喧 嘩( 2003/03/5)
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作者
Maki
登場キャラクター
ベイター、リグベイル、バウマー




 見るからに冒険者──それも穴熊と思わしき格好をした男が、一人の男を殴り飛ばした。
 男は壁に叩きつけられて、ずるりと崩れ落ちる。

「おいおい、もう終いか? 期待はずれもいいところだぜ」
 穴熊風の男の名はベイター。主に墜ちた都市に挑んでいる冒険者だ。
 辺りは繁華街ということもあり、喧嘩を見に取り巻きができあがっている。倒れた男は、細身で日に焼けておらず、黒いローブに杖を持つ典型的な魔術師で あった。耳が僅かに尖っているところから半妖精であることも伺えた。

 野次馬たちはひそひそと事の成り行きを後からやってきた者たちへと説明している。その内容は正しいものもあれば、勝手な憶測で作り上げられたものもあっ た。
 ベイターの耳には「抵抗もできない魔術師を一方的に殴りつけた」という自分の耳を疑いたくなるようなものまで入ってきた。
「なんてことだ。俺サマが悪者かよ」
 殴り飛ばした男が半妖精であったことも彼にはマイナスであった。忌み嫌われる半妖精と魔術師、しかもひ弱と来れば、どちらが喧嘩に勝つかは一目瞭然であ る。力が上の者から喧嘩を仕掛けると見るのが普通であった。

 喧嘩を吹っ掛けてきた──正確には因縁をつけてきたのは魔術師の男、バウマーであったのだが、口論の結果手が出るようになってしまったのである。ベイ ター自身、頭に血が上りやすい傾向でもあるため、馬鹿にされて黙ってはいられない。瞬く間にヒートアップし、殴り合いに発展したのだ。
 いや一方的な殴りに発展した。

 バウマーは弱かった。

 足も使えばそれなりのフェイントを使おうとはするのだが、しょせん素人のそれと大差ない次元である。技術を学んだ者からすれば話にならない。一方的にな るのは当たり前のことであった。

 バウマーとは以前酒場で口論したことがある。そのときも服装についてケチをつけてきたことが始まりであった。そのときベイターは懐具合もよく、店内であ ることもあって落ち着きを取り戻し事なきを得たが、今回は止める要素がなかった。顔に痣を作り、完全に気を失っているバウマーを見て、ベイターは「余計な ことをした」と自分の短慮さを呪った。

 崩れ落ちたバウマーを担ぎ上げ、その場から離れる。このまま放置することも考えたが、それでは野次馬の言うとおり悪者は自分となる。対面を繕うつもりで はなかったが、殴り飛ばしたまま放置するのも気が引けたため、口論した酒場まで運んで行くことにした。担ぎ上げて気がついたが、確かに華奢であった。「こ れで殴り合う気になる奴の気が知れん」と思いながら、手から転げ落ちた杖も拾って繁華街を出た。

「じゃあ、あとは頼んだぜ。そいつが起きたら、『二度と絡むな』と言っておけ」
 ベイターは長椅子にバウマーを降ろし寝かせると、店員にあとを任せて出ていった。
 バウマーを残されて店員は困った顔を見せる。この男、口は悪く何かと因縁をつけてくるので、できれば相手はしたくなかったのだ。ボコボコにされている姿 を見て、ホッとすらする。しかし、客は客である。仕方なしに介抱していく。

 来た道を戻るベイターは、道に転がる石を蹴っ飛ばした。
 因縁をつけられ、それを見事打ち倒したにも関わらず気持ちが晴れない。なんというか、子供相手に本気で喧嘩したような、そんな感触であったのだ。最初の 二発でバウマーを「弱い」と判断できていた。

「それでも殴り続けたのは何故か? 魔法が怖かったからか?」

 自問自答してみる。
 呪文を唱える隙を与えては、一発で逆転されてしまう。その恐ろしさが自分の拳を止めさせなかった。だが、バウマーは一度も呪文を唱えようとする素振りは 見せない。弱いくせに果敢にも挑んでくるだけだ。
「チッ、胸くそ悪ィぜ」
 最初から呪文を唱えていれば、結果は逆であるように思えた。それをしない魔術師が不可解で、また自分が卑怯者のように思えて不愉快だった。





  


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