ひとくちの水 飲むたびに -Act 5-
( 2003/01/26 )
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作者
入潮丸
登場キャラクター
リヴァース
■■■ Act 5 - Detailed Design - ■■■
波止場。喫水の浅い船を迎える。老魔術師が乗ってくるはずの船だ。
いなかったらどうしようか。そういう懸念は空振りし、ほんの手持ちの荷物と共に、杖を持ったローブ姿の老女が、最後に降りてきてくれた。
依頼をするのがあのように高齢の者であるとは思わなかったので、サバス島の苛酷な気候が、老婆にどう影響を与えるかが心配だった。
しかし、バラミは炎天下の中背筋を伸ばしてきびきびと動き、顔色一つ変えず、宿に荷物を置くなり、早速、現場の井戸に案内しろと、命じてくれた。
「船ってのはいけないねェ。動く範囲が限られてるから、血が濁っちまうよ」
ということであるので、自分よりよほど気力も体力も漲っているようである。
枯れ井戸は、いくつかある。以前に降りた井戸は、念のため避けた。妨害があるならどこでも同じかもしれないが、少しでも危険があるなら回避したかった。一番先に選んだのは、北の方の、比較的初期に彫られた、浅めの井戸だ。
「現場はひさしぶりだねぇ。すっかり老いぼれて、魔法の掛け方を忘れちまったよ」
などと、脅かすようなことを言いながら、バラミは古代語を唱え、首飾りに明りをつける。自分で井戸に降りるということである。正確で、淀みのない魔法だ。
達者とはいえ、流石に足腰は弱っている。老齢の婆さんを、深い井戸に上げ下ろしするのは、他の村人に手伝ってもらねばならなかった。3人がかりで、一苦労だった。
興味をもったのか、ロピュタが見に来ては、回りをうろうろとし、用意するものはないか、やることはないかと聞いて来る。役に立ちたがっているようだった。井戸の中にも入りたそうにしていた。
「水を探すのを邪魔する、悪い人がいるんでしょ? あたし、見張っててあげる」
などと言い出す。
「正直、居てもらっても困るのだが」
というと、怒り出した。
やる気のある子供の存在は、役に立つ立たないとは別の次元で、勇気付けられる。
子供は、それだけで、人に健やかな力を与える、不思議な力を持っていると思う。
「岩にも色々とある、とうのはいいね。アタシに岩の中身の硬さを測る事はできないからね。魔法で破壊可能かどうか、あんたが、地下の地層の強度の分布をきっちりと読むんだ。」
うなずく。それが自分の責任だ。ただ、火球の魔法がどの程度の岩まで、どのぐらいの範囲で破壊できるものなのか、そこまではわからない。
だから、バラミに地下に下りてもらって、地下壁表面の具合から比較して説明をすることから始める。岩の硬さや、水の来ない範囲を調べるが、感覚を共有することは出来ないので、説明は難しい。
井戸の底と同じような岩を集めて、強度や脆さの感覚を共有することから始め、検討を重ねる。そして、一つの結論が出た。
「魔法だけじゃ無理だねぇ。思ったより、析出して詰まってしまっている範囲が大きいし、硬い。魔法の及ぶ範囲を越えている。あたしの火球じゃ、破壊力が足らないよ」
結果は、芳しくはなかった。
析出の範囲が小さい井戸を探してみたが、どれも、似たり寄ったりだった。
「火球でいったん層を破壊し、一度瓦礫を除去したあとで、もう一度、できた空洞に火球を入れるというのは?」
「不可能じゃないが、そういうことをすると壁が崩れる恐れがあるね。壁がオーバーハングになるからさ、よほど強くてねばりのある岩でない限り、いっきに脆くなる。
それに、瓦礫を取り除いている間に析出して、そばから壁が詰まっていくことも考えられる。」
指摘は正しかった。鉱石採掘の研究をしていただけあって、老魔術師の地質に関する知識は確かだ。思わぬ適任者を招く事ができたのかもしれない。
「なにより、疲れるしねぇ。1度で何とかなる方法を考えるべきだね」
「じゃあ、どうすれば…」
首を捻る。
「魔法だけで何とかなると思いなさんな。世の中そんなに甘くないんだよ。人にばっかり頼ってるんじゃない。ちったぁ頭使いな、バカモノ」
口は悪いが、言っていることに理はあるので、反論ができない。一筋縄では行かない婆さんだ。
言われるとおり、魔法だけが唯一の解決手段ではない。魔法を他の方法と組み合せる事により、その効果を高める事を考えなければならない。
ひとまず、井戸から出て、今後の方針について検討を始める。頭のひねりどころだった。
「魔法の破壊力が増すような仕掛けが必要かな。火の魔法…油を入れる、とか。」
考え始めた事に、バラミは気を良くしたのか、にまりと笑った。
「物質の力が魔法を強めることは原則、できないさ。だが逆に、魔法が物質の力を強めることはあるんでね。
…四大魔法のことは知っているね。風、水、地、火の、主に4つの精霊力を操る古代語魔法の門だ。で、四大魔法で形を壊す、ということは、どういうことだと思う?」
「魔法で発生させた精霊力により、破壊力を生み出す、ということではないのか」
そういうと、バラミはやや不本意そうな表情になった。
「まぁ、間違ってはないけどね。火球や、雷撃、吹雪の魔法が派手なもんだから、四大魔法ってな、そういう破壊的なイメージになっちまうんだねぇ…。重さを変えたり、属性を変化させたり、結構地味だけれど、物質に直接働きかける、重要なのもあるんだよ」
そういって、講釈を始める。本題からずれ始めるが、魔術師が自分の専門分野について、詳しく人に語ることは少ない。学院に戒められているのか、どうせ理解できないとタカをくくられているのかは分からないが、いずれにしても滅多に聞く事ができない話であるので、注意して聴く。
「あんたはマナ、って言葉を知っているかい?」
マナ。
それは、不思議な響きを持つ言葉だった。一点のくもりも許さない透明な厳格さをもって、心の力、存在の力を強めてくれるような高鳴りがある。
魔術師の会話からはたまに耳にするが、普段から意識されることはこれまではなかった。
「こいつはあたしの持論なんだけどね。魔法による破壊というのはね、物理的な力と違って、違う属性のマナを大きく作用することで、対象の別のマナを弱くさせることと考えられる。光と闇、水と炎、というように、正反対の性質を持つマナであれば、打ち消したり、中和させる事もできる。自然現象も同じことさ。」
「豪雨が降れば土砂崩れが起こり易くなるし、風や熱の作用で岩が風化する…という風に?」
「そういうこと。逆に、同じ属性のマナを作用させても、変化がないか、強い方にとってかわられる。
地面の中を壊す、つまり、大地の属性のマナを弱めてやろうと思ったら、火や風、水の属性のマナを大きく作用させてやることが手さね。
マナの性質に働きかけて、直接対象のマナを変化させるだけではなく、相互作用で、別のマナに影響させることにより、物質を破壊したり、変化させたりする。それが、四大魔法と呼ばれる系統の基本でね。
逆に、同じ性質のマナ同士は、性質が強化されたり、影響が無かったり、だね」
「火の精霊に火の魔法を用いても効き目は無い、ということか」
話がややこしくなってきた。理解しようと、言葉を噛み砕く。
「ねぇね、岩同士を、がちんこしてぶつけても、やっぱり壊れるよ?」
必死に理解しようと、うーうーと唸っていたロピュタが尋ねる。
「それは、魔法じゃなくて、物理的な力さね。マナの属性には関わらない」
子供に接する時は、老人は優しい。
「マナの属性か。…それは、精霊力とどう違うんだ?」
眉間に皺を寄せる。
出来の悪い生徒が解答を見つけたときの教師のように、にやり、とバラミが笑う。
「同じさ。あんたも知らず内にマナに干渉しているんだよ。精霊はマナで出来ているし、命令する力もまた、マナによるものだからね。精霊はマナの生き物さ。それぞれのマナの精霊の働きによって、物質界のマナに性質が生まれる。それが精霊力さ。火の精霊力は火のマナ、風の精霊力は風のマナ、ってことになる」
なるほど、とその言葉で頭の中が明るくなった。
「四大魔法と精霊魔法の違いとして、魔術師は、自分でマナの属性に干渉して、直接精霊力を変化させる。精霊遣いは精霊界の精霊を呼んで、その精霊に命じて、精霊力を変化させている。その違い、ということか」
「そういうことさね」
精霊使いは、精霊力を直接操るわけではない。精霊力の働く場を通して、関連する精霊を呼び、その精霊を操ることによって、二次的に精霊力の状態を変える。対して、魔術師は、マナを操り直接物質に働きかけることで、マナの属性を変化させるのである。故に、同じ性質の魔法なら、精霊魔法よりも、直接作用する古代語魔法の方が優勢だ。たとえば、光の精霊は、闇の古代語魔法にかき消されてしまう。それは、こういった原理によるものだ。
その後、どの身振りがいかなるマナへの作用となり、上位古代語のどの発音がマナへどう働きかけるか、講釈が続いたが、複雑すぎて、すぐについていけなくなった。
わかったのは、感覚的な感知力と感性が優先される精霊使いと違って、古代語は、理解すべき法則、覚えねばならない要項が多すぎる、ということだけだった。
それにしても、魔法使いという人種は、聞いている側が理解していようがどうであろうが全くかまわないらしい。伝わらずとも、口に出して言う事により、自分の頭の中で再構成して、満足しているらしかった。
「で…魔法の破壊力を上げる方法だが」
このまま魔法の講釈を聞いていたら、それだけで半月ぐらい過ぎてしまいそうなので、途中で遮って、現在の問題に戻ってみる。
「地に対して、火の力…か。油と、あとは、木炭を細かく砕いて、井戸の中に入れてみてはどうだろうか」
油にも、木炭にも、材質として本来持つ、火の精霊力を強く残されている。
油は、火の精霊力が強い水であるといわれている。油に働く火の精霊力のために、油と水は混じらない。
そして、木炭については、自分の起こした火事を思い出すからあまり言及はしたくないのだった。ただ、昔、宿の近くの鍛冶場が、大きな音を立てて燃えたことがあった。鉄を溶かす燃料にしていた木炭が作業中に足で踏まれ砕かれて粉になり、それに火がついたのだった。細かく砕けた木炭に火をつけると、木炭の粒が激しく燃焼して、音を立てて破裂するように燃えることを思い出した。
「ようやくからからの頭が湿り始めたね。でも、足りないね。破壊が、火の力だけで成り立っていると考えたら大違いさ。地面の中を壊すなんざ大それたことをしてんだから、もっと頭を振り絞って考えな。泉は掘らなきゃ湧いてこないよ」
彼女の頭の中にはすでに答えがあるに違いない。まったく要求の厳しい婆さんだ。
ただ、油や木炭の考えが否定されたわけではなかった。ダメだ、ではなく、足らない、と言っているのだ。
岩を破壊する力。爆発。 火と風の力の瞬間的な放出。とすれば、あとは、風の力を持つもの…。
荒野の黄土色の岩肌に浮く、白い結晶が頭に浮かんだ。
…そうだ、硝石だ。硝石は使えないか。
「ちゃんと知っていたね」
ようやく感心したように言ってくれた。
硝石と粘土をこねたものを、岩に思いっきりぶつけると、パン、と音がする。ロピュタの得意技だ。それは、硝石に含まれる風の力を利用しているものである。硝石は岩の質を脆くするが、魔法を作用させると、岩石に対して、破壊的な効果を高めることができるらしい。
「ダゴン島の鉱山の切り崩しに使えないかと、昔研究した事があってねェ…。」
と、懐かしそうに、しかしどこか寂しそうな表情を浮かべる。
「硫黄なども良いんだよ。試すのは大変けどね」
「イオウ?」
「硝石と同じように、火と風の力をもった、黄色い石さ。燃やす毒の空気が発生するから、取り扱いがちと面倒なんだけどね」
火山や温泉などに見られる鉱石で、蒸気と共に、異臭を吹き上げるのがときおり見つけられる。硫黄が析出する土地は、地獄と呼ばれ、その毒々しさに、硫黄の黄色い色は、負の生命のオーラを象徴している、とまことしやかに言う賢者もいる。
「トゥーデントの山に噴出しているのが有名さ。ここじゃぁ、ちと、手に入りにくい。アザーンにも、冬の島ハクラの火山にあるんだけど、どちらにしても、ちょいと今から行くのは億劫だねぇ」
トゥーデントとは、ロマールの南にある半島で、巨人がすむという地だ。たまたま足は踏み入れたことはあったが、名を聞いた事がある者すら少なかろうに、それを有名だといいきる老婆の知識の深さに、呆れる。やはりどこか、世間ずれしている。
「さ、ないものを言ってもしょうがない。ひとまずあるもので間に合わせよう。それで破壊力が十分になるか、実験してみるかね。ロピュタ嬢ちゃんにも、手伝いしてもらおうか」
そうバラミが言うと、ロピュタは満面の笑顔になった。役立ちどころを求めていたらい。
バラミが手はずを説明すると、喜んでロピュタは村の中に駆けていった。
老人というのはどうしてこう、子供の扱いが上手いのだろう、と思った。
■■■
正午すぎ。
最も気温が高くなる時間。人々は屋根の下や潅木の根元に逃げ込む。酷暑の中で作業をしても、ちっともはかどらず、疲れるだけであるからだ。
葦ぶきの屋根を通して、青い空が目に移る。かすかに海の音が聞こえてくる。こんなに海に近いのに、からからに乾いているのが不思議だ。
バラミの講釈が、頭に残っていた。
マナ。物質の源であり、万物を構成するもの。そして、魔力の素となるもの。精霊はマナの生物である。我々にもマナは働いている。
そうえば、魔法に抵抗するときは、マナを高めよ、という。
「マナ…か」
井戸の底で、窒息しそうになったときに読み取った、精霊力の、濃く奥行きのある感覚が蘇ってくる。
あのとき、精霊力への感受性が、世界と共鳴するように高まったのは、「意思と存在の力」による、と考えた。その力が、イコール、マナであると考えれば、すっきりと理解できる。
精霊使いとして最も大切である精霊力を感じる力も、自分の中の魔法的な力、マナによるものである。自分のマナは、いわば、精霊力の音を聞くための鼓膜であり、精霊力を見るための目であり、精霊力の匂いをかぐための鼻である。
自分の中のマナを高めるということは、世界への存在の濃さを高め、周囲と認知し合うということだ。
最初は、周囲に透明になるということを通じて、精霊を感知していた。それは、自分の物質の部分を希薄し、魔法的な意識になることで、結果的にマナを高め、そのマナを媒体にして精霊の力を感じていたということだ。
しかし、井戸の中で、死の渕に直面したとき、鼓動が打つたびに薄れ行く空気の中で、生きるために、認知、判断、魔法的な力など、もてる力の全てを振り絞った。
結果、自分の神経が励起し、一段高い次元へ遷移したように、世界に対する感知の力が高まった。
マナは、物質を物質としてあらせるための力であるという。魔法の力であると共に、世界との接点を強める、存在の力であるのだ。
生と死の極限状態で、生きようとする力、世界に存在しようとする力が、自分のマナを強めたと考えられた。
精霊力を感じる際は、できるだけ自分の物質の部分を捨てて、周囲に透明になるより他はない、とこれまで考えていたが、そうではなかったのだ。物質もまた、マナの力による構成物であるから。物質としての存在の力と、魔法的な力、双方を高めなければならない。
これまで言葉にすることが難しかった精霊力の感知について、バラミの講釈とマナという概念のおかげで、なんとなく整理して理解できた気がした。
ただ、それで、あの感覚が、再び得られるかというと、なかなかそうはいかない。存在の力を高めると、言葉で言えても、それを意識して行うのは難しい。これからは、そのコツを掴んでいかねばならない。
ふと、壁の陰からこちらを伺っている人影に気がついた。ロピュタだ。
彼女はずっと、まわりをうろちょろしている気がする。
「なぁ、ロピュタ。この島が好きか?」
ふと、聞いてみた。砂と荒地に被われた、満足に水を飲む事もできないこの島。子供はいったい、どう思っているのだろう。
「わかんない」
簡潔な答えだった。島から出たことがあるかと聞くと、本島にはいったことがあるという返事だった。本島に住みたくならないのか、と尋ね返す。
「本島は楽しかったけど、住むのは、とーさんやかーさんや皆がいるこの島がいいな。音玉遊びもできるし」
住みたいと思うところは、つまるところ、いっしょにいたいと思う人がいるところなのだろうか。
なんとなくロピュタを誉めたくなって、砂っぽい少女の頭をくしゃくしゃにしてみた。
「あたしね、精霊使いになるの。それで、たくさん飲み水をつくって、みんなの役に立つのよ」
くすぐったそうにしながら、唐突に、少女はそういう。
なるほど、だから、周りに出没していたのか。要するに、精霊使いにはどうやったらなれるのかを知りたかったのだ。
「そうか。じゃあ、採取師によく習うんだな」
そういうと、少女は、ムッ、としたような表情になって、立ちあがり、走り去ってしまった。彼女が言いたかったことが分からないほど朴念仁でもないが、自分はそれに答えられるような柄ではなかった。
海の匂いと、乾いた砂の匂いが混ざった風は、優しいといえた。
…何とか、今のところは。
■■■
昼下がり。照る太陽は一向に衰えを見せない。
村人が集まり、実験のための準備が整えられていく。
採取師が有志と共に、硝石の採取に出かけてくれる。長蟲に遭う危険はあるが、何物かがまいた鉄粉のおかげで、巣近くの鉱床から、無事、必要量の硝石を運んでくることが出来た。
集会所の小屋に、木炭が運び込まれる。
子供達が、トントンと金槌で叩いて、真っ黒な木炭を粉末にする。粉にした木炭は篩(ふるい)にかけられ、大きな粒は取り除かれて、さらに細かくされる。ロピュタは顔を真っ黒にしながら、遊び半分に、粉末を集めていた。
手の空いている者はもちろん、仕事を止めて、皆が集まって作業を始める。大ごとになってきた。無論、火気は厳禁であるので、灯りがつけられず。昼間のうちしか作業はできない。
井戸の底の岩を切り出して、叩いたり砕いたりして、岩の硬さを確かめる。
その後で、村外れの岩場に行き、なるべく風化の度合いの軽い場所を選んで、 実際に火球の魔法を用いて、実験を行い、硝石と木炭の効果を見ることになった。
岩を掘って窪みを作る。掘る、といっても、固い岩盤だ。土のようにはいかない。少しずつ削るように、剥ぎ取っていく。
なんとか、人が入れる程度の窪みになる。ここに、油と粉にした木炭を敷き詰め、硝石をまぶす。
ちょうど魔法と重なり地の力を打ち消すだけの、火と風の力になるように、上手く配合しなければならない。読み取れと言われるが、そこまでわかるか、というのが本音である。
「井戸とは力の伝わり方が違うから、あくまで参考だけどね」
そうバラミは念をさす。
しばらく呪文書を確認した後、村人たちを下がらせる。見世物にするようなものではない、というのが理由かと思ったら、単に、危ないから、というだけだった。
バラミに魔術師にありがちな、もったいぶっている点がほとんどない点が、好感が持てた。
そして、老魔術師は、窪みをめがけて、火球の魔法を唱える。複雑で細かな身振り。ちょっとした舞いをみているようだ。
魔術師達でも分別のある者は、禁忌として決して使わない、破壊の魔法。 噴出する火の精霊力。それが、周りの岩と、加えた木炭や油の火の力、硝石の風の力とどう相互作用をするか、読み取ろうと、集中する。
マナに火の属性が付与される。熱せられた空気が急激に膨張し、衝撃をもたらし、爆発が生じる。
ゴゥン、と激しい音。魔法の炎を受け、油と木炭が点火し、硝石の風の力を借りて、爆発を増大させる。窪みの岩石が砕け、細片が舞いあがる。
ぐぁんぐぁん、と耳鳴りに襲われた。音の影響だけではない。
同調していた精霊力の激しい変化に、神経が焼けついたようになった。血管が、爆風で千切れ飛んだような気がした。
微妙な相互作用を読み取るどころではなかった。
砂埃が収まってから、窪みの様子を見る。地面が深く抉れ、破壊面に触れると、ボロボロと剥がれ落ちた。崩壊しなかった部分も、地の力が大分弱く、無数の亀裂が生じていた。
「ん、悪くないね」
結果に、上機嫌でバラミは言う。
「ここは特に、硝石が効くねぇ。硝石自体に破壊力は無いんだけれども、魔法と組み合せると、硝石の風のマナが開放されて、岩が脆くなり、亀裂が走りやすくなる」
「いままでにもよく行なわれている方法なのか?」
自身ありげなバラミの言葉に、そう聞いて見ると、老魔術師は首を振る。
普通の魔術師はね、こんなこと考えないんだよ。魔法以外の要素と組み合わせて、小手先の技を叩きこみながら、魔法を使うなんて、まず、しない」
「魔法だけで解決することにプライドを持っているとか?」
「それもあるだろうけれど、単に、まじめなんだと思うよ。あたしゃ、やんちゃでねぇ。魔法に拘り無く、効果があるならいろいろとやってみたくなるのさ」
そういって笑うバラミを見て、子供のようだ、と思った。
子供といっても、幼稚さとか未熟さを意味するものではない。閃き、感動し、順応し、神秘を感じ、新しいものに惹かれ、創作意欲を宿す、感性の瑞々しさのことだ。それは、人間として、発見を行い発展していくうえで重要な要素だ。
普通、世間に出ると、人間の子供の部分は急速に乾いていく。社会や、組織や、金銭や、論理といった大人の部分が、大きくなっていき、柔軟な発想や冒険心を失い、生活に追われて行く。
けれど、子供の部分は失ってはならない、大切な凛々しさである。子供はいつも、新しいものを生み出す力を秘めている。大人は子供を見て、奮起し、ひらめくのだ。
「子供は、大人の母である」と言った者がいた。なるほどな、と思う。
精霊使いに必要であり、精霊に近い要素のは、そういった意味での子供性なのだ。
たとえば、ラスなどは、大人でありながら、子供の部分を強く持っていると感じられる。
彼の子供の部分を大切にしてくれる存在が回りにあったためだろう。彼は、精霊使いとして必要な直感を持っている。それだけではなく、後から理屈付けを行って自分が納得するまで考えることもしているので、成長が早い。
バラミも、子供性を強く残した大人だった。
対し、自分の中の子供の部分は、早くに干からびた。自己防衛ばかりしているので、考え込み、なんにつけ理由と定義が必要で、悲観的観測をする。それは精霊の本質、子供の部分とは程遠い。かといって、分別のある大人というわけでもない。大人を羨み子供の眩しさに目を窄める、中途半端な存在だ。だから、回り道ばかりしている。
なんにせよ、人の才能を羨んでいても、ないものはないでしかたがない。今、自分にできることをするしかない。
その後、目的の井戸を選定するのに、島にあるだけの枯れ井戸を、回った。地図に井戸の場所を落とし、深さや、析出の範囲、硬さなど細かな事を、記していく。
岩壁に手をつけて、地と水の精霊の力の強度と分布を測る。新しく分かったのは、脆さというのは風の精霊力に影響されるということである。硬い岩も、風の精霊力が強いと、大抵、脆い。だいたい、どのぐらいの精霊の力が、どういった特徴の岩に相当するのかが、繰り返し行なう中で、分かってきた。
精霊力感知を多用しすぎて、頭がわんわんと反響する。身体が別の世界へいってしまったようだ。
驚いたのは、老魔術師の記憶の良さだ。似たり寄ったりな特徴の井戸を一つ一つ、整理して覚えていた。あそこの井戸は、水を含む層が上すぎる、ここは析出が硬い、など、地図を見ながら検討する過程で、すらすらとのたまう。
結局、魔法の適用に選ばれたのは、最初に婆さんが入った、比較的古い、数十年前に掘られた枯れ井戸だった。
古代語魔法の行使には、視界を確保しなければならない。そして、呪文には厳密な身振りが必要であるため、覗きこみながら、という器用な事はできない。まず、視界確保のために、井戸の上部の鏡が設置された。底を映す鏡を覗きながら、呪文を唱えるのだ。底には、煌煌とした灯りの灯った石が置かれた。
井戸の底と側壁の岩に、まんべんなく油を染みこませる。その上で、粉状の木炭と、硝石を混ぜたものを、底に撒く。
いよいよ、井戸の中に魔法を用いるとなると、どこからか事が知れ渡り、村人が一目見ようと集まり始めた。弁当を取り出す者、囃子の笛を吹き出す者まで現れる。ちょっとした祭りのようだ。
「わくわくしてきたねェ。魔術師ってのは、自分が真理を知ればよいとか、秘密めかす連中が多くってねェ。
あたしゃ、即物的だから、役に立つことしかやりたくなかったのさ。そうしたら、それは魔術の本質とは違うとか、搭の連中には散々バカにされたてたんだけどね」
そう言いながら浮かべたバラミの笑みは、少年のようだった。
案外、バラミは自分などよりずっと、精霊使いにむいているのかもしれなかった。
風の強い午後。
井戸の中を見つめる。
いよいよこれから実地、という段階になって、急激に、疑念が湧いてきた。
地層を壊す。
地面の中に亀裂を入れ、止められている水を流し出そうとする行い。
これから自分たちが進めようとしていることは、あるべきところへ落ち着いている自然の様相を、無理やり壊し、捻り変えることだ。後ろめたさ。本当にそんなことをやってもよいのかという疑問。
本当にこれでいいのか? その問いが胸の中でひっきりなしにざわめく。
井戸の中には、得体の知れない魔物が渦巻いているような気がした。
…まったく。迷いだらけだ。確信など持てない。
不安を煽りたてるかのように、風が強く吹きつけ、荒地から運んできた砂を舞い上げる。
「思いつめた顔してるんじゃないよ。期待してる連中が妙に思うだろ?」
鬱々とした心境を見透かしたように、バラミが言った。
「……みな不安なんだ。特に村人はね。安心感を与えてやるのも、仕事のうちさ。覚えとくんだね」
その一言で、彼女がただの楽天家ではないということを窺い知らされた。バラミもまた、自分の責任を背負うとき、その重さに押しつぶされる想いを、幾度も経ているのだろう、その重さを感じさせた。重荷を抱え込んだ上で、それをコントロールする術を知っているのだ。
格が違うな、と思った。年齢の差などこの際、いい訳にならない。
ててて…と、ロピュタが、子鹿のような俊敏さで駆けてきた。
「リヴァー、これ、甘くておいしいよ。優しい気分になれるの」
そういって、白く丸い、小さな塊をくれる。
子供にまで心配してもらっていたのか。情けなさに苦笑する。
甘味の菓子は、貴重品だ。家からわざわざ持ってきてくれたのだろう。
礼を言って、口に放り投げる。そして。
口に走った、脳味噌を劈くような衝撃。
「…………――― 辛ーーーっ!!………っ水、水…!! 」
焼けつくような辛さと、身体の水分を全て奪い取ってくれるようなしょっぱさ。目を閉じて堪えると、涙がにじみ出てくる。唾液があふれる。
乾燥させて砕いた唐辛子の塊に、硝石をまぶしたものだった。
「そのぐらいみんな水が欲しいのよ。だから、がんばってねー!」
コロコロ笑いながら、ロピュタは言ってくれる。
「この…子鬼娘がっ!」
ひりつく口でそう牙を剥くと、少女は身を翻して逃げていった。
まったく、なんてガキだ。最初に会ったときから、彼女の悪戯に驚かされっぱなしだ。
そういえば、自分も子鬼と呼ばれていた事を思い出した。あのようにかわいらしいものでもなかったが。
考えてみれば、ロピュタは特に、ずっとつきまとってくれていた。子供には退屈な調査であっただろうに。それだけ、純粋に期待してくれているのだ。答えなければならないな、と思う。
ふと、背負っていた鉄の塊を下ろしたように、楽になった事に気がついた。血液がサラサラとしているようだ。
緊張が解けた。
まさか、それを見越した上での悪戯だったのだろうか。そうは思えないが、茶目気のあるレプラコーンを宿すロピュタに感謝だ。
「優しい気分になれる」というのは、案外本当だったかもしれない。
腹をくくる。どんな結果も受け止めるしかないのだ。
バラミは、すでに井戸の傍で待っている。
「すまない。始めてくれ」
そういうと、老魔術師は頷いた。
呪文の影響を受けないぎりぎりまで近寄り、精霊力の変化を、一波長も逃さぬように、感知しようと、感覚の世界に入りこむ。
"始源の巨人の憤る心…"
ゆっくりとしたバラミの詠唱。
緊張の一瞬。
"マナよ、破壊の炎となれ!"
火球の魔法
ずぅん、と重い振動が足元に響く。
地の精霊力と同化するようにしていたので、自分の身体が砕かれたような衝撃を感じた。今回は予想していたので、実験のときほどではないが、それでも、ごぉぉぉ…と、激しい耳鳴りがする。これが、壊される、地の痛み。
ただ、想像していたよりも、場所が浅い。破壊の伝播に、違和感があった。
ぼっ、と、井戸の入口から、熱気がかけぬけた。
耳鳴りがし痛む頭を抑えながら、目を開ける。
「水、出たの!?」
そう声をあげて、井戸壁に駆け寄る影。ロピュタだ。
少女は、井戸壁に体重ををかけて、中を覗きこむ。
ぐらり。井戸を支える大地の精霊力が、捻じ曲がる。
「待てっ!」
そう止めようとした時。
ロピュタの姿が、揺らいだ。
硬いものが、崩れる音。
井戸の壁が、ロピュタの体を支えきれず、形を失う。
小さな身体が、井戸の中に吸い込まれた。
…落ちた!
一旦零れた壁が、堰を切ったように崩壊する。井戸の壁が崩落した。
井戸の中に、次々と瓦礫が降り注ぐ。大人が悲鳴を上げる。
村人を押しのけて、崩れた井戸を覗きこむ。ロピュタの姿は見えず、瓦礫のみが、もうもうと煙を上げていた。
長年放置されていた井戸の壁は、風化により脆くなっていた。
モルタルで脆い土を固めただけの入口付近の井戸の壁の強さが、魔法の振動に耐えられなかったのだ。
なんということだ。いくら魔法の範囲外だったといえ、井戸の底の部分にばかり気を取られ、入口までの壁の強さを考慮に入れていなかった。
周囲の岩の強度を読むのは、自分の責任だった。読みきれなかった自分の失態だ。
「どいてくれ…どいてくれ!」
ただ落ちただけではない。井戸が、瓦礫と砂に完全にふさがれてしまっている。
生き埋めになれば、一刻を争う。生きていたとしても、空間がないから、すぐに窒息するのだ。いちいち瓦礫を取り除いている時間はない。
ロピュタの落ちた正確な場所を求めるために、痺れた感覚で、命の精霊の在り処を探す。地上の真上に人がわだかまっていて、感覚が散らされる。ロピュタを助け出だすために、我先に瓦礫を取り除き井戸に入り込もうとする大人たち。後ろに下がってくれと頼む。おまえに何が出来る、という目のおそらく、父親。
「ロピュタの場所を探し、そこまで魔法で穴を掘る。だから、そこを空けてくれ…たのむ!」
しぶしぶと下がる村人。ロピュタの友達らが、ハラハラとした目で見守っている。
正確に、ロピュタが埋まっている所を突き止めなければならない。場所を特定して魔法を用いるためには、術者にその場が見えていなければならない。しかし、地の中に埋められた者を見ることは不可能だ。匂いも音も、他の感覚はこの場合、全く当てにならない。純粋に、精霊力のみに頼らねばならない。
命の精霊力を読む。そこにあるものに何の精霊力が働いているのかを観察することは難しくないことだが、もともと、場所を特定するのに、精霊力の感知力は向いていない。 匂いのようにぼんやりと広がってみえるだけだ。
そのなかで、神経を太く束ねて搾りこむようにして、深さと位置を読もうとする。
今…今こそ読み取らなければ。ロピュタが死ぬ。
それは、切羽詰った強い動機。地に覆い隠される命の精霊を追う。
流れ込む力の、ほんのわずかな波長のずれを逃さないように。
自分の体が大地と一体化する感覚。肉体の中に大地を抱え込み、そこに息づくものを飲みこむ。ここに在る力、マナが高まる。
井戸の底で窒息しかけた時の、あの感覚が蘇った。神経が開ける。あらゆる精霊の力と共振し、自分が一つの和音になったかのような感覚。
ざらついた重量感のなかに、ほんの一片、花が咲いたような燐光。闇夜におぼろな、月の光のような仄かな明るさ。
…居た。ロピュタだ。生きている!
しかしその感覚も、風に揺れる蝋燭の火のよに、ゆらぎ、今にも尽きようとしている。
深くはない。一度の魔法で事足りる。井戸から少し離れた地面に、見えぬ視界にある命の精霊の居場所まで、斜め下に地霊の力を通す。
方向の制御に特に正確にならねばならない。
"ノームよ、われらを繋ぎとめる者。堅き地の岩はお前の拠り所。おまえの内に入りこんだほのかな命のありか、風と手の届かぬ闇の中まで、おまえはわたしを導き入れる!"
前は井戸の底から穴を掘ったが、今回は逆だ。今度は方向を間違えるようなことはしない。足元に黒々とした穴が穿たれる。村人から驚きの声が上がる。
穿った穴の中にもぐり、背を低くして駆け下りる。崩落した瓦礫で、行き止まった。
ロピュタの姿は…ない。
再び、精霊の力を読み取る。この先に居るはずだ,という確信を込めて。
いた。突きあたりの瓦礫のすぐ向こう。命の感触。崩れた岩には地の精霊力は働かない。ノームの貫通が届かなかっただけだ。瓦礫を取り除く。硬い岩片に、指先が削り取られる。
狭い穴の中、力の限り瓦礫を押しのけていくと、ややもせずに、暖かいものに触れた。
「ロピュタ!」
そのまま周囲の瓦礫を、後方に除け、引っ張り出す。
砂まみれの身体に、ぬるりとした嫌な手触り。血まみれの姿。
生きてはいるが、ぐったりとしている。息を確認する。…していない。
細かい砂が、鼻や口の中に詰まっている。急速に弱まりつつある命の精霊の力。
口をつけてそれを吸い出し、吐く。そして、息を吹き入れる。何度も、何度も。
息が戻るのを確認し、胸をなでおろす。
そのまま担いで、地上まで戻る。
小さな子供の重さが、肩にのしかかる。命の重さ。
陽の光の下ではじめて見えた、少女の惨状に、愕然とした。
頭を強く打ったらしく、頭部が見る目に腫れている。内出血が激しく頭蓋骨にヒビが入っているらしかった。打ち身で痣だらけであり、肩を脱臼している。
黒い煤が張りつき、火傷をしていた。燃えきらずくすぶっていた木炭粉のせいだ。
その上、落ちる時に崩落する壁に擦ったのか、鼻から頬にかけ顔が深く抉れている。白い鼻骨が、赤い血にまみれて覗いていた。
…酷い。なんということだ。
「なにボーッとしてんだい。やる事があるだろ!」
バラミの叱咤の声が飛ぶ。
「いや…しかし……」
命の精霊に触れるとき、ある種の躊躇いがいつも生じる。命の精霊を遣う力。それは、本来、女にしかない力に由来する。子を守り慈しみ育てたいと思う、生物の半分が本質的に持っているもの。感情というよりは、もっと、根源的な、生物としての本能的なもの。それが、原点となる。
しかし自分は…石女だ。子を孕む能力それ自体にかかわる力。能力ではなく本能に由来する精霊とはいえ、遣うことは…おこがましく、恥ずかしいことだと感じられていた。生物にとってもっとも神聖なその力に触れられる資格は、自分にはないのだと思っていた。
逡巡を見透かすように、バラミが畳み掛けてくる。
「ぐずぐずしてるんじゃない。あんたならできるはずだろ。あんたがやらなくて誰がやるのさ。やりたくてもできない者だって、ごまんといるんだよ!」
事情を知っているわけではないと思うのだが、その言葉が突き刺さる。
ごくりと喉がなる。意を決するように、精霊語を紡ぐ。
「………ぃ…命の精霊…。光もたらすもの、存在を照らすものよ……小さき花を散らすことなかれ。おまえの力はか弱き命を受け止める……」
最も苦手な精霊。しどろもどろに、詠唱する。じくりといやな感覚が下腹に湧く。
淡い月光に似た光が、ロピュタの小さな身体に一瞬灯る。それはあまりに、弱弱しかった。
精霊の癒しを受けてなお、ロピュタの顔は、青黒かった。瑞々しい活力は完全に失せてしまっていた。
傷がふさがり肉がもりあがり、一生消えない傷が穿たれたのを、まざまざと見せ付けられた。魔法を使わない方がよかったと後悔するほどだった。
命の精霊は、本来、生物が持つ、外傷の回復力を助けるだけである。傷は塞がり出血は止まるが、骨までは治療できないし、後に残るような傷を消すことはできない。
そして、頭骨の傷が恐かった。頭の場合、いったん衝撃を受けたら、後にどう作用するかわからない。
少女はぴくりともしない。
「……ロピュタ、ロピュタ!! 返事を、返事をしておくれ……!」
両親の悲痛な声。
「動かしちゃあいけない。担架を」
バラミが落ち着いた声で指示する。
奪い取られるように、ロピュタが運ばれていく。
外傷はふさがったといえ、なおもロピュタは重態だといえた。かろうじて生きているが、これからどうなるかわからない。よしんば生きていられたとしても、強打していた頭の状態から、障害が残る可能性は強い。
言いたくない事ではあるが、それを、彼女の両親に説明する。
「……おぉ…。……どうして…こんなことに……。酷い……。神様、この子が何をしたというのですか…。…ロピュタ…ロピュタ……」
半狂乱になったロピュタの母親の悲痛な声が、自責の念と共に刃となって、心を切り刻む。
ロピュタがこんな目にあったのは、実行を指示する側に安全の配慮が欠けていただからだ。そもそも、大規模な魔法を使用する場に、人がいるべきではなかったのだ。
そして、地下にばかり気を取られていて、地上部分の井戸壁のことを失念していた。力の伝播と振動の影響を考えていなかった。二重の過失だった。
なぜ…なぜそんな基本的なことがわからなかったのだ。…自分の責任だ。自分の行いによる自然への影響の恐れ。勝手な自分の想いにばかりに気を取られていて、気をつけるべきことに気を配らず、読むべき事に気がついていなかった。
自信が音を立てて崩れた。崩落し瓦解となって空洞を覗かせている井戸の渕は、自分の姿のように思えた。
目の前が、ぐらぐらと、揺れる。地面が流動化したようだ。地は自分を支えてくれない。立っていられなくなり、がくりと膝をついた。
風はいっそう、強く吹きつけ、ただ、地の力を、剥ぎ取るのみだった。
――― (続)
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