もう一つの仕事 ( 2003/02/02 )
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作者
今は匿名
登場キャラクター
バウマー、ユーニス、ワルロス



 カゾフ往還道中記のNo.21-6と連動しているものですので、そちらもご一読してみてください。

 面倒な仕事には厄介なことがつきまとう。 護衛の仕事を引き受けたバウマー、ユーニス、ワルロスの三人は、海上にいた。

「ほれマユ、しっかり漕がんか、右に寄っとるぞ」
 四人乗りの小型船の先頭でに座したバウマーが船の行き先を修正させるべく野次を飛ばす。言われたマユ、つまり変装したワルロスは、「はいはい」と投げやりな返事をしてオールに力を加えた。

 事の発端は、港に出る船乗り向けの屋台を探しているときであった。泣きながら駆けてくる男の子と出会い、ユーニスがその訳を尋ねてしまったことからはじまる。
 港の裏手にある洞穴に兄たちが入ったまま、出てこないと言うのだ。バウマーは「面倒だ」と言って衛視でも船乗りにでも頼めと突き放そうとするが、その洞穴、満潮になると塞がってしまうと言う。まだ潮は満ちていないが、悠長なことはしていられない事態であった。
 ユーニスの無言の圧力に屈したバウマーは、面倒ぐさげに「とっとと済ますぞ」とそっぽを向いて答えてしまったため、こうして船上の人となったのだ。
 人命のみならず、巧く助け出せれば謝礼ももらえるかもしれないと、ワルロスの一言で、バウマーの機嫌もいくらかよくなった。

 洞穴は港の隣の山手の海岸にあった。普段は岩が突き出ており一目では見えないようになっていたのだが、その陰にしていた岩が浸食されて崩れたため、少年たちの目に留まることとなった。
 まだ幼い弟は留守番を言いつけられるが、せめてもと洞穴の上部の崖まで来て、兄たちが戻ってくるのを待っていたのだ。
 潮の満ち引きのことを知っていたため、出てこない兄たちを思って港に駆け出したところ、バウマーたちに出会ったのである。

 潮の動きは今はなく、もうしばらくすれば満ちてくると、船を借りた男の話である。聞けば、洞穴のことは知らず、あの辺りでは漁はしてはいけないという領主の命があり近づいていないと聞いた。

「狭いぞ」
 冬の波としては穏やかであったため、にわかセイラーのユーニスとワルロスの操船でも無事辿りつけた。子供でも来られるほどの距離、大したものではない。
 洞穴は船の上で立ち上がるほどの高さはなく、海面下を見ればそれほど深くはないようであった。万が一転覆しても、ここであるなら背は届くかと思われた。横幅はオールを伸ばさずとも届いてしまうほどの距離であり、漕ぐには注意が必要であった。
「人口のもんだな」
 洞穴の壁の凹み具合を見て、バウマーが呟く。短く古代語を唱えると、杖の先に明かりが灯る。ユーニスに「光霊を呼べ」と命令したが、返事が無く、すまなそうにうつむいているのを見て仕方なく唱えたのであった。

「ちゃんと覚えているだろうな」
「えっ、バウマーさんがチェックしてくれていると思ってました」
 ユーニスが驚きの声を挙げるが、それをうち消すかのようにワルロスが「やってるよ」と答え、胸をなで下ろす。
 洞穴は入り組んでいたのだ。分岐がある毎にワルロスは印し壁につけ、帰り道を判るようにしていた。一見、奇怪な形に見えるが彼なりの暗号である。シーフの技を持つ者は、自分だけに判る記号というもを作りだしている。他の者に解読されないために。

 二度の行き止まりを経て、小舟が二艘あるのが闇の先に見えてきた。そのさらに奥に明かりが灯っているのも判る。
「戦う準備をしておけ」
 バウマーが後ろの二人に呟く。辺りには 不快な臭いが漂っていた。潮の臭いと混ざり、より醜悪な臭いとなって鼻腔を感覚を麻痺させる。バウマーが後ろに下がり、ユーニスが先頭、ワルロスが次番手になる。

 三人を出迎えたのは腐乱死体、ゾンビであった。
 狭い洞穴は、船着き場のようなところに出ると広くなっており、ゾンビは上陸させないよう船上の三人を攻撃してきた。
 揺れ動く船の上では思うように戦えず、ユーニスとワルロスは防ぐだけで手一杯であった。バウマーもまた、揺れる足場では満足に呪文詠唱にかかることができずにいた。
 なんとか体制を整える必要があると判断したワルロスが船着き場を蹴り岸から離す。

 ゾンビの後ろには篝火をつけて立っている男がおり、冷静にこちらの動きを見ていた。その足下には二人の子供が転がっている。
 それを見たバウマーは二人に援護魔法をかけ、パペットゴーレム、すなわちオークを数体作り出した。ゾンビの足下で樫の木が膨れあがり、種悪な人型のモンスターと化す。
 ゾンビたちはオークに阻まれ、ユーニス、ワルロスの上陸を許してしまう。
 足場が整えば、ゾンビのような緩慢な動きでしか攻撃してこない敵など、恐れるに値しない。オークの助けもあって、ゾンビの数は一体、また一体と動きを止められていった。またオークも無傷で済むはずもなく、無茶な位置で生み出したこともあり、二人が存分に力を発揮するようになる頃には、破壊されて元の木片に戻っていった。

「小賢しい、生に執着するなど愚かなことを」
 形成が不利に転じたのを知ると、男は足下に転がる子供に目をやり、腰から短剣を抜いた。それに気づいたユーニスが叫ぶ。
「バウマーっ!」
 それに応えるようにバウマーは呪文を唱えた。
 男の周りに雲が広がり覆っていく。気合いを込めた術は見事効果を現し、男は膝をついて倒れた。
 その間に二人はゾンビを蹴散らし、男を拘束するべく近づこうとしたが、それに飛んでくる陰があった。インプである。
 ゾンビを作り出す程の邪教徒であるならば、使い魔を従えていても不思議ではない。そのことを失念していたバウマーは、それに対応するのが遅れた。

 立ち上がった男は、目の前に来たユーニスとワルロスを見て、不敵に笑う。ユーニスは渾身の力を込めて剣を振るうが気合いが入りすぎてか、避けられてしまう。ワルロスもまた、足下の子供を気にして、巧く踏み込めないでいた。
 不意にユーニスとワルロスの視界が暗転する。邪神の力である。
「目が見えんっ」
 ワルロスは邪教徒の力に恐怖した。
 視界を閉ざされた二人に、剣を振るうことなどできない。味方を傷つけてしまう恐れもあったが、気が動転しているため、冷静な判断が下せない。
「邪魔だ」
 男は再び形成をひっくり返したことで上機嫌になっていた。二人を足蹴にして、道を開く。その先には扉があった。古く、潮で痛んでいたが重厚な作りである。
 子供を一人抱え上げると、扉へと歩む。

「待ちなさいっ!」
 男はゆっくり振り返る。視界を奪ったはずの女戦士と盗賊風情の男が立ち上がり、武器を構えている。視力が回復しているのは明らかであった。男は魔術師の方を睨み付ける。
「ふん、貴様の崇める邪神の力などその程度さ」
 ディスペルの呪文は、暗黒魔法にも効果を及ぼす。状況をワルロスの言葉で掴んだ彼は、咄嗟に呪文解除を試みたのである。
 バウマーはさも当たり前のような口調で伝え、さらに降伏勧告を突きつけた。
「貴様はもう終いだ。この天才魔術師の前からは逃げられん。大人しく地面に頭を擦りつけて降伏するがいいっ!」
 その台詞で降伏する者がいるかっと、ワルロスは内心突っ込んだ。
 男は激昂しつつも、暗黒語を唱え、最後の抵抗を試みた。

 ユーニスは右腕、ワルロスは左肩が切れ、鮮血が飛び散る。
「死は唯一の救いであるっ! 心を楽にしろ、神の奇跡を受け入れるのだっ!」
 再び暗黒語を唱えようとした矢先、男の真後ろでバウマーの声がした。
「貴様の相手はこの俺様だっ!」
 男は耳を疑った。魔術師は船着き場の辺りにいたはずで、後ろになど回れるはずがないと。
 男は振り返った。

 その隙を逃さず、ワルロスは切れた肩の痛みに耐えつつ男の腕から子供を奪い取った。ユーニスは、全霊で篝火にいるサラマンダーに呼びかけ火線を飛ばした。右手の痛みでは、満足に突き刺せないと判断してのことである。

 男の背後にバウマーはおらず、がら空きとなった背後から火線の直撃を受け、もんどり打って倒れた。尚も立ち上がろうとする男に、ユーニスは続けざまに火線を打った。まだ初歩のレベルである彼女の技術では、男に決定的な留めの一撃を食らわすのは難しいことであった。
 火傷を負ったはずの傷が見る見る癒えていく。そして火線を飛ばしたユーニスを睨み付けると暗黒語を唱える。
 しかし、何も起こらない。ユーニスは暗黒魔法に耐えたのである。
「貴様は負けだと言っておろう。邪教徒なりに自害でもしたらどうだ?」
 バウマーはユーニスの魔法耐性を魔術によって高めていた。高めたからといって、男の邪神の力は半端ではない。魔術の助けがあったが、それにも増してユーニス自身の精神の屈強さがあってこそである。

「苦痛ある生など無用なもの。生にしがみつく知れ者めが。神の慈悲が判らぬのかっ!」
 短剣を構えると、男はバウマーの元へ駆け出した。距離も離れていたこともあり、その行動は予測しがたいものであった。不意をつかれた二人は、完全に抜かれることになった。
 男の動きは素早く、ワルロスたちが追いかけるが間に合わない。短剣を脇に構え、突っ込んでくるのをバウマーは杖を構えて待ちかまえた。
 奇声ともかけ声とも言い難い声を張りあげて、男は突っ込んできた。それ前に立ちふさがる陰がむくりと起きあがった。
 オークである。
 一体、壊されることなくゾンビの死体に紛れさせていたのだ。バウマーの顔を見れば、魔術師が単独で攻め込まれる状況など作るかと言いたげであった。むろんオークは無傷ではない。どれほどの使い物になるかは判らないが、男の一撃を受けるくらいの真似はできそうであった。

 オークは主人を守るべく、両手を広げ短剣をその体に受けた。勢いを殺された男は、短剣を抜こうとしたが、それはかなわなかった。
 三度火線が走り男の背を焼くと、その傷を抉るようにワルロスの短剣が背中を突き刺した。
「人を殺める前に、自分が先に逝け」
 オークが最後の役目を果たし、木片へと戻るのを見届けから、バウマーは杖で男の頬を張り倒した。
 男の手はバウマーを掴めぬまま空を切り、うつぶせに倒れて二度と起きあがることはなかった。 その様を見たインプは、洞穴の外へ逃げていった。

 その後、二人の子供の生存を確認したあと、自分たちの傷の手当てをして港へと戻った。かなりの打撲のあとが見られたが、命に別状はない。
 この広場なら、潮が満ちたところで問題はないが、ここで夜を明かすことは避けたく、満ち始めた潮に押し戻されながらもなんとか無事、外に出られた。

 洞穴は、領主の脱出路であると推測できた。そのため、あの付近一帯を禁漁区に指定していたのだ。広場には、陸に揚げられた船もあり、重厚な扉がその証拠とも思えた。鍵は壊されており、向こうへと行けたのだが、「脱出経路を知った者」として見逃してもらえないと困る。とのワルロスの意見で扉には触れぬ事にした。
 バウマーも、偶然ではあるが、貴族の足下で邪教徒が何かしら悪巧みをしているのを防いだというのが癪に触ったらしく、この件についての報酬をせがもうとはしなかった。ただ、男が金を所持していたお陰で、それが彼らの報酬となった。それと男が貯め込んだガラクタの中から、使えそうなものを拝借する。

 ただでさえ、面倒な護衛の仕事の上に、ゾンビと邪教徒との戦いを強いられる仕事を言わば無報酬で片づけることになったバウマーは、散々愚痴った。それでも子供の意識が戻ると、その愚痴も止み、「俺様が救った」のだの「讃えよ、崇めよ」と自分をアピールすることに余念がない。当の子供たちも危険な目に遭っているだけに、彼のいう言葉は神の言葉のごとく頭に響いていたから質が悪い。バウマーを増長させていくだけであった。
 そんな彼を見ていると、「子供好きなのかしら?」と疑問に思えてくるユーニスである。

 港に戻ると、弟が連れてきた親が来ており、邪教徒とゾンビを伏せて事情を説明した。下手に洩らしては、このカゾフの領主の名誉を傷つけてしまうことを恐れてのことだ。つまらぬ発言で、変な言いがかりをつけられても面白くないため、嘘の話を作り上げ、子供にもそれを従わせた。もちろん、嘘で塗り固めた話であるため、親からの謝礼は一晩の飲み代程度でしかなかった。
 邪教徒とゾンビの死体の片づけは、後日、匿名で脱出経路を持つと思わしき屋敷に手紙を出せば済むと言うことで話はまとまった。そうすれば、あの洞穴も塞がれるなり、カモフラージュされるなり対処されるであろうと。

 そして、大幅に昼食の時間を費やして三人は荷のところへ戻ってきた。もちろん食事などしている暇はない。依頼主がちょうど戻ってきたため、一緒に仕事をしていた戦士や神官も食事に出かけることができず、かなり顰蹙を買ったが、三人の気持ちは晴れやかであった。

<おわり>



  


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