馬鹿 (2003/07/16)
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作者
松川彰
登場キャラクター
ライカ、シタール、カレン、ラス



<6の月 10の日>

「男って……本当、馬鹿だと思わない?」
 ライカが真顔で聞いた相手はカレンである。カレン──名乗ることはほとんどないが、フルネームは、アーサー・カレン。つまり、男である。
「ライカ。……ここで俺が『そうだよな』と言ってしまってはどうかと思う」
「わかってるわよ、そんなこと。いいから黙って聞きなさいよ。愚痴を聞くのも神官の仕事でしょ」
 きっぱりと言い切る、プラチナの髪の半妖精。
 懺悔や告解を聞くことはある。けれど、愚痴を聞くことまで含まれていただろうか、とカレンは考えてみる。が、神殿を寄り合い所と同じ感覚で捉えている妙齢のご婦人たちと話をしていると、確かに愚痴を聞くことのほうが遙かに多い。
 それもそうかと何となく納得させられて、カレンは話の続きを促した。
「……で? 馬鹿だと評されてしまったのは……ひょっとすると、俺もよく知る奴?」
「正確には、奴らよ」
 ライカは複数形で訂正した。
 ああ、とカレンが納得する。
「ラスと……シタールか」

 カレンに促されて、ライカが話し始める。
 それはちょうど去年の春のことだ。ライカとシタール、そしてカレンとラス、その面子にフォスター、ロビン、ルギーを加えて、レックスの遺跡へと挑んだ。結果は……あまり自慢出来たものではない。とりあえず無事に帰ってはきたものの、更に言えば、手ぶらではなかったものの。目指すものにはほど遠く、何よりも彼ら自身が、『途中で諦めざるを得なかった自分』を悔やんでいた。程度の差こそあれ、それは7人に共通の思いだ。
「シタールがね。あの後……言ってたのよ。ぼそっと。独り言だったけど」
「……なんて? 俺らの前では、『ま、しょうがねぇやな。命があっただけめっけもんだべ』なんて言って笑ってたけど」
「そうね、それも言ってたわ。その気持ちも嘘じゃないと思う。そういう風に割り切らなくちゃ、遺跡潜りなんてやってられないもの。ただね、穴から出た後に一番最初に言ったのは、違うこと」
 目の前のティーポットから、熱い茶を注いで、カレンは視線だけでその先を促した。茶を受け取ったライカが、息を付く。
「『甘ぇよな、俺』……って言ったのよ」
「………………アイツのどこが甘いって?」
「知らないわよ。そんなこと。…………ううん、知ってる。わたしはそれを甘さだとは思わないけれど……」
 そこまで言ってから、ちらりとカレンの目を見る。カレンがわずかに訝しげな顔をしたのを見て、ライカは小さく首を振った。
「馬鹿よ、ほんとに。シタールは、あなたやラス、それにフォスター。そこに自分との腕の差を感じてる。そして、ロビンの剣を見て、追いつかれてると焦ってる」
「なるほどね……そりゃ……たしかに馬鹿だな。気持ちはわからなくもないけど」
 苦笑しながら、茶を口に運ぶカレンを見て、ライカが小さく首を傾げた。
「……あなたが? 同じように感じるの?」
「そりゃね。ラスと組んで8年だ。あいつ、昔は盗賊技を磨くのに一生懸命だった時期がある。組み始めた頃だけど。けど、オランに来て……何かを吹っ切ったんだろうな。精霊使いのほうに専念し始めた。そうなると……追いつく俺のほうが骨が折れる」
 くすくすと、言葉の内容とは裏腹に楽しそうに笑みを零すカレンを見て、ライカが小さく笑った。
「シタールも、あなたのようなら良かったのに」
「そうだったら、せめてさっきみたいな馬鹿なことは言い出さなかったのに、って?」
 冗談めかしてカレンが言う。それは、ライカが、シタールとラスを馬鹿だと評したきっかけとなった会話のことだ。
「ええ。そうよ。だって……本当に馬鹿じゃない」


◆   ◆   ◆   ◆   ◆



 シタールがオランに戻ってきたのは数刻前だ。春の初めに、小孔雀街の重鎮、タトゥス老からの依頼を終わらせ、シタールは今の活動拠点であるパダへと戻っていた。
 彼が、借家である自宅の扉を開けた時、そこには恋人であるライカの他に、カレンとラスが居た。
 シタールがパダの店から引き抜きを受けたのは、去年の秋だ。それまでは、オランの片隅で長屋の一画を借り、父親とライカと共に住んでいた。魔術師であるライカの荷物は、生半可なものではない。パダでの暮らしが落ち着いたら住む所を見つけて迎えにくるからと、彼は恋人を残してパダへ旅立つことにした。そして、ちょうどその頃、同居していた父親も、ひとかたならぬ事情を抱え、旅立つことになっていた。3人で暮らすには手狭とすら感じた家も、ライカ1人となると少々心細さを覚える広さとなる。そこでシタールが提案したのは、カレンとライカの同居だった。
 何度も仕事で組み、何年も仲間として過ごしたカレンであれば、信頼出来る。シタールとライカは、その点で意見の一致をみた。カレンの側からしてみても、仲間の恋人に手を出すほど考えなしではなく。また、宿にいるよりも安上がりだという、極めて現実的な思考でそれを承諾した。
 そうして、シタールがオランにいない間は、ライカとカレンの奇妙な同居生活が営まれている。そこにラスが顔を出すことも珍しいことではない。

 だから、帰宅した時に見慣れた仲間の顔を見てシタールは別段不思議にも思わなかった。
「おう、おまえら来てたのか。ちょうど良かったぜ。帰ったらチョクで行こうかとも思ってたしよ」
 そして、迎える側も同じ台詞を吐く。
「おまえ、戻るのは夏だって言ってたじゃん。ま、ちょうど良かった。パダに使い出そうかって今も話してたとこだったんだ」
 ラスの言葉を聞いて、背中から荷物を降ろしたシタールが首を傾げる。
「ンだよ。何か急ぎの用事でも?」
「急ぎっていうか……まぁ……それよりおまえは? おまえこそ急ぎの用事でも?」
「なんだよ、言えよ」
「そっちこそ言えよ」
 きっかけを押しつけあっている……と言うよりも、互いにもったいぶっている様子のラスとシタールを見て、ライカとカレンが同時に息をつく。
「遺跡の話よ」
 結局、ライカが最初に口に出した。
「おう、なんだなんだ、おめぇら知ってたのかよ。かぁーっ! 参るなぁ、なんでオランにいる奴らのほうが早耳だってんだ」
 苦笑いしつつ、3人が囲んでいた卓へと自分も椅子を移動させるシタール。
「………………別に早耳じゃない。コイツが半年前から調べてたアレだよ」
 茶を片手に、残る片方の手で相棒を指さしつつカレンが言う。
「はぁ? ……俺が持ってきた遺跡の話じゃないわけ?」
「おまえも遺跡の話持ってきたわけ?」
 4人の間で、視線が交錯する。そして、しばしの沈黙。

「あー……あれだ。俺のは……ほら、“二重螺旋の井戸”。おまえは?」
 ラスに聞かれ、シタールが荷物から羊皮紙の束を取り出す。
「俺のほうは、“夕闇の森”。ほら、前から言われてたろ、レックスの北部に奇妙な森に似た遺跡があるってよ」
「ああ、ほぼ庭だけで構成された奇妙な屋敷のことね。森になってるのは中庭だとか前庭だとか言われてるけど。……わかったの?」
「俺も噂だけは聞いたけど……庭なのに入り口がないって話じゃなかったか」
 ライカとカレンに視線を向けられ、シタールが胸を張る。
「おうともよ! 入り口がわかったんだ。そこへの扉を開ける鍵も手に入れた。すげぇだろ! パダで馴染みの穴熊どもがよ、それに関係する遺跡につい何日か前に潜って……ああ、経緯はどうでもいいやな。とにかく! 今すぐ行くぞ、おまえら! 遺跡なんてモンは早いモン勝ちだ。なぁに、他の奴らはまだ面子集めと情報の詰めをしてるとこだ。明日にでも出発すりゃ、俺らが第一陣でイケるんだぜ!?」
 どうよ、とばかりに卓の上に載せた羊皮紙の束を叩き、シタールが笑う。そこへ制止の声を上げたのは、シタールの真向かいに座る金髪の半妖精。
「ちょっと待った。今すぐだぁ? ざけんな。こっちだって、ネタ集めは終わってんだ。だからこそおまえんとこに使い出そうかって話までしてたんじゃねえか。未盗掘の第一陣ってぇんなら、こっちも条件は同じだ。ここまで詰めるのに半年かかったんだぜ? 今更、他の馬鹿どもに出し抜かれるのを指くわえて眺めてろってか?」
「いやいや、待てよ。それなら俺だってよ。おめぇらだって知ってんだろ。遺跡のネタ集めなんか、タダじゃねえんだぞ。しかも、“夕闇の森”だぞ? そこの第一陣だ。何の不足があるってんだよ」
「いや、そっちこそ。“二重螺旋の井戸”だぞ? 存在すら危ぶまれていた幻の遺跡だぜ? ただでさえ、チャ・ザ神殿がコナかけてきてるんだ。今を逃せば、後はねぇぞ」
 互いに譲らないラスとシタールの間に挟まれて、カレンが、ティーポットを手に取る。
「……ライカ、茶のお代わりは」
「……いいわね。いただくわ」
 2人の手元で、ポットがそれぞれ3杯目の茶を注いだ頃。結論が出た。

「よっしゃ、今回は別行動だ。遺跡に潜る日取りはほぼ同じだな。……獲物のでかさで勝負だぜ!」
 シタールが、どん。
「望むところだ。で? 酒でも賭けるか。遺跡帰りの最初のエールをな」
 ラスが、ばん。
「ああ。それでいい。大ジョッキか。それともピッチャーか」
「ふざけんな、樽でこい、樽で。奢ってくれる相手が帰ってこなかったら困るからな。遺跡ん中で死にそうになったら呼べよ。助けに行ってやるからよ」
「へ。そっちこそ。……ま、アレだ。フォスターとロビンはこっちにもらうぜ」
「あ。きったね! いや、ロビンはどうでもいいけどよ。フォスターまでかよ」
「もともとそっちのが腕は上だろうがよ。ハンディだと思って爽やかに見送れよ、ケツの穴の小せぇ野郎だな、おい!」
「腕も何も関係あるか。…………しょうがねぇ、譲ってやるよ。その代わり、おまえが俺らの助け呼ぶ時は土下座な」
 延々と続きそうなシタールとラスの掛け合いを止めたのは、互いの相棒だった。
 打ち合わせたとしか思えないタイミングで、シタールとラスの後頭部に打撃が走る。とは言え、カレンのそれは拳を軽く当てただけだが、ライカのそれは、重量のある本の角だ。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆



「……馬鹿だと思う?」
 頬に笑みを刻んだまま、カレンがライカに聞いた。
 間髪入れずにライカが頷く。
「馬鹿以外の何者でもないわ。あの2人の掛け合いは今に始まったことじゃないから、まぁいいとして。問題はシタールよ。たしかに腕の差はあるわ。わたしたちとあなたたちとじゃ。でも……そんなこと関係ない。そうでしょ?」
「ああ。そうだ。少なくとも俺もラスもそう思ってる」
 頷いたカレンを見て、ライカが小さく溜息をついた。
「わたしは……知ってるのよ。あなたも、そしてラスも『関係ない』と思ってくれてることを。だって、遺跡に潜ってる間、例えば廊下を進む時、例えば化け物と戦う時。わたしの位置は、ラスの隣だから。顔くらい見える。あなたは、ラスの顔なんか見なくてもきっとわかってるんでしょうけど。シタールは……きっと知らないのよ」
「教えてやればいいじゃないか」
 あっさりと告げたカレンに、ライカが首を振った。
「自分で気付かなきゃ意味がないわ」

「ま、獲物勝負はともかく……お互い、生きて帰ってこよう」
 カレンが笑って椅子から立ち上がる。
「あら、どこ行くの?」
「どこって……そろそろシタールが公衆浴場から戻るだろ。俺はしばらくラスんとこにでも泊めてもらうさ」
 邪魔はしないよ、とカレンが笑う。
「でも、ラスは寄るとこあるからって先に帰ったじゃない。彼のことだもの。帰ってこないかもしれないわよ?」
「大丈夫。合い鍵持ってるから」
「気なんか遣わなくていいのに」
「そっちこそ」
 そこで、それなら、と席に戻るほどカレンは無粋ではない。それに、遺跡行きが間近になったからには、ラスと一緒に検討することも幾つかある。
 全員が、生きて帰るために。


<6の月 20日>

 数日後。シタールは、“夕闇の森”の中にいた。一緒にいるのは、ライカ、フォスター、ロビン。そして、シタールがパダで馴染みだという盗賊と精霊使い。双方共に腕も確かだし、気心も知れている。
 遺跡行は順調に進んでいた。
 異名の由来となった“森”の如く広がる中庭は、見る者を圧倒する。これが本当に、ただの屋敷の中庭なのかと思えるほどに広大だ。そして、周囲を彩るのは、天から降り注ぐ自然の陽光ではない。支える柱は見あたらない、なのに、天頂方向に目をやれば、そこに見えるのは空ではなく“天井”だ。夕闇のごとく柔らかく、それでいてどこか寂しげな淡い橙色の光が降り注いでいる。
「目指すのは森の中央ですよね」
 空……いや、天井を見上げながらフォスターがシタールに尋ねる。芸術神ヴェーナーの神官にして、魔術師。穏やかな風貌の若い男だが、魔法戦になった時のねばり強さには、誰もが一目を置く存在だ。
「森ってぇか、庭だろ、庭。しっかし、広い庭だよな。迷子になっちまいそう」
 油断なく辺りに気を配りながら、それでも軽口を叩くのは黒髪の戦士ロビンだ。以前は盗賊技との両立を目指していたようだが、最近はスカイアーに弟子入りもし、戦士としての技を極めている。その資質には、内心で驚く者も少なくない。
「迷子にならねぇために、ライカとオレがいるんだろうがよ」
「全くだね。まぁ、迷子になったとしても、ロビンの言うように“庭”の範囲を出ないならいいんだけれど。……カストゥール人の作った庭ならそうも言ってられないかな」
 盗賊と精霊使いが、苦笑いをする。
「目指す中央には、ブラッディーペタルが陣取ってるっていうからよ。ま、アレが相手なら何とかイケるだろ。火矢の準備も十分だし。距離を置いたところから火で攻めて、弱ったところを俺とロビンでとどめ刺しゃぁいい。この遺跡の持ち主が、魔法の仕掛けを嫌う性質で助かったな」
 笑うシタールに、ライカが隣で呟いた。
「でも、油断は出来ないわね。なんだか……嫌な感じがするわ。この森にいるのは、わたしたちだけじゃないみたいな。……どこからか、誰かが見ているような」

 緊張感を維持したまま、一行は探索を続ける。辺りに気を配ることも忘れない。戦士も魔法使いも。
 冒険者一行には何の落ち度も無かった。誰も油断などしていなかった。
 けれど、出会いは訪れる。
「みんな、止まって!」
 ライカが鋭い声を上げる。全員が足を止めた。その直後には臨戦態勢に入る。その足もとに、数本の矢が突き立った。
 敵を、認識する。
 直後に魔法が走った。それは冒険者の側からではない。敵の側からだ。
 前に立っていた盗賊に光の精霊が飛ぶ。その横に立っていたシタールに、石礫が飛ぶ。
「……ダーク…エルフっ!」
 唇を噛みしめて、フォスターが叫ぶ。
「立ち去れ、人間ども。この森に守られている物は、我等が確保する。今すぐ立ち去るなら追わずにいよう」
 流暢な共通語で、リーダー格らしい闇妖精が微笑んだ。だが、その笑みは、見る者を凍りつかせる魔性の笑みだ。
「……誰が信じられるかよ。はいそうですか、なんて言って背を向けた途端に矢と魔法が降り注ぐんだろ」
 シタールの治療をフォスターに任せ、代わりに前に出たロビンが言う。その手には長剣が握られていた。
 相対する闇妖精は、4人。男が3人に女が1人だ。その構成を見てとったライカがロビンに耳打ちをする。
「狙うなら、女が先よ。癒し手を先に封じることが出来れば、体力的にはこちらが上だわ。……ただし、魔法に気を付けて」
 もちろん、彼らには暗黒神からの恵みもある。だが、神官は見ただけではわからない。その点、女であれば見てすぐにわかる。そして、構成を考えるなら、癒しの魔法が使える女がメインの癒し手だろう。他に神官がいたとしても補助的な役割だと見るほうが自然だ。
「わかってら。いくぜ、シタール! 大丈夫だな!?」
「誰に聞いてやがる。ライカに殴られるよりよほど優しい魔法だったぜ」
 にやりと笑んで、シタールが立ち上がる。その手には戦斧。
 そして、戦端は開かれた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆



 その頃。“勝負”する相手も、同じレックスの中にいた。シタールたちが挑戦している遺跡とは、ちょうど中央部を挟んで反対側にあたる。
「今日あたり潜るって言ってたか、奴ら」
 ベースキャンプで休憩をとりながら、カレンが空を見やる。それは、図らずもフォスターが“天井”を見上げたのと同じ時刻だった。
「ああ、あいつらのほうが早く戻ってくるだろうな。俺たちは今日準備して……明日はミノタウロスの始末だし。遺跡そのものに挑戦するのは更に翌日だ」
「オマエ、不安じゃねえの?」
「何が? 奴らだって経験は豊富だろう。普段は街なかの仕事が多い俺たちよりずっと」
 武器の手入れから、きょとんとした顔を上げたラスを見て、カレンが首を振る。
「そうじゃない。奴らが心配なんじゃなくて、俺らのほう」
「心配も不安もねぇよ。今回の面子だって、組むのは初めてじゃない。ターレスとカールとは初めて組むけどな。腕と経験と気心と。全部揃ってるじゃん」
 笑いながら、それでも武器の点検をいつもより念入りにする相棒に、カレンが小さく笑う。
「そうか。俺は不安だよ。……いつもなら、こういう時にシタールの声を聞くと安心した。アイツのツラ見てると、妙に落ち着くんだよな」
「代わりに俺のツラでも見てろよ」
「…………余計落ち着かないな」
 ベースキャンプでは、夕食の準備が始まっていた。パダの街で雇い上げた“守り屋”が火を熾し、セシーリカが料理を作ろうとしてカールに止められている。
「俺はさ……」
 そんな一行の様子を見ながら呟いたラスに、カレンが顔を上げる。
「……なに?」
「今回の奴らだって十分に信頼してる。これ以上はないって面子を揃えた。今回の奴ら、誰1人だって、要らねぇ奴なんかいない。でも、確かに……ここにシタールとライカがいればカンペキだな、とは思う」
「珍しく正直じゃないか」
 カレンが笑う。
「こないだ、酒場でも誰かに言ったことだけど。……俺は、おまえが調べた扉なら躊躇なく開ける。そして、シタールが俺の前にいるなら、どんな状況でも呪文に集中出来る。もちろん、スカイアーやギグス、カールが揃ってる今の状態だってそれは変わらないけど。でも、何て言うか……あぁ、上手く言えねぇな」
 苦笑するラスに、カレンが頷いた。
「おまえが上手く言えないことを、俺は多分知ってるよ。……おまえは、シタールたちと組むことで、後ろに下がることを納得出来るようになった。自分の役割ってやつをな」
「…………そうかも」
「今までは、おまえ、結構前に出てたろ。やめろって言ってんのに。……俺だって、おまえの剣の腕を信頼してないわけじゃない。生半可な奴らにヤられるほど、おまえが抜けてるとも思わない。でも、おまえの本領を発揮してもらうためには、おまえは後ろにいなきゃ駄目なんだ。
 ……おまえさ、喧嘩や何かではすぐ熱くなるくせに、仕事となると奇妙に冷静だ。それが、俺たちには助かる。俺やシタールが前で戦っている時に、おまえが冷静に戦況を見て飛ばす指示がどれだけ役に立つか。そして、指示だけに留まらず、魔法まで飛ぶ。……おまえが前にいたら、そんなこと出来ないだろ」
 しみじみと呟くカレンに、ラスは何も言えなかった。
 ただ、頭を掻いて……否定はしなかった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆



 攻防の末に受けた傷は決して浅くはなかった。リーダー格の闇妖精から飛んだ魔法は、“戦乙女の槍”。その一撃で死んでもおかしくはない魔法だ。意識を失う直前でありながらも、そこで踏みとどまれたのは、シタールの強靱な体力があってこそだ。
 シタールとロビンは、ライカからの魔力の付与をその武器に授かっている。更には、体内の活力を増して、魔法への抵抗を増す効果のものも。
 シタールが攻撃を受けると同時に、同じように攻撃を受けて意識を失った盗賊と、シタールとを見比べ、フォスターはシタールを先に癒す決心をした。
「……おい、マーズの野郎もヤられたんじゃねえのかよ」
 荒い息の下で呟くシタールに、フォスターが首を振った。
「まず、あなたですよ。戦闘の中では、役に立つ順に癒していきます。……冷たいようですが、その鉄則を守れなければ、我々は全滅しますから」
「ふん……じゃあ、期待に応えねぇとな」
 地面に手をつき、それでも身を起こしたシタールにフォスターが笑いかける。その額には汗が伝う。
「大丈夫ですよ、マーズさんもこれから癒します。まだ魔晶石はありますから。……それに、良いことをお教えしましょう」
「何だ」
「あの闇妖精……確かに手強いですが。……ラスさんより下です」
「なら、楽勝だな」
 戦斧を、持ち直す。上げた視線の先で、ロビンの剣が闇妖精の1人を切り伏せた。既に癒し手たる女闇妖精はライカの魔法とロビンの剣で絶命していた。倒れ伏す直前の盗賊と、今、荒い息をついている精霊使いとでもう1人の闇妖精も意識を失っている。残るのは、リーダー格だけだった。
「シタール、随分と戦いにくそうね」
 ライカが呟く。その顔色は蒼白だ。魔法のための気力をほぼ限界まで使い切ったのだろう。
「ンなことあるかよ。いつもの俺と同じだろうが」
「……そうね。ロビンの前で無様なところは見せたくない。その気力だけね」
「おめぇ。何が言いてぇよ」
「効率が悪いって言ってんのよ。……確かにわたしのミスでもあるわ。本来なら、わたしとフォスターが……ううん、フォスターは癒すのに精一杯だもの。わたしが後方から指示をするべきなんでしょうけど。わたし1人じゃ……目が届かないわ」
「へ。あんな黒妖精ごとき。接近戦に持ち込めばこっちのもんだ。指示なんざ要らねぇよ」
 言い捨てて、シタールは闇妖精へ駆け寄っていった。


「一旦退いて、立て直すか」
 地面に伏せた闇妖精の一団を見下ろして、長剣を鞘に収めながら、ロビンが言う。それを聞いて、シタールも頷いた。
「ああ。さすがにキツイな。この闇妖精の気力が先に尽きてくれて助かったぜ。一旦戻って休んでからまた……フォスター? 何やってる」
 視線の先では、フォスターが、闇妖精の懐に手を差し入れていた。
「……いえ、最初にロビンさんが切り伏せたこいつのほうを、リーダーが後半、時折気にしていたようでしたので……ああ、ありましたありました。思ったとおりですよ、ほら」
 そう言って、出した手の上にはオパールによく似た石。レックスではあまりに有名な石だ。魔晶石である。
「帰り道にも何かあったら困りますからね」
 笑ったフォスターに、シタールが苦笑を返す。
「嫌なこと言うなよ。ホントになったらどうすんだ。『運命です』なんて言ったら、ぶん殴るからな」

 そして、数刻後。

「……運命です、とは言っちゃいけないんでしたよね?」
 確認するフォスターを庇うように前に立って、シタールが舌打ちをする。
「悪い。……オレが網に」
 肩で息をしながら、盗賊が顔色を無くしている。
「過ぎたことはどうでもいい。それにしても……でっけぇな、おい」
 巨大な蜘蛛の巣から、ようやく抜け出したばかりの盗賊を庇って、ロビンが剣を抜く。その視線の先には、本体の体長だけでもロビンの倍近くはあろうかという巨大な蜘蛛。8本の足は、それよりも更に長い。
「へ。魔法を使わない相手なら、俺たちの本領発揮だろ。行くぜ、ロビン!」
「合点だ! よし、フォーメーションBを久し振りに!」
 牙を剥き、隙あらば糸を吐き出そうとする巨大な蜘蛛に、2人は立ち向かっていった。
「……ライカさん。魔法はまだ使えますか」
「無理よ。さっき貴方が拾った魔晶石は、いざという時の癒しのためにとっておかないとね。……わたしは弓で応戦するわ」
 背負っていたクロスボウをおろし、その準備をしながらライカが言う。フォスターが息を付いた。
「では僕は、せめてみなさんが戦いやすいように戦術を練るくらいしかすることがありませんね」
 
「ちっきしょ! ずるいぞ! 足が8本もあるなんてよ! こっちは手も足も2本ずつしかねぇってのに!」
 ロビンが舌打ちをして、距離をとる。
 糸に絡みつかれる愚は犯さなかったが、それでも鋭い牙も自在に動く8本の足も厄介としか言い様がない。
「とりあえず、鉤爪付きの8本足じゃねぇことをカミサマに感謝しとこうぜ!」
 答えるシタールの息も上がっている。
「だな。魔法の援護は期待できねぇし?」
 相手から魔法をくらう恐れはない。相手は巨大なだけのただの動物だ。だが、闇妖精との一戦で消耗した彼らにも、魔法の援護はない。
「それにしても、こうでかいと攻撃の予測が……ロビン! 伏せろっ!」
 シタールの声に反応したロビンが、身を屈める。その上を、捕獲しようとしていた蜘蛛の足が通り過ぎる。
 だが、足はまだ他に7本ある。
 ロビンの無事を確認した直後、シタールの息が止まる。それほどの勢いで背中を突き飛ばしたのは、残り7本のうちの1本だった。
 たまらず転がるシタールに、フォスターとライカが駆け寄る。
 シタールが抜けた穴を少しでも埋めようと、小剣を構えた盗賊が前に出た。タイミングを合わせて、精霊使いも短弓から、矢を飛ばす。

「大丈夫ですか、シタールさん」
 フォスターによる癒しを受けるシタールに、ライカが怒鳴る。
「あんたは……何やってんのよ、この馬鹿っ! ロビンに叫ぶ前に自分の周り見なさいよ!」
 心配した反動だろうと思っているフォスターは、ライカのそれを止めない。
「だってよ……」
「だってじゃないわよ!」
「いや……だって、いつもならここで……」
 癒しを受けた後なのだから、傷が痛むわけではないだろう。ただ、ライカに気圧されて、声が小さくなっているに過ぎない。
「……そうね、いつもならあのタイミングで叫ぶのはラスよ。あんたとロビンにね。……ごめんなさい、わたしが叫ぶべきだったのね」
「なんでおめぇが謝る。ボケてたのは俺だ。気にすんな」
 戦斧を握り直して立ち上がるシタールを見上げ、ライカが言う。
「ねぇ。知ってる? わたしがさっき叫ばなかったのは……タイミングを損ねたのもあるけど、自信がなかったのよ。ひょっとしたら、下手に叫んでしまって、逆効果になったらどうしようって。その判断に迷って……だから、タイミングを逃したの。時々あるわ、そんなこと。でも、今まではわたしが迷ってる隙に、わたしの隣でラスが叫ぶのよ」
「そりゃ、あいつが考えナシなんだろうがよ」
 呵々と笑うシタールに、ライカが首を振った。
「違うわよ、馬鹿」
 そう言ったきり黙り込むライカ。シタールがその顔を覗きこむ。
「……おい? かすり傷なんだからそんな心配しなくても……」
「誰があんたの無駄に頑丈な体を心配してるってのよ。そんなんでへたばるようなら、とっくの昔にブランプの餌食よ。…………ああ、もう! 言わずにおこうと思ったけど! あんたがあんまり馬鹿だから教えてあげる!!」
「……へ?」
「あんたはね、十分に強いの! もったいないくらい信頼されてんの! くだらないことうだうだ考えてたみたいだけど、そんな馬鹿みたいなこと考えてんのはあんただけなの!
 知ってる? あんた、見たことないでしょ。カレンもラスも……信じてんのよ、あんたのこと。わたしが悔しくなるくらいにね。……ねぇ、もちろんわたしだって、あんたが盾になってくれるなら、幾らだって呪文に集中するわ。でも、知ってる? ラスも、わたしと同じくらい集中出来るのよ、あんたの後ろで。
 ……魔法使いが魔法に集中する時間、周りなんか何も見えないし感じないわ。そんな無防備な瞬間は、とてつもなく長いの。そして怖いの。あんたはいつだって前に居るから。だから知らない。いつも後ろでわたしと並ぶラスがどんな顔してるのか。……知ってたら、腕の差がどうのなんて言えなくなるわよ」
 クロスボウを握りしめるライカに、シタールが困ったように笑う。
「……おまえ、こんな時に何を」
「こんな時だからよ。……今は、『いつも』と違うから」
「だから、だろ?」
「……え?」
「あのなぁ、ライカ。俺だってよ、知ってんだよ。俺は戦士だ。魔法使いが後ろにいることが仕事なのと同じように、俺は前に立つのが仕事だ。……おまえらが、俺を信じるから……だから、俺は負けるわけにゃいかねぇし、だから俺は強くならなくちゃいけねぇんだ。……馬鹿どもが、無闇やたらに俺を信じちまうからよ」
 せめて、と。
 寄せられる信頼に、ふさわしい自分でありたいのだと、シタールの笑みが語っていた。
「…………知ってたの」
「何年付き合ってると思ってやがる」
「そうね。……うん、そうね。じゃあ、やることは1つね。これからもあんたとわたしが、彼らと肩を並べていくんなら、絶対、絶対、生きて帰らなきゃいけない」
「そうだな……それによ」
 握り直した戦斧の重みを確かめるように、手の中で向きを変え。
 何度目かの斬撃を蜘蛛に向かって振り下ろすロビンを視界の端で捉え。
 何よ、と顔を上げるライカにシタールは笑いかけた。
「……考えてもみろ。ここで駄目だと思っちまったら、あいつらに土下座しなきゃならねぇんだぜ?」
 ンな真似が出来るか、と言い捨てて、シタールは戦いへと戻っていった。
 その背中を見て、不意に馬鹿らしさがこみ上げてくる。
「………………男って、ほんっっっと、馬鹿!」


<6の月 24の日>

 そして、それから4日後のパダ。
 シタールが毎日を過ごしている酒場、円卓の誓い亭に二組の冒険者が顔を揃えた。誰1人として欠けることなく。
「おぅ、戻ってきやがったか。井戸の底でふやけてんじゃねえかと思ったぜ」
 にやりと笑ってシタールが出迎える。
「馬鹿言うな。そっちこそ、助けを呼ぶ暇もなく粉微塵になったかと思って心配してたんだぜ?」
 遺跡での収穫を店の人間に預け、ラスが笑う。
「ンんだとぉ? そりゃこっちの台詞だぜ。……ところで、覚えてんだろうな、最初の勝負をよ」
「ああ、覚えてるともさ。こっちは今すぐには計算出来ねぇほどの額だ。何せ、魔法装置をそのままぶんどってきたからな」
 にやりと笑ったラスに、シタールも同じ笑みを返す。
「そう言って逃げる気か? ま、こっちも計算は難しいんだがな。植物を果てしなく成長させる効果がある魔法薬だ。しかもその製法と、作るための装置まで」
 装備を解きながら、カレンがライカを探す。
 ライカは、少し離れた卓で、熱い茶を啜っていた。

「……ライカ。俺にもその茶、くれる?」
「ええ、いいわよ。…………ところで、本当のところは?」
 ティーポットを手に、ライカが小声で聞く。カレンが頷いた。
「……いや、ラスの言うのは嘘じゃないけど。装置そのものはチャ・ザ神殿に行くんだ。まぁ、報酬はかなりあるだろうけどね。そっちは?」
「シタールの言うのも嘘じゃないわ。現物と製法と装置はある。でも、材料がないけどね」
 ライカとカレンが揃って肩をすくめる。
「じゃあ、今回の勝負はつかなかったってことで。……ま、いいさ。久々に、違う面子と組んで、ラスにも得るところはあったようだから」
 くすりと笑ったカレンに、ライカが驚いたように目を丸くする。
「……………偶然ね。こっちもよ」
「なに、シタール?」
「ううん。……わたしのほう」
 あっさりと告げて、茶を口元に運ぶ。
「…………ライカのほう?」
「でもいいの。シタールが馬鹿なことに変わりはないし。……なんていうか……どうして、意地を張るのかしら」
 理解に苦しむ、と言った顔でライカが息を付く。

「ああ、それは……男のプライドってやつかもな」
「こんな時だけ、男の振りしないでよ。ずるいわ」
「…………いや、もともと男だし……」
「それにね。プライドって何? それって食べられるもの? あの馬鹿なんか、街の中でちょっと見目の良い女の子に気を取られて、それでわたしが怒ったら、許してくれもう二度としないからって言って、土下座まですんのよ!? あの馬鹿の土下座にはもう、羊皮紙一枚の価値もないわ」
「いや……それは……シタールがライカに惚れているからであって……プライドとは別の……」
「冗談じゃないわよ。なぁに? 男同士でわかっちゃってて。気を揉んでたわたしこそ馬鹿? ねぇ、わたしが馬鹿!?」
「あ、いや。ライカは……」
「どぉーせ、ラスだってそうだったんでしょ? ああ、もうやだやだ。そして、何かあると、男同士の友情だなんて寒いこと平気で口に出すのよ。…………一発、殴ってこようかしら」
「……………あの……ライカ、さん?」
「……あ。ちょっと! カレン! 何ぼやぼやしてんのよ! あの馬鹿2人が、また馬鹿なこと言い出してるわよ!」
 ぼやぼやしていたわけではなくて、ライカに相づちを打とうと必死になっていただけのカレンは、それを諦めて、ライカが指さしたほうを見る。
 すると。
 シタールとラスは、結局、互いが互いに奢るという、馬鹿な結論に辿り着いたところだった。
 それを見て、結局は、最初にライカが下した判定に、カレンも従うことになった。
「…………馬鹿だな、あいつら」
「それ以外の何だって言うの?」
 ライカが溜息をついた。こうなってしまっては、そのうち、多く飲んだほうが勝ちだなどと、馬鹿の上塗りなことを言い出しかねない。
 ライカと同じような溜息をついて、カレンが席を立つ。
「……殴りに行くの?」
「違うよ。……チーム戦なら協力しなきゃ」
 笑うカレンに、ライカが呟く。
「あなたも馬鹿よ」
 呆れたようにひとこと言って、ライカも席を立った。もちろん、同じ目的のために。



  


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