恋文の中で (2003/05/29)
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作者
うゆま
登場キャラクター
ホッパー・ビー



「はぁぁ…」

夜の気ままに亭。
そのカウンターに溜息が漏れる。

僕は、今日、初めての依頼をこなした。
別に体を動かすほどのものでもない。
頭を使う仕事だった。

だけど。

「はぁぁ…」

溜息が出る。
何故か?

事の起こりは三日前に遡る。



 『引っ越し中、古い手紙を見つけました。

  下位古代語で書かれている為、

  下位古代語の解読が出来る方を募集しております。

  詳しい内容は依頼人の自宅まで。

  人数は何人でも構いません。

  なお、礼金はだいたい銀貨百枚程を用意しています。

              三日月通り 雑貨商 リストール』

君にピッタリの仕事だろ?
そう言われ、メモを渡された。

僕はそのまま依頼を引き受けた。

下位古代語の解読。
賢者として基本中の基本。
僕に出来る内容の仕事なのがありがたい。
しかも、人数は問わない。

冒険者に来る依頼とくれば。

『怪物退治』
『商隊護衛』
『盗品奪還』
『遺跡探索』

だいたい、そういうものだと思っていた。

まぁ、何にせよ、初めての依頼。
僕は嬉しさで一杯だった。

その時までは。



「じゃ、これ、全部解読してくれんか?」

かび臭い屋根裏部屋に通された。
そこの机には羊皮紙の束。

唖然。

「えと、手紙って…」

「ん、この束のやつ」

「…これ全部ですか?」

僕が尋ねる。

「ああ、だいたい百通ある。
 仕事があるんで、全部よろしく、な!」

依頼人のリストールさんは笑顔で下に下りていった

僕は己のうかつさを呪った。

手紙といったらだいたいニ、三通程度かと思った。
しかし、依頼表には何通あるかなど書いては無かった。

「ちゃんと確認するべきだった…」

後悔しても遅い。
お爺さんから聞いた「ことわざ」が浮かぶ。

『コボルトにパンを渡す』

…そう、後悔しても遅い。



一日目で何とか終わらせようと思っていた。

だいたい手紙は手紙。
言ってもせいぜい一通で三行程度。
そう思って、気を取りなおした。
そして依頼に取りかかった。

甘かった。

羊皮紙の隅から隅までびっしり。
十行とか二十行など問題ではない。
実に細かく、埋め尽くされている。

目の前が真っ暗になった。
十分、僕は机に突っ伏す。

「…落ち着け」

自分に言い聞かす。
気分を落ち着ける。
解読作業に入ろうとする。

内容を解読し始めて一分。
また僕は突っ伏した。

何故って?

「恋文だよ…これ」

そう、恋文。
少女が憧れの人に対して書いたもの。
目を輝かさせ、頬を朱に染め、胸が高揚感に締め付けらながら。
たぶん。

読むだけでも恥ずかしい。

わざわざ、下位古代語にして書いて。
ああ、まさに後悔。



仕方無しに作業を再開する。
しかし、このような恋文。

これから百通見ると思うと。

「…はぁぁぁぁあ…」



後ろでは。

「今日はこのベッドを使ってくれ」

リストールさんがベッドの用意をしてくださっていた。
そして笑顔で、夕食の胴長魚スープ煮を差し出してくれました。

ちちち…

小鳥の声が聞こえる。
戸板の隙間から漏れる光。
それが僕の目を射る。

「あ」

慌てて起きる。

かび臭い、屋根裏部屋。
ここが普段泊まっている宿屋でないことに気付く。

机の上を見る。
そこには、手紙の束。
しかも、恋文。

「はぁ」

溜息が漏れる。

「起きたかい?」

階段に依頼人、リストールさんがいる。
笑顔で、朝食のパンとチーズを持ってきてくださってます。
オラン芋のふかしまで。

「頑張ってくれよ」

僕の肩を軽く叩き、階段を下りていきます。
仕方無く、力無く、僕はパンを齧る。

…固いです。



現在十枚目を解読し終わった。
相変わらず、読むだけで恥ずかしい。

『愛しい愛しい貴方、今日も貴方のことを思い…』
『夢の中でも貴方のことばかり。ああ、何て…』
『家も地位も関係無い。全ては貴方の為に…』

机に突っ伏す。
ある意味、これ拷問です。

「…うーん…」

しかし。

ここまで書くとは。
よほど、好きだったのだろう。
手紙の送り主は、『貴方』とやらを。

ふと、何気なく、無作為に一通を見る。

  『…白い神殿にお勤めなさって一年ですね。

   妖魔の討伐、信者への説教、神殿での祭礼。

   最近は御忙しい御様子。御体のほうは如何ですか?

   真面目な貴方のことだから、きっとお疲れでしょうね。

   心配ですけれども、それが貴方らしい。

   本当に貴方のことが好きで、愛せて、幸せです。

   でも、まだまだ、貴方には近付けない。

   ああ。

   それがとても、身を、業火に焼かれる様に、熱く辛い。

   また、胸が、裂かれる様に、痛く苦しい。

   唯一、十年間、こうやって手紙を送るだけが、心の救い。

   どうか、どうか、一日も早く。

   貴方に、この、灰の籠の中から解き放たれる日を…

                         灰色の塔の娘 』

「…ん」

急に、切なくなるような手紙。
手紙の送り主はとても苦しかっただろうか。

しばし、沈黙。



あれから、
手紙の内容は現実的で悲しくなる一方だった。

最初の手紙にあった、夢や、希望。
それに溢れた、面影は無い。

絶望。

それが手紙の内容を埋め尽くす。

年を追うにつれ。
手紙を進めていくにつれ。
そればかりが目立った。

見ていて、僕は暗くなる。

だけど。
ここで読むのをやめるのは嫌だった。
理由は分からないけど。
やり遂げたい。

最後まで見届けなければ。
それが僕の責任だと。



三日目の朝。
僕は最後の一通を前にしていた。

ここまで解読してきた手紙の束を見る。
ある一人の女性の一生がそこにある。
今は、誰も知らぬであろう、それが。

  『この手紙が、貴方の元へ届く頃は、もう寒い季節でしょう。

   そして、この手紙が、たぶん最後になるでしょう。

   残念ながら、先は永くない様です。

   だけど。

   ここまで、生きてこれたのも、貴方がいたから。

   現実を知ったあの日。

   全てに絶望し、全てに憎悪し。

   そんな時も、貴方がいることが生きる希望でした。

   おぞましい真実に打ちのめされた時。

   暗黒神に魂を売っても良い。

   そう思ったことが何度胸をよぎったか。

   そして深い闇に、心を許そうとしたときも。

   やはり、貴方がいると思うだけで、光が心を救いました。

   結局、貴方とは手紙だけでしか、繋がることは無かったですね。

   でも。

   今、充実しております。

   だって、老いて、なお、貴方を思えば胸は高鳴るばかり。

   ええ、とても…貴方には感謝しております。

                         灰色の塔の娘 』

読み終わった。
涙が止まらない。
手紙を閉じる。

「あ」

涙で羊皮紙が濡れた。

すると。
僕は驚いた。

手紙に文字が浮かんだから。

  『最後に…最後だけ我侭が叶うとするなら。

   この手紙を。

   明るい日溜りで貴方と一緒に読んで、ただ、微笑みたい…

                        そう、恋文の中で』



僕は、依頼人に全ての手紙の内容を見せた。
リストールさんは落胆した様子だった。

「もしかしたら、お金になるかもと思ったんだがね」

苦笑いしつつ、僕に銀貨百枚を渡してくれた。
呆れて、もうどうでも良いと。

あの手紙は。

僕に処分を任せると言って全部渡された。



「はぁ…」

また溜息が出る。
複雑な心境が、溜息を出さずにいられない。

エールが差し出される。

「頼んでませんよ?」

僕が言う。
店員が言う。

「割に合わない仕事、紹介したお詫び。
 手紙一通で銀貨一枚なんてさ」

ええと、そうじゃない…言いかけてやめた。
言っても仕方ない。
ありがたく、エールを飲む。

そして心の中で、僕は思った。

(願わくば、恋文の中で微笑む、灰の塔の娘に乾杯を)

【終わり】



  


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