冒険者として
(2003/05/18 )
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作者
深海魚
登場キャラクター
ギグス他
アレクラスト大陸の各地には500年以上前に滅びた古代王国の遺跡がある。その古代遺跡から古代王国の宝を持ち帰ることを生業とした者たちが居る。それが冒険者である。しかし、古代王国が滅びて500年以上たっている現在では発掘されていない遺跡はほとんど残っていない。大半が発掘された“枯れた”遺跡なのだ。未発掘の遺跡や発掘された遺跡の中で未発掘の部分を見つける事は奇跡にも近い幸運なのである。
アレクラスト大陸最大の都市オラン。其処から北に半日ほど行った場所にある遺跡の中にその奇跡にも近い幸運に恵まれた冒険者の一行が居た。
「文献のとおりの場所に隠し扉がちゃんとあってほっとしましたよ」
一行の一番後ろを歩く長い黒髪を後ろで束ねた青年が言った。魔術師の杖(メイジスタッフ)を持っている事から魔術師であろうと言う想像が容易につく。しかし、かなりの長身で筋肉質な身体、そして背中に背負っている突剣(エストック)が本当に魔術師なのかと思わせていた。彼は魔法剣士であった。名前はライニッツ。
「俺はあるって確信はあったぜ。なんたってこの知識人である俺があれだけ念入りに調べたんだしな。無いわけが無いぜ」
その魔術師と並んで歩く金髪の少年――実際の年齢は魔術師とあまり変わらないのだが背の低さと幼い顔つきがそう思わせている――が得意げに言った。銀製の長槍(ロングスピア)に円楯(ラウンドシールド)そして鎖帷子(チェインメイル)と言う装備から戦士である事が窺い知れた。彼の名はアルファーンズと言う。額には女物のサークレットをしている。
「冥王犬(ヘルハウンド)が居たのにはビビッタけどな」
「ええ。ラスさんの魔法が無ければあれだけ早く倒す事は出来なかったでしょうからね。炎を吐かれていたらもっと苦戦していましたよ」
「当然だろ。あんなのに火を吹かれたらこの中で体力が一番無い俺が危険だろうが。だからソッコーで“光の槍(バルキリージャベリン)”を使ったんだよ。これで俺の取り分はさらにアップだな」
先頭を歩いているラスと呼ばれた男が振り返りもせずに答える。癖の無い金髪と整った顔立ちの半妖精(ハーフエルフ)である。彼は優秀な精霊使いであり、盗賊でもあった。罠が無いか注意しながら先頭を歩いているのである。一行の中では最も冒険者としての経験が長かった。
「何言ってんだ。俺等みたいな優秀な“壁”が居たからこそ、お前も魔法に集中できたんだろ。だから報酬に変わりはねーよ。なあ?ギグス」
「まあ、な。とは言っても俺はあまり優秀な壁じゃねェけどな」
アルファーンズに話し掛けられ、ラスのすぐ後ろを歩いている大男が苦笑いしながら答える。巨大な大槌(モール)と硬革鎧(ハードレザー)で武装していた。武装や体つき、黒髪を短く刈り込み短い顎鬚を生やしている強面の顔と言う姿はアルファーンズとは対照的な男である。
「何が優秀な壁だ。ギグスなんざ目茶苦茶攻撃喰らってただろうが。ったく、あれで生きてるってどんな体力してやがんだ」
「わはは。だから優秀じゃねェって言っただろうが。大体、あんな馬みてェな犬を相手に戦った事なんかねェからよ。仕方ねェだろ。まあパウラの魔法があったから助かったけどな」
「でもあまり無理はしないで下さいね。神の奇跡を行うのにも限りがありますから」
幸運神(チャ・ザ)の聖印が刻まれている指輪をした女性が微笑でギグスに答える。パウラと呼ばれた一行唯一の女性は幸運神の神官であった。茶色い髪の毛を肩の所で切り揃えた物腰の柔らかな女性である。彼女は接近戦が全く出来ないため隊列の真ん中を進んでいた。
ギグスは冥王犬との戦闘でかなりの傷を負っていたが彼女の“癒し(キュアー・ウーンズ)”の魔法で治してもらっていた。事実、ギグスの鎧には冥王犬の物と思われる幾つもの傷が付いている。
「分かってる。ライニッツと組んでるから魔法にゃあ限りがあるってのはよ」
「それなら、あまり無茶な戦い方はすんなよ。戦闘じゃ・・・っと、皆ちょっと止まれ」
そう言いラスは全員を手で制すと前方にある床を調べ始めた。床を何度か軽く叩いたり、押したりを繰り返す。こうして床に罠が無いか調べるのだ。ラスが調べている床は今まで歩いてきた床と少しだけだが色が異なっていた。相当注意しないと見分けられなかったが彼はそれに気付いたのである。
「コイツは多分加重に反応するタイプの罠だな。一定以上の重さが加わると床が真っ二つってトコだろ。解除は出来ねえけど一人ずつ通れば問題ないと思う。取り合えず俺が通るからその後一人ずつ来てくれ」
そう言うとラスはサクサクとその床を通って行く。それに続き、全員が通って行った。その後、彼等は隊列を組み直し遺跡の奥へと進んで行った。
ラスの調べている床の前には立派な装飾の施された扉があった。恐らくこの遺跡の中でも重要な部屋なのだろう。一行の誰もがそれを分かっていた。そして罠を調べている盗賊に見入っている。
床を調べていたラスが突然立ち上がり、扉のすぐ横の壁を調べ始めた。
「コッチじゃねえな・・・」
そう言い反対側の扉の横の壁を調べる。すると、壁の一部が外れた。中にはレバーがある。ラスはそれを躊躇いもせずに引いた。
「多分これで床の罠は作動しねえ。さっき通った床と同じ罠がありやがった。しかも一人分の体重で開く奴がな・・・」
独り言であるかのように呟くと、彼は額の汗を拭い今度は扉に罠が無いか調べ始める。
他の者にとっては恐ろしく長く感じられる時間が過ぎた時、ラスは振り返り皆を見回しながら言った。
「罠はねえ。だが、ちぃーとばかし厄介だな。この扉誰かが押えてないと閉まる様になってるみてえだ。んで向こう側に開く扉。分かるか?」
「誰かが扉を押えていないと扉の先の床を調べられない。でも扉を押えるには部屋の中に入らないといけない、と言う訳ですね」
ライニッツの答えにラスは頷き、扉には鍵が掛かっており、一度開けても扉が閉まれば再び鍵が掛かるであろうと付け加える。
結局、ライニッツの考えにより石の従者(ストーンサーバント)に扉を開けさせることになった。石の従者とは古代語魔法によって製造される魔法人形(パペット・ゴーレム)の一種である。
ラスが扉の鍵を開けると、ライニッツは背負い袋から取り出した石に呪文を唱える。造り出された魔法人形にライニッツは「扉を開けろ」と言う命令を下した。
罠は無かった。石の従者は扉を開き何事も無かったように部屋の中に入っていく。ライニッツは其処で扉を押えたまま待機するように命令を下す。
その部屋も今までと同じように発光性の壁により明りが必要なかった。そのおかげで部屋の奥まで見る事が出来る。床は石畳で出来ており、扉とちょうど反対側の部屋の奥には装飾された箱が床よりも少し高い所に置かれていた。
恐らくこの中にはこの遺跡の主がコレクションしている魔法の品が大切に保存されているのだろう。この遺跡の主は“収集者”と言う二つ名で呼ばれるほど、他の魔術師が製作した魔法の品を集めていたのだ。今までに見つかっている魔法の品で遺跡の主が製作した物は無いのである。
しかし一行が注目したのはその箱ではなく、箱を守るかのように箱の傍らに立っている二体の武装した骸骨であった。
「竜牙兵(スケルトンウォリアー)・・・」
竜牙兵とは石の従者と同じく古代語魔法により造られる魔法人形である。しかし、呪文の高度さ、戦闘力の高さなどは石の従者とは比べ物にならない。その精密な動きと俊敏な動きは腕利きの戦士に匹敵するのである。一対一で勝てる人間はそうは居ない。材料も石のように何処にでもあるようなものではなく、魔法加工された竜の牙なのである。
石の従者が部屋に入った事により竜牙兵はすでに動き出していた。与えられている命令は「部屋に入った者を殺せ」だろう。部屋の外から弓や魔法で攻撃されないように扉が中に開くようになっており、押えていないと閉じる仕掛けまであったのであろう。
一行は全員が急いで部屋の中に入ると、竜牙兵を迎え撃つべく臨戦態勢を整える。アルファーンズとギグスが壁となるため前衛に出、残りの三人は戦士のサポートの体勢に入る。
「一体は俺の魔法で何とかするから無茶はするなよ!」
ラスが戦士二人に声を掛ける。彼の魔法にはそう言わせるだけの破壊力があった。しかしそれも前衛の二人が竜牙兵を足止めする事が出来なければ意味が無い。その為、彼はしっかり壁の役をしろと言う意味をこめて言ったのだ。
そう言った後、ラスは呪文の詠唱に入る。戦士二人と竜牙兵が共に互いの武器の間合いに入ったのとほぼ同時に彼の呪文は完成した。空中に戦乙女(ヴァルキリー)が現れ、手にした槍を竜牙兵に向かい投擲する。それは寸分狂わずアルファーンズの前に居る魔法人形に命中する。竜牙兵は痛みを感じるわけでは無い。人間ならばその衝撃と痛みで動きが鈍るが魔法生物である竜牙兵の動きは一瞬ぐらついたものの、全く鈍る事がなかった。
そのまま二体の竜牙兵は、ほぼ同時に戦士たちに手にした剣で斬りかかる。その無機質な動きから繰り出される攻撃は非常にかわし難い。人間と違い、表情や筋肉の動きから攻撃の瞬間や軌道が読み難いからだ。
ぎいぃぃん、と言う音が部屋の中に鳴り渡る。ギグスが大槌で剣を受け止めた音であった。アルファーンズは円楯で剣を受け流していた。二人ともそのかわし難い攻撃をかわしていた。共に攻撃しようとはせず、回避する事に専念した結果だった。
直後、戦士二人にライニッツから援護の古代語魔法が掛かる。受ける怪我を軽減する“防護(プロテクション)”の魔法である。
「チィッ!戦乙女の機嫌がワリィ!」
精霊使いは毒づいた。二発目の“光の槍”が大したダメージにならなかったからだ。彼の顔には大粒の汗が浮かんでいた。誰の目にも疲労している事は明らかだった。
竜牙兵には切り裂いたり、突き刺すための肉が無い。剣や槍のような刃のついた武器は効果が薄かった。アルファーンズはそのことを知っていたため、この戦闘では攻撃をかわす事だけに専念しようと決めていた。
竜牙兵は魔法人形の中で最も戦闘に長けている。そのため、戦闘に関しては複雑な動きもこなす。しかしアルファーンズはその事を失念していた。彼は竜牙兵は単純な命令しか聞かない、つまり戦闘も単調にしか行わない。攻撃自体は読みにくくても。そう思っていた。そのため、竜牙兵がフェイントを使い楯で攻撃して来た時に反応が遅れた。
咄嗟に円楯をかざし攻撃は喰らわなかったものの、衝撃に耐えられずよろけてしまった。
ライニッツは迷っていた。次の呪文をどのタイミングで唱えるのかを。
ギグスは竜牙兵の攻撃を大槌でかわしながら余裕の表情を見せていた。彼には勝算があったのだ。彼は一度竜牙兵と戦い勝利している。その時は効果の薄い大剣を使っていたが今は大槌だ。それに彼はその時より戦士としての腕を上げていた。極めつけは腕の良い精霊使いがいる。
人は調子の良い時は自分の都合の良い様にイメージをしやすい。都合の悪いイメージばかりするのも良くは無いが不安要素も念頭に置いていなければ冒険者として生き残っていく事は出来ないのだ。
彼は忘れていた。前に戦った時は自分よりも腕の立つ戦士が居た事を。神官が二人居た事を。そして竜牙兵は一体だった事を。
彼は眼前の竜牙兵に集中しすぎて見えていなかった。もう一人の戦士が竜牙兵の攻撃によろけてしまった事が。魔術師が呪文を唱えずに迷っている事が。精霊使いが次の呪文を唱えられない事が。
ギグスは大声を上げながら大槌を振りかぶり竜牙兵を攻撃した。しかしその攻撃は簡単に楯で受け流された。そのまま大きくよろけるギグス。完全に体勢が崩れた所に竜牙兵の次の攻撃が迫っていた。そして彼の目にはよろけたアルファーンズから向き直ったもう一体の竜牙兵も写っていた。
「ギグスさん危ない!!」
ライニッツがそう叫んだ直後にギグスの身体は二体の竜牙兵の剣に貫かれた。ギグスの身体はよろけた体勢から崩れ落ちた。そのまま彼の意識は闇の中に落ちていった。
ギグスが目覚めたのは既に戦闘が終了した後だった。体力が多い彼は奇跡的にも一命をとりとめ、野伏の経験も積んだパウラの応急手当により意識を取り戻したのだ。
結局、竜牙兵は一体はラスの魔法でもう一体はアルファーンズの槍で止めを刺したのだ。
竜牙兵がアルファーンズの槍によって崩れ落ちた後、ラスは装飾された箱の下に向かい、他の三人はギグスに駆け寄った。
最初はアルファーンズもライニッツもパウラの手当てを見守っていたが、ラスが箱を開けた時に呟いた「魔剣、だな」と言う一言でラスの下に駆け寄った。
其処には宝石で装飾された鞘に収められた一振りの広刃剣(ブロードソード)があった。柄には見事な彫刻が施されている。
「こ、これ、多分だけど“色を鍛える者”の剣だぜ・・・」
声を僅かに震わせながらアルファーンズが言う。自称知識人と言うのもあながち嘘ではないのだ。一行の中では賢者としての修行は一番積んでいた。
“色を鍛える者”と言うのはこの時代でも有名な魔力附与者の二つ名である。真銀(ミスリル)を使った作品を得意としていた事と、大地妖精(ドワーフ)であると言う事が彼の名を有名にしたのであろう。
「ええ、間違いないと思います。この柄に施されている特徴的な彫刻はソムスカのものですよ・・・」
同じく僅かだが声を震わせながらライニッツが答える。ソムスカと言うのは“色を鍛える者”の名前だ。
二人とも魔剣等の魔法の品を目前にすると我を忘れがちになる部分があった。
「やべえ・・・すっげー刃を見てえけど緊張で手に取れねえ・・・ライニッツ鞘から抜いてくれよ」
「私もですよ・・・手が震えてしまって・・・アルさんが」
「あっ!」
二人が緊張して剣を手に取るのを躊躇している間に、ラスがひょいっと剣を手にしたのだ。そのために二人が同時に声を上げていた。
「ほう」「すげえ」「これは」
ラスが剣を鞘から抜くと三人とも感嘆の声を上げる。柄からは深紅に光る直刃が伸びていた。ミスリルで出来た刃である。角度を変えると光の反射で様々な紅い色を見せた。“色を鍛える者”と言う二つ名は伊達ではなかった。
「俺が持ってるダガーとまた違った色を見せんだな」
ラスは“色を鍛える者”の短剣を持っていた。
「すげえなしかし・・・これ、最低でも2万5千はするぜ。鞘の装飾考えたら3万は超えるな・・・」
「ええ。それに隠された力があるかもしれません。それを考えると凄いですよこれは」
ラスから剣を渡された二人が楽しそうに話す。ふとラスに向き直るとアルファーンズは言った。
「ラス、頼みが・・・じゃなかったラスさん、お願いがあるんですけど聞いてくださいますか?」
「ヤダ」
「て、テメエ、聞きもしねえうちに否定すんな・・・じゃなくて否定しないで下さい」
「あーウルセエな。分かった分かった、聞くだけ聞いてやる」
顔を引きつらせて言うアルファーンズに対しラスはさらりと言ってのける。
「えーとですね、今回の報酬の件なんですが、何とか後払いという事にしていただいて、この剣を頂けないでしょうか?」
「あ、それ良いですね。私も是非とも個人的に調べてみたいですし。アルファーンズさんが所有主ならそれもやり易・・・」
「寝言は寝てから言え。今回の報酬の取り分を決めたのはお前等だろ。それをお前等の都合でホイホイ変えられちゃたまんねえ」
ライニッツの言葉をさえぎるようにラスが言い放つ。
遺跡に潜るためのメンバーを探している時に、盗賊と精霊使いが見つからず、『遺跡で手に入ったものを全て現金に変え、その内の三割』と言う報酬の条件でラスを誘ったのだ。優秀な精霊使いな上に盗賊としても腕が立つ彼をこの条件で誘う方が盗賊と精霊使いを一人ずつ探し頭割りにするよりも報酬の面でも実力の面でも良かったからである。
「まだ無理してはいけません。今から“癒し”をかけますので」
アルファーンズとライニッツは何とかならないかと粘っていたが、パウラの言葉でギグスが目覚めた事に気付き二人の元に駆け寄った。
“癒し”の呪文をかけて貰ったギグスに二人は大丈夫かと声をかけた。その二人に対し、ギグスは面目ねぇと答えるのがやっとだった。
「皆さん無事だった事ですし、良いじゃないですか」
「そうそう。終わりよければ全てよ・・・」
「良くねえ!」
そう言ったのはラスだった。
「何なんだテメエの戦い方は!優秀な“壁”はどれだけ長く“壁”でいられるかって前に言っただろうが。それだけじゃねえ。冥王犬との戦いの後で無茶な戦い方をすんなとも言ったし、竜牙兵との戦いの前でもそう言った。それなのにあんな攻撃しやがって!
テメエが倒れたせいでコッチは負わなくても良い怪我をしたんだよ!下手すりゃ死人が出てたかも知れねえ」
座っているギグスの元に来たラスが言い放った。事実、ラスやライニッツは竜牙兵の攻撃を受けていた。ギグスが倒れたために後衛である彼等の元に竜牙兵が行ったからである。部屋に入る前に作り出した石の従者は“壁”に使用したため、無残な残骸と化していた。そのお陰で死人が出なかったとも言える。
「大体テメエは革鎧なのに、なんで金属鎧着てる時みてえな戦い方すんだよ。確かに体力が自慢かも知れねえ。だがな、革鎧を着てるのに“骨を切らせて肉を断つ”みてえな戦い方してたら死んじまう。テメエだけ勝手に死ぬのはかまわねえが、他の連中にも迷惑がかかるだろうが!」
ラスは自分と良く組むクセ毛の斧使いのことを思い出しながら言っていた。彼は筋力、体力ともギグスとほぼ変わらない。そして着ている鎧も革鎧である。ギグスとの違いは楯を使っていることであった。
革鎧には革鎧の、金属鎧には金属鎧の戦い方がある。革鎧はなるべく敵の攻撃を受けないように、金属鎧は攻撃を受けても怪我を最小限に押えるように戦うのだ。
「着てるのは革鎧なのに戦い方は金属鎧。テメエは中途半端なんだよ!!」
「んだとテメエ・・・」
ギグスが拳を握り締めながら立ち上がる。
「黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって」
「やるのか?」
「いや、止めとくわ。テメエの魔法は危ねぇからな・・・ってんなわけねェだろが!!」
握っていた拳を緩め、力を抜いた直後にギグスはラスをいきなり殴った。油断していたラスはその拳をまともに頬に受けた。
「何しやがる!!」「五月蝿ェ!くたばれコラァ!!」「二人とも、止めてください!!!」
その後は、子供の殴り合いと化して行った・・・。
クソッと言う悪態と共にエールの杯を机に叩きつけるドンと言う音が酒場に響き渡った。酒場にいる皆が注目する。其処にはギグスがいた。
此処はオランにある酒場“怒りの錨”亭である。港湾地区にあり、主に船乗りを相手にする酒場である。二階には宿泊できるようになっており、オランに着た時からギグスは此処を定宿としていた。
遺跡から帰ってきてから、彼は毎日、酒を飲んでいた。彼を良く知る船乗りで近づく者はなかった。
「あのヤロウ、好き勝手言いやがって・・・」
ギグスが呟く。だが、ラスに言われた事が正しい事だと分かってはいた。そして、最後に言われた“中途半端”と言う言葉が重く圧し掛かっていた。
戦い方だけでは無い。冒険者として言われたのだ。
彼が海賊をしていた時は、戦う相手は人間だけだった。そして人間なら、自分を見て勝手に強さを想像してくれた。“コイツは強そうだ”と。だからこそ無茶な戦い方が出来たのだ。
だが冒険者は違う。戦う相手は人間だけでは無い。竜牙兵のような魔法生物や魔物と戦っていかなければならないのだ。彼らは此方の実力を見た目でなど判断しない。
それに、海賊の頃は彼よりも腕の立つ人間が何人かいた。彼は一番強い敵と戦う必要はなかったのだ。だが、冒険者の今は違う。戦士が自分しかいなければ自分が一番危険な場所で戦わなければならない。
ギグスは海賊をやめ、冒険者となった時から戦い方、考え方を変えなければならなかったのだ。だが、彼には出来なかった。冒険者であり、海賊でもありたかったのだ。変えてしまったら、海賊や船乗りには戻れ無い気がしたのだ。
その為に、鎧は革鎧で、戦い方も、考え方も海賊の頃のままだった。
武器を大槌に変えたり、自己紹介する時に“元船乗り”と名乗るのは自分を誤魔化していたのだ。その事に今回気付かされた。いや、気付かないフリをしていたのだ。
ラスに大してムカついていたのではない。自分に腹が立っていたのだ。
だが、彼もただ毎日酒を飲んでいただけではなかった。彼なりに考え、自分が今分岐点に来ていると分かっていた。このまま冒険者を続けるのか、海賊に戻るのか、或いは他の職に就くのか。
「ったく、また今日も飲んでんのかい。いい加減にしたらどうだい?」
ふと、ギグスに声をかけるエプロン姿の女性が居た。ギグスはその女性を見ながら呟くように言った。
「ルシーナか・・・ウルセェな。ほっとけ」
ルシーナと呼ばれた軽いウェーブのかかった赤毛のその女性はギグスの妻であった。彼女は料理の腕を買われて、この店で厨房を手伝っている。注意してみると分かるのだが、お腹が少し脹れていた。
「アンタが店の真ん中で飲んでると客が寄り付かないよ。飲むなら端っこの方で飲みな。それに飲みすぎは毒だよ」
「ふん。俺が稼いできた金だ。どう使おうと勝手だろ。お前こそ働きすぎると腹に障るぞ」
「あら、心配してくれてんのかい。珍しい。それよりもお客だよ」
クスクスと笑いながらルシーナはそう言うと厨房に戻っていく。
「おめェ等・・・」
入れ代わりに来たのはライニッツとアルファーンズであった。
「あの剣の鑑定結果が出たのでそれをお知らせしようと思って・・・」
「なぁ・・・俺が前衛だと不安か?」
ライニッツが話し掛けたが、それを遮りギグスは呟くように聞いた。それを聞いた二人は顔を見合わせる。
「なんだよ。ラスが言った事まだ気にしてんのか?あんな色情半妖精の言う事なんか気にする事無えって。なあライニッツ」
ライニッツは押し黙ったままだった。それを見てギグスは正直に言ってくれと付け加える。しばし逡巡していたライニッツであったが、意を決したように口を開いた。
「分かりました。相棒として正直に言いましょう。ラスさんの言った事は正しいと思います。ギグスさんの戦い方、駆け出しの頃なんかは特に問題ないと思いました。でも、これからは恐らく通用しません。
それに戦士に不安があると僕等魔法使いも呪文への集中度が違ってきてしまいます。戦士あっての魔術師、ですからね」
ギグスは杯を見つめたまま再度呟くように言った。
「戦い方や鎧を変えたら戻れなくなる気がする・・・」
その言葉を聞き、
「楯使ったり、金属鎧にしたら船乗りに戻れなくなるって事か?
そんな事ねーよ。元の自分を忘れたり捨てたりしなきゃいつでも戻れるって。
俺だって剣を習い始めたばっかの頃は、もう知識人には戻れない、修羅の道を歩むんだ、みたいな覚悟してたけどさ。実際、こんなもんだし」
と、肩を竦めながらアルファーンズが答えた。
暫く黙っていたギグスだったが、ワリィ、俺寝るわと言うと、酒場の二階に上がって行ってしまった。
「あ、おい!剣の値段知りたくねーのかよ!」
「今はそっとして置きましょう」
ギグスが二階に行き少し経ち、ルシーナが料理の皿を抱えて厨房から出てきた。
「あれ?あの飲んだくれは何処行ったんだい。まあ良いわ。二人とも、あたしの奢りだよ。じゃんじゃん食べとくれ」
その言葉を聞いたアルファーンズは満面の笑みを浮かべ先ほどまでギグスが座っていた席に腰を落ち着けた。
それから数日後、ギグスはある鍛冶屋に居た。
「名工って言われてるあんたに仕事を頼みたい。板金鎧(プレートメイル)を作ってくれ。ちゃんと金も“気ままに”亭の紹介状もあるぜ」
彼はライニッツの今のままでは不安だと言う言葉と、アルファーンズのいつでも戻れるという言葉で戦い方、考え方を変えようと思った。
そして、考えた末に楯を使った戦い方を今から習得するのには時間がかかるし、自分にはあっていないと思い、金属鎧を着る事にした。
彼は決心したのだ。これからも冒険者として生きていく事を。
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