もう一つの仕事(番外編) ( 2003/02/04 )
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作者
琴美
登場キャラクター
バウマー、ワルロス、ユーニス



(注意)この作品は、”もう一つの仕事”をお読みになった後にお読みください。
また、関連する記録として、雑記帳の”カゾフ往還道中記”[#0021]とあわせてお読みいただきたく存じます。



「ローランドさん、この辺にお風呂ありません?」
 見張りの合間の休憩時間。ユーニスの突然の問いに、”ローランド”ことワルロスは目を瞠った。
 「はぁ? 何でまた……ああ、そうか。昼間”一仕事”したからな」
 ワルロスの表情に、ユーニスが頷く。 
 「なんとなくゾンビの匂いがする気がして。それに少し怪我をしましたから。」
 室内にはワルロスとバウマー、ユーニスの三人のみ。カウロンとグリフィスは商談へ、他の二人は
馬車の見張りをしている。
ちなみに、ワルロスの言う仕事とは、成り行きでゾンビ数体と闇司祭を倒したことを指している。
 
 「俺は遠慮しとく。万が一のこともあるからな」
 一区画離れた、港に間近い湯屋の場所を教えながら、ワルロスは告げる。
 ワルロスはこの街では正体を悟られないよう最大限の努力をしている。それが仲間との約束であり、
何より自分自身のためであったからだ。
 しかし、風呂というのは、変装を無駄にしてしまう。
たとえ水に溶けない方法で姿を変えていたとしても、ふとした動作や体躯の特徴が、
くつろいだ体から自然に表出するものなのだ。
 そしてもうひとつ、こちらの方が深刻かもしれないが、湯屋というのは多少なりとも
盗賊ギルドとのつながりがある。トラブルを避ける意味では仕方ない事なのだが。
 バウマーもユーニスも、彼の変装の腕前を評価してはいたが、やはり万全を期すべきではあった。
 答えを予想していたのか、軽く頷いたユーニスはもう一人の仲間、バウマーに視線を向ける。
 視線を感じたらしいバウマーは、魔道書に目を走らせながら、
 「どうしても俺様の背中を流したいというなら考えんでもない」
相変わらずの口調で答える。
 「男女別ですってば。」
 ユーニスの呆れたような声が、室内にこだました。


 「ふんふふーんふーん、るーるーぅ〜」
 湯気の立つ洗い場で、ユーニスは機嫌よく体を洗っていた。
 時間が中途半端な所為か、浴室内にはユーニスの他に2〜3人。浴室と浴槽を半ば独り占めしている
事に、どうやらいたくご満悦のようだった。調子はずれな鼻歌まじりに湯を浴びる。

 「ふんふーん、ふ……?」
 鼻歌が不意に止む。ごくさりげなく姿勢を立て替え、膝行に近い形で静かに壁の方ににじり寄る。
湯煙の向こうにみえるのは、換気用の天窓。営業中はどうやら開け放たれているらしい。
そしてそこにうっすらと見える何かの影……。
 ユーニスは湯を浴びるふりをして木製の桶を掴むと、気合をこめて天窓に投げつけた。

 かぽーん。

 素早くユーニスは立ち上がり、他の女性客に警告するが早いか脱衣場へ走り出た。
しかしいかに彼女が勇敢だったとは言え、そこから先タオル一枚で出る事はしなかった。
湯屋の主に子細を伝え、その場を任せる事にしたのは、彼女にも恥じらいが有ったからであろう。


 ユーニスが再度風呂に浸かっているころ。
 馬車を見張る二人とは別に、バウマーとワルロスが念のため宿の周りを検分していた。
すると、路地の闇を縫うように駆ける怪しげな人影を見咎める。
 その人影は、頭に丸い何かをかぶり、危うい足取りながらこちらに向かって来た。
彼らは知る由も無かったが、先程湯屋を覗いていた男だった。
 「ちっ、あの女の馬鹿力の所為で、桶が抜けやしねぇ。全くついてねぇな」
 ぶつぶつと呟く男は桶に視界を遮られ、身をひそめているワルロスと、
物陰に身を隠したバウマーに気がつかない。まして、彼らが桶を投げた女の仲間だとは知る筈もない。
 小さく悪態を吐きながら、追っ手の気配が無く人通りの少ないことを幸いに桶と格闘し始めた。

 「なんだありゃ、みっともねぇな。」
 バウマーの呟きに、ワルロスが応える。
 「ありゃあ、風呂桶だな。……覗きでもやったのか?」
 二人が笑いをこらえながら見ていると、通りの向こうから慌しい足音が近づいてきた。
 「いたぞ! この覗き野郎っ」
 
 「あ、やっぱり」
 「予想を裏切らないというか、情けねぇくらいそのまんまだな」

 威勢のいい男の声に、桶と格闘していた男は、暗い路地に慌てて逃げこもうとした。
 「おい、マユ」
 「俺かよ……」
 ワルロスは手ごろな石を男の足元めがけて投げつけ、すぐさま身を隠した。
平衡を崩してよろめいた男のもとに追手の男達が駆け寄り、荒々しく引っ立てていく。
 「うげ、やっぱり顔出さなくて良かったぜ」
 顔見知りが、桶をかぶったままの男を引き立てていく様に、ワルロスは安堵のため息を漏らした。


 「もう、どうしてああいうことするんでしょうね…… バウマーさん、ローランドさん?」
 戻ってきたユーニスの話を聞いて爆笑する二人に、彼女は困惑を隠せなかった。
 
 忙しく面倒な護衛の合間の、小さな出来事。
 今日一日で、成り行きとはいえカゾフの悪を二つ成敗した三人は、晴れ晴れとした心地で
仮眠の時を楽しんだのだった。



  


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