ひとくちの水 飲むたびに -Act 6- ( 2003/02/02 )
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作者
入潮丸
登場キャラクター
リヴァース



■■■ Act6 - Project Implementation - ■■■

翌日。
ロピュタの意識は回復しない。危篤な状態が続いていた。頭の内側の出血が多いということだ。

様子を見させてもらいたいと願うのだが、親が会わせてくれない。
バラミにも、今は、自分が行くべきではないと諭される。親の心情を計り知れ、というのだ。
無力感がつのった。

崩壊し瓦礫となった様をさらす井戸の傍。空虚な様を眺める。
正直、もう井戸など見るのも嫌だった。

ロピュタの事故の衝撃に、窒息死しかけた時の苦しさが、重なり合う。もはや井戸は鬼門のように感じられた。
岩の析出のために封じられた水は、出されるべきではないという、自然からのメッセージなのではないか。神が、ここより水をだすことはあたわぬ、と定めたのではないか。
一体、自分が読み取っていたことは何だったのだ。自然の本意すら、わからなかったのか。何が精霊遣いだ。

自分が、決して傷つかぬ大きな金属の壁に、穴を開けようともがく小さな蟻のように思えた。

座りこんでいると、いつのまにか、バラミが背後に立っていた。

「言いたかないけどね。こういったことに、事故は付き物さ」

「わかっている。わかっている……。けれど、地上側の崩壊が予想できなかったのは、わたしの責任だ。…精霊遣い失格だ」
 バラミの意図するところは伝わったが、感情が抑えられなかった。自責の念が身体に巻き付いて離してくれない。

「適度な後悔は必要だけれどね。生き過ぎた自責は、いやらしいよ。先に大きく自分を責めることにより、他人にいくら責められてもいいように自分を守る。あるいは、他人が責めるだろうより余分に自分を責めて、他人にそうじゃない、といってもらう慰めを欲しているだけだからね。
…それじゃ何も産みはしない。自己防衛に逃げることにより、問題の本質から目をそらしちまっているだけさ。
そうすると、無くさなくてもすむ大事なものまで、さらに、手放しちまうことになるよ」

何も反論はできなかった。バラミは、時折、真実を突き刺すようなこと言う。

「…婆さんにもそういうことが?」

話の焦点をそらすには、相手の立場に矛先を向けるのが一番だ、という追及逃れではあったが、世の中を煮込んで抽出したような視点を持つバラミの背景は、少なくとも只ならぬものであると感じられた。
バラミは一つ、溜息をついて、話をはじめた。

「あんたは一人怪我させたけどね。…あたしゃ七人、殺したことがある」
そういって、バラミの笑いが歪んだ。冗談にしようとしてしきれなかった、という表情だった。

彼女は、魔術を、鉱石を採るために鉱山に応用する研究を行っていた。
地に埋もれている鉱石が資源として利用できるようになるまでには、探査し、採掘し、分類し、精製する過程を経ねばならない。どれか一つでも、効率的な方法が見つかれば、膨大な利益になる。

彼女は特に、破壊の魔法で鉱床を崩す方法についての研究を行なっていた。
それは、ダゴンで働いていた彼女の幼馴染が、粉塵で肺をやられて死亡したのがきっかけだった。日の当たらぬ、空気の悪い、砂埃だらけの苛酷な条件の中、渾身の力で地を掘り続け、重い鉱石をもってひたすら地下を上り下りする鉱山労働者の境遇を、少しでも変えたい、という思いがあった。

火球の魔術を習得して間もない頃、銀鉱山で、魔法による鉱脈の破砕実験を行なった。計画の承認には2年がかかった。営利目的ではなく、岩石と魔法の相互作用を調べるという、純粋な学術研究である名目が必要だった。

その鉱山には、山中に局所的に非常に脆い個所が、点在していた。彼女はそれに気がつかなかった。表面の岩肌だけを見て、岩の硬さを推し量っていた。

いざ、破壊の魔術を行使したとき、振動により予期せぬ場所にまで亀裂が生じ、大規模な落盤事故が発生した。離れた別の場所に崩落が生じ、作業を行っていた5名の死者が出た。大事故となった。それを助けに行った一人が、続発した落盤に埋まり、後を追った。それが、彼女の夫だった。夫は、もと鉱山労働者で、叩き上げの、鉱石を扱う商人であった。アザーンの豪商に生まれ、資産目当ての貧乏貴族と結婚するのを嫌い出奔した彼女と結ばれた、恋夫婦だった。自分の研究の成果を誰よりも楽しみにしているのは、夫だった。

彼女は、自分の無謀さを苛んだ。地表から表面的に見える地盤の強さを当てこまず、魔法を行使する際、鉱山からは完全に、人を退避させておくべきだったのだ。

死者は後からもう一人増えた。
自らを呵責しすぎた心労で、胎の子が流れたのだった。最初の子だった。

それらは、研究と子育てをどう両立しようか、楽しみと共に計画を立てていた矢先の出来事だった。

そうか、それで…と思った。
ロピュタに命の精霊の魔法をかけようとしたときの逡巡を、心を洞察したように、的確についてきたのは、彼女が自身の経験と重ねたからだったのだろう。
「そんなナリしてるから、何かあるとは思ってたけどね。腹触ってただろ。だいたいピンときたよ」
表情から読みとったのか、老婆は言った。
『無くさないですむ大事なものまで、さらに手放すことになる』 そう言わせた彼女の悲痛を、思い知らされた。

バラミに話を続けてもらう。

以来、鉱山関係者達に、魔法は死と破壊に繋がるものとして、忌避された。鉱山に破壊の魔法を応用することは、禁制とされた。
火球を破壊に用いた悪しき事例として、彼女の事件は語り継がれることになった。彼女の名は、利益を目論み破壊の魔法を用い、無謀に山はね事故を起こした愚か者として、魔術師たちの記憶の中に刻み込まれた。

彼女は責任をとる形で、それまで在籍していたオランの賢者の学院を辞し、失意のまま、故郷のベノールに戻ってきた。そして、夫のあとを継ぎ、鉱石の採掘や選鉱、流通を取り扱う商会をとりしきるようになった。それは、夫の両親からのたっての願いだった。

当初は断ったものの、彼女の鉱物や採掘に関する知識は、夫の実家にとって得がたいものだった。
彼女にしかない経験と知恵で、鉱山採掘の分野を発展させること。そして、商会の収益を、鉱夫たちの安全の改善に還元させること。それが夫と、産まれなかった子への償いではないか。その夫の母親の言葉が、彼女の意思を固めさせた。

忙しい生活は、彼女の事件の傷跡を癒した。少なからずの利益も生まれるようになった。
その中で彼女は、再び、独自に研究を再開した。

魔術師達の間では、禁忌のものとして敬遠されている火球の魔法。自分はそれに拍車をかけて、破壊の魔術の地位を落とした。しかし、破壊を制御することができれば、正しく有益な方向に使えるのではないかと考えた。魔法の破壊力により、採掘の効率は激変させることができ、鉱山夫の負担は軽くなることは確かなのだ。

過ちを過ちのままで終わらせたら、それは、自分自身に対しての敗北ではないか。
力それ自体に善悪はない。正しさと誤りがあるとしたら、それは、それを用いる者の意思と、使い方にある。
魔法を、忌まわしいものとして、終わらせたくはなかった。挽回の機会を得たかった。
魔法に罪はないのだ。魔法の素晴らしさを理解しているのは、なにより自分なのだ…と。

魔術師が忌まれる今の時代に、魔術をものごとの生産に用いることは、到底不可能であることだった。魔術師の数は少ないし、住民からの同意も得られず、とても一般的な方法にはなり得ない。
しかし、後の時代には、魔術が広く世に認められ、学ぶ者が増え、民に近しいものになる日がくるかもしれない。オランの学院はそのための活動を広めている。何百年先になるかはわからないが、来る将来のための磐石を作っておきたいと考えた。

彼女にも若い、未熟なころがあったというのは、不思議に容易に想像がついた。
彼女には、完璧を振舞いたい人間にはない、生々しさがある。
失敗を繰り返して過失を思い知らされ、忌避せず問題に正面から臨んでいったからこその、現在なのだろう。

「あのときの実験の時に、岩の硬さ、脆さをちゃんと読んでくれるアンタみたいなのがいたら、今ごろアタシは、オランの学院の塔の、天辺から2番目か3番目の階で、若い子をはべらせてただろうねぇ。ちゃんと家庭が持って、家では娘息子夫婦が待ってて、さ」
 
 と、後悔と豪語を混ぜたことを、しみじみという。
 一つの失敗が、彼女から、地位と、家族を奪ったのだ。だからこその、今のバラミがある。その事件がなければ、彼女はどうなっているだろうか。少なくとも、今この場にはいなかっただろうし、今のバラミの知識もなかっただろう。失敗と喪失は、成長のための踏み台であるといえる。

「こういう言い方をすると、目くじら立てる奴は必ずいるけれども、何かを変えようとしたら、犠牲はつきものだ、っていうのは事実だね。それで、開発に携わる者は、こういう思いをいちいちしなければならないのさ。

『十万枚のガメルは、人一人を連れていく』…って聞いたことあるかい?」

 頷いた。
 城、堰、街道、灌漑、都市。大きな所業をなす時、その建築費用のガメル十万枚につき、一人の割合で犠牲が生じる、ということである。好き好んで犠牲を作るわけではなく、多くの者のための生活を変えるための事業には、それだけの事故がつきものということだ。危険な作業で不幸にして潰えた者たちの犠牲の上に、生活は成り立っている。そして、危険があればあるほど、それを乗り越えた上で得られる便益も大きい。

 人の犠牲の上に、便利さがある。 
 いわば自らの生活は、それが便利で豊かであるほど、故人の不幸を生贄にして成り立っているのだ。だからといって犠牲を否定することは、発展を否定することになる。それは、この世界で常に発展せねばならない人間の、原罪であるといえた。

「…哀しいな、人間は」
 
 なんとも、やりきれない思いになった。

「そうさね。それで、世の中には、3種類の人間がいる。世界を変える人間。世界の変化をただ受け止める人間。世界の変化にも気がつかない人間。最後の連中は楽でいいけどね。…最初の連中は、どうしても、つらい思いを経るものさ。…あんたは、どの人間になるつもりだい?…今が、岐路だと思いな」

 こくりと唾を飲み、頷いた。バラミ自身は、彼女の定義からすれば、紛れもなく最初の人間だ。
 自分は、二番目の、世界の傍観者でいいと思っていた。それ以外のことができる器ではないと感じていた。しかし。自分が見つけた役割。精霊遣いとして、半妖精として、この世界に存在することへの意義を求めるならば。人間と妖精、物質と精霊。健やかな発展のために二つの仲立ちをする存在たらんとすれば…答えは一つだった。

 自分の表情を見て、バラミは、にやりと笑い、どしんと、背中を叩いてきた。

「…さ、だったら、とっとと立つんだよ。だいたい、あんたがそんなに落ち込んでたら、アタシはどうなるのさ。あんた一人が、全世界を背負っているような顔なんてするもんじゃないよ」

そうだ。実際に破壊の魔法を唱えたのはバラミである。自分の魔法が直接人の死の原因になってしまった経験のあるバラミにとって、今回のことは、過去のことに勝るとも劣らない、苦しくやりきれないことだったに違いない。彼女自身も、地中に捕らわれていて、井戸の上面まで配慮が及んでなかったことに対し、あるいは自分に読み取りを任せてしまったことに、失敗を繰り返してしまった自責に苛まれなかったはずはない。けれど、そのようなことはおくびにも出さない。

良心の呵責に従って、自分が落ち込むのは簡単だ。それ自体は正常な感情である。落ち込みというのは、一種の幸福感かもしれない。それに浸るのはたやすいものである。けれど、他人が先に沈んでしまったら、自分は落ち込めない。他人は引き上げ励まさなければならないという使命感を背負ってしまうものである。そして、自分が落ち込めなかった分、正常な感情が発露できずに、ためこんでしまうことになる。それは、心の歪となり、ひずみを増大させていくことだ。…であるのに。

「合格とか失格とか、ナマ言ってんじゃないよ。結果があるかどうかだろ。失格ってなぁ、責務を放棄してあきらめた、楽したがりの人間のことを言うんだ。アンタ以外に、岩を読む人間がどこに居るんだい。この失敗一つで、自分の力を全て否定して、責任放棄してしまう気かい? メソメソしてる暇があったら、次に失敗しない方法を、ちゃっきり考えるんだね」

 バラミは、こういって、焚き付けてくれる。
 この婆さん、本当にかなわないな、と思う。
 これ以上うだうだとしていたら、もう、バラミにもロピュタにも、顔向けできない。

「さぁ、実験は終わりさね。本番と行くかい?」
 そうだ。井戸はまだ数本ある。それでもだめなら、また、掘ればいい。

「あぁ、今度こそ、息苦しそうな地下の水に、新鮮な空気を通してやろう」
 そういって、立ちあがる。
 
 砂を運ぶ強風は凪ぎ、そよ風となって、島を撫でていた。
 
■■■

「まず、破壊の力の及ぶ部分と、そうでない部分に分けるための工作が必要かな」
 場所をうつし、次の対象となる井戸を覗きこみながら、考える。

「傷つきたくたくなかったら、鎧を着ればいいだろ」
バラミがウィンクをする。

「そうだな。井戸が崩れないように、壁を固めるか…いや、補強をするのはどうだ。金属の骨組か何かで」

「金属は破壊力の伝播を大分止めることができるからね。手間だけど、やってみるかい。…刃物でも鍋でもなんでもいい。板でも棒でも、金属をあるだけ持ってきな」
 そうバラミから、村中に指示が飛んだ。

まず、この島で現在利用できる金属のリストを作る。
そして、井戸の底から、地上まで、地層の状態を、層ごとに分けて図を描き、それぞれに、粒の状態や礫の大きさ、脆い、粘い、硬い、などの特徴を記していく。
こうして作成した地層の図をもとに、各層でどのぐらいの補強が必要なのかを考える。
この島に金属製品は少ない。鍋や釜、刃物など、限られている。それを、炉で変形させねばならない。それぞれの曲げ方や大きさをを考えて、できるだけ効率の良いかたちで、配置を決める。井戸壁への設置方法も考慮せねばならない。

思わぬ活躍をしてくれたのが、スー親父だった。
彼は、本島の鍛冶屋の三男坊だった。後を継ぐことなく結婚して、新天地を求めてこの島にやってきて宿を開いたのだった。彼は、金属の加工に対する基本的な知識を持っていた。

金属を加工するのは大変である。炉が必要だが、島には鍛冶用の炉はない。ただ、鉱石から製錬するほどに大掛かりなものは必要ではない。鉄板を叩き伸ばし、曲げることができれば充分だ。そこでスー親父が、焼けた宿の台所を改修してくれた。煉瓦を積み、モルタルで固め、木炭の搬入口と空気の吹き入れ口を作って、2日掛かりで炉を作成する。
宿が暇だからそのうち金属器具の補修の仕事もやろうと思っていたところだから、ちょうど良い、と笑った。この島だとたいして需要もないだろうに、と思うのに。頭が下がる。

「鉄自体は、硬いより、軟らかいほうがほうがいいだろ? 硬いと脆くなって、力を岩まで伝えちまう。軟らかい鉄だと、力を吸収するからな。焼き入れしてから、焼きなますんだ。なましというのは、空気や水で冷やさず、炉の中でゆっくりと冷やすことだ。そうすれば、延びの大きい軟らかい鉄ができる。破壊の力を受けても曲がるだけだ。破れたりはしにくくなる」

鉄は、熱の与え方によって、全く性質が異なってくる、ということが面白い。さらに、冷やし方によって、金属の曲がり方に差がでてくる。鉄は冷えると膨張するのだ。だから、伸ばす部分を先に冷やせばよい。

そんな薀蓄を披露しながら、スー親父は、嬉々として作業の先頭に立ってくれた。

 彼らが、鉄を切り、加工してくれている間に、岩の破壊力の伝播のしかたを、細部まで調べた。
 何度も何度も、岩場からとってきた、井戸壁周辺に相当する岩を、ハンマーで砕いては、考え込む。いつしか、無数の岩片が、周りに散らばる。

「岩が方向を持っている気がするんだ。なんというか…布でも、織り方によって、縦と横で、引き裂きやすい方向とそうでないのとがあるように、亀裂の入りやすい方向、力の伝わりやすい方向がある。ここの水を含んでいる砂岩は、真横の層の広がっている方向ではなく、斜め上の方向に向かっている。だから、どうしても上の地層まで力が伝わってしまうんだと思う」
そう、バラミに相談する。

「よくわかったじゃないか。層向といってね。岩を構成するマナの繋がり方によって、組織に方向が生まれるんだ。雲母などは極端で、横にぺりぺりと剥がれるだろ。あれはマナが横方向に繋がっているから、その通りに力が伝わるのさ」

なるほど、と頷く。ものの様相を理解するには、まず、極微の視点で物質の成り立ちを理解することが必要なのだ。

「それじゃ、どうしたら破壊の力の伝わりかたが制御できると思うね?」
 
 そう言われて、とっさに具体的な考えが浮かばず、考え込む。
 バラミは、付近に散らばっている中でも大きな、手に抱えられるぐらいの岩を差した。

「その中心に適当な溝を彫って、その片側だけを、金槌で砕いてみな。溝はそんなに深くなくてもいい」

言われたようにすると、砕けて破片となったのは叩いた側のみで、溝より向こう側は、亀裂一つ走らなかった。

「なるほど。破壊の力が溝から逃げた…いや、伝わり先を失った力が、跳ねかえったのか。…井戸の、水を含む層のすぐ上に溝を掘れば、力を水の層だけに集中させられる」

「そういうこと。鉱山ではよくやる手だよ。経験上で鉱夫が知ってたことだけどね。ここの岩がどんな構造になっていて、どの向きにどう力が伝える性質か。それによって溝の入れ方、角度や大きさが違ってくる。どう入れればいいか、アンタなら読めるはずだ。指示してやんな」 

また、難しいことを言ってくれる。それには、地の精霊の力の流れを、微小な様相まで読み取らなければならない。

ふと、精霊力の感知は、抽象画を見ているようだと思った。前知識が無ければ、それは意味の無い図形の羅列であり、なんとなくな感覚を受取ることしかできないが、作者の経歴や性格、込めたいテーマなどを前もって知っておくと、どの模様や色が何を意味するのかが深く読み取れるようになってくる。
細かく読むためには、地の経歴、つまり地の成因を考えることが必要だ。
なかなか、力は物事を便利にしてくれない。経験と知識が伴って初めて、力は力たり得る。
このように、地の力の伝わり方を原理からわかって初めて、精霊力の感知という力が、非常に奥深く頼もしいものに思えた。

「壊すより、壊さないことが、難しいな…」
つぶやくようにというと、バラミは意を得たりとばかりに、にやりと笑った。

「壊す事を学ぶってぇことは、いかに壊さない部分を作るか、破壊を制御することを学ぶ、ってことなんだ。この年になって、ようやくちったぁ、モノを壊す、ってことがわかってきた気がするよ」

物を理解するということは、わからないことを見つける過程だと思う。わかればわかるほど、わからないことがでてくるのだ。問題や疑問を、発見するのである。そして、一つのものを深く掘りつめて初めて、自分がいかに物知らずだったかということに気がつく。
それらの思いは、魔術師ならば誰もが感じる事だろう。
それゆえにいっそう、「ようやくわかりかけてきた」という言葉に秘められた重みを感じた。

 バラミは、魔術に関する限り、自分の唱える魔法の為す作用はすべて、なぜそうなるかという事を理解している。少なくとも説明はしている。自分のように、よくわからないままに精霊を遣って結果まかせ、穴を掘ってなぜ埋まらずにすんだか分からなかった、などといういいかげんな事は決してない。まだまだだな、と思う。

「まぁ、わかったところで、これから持っていくところは、棺桶の中しかないけどねぇ」 
うひゃひゃと、裏返った声で、老婆は笑った。

―――(さらに続)



  


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