夢 を叶えて -前編-
( 2003/03/01)
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作者
Maki
登場キャラクター
ワルロス、ユーニス、バウマー
─【カード・オブ・パワー】─
「なぁ、空飛ぶ魔法ってあるのか?」
ワルロスは唐突に切り出した。先ほどからワインに口もつけず、押し黙ったまま遠くを見ていた彼が、向かいに座る魔術師──バウマーに話しかけたのであ る。
バウマーは魔術書のページを捲りかけたまま止まった。思いもよらぬ人物から、思いもよらぬ話題が飛び出たからである。彼はしばし考えた後、口を開いた。
「あるが、他人にかけるもんじゃねーぞ」
ワルロスの質問の意図するところを察したのか、そう答えるとページを送った。
沈黙がしばらく続く。突然会話を切り出したワルロスと、一言答えたバウマーを見ていたユーニスがなんのことか判らないとばかりに眉をひそめて二人を交互 に見た。
三人は馴染みの酒場に来ていたが特に話すこともなくなり、あとは解散して帰るばかりであったのだが、酒が残っているため席を立たずにいた。
「カード・オブ・パワーってのがあるぜ」
バウマーが答えた。一枚のカードをテーブルの上を滑らしてワルロスへと送る。
受け止めてそれを見ると、盾の絵が描かれてあった。
不可解な表情を見せるワルロスにバウマーが続ける。
「ふん、それはプロテクションの魔法が使える。それの種類違いにフライトの魔法を使えるものがあるぜ。……持っちゃおらんがな」
カード・オブ・パワーと呼ばれる一連の魔術カードは、古代王国期に多数作り出された。魔術師でなくともこのカードを破りながらコマンドを唱えると、そこ に秘められし術が発動する仕組みになっている。
このプロテクションのカードは、海岸の洞窟で邪教徒のガラクタの中から最近見つけたものであり、「お前が持っておけ」と渡したのである。
「盾じゃなく、翼の描かれたカードを捜すんだな。ま、見つけても買えるような値段じゃあるまいが」
顔も上げずにバウマーは告げる。ワルロスが念のために額を尋ねたが、確かに手の出せるようなものではなかった。
翌日、ワルロスは闇市を訪ね回っていた。そう、カードを探しに。
事の発端はギルドからの依頼にある。「1ガメルに泣く男」のレッテルを貼られたワルロスは、その汚名をなかなか拭うことができずにいた。実力を見せたと ころで彼はもう「1ガメルの男」でしかなかった。むろんからかいであり、実際彼が稼げもしないと思う者はいなかったが、ワルロス自身の性格が周りに言わせ 続けたのである。
ギルドは事あるごとにワルロスを顎のように使った。既に実力は見せたのだが、効果はあったようには見えない。いや、効果はある。仕事が回されるだけ変化 はあった。ただその内容が自分より格下が行うもののように思えて仕方がなかったのだ。
だからといって断れるものではない。まだ自分はギルドに不可欠な男になっていないからだ。見返すためには仕事は受けるしかない。
─【病気の少女】─
ワルロスはとある貴族の取り立てに行かされた。既に返済期日は過ぎ、利息も未払いのままだ。金銭に困っていることは判っているため、屋敷に忍び込んで金 目の物を奪ってくるのが彼の仕事である。
そこで彼は一人の少女と出会う。正確には屋敷の使用人に見つかりそうになり、逃げ込だ部屋に彼女がいて、かくまってくれたのだ。
彼女の名前はニーナ。もうすぐ10歳になる色白で顔立ちの整った明るい子であった。彼女はワルロスを「泥棒のお兄さん」と呼び、話し相手になることをお 願いした。彼女は歩けなかった。ワルロスは構っていられないと逃げ出そうとするが、「大声を出すわよ」と彼女も本気を見せ逃すまいとする。子供相手にムキ になるのもと思い、ワルロスが観念して話し相手に応じた。
ニーナは病気であった。石皮病という病に冒されていたのだ。ワルロスの知識にはその病気の詳細は知らない。ただ足首が石のように堅くなっているのを見 て、伝染しないかと恐れた。
その様子を見て彼女は簡単に病状を説明した。治りにくい病気であること、感染しにくいこと、特効薬が手に入らないこと、このまま進行すれば全身が石に なって死んでしまうことを。
貴族がギルドに借金をしたのも、返済できないのも娘のためという話は耳にしていた。この難解な病気を治すために金策に翻弄しているのが伺えた。それは屋 敷に忍び込んでより強く認識したことである。家具や金目の物がほとんどなくなっていたのだ。
仮にもオランに居を構える貴族がである。いくら落ち目になったとしてもこれほどとは思っていなかった。どこかまだ隠し財産があるのだろうと思っていた が、少女の部屋以外はがらんとしている部屋が多かった。親の部屋も同じである。
ワルロスは貴族の先がないのと、この少女の先もないことを察した。それを哀れんだからなのか、彼はこの屋敷に通うこととなった。もちろん金目の物を盗っ ていく次いでにであるが。
すぐに彼女はワルロスの来訪を待ちわびるようになり、外の話をせがんだ。ワルロスもまんざらじゃなく、それに付き合った。ただ、病気が治らないことが彼 女の負担となり、ときより寂しそうな顔になる。そして「空が飛べたらなぁ」と呟くのであった。
一度石皮病について調べたことがある。ヘンルーダという草が特効薬となると判ったが、オランで取り扱う店もない。保存が三日しか効かないというのも難点 であった。オランの近くにヘンルーダが採取できる場所はなかった。だから通常の薬に頼るしかなかったのである。神殿での奇跡をという考えも浮かんだが、コ ネも伝もない自分が頼めるはずもなく、またその代価も用意できるとは思えなかった。
没落していく貴族、しかも死に行く少女に最後の夢を叶えさせるために奔走する自分を見て、滑稽だなと笑いがこみ上げる。しかし、何故か嫌な気分ではな かった。むしろとても充実感に浸ることができ、少女の笑顔を楽しみにするようになった。彼自身、自分がここまですることが不思議でならなかった。
─【仕事と引き替えに】─
カードは見つかった。
バウマーの言っていた額より高くあった。
僅かの明かりしか差し込まない薄暗い店内で、カードを見つめたまま立ちつくす。バウマーの言っていた額でさえ、手の届かぬものなのにそれ以上となれば論 外である。だが、ここで引き下がれば終わりだ。少女の夢も何も果たせない。ワルロスは交渉を持ちかけることにした。
「この代価に相当する仕事などないか?」
店の主人とやり取りを果たし、ワルロスは相当する仕事を得ることができた。ただ、難解なものであることは違いなかった。
それは主人の知人に貸した大金を利息をつけて取り戻してこい。という内容であった。その相手がまた厄介であった。
採掘王の一人であり、主人の話ではその採掘場を作るための資金を貸し与えたのだが、採掘場が成功しても返す気配はない。再三の請求にも応じないため、暗 殺者を雇ったのだが二人帰らなかったという。腕の立つ暗殺者を雇うか迷っている中、ワルロスが訪れたのである。
主人の話では、ドワーフ族を騙し、採掘に従事監禁しているというが、そんな話しは聞いたことがなかった。多くのドワーフを囲えば、それだけ怪しまれやす くなる。「長い間、秘密が保たれるはずがない」と問うワルロスに、主人は説明する。
ドワーフの家族、知人に手紙を書かせ、賃金を送らせていたと言うのだ。義理堅い種族であるため、本人が相当な資金を送ってくる上、明確な理由を述べた手 紙が添えられている以上、疑うはずもなかった。家族は皆、「仕事が忙しく、今抜けると他に迷惑がかかる。賃金を送るから上手くやりくりしてくれ。また手紙 する」ともらえば騙されるのだと言う。
相当の賃金を送金させるという点に、採掘王の手腕が振るわれていた。囲ったドワーフ族を通常の倍近く働かせれば、その分儲けとなる。全額着服してしまえ ば、怪しさを感じた家族たちが結束して押し掛ける。そうなっては採掘業は終いである。
そんな相手から貸した金と利息を取り立てろと言うのだ。もちろん盗んできても構わないとさえ言ってくれたが、それもまた難解と思えた。
だが、引き下がれば終わりである。ワルロスは自分の身銭を削ってバウマーとユーニスにこの仕事を持ちかけた。カードの話しは出さないで。
バウマーは、内容の困難さからして報酬が妥当でないということを指摘した。ワルロスの身銭である以上、上限は限られている。痛いところを突かれた彼は、 ドワーフの家族に事情を話し、そこから報酬をもらえることを切り返した。確かに、捕らわれたドワーフ一人一人の身柄の代価を計算に入れれば、それなりの額 となり、挑むだけの価値は見えてくる。
バウマーとユーニスはそれに応じ、仕事に移った。
ドワーフの家族を捜し出し、事情を説明して回ると成功報酬はどんどん膨れあがった。それに身内の者が彼らの仕事を手伝うと申し出てきてくれる者が現れた のである。義理堅いドワーフ族ならではであろう。
大所帯となったワルロスたちは、砦と化した採掘場へと向かった。二カ所の入り口から騒ぎを起こし、警備人を集める。魔術師であるバウマーがもう一つ内部 で騒動を起こし注意を引かせ、捕らわれたドワーフたちを解放する。その隙にワルロスが金目のものを奪ってくるという算段だ。もちろんドワーフたちには盗み のことは隠してある。
斯くして採掘場は大混乱に陥り、ワルロスは仕事を果たすことができた。ついでにドワーフたちも解放することができ、採掘場は潰れた。
身銭を切ったワルロスもドワーフ解放報酬が得られ、無一文になることは避けられたのである。そしてフライトの効果を持つカード・オブ・パワーを手に入れ た。
─【夢を叶えて】─
「明日は晴れるか?」
いつもの酒場で時間を潰していると、ワルロスがユーニスに問いかける。外は夕焼けで空が赤く染まっている。ユーニスは空の様子とここ数日の天気の移り変 わりを思い出し、振り返って答えた。
「明日もいいお天気になりますよ」
元気よく答えた彼女の言葉に、ワルロスは気持ち悪いほどの笑みを浮かべた。
それを見た、ユーニスとバウマーが言葉を無くす。慌てて平静さを装うとするがどうしても笑みがこぼれてしまう。
「薄気味わりぃ奴だなぁ」
目一杯、眉間にしわを寄せたバウマーが洩らした。
翌日、ユーニスの予測通り晴れ渡りそうであった。まだ夜明け前、ワルロスは通い慣れた館への道を急いだ。
窓を叩き、ニーナを起こす。
「夢を叶えてやろう」
自分でも歯の浮く台詞だと思いながらも、彼女にガウンを羽織らせ抱き上げる。足先が石化していることもあり、不用意に動かすと痛みを訴える。生身と石化 した境で痛みが発生しているようであった。彼女の体は軽かった。歩くことができなくなってから食が細り、痩せたのである。長い間抱え続けることができるか と不安であったが、これならば大丈夫と思えた。そしてその軽さがワルロスの胸を突いた。
そっと痛まぬよう大事に抱え上げ、テラスへと出る。まだしばらくは家の者は起きてこない。二人は顔を見合わせ互いに微笑んだ。
ワルロスはカードを破りながらコマンドを唱える。破った先から魔力が溢れてくるのが肌で感じ取れた。
呪文は発動した。
彼が念じるとその身が浮いた。ニーナも歓喜の声を上げるが、直ぐに口を塞ぐ。親にばれては大変だと。しばらく操作の感覚を掴んでいたワルロスは、意を決 してテラスの外へと躍り出た。
イメージした通りに体が動く。上にも下にも左にも右にも自由自在である。スピードも思いのままであった。
一気に空高く舞い上がると、止まってみせる。眼下にはオラン市街が広がり、東の山脈にかかる雲が明るくなり始めている。空は赤紫となり、夜明けの色を見 せていた。
「わぁー、すごーい」
ニーナが歓声を挙げる。鳥のように自由に飛びたいと病気になってからはそればかりを願っていたことが叶ったのだ。心臓がドキドキと脈打ち、冬空にも関わ らず寒さなど平気であった。
ワルロスは彼女の望むまま飛行して見せた。
やがて日の出となり、二人でじっと登り切るのを眺めた。
彼女のはしゃぎ方は半端ではなかった。足首の痛みなど気にならないほど動いた。身を乗り出す彼女を落とすまいと、ワルロスは必至になることもあった。
地面すれすれで飛んだり、行ってみたかったという太陽丘へと向かったり。たまに自分たちに気がつく人がいて、驚く表情がたまらなく嬉しく手を振った。
楽しい時間は瞬く間に過ぎ去る……。
魔力の効果は限られている。空中で切れては大変だと、ワルロスが余裕を持って館に帰ろうとしたとき、ニーナは突然しがみついて震えだした。
泣いているのである。
最初、彼女のうれし泣きだと思い、そっとしておいた。館に戻りベットへと移そうとしたとき、堰を切ったように声を出して泣き出したのだ。うれし泣きでは なかった。
しばらく泣き続け、理由を尋ねても答えようとはしない。ほとほと困り果てたとき、彼女は途切れながら、「あとは死んじゃうだけ」と呟き、自分の言葉を耳 にして更に泣いた。
石皮病は極めて治りにくい病気である。
彼女の症状を足首で止められていたのは親が奔走して薬や医者などに見せていたからである。それももう続かない。金がないのだ。ニーナにもそれは判った。 今や使用人は一人としていない。この館には親と彼女だけである。
治療が途切れれば、病状は進行する。夢を描いて空に憧れたが、ワルロスの好意によって果たされてしまった。望みは叶えられたのである。夢が叶えば後は現 実に戻るしかない。その現実はあまりにも哀しいものであった。
ワルロスはなんと声をかけてよいか判らなかった。ただ彼女が笑顔になれば、元気づけられればと思って頑張ってきたのである。それがまさか裏目に出るなん て思いもよらなかった。
泣き声を聞きつけて人が来る気配がする。ワルロスは一言「元気を出して」と告げるが、それがあまりにも無責任な台詞に思えて仕方がなかった。
カードの残る魔力で窓から飛び出し、彼は館から抜け出した。
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
裏通りで彼は叫んだ。自分の浅はかな行動に。
「何が元気づけようと思ってだ。何が笑顔が見たくてだ」
外壁に拳をぶつけ呟く。ただ少女に厳しい現実を突きつけるだけになるとは。なぜそこに気がつかなかったのか。それが愚かしくて情けなくて、涙が出てきそ うであった。
何度も拳を壁に叩きつけたあと、彼はふらふらと朝焼けの街を歩き出した。
<つづく>
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