残照(”沼地の遺跡”番外編)
(2003/06/04)
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作者
琴美
登場キャラクター
老魔術師
この話は雑記帳
沼地の遺跡
を受けたサイドストーリーですので、
出来るだけそちらを先にご一読くださいますようお願いいたします。
櫛の歯が抜けるように、私の仲間はひとり、また一人と死んでいった。
残るは私と膝の上で喉を鳴らす使い魔だけ。
この命が消える前に、どうかあの遺跡にもう一度……。
昔、オラン郊外の沼地に位置するその遺跡に挑んだときは、私も若かった。使い魔など持てない、杖を持ったばかりの新米だった。それでも「魔力を増強したい」その想いに駆られて生物実験の研究所跡である、かの遺跡に臨んだ。 結果は惨敗。仲間の一人は帰途疲労困憊したところ、マーシュマンに襲われて不幸にも命を落とした。
いつか再挑戦する。そう思ったまま、結局数十年経ってしまった。私は1年前、やっと使い魔を得ることが出来た。長い道のりだった。しかし、折角使い魔を得ても、主が老い先短いのでは意味がない。
あの遺跡にはしばらく挑戦したものがいないようだ。あの立地条件と知名度の低さ、なによりマーシュマン達の生息地であることが幸いしたのかもしれない。少しはあの遺跡に挑む者が出てきやすいように情報を流すとするか。
オランに帰るらしい草妖精の尖った耳に、あの遺跡の「噂」を届くように仕向け、誰かを向かわせるように促した。上手く行くよう願っていたところ、彼はその情報をとある酒場で売ったらしい。まずは思惑通りだ。
こうなれば、近々事態は動き出す。多少は賢い連中なら学院やら知識神の神殿書庫へ事前調査にやってくるはず。遺跡の内容を「噂」に含めてあるから、きっと魔術師やら賢者やらが一枚噛むだろう。ただの武張った冒険者より、そちらの興味を引きやすいであろうし。
そう考えて、私は日中は、賢者の学院で「沼地の遺跡に挑むものたち」を待っていた。夕方以降は冒険者の店に顔を出しつつ、情報をさりげなく仕入れて、それらしき冒険者の目星をつける。
果たして予測は現実のものとなり、私が座っている席の棚一つ向こう側で、黒髪の剣士と銀髪の賢者と思しき二人連れがしきりにマーシュマンのことを調べている。書架に向かう振りをしてそっと近付いてみると、間違いなくあの遺跡について調べていると思える会話内容だった。
しかも剣士は魔法も使う様子。その指に輝く銀の指輪はどうやら発動体のようだ。これは期待できる。女の方は精霊を使うようであるし、まさにあの遺跡にうってつけだ。この分なら他の仲間も恐らく申し分ないメンバーであろう。以前私が挑んだときの、あの顔ぶれとは違って。
心が躍った。やっとあの「限りない魔力」を手に入れる機会が巡ってきた。
私の体は老いさらばえ、長くはもたない。自分の体を実験に用いても今更惜しむものではないし、むしろ成功したときには健康な体が手に入る可能性もあったから、その実験の成功に他者の血や内臓が不可欠と知っても、諦められるものではなかった。
やっとここまで来た。後は彼らがあの厄介な連中を退治してくれれば、私は彼らを潰すなりなんなりして成果を自分の手に入れればよい。さほど弱そうでもないが、強い連中とも見えない。これなら、交渉の余地も、恫喝も効くやも知れぬ。もしくは上手く疲労したところを狙えば……あるいは。
最初から金で雇うなり、自分の仲間を求めるなりすればよいとも思った。このようなやり方は叡智ある者らしからぬとも。
しかし、求める内容が決して表に出せる内容ではないことを考えると躊躇した。仲間の人選次第で酷い事になる。実際、仲間の裏切りが元で投獄されてしまい、ようやく外界に出たときは冒険に出る体力も、研究に没頭する為の資金も何もかも失ってしまったのだから、その危惧はあながち間違いではなかっただろう。
実際には、出所後の貴重な時間も、糊口をしのぐのに精一杯だったと言うのが真実なのだが。
首尾よく遺跡に向かった彼らを、念のため使い魔の猫に見張らせていた。神官戦士に野伏、盗賊もいるようで、探索にはまことに望ましい構成だ。その分こちらが上手く立ち回らないとどうにもならないとは思えるが。
しかし、いささか慎重に立ち回りすぎたかも知れない。猫の”眼”を通じて彼らを探っていたところ気配を悟られてしまった。辛くも逃れることが出来たが、それが失敗だった。彼らに警戒感を抱かせてしまったのだ。
それが、彼らをしてあの遺跡の研究を葬り去らしめることに帰結した。
今まで水の気配が失せていた遺跡の赤い石組がたちまち周囲の湿気を含み始め、やがて降り出した雨の下、水の妖魔たちによって壊されていく。完膚なきまでに。
私一人では止め立てすることもままならなかった。
結局、私の皺だらけの手の上に残ったのは、果て無き望みにかけた過去の時間の重さと、残りの人生の僅かな灯火。そして、使い魔の猫と魔術師の証の杖。必死で書き写した古びた呪文書。
絶望に打ちひしがれた私の傍らで、猫が一声鳴いた。
ああ、お前がいたんだな。一緒に泣いてくれるのか。
そう思ったとき、自分の人生も悪くは無かったと、少しだけ笑えた。
<終わり>
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