寄 進
( 2003/02/27)
|
MENU
|
HOME
|
作者
Maki
登場キャラクター
ヴァイス他
白いプレートメイルや、チェインメイル、ハードレザーなど身につけた集団に子供たちが駆け寄っていく。ファリスの神官戦士団だ。妖魔が移り住んで悪さを するようになったのを聞きつけ、退治してきたところである。
二人の神官戦士が麻袋を持ち、そこから血が滴り落ちている。退治してきた妖魔の頭部がそこに入っている。どの神官戦士の顔も穏やかで、一仕事終えた安堵 感と大事に至ることもなく戻れたことに笑みが漏れる。
「明日、廃屋に散らばる妖魔の死体も片づけるとしましょう。今日はもう日が暮れるので引き上げてきました」
白髪の老練な神官戦士が答える。使い込まれた革鎧と革鞘はかつて白であったことを感じさせるが、その上に返り血が付着し清らかさを失って見えた。彼の名 はヴァイス・グランツという。
子供たちに取り囲まれ、区画長が用意した宴の間へと案内する。広間はこの区画の人たちで溢れ、厄介な妖魔を退治してくれた勇士たちを讃え、歓迎した。
そこへ三人組みが現れる。夕日を背に受け現れたのは黒ずくめのローブに杖を持つ魔術師とその仲間であった。
「おい、区画長はどこだ。要請を受けて来てやったぞ。……なんだ、この集まりはっ」
眉間にしわを寄せ、怒っているのか言葉遣いが荒い。見れば耳が僅かに尖っている。ハーフエルフの男だ。彼は周りの雰囲気が気に障り、辺りを伺うが事情が 呑み込めなかった。とても妖魔退治にやってきた自分たちを歓迎している様子ではない。
呼ばれてやってきた区画長は、三人の姿を見ると冒険者だと気がつき、すまなそうに切り出した。
「実は、退治の件はもう片づきまして。これはキャンセル料です」
あらかじめ用意していた袋を出し、手渡す。それには前金に当たる代価が入っていた。
事情はこうであった。
妖魔が廃屋に移り住んだことを知った町の人は、冒険者を雇うことに決めた。オランの冒険者ギルドに依頼を持ち込んだのだが、現れたのは依頼してもいない ファリス神官戦士団であった。
旅をしながら混沌や秩序を乱す者を斬り、民に安全と秩序を与えていたヴァイスが依頼より早く、妖魔の噂を聞きつけたのだ。酒場で居合わせた商人からの情 報であったが、その商人が信用に足る人物と判断し、彼はすぐにファリス神殿に赴いたのである。的確に事態を伝え、緊急を要することだとして人を集めたので ある。
すぐに出立し、目的地に着いた早々妖魔退治にでかけたのである。そして見事それを果たし、帰還したのだ。その迅速な対応は街人をただ唖然とさせた。そし てその早さに歓声を上げたのである。
冒険者の店でこの依頼を受けた魔術師たちは、「急ぎ」ということもあり早めにやってきたのだが、ファリスの対応には敵わず、仕事が奪われた形となった。
魔術師が愚痴る。キャンセル料がもらえただけでもと軽装な男と女戦士がなだめるが、魔術師は気が納まらない様子だ。そして彼らはヴァイスの姿を見つけ る。
「貴様かぁ、俺様の仕事を奪ったのはっ!!」
人垣を押し分け魔術師はヴァイスに絡んでくる。ヴァイスと魔術師は一度酒場で話をしたことがあり、仲間にへと誘われたことがある。口の悪さと端的に話す 性急さ、無用心さに呆れ申し出を断った経緯があった。
「奪った覚えはないぞ」
事の事情が見えないヴァイスは顔をしかめながら答える。
それもそのはず、ファリス神官戦士団は街が妖魔退治を冒険者に依頼していることなど聞いていなかったのである。彼らが訪れたときも区画長はそんな話など せず、諸手をあげて歓迎したのだ。
ヴァイスが区画長に事情説明を求めると、長は渋々事のいきさつを話し出した。それは単純なことであった。冒険者の店に依頼を出したが、神官戦士団が現れ たためお願いした。依頼の取り消しを伝えようとしたが、すれ違いが起き、魔術師たちが現れたのである。そうなったとしてもキャンセル料を支払えば問題はな いと考えため、神官戦士たちには何も話さなかったのだ。
ファリスの神官戦士団は報酬をもらって妖魔退治などはしない。彼らの信仰する道が秩序を乱す妖魔を許していないからだ。ご足労頂いた神官戦士団を追い返 し、冒険者が到着するのを待って、高い報酬を払うというのは普通ならば考えないことだ。この区画長もそれをしたまでだ。悪いことをしたわけではない。
「依頼が発生していることとは知らず、君たちにはすまないことをしたようだ」
「すまないじゃ、すまねーんだよ。ったくこれだから神殿のやることは嫌れぇーだ。手前ぇーらは善良なことを行っていると思っていやがるんだろうが、その陰 で割を食っている奴らのこと考えたことあるのかっ!」
汚い言葉遣いと怒気を含んだ物言いで魔術師はまくし立てる。後ろで「なにもそこまで言わんでも」と軽装な男が呟く。ヴァイスはただその言葉を静かに受け 止めていた。
「けっ、澄まし顔かよ。そらいいわな、こうして英雄扱いされていればな。ったくやってられるか」
魔術師はそこまで言うと、受け取ったキャンセル料をヴァイスの隣の神官戦士に投げつけた。
「寄進してやらぁ。取っとけっ!」
彼は自分の名前を告げ、「帳簿にしっかり記入しとけ」と言い放つ。
「報酬などもらったことがないだと? 笑わせてくれる。寄進を受けないなら誉めてやるがなぁ。民からの好意あっての生活だろう? 退治して報酬もらうの と、報酬断って寄進受け取るのと名目違いだけじゃねーのかっ! ええっ?」
どこの神殿でも同じだが、寄進なしには神殿を維持することはできない。神殿に仕える神官達の給金など必要最低限なものがそこから賄われる。妖魔退治など した場合は、神官が寄進を求めることはしないが、民の方から進んで寄進してくる。それが普通であり当たり前のことだからだ。報酬の額を集めるより安く済む というのも民側にはあるのだろう。だから余計に普段より寄進は集まる。神官はそれを拒むことはない。特にファリス神官は拒めない。それは寄進を集めた額が そのまま出世に影響してくるからだ。
ファリス神官の中でも教義だけを守れば神の恩恵が受けられると、形骸化が目につくようになっており、信仰の在り方が揺らぎはじめている。何もファリスば かりのことではないが、特に規律や法というものを遵守する傾向が、信じる行為そのものより守ればいいという行為に移り始めている。それがすなわち寄進額な どの差で出世を判断することとなり神官戦士たちの心を狂わすこととなっているのだ。
ヴァイスは寄進を断るように進言しようとしたが、受け取った神官戦士の笑顔を見て出しかけた言葉を飲み込んだ。彼は神殿に助力を受けてはいるが、身を置 いている者ではない。彼には出世など関係はないが、他の者たちは必要としている。
深い溜息をつき、ヴァイスが魔術師たちの方を向くと、既に彼らはそこにいなかった。
魔術師の言った台詞がヴァイスの胸に残る。
今までにもこういうことはあったのかもしれない。ただ、自分の目に触れないだけで。
かといって、被害が出ている街を放っておけるはずもない。考えたところで、自分たちの行いに非があるわけではない。冒険者の仕事を奪ったとはいえ、彼ら には力がある。しかし、民は妖魔に対する力を持たない。どちらを優先するかなど考えるまでもないのだ。
ただ寄進の話は耳を痛めた。
見返りなど求めたこともないヴァイスだが、突き詰めれば全て寄進から彼の生活は支えられていることとなる。妖魔退治をして、救われた民からも寄進を受 け、なんの寄与もしていない民からも寄進は受けている。そして彼の生活の糧として消えている。ごく僅かな額ではあれど。
今もまた彼が寄進したお金は、自分たちの糧となる。痛烈な皮肉である。
ヴァイスはファリス神に祈りを捧げた。
(C) 2004
グ ループSNE
. All Rights Reserved.
(C) 2004 きままに亭運営委員会. All Rights Reserved.