言い訳
( 2003/01/27 )
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作者
R
登場キャラクター
ロビン、リック
新王国歴513年秋……
「珍しいな」
「何がだよ?」
椅子に座るなりそう言われた。なにがかと聞けば、店の入り口をくぐった俺が、まっすぐにあいつと同じテーブルを選んだからだと言う。
なんてことはない。他に知ってる顔がいなかっただけのことだ。
ロビンは、歳も、オランに来た時期も近いことがあってわりと気の許せる相手の一人だ。特技も同じだしな。もっとも、近頃のこいつはもう一つの特技――剣の方に専念してるせいで、(盗賊)ギルドの方には必要最低限しか顔を出さなくなっちまって、そっちで顔を合わせることは滅多になくなったんだが。
……昔に比べてギルドにいる時間の方が多くなった俺とは正反対だ。
「出掛けるんだって?」
顔だけはこっちを向いたが返事はない。手元の作業に熱中していたせいで俺の言葉を聞き逃してたことが表情で分かる。ったく。俺は質問を変えた。
「さっきから熱心になにしてんだ?」
「ふ、一流の冒険者は準備に労を惜しまぬものよ」
「だから……、何をしてんだよ」
ロビンの手元にあるのはランタン……”たぶん”ランタンだろう。なんで”たぶん”かと言えば、それがばらばらに分解されて散らばってるからだ。
「掃除か?」
「そうそう、さっき火を点けようとしたんだけど、全然点かなくて」
「何年放っといた?」
「何ヶ月、だ!」
どっちにしろ放っといたのは同じなんだろうが。それにしても、こんな物をわざわざ引っ張り出してきてるってことは、出掛けるって話は本当みたいだな。そしておそらく、行き先も……。
「遺跡に潜るらしいな」
「そう、”堕ちた都市”に行くことになったんだ。シタールとラスに、どうしても俺じゃないとダメだって誘われてね」
名前を出された二人が耳にしたら、即座に「他にいなかっただけだ!」と訂正を加えるとこだろう……。
「そんなわけあるか!」
「俺に怒鳴るな!」
その二人の代弁をしただけなのに。ったく、人の親切をなんだと思ってるんだか。
でも、まあ、あの二人がこいつの腕を当てにしたのは本当だろう。口じゃ認めねえだろうけど。あの二人はひねくれてやがるから。
「ま、生きて帰ってきたら酒でも奢ってくれ」
「おまえね。こっちは命を落とすかもしれないんだぞ。祝杯を用意して待ってるから帰ってこいくらい言えよ」
「なに言ってやがるよ。帰ってくるときは遺跡の底からお宝持って帰るんだろ? 俺の酒代くらい出してくれたって罰は当たらねえぞ」
「命がけだっての! そんなに酒代が欲しけりゃ自分で行け!」
「遠慮だ。遺跡に潜ったって10回に10回ともお宝にありつけるわけじゃねえんだろ? 俺は博打は好きじゃねえんだよ」
「あのね……、それが分かってるならたかるなよ、おまえ」
ロビンの言い分はもっともだ、と俺も思う。当然だ。俺の言った事は”ただの言い訳”なんだから、筋なんか通ってるはずがない。そして、ロビンの手が俺の肩を叩いた。
「でも、おまえって運が悪いからさ……。おまえが遺跡に潜ったら罠やら怪物やらばっかり多くてお宝はなし、なんてことがザラにありそうだし、好きじゃないって気持ちも分からんでもないぞ」
……ちょっと待て、なんでこいつに、こんな同情されなきゃならないんだ!?
「うるせえ、てめえ! 誰の運が悪いだって!?」
「それにしても……」
お互い落ち着いて一段落したところで、ロビンが口を開く。
「おまえは遺跡とかに興味なさそうだとは思ってたが、それがそんなつまらん理由からだったのか」
「なにがつまんねえだよ。現実的な理由だろうが」
だから”言い訳”に使ってるんだ。それに対して、ロビンは大げさに肩を竦めた。
「現実的なのがつまらん」
そして俺の方を向き直る。右手のひらがテーブルを叩いた。どん。
「いいか、リック。俺たちは冒険者だぞ! 遺跡に潜って財宝を掘り当てて一獲千金! それを夢見んでどうする!」
うるせえな……分かってるよ……そんなことなんか!
「だから、遺跡には罠やら怪物やらがわらわらしてんだろ? そこで命落としたらそれで終わりじゃねえか。そりゃ、その先に必ず財宝があるなら命賭ける価値もかもしれねえけど、そこだって必ずじゃねえだろ」
「おまえね、なんでそう、人のヤル気削ぐことばかり言うの?」
しまった……。
「ふん……現実を言ってやっただけだ」
よく言うよ。さっきの言葉は、本当はロビンに向けたもんじゃねえくせに。
「とにかく、そんな命掛けの博打なんか打たなくたって、安くていいならもっと安全に、確実に稼ぐ手段はいくらでもあるんだよ」
「だーかーら、それがつまんないっての」
頼む、もういいだろ……。
「さっきから言ってるだろう……」
「分かった。おまえは確実ならいいんだな? それなら今度行く遺跡は確実だ。なにしろ、あのシタールやラスたちが徹底的に下調べしてんだ。特にラス……あいつは女関係で金なんかいくらあっても足りないっていう最低な男だから、これでハズレのはずがないだろう。それにシタールだって、もしハズレだったりしたらライカさんに……」
……いったい何を言い出すかと思えば、こいつお得意の軽口じゃねえか。そんなもんが現実的って根拠になるとでも思ってるのか?
「あのな……」
「いいか、リック!」
口を挟もうとした途端、突然に軽口は止み、代わりに鋭い声が俺を叩きつけた。ロビンは、言葉を失い呆然とする俺を、真っ直ぐに見据えていた。
「おまえの言ったことなんか覚悟の上に決まってる。そうでなきゃ冒険者なんてやってられるか!」
「結局、俺は羨ましいだけだよ、あんたらが」
ああ言い切られたからには、もう言い訳もできない。俺は素直に白状するしかなかった。
「羨ましいから他人の邪魔をする、か……。うわっ! 嫌なやつだな、おまえ!」
「悪かったって言ってるだろ」
邪魔したかったわけじゃない。他人にケチを付けたかったわけでもない。ただ、誰かにそういう話を聞かされるたびに、自分も奮い立たされそうになっちまう……。あれは、そんな自分の未練に向けた言葉だった。
「あんたが剣にかけた時間だけ、俺もギルドにいたんだよ。おかげでちょっとだけ認められて……」
ちょっとだけ動き難くなっていた。街を離れ難くなっていた。
「よく言うぜ、まだ下っ端のくせに。おまえがいなくたって、ギルドには代わりのやつくらいいくらでもいるだろ。おまえ一人がサボったって何も変わらないさ」
だから行きたいなら行けばいい、と言ってくれてるつもりらしい。
「ああ、今の俺には代わりがいるよ。だから尚さらなんじゃねえか」
このまま3年、5年……いや、もっとかかるかもしれないが、その頃になればきっと俺の代わりはいなくなる。このままギルドに居続ければ、だ。
「だから俺は遺跡になんか行ってられねえ。……それであんたらが少し羨ましくなったってしょうがねえだろ」
元々は俺も一獲千金を夢見る冒険者だったんだからな。むしろ、その夢のために冒険者になったんだから……。
「だーかーら!」
何が気に入らなかったのか、俺の理由を聞いてあいつが最初に吐いた言葉がそれだ。
「なんだよ、今度は!」
「ぐだぐだ言ってねえで、パダだろうがレックスだろうが、行きたいんなら行けっての!」
「てめえ……、俺の話を何も聞いてなかったのか? 俺にはギルドでの立場ってもんができちまった。もう夢を見る時間は終わったんだよ」
「それがどうした! ギルドが無理矢理おまえに遺跡とか行くなって言ってるわけじゃないんだろ!」
「…………!」
一瞬だけ、返す言葉を失った。ロビンの言ったことはただ、今、俺のいるこの状況の揚げ足を取っただけだ……だけど、それは決して間違えじゃない。俺が冒険できない理由にギルドの存在は確かにある。だけど、そいつは決して俺が冒険するのを禁じてるわけじゃない。
「だけど、いつまでも夢なんか……」
「あー、もう、いつまでもおまえみたいな言い訳野郎の相手なんかしてられねえ!」
言い返すあてもないままに搾り出した言葉は、あいつの耳には届かなかったらしい。いつの間にか組み上がったランタンを手に、ロビンは席を立っていた。
だが、もし届いてたとしても、あいつを動かすことは出来なかっただろう。ギルドの立場? 夢を見る時間は終わった? 俺が冒険できない本当の理由だと思ってたこいつらも、あいつに言わせれば全部言い訳だ。そして実際にその通りだった。行きたいなら行けばいい。ただそれだけの話なのだから。
「スカイアーさんとの約束があるんだ。俺は行くぞ」
二階の部屋に引き上げていくロビンの背中を、俺はテーブルに残ったまま、見送ることもできずにいた。立ち上がる気力もなかった。
「おい、リック!」
顔を上げると、片足を階段にかけたところでロビンが振り返っている。
「俺たちは冒険者だ。一獲千金を夢見る、それが冒険者だ。いいか、リック!」
ああ、分かってる……。
「おまえが夢を終わらせるのは勝手だから、俺は何も言わん。だけどそれはギルドなんかのせいじゃない。いいか、リック!」
分かってる……それももう、分かってるさ!
「ギルドだけじゃない。夢は遺跡の罠にも怪物にも、何にだって絶対に終わらされたりはしない。いいか、リック! 夢が終わるのは……!」
拳を作った左腕が、俺に向かって見せつけるように持ち上げられる。
悔しいが、ロビンのその言葉が、後々までずっと頭に焼き付いちまうことになる。気付かないままギルドのせいにしていた。だけど、そのギルドを選ぼうとしてたのは俺自身じゃねえか。俺は都合のいい言い訳を見つけたせいで、自分で自分の夢を終わらせようとしていた。
そうさ、夢は決して何かに終わらせられたりはしない。夢が終わる時、それは……
「拳を下げた時だけだ!」
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