに、ジャスティアは下水への降り口を見つけた。
「ビィ兄さん!!」
「ジャスティア君こっちです。」
店の入り口から勢い良く飛び込んできたジャスティアに、カウンターにいたビィが呼びかける。
ビィの横に座りながら、マスターから貰った水を一口飲むと、ジャスティアは下水への降り口を見つけた事を話す。
それを聞いてから、ビィが話し始める。
先程までここにメアリーがここに居たと言う事。
どうやら家に帰ったあと、静かに落ち着いて色々と考えていくうちに、マリアの持ち物を持っていたのを思い出した。そして昨日ジャスティアの横にいたパピィの事を思い出し、なにかの役に立つのではと考えて、店に来てみたとの事。
「パピィに匂いを覚えさせれば、彼女の近くまできっと導いてくれるはずです。」
ビィから手渡された、マリアが作ったという装飾品を握りしめて思う。
絶対に助けるんだ、と。
見つけた下水への降り口から、暗い下水道へと入る。
ここからは自分達の勘と、パピィの鼻が頼りとなる・・・・が。
「そういえば以前、この辺りに盗賊がいたという話を聞いた事があります。」
「ビィ兄さん、それ何時の話?」
そうジャスティアに聞かれると、ビィは腕を組んでこう言った。
「たしか・・・・そう、あれは新王国歴156年。異常に暑い夏の事で、ただでさえ臭うこの場所が」
「ビィ兄さん、もういいよ。」
「そうですね。もう何回も話している事ですから。」
さっぱりと言い切ってはいるものの、ちょっと寂しそうなビィ。
そんなビィだからこそ、気づいたのであろう。突然立ち止まり、一言聞いた。
「ジャスティア君。パピィは?」
「え?そこに・・・あれ?」
つい先ほどまでジャスティアの前を、鼻を鳴らしながら
・・・・・
前後を見る。
左右も見る。
慌てて呼んでみる。
すると返事があった。
二人が振り返るとそこには、壁から突き出た犬の首があった。
それは間違いなくパピィの首であり、こちらを向き舌を出してハッハッと動いている。
半泣き状態で慌ててパピィの元へと駆け寄ったジャスティアが、パピィを抱きしめた時。
違和感があった。
パピィの首をなでていくと、そのまま壁の中に手が入っていくのだ。
そしてその違和感を正確に口にしたのは、ビィだった。
「・・・たしか望みの風景を自在に作り出す事が出来る魔法があると聞いたことがあります。だからこれは壁であって壁ではないんです。」
だからこうすると・・・と、喋りながらピィは壁に頭をぶつけ・・・いや、壁の中に頭が吸い込まれていった。
そして。
「ジャスティア君。壁の中に通路と突き当たりに扉があります。」
ジャスティアはそれを聞いて、ドキドキしながら壁に顔をつけてみる。
分かっているとは言えども、よりかさる物がないため少しバランスを崩す。
だが、たしかに通路と扉と、何事もなかったのようにちょこんと座っているパピィの姿があった。
それから2人は、パピィに持っていた装飾品を再度嗅がせてみた。するとパピィは、まっすぐ扉の方へと歩いていき、扉の前まで行くと低くうなる。
小さくパピィを呼び戻すと、2人は隠し通路への壁から離れながらも、その場所が見える位置まで移動した。
そして少し話し合うと、ビィがその場から離れていった。
一人・・・いや、一人と一匹が隠し通路への壁をじっと見つめていた。
ジャスティアは小さく手を握るとつぶやく。
「絶対に助け出だすんだ。」
そんな時だった。
隠し部屋の方から、甲高い女の人の悲鳴が響いた。
反射的に隠し通路の方に走り、そして扉の前に立つ。
扉に手をかけて引いたり押したりしてみたが、鍵がかかっている事がわかっただけであった。
慌てて他に入り口がないかどうか辺りを見回すと、足下に顔が入るくらいの穴があった。
床に寝そべって中の様子を見ると、女の人が床に座り込んで震えていた。姿は見えないが誰かが呪文を唱えているような声もする。
その顔色は青く恐怖で引きっており、見ている方向は一カ所で固定されていた。
壁に開いた穴自体はパピィ程の大きさではあるが、内側から板で半分以上がふさがれていた。
ジャスティアは穴をふさいでいる板を手で外そうとしたが、かなり頑丈に打ち付けてあるとわかっただけで終わった。
中を見てみると、座り込んでいた女の人が徐々に後ずさりを始めていた。
ジャスティアは迷わず体勢を変えると、足で壁に打ち付けてある板を蹴り始めた。
やはり打ち付けてあるためか、板が動くのがわかった。
何度も板を蹴りつけているうちに、ガタンと音がして何枚かの板が一度に外れた。
と、同時に大きく重い音が響き始めた。すると、ジャスティアの横にいたパピィが低く唸りながら、後ずさる。
そして起こることは一つ。
まず部屋の向こうでミシミシベキッという音。その後ダンッと何か堅そうな物が倒れる音。その直後に壁の穴から天井に向かって縦に亀裂が走る。亀裂が天井に達した時、バリッという大きな音共に、壁の一部が部屋の内側に向かって倒れた。
壁という支える物が減ったためか、部屋の天井の約半分が部屋の中心、つまり祭壇の辺りに落ちた。
壁が倒れた時に、ちらっとだが祭壇付近で本を開いている黒に近い紫のローブの男を見たジャスティアは、慌てて立ち上がると、埃と砂埃でほとんど前が見えない部屋の中に飛び込んだ。
辺りを見回しながら何度かせき込んでいるうちに、パピィの声がした。
行ってみると、落ちてきた天井が祭壇に支えられて出来る隙間に、女の人とパピィが座っていた。
「マリアさんですね?オレはジャスティアって言います。メアリーさんから話は聞きました。」
パピィの横で震えていたマリアは、メアリーと聞いた途端ボロボロと涙を流しながら泣いてしまった。
ジャスティアが泣いているマリアにもう一言声をかけようとした時。後ろの気配に気づいて慌てて振り返った。
そこには所々ホコリで白くなった黒に近い紫色のローブを着ている男が立っていた。
「キサマか、儀式を邪魔したのは・・・」
額からドクドクと血が出ているのは傷口が大きいためか、怒りで頭に血が上っているためか・・・ジャスティアにはわからなかった。
わかることは、相手がどこからか持ってきたであろうフランベルジュを抜き、自分に斬りかかってきたという事実だけだった。
マリアを抱えて横に飛んで、その一撃から避けた。
「?」
が、今のローブの男の一撃には、何か違和感があった。
だがそれよりも、次の攻撃に備えて体勢を立て直すのが先・・・マリアに下がるように声をかけて、ジャスティア自身はローブの男をまっすぐ見た。
腰に下げていたブロードソードを抜くと、ジャスティアは短く神への祈りをつぶやく。
振り下ろされた一撃をブロードソードで上手く受けたが、思いのほか相手の方が力がありジャスティアはバランスを崩しかけて膝をついた。
相手の力がゆるんだ瞬間を逃さず、少し離れた所に飛び退き体勢を立て直す。心を奮い立たせるため、声を上げてきりかかった。
何度も斬りつけたが、相手のローブを少し裂いたくらいだった。だが、相手の足が少しずつ後ろに下がっているのに気がつき、一心に剣を振るう。
カンカンと剣の打ち合う音が、しばらく響いた。
不意に相手が違う動きをした。反応がもう少し遅れたら、切られていたかも知れない。
ジャスティアが傷を負うことはなかった。が、バランスを崩してその場に尻餅をつく。
顔を上げたその時、喉元に剣を突き付けられた。
「チェックメイト」
その言葉を聞いた途端、涙が出そうになった。が、泣いてたまるかとばかりに、相手をにらみつけた。
ローブの男はその様子に満足そうな顔をして、こう言った。
「よかろう。もう一度チャンスをやる・・・・立て!」
喉に突き付けた剣を横にして、顎を上げる。ジャスティアはそれに合わせてゆっくりと立ち上がった。
そして、ゆっくりと下がり間合いを取る。
ジャスティアは大きく深呼吸した。そしてちらっとパピィと一緒にいるマリアの方を見て、自分のするべき事を確認した。
そう、今するべき事は、彼女を護ること。
ジャスティアはもう一度深呼吸して気合を入れ直すと、ローブの男に斬りかかった。
何度か斬り合ううちに、先ほど感じた違和感が何であるかに気がついた。
命がけの戦いをしていると言うよりも、訓練場で稽古をしている感じなのである。
そうしているうちにローブの男が振り下ろした剣を正面から受け止めた。
膝のばねをクッションにして衝撃を吸収し、バランスを崩す事無く膝をつく。
ローブの男は剣を大きく振り上げ、次の一撃を用意している。
ジャスティアも負けじと突きの体勢をとった、その時。
「もうやめて!」
マリアがローブの男に後ろから抱きついた。
その瞬間ローブの男から放たれた強烈な殺気を、ジャスティアの身体が感じ取った。
考えるよりも早く、ジャスティアの身体は動いた。
ブロードソードは真っ直ぐローブの男の胸を突き上げるように動き、それに合わせたかのようにローブの男のフランベルジュが振り下ろされる。
辺りに静寂が訪れる。
ジャスティアのブロードソードはローブの男の胸をしっかりと捉えている。
そして、ローブの男のフランベルジュはジャスティアの後ろの壁に突き刺さっており、剣を持つべき手は抱きついたマリアの腕を被っている。
その様子を信じられず、動揺して動けずにいるジャスティア。
視線を剣の刺さっている胸から相手の顔へとなんとか動かすと、ローブから見えたその口元は少し歪んでいるようだった。
「ジャスティア君、大丈夫ですか!!」
ビィのその言葉で、ジャスティアは今どうなっているのかを思い出す。
そしてローブの男が倒れる。それはとてもゆっくりと、ゆっくりと倒れていったように感じた。
が、マリアの小さな悲鳴でジャスティアは我に返った。
どうやら、ローブの男の手がしっかりとマリアの腕を握っていたらしく、そのまま一緒に倒れる事になってしまったようだった。
ビィが呼んできた衛視3人がローブの男の手をマリアの腕から引き剥がしたあと、腕を縛り始めた。
その様子を見たマリアが慌てて言った。
「違うの。その人は僕を助けてくれたんだ。」
横を向いたジャスティアは、しっぽを振っているパピィと目があった。
マリアの言葉を簡単、簡略すると。
闇神官に連れられて来た後、偶然やって来たローブの男と闇神官が口論となり、闇神官を切り伏せて死体は邪魔だからという理由で流してしまった事。
その後、ここがどこか教えてもらって地上まで帰して欲しいと頼んだが、いそがしいからと断られた事。ローブの男の用事が終わる3日後まで待てと言われた事。
ジャスティアが突入してくる直前に、 虫が自分めがけて飛んできたので悲鳴を上げた事・・・云々。
「ビィ・・・にいさん。オレ、この人悪いヤツだと思って殺しちゃった・・・・」
「ジャスティア君・・・おや?」
おそらく鞘にしまう事を忘れているのだろう、抜き身のブロードソードを見てビィは違和感を声に出した。
そして視線をジャスティアから、縛られ途中のローブの男に移して見て確認する。
「ジャスティア君、誰を殺したんですか。ローブの男は生きていますよ。」
ジャスティアが驚いて目を一杯まで広げるのには、ちょっと間があった。
「なぜ衛視達は彼を縛っているのですか?死んでいるのならば縛らなくてもいいのに。それにジャスティア君の剣に付いている血も、ローブの男の胸から染み出している血も、量が少なすぎます。おそらくショックで気を失っているだけではないでしょうか。」
ビィの言葉が終わった時、ジャスティアは大きなため息とともにその場にぺたんと尻餅をついた。
ブロードソードの先についている血は確かに多くはない。そして連れて行かれるローブの男の胸の辺りの血の染みも大きくはない。
横にいるパピィが何かをくわえて持ってきた。
それはちょっと大きめのコインだった。片側は血が付いていたが、もう片側には何か堅いものに思いっきり引っかかれたような傷・・・
「どうやらそれが彼の命を救ったようですね。」
苦笑しながらビィは衛視に声をかけて、ジャスティアがコインを手渡した。
そのコインを見て衛視はこう言った。
「・・・悪運だけはあるようだな。」
より詳しく事情を聞くため、ジャスティアとマリア(&パピィ)は衛視達の詰め所で話する事になった。
ビィは、マリアの家族や依頼主であるメアリーの所に報告に走った。
ローブの男が詰め所の外にでたのは、怪我も治った3日後の事であった。
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