よくある風景(または挿絵を使いたいがための暴挙)( 2003/02/11)
|
MENU
|
HOME
|
作者
松川 彰
登場キャラクター
イゾルデ他
「……♪夢の形な〜んてぇ〜ひとつじゃない〜かぁら〜〜……あれ、続き、なんだっけ」
歌っていたのを途中でやめて、しばしイゾルデはその薄い茶色の瞳を浴室の天井へと向けた。小さな窓から射し込む夕陽がその瞳を紅玉のように見せる。
頬に走る刀傷を無意識に指で辿り、歌詞の続きを思いだそうとするが、やがて諦めた。
「いいなぁ、やっぱり、お風呂付きの家を借りたほうが良かったかな。ああ、でもそうすると家賃高くなっちゃうんだよねぇ。……あ。いい匂い。そろそろ晩ご 飯出来そう。よーっし」
ざば、と浴槽から立ち上がり、その肢体を惜しげもなく晒す。
しなやかに伸びた手足。引き締まった身体に、丸みのある曲線が調和して、それを艶のある肌が包み込んでいる。
成熟した大人の女性だ。湯で上気した肌は、ほのかに赤みを帯び、白く透きとおる肌になまめかしさを与えている。
だが、その美しさを鑑賞出来る人間はいない。当たり前である。個人宅の浴室、その中でイゾルデは1人きりで湯浴みしていたのだから。
背中に張り付く見事な赤毛をかき上げ、傍に置いてあった、湯上がり用の厚手の布でそれを包み込む。
「…………ん?」
そこで鋭い視線を小さな窓に投げかけたのは、冒険者としての勘のなせる技か。
「誰っ!?」
普通はそこで湯桶を投げつける。もしくは、小さく叫んで、再び湯船に身を沈める。そうじゃなければ、慌ててその場にしゃがみこむ。だが、イゾルデはひと 味違う。イゾルデだから。
「そこっ! こそこそするんじゃない!」
立ったままくるりと振り向き、腰に手を当てて、びしと窓を指さす。
だが、惜しい。誰、と誰何した時点で、窓の外の気配は遠ざかっていった。人外のものとも思える迅速さで。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……さて。きりきり白状してよね! 誰なのっ!? 事と次第によっては、勘弁してあげなくもないからさ」
浴室を出たイゾルデの前に立たされたのは5人の男性。イゾルデ1人が椅子に座って足を組んでいる。
目の前に立つ5人を、イゾルデは順番に睨みつけていった。
向かって右から、シタール、カレン、ラス、ファントー、ジャスティアである。
別に不思議な面子ではない。ここはイゾルデの家ではなく、ラスの家なのだから。
──これより遡ること四半日。ラスの家をまず最初に訪れたのは、相棒であるカレンだった。神殿からの帰りなのか、神官衣のまま訪れた。数日前に訪れた時 の忘れ物を取りに来たという理由である。
その直後、荷物を担いで訪れたのはシタール。自分が手入れしたはずのラス宅の庭が荒れ果てているのが我慢ならず、それを修復に来た。午後一杯はほとんど その作業に費やしていた。
そして、外から帰ってきた弟子のファントーが連れてきたジャスティア。たまたま外で会い、話をしていたが、天気が悪くなってきたので、ファントーは自分 が住みついている師匠の家へとジャスティアを連れてきた。
イゾルデ自身は、数日前にラスの家を訪れ、その時にかなりの量の酒を消費したため、その補充と称して、幾つかの酒瓶を手に訪れたのだ。とは言え、控えめ に言ってもそのうちの半分はその日のうちに飲むつもりだったに違いない。イゾルデだから。
なんやかやと午後を過ごし、夕食の前に、シタールの作業を手伝って泥に汚れた身体を洗いたいと、イゾルデが風呂に入り、そして今に至る。
「お、姐さん、寛大じゃん」
シタールの言葉に、イゾルデがきっぱりと答える。
「うん、ワタシは寛大。外まで行くのが面倒だから、“石つぶて”じゃなくて、“光霊”で勘弁してあげようと思ってる」
「………………」
とりあえず沈黙するしかないシタール。
「さぁ。それぞれ、不在証明を立てよ。誰なの。ワタシのお風呂を覗いた人は! まず、ラス君! 一番可能性高そう!」
「なんで、俺っ!? 俺はおまえが風呂入ってる間、ずっと台所にいたよ! っつーか、俺なら、覗くなんて真似しないね。堂々と見せてくれって言う!」
「……確かにそうだとは思うけど。でも、台所にいたってこと証明できる? あ、言っとくけど、ファントー君の証言は身内の証言として無視するから」
手をあげかけたファントーが口を開く前に釘を差す。抜かりない。さすが。
「証明? ……証明、って…………あ。これ」
と、ラスが出したのは鍋。
「見ろ。この美しいホワイトソースを! 一瞬たりとも鍋から目を離しちゃいけないこの作業! おまえの風呂なんざ覗きに行く暇があるかっ!」
確かに。
「おまえの風呂なんざ、という言葉に多少引っかかりは覚えるけど。……いいよ、信用してあげる。とりあえずね。……じゃあ、次に可能性が高そうなのは…… シタール君っ! 君はっ!?」
「はぁっ!? 俺かよっ!? なんで俺がっ! …………いいか、姐さん。この痣を見ろ!」
と、シタールが服を捲る。脇腹にはくっきりと綺麗な青痣。だが、実は捲るまでもない。頬にも、そして袖から見える腕にも、青痣はあるのだから。
「それが何?」
「これは2日前。姐さんがラスのベッドを占領して寝ちまって、そしてカレンも潰れて寝ちまったあとのことだ。俺はラスと飲みに行った。そうしたら……こい つ、強いの何のって、姐さんといいだけ飲んだ翌日だってぇのに、朝まで粘りやがった! それに付き合った俺は当然朝帰りだ」
「……あ、きったね。俺のせいかよ」
ぼそりと呟いたラスを無視し、シタールは説明を続ける。
「そうしたら……朝の光が降り注ぐ玄関でライカが待ってたわけよ。にっこりと微笑んでな。『あら、シタールさん、おかえりなさい。早かったのね。もっと ゆっくりなさっててもよろしかったのに。だって、昨日の昼にパダから戻ったばかりでしょう? 積もる話もあったんじゃなくて?』 …………俺は背筋が凍っ たね。笑いながら言ってんのに、目だけ笑ってないんだぞっ!? その後に起こった惨劇を…………くっ! いいか! 俺はこれ以上、痣を増やすような真似は したくねぇんだ! 一時の誘惑に負けて、死をも覚悟するような羽目になるのはな!」
「………………わかった。なんか、もらい泣きしそうになったから、信じることにする。うん。じゃあ、次……カレンさん」
くぅと男泣きをするシタールを放置し、イゾルデはその隣に立つカレンをびし、と指さした。
「…………………………俺?」
「そう」
「…………いや。俺じゃない」
「…………カレンさんのお気に入りのお酒、ワタシが飲んじゃったから、その意趣返しとかじゃないの?」
イゾルデの追及の手はやまない。が、カレンは首を振った。
「それは……だって、代わりの酒もらったし。味見したけど、アレも気に入ったし。…………だから、俺じゃない。だいたい、こんな服のままそんなことする気 にならないし」
こんな服、と神官衣の裾をつまんで見せる。
「…………なんか、悔しい。さっきの2人のように必死に言ってるわけじゃないし、証拠もないのに、信じちゃいそうになる。……ひょっとして、これが神官の チカラっ!?」
違うと思う。
じゃあ次は、と巡らせた視線にびくりと肩をふるわせたのは、年少組2人。思わず、互いの手を握りあう、ジャスティアとファントー。
「え、あ、あの、オレたちは……」
「証拠、と言われても困りますけど……えと……」
「……ボウヤたち? おねえさんがお風呂に入ってる間、どこにいたの?」
にっこりと聞くその口調はとても優しい。目さえ笑っていれば、もっと優しい。ああ、シタールが遭遇したライカはこんな感じだったのかも……と、シタール とイゾルデ以外の全員がそう思った。
「オレは……犬を……パピィを連れてきてたから、それで、ラスさんが家にあげてもいいって言ってくださったから、パピィの足を洗って、えっと……そうした ら……」
と、そこでジャスティアは隣のファントーを見た。ファントーが頷いて続きを話す。
「うん、そうしたら、クロシェがパピィにびっくりしちゃって。逃げるのかと思ったら、何故か、喧嘩し始めて……ラスもカレンも、犬猫の喧嘩に割り込むなっ て言ってたんだけど、見てられなくて、オレもジャスも……」
たどたどしく説明をするその姿を見れば、納得出来る。2人とも、何だか傷だらけなのだ。髪も乱れ、服も解れ。当の犬猫たちは、喧嘩を終えてすっかり仲良 くなっているのだが。
「確かに、部屋の惨状とキミたちの惨状を見れば納得出来るよね。…………でも、じゃあ誰なのよ!? ワタシは確かに視線を感じたの。あ、そうだ、ブラウ ニー君は見てないの!?」
きょろきょろと部屋の中に視線を巡らせるイゾルデ。
「ブラウニー君! 教えて欲しいことがあるんだけど! 」
わざわざ精霊語でブラウニーを呼びつける。が、ブラウニーは姿を現さなかった。
「ラス君! どういうことっ!? やっぱり、キミが怪しい! ブラウニー君に言い含めたんでしょ。ワタシが彼に嫌われてるのをいいことに、ずるいじゃな い!」
「ンなことするかよ! こんなに人が集まってるとこにふらふら姿を現すほど、サービス精神に富んでないだけだ! だいたい、あいつが知ってるわけねえじゃ ん。覗くっていう行為もわかんねえし、俺以外の人間をまだあんまり区別してねぇんだから」
「じゃあ、やっぱりシタール君がっ!」
「俺はこれ以上、死地に赴くのは嫌だぁっっ!! な、なんだよ、てめぇら! やめろ! 俺をそんな目で見るなぁぁぁっ!」
思わず同情の視線で見てしまった野郎どもにそう叫び、シタールが頭を抱える。そんなシタールをまたしても放置するイゾルデ。
「じゃあやっぱりカレンさんが!?」
「……………………いや。違う」
「……くっ。そこの青少年2人!」
「わー! 違うよー! オレじゃないよーっ!」
「オレも違います! そんな、神聖な女性の身体を、の、の、の、覗く、だなんて!」
「………………………もういいっ!」
く、と奥歯を噛みしめるイゾルデ。そこで部屋から駆け出すかと思いきや。椅子の上で組んでいた足を組み替えた。そして、更に続ける。
「お酒っ! 持ってきて! あと食事! ほら早く! 部屋も散らかってるじゃない!」
そしてその夜。
イゾルデは自身が持ち込んだ数本の酒瓶を、当初の予定である『半分くらい』の、約3倍を消費した。
イゾルデの名誉のために付け加えるならば、それはイゾルデが1人で飲んだものではない。他にも酒を飲む者はいたのだから。イゾルデが1人で飲んだのは、 そのうちの7割程度のものである。だって、イゾルデだから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
同じ頃。黒目通りに面する木造の酒場で、黒髪の若い戦士が、同じ年頃の若い男に真剣な顔で話を切りだしていた。
「なぁ、リック。俺は、今日こそ奴を問いつめようと思うんだが。何故、ラスの家でイゾルデさんが裸になっていたのかってことをな」
「………………なんでてめぇがそれを知ってやがるよ」
(C) 2004
グ ループSNE
. All Rights Reserved.
(C) 2004 きままに亭運営委員会. All Rights Reserved.