一晩の酒で
(2003/06/15)
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作者
うゆま
登場キャラクター
オン・フー&一人の旅人&“鼠”
(1)
「さぁさぁ、お立会い!そこのお嬢さん、お兄さん、ちょいと見ていってくんナ!
ココにあるはそこらで簡単に手に入る品じゃないよ。
東は我が故郷“最果ての国”ムディールより、西は悪名高き“盗賊都市”ドレックノールまで!
東西駆け巡って早十年、旅の商人オン・フーは俺のことさね!
そんな俺が集めた品物だ、損するようなモンは売っちゃいねぇ!
さぁさぁ、お嬢さん、お兄さん、手にとって見ていってくんナ!」
オランの下町。
露天商達が軒を連ねる通り『灰色鼠』通り。
その一角から威勢の良い大声。
お世辞にも上手とは言えない文句に笑う。
だが、妙に癖の強い東方訛りの共通語が、かえって『私』の興味を引いた。
その声につられて行く。
『私』と同じく物珍しさに、冷やかし半分の客が並んでいる。
その合間を縫って『私』は覗き込む。
そこに声の主らしい男がいた。
ふぅん。
背の長は『私』の肩ほど。体格はやや太い。
顔に髭があれば大地の妖精族に見間違うかもしれない。
灰色の瞳で茶色の髪、少し伸びた後ろ髪を紐で結んでいる。
頭には羽根付きの帽子、腰には手斧と小盾が。
擦り切れた服と革鎧が旅の商人であることを認識させる。
隣においてある、やけに大きいリュックが印象的だ。
ふむ…なるほど。
文句にあったように確かに損するような品物は無さそうだ。
今まで旅をしてきたから、ある程度の物の価値とやらは分かるつもりだ。
確かに、そこらで手に入る品物は無いらしい。
ほう。
良く見れば品物を置いてある敷物は、エレミア産の絨毯じゃないか。
そこそこ汚れているが、あの柄はかなり有名な職人の好むやつだったな。
それに、あの細い針のような短剣は確か…
「おっと、そこの旅人さん、何か気に入った物はあったかナ?」
え…。
ああ、『私』のことか…思わず苦笑いしてしまう。
仕方無い。少し、会話を楽しむとするか。
この後、『私』は物の価値を“ある程度”知っていたことを、
人生初めて後悔することになった。
(2)
「あんたのおかげでだいぶ儲かった!感謝するさね」
空が赤い。
『灰色鼠』通りが赤に染まり、帰路につく人々も赤に染まる。
まさか、夕刻まで付き合わされるとは思いもしなかった。
しかも、片付けまで。
「あんたが色々と知っている旅人で良かった。客もあんたの言葉に我先にと品物をどんどん買ってくれたさね」
あれこれリュックに荷物を入れながら商人は笑顔で『私』に言う。
うう…。
あの時、軽率に始めた商人との会話。
それが何時の間にか、品物についての掛け合い談話となり、
結局それが価値を証明する羽目になってしまった。
流石に抗議の言葉も幾つか言わさせてもらおう…。
「ここまで付き合ってくれたお礼をさせてもらうさね」
…あ。
その言葉と笑顔に『私』は言おうとした抗議の言葉は虚空をさ迷った。
商人という人種はつくづく…こういうものなのかと思ってしまう。
(3)
「ちょいと良いところだろ?」
『銀の杯』亭という一軒の酒場に『私』と商人はおちつくことにした。
店内は小奇麗で、ちょいとどころか、やや高級な装いがある。
その一部は壁で区切られており、その片隅の個室に通された。
「さ、何でも頼んでくれさね。好きな酒、食い物、遠慮せずナ」
笑顔で、好きなものを頼めと、その気前の良さに驚く。
だが、同時に儲けた半分以上は『私』のおかげであることも思い出す。
『私』は言葉通り遠慮せず頼むことにする。
どれぐらい時間が経っただろうか。
酒が進むにつれ、同じように話しが不思議と進む。
お互い、旅人で根無し草なのが幸いし、気兼ね無く話せる。
個室と言う狭い環境がそれを更に後押しする。
「…へぇ、あんたは十五から旅人かぁ。生まれは…ああ、西方のロマールかい。
ああ、俺も行ったことあるさ、四年前に。あそこの闇市は凄かったな。
何しろ、『無いもの』を探す方が難しいってぐらい、品物があるんだからナ。
俺は十年前から今の商売始めているから…旅始めたのは十七、八からさね。
十五の時は親方様に商人の基本を尻叩かれながら仕込まれていたナ…」
赤ら顔で語る商人…ああ、ここからは彼をオンと呼ぼう。
『私』が自身のことを話す、それを受けてオンが自身のことを話す。
そんなことの繰り返しがとても気持ち良い。
「あの時、暇を見つけては西から来た吟遊詩人に歌を習ったな。
色々と西方の話を聞かせてもらったさね。
それが旅をしようとする切っ掛けだったな。
覚えた呪歌?ああ、『生命の息吹』…ヒーリングさね。
そうそう、ついでに西の言葉を覚えたのも一緒さね。
ん、あんたは東方の言葉を覚えたのが俺と同じ歳だったかね?
そりゃまた奇遇!交流神チャ・ザのなせる業さね、この出逢いは」
嬉しそうに話すオン。見ているこっちもつられて嬉しくなる。
オンの性格がそうさせるのだろう。もちろん酒のせいもあるだろうが。
驚いたことにオンはチャ・ザ神官、しかも奇跡の使い手であると言う。
それを聞いた時は、つい、『私』は目の前のオンを疑いの目で見てしまう。
「ははっ、あんたもそう思うか。しかし、本当だゾ?
神様は俺に奇跡を使う業を貸して下さっている。利子付きでナ。
神殿?ああ、神殿にはあまり行ってないさね。
何しろ、神殿の様にチャ・ザ神を『幸運』の神としてよりも、
まず第一に『交流』の神としての側面で信仰しているから。
そんな奴…俺のような腐れ神官が神殿にいても邪魔になるだけさね。
ま、必ずしも奇跡の使い手が神殿にいるとは限らんさね。
商人半分、冒険者半分として旅する俺なら尚更さね」
『私』はそれに頷いた。
チャ・ザ神に人々が求めるのは『交流』よりも『幸運』だ。
寄進するならどちらをとるか?それは明白だろう。
『私』ですら、チャ・ザ神を『幸運』の神として見ているからだ。
当然、オンのように『交流』を先にとる者は少数だろう。
もちろんオン自身は『幸運』神としてのチャ・ザを否定はしていないようだが。
「チャ・ザ神の御声を聞いたときの…あれほど気持ちが昂ぶった時は無かった。
あんた、聞きたいかね?よし、じゃあ聞かせよう…吟遊詩人っぽく。
旨く言えるか分からんが…あ〜、こほん。
“人と人 幾千の出逢い 幾万の交わりより 生まれいずるは 何ぞや”
…ん?そう、たったこれだけだったさね。だが俺は感動した。
東西にある物語を聞いても読んでも、比べ物にならん感動だったさね。
この答えを出す為に、俺は出逢いというものを大事にしているつもりさね。
いつか、答えが、突然ふと出るんじゃないかと思ってナ」
そう言って、オンは杯の酒を一気に飲み干す。
その一説に思わず下手と言ってしまった。
しかし、それが神の御声で、聞けたらどんな言い方で、声で言ったのか。
それを思うとオンが少し羨ましく思った。
(4)
りーんごーん…りーんごーん…りーんごーん…
店内に真夜中を示す鐘が鳴る。
手元の、店の名と同じ、銀の杯が鐘の音色に少し揺れ、酒に波紋が生まれる。
鐘の音は大きいが不思議と耳障りでなく、酔った体に気持ち良い。
「おや?こんな時間か…悪いさね、ここまで色々と付き合ってもらって。あんたも予定が合っただろうに。
じゃあ、今日はここまでにするさね。おっと、そこのお兄さん、清算頼むよ…全部俺の支払いさね」
最後に残った酒を喉に流し込む。
通りがかった店員に清算を頼むオンを見て思う。
この人物は今日話した他にどんな経験をしているのか?
今まで何処へ行ってきて、そしてこれから何処へ行くか?
ふと思った。
「…結構、高いんじゃないかね?酒はこれとあれと、今飲んでいるやつで…
…そんなに飲んでないさね?あと、ここの食い物、お勧めの割には…
…ああ、分かったさね…金貨一枚さね。ああ、もう御釣りはちゃんと…」
店員が行った後、大して値切れなかったとぶつぶつと文句を言うオン。
そして、御釣りの銀貨三枚をしっかり確認して財布にしまい込む。
そんな姿を見ると改めて、ああ、商人なんだと思い、笑ってしまう。
笑われたのに気付いたオンの顔…苦笑いだった。
「さて…ま、出るとするかね」
外は夜の帳、黒すぎない柔らかな闇が完全にオランを包み込んでいた。
『私』が上を見上げると、天空にあまねく星達が輝いていた。
オンがそれに気付き、同じく天空を見つめる。
「あの星…伝承じゃ、遥か昔、戦いで、神々が滅びたときの肉体の破片だとかな。
それが今なお、あんなに輝くとは、よほど神様の力は強かったんだなぁ…」
ほろ酔いのオンの呟きに私は少し考えてから同意する。
「じゃ、ここで別れるとするかね?では最後の礼に祈るさね。
“良き夜が 良き事が 一晩の酒に付き合いしこの者に 願わくば あることを”
では…また会えると願い、一時の別れを…さね」
笑顔で、そして千鳥足で去り行くオンの背中を『私』はしばらく見送った。
しばらくして闇夜にオンの姿が見えなくなると『私』は逆の方へ歩き出す。
奇跡を借りる腐れ神官に祈られて、思わず笑みが浮かぶ。
やれやれ…大変な“巣穴”からの試験だった。
だが、今回の試験は今日ほど楽しかった試験は無い…
『オン・フーという“鼠”がいる。最近オランに帰ってきた奴だ。
正体に気付かれぬ様、お前はそいつに近付き、様子を観察しろ。
まとまったら、“巣穴”の酒場に報告しに来い』
上の“鼠”から“鼠”としての最終試験を出されていた『私』。
どうやら、難なく報告できそうだ。
上機嫌で『私』は自分の隠れ家に向かった。
(一晩の酒、ご馳走様…オン)
(5)
「で、どうだった?奴は“鼠”として合格か?」
“巣穴”の経営する酒場のカウンター。
背の高い、壮年かつ強面の男が隣の男…老人に語り掛ける。
「少し指摘する点はある…が、まぁ、合格」
「そうか、合格か。悪いな、わざわざ呼び出して付き合ってもらって」
「なに、昔お世話になったあんたへの恩返しさ。八年前にドジして衛視に捕まったときに証言してくれた…」
そう言って、隣の男はエールを飲む。
「そんなこともあったな。あん時はまだお前は二十歳そこらの青年だったな」
「おいおい、充分、今も青年さね」
「そうか?じゃ、その腹は何だよ?」
そう言って、男の腹を叩くと、強面の顔が思わず笑顔に崩れる。
「ちぇ、あんた…先輩も相変わらず意地が悪い。後輩をからかう癖は全く変わっていない。試験のやり方も、な」
「そういうな、“流れ鼠”のオン・フー。後輩の育成に一役買ってると思えば、神様も笑って許すだろ?」
「まったく…試験の手口もやり方も全く同じじゃないか。いい加減、試験のやり口を変えたらどうだい?」
「それはどうだか…おっと、噂の後輩がやって来たぞ。悪いが変装はそのままにしておくんだぞ?
奴がお前の気付くか、俺が良いと言うまで、な」
「まったく…今の時間は本業の商売の最中さね。おっと…」
酒場に現れた一人の“鼠”見習を一瞬見て、白髪の鬘と、口髭を付け直す。
(例の後輩とやらが自分の正体に気付いたとき、どんな顔をするのか楽しみだ。
何しろ、自分も引っかかったからな。あの時の顔、自分がどんな顔していたか?
その答えが今日見られるから嬉しい。少し、意地悪しているような気分だが…)
「お、やって来たな!で、まず奴の特徴はどうだった?」
「先輩の情報通りでした!『灰色鼠』通りで商売していることも!ええ、それで…」
完全で無いものの、老人に化けたオン・フーは、
先輩へ嬉々として報告する後輩の姿を横目に静かにほくそ笑むのだった。
(一晩の酒、これに付き合いし後輩に、幸あれ…)
515年 6の月 某日
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