夢 を叶えて -後編-
( 2003/03/02)
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作者
Maki
登場キャラクター
ワルロス、ユーニス、バウマー
※文内で背景設定に無理な点があるかもしれませんが、ご容赦くださいますようお願い申し上げます。
─【折れた心】─
翌日、ワルロスはニーナに会いに行った。
彼女の顔を見て、一日中泣いていたことを知る。目は充血し、髪はボサボサ。剥くんだ顔は酷いものであった。ワルロスの来訪に笑顔が戻るが、すぐに顔がく しゃくしゃになる。泣き出す寸前だ。
せっかく来てくれたワルロスを困らせまいと、ニーナは泣きたいのを我慢する。彼はそんな彼女の様子に戸惑いながらも、なんとかしようとベットに腰を降ろ す。手を背中を回し、ゆっくりと撫でる。
「お兄ちゃん……死にたくない……死にたくないよぉ……」
小さく呟き、隣に座ったワルロスの顔を見ると、ワルロスの胸にすがりついて泣き出した。何度も何度も「死にたくない」と洩らしながら。
そっと抱きしめ、泣かせるままにする。泣きじゃくる彼女がこれほどまで死を意識しているのは予想外であった。だが毛布から覗き出た足を見て理解する。
石化は脛まで進行していたのである。
何ヶ月も進行をくい止めていたのがここに来て突然進み出した。病気へ対抗する気持ちが折れたことの現れである。夢を叶えた代償であった。
ワルロスはかけるべき言葉を失った。
ただ、このままではいけないと。他人がどうなろうと知ったことではないと考えていたが、これは自分に責任があると思った。
「治してやる。必ずな。兄ちゃんは空を飛ぶことだって叶えただろ? その足も治してやるさ」
精一杯の笑顔で語るワルロスだが、言った言葉の確証はない。
それが気休めの言葉というのはニーナにも判った。けれどそれがなにより嬉しい言葉であった。彼女は泣くのを止め、一生懸命笑顔を見せようとした。それが また痛々しく見えた。
─【依 頼】─
「俺って馬鹿だな……」
ワルロスが酒を呷りながら呟く。
「なにを判りきったことを言ってやがる」
魔術書を読みながらバウマーが毒吐くが、今のワルロスにはそう言ってもらえる方が気楽である。
「そんなことないですよぉ。私より博学ですし、配慮ある行動をとっているじゃないですかぁ。馬鹿は私の方ですよ、下位古代語も読めませんし……」
ユーニスは悪気もなく明るく率直に思ったことを述べるのだが、彼にしてみれば胸ぐらを抉られるような気持ちであった。
彼は杯に残る酒を飲み干すと、事の次第を語りだした。少女のこと、カードのこと、病気のことを。
「……それで? 俺様にその貴族の小娘を助ける知恵を借りようってのか?」
「バウマーさん、そんな言い方ないじゃないですかぁ」
説明の途中から、読みかけていた魔術書を閉じ、ワルロスの話しに耳を傾けていたバウマーは厳しく言い放った。ユーニスが咎めるのを睨みを利かせて止めさ せる。
「ああ、そうだ。なんとかして救ってやりたい。カードの件は悪かった。その分の報酬は必ず払う。……それに、お前の貴族嫌いは判っているさ。だが貴族っ たって女の子だ? 助けてやるくらいかまわぬだろ? 俺じゃどうにもならない……」
前半、席を立つような勢いで喋るが途中からその勢いはなくなり、最後には彼は頭を抱えて椅子に沈み込んでしまう。
そんな彼を見て、バウマーは眉間に寄せていたしわをゆるめた。
ワルロスは悪い男ではない。“鍵”のくせして自分の汚点をペラペラしゃべるようなお人好しだ。今回の件も普通ならば人に話したりはできない。自分で調べ 手がないと判っていながら、それでも誰かに知恵を借りようと思う者はそうはいない。その抜けた素直さが彼の長所でもあった。ただ、普段は短所としか映らな いのが玉に瑕であるが。
「判った。ただし条件がある」
バウマーが答えると、ワルロスは顔を上げた。駄目で元々と話した内容だ。カードの件は裏切り行為と取られてもおかしくはない。仲間から外されることも覚 悟していた。バウマーの了承は、まだ道があるということであった。
「その貴族、貴族を辞めてもらうぞ」
バウマーの話では、貴族の称号を場合によっては売り買いすることができると言う。条件があったり、国王の許可が必要であったりとすんなりとは行かない が、売り払うことができるのだ。特に称号のある貴族は限られている。貴族になりたい者たちはあとを絶たないがその受け皿はない。婚姻でその家に入り込む か、養子となるしかない。希に武勲を挙げて叙勲されるが平静時には考えがたかった。
「貴族を辞めて市民となると約束するなら、手伝ってやろう」
貴族権を売ることができればまとまった金になる。それを借金に充てさせる。残った残金から依頼の報酬をいただくことにする。
「手前ぇの依頼じゃ、ただ働きさせられるからな」
あくまでバウマーは貴族から娘の命を救う依頼として請け負おうとした。それもこれも貴族権が売ることができればの話である。
彼はワルロスにその貴族の噂を流し、市民の注目を集めさせるよう指示した。商人たちにも貴族権が手に入るチャンスが巡る可能性を示唆し、話題が膨れあが るようし向けさせた。
ワルロスは奔走した。貴族が娘のために借金を作っていると。それでも娘の病気は治りそうにないと。貴族権を手放してでも娘を救いたいと思っていると噂を 広めた。商人や金持ち連中の耳にも入るようにした。時には金をばらまいてでも。
そしてニーナの館へ赴き、父親に貴族権を手放す話を切り出す。
父親は大いに戸惑いを見せた。今まで貴族として生活してきたことを「捨てろ」と言うのだ。自分たちがいかに貧乏しようとも構わなかった彼は、まだ更に下 の生活が残っていることをこのとき気がついた。
沈黙が続く。ワルロスは急かさず、静かに返答を待った。
「わ、わ、判りました。こ、国王に掛け合って……みます」
彼は声を震わせながら答えた。身分を捨てるのも容易いことではない。家の者が一人減るというならまだしも、その一族が消えるのは罪を冒すか、抹殺された ときぐらいである。
先代が失態を続け、財産が大きく削がれ、今の代でも人の良さからつけ込まれ、騙され続けた男である。娘のためと思って財を投げうつが、病が治らない上、 金だけ持っていかれる。不運な貴族であった。
バウマーの案は功を奏した。噂の効果もあり、同情を見せた国王が許しを出したのだ。ただ、直接市民に売ることはせず、国が一度買い取るということをし、 空いた席はおって決めることとなった。これもニーナの父が無欲で悪い噂が何一つないことが良かった。人の良さがここに来て評価されたのである。
─【貴族を捨てて】─
「明日、全てが片づく。いい加減お前の案を聞かせてくれ」
奔走し続け、疲労の色を隠せないワルロスが切り出す。バウマーは、確定するまで話せぬと、ニーナを救う案を話さずにいたのだ。ワルロスの真剣な眼差しを 受け、バウマーは口を開いた。
「いいだろう。単純なことだ。ヘンルーダが日持ちしないなら、日持ちするところまで出向けばいい」
さらりと述べた彼の言葉は、ごく単純なことであった。オランにいてはヘンルーダを手に入れる術はない。だが、ヘンルーダが自生しているところまで行けば なにも問題はないのだ。もちろん行けるかどうか、どこに自生しているか判るかどうかという問題は残っていたが。
ワルロスは息を呑んだ。
自生するところに向かうとなれば、万が一帰ってこられない可能性もある。道中の資金も必要だ。彼が貴族権を手放し資金調達させた理由を垣間見た気がし た。そしてその道中付き添うことも理解した。
貴族権を手放し、大金が舞い込んだが、それはギルドをはじめ多くの商人や血縁の者の返済に充てられ消えていった。それでも市民にしてみれば十分すぎるほ どの財産として残ったが、働かずしていくならば、瞬く間に消え去る額である。しかもその中からワルロスたちへの報酬を支払わねばならないのだ。
二頭引きの馬車用意し、たくさんの保存食やら野外生活用品を積み込む。馬車の振動で足が痛まないよう、特別にベットを作らせ荷台に添えつける。旅には両 親も同行する。土地も家も失ったのだから当然のことだ。娘が助からねば、親たちも命を捨てる覚悟でいた。
ヘンルーダの自生している可能性のある地域は、ワルロスが奔走している間にバウマーが調べていた。毛嫌いして近寄らなかった学院にも赴き調べた。あちこ ちの文献を漁り、確かな情報を集め、整理する。そこから導き出された地域の中で近い場所を選んだ。
オラン南西に突き出ている半島の先へ。
道のある地域までの道中は、さほど苦労することもなかった。
だが道がなくなると、その進みは一気に落ちた。徒歩ならばともかく、馬車を入れての進行となれば楽なことではなかった。進む先を見定め、進路を決定す る。泥濘にはまり往生したこともある。毎日が野営であるため熟睡して休めない。怪物の襲撃も昼夜を問わず警戒せねばならなかった。
道なき道を進むこと数日。気候も変化し、冬というのに温かい。枯れ草しか目にしなかったのが、ここらでは緑がある。木は少なかった。点々と生えているだ けで、あとは草原であった。それが木もなくなり、草もまばらとなって荒野と変わる。風は強さを増し、馬車の行く手を阻んだ。
バウマーの調べでは、今日か明日にでも見つけられるとのことだが、彼以外ヘンルーダがどんな形をしているか知る者はいない。口で説明しても判るものでは ないため、捜索は彼一人で行っていると変わりがなかった。
─【襲 撃】─
日が西へと傾きはじめた頃、ついにヘンルーダを見つけた。それは群生していた。
バウマー以外が歓声を挙げて喜ぶ。ヘンルーダの元に馬車を寄せ、早速摘み取り出す。これでニーナは救われる。誰もがそう思っていた。
ユーニスが異変を察知する。鳥肌が立ち、身の危険が迫っていることを伝えていた。それは強風の中に含まれるごく僅かな動物臭であった。風上を振り返って 見ると、離れた丘に一つの影が見えた。
「やはり出くわしたか」
彼女の動きを見て、バウマーがその先へと視線を巡らせ呟いた。
「石になりたくなかったら、その草さっさと食え。ワンコインっ! 小娘ら連れて向こうの岩場まで行け。行くぞ」
彼が号令をかけるのと、丘の上の影が動き出すのは同時であった。
ヘンルーダを手にして口へと運ぶ。思わずバウマーはそれを吐き出した。
不味いのである。とても食べられたものじゃない。
だが、食わなければ石化される恐れがある。命には代えられない。とはいえ、判っていても呑み込めるような味ではなかった。迫り来る怪物に対応せねばなら ないのだが、ヘンルーダを飲み込むには水筒の水を必要とした。
ユーニスもワルロスもヘンルーダを呑み込めないのは同じであった。バウマーから怪物──コカトリスの話は聞いていただけに、その重要性は熟知していた が、これほどの味とは彼も説明していなかった。彼も口にするのは初めてであったのだ。
迫り来るコカトリスに対応が遅れる。ワルロスは意地でそれを飲み込み、馬車へと駆け上がった。ちょうどユーニスも飲み果たし、涙目になりつつも剣を抜 く。
丘の上から下り走るコカトリスは目前へと迫っていた。バウマーが知るコカトリスの大きさより二回りはでかい。彼は冷静に支援魔法を唱えだした。
ユーニスは馬車に近づけまいと前面に出ようとするが、無視される。コカトリスの目的は幌のついた目立つ馬車のようであった。彼女はスネアの呪文を唱える ものの、かわされる。ワルロスは手綱を操り少しでも離れようとするが、車輪が石の間に挟まり動けない。迫るコカトリスの突撃に、彼は避けられないことを 悟った。
体当たりをしてきた。
ガンッ
強い衝撃が伝わり、ワルロスは振り落とされそうになるのを手綱を支えにすることで凌いだ。だがニーナが衝撃により外へと投げ出されていた。彼女は地面を 滑るように落ちた。
ニーナは痛みを覚悟した。だが擦りむいているはずの手や足、体から痛みは伝わらない。それどころか落ちた衝撃すらも予想した程ではなかった。
彼女は魔法の光に包まれていたのである。
突撃を避けられないと悟ったワルロスが、カードの力を借りて彼女へとかけていたのだ。彼は彼女が怪我をしていないのを見ると強ばらせた表情をゆるめた。
ワルロスが武器を抜き出して飛び出る。ニーナは父親に任せ、コカトリスとの間に割って入る。飛びかかる彼の短剣に炎が付与された。ユーニスの剣も燃え上 がる。
炎を纏った剣は、肉を焼いた。それで怯み逃げ出すことを願ったが、さらに怒りをあらわにしてきた。コカトリスは威嚇の声を上げると嘴をつき出し反撃して きた。
二人がかりでも、優位には立てなかった。
猛り狂う動きに、上手く打ち込めないのだ。
ユーニスが切り裂き隙を作る。そこへワルロスが渾身の力を込めて短剣を突き立てるが、激痛に体を激しく震わせふりほどかれる。バランスを崩した彼の頭部 めがけて尾が叩きつけられる。ワルロスの身が宙へ浮く。
「お兄ちゃんっ!」
遠くから見ていたニーナが叫ぶ。
果敢に挑むワルロスを、まるで騎士(ナイト)のように感じていた彼女は、悲鳴を挙げた。
ワルロスは起きあがる気配がない。ユーニスは彼が突き刺した傷口めがけて打ち込む。堅い表皮でないそれは、剣を深々と飲み込んだ。
勝負はついた。断末魔を挙げたそれは、逃げるように数歩歩むとドサリと崩れた。彼女はコカトリスが動き出さぬよう何度も剣を突き刺した。
─【生きるために】─
「ははっ、無様なとこ見せてしまったな」
ワルロスの顔半分が叩きつけられた衝撃で腫れ上がっている。一時的に気を失っていただけで、命に別状はない。ユーニスの応急手当に身を任せながら、ワル ロスはばつの悪そうな笑みを浮かべる。
「ううん、そんなことない。格好よかったよ」
彼の身を案じていたニーナは、目を潤ませながら安堵の溜息をつく。
彼女は自分が生きるために、どれだけ皆が苦労しているのかこの戦いで実感した。ユーニスとて無傷ではない。特に石化した服の一部や肩当てはもう使い物に はならない。ヘンルーダの効力は、身につけている物まで及ばないのだ。
生きることの難しさを知り、命の大切さを感じる。あんな怪物と戦わねば生き残れないことに衝撃を受けると共に、ニーナの中でより強く「生きたい」と思う ようになった。
その夜、夕食の仕度をしているとバウマーが血の滴る肉片を持ってきた。コカトリスの肝臓である。
「ほれ、こいつも食え。石皮病のもう一つの特効薬だ」
バウマーが死体を捌いて取りだしてきたものだ。とはいえここは荒野。燃やすものは草ぐらいしかない。肉を焼いて食うことはできない。
「当たり前だ。ここまで来て生肉が食えぬとは言わせんぞっ!」
拒絶の色を見せたニーナに、バウマーは恫喝する。生への執着が確かならば綺麗事など口にできないものだ。
その言葉にニーナは気を取り直して「あたし食べる」と、元気良く答えた。先ほどの戦いで感じたことを思い出す。病気は治さねばいけない。死にたくはな い。
血を絞りきってない肝を、目をつぶって食らいつく。口元を汚しながらニーナはそれを飲み込んだ。ヘンルーダよりマシだが、血の味が強く美味しくはない。 だが怪物と戦う恐怖を思えば、「このくらいできなくてどうする」と、彼女は生きるために食べた。
夜半前、バウマーからワルロスへ見張りを交替するとき、ワルロスが声を潜めて訪ねた。
「あの肉、本当に効くのか?」
バウマーは眠そうな目でワルロスを見やると鼻で笑った。
「時機判る」
彼は明言を避けた。嘴に石化の魔力を持つ魔獣コカトリス。それが唯一食べられる植物がヘンルーダである。ヘンルーダは嘴に触れても石化しないためだ。だ からその草を食べるコカトリスの肝臓も同じく石化に効果があると推察するのは簡単であったが、現実はそうではなかった。
ヘンルーダの効果は一日で消える。毎日食しているからといって、その体内に変化が起きることはない。つまり肝臓にそのような効力はないのだ。それを敢え てあるように見せたのは、彼なりの気遣いの現れであったが、それが語られることはない。
翌朝、ワルロスは飛びかかってきたニーナに文字通りたたき起こされた。
「お兄ちゃんっ! ほら見てっ」
空を飛んだときよりもより一層細くなった足先が、石化していないのである。まだ皮膚は硬く完治するにはほど遠かったが、温もりがあるのだ。奇跡が起き た。
「あたし、生きられるんだね」
ガバッと抱きつき涙をこぼすニーナ。
石皮病の進行は遅いが、治りも遅い。空を飛んだ翌日一気に石化が進んだと同じく、こうして一気に治ることは考えがたいことだった。だが現実に治りだして いる。彼女の持つ生への執着、生きる希望が病気を追い払ったのだ。
泣き笑うニーナの笑顔を見てワルロスは気がついた。
自分が彼女に執着した理由を。
そう、ニーナの笑顔は死んだ昔の彼女の笑い方に似ていたかことに。
ニーナの頭を撫でながら、彼も前に進まねばと思った。
朝日が幌の中に射し込み、二人を柔らかく包んだ。
<おわり>
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