冒 険者たれば
( 2003/03/26)
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作者
Maki
登場キャラクター
セイン、エルメス、ルーファス、ノースクリフ
突然激しい音が店内に響き渡った。テーブルが倒れ、その上にあった食器類が盛大に床にぶちまけられた。
客の視線がそちらへ集まる──その先には一人の男が悶え苦しんでいた。夕暮れ時、オランの表通りに面した食堂の一つ。飯の美味さから市民だけでなく冒険 者の立ち寄る場所にもなっていた。
男は苦悶の表情を浮かべ胸をかきむしる仕草をしていると、突然両肩が盛り上がりメリメリと皮膚を突き破って巨大な蟷螂のような腕が生えてくる。元々ある 腕も同じように細長く伸び、鎌のようになる。顔もそれに似て変わってしまう。
客が悲鳴をあげて逃げまどった。怪物と化した男は長い蟷螂の腕を払い、辺りのテーブルを倒していく。
変体と化した怪物の出現を見て、冷静に動き出している者たちがいた。
一人は剣を抜き、化け物を牽制して他の客に被害が及ばないように動いた。
一人はローソクに灯されたの炎から精霊に働きかけ、火線を飛ばして火傷を負わす。
一人は倒れた客を誘導して落ち着くよう宥めた。
一人は杖を持ち、冷静に状況を分析し、戦士と森妖精に指示を出した──彼らは冒険者たちであった。
「元は人間のようです。殺さないようにしたまえ。そこの森妖精(エルフ)、店内で無闇に火の魔法は使われるな」
「したまえったぁってよぉ。それができる相手かどうか見てから言えっての」
赤い髪が印象的な女戦士が、化け物の攻撃を凌ぎながら毒づく。彼女の名はエルメス。
「そうですね。突然のことで動揺してしまったようです。軽率でした」
護身用とおぼしき短剣を抜いた森妖精がエルメスと連携が取れる位置に立つが、間合いは遠い。森妖精の柔な体では怪物の一撃を凌ぐのは至難と見えるだけに 仕方のない距離だ。彼の名はルーファス。
「早くこちら側へ」
食事中に沸いて出た化け物に腰を抜かし、動けぬ市民たちを危険の及ばぬ所へ誘導する。チャ・ザの聖印を首から下げた男の名はノースクリフ。
「こんな狭い範囲では援護のしようもないではありませんか」
魔術師の証しである杖を手にするのはセインであった。怪物とエルメスの間合いは近い。眠りをもたらす魔法を仕掛けようにも範囲縮小をかけても彼女を巻き 込んでしまう。別の呪文を唱えようかと思案したが、彼は支援の魔法をエルメスとルーファスへかけることにした。
怪物と化した男は牽制するエルメスに敵意を向けた。長い四本の鎌となった腕を振り回す。彼女はそれをかわしつつ、細剣で反撃に転じる。巧みな剣技により 怪物の表皮が刻まれていくが元人であったことが気にかかり、思うように攻めきれない。
セインは怪物と化した男の正体を考えた。人間なのか、化け物なのかを。こんな街中で怪物が自ら正体など現すことは考えにくかった。巨人族の中に子供に化 ける怪物がいるが、それに類するものかと考えるが判断材料が乏しいと思えた。見る限りとても人間とは思えない。蟷螂人間とでも言うべきそれは、エルメスを 払い飛ばしていた。
店の端には抗う術を持たない市民が蹲っている。それを見やったセインは怪物を取り押さえなければならぬと判断した。しかし、それは困難に思えた。
はじき飛ばされたエルメスはノースクリフの“癒し”により痛みが取り除かれ立ち上がる。そこにセインが“魔力付与”を行い武器強化を図る。
「このままでは被害が広がる。抵抗できないようにしたまえ」
セインの指示を受け、エルメスが「おうよ」と男勝りの口調で嬉しそうに応える。細かい配慮など苦手な彼女にとって、力押しでいける指示は助かった。
魔術師の声にルーファスも支援の精霊魔法をかける。“攪乱”により怪物の判断を低下させ、エルメスの攻撃を有効なものにさせる。
この四人の連携により、怪物と化した男は床に俯せに倒れることとなった。まだもがき起きあがろうとする怪物をエルメスが馬乗りになり取り押さえる。大し た生命力と感心しながらセインが店から借りたロープを受け取ると、怪物を縛り上げた。
それで騒動は終わった。衛視を呼びに行かせ、後は任せればいい。突然のできごとに震え上がっていた市民も落ち着きを取り戻し、勇敢に立ち向かった四人を 褒め称えて感謝した。
その中でセインはこの事件の発生の仕方に疑問を感じていた。
「作為めいていますね」
一人呟き、呪文を唱えた。店内を見回し一つのことに気がつき、再度呪文を唱える。
「みなさんお待ちください」
荒れた店内から帰ろうとする客たちをセインは呼び止めた。
「この中に彼を化け物と変えた犯人が潜んでいます。そこ、動かないでいたまえ」
厄介ごとは面倒だと、中年の男が入り口から逃げだそうとしたのを止める。皆セインの方を向いて押し黙った。
実際、騒動の最中に逃げたものもいたかもしれないため、犯人は残っていない可能性があったが、セインにはある算段ができ上がっていた。
「私は犯人を見つけました。ただ決定的な証拠が出てきていません。ですがそれも時間の問題です。今しばらくそのままで」
店内に動揺が走る。エルメスからも「誰が犯人なんだ?」と問いつめられるが彼は「今答えるものでない」と質問に応じようとしなかった。
セインの目には確かに犯人が誰かを捉えていた。それは確信に変わっていた。ただ口にしたように証拠はない。
彼は思わせぶりに店内を歩き始めた。それの一挙手一投足に至るまで客たちの視線を集めたが、彼はこれといった物証など見つけることはなかった。
店内は散らかったテーブルや食器を片づける店員と店長だけが忙しなく動いていた。
やがて衛視たちが駆けつけ、店内は再びごたごたしだす。衛視が客たちから事情を聞いている最中、セインはルーファスたちに密かに指示を与えた。犯人に悟 られぬように。
そして彼は行動に移した。
犯人を知っていると声を出して衛視に伝え、注意を引かせる。そして人気のない厨房の方へ入り込み耳打ちをしようとする。そのときルーファスとエルメスが 動いた。
この店の主人を彼女は取り押さえ、手にしていた吹き矢を払い落とす。吹き矢は精霊魔法で手元が狂わされ、衛視にもセインにも当たりはしなかった。
「凄いですねー。どうして犯人が分かったんですか?」
ノースクリフの言葉にセインは得意気に答えた。
「魔術には、自分に向けられた敵意を感知する魔法が存在するのですよ」
彼は“魔力感知”で怪物に魔法がかかっていることを確認し、彼が人間であることを推定から確証に変えていた。人間がなんらかの影響により怪物化したのは 間違いない。それならばこの場に犯人が残っているかもしれないと考えたのだ。
そして敵意感知──センス・エネミィの呪文を唱え、さも犯人を突き止めたということを口にして見せたのである。当の犯人は慌てるであろうことを見越し て。そしてセイン自身の口を封じに動くのではないかと考え、敵意を感知する魔法で犯人を確証づけたかったのだ。
これは功を奏したのだが、依然物的証拠がない。ここは隙を見せ、犯人がリアクションを起こすことを待つしかなかった。彼には犯人が店長というのが判って いたが為、逃げ出すことはないと見ていた。そして予測通り衛視と二人っきりになった瞬間を狙われたのだが、事前に耳打ちしたルーファスとエルメスの働きに より犯人を捕らえることに至ったのだ。
四人は衛視から感謝され、事件は解決となった。
店主は娘のために逃げた妻を毒を使って小さくして囲っていたのだ。既に心離れた妻を毒により手元に残したところで娘の母親としての役割など果たせるはず もないのだが、店主にはそうするしか道が残されていないと思えたのだ。
“リビングドール”それが毒の名称であった。妻を人形サイズに変えたのを男に見つかり強請られたのである。生活を壊されたくない一心で、その毒薬を使い男 を化け物に変えた。“リビングドール”は女性に使えば人形サイズに変え、男性に使えば化け物──ミュータントモンスターに変えさせる危険な毒薬であった。
自分の店の評判を落とすことになるかもしれないが、犯人が自分であると気づかれることはないと考えていた。よもや自分の店で足の着くような真似をすると は衛視には気がつかないと考えだのと、毒が特殊であり多少知識をかじる程度の者には検討もつかない代物であったからだ。怪物と化した男が生き残る可能性も 考えていなかった。
しかし、居合わせた者たちが店主の不幸であった。怪物と化した男は生きたまま取り押さえられることとなり、魔術師のはったりに乗せられる形で敵意を向け てしまったために露見することになる。自分が捕らわれの身になってしまったために、母親と怪物と化した男は解毒剤により元に戻り、顛末が衛視側に漏れるこ ととなる。さらに母親は娘を引き取ることを拒否し、娘は孤児院に入れられることになった。
衛視のさらなる取り調べで、店主が昔誘拐やら人身売買に手を染めていたことが判る。そこで毒薬を手に入れたという。その時分の取引相手にオランの商人の 名が挙がり、捜査の手が伸ばされた。
怪物と化した男はギルドの者で、こちらは“強請”の罪状で投獄されることとなった。
偶然居合わせた四人は、衛視から僅かな礼金が支払われ詰め所から解放された。事件の顛末など彼らが知ることはなかったが、死人などださずに解決に向かえ たことが嬉しく思えた。
四人は礼金を等分に分け事件を振り返りった。連携の取れた互いの行動を思い「冒険者の絆」というものを嬉しく感じていた。誰もが確認するわけでもなく、 適切に時分の役目を果たす。見知らぬ者同士でもこう巧く行けるとは、結果を見ても信じがたいことであった。それだけ余計に嬉しく思えた。
ルーファスに至っては、人間たちと組んで力向けの事件に挑むこと自体が初めてであり“冒険者”という職がどういったものか漠然と理解しつつあった。恐怖 に立ち向かう勇気を持てたことも満足できることであった。
また会えるかもしれないが、この場限りかもしれない。四人は互いの顔を見て満足そうに笑い別れた。
ほんの数刻のみのパーティであった。
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