「無理しちゃ駄目。それは置いていきなさい!」
「念のためだ、これくらい問題ない!」
その日も、流星の集い亭は騒がしかった。やはり、原因は例によって例のごとく、アルファーンズとミトゥの押し合い問答だった。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ」
「そうだよ。アルも聞き分けのないこと言わないで」
いつもと違ったのは、仲裁役が居たこと。しかも、二人。一人は魔術師のディーナで、もう一人は精霊使いであり剣士でもあるユーニス。
「戦士が武器を持っていくのが、なんで聞き分けのないことなん・・・・・・」
『だって怪我してるから』
見事に三人娘の声がはもった。
アルファーンズは、久しぶりに顔をあわせた師匠に調べ物を頼まれていた。当人は遺跡へ向けて近くの村まで下調べに出ている。調べ終わり次第、出来れば届けて欲しいとのことだった。無論、届けるつもりなのだが――彼は以前の仕事で左手に怪我を負っていた。
故に、護衛として雇ったのが彼の相棒のミトゥ、酒場で同行を志願した友人であり仲間のユーニスとディーナだった。それなのだが、アルファーンズは念のためにと得物である槍を持っていくと言って聞かないのだ。
「もう治りかけだ!」
事実、アルファーンズが言うとおり怪我はほぼ完治している。ただ、左手に楯を持って攻撃を受けるなどはもっての他。アルファーンズ本来の戦い方は無理だろう。
「それに、怪我してようと武器を置いていくなんて、戦士には出来ない」
いい合いが続くこと数十分後。結局。
「仕方ないな・・・・・・だけど、戦っちゃ駄目だからね」
「勿論だ」
その二日後。アルファーンズの師匠たちが滞在している村まで、あと約一日の地点。そこは荒野が延々と続いている土地だった。この行程で、最も危険性がある場所だった。
というのも、この荒野にはヘンルーダという薬草が群生していて、それを主食とするコカトリスも他の場所に比べると割合に多く生息しているともっぱらの噂なのだ。
「あったよ。これがヘンルーダ」
野伏せの業を持つユーニスが、数株のヘンルーダを見つけてきた。これを飲めば、コカトリスがもつ石化能力を中和できるのである。これさえ飲んでおけば、コカトリスと遭遇したときの危険性がぐんと減る。といっても、石化能力がなくなったからといって油断できる相手ではないのだが。
「それじゃ、とりあえず飲んでおくか。転ばぬ先のなんとやらだ」
ユーニスが軽く手を加えたヘンルーダを、アルファーンズは水でそれを飲み干した――が。
「ぶはっ! ま、まぢぃ・・・・・・」
ヘンルーダはその希少さだけでなく、味の酷さでも知られているのだ。途端に咳き込むアルファーンズ。
「う、噂どおりみたいですね・・・・・・」
「噂以上だ、これは」
しかめっ面で、涙を目じりにためてどうにか飲み下すアルファーンズ。
「・・・・・・じゃあ、もうちょっと加工してみる?」
「・・・・・・お願い」
ユーニスは背負い袋の中から、乳鉢や擂粉木を取り出し、ヘンルーダをすり潰し始めた。さらに手を加え、水に混ぜたりして程なくそれは完成した。
ヘンルーダの色素が水に溶け出し、例えようの無い妙な匂いを放つ液体。
「・・・・・・・・・さ。我慢してこっち飲もうか」
「そうですね」
「ああっ、そんな酷いですよ!」
結局、ヘンルーダをそのまま飲むことにした三人。涙を流しながらそれを飲み終えたのだが、その日はコカトリスに出逢うことはなかった。後にアルファーンズは語ったという。
「コカと戦う直前まで、もうヘンルーダなんか飲まねぇ」
思いのほか旅路は順調に進んだ。一度もコカトリスにも遭遇することなく、目的の村まで着いたのだ。
「・・・・・・ここが・・・・・・村なの?」
しかし、ミトゥの呟きどおり、そこは村というには程遠い場所だった。草木も家屋も荒れ果て、岩肌がむき出しになった廃墟群だったのだ。
「そう。何十年も前、この村で何かが起きて全滅したんだ。その何かは、今でも分かっていない」
アルファーンズの簡単な説明。彼自身それだけしか知らなかったし、師匠からもそれ以上は教えられていなかった。ただ、この村という名の廃墟の付近の遺跡に行くということだけしか。
「酷い有様ですね。・・・・・・ここは何か、火で焼かれたみたいに見えます」
ディーナも杖を両手で抱え、黒い炭状の物体と成り果てた建築物を見て呟く。
「それより、ほら。目的地に着いたぞ」
アルファーンズが前方で手を振る人影を指差した。その数、総勢四人。彼の知識の師匠である、半妖精のクラレンス。剣の師匠であるマリィベレス。彼の旧友、精霊使いであり盗賊のリッシュ。そして彼の母親、ラーダの神官戦士のアリスローザ。
全員が同郷であり、しかも全員アルファーンズの母であるアリスローザと交友があったために自ずと集った面子であった。
それに全員が全員、かなりの腕利きであった。クラレンスは“言の葉紡ぐ”という二つ名で知られる、言語学に長けた導師級――事実、ロマールでは導師だった――の魔術師であり詩人。マリィベレスは“片割れの獅子”と言う名で通った、若き歴戦の傭兵。“雷霊”リッシュは一番若いながらも、めきめきと実力を伸ばし始めた売出し中の冒険者。アリスローザも、固有の二つ名は無いにしろ、若い頃から冒険稼業を続けた神官戦士だ。
「お疲れ様、アルファーンズ君。タイミングが良かったわ、丁度今遺跡周辺の調査を終えて帰ってきたところなの」
黒髪の半妖精が一行に微笑みかけた。
「ところで、アル。そっちの美人さんたちは誰なんだ?」
しゃしゃり出てきたリッシュが、アルファーンズの頭を押さえつけて尋ねる。
「・・・・・・あのな、リッシュ。んなことより俺は届け物を・・・・・・まぁいいや。ここまで護衛してくれた、ミトゥとユーニスとディーナ」
軽く紹介し、クラレンスたちのことも紹介する。もっとも、ミトゥはクラレンスのこともアリスローザのこともマリィベレスのことも知っていたので、彼女達は軽く会釈をしあっただけだった。
「まぁまぁ。ここまであっくんの護衛、ありがとう。感謝します、ほらあっくんもお礼言わなきゃ」
アリスローザが、重たい大剣をも軽々と操るその馬鹿力で、アルファーンズの頭をぐいぐいと下げさせる。
『・・・・・・・・・あっくん』
三人娘が同時に呟き、そして同時に吹き出す。ユーニスとディーナは必死になって笑いをこらえているのだが、ミトゥにいたっては遠慮なしの大爆笑。
「笑うなっ! ってゆーか、変な呼び方するなっ!」
「あら、昔はそんなこと言わなかったのに。それにそんな反抗的な口調になって・・・・・・」
心底悲しげな表情で息子を見るアリスローザ。だがアルファーンズは、このおちゃらけた母の性格をよく知っているため、あえてスルーする。
「それよりもアルファーンズよ、目的のものはどうだった?」
今まで黙ってことの成り行きを見守っていたマリィベレスが、ようやく口を開いた。その一言に、アルファーンズも本来の目的を思い出したのか、懐に入れておいた小袋を取り出した。
「わりぃ。ほら、これ。俺の見立てでは、間違いなく《黒水蓮》だ。ただ、花を模ってるから本体じゃなくて『鍵』だと思うけど・・・・・・」
《黒水蓮》とは、魔晶石によく似た効果を持つとも、使用者の魔力を最大限に引き出す魔力器とも、持ち主の魔力を増幅させる魔力増幅器とも言われる魔法の品物のことだ。消耗品だとも言われ、過去に数度見つかるものの満足な調査をする前に魔力が尽きてしまったことが多々あるとも伝えられていて、何かと不明瞭な部分が多い魔法の品物でもあった。
それをクラレンスがとある遺跡の調査の末、その《黒水蓮》本体入手のための鍵となるだろう《花》の部分を発見したというわけである。さらなる調査の結果、本体は堕ちた都市レックスにあるという情報を得て、オランまで来たのだった。
「ありがとう、アルファーンズ君。さすが、言うだけはあるわね、予想していたより一週間も早かったわ」
にこりと微笑み、クラレンスは小袋と調査結果を纏めた羊皮紙の束を受け取る。
「じゃ、これで目的達成だね」
「そうですね、あとは帰りにコカトリスに会わなければ無事依頼達成です」
手渡したのを確認したユーニスやディーナが、帰り支度を始めようとしたが――アルファーンズの様子が少しおかしいことに気付き、手を止めた。
アルファーンズは、その場に仁王立ちしたままクラレンスら四人をじっと見ていた。
「・・・・・・なんだよ、気持ちわりぃな」
「はぐらかすなよ。そっちの腹は見えてるぜ」
リッシュの言葉を遮るアルファーンズ。訳が分からずユーニスが口を挟んだ。
「ね、どういうこと?」
「どーせ、ここの遺跡に着いて行こうってつもりなんでしょ」
呆れた様子でミトゥが呟いた。
「ええっ、それは・・・・・・無茶ですよ。怪我も完治してませんし、それにアルさんの師匠さんたちが挑む遺跡なんでしょう?」
その先は口ごもってしまったが、おそらくランクが違いすぎると言いたいのだろう。実際、ディーナだけでなくミトゥもユーニスもそう思っていた。
「いや、こっちの遺跡は師匠たちが本来潜りに来た遺跡じゃないはずだ。師匠たちはレックスに潜る予定であって、こんな辺境の遺跡じゃない。それと、ここの遺跡の俗称は聞いてるだろ?」
そこで、不意に話を振った。
「はい、勿論ですよ。この遺跡は『試練の迷宮』といわれ、英雄が力を試すためなどに使われ、最深部には何かがあると言われていますが・・・・・・その何かまでは分かりません。と、聞いていますね、わたしは知りませんでしたけれど」
真っ先にディーナがメモを見ながら答えた。無論、頭を使うことが苦手なミトゥとユーニスは、話を聞いていたもののさっぱり覚えていなかった。
「ん、上出来。本題に戻すと、最初っからおかしいと思ってたんだよ、その名前には。師匠が昔から俺に「試練だ試練だ」とか言って無理難題押し付けて、文句ゆーと「弟子を鍛練させると書いて、子練だ。これも師として子に育って欲しいから云々」って言ってたよな。だから、今回ももしかして、って思ってたんだよ」
腕を組んでクラレンスの目を覗き込むと、やれやれとばかりにクラレンスは肩をすくめた。
「まったく、アル君には全てお見通しってわけね」
「あったりめーだ。何年師匠の弟子やってると思ってんだ」
無意味に胸をそらすアルファーンズ。そんなアルファーンズをみて、くすくすと微笑むクラレンス。
「・・・・・・二人とも、地が出ておる」
そこへ。マリィベレスが冷ややかに突っ込みを入れた。アルファーンズは気にした様子もなかったが、クラレンスは慌てて咳払いを一つして、
「とまぁそういう意味よ。アルファーンズ君の実力がどれほどのものになったか試したかったのは本音よ。前の仕事で一緒して、怪我をするまではね」
途端にアルファーンズと話していたときの砕けた口調から、元の口調に戻して言った。
「その怪我じゃ、この遺跡に一緒するなんて無理でしょう。今回は良いから、早く帰りなさい、夜になると危険になってくるんだから」
アリスローザもやはり母親らしく、アルファーンズを心配したようにやんわりと口を挟んだ。リッシュも、手を「しっし」とやって追い払っている。
「いや、怪我はもう完治してる! 師匠たちに着いて行くくらいなんら問題はねーっての」
「さっさと帰れよ。可愛い子三人に護衛されながらよ。ったく、羨ましいぜ、こちとらおばさんばっかが・・・・・・おっと、失礼。それに、一人はまだ若かったな。口調のせいで・・・・・・こりゃ失言」
リッシュに邪険に扱われようとも、やはり引かないのがアルファーンズの性格。実際、腕の怪我は出発したときよりも痛みは引いている。
「アル、わがまま言っちゃ駄目だよ」
「そうです、治ったとはいえ、酷使したらまた悪くなりますよ」
「わがままって・・・・・・ガキ扱いするんじゃねーよ」
ユーニスとディーナも、二人がかりで止めようとするが、やはり聞く耳は持たないようだ。
「・・・・・・そうまで言うのなら、着いてこさせても構わぬだろう。こやつの性格は熟知しておる、後からこっそり着けられても困るからのう」
「言い出したら聞かないしね。知ってる、そーゆートコがガキっぽいってゆーんだよ」
唐突に、沈黙を保っていたマリィベレスが告げた。同時にミトゥも大きなため息をついた。
「マジか!」
「ああ、よかろう。ただし、死ぬ気でついて来い。これは遺跡見学ではないのだ、お前の力量を試すためなのだからな」
マリィベレスは重みのある声で、鋭くアルファーンズに告げた。
「無論だ。それに、この二人の師匠についていって、生きた心地がしたことの方が珍しい」
笑いながら減らず口を叩き、くるりとミトゥたちに向き直った。
「ってことだ。護衛はここまでで良いぜ」
そこで一旦言葉を切り、荷物の中から羊皮紙とペンを取り出し、さらさらと何事かを書き付け、それを彼女たちに渡した。紙には流麗な筆致で、サインと一緒にミトゥ、ディーナ、ユーニスの三人に記されただけの報酬を渡してくれ、と書いてあった。金を預けてある流星の集い亭のマスターへ宛てたものだった。
「ほい。これ渡せば、報酬渡してもらえるから」
だが、誰もその紙を受け取らない。アルファーンズが不思議そうに首をかしげると、
「何言ってんの。君一人置いて帰るほど薄情じゃないよ」
ミトゥがやれやれと言わんばかりに肩をすくめ、アルファーンズに笑いかける。
「そうです。わたしたちが着いていったところで足手まといにしかならないでしょうけど、アルの護衛くらいなら出来ます」
ユーニスがはりきった様子で、クラレンスらに告げる。
「アルさん置いていくなんて、出来ませんよ。なんたって、アルさんは」
一息置いて。
「相棒だしね」
「仲間だから」
「友達ですから」
三人娘が次々と口にした。女が三人も居て、誰一人「大切な人」とかそういう単語が出てこないところに哀愁を誘われるような気がしないでもない。だが仕方ない、だってアルファーンズだから。
「いい子たちだな、アル」
リッシュが爆笑し、つられてクラレンス、アリスローザ、マリィベレスまでが笑い出し、張り詰めた空気は一瞬にして和らいでいった。
試練の迷宮は、枯れているとも未探索ともいわれている不思議な地下迷宮だった。罠はリッシュが出る幕も無くすでに作動していて無力化しているものもあれば、まだ生きているものもあった。最初の部屋の前にはガーディアンらしき魔法生物の死骸が転がっていたが、部屋に入ると中には魔物で溢れていた。
「まったく不思議な遺跡ねぇ・・・・・・」
「案外、魔物を作り出す魔法装置なんかがあったりするかもしれないわね」
ずらりと大剣を鞘から抜いたアリスローザがのほほんと呟き、武器を構える風も無くのんびりとそれに答えるクラレンス。
「そ、そんなのんきでいいんですか・・・・・・? いっぱい居ますよ」
ディーナが両手で杖を抱えるようにして問いかけるが、まったく動じた風も無い。
「これくらいなら、アルファーンズやそなたらに任せても問題は無いだろう」
マリィベレスも一応、ブロードソードを抜いているものの、前に出ようとはしない。程なくして、大量に蠢く魔物が光に照らし出された。
「ゾンビにスケルトンか・・・・・・いっぱい居やがるが、まぁ無理じゃない数だ」
短槍を右手に構え、前に出るアルファーンズ。
「無理しないようにね。行くよっ」
ミトゥも前に出て、ブロードソードを抜きざまに駆け出し、一番近くのゾンビに切りかかった。次いでユーニスが部屋に踏み込み、片手半剣を振り上げ重たい一撃を襲いかかってきたスケルトンに叩き込む。
ユーニスの一撃は見事にスケルトンの頭蓋を叩き割り、地に沈めた。ミトゥの攻撃は、タフなゾンビを倒すまでには至らなかったが、間髪おかず飛来したディーナの《光の矢》によって頭部を吹っ飛ばされ、絶命した。
「ふっ、さすが俺が護衛に選んだだけはある!」
ユーニスの痛恨の一撃を、ミトゥとディーナのタイミングのいい連激を見て軽く口笛を吹き、自分も目の前の不死者に向けて槍を突き出す。が、狙いがわずかにそれ、あまり痛手を与えることは出来なかった。
「どうした、キレが悪い。それから後ろにも気を配らぬか、今は自慢の楯を使った戦い方は出来ぬのだぞ!」
マリィベレスの叱咤激励がアルファーンズに飛ぶ。いつもならば楯を持ち、積極的に攻撃を受けそれを流すなどと大いに活躍する左手だが、現在は逆に庇いながらの戦い。思うように戦えない。
「後ろだ、アルファーンズ!」
「・・・・・・チッ!」
鋭いマリィベレスの声に、眼前のゾンビに蹴りを入れて突き放し慌てて後ろを振り返る。そこには剣を振り上げたスケルトンが居た。とっさに左手を翳そうにも、そこに楯は無い。甘んじて鎖帷子でその剣を受けようとしたところで、スケルトンが弾き飛ばされた。
「まったくもう! 戦えるっていうくらいならちゃんと戦ってよね!」
更なるミトゥの斬激によりスケルトンは粉々になった。
「自分のコンディションも把握できぬような者が前に出て戦うでない! 自分自身の状態すら満足に把握出来んで、何が戦士か! 戦えぬのなら退けっ!」
部屋中に響き渡るマリィベレスの怒声。
「くそッ・・・・・・」
「もういい。アリス殿、すまないが頼む。ここで体力を消耗しすぎるわけにはいかぬでな」
剣を鞘に戻し、マリィベレスはアリスローザのために道を開ける。アリスローザも、最初は抜き放っていた大剣をすでに鞘に戻し終えていた。
「ええ、任せてくださいな。偉大なるラーダよ、命亡き者に平安を。死してなお生き続ける者たちに安らぎの眠りを」
静かに、しかし強く浸透していく祈りの声。すぐに部屋全ての不死者にその祈りは影響し、崩れ去り、凍りつき、逃げ出し、凶暴化するなど様々な状態異常に陥った。リッシュとマリィベレス、ユーニスたちが残った不死者を退治するのにそう時間はかからなかった。
「しばらく手合いをしておらなんだが、やはり口先だけというのは変わっておらんな。その程度しか戦えずに着いてこようとは愚かな考えだ」
膝を突くアルファーンズを見下し、次々と言葉を浴びせかけていく。
「まったく、お前は人の話を聞かんな。良いか、戦士はいわば戦いの中心となるべきものだ。そしてお前は人よりも知に優れているし、自ずと判断力もあるはずなのだ。それを利用し、司令塔となって戦えと何度も教えてきたはずなのだがの。お前は突っ走ってばかりか、作戦のひとつも立てようとはせん。それでは死期を早めるだけだろうて」
一方的に話を終え、さっさと歩き出す。扉は、戦闘が終わってすぐにリッシュが開錠に取り掛かり、すでに罠の解除も終えていた。
「ね、ねぇアル・・・・・・」
ユーニスが控えめに声をかけるものの、反応は無かった。
「あ、アルさんは怪我してるんですし、あまり気にしない方が・・・・・・」
ディーナも声をかけ、背中に手を置いたところでアルファーンズが立ち上がった。そして短槍を肩に担ぎスタスタと歩き出した。
「アルってば・・・・・・」
「少し静かにしてくれ。あー・・・・・・いや、ごめん」
刺々しくなった物言いになってしまったことを謝罪し、それっきり黙ってしまった。
「・・・・・・ま、しばらくほっとこうよ。本人もそうして欲しいだろうし」
「はい・・・・・・」
「下がりなさい、アルファーンズ君! アル君、下がって!」
いくつか部屋を進み、遺跡の中ほどにさしかかろうとしていたとき。心ここに在らずといった風なアルファーンズの襟首を、クラレンスがとっさに引っ張った。
「な、何するんだよ師匠・・・・・・」
驚くアルファーンズを無視し、そのわきをマリィベレスとアリスローザがすり抜けて部屋に踊りこんだ。二人とも、すでに抜刀している。そして、遅れて聞こえてきたけたたましい咆哮。
「あ、あれは・・・・・・」
ディーナが興奮したような声で、声の主を遠巻きに見ている。
「アル君。あれが何かわかる?」
「・・・・・・獅子と黒山羊の頭、蛇の尻尾とくればキマイラしか居ないだろ。特筆すべきは蛇の尻尾が持つ喋ることが出来なくなる毒と、山羊の頭が使う暗黒魔法だ。また獅子の爪も十分脅威に値し、凶暴性でも知られている」
さらにアルファーンズは得意げに説明――というか薀蓄――を続ける。だが、それはクラレンスの手によって遮られた。
「アル君。ちゃんと勉強しているのは評価するわ。だけどね、今は何をしているのかしら? 戦闘中よ。それにあなたは賢者である前に戦士でしょ? 戦士が戦う前にそんな長い口上をしていていいのかしら?」
「うっ・・・・・・そ、それは・・・・・・」
呻き、言葉を詰まらせるアルファーンズ。その後ろで、ディーナも小さくなっていたりする。
「魔物の分析は手短に、そして正確に必要なことだけをピックアップすることが大事なのよ! 豊富な知識を誇るのは勝手よ。だけど時と場合を選びなさい、アル君」
師弟関係ではあるが、何故か極めて親しい間柄である二人が、体面を気にすることが無いプライベートでのみ話す砕けた口調だったが、クラレンスの言葉はきつく、重くアルファーンズにのしかかった。
キマイラがアリスローザの大剣に打ちのめされ、よろける。山羊の頭が禍々しい響きのルーンを紡ぎだした。
「みんな、暗黒魔法が来るわよ! 万物の根源たるマナよ、魔力を妨げるは魔力のみ!」
指にはめた指輪が輝き、熟練された手の動きが複雑な印を瞬時に描き出す。正確に、なめらかに紡がれた上位古代語が力を発し、《対抗魔法》が全員を包み込んだ。
そして魔法が完成した数瞬後、前衛で戦うアリスローザとマリィベレスに向かって暗黒魔法が炸裂した。しかし、《対抗魔法》のお陰でまったく効果を表すことは無かった。
「くっ・・・・・・さすがに堅いっ」
アリスローザの馬鹿力と大剣が合わさった攻撃ならまだしも、マリィベレスのブロードソードはキマイラの厚い皮膚に阻まれて、なかなか効果を表さない。
キマイラの爪をしのぎ、剣を振り上げると――唐突に刀身から炎が吹き上がった。ほんの少し驚きの表情を作るが、すぐに納得し炎を纏う剣でキマイラを切りつけた。
「はぁはぁ・・・・・・上手くいきました」
「いい判断よ、ディーナちゃん」
荒い息をつくディーナの肩を叩き、微笑みかけるクラレンス。ディーナの《炎付与》の
加護を受けたマリィベレスの剣が、休みなく叩きつけられるアリスローザの大剣がキマイラを打ち据えていく。
次第に動きが鈍くなっていくキマイラを見て、ここぞとばかりにリッシュが手を振り上げた。その場に居る皆の心が言い知れぬ高揚感に満たされたような気がした。
「よしっ・・・・・・戦場を疾く駆ける戦乙女よ! 我が前の敵を貫けッ!」
次の瞬間、リッシュの横に現れた光り輝く乙女が、手にした槍を投げつけた。狙いは違わずキマイラの眉間に突き刺さり、ようやくその巨体が地に倒れ付す。
「・・・・・・リッシュのヤロー、いつの間にこんな・・・」
《戦乙女の槍》の威力を目の当たりにして、アルファーンズは呟く。以前に一度、知り合いの半妖精が使っているのを見たことはあるが、やはりその威力は絶大だ。
「お前とはくぐってる修羅場の数が違うんだよ」
大技を使ったため、肩で息をしながらも意地の悪い笑みを浮かべているリッシュ。
「援護、助かった。しかし、キマイラはあまり遺跡にはおらぬと聞いていたのだがな」
ディーナに礼を言い、炎の消えた剣を鞘にしまいこみマリィベレスは呟いた。彼女の言うとおり、キマイラの主な生息地は山奥である。
「もともとキマイラは、古代の魔術師が作ったものが野生化したものだから遺跡にいるというのもおかしくはないのだけれど」
「あの。それって、あれのせいじゃありませんか?」
マリィべレスに答えていたクラレンスの言葉を遮ったのは、ユーニス。部屋の奥――暗がりの一点をさしている。精霊使いであるユーニスには、ドワーフには劣るものの暗視能力があるのだ。
「ああ、ホントだ。壁が崩れてる」
ミトゥが手にしたランタンの光で照らし出すと、なるほど壁が崩れて別の洞窟らしきものと繋がっていた。おそらくどこかの山岳地の洞窟にでも繋がっているのだろう。
「もしかしたら、ほかの魔物もここから入ってきてるのか知れませんね」
「あまりそうであっては欲しくありませんけどね。連戦で疲れていますから」
穴を覗き込んだディーナが呟き、苦笑混じりにアリスローザが答えた。アリスローザたちは出てきた魔物や守護者ほぼ全てと戦ってきていた。傷は癒しの魔法で治るものの、疲労は易々とは癒せない。もっともディーナたちは、ここまで一度二度程度の戦闘しかしていない。アルファーンズに至っては、剣と知識、どちらでも完膚なまでに打ちのめされ、完全に意気消沈している。
「アルったら。少しは元気だしなって、らしくないよ」
「ほら、休憩だよ? ご飯食べて、元気だそ」
しばしの休憩。保存食で軽い食事をするが、やはり消沈気味のアルファーンズを前に調子を狂わされる三人娘。どうにかアルファーンズの気を取り直させようとするが、あの手この手を尽くしてもすべて空回り。
「これは思っていたより酷いのう」
「予想以上だな。ロマールへ連れ帰ってしごきなおしてやったほうがいいんじゃねぇのか」
「このままだと、それも止む無しかもしれないわね」
熟練組の方がひそひそと相談をしているが、アルファーンズはそれすらも耳に入っていないような様子だった。
クラレンスはそんなアルファーンズを見て大きくため息をついた。そして、
「休憩は終わり、先に進みましょう」
休憩の終了を告げ、その場から立ち上がった。てきぱきと片づけをはじめえる三人娘を尻目に、無言でもたもたと立ち上がるアルファーンズを再度視界に捕らえ、最大級のため息をついた。
−友−
遺跡に潜ってどれほど経ったか。
道中の障害をことごとく無力化しながら、かなり深層まで近づいトいた。
「よし、鍵は開いたぜ」
額ににじむ汗を拭い、リッシュが短く告げる。前衛のマリィべレスが油断無く扉を開き、魔法の光の灯った短剣で部屋の中を照らし出す。
そこには例によって例のごとく、蠢く影が数体。
「ゾンビ・・・・・・?」
「妙だな、ここに来てゾンビとは。逆に不自然だが・・・・・・」
マリィベレスは首を傾げるが、侵入者を撃退するべく動き出したのは紛れも無くゾンビだった。現在では見られない服を纏い、腰に剣を佩いた格好のゾンビ。おそらく、古代王国期の蛮族の奴隷をゾンビにしたものだろう。
「マリィさんたちは下がってて、ゾンビならボクたちでも大丈夫だから」
「そうですとも、任せてください。手ごわい敵とずっと戦ってたんですから、ちょっと休んでてくださいね」
それぞれの得物を抜き、ゾンビに対峙する。そして先手必勝とばかりに、向かってきたゾンビ目掛けて剣を振り下ろした。
しかし、剣はゾンビの体を打ち据えることは無かった。驚くべき反応速度で、ゾンビがその一太刀を避けて見せたのだ。
「ええっ!? 早いっ」
慌てて体制を立て直すミトゥ。
「いけないっ、下がって二人とも!」
何かを思い出したかのように、クラレンスは声を張り上げた。同時にゾンビの方は腰に佩いていた剣をずらりと抜き放った。クラレンスの推測が確定した。
「け、剣使ったっけ、ゾンビって!?」
「間違いない、そいつはブアウ・ゾンビよ! 早く下がって、そいつらの実力は未知数よ!」
今は失われた古代語魔法で作り出される高性能なゾンビ。材料となった者の能力を受け継ぐことができ、実力は千差万別。腕利きの戦士を材料としたなら、その戦士並みのゾンビが創られるというわけである。
「そんなのアリ!? ユーニス、撤退てったーい!」
「わ、わかりましたーっ」
慌てて後ろを向いて逃げ出すものの、しつこく追いすがるゾンビ。不意に、ミトゥの体がぐらりと前方に揺らいだ。慌てていたため、床のひび割れの足を取られたのだ。
「う、うわっ!」
もんどりうって倒れる。そして、追いついたゾンビが鈍い動きで、しかし正確な動きで剣を振り上げる。
――やられる。
「・・・・・・ミトゥ!」
それまで黙りこくっていたアルファーンズが、絶叫に近い声を上げた。脳裏にフラッシュバックする、悪夢。ゾンビに、かつての相棒であり恋人を殺したゴブリンの影が重なる。
気付いた時には、前に立っていたマリィベレスの脇をすり抜けて駆け出していた。
――ガキィン。
転んだミトゥの前に躍り出て、振り下ろされたゾンビの剣を槍で受け止める。しかし勢いを殺ぐことが出来ずに、その剣が浅く肩に食い込み赤い雫を滴らせた。
「がぁッ・・・・・・」
「あ、アルファ! ちきしょう、たぁっ!」
アルファーンズに剣をたたきつけたゾンビの顔目掛けて、ブロードソードの柄頭を叩き込む。その一撃によろけ、ふらふらと後方に下がるゾンビ。
「早く、今のうちに!」
ユーニスに手を引かれ、どうにか後退するミトゥとアルファーンズ。すかさず駆け寄り、アルファーンズに癒しの奇跡を施すアリスローザ。
「君はいつもいつもそーやって! あれくらい何とでも出来るよっ、なんのつもりだよっ」
傷口がふさがるのを確認して、ミトゥは物凄い剣幕でまくし立てる。
「俺はもう誰も死なせない。誰かが死ぬのはもう嫌だ」
ぼそりと、呟く。
「それで自分が死んだらどうするんだよ! 意味無いじゃん!」
「そうです、自分の身も大事にするべきです」
ミトゥに続き、ディーナも怒気をはらんだような声で、諭すように言った。
「アルファーンズ。自己犠牲で他人を救う行為は、結果的にはその者を助けたことにはなるだろうが、しょせんは自己満足でしかない。それは一番、お前――無論、我もが分かっているだろう」
アルファーンズの最初の相棒で、最初の恋人――そしてマリィベレスの姉――のメリルアネスは彼を庇って死んだ。結果としてそのお陰で今生きていられるが、残されるものの気持ちというものを痛いほど感じてきた。
死にたくは無かったが、同時に自分だけが生き残って彼女が死んでしまうことなど望んでいなかった。人を護って死ぬことは、自分だけが気持ちのいい自己満足でしかないというのは、マリィベレスの言うとおり自分が一番よく理解していた。
「誰も死なせないという想いを、自己犠牲によって実現しようなどというのは愚かな者のすること。もっと冷静に的確に、人を死なせないための最も良い方法を考えよ。それをせんで即自己犠牲に結びつけるのは、敗北主義者がすることだ」
重く鋭い声であったが、心に響くものだった。
(俺は敗北主義者なんかじゃねー。俺がやるべきことを・・・・・・)
過ちを悔やみ、挫折することなく今度はアルファーンズはそれを真正面から受け止めた。過ちは正せば良い。拳を握り締め、槍を手近な壁に立てかけてゾンビを睨む。
今はアリスローザとリッシュが先頭の牽制しているが、奥にはまだ一匹残っている。その一番奥のゾンビの手に握られた剣は、淡い光に包まれている。
(落ち着け・・・・・・考えろ。戦況を見極め、最良の手段を・・・・・・司令塔になれ)
必死に頭の中から、ブアウ・ゾンビの特徴を思い出す。クラレンスから教わった、魔物学の講義を思い出す。読み漁った文献の内容を思い出す。そして先ほどの一撃の重みと傷、目の前のそれを観察する。
「・・・・・・ミトゥ、ユーニス。お前ら二人はさっき俺に一撃くれやがった奴と、その後ろの槍の奴に当たれ! 奴の攻撃を受けたときの感じから、俺たちよりは腕の立つ奴が素体だろう。でもゾンビになったことで器用さや機敏さが損なわれていることを考慮すると、二人がかりで・・・・・・ついでにディーナの援護があれば殺れる! ディーナはまず《楯》、それから余裕があれば二人に《炎付与》か《武器強化》だ!」
即座に指示を送る。
『・・・・・・は、はいっ』
いつもになく真剣な眼差し、声に思わずミトゥまでもが敬語で返事をして、二人同時に剣を構える。ディーナも精神を集中させ、杖を振り印を結ぶ。程なくして呪文が完成し、《楯》の魔法が生み出す力場が剣士の二人を包み込む。
「そっちの斧持ちのゾンビはリッシュが頼む! まだはっきりと実力はわからんが、リッシュなら小剣の腕は大したもんだし、いざとなれば魔法もあるから問題ないだろ!」
リッシュは自分が牽制していた、斧を持ったゾンビに軽く視線をやり、ついでアルファーンズに視線を向ける。
「お前に指示出されるのはムカつくが、妥当な作戦だ。引き受けてやろうじゃねぇか」
にやりと笑い、目の前のゾンビと本格的に戦闘に突入した。振り下ろされる斧を避け、隙を見て愛用の小剣を突き入れる。ひとまずは、互角に戦っている。アルファーンズは淡く光る剣を手に近寄ってくる最後の一体を見て、二人の師匠と母親に向き直った。
「あのゾンビ風情のくせして魔剣持ちのエラそーな奴は、おそらくかなりの腕利きゾンビだと思う。師匠たちには指示はいらないと思うけど・・・・・・」
「あなたの・・・・・・君の本気、見せてもらうね。アル君」
にっこりと屈託の無い笑みを浮かべたクラレンスに、つられて頬を緩めるアルファーンズ。しかし数瞬後には真剣な表情に戻って、
「じゃあ師匠はまず二人を魔法でドーピングしてくれ。マリィを主力に、母さんは神聖魔法で援護。母さんが当たらない剣を振るうよりは、そっちのほうがマシだ」
アリスローザは、こくんと頷き魔法がかかる間の時間稼ぎをするべく、魔剣ゾンビの前に立ちはだかった。
それを確認したクラレンスは、素早い動きで印を描き、疾風のごとく次々と上位古代語を紡ぎだした。呪文と呪文の間に、わずかに時間をおきながら《鋭敏》と《機敏》の魔法をマリィベレスとアリスローザに施した。いささか軽く感じるようになった体で、マリィベレスはアリスローザと位置を変わるように駆け出した。入れ替わりに下がったアリスローザは、マリィベレスの剣に聖なる力を付与する。
「指示は以上だ。そして作戦は・・・・・・絶対に死ぬな! あとは自分で臨機応変にだ!」
戦場の部屋に響き渡る大声で、アルファーンズはそう締めくくった。
「ふっ・・・・・・いつまでもガキかと思ってたら、男の顔になってきやがったな」
「うふふ・・・・・・そういう顔、父さんにそっくりよ」
「お前の腕前、とくと見せてもらったぞ」
「一先ずは、合格かしらね」
そして、猛攻が始った。
「くたばれっ、ゾンビ風情がッ! 戦乙女よ!」
リッシュの全霊を込めた《戦乙女の槍》がゾンビの肉を削る。左腕を吹き飛ばされてなお斧を振り続けるゾンビ相手に、その動きを冷静に見極め小剣で渡り合う。
「ラーダよ。邪なる力を払う聖なる光を!」
アリスローザが放った強烈な閃光がゾンビの目と体を激しく焼く。顔を背け光を見ないようにしていたマリィベレスが、光が晴れると同時に駆け出し、聖なる力を宿した剣で切りつける。魔法によって精練された動きがより向上され、防御をかいくぐり光り輝く刀身はゾンビの肩口に食い込む。
剣を引き抜き、次の攻撃に備えようとしたところに、予想外の反応速度でゾンビが反撃してきた。どうにか剣でその攻撃を防ぐ。魔力が付与された剣同士がぶつかり、火花が散った。
しかし、返す刃が左腕を浅く掠めた。それは魔力により切れ味が倍加されていたため、浅く見えたようでざっくりとマリィべレスの腕を裂いていた。器用さや敏捷性が元の半分になっているにも関わらずこの反応、元はマリィベレスも及ばないような戦士だったに違いない。
「ぐっ・・・・・・この程度で!」
「ラーダよ、その大いなる腕を広げ、傷を負いし者に癒しを・・・・・・」
すかさず、アリスローザが癒しの奇跡でフォローする。
一方、三人娘は巧みな連携で、二体のゾンビを捌いていた。
「たぁぁぁっ!」
「りゃーっ!」
魔力の光を纏ったミトゥとユーニスの二つの剣が、前後からゾンビを挟みうちにする。
「ユーニスっ、後ろだ!」
「万物の根源たるマナよ! 敵を討つ力となれ!」
アルファーンズの声に反応し、小楯でその攻撃を受け流し、ディーナの魔法による援護射撃がゾンビの頭を打つ。
「ぬかるなっ、例に違わずブアウも相当タフだ、右から次が来るっ!」
ゾンビ一体一体がそれなりの腕を備えているが、気を配りきれないところは後ろのアルファーンズが的確に戦況を伝えてくれる。それと培われた勘とを駆使して、ミトゥとユーニスは絶妙なコンビネーションで少しずつ、正確にダメージを与えていく。
だが、時間が経つごとに疲労は積もり剣が鈍くなってくる。それはマリィベレスやアリスローザたちも同じことだった。こうなると、疲れを知らないゾンビが優勢になってくる。
「・・・・・・まずいな。何か、何か手はねーのかっ・・・・・・」
せわしなく戦場全てに視線をめぐらせ、最良の作戦を考える。疲れて重たい体に鞭打ち、剣を振るい続けるミトゥとユーニス。すでに精神力の限界が来て、倒れそうな体を杖で支えるディーナ。決して疲れを顔に出さないが、明らかに最初よりも反応が遅くなりつつあるマリィべレス。奇跡が打ち止めなのか、首飾りのようにぶら下げていた魔晶石に手を伸ばしているアリスローザ。
そして、アルファーンズの眼が、小器用にゾンビに立ち回るリッシュと、腕を組んだまま戦況を眺めているクラレンスに止まった。いつぞやにリッシュと冒険したときのこと、彼の得意な精霊が何かを教えてもらったことを思い出した。いつぞやに師匠にゴブリンの群れに放り込まれたとき、ゴブリンたちにとどめを指した彼女の魔法とその威力を思い出した。
「そうだ、この手ならあるいは一網打尽に・・・・・・リッシュ! 全部のゾンビに《足掴み》だ、気力が足りないなら母さんの魔晶石を使え、特大サイズだぜ! 気合入れてかけろよ!」
魔晶石を首から外したアリスローザが、アルファーンズの言葉が終わるなりそれをリッシュに向かって放り投げた。手を伸ばしそれをキャッチするリッシュ。最大級のものとはいえないが、純度も高くそれなりの上物だと分かるそれを握り締め、精神を集中させる。
「わかったが・・・・・・勝算はあるんだろうな! 我が友たる大地の精霊よ、その頑強なる腕で彼の者らを束縛せよ!」
「無論だ! 失敗するんじゃねーぞ!」
ここは遺跡であると同時に、地下迷宮である。床は石で補強されているが壁は地肌が露出していた。
詠唱が終わると同時に大きな魔晶石が砕ける。そしてリッシュの精霊語に答え、壁から頑丈な腕が何本も伸びてゾンビたちの足をがっしりと掴んだ。大粒の魔晶石丸々一個を使い潰しただけあって、完全な効果で威力は発揮された。
「よしっ、全員できるだけゾンビから離れろ! 早くだ!」
「え、でも動けないからチャンスじゃ・・・・・・」
ミトゥとユーニスは意外そうな顔をするが、
「良いからさっさと戻ってきやがれ!」
アルファーンズの怒声と、マリィベレスたちが撤退しているのを見て慌てて後に続く。
「師匠、あとは頼んだぜ! 全力で例の『あれ』をぶち込んでくれ!」
「あまり攻撃魔法は好きじゃないんだけれどね・・・・・・」
苦笑を浮かべ、指輪をはめた手を翳す。アルファーンズがぼそっと、「嘘付け」と呟いているがこの際それは無視して、詠唱を始める。今まで以上に複雑な印を描き、長い詠唱を寸分間違わず紡ぎだしていく。
「万物の根源たるマナよ! 凍てつく白き嵐となって吹き荒れよ!」
呪文を締めくくり、指輪をどうにか《足掴み》の拘束から逃れようともがくゾンビに向けて突き出す。
「Blizzard!」
ゾンビを中心に白い嵐が巻き起こる。氷のつぶてがゾンビたちを打ちのめす。
「うっひゃー!」
最後に通路に戻ってきたミトゥの背後ぎりぎりで嵐は途切れたが、髪が少し凍ったような気がした。本来ならば軽く部屋中に嵐を発生させることが出来たのだが、念のためにゾンビ全てが入るぎりぎりの効果範囲に魔法を縮小させたクラレンスの機転が功を奏した。
パキパキとゾンビが凍りつく音が聞こえてくる。
程なくして氷の嵐がやむと、体中に霜を降らせたゾンビが彫像のように突っ立っていた。ある者は氷のつぶてによっていくつも穴を穿たれていたり。ある者は完全に凍りついた頭が首でぽっきりと折れていたり。
「す・・・・・・凄いなぁ、魔法って・・・・・・」
「わ、わたしも師匠って呼びたくなってしまいますっ」
興奮したように目を輝かせるディーナ。
「これを見ると、師匠は伊達じゃないってつくづく思わされるな・・・・・・」
その絶大な威力に開いた口がふさがらない様子で、部屋に戻ってゾンビを観察する三人娘。改めて――以前以上に威力を上げていたクラレンスの魔法を目の当たりにしたアルファーンズも相当驚いている。続いて、マリィベレスとアリスローザも部屋に再び戻ってくる。
「立ったまま倒しちゃうなんて・・・・・・なんてゆーか、凄い」
立ったまま凍りつくゾンビをこんこんと手で叩いてみてから、言葉では表現しきれないかのようにミトゥはしんみりと呟いた。
「とりあえず、これでやっと終わったね。キマイラより強かったかも」
苦笑し、剣を鞘に収めるミトゥ。だが、そこでクラレンスも予測していなかった事態が起こった。急にそのゾンビが活動を再開させ、鞘を収め後ろを向いたミトゥに向かって剣を振り上げたのだった。ダメージは大きいらしく、ぎこちない動きだったがミトゥの不意を付くには十分だった。
「あっ、ミトゥさん後ろ!」
「くそっ、間に合わんッ・・・・・・ミトゥっ!」
丁度そちらに視線をやっていたディーナとアルファーンズがそれに気付き声を張り上げる。同時に、ディーナはとっさに杖を振りかざし短く呪文を唱え、アルファーンズは脇にどけておいた槍を掴んだ。
「ブライト・ブリット・ブライト・ディストリート!」
「伏せろッ、ミトゥ! だあああッ!」
とっさの呪文にしては、上出来だと思った。《光の矢》が驚きに目を見開きながらも、とっさに伏せたミトゥの頭上を掠めて飛び、ゾンビの腕に炸裂する。その一撃でわずかにぶれた剣の狙いが逸れて、刃はミトゥの肩に当たって硬革鎧の肩当を深く切り裂いた。
「くぅっ・・・・・・」
だが、それ以上深く剣が食い込むことは無かった。アルファーンズが全力で投擲した槍が、物凄い勢いでゾンビの右胸に突き立ったのだ。その衝撃で凍り付いていた体が半壊し、剣を握った右腕も粉々に砕け散った。
「これで――最後っ!」
そして最後に、マリィベレスよりもアリスローザよりも早くユーニスが動いた。片手半剣を両手に構え、全力でそれを真一文字に振り下ろす。
「真っ向っ、唐竹割りっ!」
脳天から股までを真っ二つにされ、ばらばらに砕けながら、その一太刀で戦いに終止符が打たれた。
「出た・・・・・・アルの切り札」
「え、切り札って何のことですか?」
「さっきの槍投げのことです。オランに来てはじめての冒険でも使ったって聞いてますよ。リグさんとの訓練のときにも、あれで不意を打ったそうですよ」
「確かにあれは切り札ですね・・・・・・最悪、得物が駄目になりますし」
戦闘が終わって。アルファーンズがクラレンスたちと話をしている間、ユーニスとディーナはアルファーンズの槍を見て話していた。アルファーンズの槍の穂先は、投擲の際の衝撃で少しばかり欠けていた。前に遺跡で使ったときは、ガーゴイル相手だったために完膚なまでに砕け散っていた。まさに、切り札なのだ。
「ふぅ・・・・・・思わぬ誤算だったわね、まさか耐えるなんて思ってもみなかったわ。ミトゥちゃんには申し訳ないことをしちゃったわ。だけど、今のでいろんなことが確認できたわ」
ミトゥを見やり、頭を下げる。アリスローザの癒しの魔法で肩の傷は塞がってきている。鎧もすぐに修復できそうだった。
「い、いえそんな。ボクも油断してたわけですし、謝らなくても・・・・・・」
慌てて立ち上がり手をぶんぶん振って――痛みに撃沈する。
「無理するな。とりあえず無事で良かったぜ。それより、師匠。確認できたって?」
ミトゥをその場に座らせて、アルファーンズはクラレンスに問いかけた。
「まず一つは、恥ずかしながらわたしがまだまだ驕っていたということね。絶対の自信をもっていたんだけれど、所詮はこんなもの。改めて魔法は万能じゃないって痛感したわ。腕が上がると、忘れがちになるって本当ね」
そういって自嘲気味に微笑むクラレンス。
「そして二つ目は、アル君の状況判断力もイイ線行ってるけれど、それ以上にあなた達の結束の強さよ。ミトゥちゃんのピンチの時の絶妙なコンビネーション。一人一人が的確に行動してたわ。正直、何年もずっと冒険してきたわたしたち以上の結束力だった」
ユーニスとディーナにもにこりと微笑みかける。
「そんな・・・・・・わたしたちはミトゥさんを護りたかったから当たり前のことをしたまでで」
「うふふ・・・・・・そういう強い気持ちが大切なのよ」
クラレンスは再度微笑み、視線をアルファーンズへと移した。
「そうそう、忘れてた。マリィ?」
「そうだな、アルファーンズ・・・・・・合格だ」
沈黙を保っていたマリィベレスは、クラレンスに促され短くアルファーンズに告げた。唐突な物言いにアルファーンズは呆けているが、構わず続ける。
「我もあそこでお前は挫折するだろうとは思わなかったが、正直あれほどまでに立ち直って、しかも正確に戦況を把握し指示出来るとは思わんかったぞ。まだまだ荒削りではあるが、合格と認めて良いだろうて」
そして、にこりと微笑む。アルファーンズも滅多に見たことのない、本心から笑っている顔だった。
「知識の方でも、合格点をあげるわ。口上に無駄が多いけれど、確かに魔物のことを把握しているしね。何より、最良の作戦を瞬時に導き出したのは、ハナマルをあげる。指示の仕方もやっぱり良い線いってたしね。後はもっと纏める力を身につければ、パーフェクトね」
クラレンスもにっこりと笑い、アルファーンズの肩に手を置いた。
「もっとも、これで満足するでないぞ。戦士に限らず、現状を維持しそして向上するためには日々の鍛練が欠かせぬものだ。精進せぇ」
それからマリィベレスはふと、ミトゥとユーニスに向き直った。
「お主ら二人も、なかなかいい太刀筋だった。これからも修練を積み続ければ、アルファーンズなどよりもずっと将来、期待できるぞ」
「え、あ・・・・・・ありがとうございます」
「なんか照れますね・・・・・・頑張ります」
クラレンスもディーナに微笑みかけながら、
「ディーナちゃんの魔法も惚れ惚れするほど綺麗だったわ。タイミングも最高だったしね」
「そんな、クラレンス師匠・・・・・・あ、クラレンスさんの魔法には敵いませんよ」
急に自分の評価をされ、満更でもない様子の三人だったが、
「あ、俺よりもって・・・・・・お前が素直に俺を褒めるとは思わなかったぜ」
「ほう。ならば言わせて貰おうではないか。お前が最後に使ったあれだが、好ましい戦術とは言えん。ここはまだ遺跡の中腹だ、得物を駄目にしてどうする。まぁ今回は、お前たちはここまでだから結果的には問題はあまりないがな・・・・・・」
やれやれと言わんばかりに肩をすくめるマリィベレス。だが、その言葉の中に聞き捨てならない単語が含まれていたことに気付いたアルファーンズが声を張り上げた。
「ちょ、ちょっと待て。お前たちはここまで、ってどーゆー意味だ?」
「どういう意味も、そのまんま。お前のテストは無事に終わったことだし、さっさと帰れってことだ」
マリィベレスの代わりに答えたのは、リッシュ。
「でも、まだ扉はありますよ?」
ディーナも控えめに講義する。なんだかんだで、自分も遺跡の続きを見てみたいと思うあたりが魔術師である。
「ごめんなさいね・・・・・・でも、ここから先、私達が調べた限りではかなり危険になってくるんですよ。自分達の身を護るのに精一杯になって、貴方達を構っていられないのよ」
アリスローザが簡単に説明を始めた。この遺跡には、何もアルファーンズの査定をするためだけに来たのではない。クラレンスとアリスローザの調査の結果、本来目的である遺跡へ入るための鍵が、もうひとつこの遺跡の奥に眠っているという情報を得たのだ。
無論、信憑性があるかと聞かれれば、絶対ではない。
「それでも可能性にかけるのが、冒険者ってもんだろ」
リッシュがにやりと笑った。
「だから、お前たちはここで帰れ。道中の危険は、行程に関係ないものも含めすべて排除しながら来たのも、途中でお前たちを帰すためなのだ」
まだ何かを言おうとするアルファーンズが言葉を発する前にマリィベレスはぴしゃりとそれを遮った。
「だ、だけど・・・・・・師匠たちが言う危険なんだろ? ・・・・・・尋常な危険じゃねーじゃねーか」
「心配ないわ、あくまで可能性なんだから。でも、その万が一の危険を考えるとアルたちを連れて行くわけにはいかないの。もう子供じゃないんでしょ、我侭言わないで。ね?」
自分では子供扱いしていないつもりなのだろうが、完全に子供をあやすような言葉遣いだった。
「大丈夫よ、わたしたちはちゃんと帰ってくるわ。今までわたしが嘘ついたことなんてあった?」
「・・・・・・ありまくりじゃねーか・・・・・・・いででで!」
にっこりと笑ったクラレンスの顔がぴくりと引きつり、素早く伸ばされた両手がアルファーンズの両頬を引っ張る。手加減は無しだ。
「仕方ないわね・・・・・・じゃあ、これを預かっていてくれるかしら? 帰って来たら、返してもらいに行くから」
頬を引っ張っていた手を離し、頭において撫でてから、右手にはまった指輪――発動体ではなく、別の指輪だ――を外してアルファーンズの手に握らせた。
「・・・・・・こいつは?」
それは金の指輪だった。瞳に似た形にカットされたエメラルドが光っている。側面には下位古代語で“獅子の瞳”と彫られている。
「それより、みんなのも渡しておきましょう。そうすれば、みんなちゃんと帰ってくるって約束できるでしょ」
アルファーンズの疑問に答える前に、クラレンスに促されたアリスローザが、マリィベレスが、リッシュが、同じように右手の指にはめていた指輪を外し、それぞれミトゥ、ユーニス、ディーナに手渡した。
「わたしのは、ミトゥちゃんが預かっていてくださいね」
微笑むアリスローザからミトゥに渡されたのは、同じ金の指輪。はまっている宝石は、同じく瞳型をしていたが、サファイアだった。側面の文字は、“妖精の瞳”。
「では、我のはお主に頼むとしよう」
マリィベレスがユーニスに手渡したのは、瞳型のルビーがはまった金の指輪。同じく、側面に下位古代語で“魔狼の瞳”とある。
「じゃ、俺のは君に。大事に持っててくれよ」
リッシュはディーナの左手をとり、その薬指に指輪をはめた。金の指輪に他のと同じ瞳型をしたダイヤモンドだった。下位古代語の意味は、“鷹の瞳”。
勿論、急にこんなものを渡されては戸惑うしかない。
「あのこのようなものをいきなり渡されても・・・・・・」
「だから言っただろ、預けるだけだって。それは俺たちの友情、信頼の証みたいなもんなんだよ。だから、それを返してもらうまでは死ぬわけには行かない、と。目的があれば、死ぬ気になって帰らないとって思うだろ? あ、死ぬ気になったら駄目か」
リッシュが微笑みかけるが、何かを思い出したように左手の薬指から右手に指輪をはめなおしたディーナを見て小さくため息をついた。
「これはね、私達が見つけたとある遺跡へ入るための鍵でもあるのよ。まだいくつか足りないんだけれどね。その遺跡へ、いつかみんなで行きたかったんだけれどね。残りの鍵もそうだけど、遺跡自体がまだどこにあるかすら分からないのよ」
苦笑混じりにクラレンスが指輪について簡単に説明した。話のとおり、遺跡への扉を開くために鍵となるこの指輪――残り二つほど足りないらしいが――が必要になるらしい。
「それに、私たちの友情のしるしでもありますから。より強い友情で結ばれてる人たちが持っていたほうがふさわしいもの、ね?」
アリスローザが優しい笑みを浮かべ、それぞれの手に自分の手を重ね、指輪をぎゅっと握らせた。
「もし我らが帰らぬとも、我らの意思を引き継いだお前たちに遺跡を任せられるなら本望じゃて」
ぽつりとマリィベレスが呟く。一瞬にして、空気が張り詰めた。
「そ、それって・・・・・・」
「それって、形・・・・・・むご」
形見って意味じゃねーか。その言葉を言い終わらないうちに、クラレンスがアルファーンズの口を塞いでいた。
「わたしが、貸したもの返してもらわなかったこと、あった?」
「・・・・・・ない。《物品探知》の魔法使ってまでも、意地で取り返し・・・・・・いたたたた!」
またしても、言いかけたアルファーンズの両頬を問答無用で引っ張る。
「じゃあ信じなさい。それをもって、オランで待っていなさい。レックスに行く前に、一度顔を出すから」
アルファーンズの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、頬に軽く口付けする。
「アル、母さん行ってきますね」
「・・・・・・いってらっしゃい」
極めて普通を装い、挨拶を交わす。
「では、我も行って来る。息災でな」
「お前こそ」
こちらも、いつもどおり交わす言葉は少ないが、握り合った手から互いの想いが伝わってくる気がした。
「んじゃ、行ってくるわ」
「・・・・・・」
「って、何にもなしか!」
「ったりめーだ。さっさと行け」
「ったくよー。じゃあいってくるぜ、お嬢さんがた」
リッシュが三人娘を抱擁し、口付けしようとして――
『あ、お断りします』
素気無く断られた。代わりに、三人娘はアリスローザとクラレンスに抱擁され、軽く口付けされていた。
「・・・・・・悲しいな」
「何を今更」
だって男だから。
「行っちゃったね。良かったの?」
閉ざされた扉を見つめ、ミトゥがアルファーンズに訊ねた。
「ああ。師匠が行くって行ってるのに、それを止める権利は俺にはない」
「・・・・・・でも」
ユーニスが何か言いたげな表情をしているのを見て、アルファーンズは続けた。
「弟子の俺に出来るのは、師匠たちを信じてその帰りを待つことだ。心配はない。師匠たちは強い」
そのアルファーンズの声はきっと帰って来るだろうと確信していた。そして、三人娘も、アルファーンズほど長い付き合いではない、ほんのわずかな間の付き合いだったにも関わらず――きっと帰って来るだろうと確信できる気がした。
「ええ、そうですね。じゃあオランへ帰りましょうか」
「・・・・・・ああ。帰りの護衛もよろしく、な」
★ ★ ★ ★
オランについて早数日が過ぎた。そろそろクラレンスたちが戻ってきても良さそうなのだが、まったく音沙汰がない。 「・・・・・・遅いね、クラレンスさんたち」 「ああ」 「・・・・・・まさか」 沈黙が場を支配した。 「大丈夫です、あの人たちに限ってそんなことはありませんよ、きっと」 ディーナが沈黙を破るが、すぐにまた静けさが訪れる。差し込む陽光が、それぞれの指に輝く指輪の宝石に当たり乱反射する。 「ああ、問題ない。いつかけろっと帰って来る。生命力、ゴキブリ並みだから」 マグの果実水を一気にあおり、そっけなく答える。再度、沈黙が――訪れなかった。 「誰がゴキブリですって、アル君?」 「ぶはっ、クレアねえさ・・・・・・あだっ!」 果実水を吹き出し、さらに脳天に強烈な痛みが走った。 「師匠と呼びなさい。さておき、ただいま、アル君」 頭を押さえ、視線を上げると確かにそこには今しがたアルファーンズにグーパンチをぶちかましたクラレンスの姿があった。満身創痍であったが、割りと元気そうだ。 「し、ししょ・・・・・・おぐわっ!」 「クラレンスさん、心配したんですよっ」 「他のみなさんはどこに?」 「探していたものは見つかったんですか!?」 三人娘が、我先にとクラレンスに飛び掛り、質問攻めにする。その三人に押しつぶされ、アルファーンズはうめき声を上げて撃沈した。 「ええ、ちょっと魔神相手に手こずったけど、この通り。みんなは先にパダに行ってるわ。わたしだけ、あなたたちに報告しに来たのよ」 魔神という単語に騒然となる。アルファーンズはさすがにクラレンスたちといえど、魔神相手には苦戦するんだと思った。ディーナは、珍しい上に自分にとって未知なる力を持った魔神に出会い、そして打ち勝った事実に素直に驚き尊敬した。ミトゥとユーニスに至っては、魔神がどんなものかもよく分からず、ただ単語の響きとクラレンスの格好からある程度察して、驚いていた。 ただ、なんとなく直感的にだが。あの村を滅ぼしたのはその魔神とやらでは無いのか? そう思った。実はそれは、アルファーンズもディーナも、クラレンスもそうでは無いかと思っていたのだが、話題になることはなかった。 第一、村が滅びた原因の話なんて、していて面白い話であるはずがない。 「あ、そうだった。じゃあ指輪返さなきゃな。みんなの分は師匠が・・・・・・」 話を変えるように、アルファーンズは指輪に視線を落とした。 「ああ、あれね。いいのいいの、それは君たちが持ってて。前も言ったとおり、より絆が強い人同士が持っていたほうが絶対良いからね」 が、あっさりと受け取り拒否をするクラレンス。 「あー、いや。これを返すって約束だったし」 急に断られては、なんと言って良いのか思い浮かばない。助け舟を求めるようにミトゥたちを見るが、アルファーンズ以上にうろたえている。 そういえば、こういうことをいきなり言い出す人だった。アルファーンズは胸中で呟いた。 「いいのよ。それに、別に思いつきで言っているわけじゃないのよ?」 アルファーンズの思いを見透かしたようにそう言ってから、 「君のお母さんがね。今度のレックスを最後に引退するっていうからね・・・・・・私達の夢を、貴方達に託そうってことになったのよ。わたしたちは、四人一緒に叶えるつもりだったから。一人でも欠けたら、意味を成さなくなるのよ」 そういえば、アルファーンズが見た感じでもアリスローザは結構無理をしていた。半妖精であるクラレンスは年を感じさせることはないが、アリスローザは人間である。いくら見た目が二十代後半にしか見えなかろうと、怪しげな魔法の品物で夫の精気を吸って若返っているなどと噂されてても(無論、根も葉もない噂である)、子供も二人居る――もっともどちらも独立しているが――、結構いい年のおばさんなのだ。 現役で冒険者を続けるには、そろそろ辛くなってきているだろう。 「だから、その指輪は貴方達にあげるわ。みんなの了承も取ってあるしね。勿論、これは強制じゃないわ。貴方達の人生は貴方達自身が決めるもの。無理にその遺跡に挑むこともしなくていいし、必ずこの面子で行く必要も無いわ。指輪は譲渡したんだし、売ろうとそれは個人の勝手だから」 にこりと笑い、差し出されていた指輪をそのまま各人の手に握らせた。 「それじゃあ、あとは自分達の好きなようにしてね。わたしはそろそろ戻らなきゃならないから。みんなも待ちくたびれてるでしょうしね」 一人一人の手をとり、軽く握手してから立ち上がって出口へ向かうクラレンス。 「師匠」 アルファーンズが呼び止めた。ぴたりと足を止め、振り返るクラレンス。 「なぁに?」 「・・・・・・いろいろ、ありがとうございました」 深々と頭を下げる。珍しく真摯な態度で。 「うふふ・・・・・・師匠だから当然のことよ。あ、師弟といえば。課題じゃないけど、何冊か書物持ってきてあげたから、ここの店主さんに渡してあるからやっておくのよ。役に立つから」 一気にしんみりとした雰囲気が壊された。 「って人がせっかく真面目にやってのに! 真面目にやれよ。ったく、クレア姉さんはやっぱり相変わらずだ・・・・・・いたたたっ!」 「人前ではちゃんと師匠って呼びなさい」 「何言ってんだ、すっかり地丸出しの癖に・・・・・・いだだだ!」 一部始終を黙って見ていた三人娘は思った。
なんというか。この師匠にしてこの弟子ありだな、と。 |