表裏の末で 贋金賛歌
(2003/06/19-26)
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作者
うゆま
登場キャラクター
オン・フー
(1)
“一枚銀貨、投げたらどうなった?”
“表が出たよ”
“良いことあるよ、良かったね”
「おら、入れ」
どげし、と蹴られて意識が戻る。
無理矢理立たされて、狭い空間に押し込まれる。
わずかに身動きが出来るが…それ以外は何もできない。
がちゃん…かちかち…がこん…
閉められた。
何処だ?まさか、生きたまま棺桶?
「一晩そこで突っ立てな」
ああ…『ここ』、棺桶をわざわざ用意してくれるほど殊勝な所じゃないさね。
なら、ここは…もしかして、牢屋?
うう…体のあちこちが痛む…。
ちくしょう、いくらなんでも拷問が過ぎるぞ…まったく。
いや、『ここ』にしては、拷問が殴る蹴るですんだのは幸運なほうか?
裏の世界じゃ、悪名高い拷問機械で死ぬまでじわじわと…ううっ、恐ろしい…。
座りたくとも狭すぎて横になるどころか座れない。
噂は本当だったさね…ここの牢屋は一晩中立たせっぱなしつうのは。
狭くて小さい、この牢屋…今だけ自分の背の低さがありがたいさね…。
これじゃ、牢屋というより、獣の檻さね…。
うう、痛む…
とりあえず、神より借りている奇跡、神聖魔法の”癒し”を使おうとする。
『偉大なる交流の神チャ・ザよ、我が傷を…あ…』
僅かに気力が続かず、詠唱が途切れ…
う。
俺は気を失った。
それは幸運だったかもなしれない。
一晩中牢屋に立ちっぱなしの苦痛は少なくとも感じないですむから…。
(2)
“一枚銀貨、投げたらどうなった?”
“裏が出たよ
“悪いことあるよ、気を付けて”
突き抜けるような青空が見えた。
夢だ。
そう、俺は夢を見ていた。
快晴の空。
照りつける太陽は初夏が近いことを思わせる。
俺はその下、汗を拭いながら歩いていた。
そこは大陸を東西に横断する『自由人の街道』だ。
その隣に呑気に笑っている奴が…ティンプて言う名前の男。
ロマールの闇市で知り合った俺と同じ旅の商人だ。確か、俺より三年下。
人懐こい笑顔からは分からないが、何かと金銭面に異常なほど五月蝿い性格だ。
商売で取引をしていると必ずと言って良いほど一悶着を起こす。
で、後の尻拭いは何時の間にか俺の役目になっていたのは何故だろうか。
「一枚の銀貨を笑う奴は一枚の銀貨に泣かされる」
確か、何かある度に、奴はいつも格言とか訓示とかでそう言ってたな。
ただ、俺に言わせれば…。
「一枚の銀貨を惜しんで、明日の金貨を見失う」
そんな奴だ。
だが、こういうのは不思議とお互いに気が合うもんだ。
街道で共に歩く間、奴との話しは止めど無く続いた。
確か、この日はザーンを出てから三日目だった。
西に見えるドレックノールを遠くに歩いていたのだ。
「あっしの言ったとおり、ザーンの公衆浴場は最高だったやろ?」
「ああ、本当だったな。その上、後のエールが最高だったさね」
「オンの兄貴も相変わらずエール好きやねぇ…その腹、やっぱエール詰まってるん?」
「ティンプ、腹のことは言うなと言っているだろう…」
「オンの兄貴もちっとは痩せないと女にもてませんですぜ?」
「じゃかしい!」
こんなやり取りをしていたんだったな。
思わず笑っちまう。
ここまで…ティンプの起こす、いざこざを除いて、大した事件も無い。
旅も商売も順調も順調、気持ちの良い旅路。
しかし、それも…ティンプのある提案を出すまでだった。
「なぁ、オンの兄貴。ちょいと考えたんだけどよ…」
「ん、何さね。ティンプが考えるなんて面白い冗談かい?」
「ひでぇなぁ、オンの兄貴ぃ。ま、いいから聞いてくだせぇよ…」
奴は言った。
今までのように一緒に商売してもつまらない。
ましてや、これから行くのは、かの悪名高き“盗賊都市”ドレックノール。
スリに恐喝、喧嘩に窃盗、果ては殺人、危険ひしめく場所だ。
旅の商人としてお互いどこまで無事に、そして多く稼げるか。
そしてドレックノールを抜けて先にどちらがリファールまでいけるか。
ここで、命懸だが、競争をし様じゃないかと、な。
もちろん、勝った方が負けた方の稼ぎの半分を渡すという。
「じゃ、お前の大切にしている大量の銀貨は俺のモンだな」
「へ、そうはいきますかい!こちらちら、銀貨は命の次に大切なもんよ!」
「お前のような若造が百戦錬磨の商売人のオン・フー様に勝てるのかよ?」
「おっと、ロマールの闇市で鍛えた商売根性、あんたにゃ簡単には負けやしねェ」
「さぁて、どうかね?勝負はこっちのモンさね」
「今のうちに言っておくといいさ。真の商売人はあっしですぜ」
しばらく睨み合うと、思いっきりお互いに笑った。
ドレックノールの東門がもうすぐそこだった。
そこで突如、場面が暗転した。
次は…ドレックノールの一軒の酒場だった。
名前は忘れちまったが…確か、ろくなモンじゃなかった気がする。
汚い店内で、何か臭い煙が立ち込めていたが、酒が美味くて安かった。
カウンターの隅で談笑しつつ、俺とティンプは酒を酌み交わしていた。
「オンの兄貴、明日の朝から勝負開始だ。抜け駆けはなしですぜ」
「誰がするさね。そっちこそ、ちゃんと朝まで出るんじゃないぞ?」
「へいへい、分かってますよ。ま、とりあえずお互いの利益を祈って」
「悪いが今日の酒は俺の前祝だ。なんせ、勝負はこっちに分があるからさね」
「はー、オンの兄貴は無意味に強気だなぁ…ま、今のうちに言っているがいいさ」
お互い酔うに酔って、酒場の二階の宿で大鼾をかいて寝ることになった。
支払いはティンプが気前良く払ったことを覚えている。
その日が奴と酒を酌み交わした最後の日だった。
(3)
“一枚銀貨、投げたらどうなった?”
“転げ落ちたよ”
“そりゃ残念、やり直し”
夢が続く。
場面がまた変わった。そこは寝泊りした粗末な一室。
「おう、起きな!」
俺は荒荒しく布団をのけられ、小突かれ起きた。
目の前に筋肉隆々の強面の男、後ろのドアの陰にはおどおどとした宿の店主が見える。
狭い室内には一人の若い男が俺の荷物を探っている。
「おい、それは俺の荷物だ!」
慌てて荷物のところへ駆け寄ろうとする。
だが。
がたん、ばたん
一瞬にして腕を掴まれ、床にねじ伏せられた。
「痛ぇッ!おい!離せ!」
「黙れ!静かにしねえと殺すぞ!」
「俺が何をしたんだ!」
「黙れと言ってんだろう!」
ごす
鈍い音。頭に一発。
悔しいが、黙るしかない。
その間、俺のリュックをくまなく探られる。
しばらくして、若い男が手を止めた。
「この中にはありませんぜ、兄貴」
「そうか。仕方ねえ、その荷物を持て。こいつを連れて行くぞ」
「へい」
「おい、店主!例のやつを集めて来い!急げよ!」
「は、はいぃッ!」
ビクビクしていた店主が慌てて階下に走り出す。
(何だ?一体…)
あまりにも突然の出来事に俺は困惑していた。
一体、俺が何をしたというのだ。
そこに突然、げし、と蹴られる
「おら、立て!とっとと歩くんだよ!」
物凄い力で無理矢理立たされ、両手を後ろに縄で縛られた。
廊下に出たとき、横で店主が若い男に小袋を渡していたのが見えた。
(金か?情報料…いや、受け取るならまだしも渡しているのは…)
疑問に思いつつ、俺は連行された。
行き先?
ドレックノールの“巣穴”だった。
悪名高いあの盗賊ギルドだった。
場面が暗転する。
(4)
“一枚銀貨、投げたらどうなった?”
“くるくる回る”
“どっちが出るか、待ってみよう”
夢は続く。
「贋金!?俺が!?」
素っ頓狂な声が響く。
狭い石造りの一室…たぶん取調室のような所に、俺は椅子に座らされていた。
「とぼけんな!覚えが無いとは言わせねぇ!」
鶏冠のような髪型の痩せ男が凄い剣幕で俺を睨み付ける。
部屋の隅には俺を床にねじ伏せた強面の男がいる。ち、怪力野郎め…。
入口には俺の荷物を探っていた若い男…バンダナ野郎がニヤニヤ笑っている。
手には小袋をもてあそんでいる。チャラチャラという音が耳に障る。
「とぼけるも何も、俺はそんなものを使った覚えも無いさね」
「五月蝿い!黙れ!証拠の贋金もここにあるんだよ!おい、出せ!」
鶏冠野郎が合図する。バンダナ野郎が目の前に小袋を置き、机の上に中身をばら撒く。
薄汚れた銀貨三枚。俺が見たところ何ら普通の銀貨にしか見えない。
「…これがか?」
「よぉく見ろ!分からねぇか!?ああ!?」
「…待ってくれさね。見ただけで分かるわけ無いだろう。持ってみても良いか?」
「…それもそうだな。よし!持ってみろ!」
鶏冠野郎の性格が良く分かった。
同時に銀貨を手に持って見る。すぐに分かった。
重さが違う。僅かに重い。他の二枚も確かめるが同じだ。
「どうだ、分かっただろう!認めたか!?」
「いや、待ってくれさね。違いは分かるが、俺が使った証拠はあるのか?」
「証拠!?証拠なら、証拠…?証拠…ちょっと待て」
鶏冠野郎が怪力野郎と何か話す。次にバンダナ野郎が輪に入る。
数分間、密かな話し合いが続く。
やっと終わったのか、鶏冠野郎が机の向こうに座る。
「…いいか、良く聞けよ。お前が使った証言があるんだよ」
「いや、俺は昨日支払いは一切していない」
「黙れ!支払いをしていなくても、お前の連れに払わせたはずだ!」
「あれはあいつが今日は俺が支払うからと…」
「店の主も、その場にいた客が証言しているんだよ!」
「待ってくれさね、だから俺は連れに銀貨を渡した覚えは無いさね」
「だから、その連れが証言してんだよ!渡されたってな!」
その一言で俺は言葉を失う。
馬鹿な、ティンプが?嘘だろ?
声にならぬ叫び。
勝ち誇った顔で鶏冠野郎が俺を見る。
「ふん、まぁ、いいさ。認めようが認めまいが、お前は牢屋行きさ」
茫然自失の俺には「牢屋」という言葉しか理解できなかった。
不意に怪力野郎が俺の腕を引っ張った。
覚えていたのは…そこまでだった。
他の部屋で俺は殴る蹴るの拷問を受けた。
茫然自失で、気力を無くした俺は、なすがままだった。
そのうち、体が悲鳴を上げ、気を失った。
あとは…ああ、狭ッくるしい牢屋に放り込まれた。
(5)
“一枚銀貨、投げたらどうなった?”
“まだまだ回る”
“なかなか出ない、待ってみよう”
「うー…痛たた…」
突然の全身の痛みから夢から目が覚めた。
俺は狭い牢屋で、壁にもたれつつ寝ていたらしい。
器用なことだ。
…ちち…ちち…
どこからか微かに遠くから朝を告げる小鳥の声が聞こえる。
「朝…か」
牢屋に入れられて、眠れたのは…多く見積もって三時間くらいか。
だが、充分に体を休めることが出来た。多少、足に疲れが残るが問題あるまい。
「さて…どうしたものか…」
先程まで見ていた夢を改めて思いだし、俺が置かれている状況を再確認する。
そして俺は不意に悲しくなった。
「ティンプ…一体何であんな証言をしたんだ…」
牢屋の格子にもたれかかる。
奴が何故、あんな…。
強要か?
脅された?
全くの嘘?
だが、考えていると不意に疑念が沸いてくる。
…騙された…
「まさか」
笑って誤魔化そうとするがかえって疑念が肥大する。
しかし、ドレックノールに入る前にあのような提案をしたことが疑念に拍車をかける。
“勝負しよう”
この為にわざわざ、贋金を使ってまで俺を騙したのか?
馬鹿な。馬鹿馬鹿しい。回りくどい。ここまでする意味があるのか?
どんなに考えても全く分からない。
かつん こつん かつん こつん かつん こつん かつん…
足音が聞こえた。
わずかな格子の隙間から見ると、鶏冠野郎ともう一人の人影が見える。
「こいつで間違い無いな」
「ああ、確かだ」
「贋金が出まわっていて困っていたところだ。協力感謝するぜ」
「へへ、ギルドの為ならば、多少の労苦は、へへっ」
声に聞き覚えがある。奴だ。
「ティンプ!」
「おや、オンの兄貴。腹のような酷い顔だぜ…」
わざわざ顔を近づけ、けけっと奴が笑う。
「どういうことさね!お前、俺をはめたのか!?」
「はめる?冗談言っちゃ困るぜ。贋金作りの犯人がぬけぬけと」
「俺が犯人だと!?てめぇ、ふざけているのか!?」
格子越しに掴みかかろうとするが、僅かに手が届かない。
危ねぇ、危ねぇとニヤニヤ笑う。
「はっ、往生際の悪い犯人様だぜ。アンタも商人の端くれならきっぱり諦めな」
「てめぇ!」
「おーおー、怖い怖い。早く処分しちゃって下さいよ、こういうの」
「…!!」
あまりの物言いに怒り、言葉がうまく出ない。
俺を贋金作りの犯人と呼ぶ奴に、なんという言葉をぶつければいいか。
頭の中はぐちゃぐちゃだった。
「牢屋で騒ぐな!あー、あんたも兆発すんなよ」
「悪い悪い。手柄を立てたもので、ついつい…」
「ああ…まぁ、いいさ。幹部が話を聞きたいと言うから来てくれ」
「お、待ってました!へへっ、この時を待ってたんですぜ…」
奴の後姿を牢屋から見送るしか出来なかった。
この時、怒りと憎しみで奴を殺せたら…と思わず考えてしまった。
「くそっ…」
格子にうなだれるしか俺は出来なかった。
俺の末路はもはや見えていたと思う。
(6)
“一枚銀貨、投げたらどうなった?”
“そろそろ転ぶ”
“やっと分かるね、どっちかな”
牢屋に閉じ込められて丸二日。
何も飲まず食わず、俺は無気力で狭い牢屋の中をただ立っていた。
まぁ、立つしか出来ないから仕方ない。
常に絶望が心の中を支配していた。
唯一、交流神チャ・ザに祈るだけが心の平穏を保つ手段だった。
「交流神チャ・ザよ…どうか我が運命を導き給え…」
それが通じたかどうかは分からないが、三日目の朝に転機が起きた。
「この男か」
その声まで牢屋の前に立つ人影にすら気付かなかった。
けだるい体を持ち上げて、相手を見る。身なりの良い中年だ。
「へぇ…一応、証拠の品がありまして…証言も…それで…“奈落”に…」
鶏冠野郎が妙に恐縮しながら説明している。
「ふむ。この男、確か拷問の際で“鍵”だと言っていたな…おい、確かだな?」
「…え?ああ、自分で言ったか覚えていないが“鍵”さね…」
「ほう…」
俺を値踏みするかのように見る。何なのか訳が分からない。
「…ならば、好都合だ。この男を例の迷路の“鼠”にしよう。出せ」
「え、でもこいつは贋金の…」
「それについてはこちらに任せていただこう。今はすぐ“鼠”が必要だ」
「わ、分かりました…待ってって下さい」
鶏冠野郎が慌てて奥へ引き返す。その間に俺は問い掛ける。
「おぃ…一体何なんだ?」
「君は知っているかね?“迷路の鼠”とやらを…」
「ああ…知っている」
“迷路の鼠”
名前そのままの賭け事の一種で、子供達でもできる簡単なゲームだ。
箱の中に適当な障害物や板などで区切り、その迷路にそれぞれ手持ちの“鼠”を入れる。
そして、どの鼠が出口まで制限時間内に一番早く出られるかどうかを賭ける。
時間を計るのは砂時計などを使う。
なお、負けた“鼠”は“猫”に食わせたりする。
しかし、裏の世界では人が“鼠”となる。
そして箱の迷路が迷宮、板が壁、障害物が罠となる。
そして時には“猫”と称して獣を放り込むときもある。
賭け事であることはもちろん、盗賊ギルドに逆らった者への制裁の一環でもある。
制限時間は砂時計ではなく、出口の仕掛け扉が完全に閉まり切るまでだ。
ここで負けることは死を意味する。
「てことは…俺もついに死ぬのか」
「いや、最後まで生き残り、出口まで辿り着ければ君は助かる」
「でもよ、俺を盗賊ギルドがはいそうですかと手放すとは思えないさね…」
「君は私の“鼠”として頑張ってくれれば良い。良い結果を出せれば私が話をつけても良い」
「そこまで言うなら…分かった。どうせ、死ぬならなら濡れ衣で殺されるよりも、自分の失敗で死ぬ方が良い」
「その言葉、偽りは無いな?良し、決まりだ」
駆け足が聞こえてくる。
鶏冠野郎が鍵束を持ってやって来た。
がちゃり
どうやら、まだ未来はありそうだ。
(7)
“一枚銀貨、投げたらどうなった?”
“ちょっと変だ”
“あれあれあれれ、どっちなの”
俺は薄っぺらい柔い革鎧を身に付け、自分の手斧を持っていた。
魔法の照明から放たれる眩しい光が目を射る。
「うおーっ!出てきやがった!」
「ははっ、あれじゃ“鼠”は“鼠”でも“デブ鼠”だな!」
「よぉし、あいつが失敗するのに五百枚!」
「じゃ、こっちは成功に六百枚!さっきは大損こいたからな」
「皆様、賭け金はこちらに!こちらに!」
凄まじい熱気。声が真上から降り注ぐ。
天井は鉄の格子になっており、上から多くの人々が俺を好奇の目で見る。
その罵声、怒声、様々な声が重なりぶつかり、一つの騒音、怪物の唸り声に変わる。
俺は思わず耳を塞ぐ。
「皆様、ご静粛に!ご静粛に!」
喧騒なの中、黒い服でシルクハットをかぶった口髭の紳士が叫ぶ。
最初は収まらない様子だったが、声に気付いて一人一人と静かになり徐々に収まっていく。
「さて本日…皆様、如何ほどお楽しみになられましたでしょうか?」
口髭紳士が静かになった会場に向け語り掛けるかのように話し出す。
「我々盗賊ギルドの主催する“迷路の鼠”はかのように多くの来賓を迎える事が出来、
非情に真に光栄と存じ上げます…まさに感謝感激、感涙の極み!」
ここで言葉を切り、しばらく上を見上げる。
拳を目のところに当て、わざとらしく涙をすする演技をする。
そう思った瞬間。
「さて!!そこでお礼として我々が本日最後に提供する“迷路の鼠”!!
先程までの生温い“障害”や“猫”ではとてもとても皆様に楽しんでは頂けませんと思い、
今回特別に最高のものとさせて頂きました。ご覧下さい!」
「おおおっ!!!」
「これは凄いっ!!!」
「このような“猫”もありなのか!!!」
「まさに最後の“迷路の鼠”に相応しい!!!」
俺の位置からは見えないが、荒れ狂う喧騒の中から、獣特有の低い唸り声が微かに聞こえる。
(くそッ…ただでさえ罠で大変なのに、“猫”も…しかも特別な奴までいるのかよ)
心の中で悪態を付く。だが、俺の心理などお構いなく口髭紳士の口上は続く。
「さぁ、皆様。最高の見物がこれから始まります!一時も目を離す事無きよう…では、始めます!!」
口髭紳士の声を合図に、銅鑼が鳴り、俺は迷路に放り込まれた。
前、右、左に通路が見える。
(ち…どこから行くか…)
だが、迷っている暇はない。
遠くの方で檻の鍵が開く音がした。
(8)
“一枚銀貨、投げたらどうなった?”
“立ったよ”
“そりゃまた凄い、奇跡だね”
「準備は良いかね?」
薄汚い革鎧を着ていると声をかけてきた。
“迷路の鼠”が始まる前に俺は例の身なりの良い男…名前は、リムドと名乗った。
リムドは“自分はドレックノールの貴族でなおかつ盗賊ギルドの幹部”と言っていた。
確か、所属は“鋼の天秤”と言っていたが…それの意味を当時の俺は知らなかったが。
だが、どこまで本当か嘘か分からないが、そんなことはどうでも良い。
何にせよ、今はこの男が俺の運命を握っている。
「君の希望通り、君の手斧を使えるように手配した。しかし、小盾は無理だ」
「いや、この手斧だけで充分さね」
「僅かな休憩で大丈夫かね?」
「多少は。完全といかないものだが…何とかなるさね」
「ふむ。では、いいかね…?君は最後の出し物として“迷路の鼠”に参加する。
客はギルドの幹部クラス、大商人、貴族などが地位的に高い人物が観戦している。
君はその客を楽しませつつ迷路を抜けなければならない。分かるな?」
「要は、興奮するような演出をすりゃいいんだろ?何とかするさね」
「よろしい。では頼むぞ。私の面子もかかっている」
「ああ、分かったさね。ところで約束は守ってくれるのかね」
「もちろん。成功したら、釈放だ」
「最後に聞いていいか?」
「なんでまた俺を“鼠”にした?」
リムドは一時の沈黙のあと口を開いた。
「急に“鼠”がいなくなっただけだ。それだけだ」
「…ああ、そうかい」
「そうだ、これでももっていきたまえ」
そう言うと一枚の銀貨を放る。
それを受け取ると、すぐにあの贋金と分かった。
「どう言う意味だ?」
「お守りにでもしたまえ」
懐に贋金をしまい、納得できないような気分のまま、俺は迷路への通路を歩き出した。
「うわっ!」
目の前で炎が噴出す。まともに食らえば大火傷どころか消し炭になってしまう激しい炎。
「ち、惜しい!あそこでやられりゃ!」
「馬鹿野郎!俺の儲けをパーにするつもりか!しっかりしろ!」
「どうしたどうした!動きが遅いぞ!」
罵声が飛ぶが気にかけていられない。
冗談とは言えない罠が俺を襲う。それを辛うじてかわす。
それを迷路を進むたびに繰り返す。
時には落とし穴に引っかかって危うく落ちそうになった。
辛うじて縁に手斧を引っ掛け難を逃れる。
下には槍衾が見え、哀れな末路の“鼠”が息耐えていた。
「くそっ」
悪態をまたつく。
今までの罠と言う罠の辺りには何かしら“あった”痕跡があった。
それは多分、同じ“鼠”が残した最後の痕跡だ。
血の後もあれば、最後の足跡、燃えた服の端きれ、人と思しき骨もあった。
こういうのを見て平気で喜ぶ奴らの気が知れない。
これを人として、チャ・ザの神官として俺はこういうのを許せないと思った。
だが、物思いにふける暇は無い。早くしないと、出口が塞がる。
そうして迷路を何度かくぐり抜け、やっと最後の方に差しかかった。
その時だ。
「フギャアッ!!」
角を通る直前、目の前を一つの影が襲いかかってきた。
突然のことに避ける事もままならず、肩をその爪で裂かれ、派手に血を吹く。
「おおおおおおッ!!」
観客どもが一斉に興奮し出す。
「ぐっ!」
痛みを耐えつつ、斧を振り回し、相手を牽制する。
相手が離れた。落ちついて目の前を見る。
「ふざけンなよ…これの何処が“猫”さね?」
そこには一匹の黒い虎がいた。幸いなことにまだ体格は小さいようだ。
またも一撃を加えようと身構えている。
こちらの隙をうかがって僅かに動くだけ。
虎の向こう側をふと見ると徐々に閉まりかけていく扉が見える。
「汚いさね…出口の真ん前に“猫”を置くとは…」
俺から仕掛けてこない事を見て、再び跳躍して爪と牙で襲いかかってきた。
普通の虎でないことはすぐに分かった。
凄まじい跳躍で狭い通路の壁を蹴って左右前後から次々と襲う位置を入れ替える。
俺が手斧で防ぎ、反撃に出ると頭の上を飛び越え、背後を取ろうとする。
反撃の暇を与えない動きに翻弄され、防戦一方に追い込まれる。
その間も徐々に出口が閉じていく。もうこれ以上、時間はかけていられない。
(仕方ない!)
いちかばちか、俺は一気に出口に向かって走り出す。
敵に後ろを見せるのは危険なことだが、出口が閉まってしまえばそれまでだ。
ならば、ここで賭けに出るしかない。
「ふご、ぎゃお!」
獲物を逃がさんとばかりに俺の背中に爪と牙を突き立てる。
「うぐっ!!」
背中に激しい痛みと熱い感覚が走る。
その痛みに耐えつつ走る。出口まであと数歩までだった。
足元が僅かにへこんだ。思わず前のめりになる。
かちり
「しまった」
何かの仕掛けを踏んだ音。
ひゅん
続いて空を切る音がした。
転びかけた背の低い俺の頭を掠めていく三日月の刃。
「ぎしゃっ…」
その刃が背中から再び襲わんとした虎が顔面に食い込んだ。
虎の上の顔が綺麗に飛んだ。どさっと背後で虎が倒れる。
しかし。
仕掛けの、もう一つの刃が飛び出した。
膝を突いて立ち上がろうとした格好の俺の胸を三日月の刃が刺さった。
ずん
嫌な音がした。刃が俺の体に食い込み、そして勢いが止まっていた。
遅れて痛みが胸を走る。思わず倒れ込む。
同時に観客の声が途絶えた。
(まずい、これは…心の臓に…いっちまったか?)
死を覚悟した。
(…???)
だが、訪れるであろう、気の遠くなる感覚が来ない。いっこうに痛みだけが続く。
とりあえず起きあがる。
「お、おおお…生きているぞ!!」
観客の誰かが叫ぶ。俺の胸に突き刺さった刃を指差して。
それを合図に大勢の観客が叫ぶ。
「俺は生きている…のさね?」
刃を引っこ抜くと、その先に…贋金の銀貨が刺さっていた。
良く見ると裂け目から石らしいものが見えた。
「は、はは…わはははっはっはっは…!!」
こんなものに命を助けられるとは…因果なことだ。
そして出口が後少しで閉じかけているのを見て俺は出口に転げ込んだ。
俺は生き残った。
(9)
“一枚銀貨、投げたらどうなった?”
“分からない”
“どっちが出ても、何とかなるさ”
空が青い。風が吹きぬけていく。西にドレックノールが遠くに見える。
俺は丘の上にいた。
リムドは約束通り釈放してくれた。
「君のおかげで私も面目が立った」
別れ際、奴が一言そう言って、街中に消えていった。
同時に俺にかけられた贋金作りの容疑も何時の間にかうやむやにされた。
結局、何があったのか俺は分からなかった。
そう…何も分からないまま。
腰の財布と背中のリュックが軽くて違和感がある。
残念ながら、商売で儲けた宝石や銀貨の半分と商品はほとんど没収されていた。
手元に残ったのは僅かな銀貨と金貨。あまり売れそうも無い商品ばかり。
そして…あの贋金だ。
刃の傷が残る、この一枚の銀貨。捨てようかと思ったが、やめた。
これは、俺の裏切られた事と、そして命を救った皮肉なお守り。そして教訓だ。
それを指で弾く。
きぃん
音と共に、青い空へすい込まれそうなほど小さな銀貨を俺は見失いそうになる。
しゅっ
素早く掌で受け止める。
「表が出たら南へ、裏が出たら東へ」
掌を見る。表が出ていた。
「…ガルガライスを目指すか」
銀貨を腰のベルトの隠しポケットに入れて、東へ歩き出す。
表裏の末で 贋金賛歌〜立ての章 終わり
その後に聞いた話。
ドレックノールから出航した一隻の船が沈んだと聞いた。
不運にも突然の嵐になす術も無く。
その乗客には皮肉にもティンプの名前があったそうだ。
助かったか死んだのかは知らない。
良い奴は早く死ぬというしな。
不幸を運び 幸運を運んだ 一枚の贋金
手放した者に 幸せを与へ 不幸を与へ
渡された者に 不幸を与へ 幸せを与へ
二つ運命 糾える 縄の如し
幸せも 不幸せも 贋金の銀貨の如く 表裏一体
表裏の末で 贋金の賛歌 弾け 表も 裏も 歌へ
そして 時に 一枚の贋金 立って 奇跡を呼ぶ
表裏の末で 贋金の賛歌 弾け 縦も 立も 歌へ
表裏の末で 贋金賛歌 完
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