天文台。星を読み、星界の叡智をも手にせんと欲する果敢な挑戦と傲慢さに満ちた場所。
これから赴く遺跡には、星に届くことを願った魔術師の建てた天文台が設けられているらしい。 私は遺跡に挑む為、"堕ちた都市"への道を仲間と辿っていた。ご一緒するのはアル、グレアムさん、コーデリアさん、キアちゃん、ヴェルツォさん。いまは野営の最中だ。 今夜の一直目の担当は、魔術師ヴェルツォさんと私。頭上に輝く光の粒に思いを馳せながら、隣で一緒に焚き火を囲む彼女と語りあう。 「やはり今度の遺跡は星に関係する以上、内部には星にまつわる仕掛けが想定されるわね。あと、昨日アルファーンズさんが言っていたような星を観測する遠見の水晶球の如きものがあるとしたら、今の時期に行くのは好都合よ。」 そう言ってヴェルツォさんはゆるりと西方をみやる。爪で引っかいたような三日月が空にかかっていたのは夕暮れのこと。もはや月影は稜線に消え、その残照すら見えない。 「星を見るには月の初めは最も適しているわ。月光の影響を受けずに天を仰げるから。」 「なるほど……星だけの光を純粋に追えるんですね」 星影。その語の響きが私の脳裡を駆け巡る。
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星というと、父と二人で山野を巡った日々を思い出す。 父は暇さえあれば、幼い私に野伏の技を教えていた。天気を読むこと、足跡の追い方、動物の癖を覚えること、そして癖を把握したらそれにあわせた罠の設置の仕方。水や果実の手に入れ方、困ったときの対処法、などなど。 おかげで私は全くもって可愛くないが、隠れ鬼では他の追随を許さない子供だった。身の隠し方や足跡の追い方などを知っている私には、他の子らの隠れ方と探し方は甘すぎたのだ。今思うとずるい気がする。 剣も、早くから木刀を持つことを許されていた。砂を詰めた細長い袋を振ることもあった。子供の遊びとして、特に女の子の遊びとしては特異だろう。 近所の女の子たちと遊ぶとき、きまってままごとではお父さん役。男の子達とも対等に渡り合う。野外での知識はその辺の大人顔負け。だからどこにいても、ちょっと浮いた子供。 その違和感を補って余りあるほどのボケッぷりがなければ孤独だったかもしれないと両親は苦笑する。 それでも「あの子はヘンな子」というのがまわりの親子の共通見解。そして、その回答はいつも。 「冒険者の子だからじゃないの?」 母はこの言葉を、とても悲しそうな顔で聞いていた。天気も星も読めなくてもいい、普通の女の子でいい……そう願っていたから。
母は、私をただ健やかに幸せに育てたかったらしい。育児のために私が5歳になるまで”鍵”を休業し、徹底して私の側で母親を勤め上げた。父はそんな一家の家計を支える為、野に山に、護衛にと忙しく飛び回り、年に数回しか帰らない年もあった。 父にとっては親子三人の生活を支える為とは言え、寂しさに打ちのめされそうだったらしい。家族と共に居られない寂しさと、母(私にとって祖母)を早くに亡くした男所帯育ち故の無骨さ。待望の男の子を授かりながら、わずか半年で失った悲しみ。 それらの要素はあいまって、私を「自分の後継ぎにしたい」欲を起こさせるに充分だった。 母にとっては、自分が「幸せな普通の親子の姿」を良く知らないことが負い目だった。娼婦として暮らした時間が、自分の感性を狂わせていることへの危惧も少なからずあった。 結果、父が私に自分の持つ知識……それは剣であり弓であり、生き残る技術であり……を教えるのを阻むことが出来なかったのだ。 そして、私は今にいたる。 ☆ ★ ☆ 「ねぇ、父さんは何でお山が好きなの?」 薪のはぜる音と虫の声を心地よく聞きながら父に尋ねる。今夜は両親と3人で山に来ている。満天の星空のもと、父と囲む焚き火の色はとても魅力的で、大好きだった。それでも父は自分の知らない「お山」の魅力を知っている気がした。だから尋ねてみたのだ。 父はいとけないその問いに笑み「素敵だからだ」と応えた。釈然としないまま話を続ける。 「あのね、わたしはお山も好きだけど、野原で追いかけっこするのも好きなの。でも木刀を振るのも大すき。好きなものがいっぱいで、たいへんなの。あさ起きて夜眠くなるまで大いそがしなのに、いつか爺ちゃんのお弟子さんになって縫い物も習うんでしょ。どうしたらいいのかな?」 髪を撫でながら、優しく微笑む父。母は先に休んで交代に備えている。 「そうだなぁ、ユーニスは何が一番好きなんだい? どれなら一日中やってても飽きないかな?」 「うーん、うーん。……ぐぅ。」 脳にかかる負荷が急増。思わず前のめりになる私。苦笑して揺り起こす父。 「寝るなっ」 「ふみゅっ。えっとねぇ。……うーん、剣、かな」 他愛もないように見えて、行き先を導く鋼の糸のような会話。父は僅かに考え込んだあと、意を決して私に告げた。 「じゃあ、剣をもってごらん。そうだな、もう少ししたら鉄の剣を使ってみよう。お前の腕は充分それを支えられる力があるから。そしていずれは……人を殺すことの出来る剣をお前にあげよう。 それが『剣を扱う』ということだよ、ユーニス。それでも好きかな?」 「ひとを、ころす?」 恐ろしい響き。震えが舌を引きつらせて口が上手く動かない。おそるおそる、他の選択肢についても聞いてみる。これが聞けるのだから大した物だと思い出すだに苦笑を禁じえない。 「ええっと、じゃ、お山をえらんだら?」 「山かい? 天気を読み、罠を仕掛け、自然の恵みを大事に扱う。草や木や岩陰に身を隠し、動物の足跡を追い、弓で狩りや戦に臨む。……まぁ、いろいろだね。」 どうもこれも不穏な気配が漂っている。子供心に心配になった。すっかり冴えた頭で尋ねる。 「どうしても、動物さんやひとをころすの? ……父さんや母さんはそれがおしごとなの?」 父は決意のこもった視線で私を見て言った。後で聞いた話では、母も目を覚ましてテントの中で聞いていたらしい。私に人生の選択を迫るときが近いと、二人とも感じてはいたらしいが、母に言わせれば父がこのとき卑怯な抜け駆けをした、ということだった。
「殺したくて殺してるわけじゃない。獣……動物さんたちはユーニスのお腹でユーニスが元気に動けるように力になってくれる。お互い生きていたいから、必要なものだから、戦いあって殺すんだよ。だからその命を無駄にしてはいけない。ご飯を残したら動物さんの命が無駄になるってことが、わかるかい?」 「うん……なんとなく。でも、ひとは? わたしも父さんもひとをたべたりしないよ?」 「ひとは……人間は、案外馬鹿な生き物で、なかなか争いを止められないんだよ、悲しいけれど。仲直りできないけんかをいつまでもしているうちに、相手を殺さないとダメになるところまで来てしまう。それが悲しいことだっていうのは判るかな? 必要でもないのに人を殺すことが出来る悲しさが。 けれど、みんながみんな、それを望んでいるわけじゃない。そして、皆にそれが出来るわけではないんだ。だから、父さんや母さんはふつうの、けんかをしたくない、出来ない人たちのために戦うんだよ。喧嘩をしたくないけれど、自分を守らなければならない人たちのための代理戦争……なんていってもお前にはまだ判らないだろうけれど。 剣は、人殺しの道具だ。けれどただ人を殺す為にあるんじゃない。戦いを背負うものの覚悟、決心とでもいえばいいのかな……そのものでもあるんだよ。」 綺麗事だった、そう父は後年苦笑して述懐した。どこかで私に剣をとり続けて欲しいと言う想いが、あんな言葉を紡がせたと。美辞麗句を並べ立て、本質をどこかにおいてきたかもしれないと。 やはりというか、父の言葉は、あやまたず私の心を奪ってしまっていた。父譲りの過剰な情の厚さと気骨がどうも災いしたようだ。それとも、それを見越した父の作戦勝ちなのか。
「だれかが剣や弓をもたないと、かなしいきもちになる人やお腹をすかせるひとがふえるの?」 「そう、だね。」 「だったら、今はわたし、弓を練習する。ひとをころすことはできないけれど、動物さんをころすお手伝いはしたから、なんとなくわかるの。これはわたしにできるおしごとだ、って。」 父は複雑な表情で、それでも愛しそうに私を見つめて、抱きしめてくれた。父の腕の中で小さな寝息が聞こえ始めた頃、母がテントをあけて、こちらを困ったように見つめていたと後年父は語っていた。 我ながら、とんでもない説明によくも同意したものだ。この頃の方が今より余程賢かった気がする。
それから私は野外生活の知恵を熱心に学んだ。罠造りは父の作ったものに大体引っかかったのでしっかり身に付いた。やはり私は身をもって覚えるのが性に合っているらしい。 父が苦笑交じりに「お前は一通りの罠に引っかかったからその威力が良くわかるだろう?」と言ったものだ。 痛みを伴う鍛錬のその甲斐あって、10歳で仕立ての修行を始める頃には多少短弓を扱えるようになり、修行と並行して寝る間を惜しんだ弓の鍛錬は、休日に狩りを楽しむ程度には身に付きつつあった。 あの「ひとごろしの道具」と呼び、恐れを抱かせた剣も、結局手放せなかった。13歳の誕生日には真剣を使う許しを得、型の練習と両親が相手の場合のみそれを振るって稽古をした。 子供の頃から扱っていたそれらは、とりあえず成人するころには最低限の扱いが出来るようになっていた。実戦経験を除いて。
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金属の激突する耳障りな音が狭い山道にこだまする。相手は4人。父と母が応戦し私を庇う。私の仕立て修行の休暇を使って山に来ていた私たちは、偶然近隣の村を荒らした賊の一味と遭遇してしまったのだ。逃走中の彼らは誰何の声をかける暇もなく剣を抜いた。 思い返せば、彼らはさして熟練の賊とは言えず、むしろ膂力でお粗末な技を補う程度の小者。そんな様子であった。 しかし、いかにお粗末な相手でも、人数はこちらの倍。そう、まだ私は非戦闘員扱い、平たく言えば足手まといだった。私がいることで両親の行動を制約させたし、また必死にもさせていた。 私は弓も剣も持っていた。仕立て修行の為最近滞っていた父との稽古をつけてもらうために山での休暇中も所持していたのだ。それが最初彼らを恐れさせた理由でもあった。 「冒険者一行がいる。追っ手か?」 必死の逃走中に横合いの道から現れた私たち3人に、当然のようにその疑念は向けられたのだ。 父と母はプロだった。共に長い年月を戦ってきたパートナーならではの連携で確実に相手を叩きのめしていく。剣と魔法、二人の力は互いを支えて効果を発揮しあった。賊の剣は鋭い軌跡を描く。母も短剣で応戦したが、剣士ほど力が無いため辛うじてその素早さでしのいでいた。しかし隙を見て片手で闇精霊や光精霊を召喚し、盗賊たちにぶつける。父は愛用の剣で相手を力強く叩き潰していく。 その時、私は後ろで震えていた。逃げることも出来なくなっていた。剣士の一人が震えたまま応戦しないことに気付いていささか余裕を取り戻した賊が、両親の攻撃をしのいで私に迫る。 「剣を人に向けてはいけないよ。練習の時だけにしなさい」 その教えを守り続けてきたのが仇になったのかもしれない。たとえ賊といえども人は人。鯉口を切る事にためらいがあるのは当然だった。もしかしたら、抜いたあとの自分がどうなるかを薄々知っていたのかもしれないけれど。 両親の叫びが耳に遠く響く。 血の気が引いて、体が冷たくなる。胸が痛い。 必死の形相で襲い掛かってきた賊の方が、本当は追い詰められていたのだろうが、実戦経験のない当時の私にはそれすら判断できなかった。形勢逆転を狙って私を人質にとる心積もりだったのだろうか、それとも殺して一人でも頭数を減らしたかったのか。それすら思いが及ばないほどだった。 賊にとって私は敵であり障害。遠慮の無い殺気が向けられて、それを痛感した。 刃がひらめき、私に向かって振り上げられる。
その瞬間、脳裡によぎったのは冷たい閃光。鈍磨した感覚をたたき起こすような刺激。「死にたくない」という誰かの叫びの具現化。 考えるより先に、体が動いた。
母が剣の稽古に付き合ってくれるとき、その俊敏さでいつも私を翻弄した。それが悔しくて必死に敏捷性を鍛え、打ち込みを当てられるよう努力したし、母の一太刀を喰らわぬよう工夫してきた。 賊の踏み込みは、母のそれより遅い。 すんでのところで刃をかわし、剣を抜く。賊は一瞬たじろいだものの、捨て鉢になったのかすぐ間合いを詰めにかかってきた。 先ほど刃を交えたとき、自分には手加減できる相手ではないと悟った。そもそも手加減などと言うのは先ほどまで竦んでいたような人間には難しいのだが。 私が助かる為には……。
長い長い時間が過ぎて、気付けば私の足元には死体がひとつ。震える手には刃のかけた血刀が一振り握り締められたまま。 初めての予期せぬ実戦は、いきなり私の手を血で濡らすことを余儀なくさせた。 14歳にして、私は初めて人を殺した。もう、もどれない。そう思った。 あの時、もしも帯剣していなかったらどうしただろう。今となっては詮なきことだが。
「もう、戻れない」一体どこに? それは「けんかをしたくない、できない、ふつうのひとたち」のところ。 自分が「喧嘩の出来る人間」と知ったら、もう、逃げてはいられない。私はその時やっと、自分がとっくに冒険者への道を歩き始めていたのだと、唐突に気付いてしまった。両親が冒険者かどうかは関係ない。「自分の剣」を抜いて相手を切れる心を持っていること。それこそが私が”そう”なのだと雄弁に語っていた。 人を殺したから戻れないのではないと自覚していた。あの時剣を抜いたのは、殺気に反応したからだと理解したからだ。首筋に走る嫌な感覚と脳裡によぎる冷たい閃光が、竦みあがる自分を叱咤した。鞘を走らせためらわず急所を狙った自分の剣尖。 夕闇が迫り、西の空に宵の明星が小さく灯った。事後処理をする両親の傍らで、吐きもせずただ固まって血刀を握り締めていた私は、明星の光をぼんやり目の当たりにしながら、あの時見えた光に従った自分をしみじみ思い知ってしまった。そして反射的に剣を抜いて確実に相手を殺せる人間が、どこか普通ではない事に気付かされた。 たとえそれが自衛の為だろうが、恐怖ゆえであろうが、あの一瞬頭の中によぎった冷たい光、絶叫が忘れられない。あれはきっと、本能の声。 これが殺し合いなのだと、学んだ。食べる為ではない悲しい戦いの形であるのだと。
酷く冷静で、酷く苦しい。初めての戦いのとき、初めて人殺しの剣を振るった日の思い出。 今は、遠い昔のように思える私の最初の一歩。 「冒険者の子だからさ」その台詞の重さを、自分自身が初めてかみ締めた日の記憶でもあった。 やはり私は、星を見て歩くように決まっていたのかも知れない。
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今回、遺跡に赴くに当たって手にしているもの。初めて自分で買った蛮剣、連接棍棒。矢筒と短弓も忘れてはいない。 どんな生き方であれ、手を汚さずに生きられる人間など居ない。ナイフとフォークで食事をしても、 植物のみを食べて生きようとも、人は生きるために必ず何かの命を奪う。だとしたら、私はそれを忘れずにいよう。あえて奪うのではなく、奪われなくてもいいものを守る為に生きられたらいいと、そう想い続けよう。それを生業にしよう。 そうやってここまで生きてきた報酬が、この剣と棍棒と弓矢に替わっている。だから大事な宝物。
近くのテントからは安らかな寝息と「ええ……その鉱石は……」謎の寝言。焚き火のはぜる小さな音が耳に心地よい。 傍らでは、神秘的にうねる黒髪を山吹色の衣の内に収めて、魔術師が星を語る。 彼女の話に相槌を打ちながら愛用の剣を抱きかかえ、頭上に広がる星を見た。4の月とは言え、頭からフードをかぶっていないとさすがにこの時間は結露が髪にも落ちる。体を冷やさぬようにしながら星に思いを馳せた。
自分が星に求めるものは英知ではない。求めても身に付かないという事実はさておいても。 星を正確に読むほどの知識は無いが、星を目安に動くことは知っている私。これから行く遺跡の主の”星屑”のアーヴィンは、何を思って星を求めたのだろう? 指針? 英知? 力と野望? 彼の見た夢は届かず、星を求めて地に堕ちた。
何となく、魔術師というところからなのか、仲間の自称天才魔術師を思い出した。 私は、彼のことを何も知らないといっていい。生い立ちも、魔術を志した理由も、年齢さえも。けれど気付いていることと感じていることはある。彼の「夢」もしくは「野望」とでもいうべきもの。 それは見果てぬ夢。空の星を掴むように遠く、不確かなもの。危険で罪深く、必ず痛みと犠牲を伴う褒められない願い。むしろ、人から石もて追われる様なこと。
でも、彼はいつか実現してしまうかもしれない。そう思わせる気迫がある。 彼のことを何も知らないのに、なぜ「夢」についてはこれほど確信しているかといえば、些細なことだった。彼が酒場でふと洩らした冗談。そのときの顔をいつものように皮肉めいた笑みを浮かべていたけれど、瞳だけは笑っていなかった。否、もしかしたら笑っていたかもしれない。表情は関係ない。 今まで一度たりとも見たことのない、深くて強い瞳の力。それが私にとって理解の契機となり、その後の彼との付き合いの中で見出した結論の裏付けとなってしまったのだ。 「ほんとうに、”それ”を目指しているんですか?」 問いかけるまでもない気がした。こういう時の勘は良く当たる。だから生き伸びてこられたのだし。
帰ったら、私の想像が正しいのかどうか彼に聞いてみよう。葡萄酒を一口含んでからため息をつき、何事もなかったかのようにはぐらかされる気がするけれど。それでも、いい。
私の求めるもの。それは、生きている証。もはや離す事の出来なくなった剣を、弓を、精霊の力を、有効に活かす躍動する人生。誰かを守り、その人の力になれる生き方。 もしかしたら、彼と居るとそれらに飽きるほど出会えるかもしれない。彼の夢の片棒を担ぐことが出来たなら間違いなくそうなるだろう。それ以前に想像が合っていることが大前提なのだけれど。 打算にまみれた関係と責められるかもしれない。けれど一緒に居てとても楽しく(ないときもあるけれど)、温かい気持ちを抱いている相手だから、そんな風に危険な夢を抱いている人と知っても一緒にいたいと思っているのが本音なのだ。 もし想像があってたら是非共に歩くことを提案させてもらおう。易々と承知するとは思えないが、まぁそこはそれ。どちらにしても、彼のやることを見守っていたら楽しそうだと思うから、暫くは一緒に行動していたい。
「これってとんでもなく危険な考え方よね」 「え……? 何か言ったかしら。よく聞こえなかったのだけれど」 「あ、独り言です。……ヴェルツォさん、お茶でも入れましょうか」 湯を沸かしながら香草の余りを鍋に放り込み、即席の香草茶を点てながら思う。 ”星屑”のアーヴィンが見た星空と、 私があの幼い日に見た人を導く満天の星空。 初めて人を殺した日の宵の明星、 そしてよく似た輝きで脳裡によぎった「生への渇望」という名の光と、 仲間の「彼」の遠い星を掴むような夢。 それらは一つの空の下で天に届かずあがく人間の、生きる希望と絶望を映しているようだな、と。
「私は詩人向きじゃなさそうだわ」 苦笑して茶を携帯用のマグに移し、側に居る女性魔術師と分け合った。
この時既に「自称天才魔術師」がオランを発って異国を目指していることを、私は知るよしもなかった。 遺跡を目指す私は、目前の「生きる証」に囲まれた日々を心地よく迎えようとしていたのだった。
<終>
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