──ついてねぇ。
俺は、広場に面したチャ・ザ神殿を見上げた。
ついてねぇにもほどがある。なぁ、チャ・ザさん。あんたが、幸運の神様だってんなら、日々真面目に一生懸命生きてる俺に、多少はおこぼれがあってもいいんじゃねえか?
そりゃまぁ俺はあんたの熱心な信者じゃねぇ。けれど、あんたのことは嫌いじゃなかったんだ。
「よぉ、リック! 待たせたな! なぁに、今回の仕事は心配ない! この俺に全てを任せてついてくるがいい!」
………………。
なんだって俺は、こんなところでこの男と待ち合わせする羽目になったんだ……?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ことの起こりは昨日の夕方だ。ギルド直営の“稲穂の実り”亭に顔を出した俺。そのこと自体は珍しくもない。そして、それよりもほんの少しだけ珍しかったのは、同じカウンターにロビンもいたこと。
「なんだ、こっちの店にいるなんて珍しいじゃねえか」 「ああ。まぁたまにはな。ところでリック。なんかいい仕事ねえか?」 そんなの俺だって聞きたいくらいだ。 とは言え、てめぇに聞いたって意味がない。だから俺は聞かなかった。それだけのこと。 「なんだ、仕事探してんのかい。お2人さん?」 声を掛けてきたのは、カウンターの中にいる店員。 「探してない」 「探してる!」 最初に答えたのは俺。そしてやや遅れて、それでもほぼ同時に顔を上げたのはロビン。
ちっ。 こいつはまるでわかっていない。ここは普通の酒場じゃない。いつも俺たちがエールジョッキを並べるカウンターじゃないんだ。ここはギルド直営だ。つまり、カウンターの男は俺のことを知っている。そんな奴が、俺にまわしてくる仕事というなら……。 もちろん、やりたくないわけじゃない。やれば金にはなる。盗賊としての仕事だけを考えるなら、巷で高給取りと評判のあの半妖精よりも、俺にはいい値がつく。 ただし、それはこなせばこなすほど、ギルドでの位置が決まってしまうことにもなる。 ──諦めちゃいけない。 少し前にロビンと酒場で話していた時にそう思った。 自分で自分が上げた拳をおろしてなんかやるもんかと。 けれど現実は。 ギルド関係以外の仕事も時には受ける。だが、遺跡絡みのものはない。そう、俺は“仕事”は受けても、まだ“冒険”はしてねぇんだ。遺跡初心者って奴らに混ぜてもらおうかと思ったこともある。それでも、何だかんだで実行されないままだ。 そして今日もなし崩しに、ギルドの仕事を受けるのか。それも……ロビンの前で。
「まぁ、おまえらは2人とも身内だからな。上の仕事を紹介してもいいんだが……今回は、実はちょっと違うことを頼みてぇんだよ」 そう切り出した店員。思わず顔を上げる俺。ふんふん、と頷きながら俺のナッツを勝手につまみ始めるロビン。 切り出された仕事はこうだ。 ギルド絡みじゃない。まずそれが最初だった。 その店員の知り合いから伝わってきた話だそうだ。オランから丸1日ほどの農村。そこで殺人事件が起こったと。 だが、その村の村長はそれを表沙汰にしなかった。そして、執拗に妖魔の仕業だと触れまわった。そのうち、折を見てその妖魔退治の手配はするからと。 けれど、話を伝えたその『知り合い』とやらは、何かを知っているらしい。村長を疑っている。表だって冒険者を頼んだりするわけにもいかないから、少人数でどうにかならないかと、店員を頼ってきたというのだ。 実際、その妖魔とやらが出るのは本当らしい。頻繁にではないが、妖魔の被害があることは事実だと言う。だが、その妖魔退治は今回の仕事には含まれていない。あくまで、村長の動きの裏を調べて欲しいと。 そうして、俺とロビンは、その仕事を受けた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そして今日、チャ・ザ神殿前で待ち合わせたわけだ。
けれど、不安はよぎる。本当に俺たちだけで大丈夫なのか。少人数でと要請されたからには、ぞろぞろ連れだって行くわけにもいかないんだが。 「ま、なんていうかさ。すでに冒険者として押しも押されもせぬ位置にいる俺としては、おまえが心配なわけよ」 ……何を言いだしやがるか、この阿呆は。 「……何が?」 「いや、前に言ってたろ。やっぱおまえ自身は冒険者でいたいんだろ? ギルドだ何だって言い訳並べてたけどよ」 舌打ちが漏れる。あの時、結局はああ言うしかなかった。けれど、ああまで正直に漏らしちまうことはなかったかもしれない。どうにでも言い逃れは……出来なかったかもしれないけど。 「それが何だ」 「すぐにレックスの難関に挑むってわけにはいかない。おまえは遺跡慣れしてないわけだし。ま、俺がついてりゃ大丈夫とは思うけどよ」 「だから何が言いたい、てめぇは!?」 「だから、遺跡じゃなくても、ギルド絡みじゃない、冒険の要素のある仕事があればおまえにはちょうどいいなって思ってたんだよ」 ………………………。 それは俺も思っていた。けれど、そういう仕事は1人で受けるわけにはいかない。じゃあ誰と……イゾルデ姉? カレン? ラス? それとももっと他の……? そうして、俺は機会を逃し続けていた。
「ふん、今回の仕事に冒険の要素なんてあるのかよ」 「おまえ、馬鹿か?」 「おまえほどじゃねえ」 「冒険の要素ならてんこ盛りじゃねえか! 名も知らぬ妖魔の脅威! それに怯える村人を守る正義の冒険者! グレイトだね」 腕を組んで頷くロビン。…………待て。 「いや、妖魔ってのは村長の言い訳だろ? いや、いるこたぁいるだろうが、それは退治しなくていいって言われたじゃねえか。本当は殺人事件で、その村長が怪しいから調査に行くって話じゃなかったか」 「だから今、そう言ったろ」 「いつ」 「今」 「………………」 「ともかく! 剣を持たない人々に代わって、悪を斬る! それもまた冒険者!」 ……………………。 ……やべぇ。今、危うく納得しそうになっちまった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そして、オランを発った翌日。
俺たちは問題の村に到着した。 「ここか。……よし、まずは少し見てまわるか。村人には俺たちのことを知られないほうがいいんだろうな。じゃあまず、依頼主のカールトンって男に」 会いに行こうか、と。 そう言おうと思った。 のに、隣を見たらロビンがいなかった。 「おーい、そこのおねぇさん! ちょっと聞きたいことがあるんだ! 俺たち、オランの街から来たんだけどさぁ!」 ……馬鹿だ。想像以上に馬鹿だ。 「待て、ロビン!」 俺が制すると同時に、ロビンに声をかけられた女が振り向き、慌ててこちらに走り寄ってきた。ヤバイ。ヤバすぎる。 ──いや。ちょっと待ってくれ。俺はこの、馬鹿に見える男とは……いや、馬鹿に見えるだけじゃなくて本当に正真正銘の馬鹿なんだけど、ともかくこの男とは無関係で。そう、たまたま、道中で一緒になっただけなんだ。だから互いに素性なんかは全く知らないし、ましてやどこに何の用事があって移動しているかなんてことも俺は一切……。 そんな俺のシミュレートは無駄になった。 「あなた方……黙って! 静かに! こっちに来てください……オランに冒険者を依頼したカールトンは私の夫です」 「なんだ、人妻かぁ」 「問題はそこじゃねぇ」 「そうだな。でもちょうどいい。さすが俺様の眼力。依頼主に直通だぜ」 へへん、と。 ……ここまで楽天的になれることに対しては、いっそ感心する。決して尊敬はしない。ただ感心はする。それだけだ。
「剣を隠してください。……ここにむしろがあります。これでくるんで……鎧も脱いでください。その格好では、村では目立ちますから」 てきぱきと指示を出す女。もともと、俺は隠さなきゃならないほど長い剣は持っていない。その必要があるのは、ロビンの長剣だけだ。そして鎧も。俺は薄手の皮鎧を着た上から上着を羽織っている。外からは見えないはずだ。 「む。なんだ、おまえ。随分と要領がいいな」 鎧を脱ぎながら、ロビンが俺に言う。 「偶然だ」 本当だった。ただ、いつもギルドの仕事をしていると、見た目ですぐわかるような装備は邪魔になる。それが染みついちまっていただけだった。 けれど、役に立つ。いや、偶然だが……それでも役に立った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
依頼主の家に行く。
そこで詳しく話を聞くと、カールトン自身は村長の家の庭を時折手入れしているのだと言う。そしてその時に目撃してしまったと。 「あれは、私が薔薇の手入れをしていた時のことです。時間は、ええ、夕方でした。私も畑仕事が終わってから行くものですから。それでもまだ陽がある時間で、天気も悪くないというのに、庭に面した窓は、鎧戸が閉まっていたんです」 「……村長は、光を嫌う性質の妖魔が化けている! どうだ、これ!」 「で、続きは?」 俺が促したのはロビンじゃない。カールトンだ。 「それ自体はさほど気にもせずに作業してたんですが、中から少し穏やかじゃない物音が聞こえてきまして……ええ、実はその数時間前に、村長とあまり仲の良くない老人が村長宅を訪ねていたのを見て知っていたものですから、急に不安になったんです」 「む、痴情のもつれかっ!? 穏やかじゃないな! そして、より若いほうが勝った、と。村長ってのは幾つだ!?」 「で、その仲の良くない老人ってのが、来る前に聞いた、イリアドって爺さんか。村長のやり方に反対してたとか」 「ええ、そうです。そして、人のうめき声みたいなものも聞こえて……しばらくすると、物音ひとつしなくなりました。なんだか、嫌な感じがしたので、作業もそこそこに放り出して、私は家に帰ってきたんです。ですが……帰る直前に、見たんです。村長が大きな袋を引きずって森へ行くのを」 「なんだ、犯人はやっぱ村長じゃないか。あんたが見たことをそのまま警備隊に話せば捕まるんじゃねえの?」 今までの突っ込みは覚えていないとでも言うように、ロビンが言う。だが、ロビンの言う通りだ。調査する隙なんかない。 「けれど、村長はその時に溺愛している孫息子を連れていったんです。ということは、死体の処理ではないのかと……誰でも、子供にそんな場面を見せようなんて思わないでしょう?」 カールトンが付け加える。
そうか、そうだな。 けど実際に、イリアド爺さんは村長の家から戻らなかった。その翌日に木こりが森の中で、もとイリアドだったと思われる残骸を発見しただけで。 うーん、と腕を組んで首をひねるロビン。 確かに腑に落ちない。どう考えても村長が犯人だ。なのに、何故その死体処理に孫を同行させたのか。そして、死体が発見された場所は森の浅い部分だとも聞いた。だとしたら、そんな場所にそんな妖魔が出たのか、ということにもなる。 「ゴブリンが時々出ることはありますが、それはもっと森の奥です。ですが、ここ1年ほどは、時折、妖魔に食い殺された死体が見付かったりもしたので……ええ、割と浅い場所で。ですから、村長が妖魔の仕業だと言った時には、私以外の村人は納得したのです」 カールトンの説明。
「わかったぞ!」 聞きたくない。 「いや、リック、聞けって。俺様の推理の結果を!」 聞きたくない。 「俺が考えるに。犯人は村長。そして死体処理は孫の役割! どうだ! 筋が通ってるだろ! 一介の村長に、妖魔のような死体損壊の仕方なんて出来るわけもねえからな!」 …………だから聞きたくなかったんだ。 「それを言うなら、一介の孫にそれが出来るのか?」 「…………おまえ、頭いいな」 「おまえよりはな」 「けど、それ以外、考えつかねぇんだよっ! ああ、こんなことだったら、もっと賢い奴と来るんだったぜ。推理とか得意そうな……フォルティナートとか、フォスターとか……そうじゃなきゃ、バシリナなら、なんか邪悪とか見破れそうだしよ!」 それには俺も同意する。そうだ、頭脳労働が得意な奴と組めば良かったんだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そうして半日後。 俺はあっけにとられていた。いや、あっけにとられている時間なんかない。けれど、やっぱりあっけにとられていた。 ロビンの推理が当たっていたからだ。 「ちくしょう、この野郎! さっきまでガキだったのに巨人に化けるなんてきたねぇぞ!」 ロビンが剣を抜きながら、前に立つ。 村長の孫……だったはずだ。ついさっきまで。けれど、村長が泣きながら、ジョアン、ジョアンと叫んでいるのに、その当の『ジョアン』は、牙と鉤爪を生やした、身長3メートルの化け物になっている。 「殺さないでくれぇっ! それは儂の孫なんだぁっ!!」 いや、どう見ても血縁関係があるようには見えねぇ。 「本当だ! 本当なんだ、それは儂の孫だ、ジョアンだ! 普段はおとなしい良い子なんだよぉっ!」 「ロビン! どうすんだ!?」 とりあえず俺も小剣を抜く。あの固い皮膚にこいつが有効なのかどうかは自信がない。ロビンの長剣なら効きそうではあるが……まさかサシで勝負させるわけにもいかねえだろ。 「孫だなんて信じられるか! 万が一孫だったとしても、手加減出来るほど余裕なんかねぇ!」 「OK、賛成だ」
巨人が鉤爪をふるう。それだけを避けるなら余裕だった。 反対側からも鉤爪がくる。それを避けられたのは幸運だったろう。 ぶん、と風のうなり声を認識したのと、髪の毛が数本持っていかれたのとは同時だった。 腰を低めてそれらをかわし、体勢を立て直そうとした次の一瞬、目の前に巨人の牙が待ちかまえていた。 間に合わない。 「ガッ…ッ!」 その乱杭歯に小剣を食わせ、その隙に飛び退く。 控えとして持っていたダガーを懐から抜く。けど、これは控えの武器だ。さっきの小剣よりは威力に劣る。
そもそも依頼じゃ、妖魔退治はしなくていいはずだった。こんな化け物を相手にするとわかっていたら、もっと頭数を揃えたろう。魔法使いだって連れてきた。 一旦、退いて、誰か応援を……馬鹿な。退けるわけがない。ここで退いたら、村人に犠牲が出る。応援を呼ぶのにも、馬を飛ばしたって往復で丸1日はかかる。 「おらぁぁぁぁぁっっ!!」 巨人が俺の小剣を噛みきれないでいる隙に、ロビンが上段で突っ込んでいた。口の中の小剣に手間取りながらも、巨人はロビンの剣を腕で受ける。めきり、と固い皮膚に覆われた筋肉が反応している。やばい。あのままじゃ、剣が抜けなく……! 「邪魔っ!」 ロビンが飛び込んだのは、両手上段。けれど、それと同時に跳躍もしていた。しっかりと剣を受け止めたはずの巨人の左腕にロビンが足をかける。そしてその反動で剣を取り戻す。 巨人がうなり声を上げて振り向く。が、その前にロビンは動いている。腕から飛び降りて着地した直後、あいていた胴を狙ってまた飛び込む。 巨人が、うなり声とは違う声を上げた。視線の先はロビン。ロビンが一瞬顔をしかめた直後、何も触れていないはずのロビンの二の腕から血が噴き出した。 けれど、ロビンの足は止まらない。血で濡れた剣も決して離さない。呪文を唱え終わった直後の巨人の胴をその剣先が捉える。 「気ぃつけろ! 妙な魔法使いやがるぞ、このデカブツっ!」 わずかな返り血を浴びながら、ロビンが叫ぶ。
……諦めない。逃げ道を探すことはしない。間に合わないと思っても、それならそれで、もう一段階早く動けば良いと。そして、実際にそうする。 『冒険』をこなせば、訓練場にいるよりも腕は上がると聞いた。どういうことなのか、今、俺は目の当たりにした。 俺は、ダガーを握り直した。 ──守る力が欲しかった。以前、酒場で誰かがそう言っていた。俺も同じだ。金のために冒険者になったと口では言いながら。 例えば今、魔法の力があれば、ロビンの助けになるのかもしれない。 例えば今、大剣を振るう腕があれば。 例えば今。 けれど、俺が持っているのは、この頼りないダガーと、いつも持ち歩いているダーツが数本。巨人の皮膚に比べればひどく貧弱な武器。 それでも、それならそれで、効果的な場所に打ち込めばいいだけのこと。それでも効かないなら、より狙いをタイトに。 俺はダガーを握って、走り出した。
何度、攻撃しただろう。そして何度、相手の攻撃をかわしただろう。かわしきれずに負った傷もある。鋭い鉤爪も、剥き出した牙も俺の武器を遙かにしのぐ。おまけに奴は時折、わけのわからねぇ魔法まで使ってきやがる。 それでも、ここで諦めるわけにはいかない。 正直、こんな化け物と戦うのはほとんど初めてのことだ。ゴブリン程度なら経験はある。けれど、こんなのは。 俺が戦う相手はいつも人間だった。 ロビンとタイミングを合わせ、一度に攻め込む。両側から。俺は巨人の膝裏を狙った。巨人と言えども、作りは人間と似ている。それは偶然だろう。俺がこの村についた時に、いつもの癖で自分の装備を隠していたことと同じ。ささやかな偶然。 けれど、それは役に立つ。 サイズが違うだけで、人間と同じ作りなら、弱点も似ている。俺のダガーじゃ骨を砕くことは出来ないが、膝裏の一点を付けばかなり効果的だ。勢いとタイミングによっては、靱帯を裂くことも出来る。 「がぁぁぁっっ!!」 血しぶきが降ってくる。ロビンの剣が巨人の肩口を切り裂いている。その反動で、巨人が足を動かした。一瞬のずれ。 そして、俺のダガーは根もとから叩き折られる羽目になった。 「くっ!」 苦悶に暴れる巨人の巻き添えを食わないように、一度飛びすさる。ロビンも同じタイミングでひいた。 「おまえ……俺を連れてきて後悔してねぇか」 残る最後の武器、ダーツを懐から出しながら、思わず口をついて出た。肩で息をしながらロビンが、にやりと歯を見せた。 「なんで?」 なんで、か。そうだな、こいつはこういう奴だ。 ──こいつが剣を学んできた、同じ年数。俺は街の中で学んでいた。ギルドの訓練場で学んでいた。そうだ、拳をおろしたことなんかない。いつだって、上げ続けていた。 それなら、後悔なんかさせない。 「ロビン、冒険者ってのは、仕事が終わったらまず何をするんだ」 「決まってらぁ! エールを飲むのさ!」 「じゃあ、冷えた奴にしてもらおう」 俺に出来ることはある。 そして、俺にしか出来ないこともある。 肩を押さえて巨人が立ち上がる。血走った眼がこちらを向いた。その一瞬。俺が待っていた一瞬。 俺は手にしていたダーツを投げた。 同時にロビンが走り出す。
崩れ落ちた巨人を見て、俺たちは同時に座り込んだ。 「へっ。なかなかやるじゃねえか、おまえもよ」 ロビンが拳を突き出す。その拳に、俺は自分の拳を軽く当てた。 「的としちゃ、いつもよりでかかったさ。あいつの瞳はな」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
呆けている村長から、事情を聞き出すのはなかなかに骨だった。ロビンが茶々を入れるものだから尚更。 けれど、つなぎ合わせてみると、単純だった。 1年前。村長の孫は死んだ。もともと、息子夫婦はオランの街に働きに出ている。孫だけを預かっていたのだが、ある日、事故で死んでしまった。森の奥にある沼に落ちて溺れたらしい。村長は自分を責めた。そして、息子夫婦にはそれを告げられずにいた。 だが、孫が死んで数日後。失意のまま、孫が死んだ沼まで足を運んでいた村長は、そこで孫にうり二つの子供を見つけた。そして、自分の家に連れ帰った。それが、獰猛な巨人が化けた姿だとは知らずに。 一緒に暮らすうちに、その習性を村長も知ってしまった。幾つかは書物から調べた。それが、子供に化けて村に入り込み村人を襲う習性であることも知った。時折、旅人や村人を襲っていることも知ってしまった。このままでは、他の村人にばれてしまうと危惧した村長は、孫に言い聞かせる。おまえの食料は自分が用意するから、それ以外は襲わないでくれ、と。そして孫のために用意したのが、イリアドという老人だった。 「言うことを……儂の言うことを聞いてくれたんだ。ジョアン……ジョアン……戻ってきておくれ、ジョアン……」
参考にした書物とやらも見せてもらった。その巨人は、子供の姿に化ける。ただしそれはいつも特定の姿であって、誰かを模して変身することはないらしい。だとすれば、村長の孫にそっくりだったのは偶然なんだろう。 「嫌な偶然もあったもんだな、おい」 隣から書物を覗きこんでロビンが言う。確かにな。それがチャ・ザの配剤だとしたら、それは随分と残酷な偶然だ。 けれど、ひょっとしたら……。 村長は、この1年ほどの間、孫は病気だと言ってあまり外に出さないようにしていたらしい。外に出す時も帽子を深くかぶせたり。だから、カールトンが目撃したのも、フードをかぶった小さな後ろ姿だけだった。 似てなんかいなかったのかもしれない。それでも、望んでしまったのかもしれない。 むせび泣く老人は、気の毒と思わないでもなかったが、それでも彼の孫がすでにこの世にないことだけは事実だ。それは彼が自分で克服すべき傷だろう。
「……俺たちは俺たちの仕事を終わらせた。それでいいさ」 肩をすくめた俺に、ロビンが言った。 「違うね、『冒険』だよ」 にやりと笑うその顔に、どう返事をしようか迷った。 そして、とくに返事なんかいらないことに気が付いた。 「ロビン」 「ん?」 「次は遺跡な」 「おう。どでかいの狙おうぜ!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
……そう。そして街に帰ってくるまでは、気分は悪くなかった。あちこちの傷は鬱陶しいが、それでも気分は悪くなかった。本当だ。 「なぁなぁ、リック! レックスの中央部にさ、すげぇ遺跡があるらしいんだ」 こうやってロビンが話を持ちかけてくるのは何度目か。帰ってきてからずっとだ。 「…………それで?」 一応聞いてやる。一度無視したら、『なんだよ、どんな遺跡だとか何とか聞けよ。つまんねぇ男だなおまえも』と延々と話し始めた。だから、話の続きを促したほうが手っ取り早いと学習した。 「レックス中央部! その名も“竜の中庭”! なんとここには、古代から生き続けている伝説のドラゴンが……」 「またな」 「待てこら! どこに行くっ!?」
……なぁチャ・ザさん。俺は、あんたの熱心な信者じゃねえ。けど、どうせなら、せめて遺跡に行く前には調査しようっていう人間と出会いたかったよ。 ロビンの話は半分以上ホラにしても。っていうか、無理なことは本人が一番わかっているだろうけど。 それでもとりあえず、古代の鍵を専門にやってる奴に手ほどきを受けようか。そんな気分にはなった。 もちろん、遺跡専門の穴熊に、今すぐなれるわけでもねぇだろう。遺跡そのものにだっていつ行けるかなんてわからない。ギルドでの立場があることに変わりはない。結局は、俺はギルドで上を目指すほうを選ぶのかもしれない。今はまだそれをはっきりとは決められないけれど。 けれど、自分で道を選ぶのなら、選択肢はあったほうがいい。 ──せめて拳を下げないために。
だからやっぱり。あんたのことは嫌いじゃないかもしれない。……なぁ、チャ・ザさん。
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