余 興( 2003/03/14)
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作者
Maki
登場キャラクター
ユーニス、ワルロス、バウマー




「わりぃな、ちょっと借りていくぜ」
 ワルロスは身ぐるみを剥いだ男の服に着替え、人混みに消えた。 あとには猿ぐつわを噛まされ、自由を奪われた中年の真面目そうな男がもがいていた。

 ──ラッパが高らかに吹き鳴らされる。次の取り組みの合図だ。
 晴れ渡る空に色とりどりの旗が舞い、人々は歓声を挙げ入場者を待つ。
 首都オランから数日離れた街トレス。自由人の街道沿いにあるこの街で、今日は催し物が開かれていた。街の商工ギルドが主催したもので、歌や踊りをはじめ 出店やら興行を招いての大がかりなものである。中でも町民が期待するのは戦士達がさまざまな武器を手に争う賭け試合であった。

 進行役の者が声を張り上げ、戦士の名を呼ぶ。
「ユーニス・クインシー、ロンウッド・フィロー」
 二人が東西の門から入ってくる。そこへ、ユーニスの脇をすり抜けて入り込む者がいた。
「さぁー、みなさんお待ちかね、余興の時間です〜」
 両手いっぱいに広げ、二回ぐるりと回って見せ観客の注目を集める。片方の手を胸に当て主催者と賓客席に深々とお辞儀をしてみせる。
 男の身なりはよく、襟や袖に綺麗な刺繍が施され、靴もピカピカに磨かれている。髪型もキッチリ整え顎に伸ばした髭はまだ長さは十分ではなかったが、それ なりの品格をかもし出していた。
 顔を上げて一呼吸置くと観客の方へ向き直る。

「私はユーニス・クインシーの従者、ワルロス・ヘーケンビュアーです。彼女の故郷はこれより西に位置するエレミアであります。生まれは語ることができませ んが、一貴族とだけ申しておきましょう。クインシーの名も偽名であることを許されたし……。そこから一人剣を携え、旅だったのは二年前。オラン、アノス、 ミラルゴと巡り、ミード湖を臨んでから再びオランに着くのは二ヶ月前。女だてらに剣の道を選び、行く先々で困った人を助け、悪人共を薙払い、妖魔たちを ぶっ飛ばして参りました。オランといえば有名なのが墜ちた都市“レックス”。さらなる剣の腕を求め挑みましたところ、魔獣キマイラに出くわしました。これ がもう強いのなんの。前半分が黒いライオン、後ろ半分が黒山羊で尻尾が毒蛇になっており、背中からは山羊の頭が生えているのです。ライオンの牙だけでも凌 ぐのがやっとというのに、暗黒魔法は使ってくるは、蛇に噛まれそうになるはと大苦戦。しかし彼女も引き下がりはしません。まだあどけなさの残る表情とは裏 腹に、果敢にもこれに挑みます。彼女を支える仲間の助けもあり、辛くも打ち倒すことができました。そして今日も、さらなる腕を磨くためこの大会へ出場した のであります」

 声高らかに一気に話まくり、大げさな身振りも加えて観客の視線を釘付けにさせる。進行の予定にない男の乱入を止めることもなく、誰もがそれに耳を傾けは じめていた。ワルロスは注目を集めていることを確認すると息を吸い込む。

「まだうら若き女性でありますが、そこらの男たちと一味違うところをお見せいたします。本日、ドワーフの名刀鍛冶ボルフォル殿が献上した、大剣をあの細き 腕で操り、ロンウッド殿を倒してご覧に入れましょう──」

 ワルロスはたっぷりの間を空けてから、主催者である商工ギルド長へ向き直り、献上品を試合に使用させてもらうよう願い出た。
 主催者側の席からどよめきが沸き上がる。それもそのはず、献上した大剣は並な大きさでなく、ドワーフの力自慢でも持てるかどうかという代物なのだ。ユー ニスがいくら体格がよいといっても、到底扱える大きさではない。
 自信溢れたワルロスの物言いに賓客の老齢な貴族が口を挟んだ。
「面白い。どうせ飾りにしかならん大剣、錆び付かせるのがオチだ。使って見せろ」
 その言葉を受け、ギルド長も頷いて使用を認めた。

 大剣を二人がかりでユーニスの元へ運び、持っていた片手半剣を預かり引き上げる。
 それを確認してから進行役が合図を促すと、銅鑼の音が響き渡った。

 ユーニスの身長は160ほどでごく普通にいる女戦士と大差はない。いやむしろ戦士として見るなら低い方といえる。ソフトレザーとハードレザーを組み合わ せた鎧に身を包み、あどけなさを残した表情とは裏腹にしっかりとついた肩と腕の筋肉。深緑の瞳はロンウッドを見据えていた。

 対するロンウッドの身長は180を越え、体格、筋肉共に戦士としては申し分ないものである。こちらもハードレザーに鉄の錨を打ち込んだ鎧に身を包み、同 じく大剣を持ちだしていた。細い目は、自分より大きい大剣を手にした女を面白く無さそうに見ている。苛立ちのせいか、土を何度も蹴っては足場をならし、ま た蹴ってはならすということを繰り返していた。
 女戦士の数は男の比ではない。男女別部門に分けるほど女戦士がいるわけでもなし、こうして混合で試合をすることになるのだが、男にしてみれば女の参加は 鬱陶しいだけであった。

 銅鑼の音と共に、ユーニスは体格に見合わない大剣を易々と持ち上げ、自ら駆け込んで切り払いにいく。
 一気に間合いを詰められ、剣が薙払われる。対応が遅れたロンウッドがそれを受け止める。すかさず彼女は逆サイドへ剣を振り変えて打ち込むが、これも凌が れる。

 試合は実剣である。寸止め勝負であったが、万が一を備えて街のチャ・ザ神官、マイリー神官を控えさせている。それでも試合で命を落とす者はいる。

 ユーニスの猛攻は続いた。

 この街に来る前まで、彼女らは人の住まない荒野に長いこと身を置いていた。一人の少女を病から救ってやるために。
 荒野ですることは何もない。
 怪物の襲撃に備えるには備えているのだが、初日に魔獣と戦った以外、これといって襲ってくるものはなかった。そもそもその魔獣の縄張りであったようで、 それを侵してまでやってくる怪物はなかったのである。だからやることはカード遊びかおしゃべり。あとは自己鍛錬であった。

 その自己鍛錬に魔術師のバウマーが手を貸した。拡大魔術師としては仲間の力を高めておく必要がある。魔術で高められる能力には限りがあるからだ。根本を 鍛えぬことには先はない。
 彼はパペットゴーレムを作り出し、稽古の相手をさせた。これは思いの外、彼女らの役に立った。何せ寸止めも遠慮も必要がなかったからだ。もちろんその逆 に、ゴーレムも寸止めや遠慮というものができなかったが。避けに専念させ、慣れたら実際に組ませる。ユーニスたちが劣勢になればすかさずバウマーが止め る。それの繰り返しであった。

 ロンウッドの打ち込みを受け流し、すぐさま切り返す。相手もそれをかわして払いに来る。
 一進一退の攻防が繰り広げられていたが、次第にユーニスが押されるようになる。最初の出だしこそ圧倒的な優位に見えたが、時間が経つと共に、剣筋が読ま れことごとく受け流されていく。そして防戦一方にまで追いやられ、ついに相手の剣先が無防備な頭上で止められた。

「そこまでっ!」

 審判が声を挙げる。ユーニスは敗れた。

「いやー、さすがお強いっ! ロンウッド殿の噂は確かなものでありましたっ!!」
 脇に控えていたワルロスが、すぐさま飛び出てきて勝利を収めたロンウッドを讃えはじめる。
「砂漠の民と死闘を繰り広げられたとか、ニルデ砦で、十人相手に立ち向かった話はどれも本当のようですね。我が主、ユーニスがここまで打ち込まれるとは、 次元が違います。格が違います。先ほどは大変失礼なことを申しまして、申し訳ありません。いやはや驚きであります。剣豪ロンウッド、見事な立ち回りであり ました。みなさん拍手をっ!!」
 誰からの横やりも入れさせずにまくし立てると、拍手の雨を呼び込ませる。
 一礼を終えた二人に対して、「よい試合でした」と声をかけると、再び拍手が沸き起こる。
「まだまだ我が主は剣の修行が必要なようです。今一歩力が及びませんでした。まだまだ若いですし、未熟なところが多く残ります。彼女を鍛えてやろうという 方、剣の仕事をくださる方、ユーニス・クインシーまでお声を願います。
「すごかったな」
「惜しいー、惚れたぜ姉ちゃんっ」
「よっ、筋肉娘!!」
「今度、仕事頼むぜっ!」
 たちまち観客から声が投げかけられる。
 自分の剣を返してもらったユーニスは、そんな声に戸惑いながらも笑顔で返してそそくさと退場していく。

 その後、ロンウッドは準決勝で敗れた。初戦で敗退したユーニスにとっては、対戦相手がどこまで勝ち進むかが気がかりであった。それが自分の腕前の目安に 繋がるからである。もっとも今回はインチキをしているため、正確な腕前とは言い難いことであったが……。

「まぁまぁか」
 戻ってきたユーニスをバウマーが迎えた。
 試合で禁止されている魔法を敢えて使用しに踏み切ったのは彼のアイデアである。筋力増強──ストレンクスの魔法を使いやってみせたのが今の余興である。 彼女の筋力を極限まで高め、本来振るえるはずもない重さの武器を扱う。
 観客はどよめき、小柄な女性と大剣とのギャップに驚く。
 そして主催者の物言いを防ぐためにも勝ってはならない。もっとも、今回の対戦相手は勝てる相手という気がしなかったため、全力で仕掛けても問題とは思え なかったのだが。

 魔法の効果は覿面であった。
 狐としての訓練を受けたワルロスの演説もさることながら、観客に強烈な印象を与えることに成功したのだ。それが試合後かけられた言葉の数々が証明してい た。競技場を出ると人垣ができていたのだ。
 ワルロスが語った武勇はどれも嘘であったが、それを訪ねてくる者はいない。誰もが「腕を見せてくれ」だの「すごい筋力だな」だの珍獣でも見るかのようで あった。そして「ファンになった」「これからエレミアに戻るのか?」「うちの商隊の護衛についてくれないか」など私生活から仕事の話が降り注ぐ。
 それに対してワルロスが彼女を守りながら「用事がある方は、“酒蔵”亭までお越しください」と何度も言いながら連れ出した。

「ったく、柄でもねぇことやらせんじゃねーよ」
 整えた髪をくしゃくしゃに戻してワルロスが愚痴る。
「バウマーさんてば、人遣い荒いですよ〜?」
 続けてユーニスも習う。
「全くだ」
「んだと、てめぇらが『風呂入りたい』だの『いいもん食いたい』だの抜かすからじゃねぇかっ! ちったあ効率よく稼ぐ手立てを考えろっ!」
 ピシャリと言い放たれて、沈黙して顔を見合わせる二人。
 荒野生活が続き、愚痴の数も増えたのをバウマーが汲んで考えた金儲け案だった。わざわざ遠回りして街道に出たのも、風呂付きの宿に泊まるためである。

 それぞれの役割を果たしてこそ結果に繋がる作戦である。人使いも荒くなるというものだ。
 実際ワルロスの働きなしにユーニスへの注目があったとは考えにくい。他にも女戦士は出場していたし、器量の良い女性もいた。
 それでありながらユーニスへ注目を集めさせたのはワルロスの巧妙な誘導があったからこそである。身なりのいい服装を調達したのも、そのお膳立ての一つ だった。
 ユーニスの剣術も弱すぎてもダメだし、勝ち進んでもいけない。苦労させたとはいえ、確かな感触は出ているのだ。

「ま、これで仕事が舞い込み易くはなっただろう」
 バウマーの一つの狙いはそれであった。いつまで経っても「1ガメルの男」と同じパーティということで煽りを喰らい続けるわけにもいかない。もっともそれ だけでなく、「初対面で敵を作りまくる魔術師」や「ボケ倒して大切な所を逃がしまくる女戦士」の存在もマイナス要因としてあるのだが。
 特にバウマーのマイナス要素は大きすぎるとも言えた。出会う先から噛みつくような口調で話しかけ、二言目には喧嘩腰になり、何度表に出かけたことやら判 らないのである。その度にユーニスとワルロスで止めに入り、なだめ謝罪をするのだ。
 こと交渉は二人で行おうとするのだが、この魔術師知らぬところで仕事やらなんやら交渉しだしてダメにするのだ。アイデア一つくらい考えて当然とも言えた が、当人には自分の不始末は棚に上げているため始末が悪い。

 宣伝効果を狙った余興であったが、結果的にオランへの影響はなかった。遠く離れた街で宣伝したところで、首都で噂に昇るほどではなかったのである。た だ、ここでの受注に変化が現れただけやった価値はあった。

「時間だな」
 競技場の銅鑼の連続音が大会の終了を示していた。残るは表彰である。バウマーのもう一つの狙いはそこにあった。

「特別賞、ユーニス・クインシー」
 来賓の老齢な貴族が小箱を用意して待っている。
 バウマーとワルロスに小突かれてユーニスが観客の中から飛び出てくると、拍手が沸き上がった。
 照れながら前まで行くと、「面白い余興であった」と言い賞金の入った小箱を手渡した。本来は金の像や宝石がちりばめられた盾など渡すものだが、“特別 賞”など予定にはなかったため金だけとなったのだ。
 貴族は手渡すとき、ユーニスの耳元で囁く。
「よき仲間を持ったな」
 当然のごとく主催者側は禁止されている魔法のことを見抜いていた。それでありながら賞を与えたのは大会を盛り上げた功績ともいえるだろう。実際、ユーニ スたちの一戦のあと、大会が一層熱を帯びたのである。
「はいっ」
 ユーニスは満面の笑みを浮かべて返事をした。こちらが狙っていたものを的確に読みとってくれたのである。余興を試合とはみなさず、余興として評価してく れたこと。それ以上に彼女には仲間を誉められたことが何より嬉しかった。
 ずっしりと重さを感じる小箱を抱えて、ユーニスは二人の元へ駆け戻る。嬉しさで顔がほころんで戻らない──。





  


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