二重螺旋の井戸
(2003/06/15)
|
MENU
|
HOME
|
作者
松川彰
登場キャラクター
カール、カレン、ギグス、スカイアー、セシーリカ、ターレス、ラス
(※筆者注:同名の冒険ガイド及び雑記帳を参照してください)
-----------------------------------------------
──名を、二重螺旋の井戸と言う。
其は水乙女の力を取り込み、地下水と反応させることによりて、大量の水を作り出すもの。おぞましき技、忌まわしき力。
だが、水乙女を始めとして、他の精霊たちも、全てはマナによりて存在せしものという証なのやもしれぬ。なればこそ、魔法の力によりて精霊たちの力が生み出せるのではと。
我等とは違う術にて精霊たちを制御せし彼等。井戸に籠もる水乙女の声は悲哀に満ちている。彼等にはそれを聞き取る術はないのか。望まざる場所に留まることを余儀なくされた彼女たちの声を。
それは幸いか。それとも不幸か。
彼等が聞き取ることが出来たならばそもそもあのような装置を作ることは無かったであろう。けれど、聞き取ることが出来ないからこそ、彼等はあの装置で生きている。
それは、幸いか。それとも……不幸か。
<6の月 17の日>
オランとパダを結ぶ、曙光と落日の街道。その街道沿いには、街道を往来する人々のために小さな宿場町が点在していた。町というよりも、小さな集落でしかない規模の。
町としての規模はひどく小さいが、宿はそれなりに繁盛している。商人や冒険者、傭兵、旅人、彼らのために用意された宿は、格安のものから少々高級なものまで様々だ。馬車を仕立てて大きな商隊を組む商人たちは、荷物の護衛も兼ねて、雇った警備の者たちと野宿することも多いが、そうじゃない者は、こういった宿場町をよく利用する。
そんな宿の一室で、ラスは数枚の羊皮紙を手にしていた。書かれている文章は、すでに暗記していると言ってもいい程に何度も読んだ。そもそも、それは古いエルフ語で書かれていたものだ。それを共通語に訳して、羊皮紙に書き付けたのもラス本人である。
「では、手順としては……」
スカイアーのその声に促されるように、ラスは顔を上げた。
今回の遺跡に挑む全員が、そこには揃っている。全部で7人。
濡れ羽色の髪を持つ、歴戦の戦士スカイアー。戦いそのものの経験と技量では、彼の右に出る者はいない。
「パダに着いたら、まず“守り屋”と呼ばれる一団に話をつけるのが先だな。カール、伝手があると聞いたが」
スカイアーの言葉を受け、長身の神官戦士が頷く。柔らかな黒髪と、細身ではあるがしなやかな筋肉。神官としての穏やかさと、戦士としての冷静さを同時に備えた男だ。
「ええ。以前に世話になったことのある人物がいるはずです。もし彼に連絡が取れないようなら、ラスさんのほうの伝手を使っても良いですし」
「その“守り屋”ってぇのが、留守番役かい? 補給役ってぇのも必要なんだろ?」
ギグスが腕を組む。二の腕に盛り上がった筋肉は伊達ではない。更に言えば今回、レックスへの誘いを受け、ならば出発前に少しでも学ぼうと、準備期間を利用してオランとレックスを往復した男でもある。彼の部屋に置いてある金属鎧は、そろそろ彼の肉体に馴染み始めていた。
「……“守り屋”にベースを作ってもらう。俺たちの拠点だ。補給役は……今回はいらないよな?」
ギグスの正面に座っていたカレンが、そう答えて、隣を見る。浅黒い肌に黒髪。カールと同じく、チャ・ザの神官でもあるが、“鍵”つまり、盗賊として参加している。彼が視線を向けた先は8年来の相棒だ。
「ああ。探索そのものは2〜3日ってとこだろうから。長期じゃねえから補給はなし。狙う遺跡から近い場所に、周辺に潜る奴らが良くベースに使う掃除済みの遺跡がある。“守り屋”からは、3〜4人雇えばいいだろ」
金髪の半妖精、ラスの言葉に頷いたのは、隣に座っていたセシーリカだ。栗色の髪の半妖精。パーティ唯一の女性でもある。首から提げた聖印は、マーファのものだ。
「あ、“守り屋”さんを雇う経費も、チャ・ザ神殿から出るの? なんか、凄いよねぇ。ちょっとお大尽な気分?」
そう言って笑う。
今回は、普通の遺跡行とは少々事情が違うのだ。
もともとは、ラスが半年近くかけて調べていた遺跡である。そしてそれが形になる頃、チャ・ザ神殿から持ちかけられた話があった。同じ時期に、チャ・ザ神殿側でも、その遺跡を調べていたと。そうして、そこに潜ってくれる冒険者たちに仕事を依頼したいと。
チャ・ザ神殿の依頼は、“二重螺旋の井戸”にある主要な魔法装置を手に入れたいというものだった。もちろん、チャ・ザ神殿側でも、今回の遺跡が難易度としてはかなり上位にくるものであることは承知している。だからこそ、話を持ちかけられたラスが提示した条件をまるごと承諾したのだ。
遺跡行に関する必要経費は神殿負担。更に、何もなくても最低限の報酬として、1人につき銀貨3000枚。監査役の査定による危険度で、追加報酬も考慮。更に、主要な魔法装置以外の財宝については、全て冒険者側に権利がある。魔法装置そのものは、鑑定後の評価額の2割を現金で冒険者に支給。
そのあたりの事情は、出発前に全員に伝えてある。
「しかし、あれですなぁ。神殿側は、随分とその魔法装置にご執心のようで。いえいえ、お話を受ける側としては有り難いのですがね。いやはや、何とも」
のんびりと、人の善さそうな声を出したのは、年輩の魔術師ターレスだ。レウキッポスという名の灰色鴉を使い魔として従え、今もその肩に載せている。
「水を生成できる魔法装置です。もしも使用可能なものであれば、干ばつに陥った村を救うことも可能でしょう。オランにいれば、ハザードの豊かさで忘れがちですが、それでも山間では水不足になる村も少なくないのですよ」
カールが微笑む。今回、チャ・ザ神殿側から癒し手兼監査役として派遣されたのは彼だった。
「ってぇことは、帰りは荷車を調達しなきゃな」
に、と笑ってみせたのはギグスだ。
「帰りでは困るな。最初から荷車を用意して、ベースに待たせておかなくては」
ギグスの笑みに応えて、スカイアーもその頬に笑みを刻む。
「みんな、やる気満々だね。……羨ましいよ。私なんか、まだ迷ってるのに」
「…………何を迷ってるって?」
セシーリカの呟きに、反応したのはカレンだ。
「え、だって……カールさんがいたら、私なんか癒し手としては必要ないじゃないか。わざわざ足手まといになることを確認するためについてくってのもさ……」
「まだ、そんなことを言ってるのか。今回は人数が多いんだから、癒し手が1人じゃ足りないことは判ってるだろ。…………足手まといと思うなら、そもそも最初から誘わないよ、こいつは」
隣に座る相棒の肩を叩いて、カレンはセシーリカの顔を覗きこむ。
「あァ、でも俺、セシーリカの気持ちは分かるぜ? だから、わざわざ“準備”したんだしよ」
ギグスがやや苦い顔で笑った。
持っていた羊皮紙を卓の上に放り、ラスが笑う。
「……遺跡で説教かましたら俺を殴ってきた男が、街に戻って金属鎧を仕立てた。だから俺はそいつをレックスに誘った。そうしたら、そいつは、レックスには行ったことがねぇってんでわざわざ、レックスまで経験しに行きやがった。それに、癒し手が欲しいと思って、暇そうな神官をナンパしたら、そいつは次の日から神殿の稽古場に毎日通い詰めた。…………そんな奴らの、どこが足手まといだって言うんだ」
「おやおや……では、本当に足手まといなのは私でしょうかねぇ。いや、困ったもんです。老い先短いこの年寄りが、まだ若い方々に迷惑をかけるとは……」
とほり、と呟いたターレスにスカイアーが笑みを向ける。
「知っておりますよ、話を受けてからの貴方が、熱心に調べてくださったおかげで、この資料がより充実したものになったことを」
「ラスさん! スカイアーさんに話してしまったんですか!?」
「だって、俺の手柄じゃねえもん。爺さんが調べたから、爺さんが調べたって言っただけ。……さ、そろそろ寝ようぜ。明日にはパダに着く」
「おやおや、これはこれは……何ともかんとも……」
<6の月 21の日>
レックス。それは、遙か昔に栄えた空中都市の名だ。今では、巨大な遺跡群を示す名前となっている。レックスに挑む冒険者たちが集まり、やがてはパダという街を形成するほどに、その都市は地に落ちて尚、人々を惹きつけた。
空中に浮かんでいた頃、レックスに暮らす魔術師たちにとって、一番重要なのは生活基盤の確保だった。何か問題があれば、それを解決するためには魔法という手段を第一に据える彼らにとって、生活基盤のほとんどを魔法で賄うことは至極当然でもあった。
有名なものは、天候制御だ。雨が降らなければ困る、寒すぎても暑すぎても困る、陽が沈むのが早すぎる。そんな魔術師たちが作り出したのは、雨や雪を作り出す装置であったり、周囲の気温を調節する装置であったり、周囲を真昼のごとく皓々と照らし出す巨大な明かりであったり。
そして、もう1つ。飲料水の確保である。宙に浮かぶ都市に地下水は無い。あっても、ほんのわずかなもの。数年から数十年で干上がるものだったろう。雨水を貯めるよりももっと確実に、彼らはそれを確保しようと考えた。給水塔の設置である。
“水乙女の塔”と呼ばれる塔が、幾つか建てられた。その塔から、各自の屋敷に水を引いていたのである。
そして、その“水乙女の塔”に水を供給していたものが、“二重螺旋の井戸”である。レックスが浮かんでいる位置から、遙か下界。本来の地表にそれは建設された。地面が本来有する地下水を利用するためでもある。“二重螺旋の井戸”の内部では、雨を降らせる魔法装置を改良したものが設置されていたと言われる。幾つかの仕掛けと魔力によって、装置内では、地下水と水の精霊力とを過剰に反応させ、本来の地下水よりも、より大量の水を得ることが出来る。そうして得た水を、遙か上空にある“水乙女の塔”まで転移させるのだ。
パダに到着した翌日、彼らは“守り屋”と呼ばれる一団を雇い上げた。そして彼らと打ち合わせを重ね、食料の調達をして、準備を整えた。
そうして、今、彼らは『此処』に立っている。
「さて……じゃあ、打ち合わせ通りに」
あたりに視線を巡らせながら、カレンが口を開いた。同じように視線を巡らせて、ギグスが笑う。
「大丈夫だろうな? “形見屋”の情報ってのは信用出来んだろ?」
「大丈夫ですよ、彼なら、このあたりには詳しいでしょうから」
このあたり、とカールが視線を巡らせた先。遺跡群である。“形見屋”と呼ばれる、パダを根城にする男がよく足を運ぶ地域でもある。それは、遺跡の奥で命を落とした冒険者たちの形見を回収する仕事のためだ。
ラスが、手にした大判の羊皮紙を広げる。
「ああ、んじゃ確認すっか。今、ベースを作ってる位置は、ここだな。“暁の回廊”と呼ばれる遺跡から西にあたる部分だ。まずは、“暁の回廊”を目指す。その地下から、崩れた瓦礫とずれた地盤の奥に別の通路が出来ていた、と。それが“形見屋”の情報だ。諸々の調査結果からして、その通路から“二重螺旋の井戸”に入れる確率は高い」
“守り屋”たちが、手慣れた風情でベースを設置するのを視界に収めながら、セシーリカが尋ねる。
「それよりも問題は、牛の化け物だろう? ……嫌だなぁ、本当にあの作戦、成功するの?」
セシーリカが口にしたのは、ミノタウロスと呼ばれる牛頭の怪物である。“形見屋”ブーレイから、“暁の回廊”の情報を聞いた時に、同時に耳にした情報だ。
──どこの遺跡から逃げたかは知らない。ただ、あのあたりにはミノタウロスがうろついている、と。
何組かの冒険者たちが遭遇し、ある者は逃げおおせ、またある者は食い殺されたという。
そして、ブーレイからの情報には、それへの対策も含まれていた。
“暁の回廊”の地下は、ほとんど制覇されたとは言え、解除しきれずに残っている罠もある。その通路へ追い込み、まだ生きている罠にミノタウロスを嵌めてしまえば良いと。
「何度も検討したし、シミュレーションも繰り返した。……残るは実際にやってみるだけ、ってね」
腰に吊した小剣を確かめて、カレンが微笑する。
「いやはや、年寄りはどうも臆病になっていかんのですが……」
ターレスが、小さく呟く。それを安心させようと思ったか、それとも煽ろうと思ったか、ラスが笑う。
「もし、しくじったら、倒しちまえばいいじゃん。消耗すんのは嫌だけどな」
「確かに、我々が連携して攻めるなら、倒せぬ敵ではなかろうが、より安全に…そして、より消耗せずにというのなら、罠を利用する方法が一番有効であろう。なに、戦うばかりが能ではない」
笑うスカイアーにギグスが苦笑した。
「あんたなら、サシでやっても倒せそうだぜ」
「確かに、倒せない敵ではない。それが救いでしょうね。もちろん、十分に強力な相手ですから油断は禁物ですが。大丈夫ですよ。策は1つじゃありません。使える罠は幾つもあります」
「……カールさんが言うと、本当に大丈夫そうに聞こえるから不思議だよね。悔しいけど、説得力っていうか、何て言うか……神官としては必要なんだろうなぁ」
セシーリカの呟きに、カールが笑う。
「年の功だよ、セシーリカ」
「まず、“石の檻”だ。それで逃げられたら、次は、“鉄柵の穴”。背後からミノタウロスが来る可能性もある。俺が先頭に立つから……殿はカールさんに。そしてその手前にラス」
カレンの言葉にラスが頷く。
「了解。罠の位置と解除法は頭に叩き込んだよな?」
「誰に聞いてる。俺のほうがおまえに聞きたいくらいだよ」
「……うっわ、信用ねぇなぁ」
盗賊2人が叩く軽口に、他の面子の頬も緩む。
「頼もしい限りですな。さぁ、では参りましょうか。あまり長く走ることにならねば良いんですがのう。いや、腰のほうも、最近はなかなか調子は良いんですが」
「うまく行けば、走らなくても済むさ。盗賊は走り回るかも知れねェがな」
豪快に笑って、ギグスがターレスの肩を叩いた。が、叩く前に力を加減することは忘れない。最初の顔合わせの時に、よろしく頼むと言って肩を叩いたら、ターレスがひどく咳き込んだからだ。
「途中で腰から妙な音がしたら……誰ぞ背負ってくださいますかのう?」
冗談めかしたターレスの言葉に、ギグスが笑った。
「おう、板金鎧の上でよけりゃ背負ってやるさ」
「……ちぃっ! あの野郎! “鉄柵の穴”を飛び越えやがった! 落ちてりゃ串刺しだったのによ!」
ギグスが舌打ちをする。
ミノタウロスの膂力が計算以上だった。最初に誘い込もうとした“石の檻”は、うまく誘い込んだものの、ミノタウロスはそれを砕いて外に出てきたのだ。そうして、次に試したのが“鉄柵の穴”。カレンが罠の解除スイッチを抑え、その隙に一行が走り抜け、最後にカレンがスイッチから手を離して通り抜ける。そうすれば、その後ろから追ってくるミノタウロスは、床にぽっかりと空いた穴に落ちる手はずだった。
「右の部屋に! その部屋に罠はない」
カレンの言葉に従って、一行は右手にあった扉を開ける。
「次が最後の策か」
カレンと共に廊下に残って、スカイアーが問いかける。
「ああ。これが失敗したら……あんたたちに頑張ってもらうことになる」
天井を見上げながら、カレンが笑った。
廊下の先に視線を投げて、スカイアーが頷く。
「ギグスの鎧は十分に馴染んでおるようだ。どのみち、通路を確保したら一度はベースに戻る予定なのだから、構わぬ。そのような事態になれば、引き受けよう。……追いついてきたようだな。存外に早かった」
「ああ。……ターレス、頼む。手はず通りに。ラス、そっちはいいな?」
その声に頷いて、部屋の中にいたターレスが出てくる。
「はいはい……うまくいきますかどうか。や、ですが、これは私の得意な魔法でしてな」
「こっちの奥の扉は今、鍵あけて確保した。終わったらすぐ来い」
部屋の奥から聞こえたラスの声に頷いて、カレンが、ターレスに天井を指さして見せる。
「……狙いはあそこにある水晶だ。頼む」
「では参りましょうかね。……
万物の根源たるマナよ、光となりて我が杖が示す石に宿れ
…」
「おほっ。地下とは言え、結構揺れるモンですなぁ」
「行くぞ、ターレス、スカイアー! ……ラス! 先導!」
カレンがターレスの腕を引く。同時にスカイアーが走り出した。
ターレスの呪文によって、天井の水晶には魔法の明かりが宿った。そしてそれが発動の鍵だった。
通路に、天井を形作っていた石が雪崩れ落ちる。水晶の手前から、1つ前の角までの廊下が瓦礫で埋め尽くされる。
最初に入った部屋の奥から、別の部屋へ抜ける。崩れているのは廊下だけだ。部屋の中まではそれは及んでいない。ただし、地下の遺跡とはいえ震動からは免れられない。
部屋から部屋へと扉を開けていく。罠は発動済みのものか、解除法が分かっているものばかりだった。
「この部屋から廊下に戻れる。ここから先は崩れてないから……」
そう言って、ラスが扉を開けた先。
扉のすぐ傍まで、廊下は瓦礫で埋まっていた。
「うわ、ひどいね。こりゃ確かに、ミノタウロスでもイチコロかも」
眉をひそめて、セシーリカが続く。その直後、一歩踏み出した足が凍り付いた。
「……おう、どうした、セシーリカ。早くいけよ、後がつかえてんぞ」
「今……瓦礫が動いた。自然に落ちたんじゃなくて……」
ギグスに答えたセシーリカの言葉が終わらないうちに。
その瓦礫の中から、太い腕が突きだした。
「セシーリカ、下がれ!」
ラスがセシーリカの腕を引く。と同時にギグスがその前に立ちはだかった。セシーリカに向けて伸ばされたミノタウロスの腕は虚しく宙を掻く。が、次には躊躇いもなく、再び突き出される。その先はギグスだ。
「くっ!」
勢いよく振り回された腕に、胴をなぎ払われそうになる寸前、ギグスがその腕をがっしりと掴んだ。そしてそのまま抱えこむ。
「へっ。今、楽にしてやるぜ。俺が抑えてる! ぶった斬っちまえ!」
ギグスの声に反応したのは、すぐ後ろにいたカールだ。すでに抜いていた剣を構え、ギグスの声が終わらぬうちに踏み込んでいた。
鈍い音を立てて、ミノタウロスの腕が肘の位置から切断される。
「……まったく。身体が埋まった状態で、よくもここまであがけるものです。さすがの生命力ですね。……ギグスさん、お怪我は?」
「いや、ねぇ。大丈夫だ。……いいタイミングだったぜ?」
「盾と剣、か。まさに。……今回、私は楽をさせてもらえそうだ」
動きを止めた瓦礫と、ミノタウロスの腕を見て、スカイアーが笑いながら、準備していた剣を収める。
「一撃で仕留めなければ、貴方に手柄を奪われてしまうじゃありませんか」
カールも微笑んで、血を拭った剣を収めた。
「おぬしのその顔……昔を思いだした顔だな。……何、照れることはない。時と場所にそぐわぬ風を無理にまとうことはなかろう」
「そうですね」
貴方を見習って、とは口に出さずにおいた。
「あった。ブーレイの地図の通りだ。……ラス、先頭までこい」
地下通路から先、崩れた地盤が別の通路を造りだしている。その入り口まで来たところで、先頭にいたカレンが、後列のラスを呼びつけた。
ラスが穴を覗きこむ。その場に膝をついて、目を閉じた。
「……なんかわかんのか?」
ギグスの問いに返事はない。ち、と呟いてギグスをあたりを見回した。
「しっかし……レックスってのぁすげぇよなぁ。さっきまでいた通路とこことじゃ、全然石の色とか違うもんな。これ、アレだろ? 地盤がどうのってやつで、別の遺跡が隙間に入り込んでるってことだろ?」
「ほうほう、そうなんですよぉ。いえ、私は遺跡の構造自体には詳しくないですがね。はて、“暁の回廊”と“真珠の塔”が地下部分で繋がっている、というのは本当だったのかしらん。でも、ラスさんが覗きこんでるのはもっと別の通路のように見受けられますが」
ターレスも同じようにあたりを見回す。
「けど、だいぶ地下に潜ってきたろ。下りた距離からすると、かなりのモンだよな? こっから下にまだ遺跡があるって?」
「ええ、レックスというのはご存知のように落下都市なわけですから、落下した時の角度のせいで……」
「うるせぇ、てめえら! 少しは黙って待ってられねぇのかよ!?」
ギグスとターレスの会話を遮ったのは、立ち上がったラス。
「で? どうだったの? 何かわかった?」
セシーリカの問いに頷いて、あらためて全員に視線を走らせる。
「ここから随分下だが……水乙女の力がやけに強い。おそらく当たりだ」
「それなら私も、神殿に申し開きが立つというものです。……では、あらためて全ての経費も、神殿側が負担いたしましょう」
にっこりと笑ったカールに、セシーリカが驚いた顔をする。
「え!? 今までは、暫定だったの!? そうと知ってたら、あんな高いワイン頼まなかったのに……」
カールとセシーリカのやりとりに、小さく笑みを刻み、スカイアーが口を開く。
「では、一度戻って、休息を取るか。明日の朝からの挑戦で良いな?」
全員が頷く。そして、もう一度、通路の奥の匂いを嗅ぐように、ラスが深呼吸をした。
「ああ。明日だな。……500年振りに扉を開けさせてもらおうぜ?」
<雑記帳へ続く>
(C) 2004
グループSNE
. All Rights Reserved.
(C) 2004 きままに亭運営委員会. All Rights Reserved.