エ ンハンサー( 2003/03/02)
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作者
Maki
登場キャラクター
ワルロス、ユーニス、バウマー




 その日バウマーたちは、山の麓の村までやってきていた。怪物の影が見え隠れするから、調査してほしいと途中の街で耳にしたためである。むろんそれが事実 であるなら退治せよというものであったが、退治に関しては別の者に頼んでも構わなかった。事前調査の段階である。

 村人の話では、直接怪物を目撃した者はいなかった。枝が折れていたり、幹が削られていたり、何かを引きずった跡を見かけたりと、怪物を臭わせるものは あったが、それがどういったもので、被害がどう出るのかは検討もつかなった。
 大方妖魔の仕業ではないかと思えたが、今ひとつ確証はない。この騒動のため、狩りはもちろん、薪拾いすらできなくなっていた。

 村人が気にしている折れた枝や、引きずった跡を確認して回ると、ユーニスが別のことに気がついた。足跡である。大小さまざまな足跡が泥濘に残っているの を見つけた。素足であることが妖魔を臭わせる。足跡からしてゴブリンと思われたが、ホブゴブリンも混じっている様子だ。
 バウマーが足跡から妖魔を判別していく。ホブゴブリン以上の大型の怪物の足跡は見つけられなかった。規模は10以上30以下と思われた。泥濘の一部の足 跡だけでは総数は判らない。ここは数と種類を確認するまでが仕事と思えた。

 山間部、麓の雑木林などを歩き回る。中心はユーニスだ。妖魔が移動してくるのは食料目当てがほとんどだ。縄張り争いに敗れて追い出されたものや、他の冒 険者たちによって追われたものなども考えられる。妖魔などその目的を推察して動かなければ捜索はうまくはいかない。それは狩りでも同じだ。その動物の生 態、習性を考慮せねば見かけることすら困難である。
 この土地の特徴、どこに何があるかを村人から聞きだし、妖魔が現れた方向をいくつか推察し、その行き先を考えた。そしてその可能性を一つずつ足を運んで 潰していくのである。突発性の遭遇戦がないとはいえないため、バウマーもワルロスも付き合うこととなった。

 妖魔は裾野に立てられた道具小屋にいると思われた。村から離れた畑まで道具など運ぶのが手間であるため、そのような小屋を建てて保管しておく場所であ る。冬場は畑仕事もないため、小屋に近づく者はいない。そこを塒にしていると思えた。
 夜を待って妖魔の数を確認する。
 妖魔は通常夜行性である。おそらく小屋から出てくるため、それを使い魔によって確認する。数が少なければ彼らで退治すればよし。多ければ他の冒険者に任 せる。そういう算段であった。

 結果、妖魔は8体。力のある魔術師のいるパーティならば無理とは言えない数だ。10体以上を予測していたバウマーにとっては意外な数値として映った。だ がホブゴブリンも1体いるため深くは追求しない。
 ゴブリンの体格も小柄なものが多く、まだ成熟していないことが伺えた。怪我を負っているものも見られ、どうやら敗走してきたグループと思えた。

 バウマーたちは村人に説明し、退治を請け負う。前金で総額の三割を頂いた。それはバウマーの絶対的な自信と軽口が村人を安心させ、退治は成功したものだ と思えたからである。しかし、それが落とし穴となった。

 真っ昼間に妖魔退治に出かけようとしたバウマーたちを村人が呼び止めた。おかしな事に、その村人はバウマーたちが妖魔を既に退治したと思い、讃えに来た のだ。
 不審に思った彼らは、詳しく事情を聞く。
 すると、彼らがまだ詳しく調査していない地点で妖魔が大量に惨殺されているというのだ。確かめのねばならない。

 急遽予定を変更し、バウマーたちはその現場へと向かう。そして血の海と化した妖魔の死骸の山を見た。ホブゴブリンが二体含まれており、自分たちが退治し ようとしていたものと別物だと知る。
「一体誰が?」
 ワルロスの疑問に答える者はない。人であるならば村に立ち寄らないはずはない。死後それほど経過していないと見ると、自分たちがやってきた日ぐらいでは ないかとバウマーは推測した。そして妖魔を倒した者の正体を考える。
 現場に残された足跡を見て、バウマーは唸った。

「キャンセルだな」

 彼の言いだした言葉の意味が二人には分からなかった。一体何を見つけたというのだろう。訪ねるユーニスに、バウマーは足跡を杖先で示し答えた。
「トロールだ。貴様等には倒せん」
 二人ともトロールの知識は持っていたし、その恐ろしさも未体験であるが想像はしていた。村に入り込んだのは妖魔だけではなかったのだ。トロールもまた やってきており、妖魔と遭遇し争いとなった。妖魔に勝ち目があるはずもなく、8体だけが逃げ延びたのを彼らが見つけたのである。

 しかしバウマーの台詞に、ワルロスは納得できない表情で訪ねる。
「俺等が未熟だったら、お前がやればいいだろう? キャンセルする必要がどこにある。天才魔術師ならトロールの一体ぐらい倒せるだろがっ」
 以前、街からのキャンセル料を寄進してしまったことが腹立たしく、根に持っている彼は不可解な言葉を発するバウマーを怒鳴りつけた。バウマーの魔力を 持ってすれば戦い方さえ誤らなければ倒せるかもしれない。だが、彼はそうしようとはしなかった。

「俺様は拡大魔術師(エンハンサー)だ。貴様等の能力拡大をして倒せぬものには挑まん」
 拡大魔術(エンハンス)とは、古代語魔法の十系統あるうちの一つの門派(ブランチ)だ。身体能力を高める魔術であり、驚異的な力を引き出す門派であっ た。

「拡大魔術ってのはなぁ、能力を引き出す相手がいてこそ成り立つ魔術だ。一人で事を片づけるような力押しだけの門派じゃねぇ。判ったかっ!」
 拡大魔術は自分の身体能力を高めることも可能だが、戦士の訓練を受けてない者の力を伸ばしたところで意味はない。もちろん敏捷さを増せば、相手より先に 行動できるメリットがあったが門派そのものが攻撃的でないため、己を高めることは無意味に等しい。
 拡大魔術はかけるべき仲間がいてこそ発揮される魔術なのだ。四大魔術(エレメンタル)のように攻撃的な呪文を多く揃える門派と違い、単独では大きな力と なりにくい。
 現在、マナ・ライによって広められた統合魔術(ウィザードリー)は統合魔術師(ウィザード)と呼ばれず基本魔術師(ソーサラー)と呼ばれるのは何も死霊 魔術(ネクロマンシー)が加わっていないだからではない。各門派の誇りを伝達できぬと断念し、魔術そのものを衰退させないための苦肉の策としてソーサラー と呼ばせたのだ。基本魔術(ソーサリー)は魔術の根本を成す門派であり、マナ・ライの思想と合致していたからだとバウマーは考えていた。真相は分からない が外れていない自信が彼にはあった。
 だからこそ安易に入手できる魔術を使う気にはなれなかったし、マナ・ライの行いが正しいとは考えていなかった。

 むろん彼も拡大魔術以外の門派の呪文を修得している。マナ・ライの作り出した魔術書を手に入れてだ。古代王国期に書かれた門派専用の魔術書は拡大魔術と 幻影魔術の二冊である。だからこそ、彼はその二門を名乗るがソーサラーとは名乗らないのである。マナ・ライの教えには聞く耳を持たぬが、得られる魔術は手 にしておいて不足はない。魔術を追求する者ならば判る感情である。

 だが直接、傷を与えたり、精神を支配して屈服させるような魔術は、拡大魔術にも幻影魔術にもない。だからこそ力があり、呪文が使えるとしても使わないの だ。これは時と場合によって対応が異なるが、特に今回のような緊急時でない場合は使わぬことを選ぶ。

「判るかっ!」
 ワルロスが反論するが、バウマーは相手にしない。仕事を請け負ってからのキャンセルとなれば、前金の倍額払わなければならない。
 彼らは決して裕福ではない。仕事に来て出費するだけして帰ってとあっては食べていくこともままならない。バウマーのプライド一つで窮地に陥れられるのは 勘弁してもらいたかった。

 だが調査段階で見落としがあったのは事実であるため、この取り消しは仕方ないとも言えた。間違った情報を残し、別の冒険者に迷惑をかけることを思えば金 で解決できることならばまだ大したことではない。ユーニスがワルロスを説得する。こと調査のミスは彼女にあるともいえた。だがここはパーティを組んだ仲間 である。ユーニスのミス、バウマーの不要な自信、それら含めて彼らの力なのだ。ワルロスは従うしかなかった。
 
 バウマーらは前金の倍額を返し、退治を断念した。大量に妖魔を殺戮したトロールは空腹による村への襲撃の可能性は低いと思えたが油断はできなかった。
 そのため別の腕の立つ冒険者たちが到着するまで村を護衛することにし返金した額のいくらかを取り戻した。
 やがて冒険者が到着し、バトンタッチとなる。腕の立つ冒険者とはいえ、魔術師はいない。苦戦を強いられるのではないかと思えたが、そこはもう彼らの出る 幕ではなかった。

 冒険には失敗がつきものだ。避けられる道は避けなければならない。目先の欲に捕らわれては大事になる。バウマーのプライドが吉と出るか凶と出るかは判ら ない。だが彼らは生きている。
 帰路の道でワルロスが変わらずバウマーに文句を言う姿を見て、ユーニスはくすりと笑みを浮かべた。

 バウマーが答えた台詞が嬉しかったからだ。他人を必要とする魔術を修得しながら、人の付き合いがまるで駄目な男。それで嫌われながらも仲間を盛大に募集 し振られ続ける。その矛盾が可笑しくてまた笑う。
「もう止めですっ!」
 ユーニスは二人の間に割って入り止めさせる。
「次ぎ行きましょ、次ぎ」
 数歩前に出て振り返り、明るい表情で笑ってみせる。
 その言葉と笑顔に二人とも押し黙り、「おぅ」と声を揃えて返事をした。そのタイミングに二人で嫌な顔をして見合わせるのがユーニスにはまた可笑しかっ た。





  


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