姉 妹の冒険
(2003/02/20)
|
MENU
|
HOME
|
作者
Maki
登場キャラクター
幼い姉妹
「あそんでくるね〜」
「くるね〜」
勢いよく家を飛び出したのは二人の姉妹です。先に行くのは姉のミーシャで、元気活発な8歳の子です。サラサラのストレートな髪を肩で切りそろえ、ズポン 姿で駆けていきます。
そのあとを一生懸命ついて行こうとするのは妹のリーネです。癖っ毛を髪留めで抑え、愛くるしい瞳を爛々と輝かせてる6歳の子です。こちらも姉の服に近い 動きやすいズボンを履いて出てきました。二人はいつも一緒に遊んでいます。弟のロンドは3歳で、まだまだお母さんと一緒がいいと家の中です。
昨日、半年ぶりに田舎のお婆ちゃんのところへ遊びに来たのです。二人の住まいはオラン市街の中で、お婆ちゃんの家まで大人の足で二日という距離です。ま だまだ足の短いミーシャたちを考え、お父さんたちは途中の宿で三泊することにしました。宿に泊まれるのは楽しいです。美味しい夕飯に、ふかふかベッド。歌 い手さんの素敵な詩。どれもこれも好きでした。
ミーシャはお婆ちゃんが大好きです。それよりも曾婆ちゃんの方がもっと大好きです。リーネも曾婆ちゃんが大好きです。曾婆ちゃんはよく遊んでくれるし、 お菓子もくれるからです。他にも広いお家と、牛や馬がいるから好きでした。鶏もいます。広い畑もあります。綺麗な小川も流れています。小高い山もありま す。
ここには自然がいっぱいあって、遊ぶには何日あっても足りないくらいの場所でした。
「きょうはなにしてあそぶ?」
「なにしてあそぶ?」
ミーシャの言葉に、リーネが真似します。
ぐるりと辺りを見回すと家の裏にある山が目に入りました。冬の季節では川遊びは冷たいし、畑に作物もなく虫たちも見あたりません。山登りなら季節を問い ません。
「山のぼりしよう」
「しよう」
リーネが手を上げて賛成します。
山は二つありました。北にある山と西にある山です。北にある山は緩やかな傾斜で高さもそれほどありません。木々は植林されており、針葉樹が植えられて冬 の今でも葉を茂らせています。西の山は北の山より少し高く、急斜面になっていました。木々は昔のままの原生林で、葉を落とした広葉樹が急斜面から突き出て います。
ミーシャは西の急斜面を選びました。8歳と6歳では到底登れそうもない急勾配です。でもミーシャにはひらめきがありました。急斜面ではありましたが、木 々の生えている間隔が短く狭いのです。木登りの感覚で、木から木へと掴んで渡り、少しずつ登ることにしました。身も軽く、元気なミーシャならお手のもので した。
それを見たリーネも頑張ります。リーネは負けず嫌いでした。
それでもリーネの手が届かないところや、難しい場所ではミーシャが手を伸ばして引き寄せたりして手伝いました。ミーシャはとても面倒見がよいのです。
「おねえちゃんありがとう」
リーネは姉がいれば安心でした。頼もしく、優しいミーシャをリーネは大好きです。ミーシャも頼ってくるリーネが大好きでたまりませんでした。
山も中腹を過ぎるとなだらかになり、尾根まで登るのにそれほど時間はかかりませんでした。
山の上から見た、田舎の風景はとても気持ちのいいものでした。
「あんなにちっちゃいよ」
リーネは遠くに見える家を指さして言います。
「ちっちゃいね〜。あそこ、うみがみえる」
ミーシャは向こうの小高い山の合間に海が見えてはしゃぎます。天気は曇りでしたが、二人には新鮮な眺めでした。
二人は尾根を歩いていると狐を見つけました。まだ小さい子狐です。子狐も二人に気がつきましたが、人間が珍しいのか逃げようとはしません。ミーシャは少 しずつ近づこうとしました。リーネもあとをゆっくりついていきます。すると子狐も少しだけ離れます。首だけ二人の方へ向け、見つめています。近づくと離れ て立ち止まる。それを何度か繰り返すと、とうとう子狐は遠くへ逃げていってしまいました。
二人は尾根から随分山向こうへ下ってしまっていました。ミーシャはいいことを思いつきます。ここから向こう側の山を越えていけば、叔父さんの家につくの です。山を越えて行ったことはありませんが、下の家の位置と山の位置、叔父の家の位置を考えると、行けるのです。二人だけで叔父さんの家に行けば、きっと 驚いてくれます。誉めてもらえます。ご褒美におやつをくれるに違いありません。そう考えました。リーネに話すと賛成してくれました。二人は元気よく山を下 り、向こうの山を登りはじめました。辺りは植林された針葉樹で、下生えはなく歩きやすくありました。けれど、見えている山は近くはなく、小さい二人には大 変な距離でした。
やっとのことで尾根を越えて向こうに出ます。叔父さんの家が見えると思いましたが、茂った葉が邪魔をして景色は見えません。「もうすこしくだればみえて くるはずだよ」とリーネを励まします。リーネは元気がなくなり、何度も「やすもう」とせがんでいました。それでも負けん気の強いリーネは、泣いたりはしま せん。お姉ちゃんに笑われたくはありませんから。
二人は手を繋いで、山を下っていきます。途中から雑木林に入り、とても歩きにくくなりました。葉はないけれど、細い枝が行く手を塞いで上手く進めませ ん。それでも小柄な二人は枝を押しのけて進みます。辺りはだんだん暗くなってきました。早く山を下りないと危険です。ミーシャは急ぎました。
ミーシャとリーネの目の前に、見知らぬ湖が現れました。こんな湖のことは聞いたことがありません。湖の向こう側も、右も左も山で囲まれています。叔父さ んの家どころか畑すら見えません。二人は迷ってしまったのです。不安な顔で姉を呼ぶリーネに、「だいじょうぶだからね」と声を掛けて、来た道を戻ります。 賢いミーシャは、来た道を戻れば家につくと考えました。植林された林に出ると、あたりはすっかり暗くなってしまいました。リーネはもうヘトヘトです。ミー シャもヘトヘトです。でも、ここで休んでいてはいられません。真っ暗になったら歩けなくなってしまいます。
木々の間から見える曇り空の明るさだけが頼りです。
「もうあるけないよー」
リーネはミーシャの手を放し、その場にしゃがみ込んで泣き出してしまいます。
「おかあさーん。おとうさーん」
リーネが泣きながら叫びます。
「ほら、ないててもダメでしょ。かえろ」
ミーシャがリーネの手を取り、立ち上がらせて歩き出します。鼻をすすりつつもリーネは姉の手をギュッと握りついていきます。もう足下はほとんど見えませ ん。空気も一層冷えてきました。僅かに見える尾根と空の境を目指して、二人は歩きます。
足下の見えないことはなんと心細いことでしょう。右も左も真っ暗です。手を伸ばしても木の幹に触れるまで手がかりがありません。リーネが足を滑らして転 んでしまいました。もう何度目か判りません。ミーシャも何度も転びました。針葉樹の足下は土がむき出しで滑りやすいのです。手も膝も泥だらけです。冬の風 にさらされた手と耳は冷えて感覚がありません。足先も冷えきっています。リーネは鼻をすすりながら立ち上がり、姉の手を握ります。
「がんばろうねっ」
ミーシャはそう言うのが精一杯でした。登っても登っても、尾根までつきそうにありません。あの尾根を越えても、もう一つ山を越えないと家にはつかないの です。
ズザザザッ
ミーシャは木の根を踏んで滑ってしまい、リーネとも一緒になって転びました。暗闇で滑り落ちるのはとても怖いのです。必至に何かに掴まろうと爪を立てま すが、爪に土がつまり割れてしまいます。指先の感覚はなくなっていましたが痛みは感じます。指先がどうなっているか見えないので判りません。掌も擦りむい たようで痛いです。
ついにミーシャも堪えきれずに泣き出してしまいました。
「うわ〜〜ん、あ〜んあ〜ん、うわ〜〜ん、あ〜んあ〜ん、おか〜さ〜〜ん、おと〜さ〜〜ん」
ミーシャが泣くので、リーネも再び泣き出してしまいます。二人で大声で泣きました。泣いている声を聞いて、お父さんたちが捜しに来てくれるかもしれない と思ったからです。真っ暗闇の中、二人は一生懸命泣きました。力一杯声を張り上げて泣きました。
もう二人に立ち上がる気力は残っていません。二人で肩を寄せ合って寒さを凌ぎながら、自分たちを見つけてくれるのを待ちます。
泣いても泣いても、誰も来てくれません。何度も大声で叫んだものですから声もすっかり枯れてしまいました。喉が痛いです。それでも泣かずにはいられませ ん。叫ばずにはいられません。
「おか〜さ〜ん、おと〜さ〜ん」
二人は寒さと疲労と空腹と痛みと恐怖を堪えながら、ひたすら待ちました。
リーネは疲れ切って寝てしまいました。「さむいさむい」と言っていましたが、疲れの方が大きかったのです。厚着をしているとはいえ、冬の山中です。歩い ているときはまだ温かかったのですが、座り込んでから急速に体が冷えてくるのです。それでもリーネは眠ってしまいました。頼りになるお姉ちゃんが側にいる から。
リーネが寝息を立て始めると、ミーシャもだんだん眠たくなってきました。日が沈んでから随分経ったように思えます。いつもなら、日が沈んで夕飯を摂ると すぐ寝ていました。もう寝ても不思議じゃない時間です。でもここでは寝られません。柔らかいベッドも気持ちいいシーツもないからです。リーネの体をぐっと 引き寄せ、包むように抱きます。大事な大事な妹です。風邪を引かせたら大変です。でも、ミーシャはうとうとしてきました。目を開けても真っ暗です。閉じて いるのと差がありません。「ねないの」と思っても、目が言うことを効きません。そしてついにミーシャも目を閉じて眠ってしまいました。
おとうさんが早く迎えに来てくれることを神様に願いながら。
辺りは静まりかえり、ときより吹く風に木々が揺れてざわつきます。
二人は真っ暗闇の中、じっと助けを待ちました。
山奥の中で。
(C) 2004
グ ループSNE
. All Rights Reserved.
(C) 2004 きままに亭運営委員会. All Rights Reserved.