チャ・ザ大祭。オランで毎年、八の月第一週の週末から四日間行われる非常に大きな祭りである。通称、夏祭り。
今年も、気付けばそんな時期がやって来ていた。
「やっほー。お祭り行く前からなに腐ってるの?」 定宿の流星の集い亭で、ぼーっと外の人の流れを見ていたアルファーンズに声がかかった。顔を声のした方向に向けると、そこには三人の娘が立っていた。 「お待たせしましたーっ」 「ごめんね、思ったより時間かかっちゃった」 声をかけた順に、ミトゥ、ディーナ、ユーニスである。揃いも揃って、オランではあまり見たことの無い、ゆったりとした感じの服――アルファーンズの記憶が確かなら、どこぞの高級な服や、他国の珍しい服を扱う店で見たような気がした――に身を包んでいた。 「遅い。かなり待った。強いて言うならエール三杯分くらい」 不機嫌な様子で、自分の前のジョッキを指差した。待っている間に、エール三杯飲んだと言いたいらしい。それから、思い出したように三人の着ている服を指差し、 「どーしたんだ、それ?」 「ああ、これね。これはムディールのお祭りの時に着る服なんだって」 白一色に、小さな模様のついたのそれ着たミトゥが、その場でくるりと回ってみせる。淡褐色の肌になかなか合っていて、良い感じである。 「ユーニスさんが、前に知り合いの方に簡単な作り方を教わったらしくて、縫ってくれたんです」 ディーナのそれも、大人しめの淡い桃色が彼女の雰囲気に合っている。 「さすがに、生地はオラン産のだけど、雰囲気だけは伝わってくるでしょ?」 ムディール産の布は、良質でどこの国でも人気の品である。三人分も買ったら、いくらになるか想像も付かなかった。だが、オラン産の生地で作ってあるといっても、出来栄えは素晴らしかった。 ユーニスのそれは、薄めの青い生地を使ったものだった。なんというか、そのゆったりとした外観が彼女の発達した筋肉を覆い隠していて、いつもの倍以上も女らしくて可愛げがあった。失礼なことながら。
これで、(フレイルの柄がちらちらと見え隠れしている)藤籠さえ持っていなければ、と思ったのはアルファーンズだけではないだろう。 「へー。仕立てが出来るって言ってたけど・・・・・・なるほど、これは」 三人を順々に眺め、感慨深く頷いている。素人作品ではあったが完成度は高く、不器用で、服のセンスが悪いアルファーンズには到底作り出すことは不可能な代物だった。 「えへへー、実はアルの分もあるんだよ」 そういって、持って来ていたもう一着のそれをアルファーンズに差し出した。白地に赤い柄が目立つものだ。 「俺も着るのか・・・・・・これを?」 「うん。ほら、サイズもぴったり」 アルファーンズの背中にそれを当ててみて、満面に笑みを浮かべるユーニス。 「アルファ、ボクね。さすがにお祭りの時までそのカッコってゆーのはどうかと思うよ?」 ミトゥは哀れむような訝しむような視線でアルファーンズのローブを見た。彼が今日着ているローブは、いささか独創的なデザインをしているものの、はっきりいって華やかでない。華やかな三人に混じると、異彩を放つだろうと容易に想像が付く。 「そうです、それにせっかくユーニスさんが作ってくれたんですから。ここは覚悟を決めて着てください」 ディーナまでもがそれを持ってずずいとにじり寄ってくる。普通の服は似合わないからとここしばらくローブ以外を着ていなかったアルファーンズ。ローブ以外の服など久々、しかもこのような他国の服を着るなど、これまでもこれからも無いと思っていた。 だって、似合わないだろうから。 しかし、せっかくの女の子の好意を無下に出来ない性分でもあった。だって男だから。 「わーった、わーった。しかし、こんなもん着たことねーし・・・・・・どうやるんだ?」 服を受け取り困惑する。無論、ユーニスたちも失念していたのだろう。ちなみにユーニスたちは、この服の作り方を教わった人に着せてもらった。 その人に着付けの仕方を簡単に習っていたとはいえ、約二名がオラン・オブ・オランという天然ボケの称号を(一部から)授かっているとはいえ、さすがに男の着替えを手伝うほど無神経ではなかった。それに、覚えているかの自信も無い。 しかし解決法は思わぬところからやってきた。 「・・・・・・こっちへ来い」 「ま、マスター?」 いつの間にか背後に、ぬっと現れたのは、寡黙な流星亭のマスター、ヴェーダだった。問答無用でアルファーンズの手を引き、奥の部屋へと連れて行く。なんとなくその状態にデジャヴを覚えながらも、大人しく引っ張られていくアルファーンズ。 数分後。きちんと着付けを終えたアルファーンズが出てきた。やはり少々派手ではあったが、意外と似合っている。 「へー。案外似合うじゃん」 「ええ、とっても似合ってますよ!」 「うん、何か夏祭りではしゃぐ子供みたいに」 最後のは褒め言葉なのかどうか分からなかった。きっと、他意はないのだろうが。 「それは兎も角。着てやったし、さっさと行くぞ、これから混み出すし」 ローブ以外の服に多少戸惑いつつも、服に合わないブーツもしっかりサンダルに履き替えたアルファーンズが立ち上がって出口へ向かう。なんだかんだで、見かけにはこだわるのだ。 「うん。じゃ、しゅっぱーつ」 はつらつと外へ出て行くが、みんなの頭の隅に同じ疑問があった。 なんでムディールと縁が無い流星亭のマスターが着付けの仕方を知っていたのだろう、と。
一方そのころ。オラン某所。 「・・・・・・だりぃ」 金髪の半妖精は、自宅で寝ていた。
「わぁっ、凄いです、凄いです! みなさん、これ美味しいですよ!」 祭りのメインストリート。常時の数倍に膨れ上った露店が、大通りの両端に所狭しと軒を連ねていた。普段では見られない、珍しい菓子を扱っている店も多い。それどころか、木彫りの仮面を売る店もあれば、魔法の剣と称した怪しげな剣を並べる露店まで、扱う品物は多種多様だ。 ディーナそんな店の数々にいちいち驚嘆し、菓子や料理に舌鼓を売った。きっと故郷の村では、このような賑やかな祭りは無かったのだろうし、珍しい菓子も目にかかったことは無いのだろう。見ていて、微笑ましい。 「わかったからそんなにはしゃぐな。前見て歩かないと、人にぶつかるし迷子になるぞ」 まるで子供をあやすような口調でアルファーンズは言った。言ってる本人も子供に見えるあたりが悲しい。 「おじさーん、これとこれと、あとこれもね!」 「・・・・・・すごい食べるお客も多いよね」 横から聞こえてきた注文に苦笑するユーニス。まぁぶっちゃけて言うと、自分達と同行している唯一の男も、よく食べている。ただ、甘いものが苦手なのか菓子は控えていたが。 「じゃあボクもなんか食べようかな」 ミトゥが露店の前に立ったところで、今しがた注文を終え、金を払い手に山ほどの菓子を抱えた少女とぶつかってしまった。 「わっ」 「あっ、ごめんなさい!」 菓子は死守できたが、どさっとカバンを取り落とす少女。傍にいたアルファーンズがそれを拾い手渡す。 「大丈夫か? ・・・・・・ってミーナか」 「ごめんなさい、前ちゃんと見てなくて・・・・・・あれ。アルファーンズさん?」 その少女――ミーナとは面識があった。それどころか、一緒に仕事をしたこともある。もちろん、アルファーンズ同様外見からは想像は付かないが彼女も冒険者である。 「ってことはもしかして・・・・・・」 「おーい、ミーナ。気をつけるんだぞ!」 ミトゥが呟いたところで、声が近づいてきた。さがさずとも、すぐに分かる。身長が高いため、人ごみから頭一つ突き出た女。リグベイルだ。 「あ、リグさん。こっちこっち」 「まったく、探したぞ。・・・・・・何だ、アルにミトゥにユーニスにディーナじゃないか。大所帯だな」 ミーナの無事を確認すると、見知った四人にそれぞれ軽く挨拶をするリグベイル。 「ん。まぁ、ちょっと四人で祭りをな。そっちも二人で?」 「ああ、そうだ。それにしても・・・・・・みんな可愛い格好じゃないか」 四人の服装を見て、にんまりと笑うリグベイル。 「ちょっとまて、俺もか!?」 わめき散らすアルファーンズを、軽くスルーするリグベイル。 「えへへー、そうですか? わたしが作ったんですよ。リグさんの分も作ろうと思ったんですけど、時間が無くて・・・・・・」 ユーニスが苦笑を浮かべると、慌てて両手を振るリグベイル。 「いや、私には似合わんよ。好意はありがたいが、遠慮しておく」 「そうですか? 似合うと思うんですけれどね・・・・・・。では、今年は諦めますから来年は是非にでも」 にっこりと笑うユーニス。どうしてもリグベイルに着せたいらしい。 「はは・・・・・・じゃ、じゃあ来年は頼むよ」 「リグさん、リグさん。そろそろ始っちゃうよ?」 曖昧に微笑んだところで、くいくいとミーナがリグベイルの裾を引っ張った。 「ああ、そうだった。じゃあ私たちはこれで失礼するよ。今からはじまる劇を見に行く予定だったのでな」 「あ、劇の席取れたんだね。ボクたちは取れなかったんだ・・・・・・じゃ、せっかくのお楽しみに遅れさせちゃ悪いし、ボクたちも行くね」 その一言に、ミーナが不意にアルファーンズに視線をやる。彼は、人差し指を口元にあてて、「しゃらっぷ!」と声を出さずに口を動かしている。 「みんなに言ってなかったの、アルファーンズさん?」 「言ってない。枚数が足りねーのに言ってもしゃーねーしな」 何を隠そう、リグベイルたちが持っている入場券こそ、アルファーンズからミーナの手に渡ったものだった。アルファーンズが人から貰ったものだったのだが、枚数が二枚しかなく、ミトゥたちに話すこともなくミーナに譲ったのだ。 「駄目だよ、貰ったことはちゃんと伝えなきゃ・・・・・・もごご」 ミーナの言葉がくぐもった。後ろからリグベイルが口を押さえたのだ。 「まぁ、ここはアルの好意に甘えようじゃないか。悪いな、いつか礼はするよ。後ろの三人も含めてな」 リグベイルが言い聞かせると、ミーナも不承不承ながらにも同意したらしく、それ以上入場券について語ろうとしなかった。 「ともかく、楽しんでこいよ」 「ああ。そちらも楽しんでくれ。また会ったら、次は一緒するよ。さぁ、行こうミーナ」 「うん。じゃあみんなまたね」 片手を上げ、両手をぶんぶんと振って二人は人ごみに消えていった。最後に四人の目に映ったリグベイルの姿、それは――。 「あの大量のお菓子・・・・・・」 「リグベイルさんが食べるみたいですね・・・・・・」 ミーナが買っていた菓子を、美味そうに食べる姿だった。
一方そのころ。オラン某所。 「ねー、ラスー! お祭り行こうよ!」 「・・・・・・うるせぇぞ。ファントー、お前昨日ユーニスと行ったんじゃねぇのか」 「行ったけど、お祭りはまだまだこれからだよ!」 「うるせぇ、黙れ」 金髪の半妖精は、弟子によって起こされた。そして、その弟子目掛けて枕を投げつけた。寝起きとは思えないほど、正確に。 祭りのテンションに感化された弟子は、師の寝起きの悪さも忘れるほどうかれていた。
祭りが賑わいを見せる頃。広場では、会場が設営されて様々な催し物が開催されていた。 とある会場では、武術大会が。 「とあーっ、ロビンアターック!」 「そこまで、一本! ロビン!」 木剣同士が打ち合う激しい剣戟の音や、威勢のいい掛け声が聞こえてきたり。 とある会場では、ダーツ大会が。 「あんたがリックさね? 噂はかねがね聞いてるさね。できれば、決勝まで勝ち進んで勝負したいものさね」 「・・・・・・どんな噂かわかったもんじゃねぇけど。もしそうなったら、正々堂々やろうじゃねぇか」 視線と視線が静かにぶつかる。集中力が勝敗を決するため、参加するほうも見ているほうも静かに進行している。
とある会場では、美男美女大会が。 「はーい、えんとりーなんばー十二番―、レイシアとスピカでーす!」 「・・・・・・嫌ですわぁぁぁぁ・・・もごもご」 美女のペアが登場して場が盛り上がるが、片方は乗り気でないらしく片方に口を押さえられていたり。 そして、アルファーンズが最も興味を示したのは言うまでも無く・・・・・・。 「アルファ、行ってくれば?」 「うん、応援するよ?」 「わたしたちに構わず、どうぞ行ってきてください! 一生懸命応援しますから」 大食い大会。どうしても、その会場前で足を止めてしまう自分が悲しかった。食欲魔神のサガだった。 「でも、な・・・・・・せっかくみんなで回ってるんだし」 珍しく殊勝な態度のアルファーンズ。しかし、うずうずしているのは隠し切れない。 「いいのいいの。もし優勝か入賞すれば、賞金でおごってもらうから」 「そういう魂胆かよ!」 「嫌だなぁアルったら。それしかないじゃない」 「期待してますっ」 にこやかに笑うユーニスとディーナ。ミトゥはともかく、この二人に悪意が無いのが何よりも痛い。 「わかったよ、じゃあしっかり応援しろよ。飛び入り歓迎みたいだし」 袖をまくり気合を入れ、ずかずかと会場に近づくアルファーンズ。 「やーやー、あいやしばらく! その勝負ちょーっと待ったー! この俺様を参加させずして大食い大会が始まるかっつーんだ!」 無意味にえばった上に芝居がかった長広舌をふるいつつ、会場に踏み込んだ。 「あ、アルにーちゃん!」 「おう、キア。やっぱり今年も参加か」 「勿論なん。おいらが参加せずして、大会は始まらんのよ」 何か、アルファーンズと同じようなことを言って無い胸を張る草原妖精のキア。なりは小さいがその食欲は底を知らず、オラン中の飯屋に知れ渡っている草原妖精なのだ。 「おーっと、ここで飛び入り参加・・・・・・しかもあの金髪の低い身長の少年は去年の大会で見事四位を獲得した猛者ですっ、草原妖精の娘さんと並んでの優勝候補です!」 司会のお兄さんが声を張り上げる。精霊魔法の《風の声》を使っているのではと思うほど、よく通る声で。もしかしたら、本当に使っているのかもしれない。 「低い身長は余計だ!」 そんなこんなで、大食い大会の火蓋は切って落とされた。
日も沈みかける夕暮れ時。オランの一角にその屋敷はあった。 ウィンドグレイス邸宅。ウィンドグレイス卿というオランの周辺にささやかな領地を持つ、文武両道で心優しき若い貴族の屋敷である。領民に慕われる、優良貴族というやつである。卿が主催するダンスパーティが、このウィンドグレイス邸宅で行われているのだ。 「あの、レイシア? 少しばかりそのドレスは派手だと思うんですけれど・・・・・・」 「いいのいいの。それにスピカがお洒落して行こうって言ったんじゃない」 「お洒落というレベルで無いような気がしますが・・・・・・卿も、大層驚いてましたわよ?」 「あははー。顔真っ赤にしちゃって、可愛かったよね」 「貴族をからかうものではありませんわ」 会場である邸宅の庭で、そんな会話をしている二人連れがいた。純白の大人しめのドレスに身を包んだ、清楚なイメージを周囲に振りまく娘はスピカ。真紅の胸元が大胆に開いた、裾丈も短めのドレス。スピカとは逆に色気を振りまく娘、レイシアの二人だ。 スピカは以前から卿に面識があったらしく、ペアの招待券を数枚直々に貰っていたのだ。レイシアは、スピカの知りうる全ての男を差し置いて、ペアの相手に選ばれたわけだ。 一方、庭の隅では一人の男が酒を飲んで料理に舌鼓を打っていた。 「あんま豪勢な料理には見えないが・・・・・・こりゃ美味い。酒もいけるし」 リディアスである。スピカに招待券を貰ってきたのだが、ダンスには参加せずにずっと料理を食べていた。出来るだけそれなりの格好をしてきたのだが、やはり性に合わないらしい。卿の知り合いの冒険者も多数出席していたが、ついつい俺が居てもいいものか? と思ってしまうのだ。 「リディ、踊ろう!」 不意に、リディアスの手が引かれた。彼のペア招待券で一緒に来た、ネリーだ。 「うお・・・・・・俺は踊りは」 「いいからいいから」 ネリーは楽曲のセンスも然ることながら、踊りのセンスも良かった。リズム感がいいのだ。リディアスもぎこちなく振り回されながらも、一応形にはなっている。 そんな踊りの輪の中に、スピカとレイシアの姿もあった。どちらもスタイルは抜群の美女である。控えめな奥ゆかしさと派手な艶やかさも相成って、周囲の視線を集めている。 「うふふ・・・・・・レイシア、そこでターンですわ」 「おお・・・・・・っとと。結構難しいね」 「そんなことありませんよ、とてもお上手ですわ」 にっこりと笑い、リードするスピカ。慣れない社交的なダンスに戸惑いつつも魅惑的(というか、扇情的だった)に舞うレイシア。 惚れ惚れするような光景だったが・・・・・・女二人で踊っているというのが、やっぱり異彩を放っていた。 でもしょうがない。レイシアは男と踊っても良かったのだが、スピカは近づいてきた以外の男の誘いを全て丁重に断ってしまうような人だったから。ただ一人、ウィンドグレイス卿を除いては。
巡り巡って、こちらはアルファーンズら四人組。未だ、様々な企画が続く広場の屋台で、軽い夕食を買って食べていた。三人で。 アルファーンズはムディール料理である麺を、ミトゥは串に刺して豪快に焼いた牛串を、ユーニスは野菜や肉やらをしこたまぶち込み焼き上げた、ピッツァのような料理を、半ば現実逃避するかのような微妙な表情を浮かべ、美味そうにほおばっていた。 ディーナはというと・・・・・・。
「おーっ、いえーいっ、わーおっ! ぱらららっ!」 歌っていた。詩人達のど真ん中で。顔を赤く染めて。普段では見られないようなテンションで。高らかに。ノリノリで。よく分からない歌詞を、古代語で。シャウトしていた。最も、発音だけは大したものだった。伊達に魔術師をやっているわけではない。 アルファーンズが食事を注文しているわずかな隙に、露店で酒を注文してしまったのだ。それだけならまだ良かった。彼女は特別、酒に弱いというわけではないのだから。 周りが囃し立て、ディーナに一気飲みさせたのがまずかった。ディーナはどうやら、一気飲みをすると普段では酔わないような弱い酒一杯でも、簡単に酔いつぶれる性質らしいのだ。無論、ディーナが悪酔いすることなど知らなかったミトゥとユーニスは、その一気飲みの勇姿を見て、ぱちぱちと拍手を送っていたりした。 「ディーナって、ディーナって・・・・・・」 酒が人間の精神に及ぼす影響、とかそんな感じの表題の状態なディーナを見て、ミトゥはぶつぶつと呟く。今、止めに入ったら明らかに引き込まれそうだった。 「・・・・・・ま、気が済んだら戻ってくるさ。自我はないけど、思考能力はあるから」 呟き、アルファーンズもずるずると麺をすすった。この中で一番、酒乱状態のディーナに詳しい――厳密に言えば、被害にあっている――のも彼だ。迂闊に手だし出来ないことも、その対処法も少しだけなら心得ていた。即ち手だししない方が良い、触らぬ神に祟りなし、ということである。 「あいむ、あ、そーるめーん! ふーっ、わーおっ!」 未だノリノリで歌うディーナ。そのハイテンションがか、可憐な容姿で激しくシャウトする一面が受けてか、詩人達には意外と好評だったりする。 「いいぞ、歌え歌えー! そしてついでに俺の曲も聴けーっ!」 「だーりんやれ〜! きゃー、かっこいいー!」 「・・・・・・恥ずかしいぞ、少しは黙ったらどうだ?」 傍で聞いていた草原妖精がリュートをかき鳴らし、ディーナの歌に合わせた曲を奏でる。一緒に居た女の草原妖精ははやし立て、もう一人の男の草原妖精は草原妖精らしからぬクールなツッコミを入れる。 「ふふ・・・・・・人の子の感性はよく分からぬが・・・・・・楽しげで良いな」 「そうね。私にもよく分からない歌だけど」 静かに曲を引き、歌を紡いでいた森妖精の娘と、一緒にいた黒髪の娘が小さく微笑する。 しばらくノリノリで歌ったディーナが、満足したのかどーもどーもと礼をしながらアルファーンズたちのところへ帰ってきた。 「いやー、楽しいですねっ、お祭りって。みなさん楽しい方ですし」 けらけらと笑って、詩人達を見る。ディーナ相手のテンションのままなので、歌っている歌はどれも賑やかなものばかりだ。 「それより、ほれ、いい加減次に行くぞ」 ディーナを後ろからがっちりと拘束するアルファーンズ。 「もーっ、アルさんったらえっちなんだからー!」 じたばたと暴れ、人聞きの悪いことをのたまるが知ったこっちゃ無い。こうでもしないと、先に進めない。 「ミトゥさーん、助けてくださーい。アルさんがミトゥさんを差し置いてわたしにえっちなことをー」 「人聞き悪いことでっけー声でゆーんじゃねー!」 「って、なんでボクを差し置いて、なのさ!?」 同時に声を張り上げるアルファーンズとミトゥ。しかも、こういうときのコンビネーションは抜群だった。まだ何かを叫ぼうとするディーナの口をミトゥが塞ぎ、アルファーンズが拘束したまま歩き出す。 「なんだかんだで、相棒なんだよね、あの二人」 てきぱきした二人(正確には、三人)のあとをユーニスが追う。 「あれ。ユーニスじゃん」 不意に、後ろから声を掛けられた。ユーニスが振り返ると、そこには見知った顔がいくつかあった。 「あ、ラスさんにファントー」 だるそうな顔の半妖精に、昨日自分と一緒に祭りを回った少年が顔をそろえていた。 「ユーニス、今日は一人?」
ファントーがきょろきょろしながら尋ねる。ちなみに、両手にイカ焼きや焼き林檎を持っていて、後ろ頭に木彫りのお面が引っ掛けられている。なんというか、はっきりしなかったが、そのお面は有名な生きる伝説、リジャールの顔を模していた。いや、模しているように見えた、たぶん。 「ううん、今日はお友達と一緒に。ほら」 ユーニスの指差す先、ディーナを拘束したアルファーンズとミトゥがいた。アルファーンズもラスたちに気付き、 「お、ラスか。そっちは・・・・・・弟子だっけ?」 「あ、ども」 「もご、もごもご」 「・・・・・・・・・・・・あー、なんだ。拉致?」 暑さと人ごみで思うように回転しない頭で、とりあえず思いついた単語を言ってみた。ラスはなんとなく言ってみただけだが、まさに今の状況にぴったりな言葉だった。 「違う。ディーナが酔っ払ってて、ちょっと手が着けられない状況なんだ」 アルファーンズが言う。視線をミトゥに移すと、ミトゥもこくこくと頷いている。 「・・・・・・へぇ、あのディーナがね? ちょっと気になるかも」 「それは浅はかな考えだぞ。酔ってるディーナはそりゃもう、すごい。何が凄いって、脱ぎだす可能性すらあるけど、もう手が着けられないって単語で表現するしかないくらいに凄い。人の傷は平気で笑いながら殴るわ、商品だろうと壊しかねない物の扱いをするわ、いきなり歌を歌いだすわ・・・・・・」 いささか信じられない話もあったが、アルファーンズに至極真面目な表情で詰め寄られては、今のテンションでは反論できないラス。ミトゥもユーニスも、真面目にうんうんと同意している。本当なんだろう。 「わかったから、そんな顔近づけるな。気持ちわりぃ」 「うむ、というわけだ」 何故かえらそうにふんぞり返るアルファーンズ。 「・・・・・・付き合ってらんね。おい、さっさと行くぞ」 「うん、わかった。じゃあ、またね」 ぱたぱたと手を振って、のろのろと歩き出すラス。続いてファントーがユーニスに別れを告げて歩き出す。 「珍しいな。女三人もいるのに」 「・・・・・・そんな気分じゃねぇし。それに、変態と一緒に居たら伝染る」 アルファーンズの呟きに足をとめ、だるそうに答える。そのまま歩き去ろうとするが、その肩をアルファーンズががっしりと掴んだ。 「離せ。変態に用は無いぞ」 しっしと手を払うラス。アルファーンズは必要以上の爽やかな笑顔で、 「どこまで知ってる?」 「どこまでって? ドレス着て街中練り歩いたり、化粧までちゃんとしてたり、やってるときの名前がアルフィミィだったとかか?」 「だしゃああ!!」 アルファーンズは思わず叫んだ。胸中で思う、全部じゃねーか、と。 「ラスさん? 無駄に外で話したら駄目ですよ? それと言っとくけど、趣味でもなんでもないぞ、無理矢理にやらされたんだぞ?」 何故か敬語になり、言い訳するアルファーンズ。きっと弱みを掴まれているのだろう、例えば前夜祭の仮装行列のこととか。 「うぜぇからもう止めろ。わかった、言わないでやる」 かったるそうにアルファーンズを引き剥がすラス。笑顔になりかけたアルファーンズに、一言。 「ワイン。四八八年物、ルートヴィン」 高度な社会的取引が行われたのだった。
「はうー・・・・・・ごめんなさーい」 ようやくディーナの酔いが醒めたころ。四人はふらつくディーナを支えながら公園に向けて歩いていた。中央公園より少し離れたところにある、小さな公園だ。 「ま、たまには羽目を外すのもいいんじゃない?」 苦笑を浮かべたミトゥが、公園の入り口をくぐった。たまにじゃない、つい最近もあったなどと内心で思いつつ、アルファーンズもディーナを抱えてあとに続く。 「まぁ、今日はお祭りだし、無礼講だよ」 ほんの少しアルコールの入った赤い顔で、笑いながらユーニスが言った。 「ま、良いけどさ・・・・・・」 「おーい、こっちこっち」 公園の大木の根元から、一行を呼ぶ声が聞こえた。夜から宴会をやろうということになっていたのだ。灯りに照らされた女の子が手を振っている。 流星亭の看板娘、セシルだ。他にも、店主ヴェーダ、その妻ミーミル。流星亭に集る面々が顔をそろえていた。 「随分とお楽しみのようだな、アル」 怜悧な風貌の長身の男が不意に声をかけた。ぎょっとしてその男の姿を、ランタンの光で改めて確認するアルファーンズ。 「あ。ゼクスさん」 「久しいね、ミトゥ」 にっこりと微笑んだのは、アルファーンズの兄のゼクス。顔つきは兎も角、それ以外は似ても似つかないが、実兄弟である。 「兄貴も参加するのかよ、飲み会に?」 「悪いか?」 「・・・・・・別に」 出会えばいつも喧嘩ばかりの兄弟だったが、さすがに祭りの日まで喧嘩するほどではないようだ。ディーナを適当なところに座らせ、自分も座る。ミトゥとユーニスが座ったところで、飲み会が始まった。 「では、乾杯しましょうかぁ」 ほにゃほにゃっとグラスを掲げて、乾杯の音頭を取ったのはゼクスの同僚――ただし、年はかなり離れているが――、ラーダ神官のグレアムだ。隣に自慢の美人妻、リアンを連れてきている。この宴の席に出された料理も、リアンと流星亭の店員親子の合作だ。 「ではー」 『かんぱーい!』 かつん、かつんとグラス同士が打ち合わされ、宴会がはじまった。こんなときにも店員根性を見せるセシルが各々のグラスに酒やジュースを注いで行き、ヴェーダとミーミルが皿に料理を取り分けていく。 「わっ、アル、これ美味しいよ」 「んむ、さすがリアンさんだ。あ、ミトゥ、そのドレッシングとって」 目を輝かせていろんな料理に手を伸ばすユーニス。その皿からひょいぱくと摘まみ、アルファーンズはその味をしんみりと評価する。リアンは満更でもないようだ。 「はいはい。・・・・・・あ、これ美味しい。今度作ってみよ」 言われたとおりドレッシングを渡し、食べながらも興味を持ったレシピはきちんとチェックし、作り方を聞いておく。料理を覚えたミトゥは、食事中もたくましかった。 「グレアムさーん・・・・・・お酒、お代わりくださーい」 「おやおやぁ、そんなに飲んでは体に毒ですぅ」 再び、酒盛りの雰囲気のせいかほろ酔い気分になってきたディーナ。ディーナの酒乱を知らないとはいえ、そのグラスにジュースを注ぐ当たり、ほにゃほにゃしててもグレアムは思慮深かった。 「お。誰かと思えばみんなじゃないか」 「わ、楽しそうだね」 公園の騒ぎに惹かれたのか、いつの間にかリグベイルとミーナが居た。 「アルたちの知り合いか。せっかくだから、一緒にどうだい?」 ゼクスが、程よく赤く染まった顔で二人に席を勧めた。 「いいのか? なら、お邪魔しようか、ミーナ?」 「うん、リグさん。ありがとう!」 満面に笑みを浮かべ、ミーナが騒ぎの輪に加わった。リグベイルも、律儀に礼をしてから空いたところに座る。 「料理が足りなくなりそうね、あなた」 「・・・・・・大丈夫だろ、アルが控えればな」 にやりと笑い、アルファーンズを見るが――すでに聞いていない。アルファーンズは、リグベイルと飲み比べをはじめていた。やんややんやと無責任にはやし立てる観客をよそに、物凄いペースで勝負は続いていく。 「うわ・・・・・・なんの騒ぎかと思ったら、少年たちだったの?」 「まぁまぁ・・・・・・これはこれは、賑やかしいことですわね」 ほぼ同時に五杯目を飲み終えたとき、またしても声がかかった。一人はアルファーンズの知った顔、一人は知らない顔だった。 「おー、レイシア。楽しいぞ、一緒にどうだ?」 「確かに楽しそうだけどさ。一緒してもいいの?」 レイシアの言葉どおり、周りで宴会しているグループはいくつもあるが、騒がしく目立ち、楽しそうなのは彼らが一番だろう。 「いいですよー。みんなで楽しんだ方がいいですしね」 「ほら、スピカも入りなよ、遠慮なくさ」 ディーナが自分の横をばしばしと叩きレイシアを招きいれ、ミトゥももう一人のスピカの手を引いて座らせた。 「じゃあ、お邪魔するねー。それにしても、少年。ハーレム狙ってる?」 「・・・・・・レイシア。男も、いるぞ?」 にやにやと笑うレイシアに、アルファーンズはわずかに居る男を指差した。異性にまったく興味を示していない、ゼクス。妻にぞっこんの、グレアム。一家団欒する、ヴェーダ。 はっきり言って、男がいようとも、ハーレム状態に違いは無かった。 「こらこら、レイシア。純真な子供をからかうものじゃありませんわ。ごめんなさいね?」 スピカに頭に手を置かれ、にっこり微笑みかけられるアルファーンズ。これほど、悪意無く子ども扱いされたのも久しぶりだった。 「何気に、スピカが一番酷いのよね・・・・・・」 「アルよ、子供扱いされて落ち込むのは同情してやるが・・・・・・ぼさっとしていると私が勝ちを頂くぞ?」 「いけーっ、リグさーん!」 はっと気付けば、リグベイルはこつこつと飲み続け七杯目を――ペースを上げずに、ちびちび飲んでいたのは彼女なりの良心なのだろう――飲み干していた。ミーナも、普段のAセット食生活からは考えられない量の料理を皿いっぱいにキープし、声援を送っている。 「しまった、とにかくくつろいで行っていいから! 負けるか!」 「言われなくても、もうくつろいでるよ」 レイシアの相手もそこそこに、再び猛然と酒を飲み始めるアルファーンズ。 「本当に、そろそろ料理の心配しなくちゃいけないかしら?」 「・・・・・・つまみだけでも、作りに戻るか?」 幸いにも、流星亭はこの公園から近い。こうなる――さすがにここまで面子が増えることは想像外だったが――ことを予期して、宿から近い公園を選んでいたのが功を奏した。 「じゃあ、私も手伝います」 「わたくしもお手伝いしますわ。お邪魔しているだけでは悪いですから」 「簡単なものでよければ、ボクも」 流星亭親子が立ち上がったところで、リアン、スピカ、ミトゥとそのあとに続く。料理の得意な三人を援護に加えて、六人は流星亭へと一旦戻った。アルファーンズとリグベイルの飲み比べがまだ続けば、そろそろ酒のストックもなくなってくるはずだ。 しばらくして、料理組がおつまみを大きな弁当箱に詰めて戻ってくると、またしても人数が増えていた。 「・・・・・・どうも」 「お邪魔してます!」 カレンとファントーだった。 「近くを通りかかったから、わたしが呼んでしまったんですけど・・・・・・まずかったでしょうか?」 ユーニスが頬をかきながら尋ねた。しかし、もちろんここまで来て追い払うほどヴェーダは非情ではない。もう、来るものは拒まず状態だ。 「いや。しかし、料理が食えるかの保障は無いぞ」 「あ・・・・・・いえ、お構いなく」 カレンが控えめに頭を下げるが、ファントーはアルファーンズらに「遠慮するな」と言われていたので、すでにユーニスらと和気藹々と料理を突っついていた。 「あら・・・・・・ラス様はご一緒ではないのですか?」 料理組で、カレンとファントー加入の経緯を知らないスピカが辺りを見回した。 「ええと、ラスさんは先に帰ったみたいですよー。疲れたから寝るんですってー」 ディーナが多少呂律の回らない口調で答えた。グレアムがジュースを注ぐ一方、面白がったレイシアがワインを注いでいった結果だった。 ちなみに経緯を掻い摘むと、ラスが途中で抜けた代わりに休憩を貰ったカレンがファントーと合流し、今に至るというわけである。 「ラスさんも来ればよかったのに。損しましたね」 ユーニスの場合と、ラスの場合、損をしたの意味の捉え方が微妙に違っているような気がしてならない。 「はは・・・・・・なんか、凄いね」 「うーむ、正直、調子に乗りすぎたかも」 もう何人居るのか数える気すらしない。さすがのアルファーンズも、やりすぎたかとばかりに頬をぽりぽり掻いている。歯止め役のゼクスは、レイシアとリグベイルに酌をされて、あっさり酔いつぶれてしまった。 ミーナも、すっかり満腹になったのか満面の笑みを浮かべて寝息を立てていた。気付けばグレアムも、妻の膝枕で夢の世界へ旅立っていた。酔ったディーナが、スピカにも酒を飲ませている。その様子に珍しく慌てふためくレイシア、程なくして完全に出来上がったスピカが、服を脱ぎだしレイシアに抱きつく。そんな光景を知ってから知らずか、そそくさと帰り支度を始めているカレンとファントー。 「・・・・・・ちょっと、涼んでこない?」 そんな惨状から目をそむけるように、ミトゥがアルファーンズに言った。アルファーンズも、まったく酔ってはいなかったが酒を多量に飲んでいたので体が熱い。涼むのには丁度良いと思い、それを了承した。 「んじゃ、適当に行くか。マスター、あとよろしく」 「ああ。任された」 この面子の中で一番まともな流星亭親子にその場を任せ、アルファーンズとミトゥは未だ祭りの喧騒続く街中へ消えていった。
「うわ・・・・・・もう結構いい時間だと思ったけど、そんなことなかったね」 「ああ。人が凄い」 祭りはまだまだと言わんばかりの、人だかりだった。昼もそうだったが、迂闊にしていると迷子になりそうなのは変わりない。 「ところで、どこ行こうか。涼むにしても、この人ごみじゃ落ち着かないよ」 「んー。じゃあ、こっち。いいトコ知ってるし」 小柄なために、余計に人に流されそうなミトゥ。すたすたと前を歩くアルファーンズに必死についていく。 「ちょっと待ってってば」 苦労しながら、その背中に声をかける。ぴたりと立ち止まり、後頭部を掻きながら人並みを器用にかき分けてミトゥの正面に立つ。 「いやー、悪ぃ悪ぃ。ついつい、昔の感覚で。お前、人ごみはあんま慣れてなかったんだったな」 そういってからからと笑う。アルファーンズはロマールの王都出身であり、昔から人ごみにはそれなりに慣れていた。一方、ミトゥはオラン出身だが、静かな漁村の生まれだ。人ごみへの耐性も、かなり違ってくるのは仕方が無かった。 「まったくもう。昼間は露店見ながらだったからいいものの・・・・・・すたすた行かないでよ」 「あー、わかったわかった。・・・・・・ったく、もう。ほれ、行くぞ」 アルファーンズは逡巡したのち、手を伸ばした。不意に、ミトゥの手が握られる。 「え、わ、ちょっ・・・・・・!」 そして、歩き出したアルファーンズにぐいぐいと引っ張られた。これなら、はぐれる事は無いだろう。しかし。 「ちょっと、待って! うわっ、おい、アルファったら! うひゃ!」 流れる人の波は、自力で避けなければならなかった。
「どーだ。人ごみを歩くスキルを身につけられただろう」 ようやく開けた場所へ出て、快活に笑うアルファーンズ。 「・・・・・・・・・最悪」 ぐったりと、呟くミトゥ。 「ところで、ここどこ?」 「さて、どこでしょう?」 人ごみのせいで感覚はあまりなかったものの、あまり歩いた気はしていないから近場だろうとは思う。暗さに慣れてきた目で周りを見る。よく分からない。アルファーンズが持っていたランタンを借り、改めて周囲を見た。 祭りの灯りが、眼下に広がっていた。高いところのようだ。景色から、西の高台ではないようだった。 「うーん・・・・・・わかんない」 「はい、不正解。答え。太陽丘」 言われてみると、確かにそんな気がした。よくよく見ればラーダ神殿もあったし、眼下には流星亭も確認できた。さらに目を凝らすと、今まで自分達が騒いでいた公園の灯りも確認できることに気付く。 「へぇ・・・・・・こんなとこあったんだ」 その絶景に、素直に感心する。アルファーンズはため息一つつき、 「お前はラーダ神殿とは縁が無いからな・・・・・・知らないのも無理ねーだろ」 「うるさい。ま、アルファにしちゃ上出来上出来」 にっこりと笑い、眼下の景色に見とれるミトゥ。祭りの灯りが、音楽が遠くからでも目と耳に届いてくる。 祭り太鼓が、竪琴の調べが、リュートの音色が。そして、詩人の歌声に始まり、森妖精の静かな歌声が混じり、草原妖精の賑やかな声が混ざり、そして大地妖精の雄雄しき歌声も混じってくる。 それはまさに、夏の夜の幻想組曲。
夏風がそよぎ髪が舞う 今年も夏が巡ってきた 誰の心も浮き立つ季節 出会いと別れが訪れる 芽生える想いがあれば 消え逝く想いもある
静かな、太陽丘。遠い歌が、やけに近く聞こえるような気がする。
「ところでさ、アルファ」 「何だ?」 「いつまで、手ぇ握ってんのさ?」 目の高さに手を持ち上げて、ミトゥは聞いた。そこで初めて、手をつなぎっぱなしだったことを思い出すアルファーンズ。 「うお・・・・・・っ、わ、悪い」 慌てて離す。が、なんとなく逆に気まずい。ミトゥも気まずそうに、視線をいったりきたりさえている。 目が、合った。
この限りなく広い世界の中 人の数だけロマンがある この長く、短い夏の間に 人の数だけロマンが生まる
アルファーンズの目が、不意に細められた。
言い知れぬ、雰囲気が場を支配する。ミトゥがぎょっと、狼狽する。しかし、この妙な雰囲気に飲み込まれそうになる。 無論、焦っていてアルファーンズの鼻がむずむずしていることなんてまったくもって気付いていないミトゥ。そして―― 「・・・・・・へっきしっ!!」 アルファーンズが、盛大なくしゃみをかました。言うまでもなく、彼の正面にはミトゥがいた。 「・・・・・・」 「あー・・・・・・夏といえど、ちょっと寒くなってきたかな?」 酒で火照った体にはちょうどよかったが、酔いが醒めて体が冷えてくると風通しの良いこの服では涼しすぎたらしい。ぶるっと身震いをして――目の前の惨状に気付き、驚愕した。ミトゥは無言で、取り出したハンカチで唾のとんだ顔を拭った。 「あ、あの・・・・・・ミトゥちゃん?」 拳をぎりぎりと硬く握り、ぷるぷると肩を震わせている。これはやばい、かなりやばい。とりあえず、殴る蹴るの連激を覚悟するアルファーンズ。 が、いくら待っても拳も蹴りも炸裂しなかった。 「・・・・・・ったく、もう。君って奴はロマンもへったくれもないんだから・・・・・・人がせっかく、たまのお祭りにお洒落してやったってのにコメントすらしないんだから・・・・・・」 拳を緩め、盛大にため息をついて、ぶつぶつと愚痴りだす。 「あー、その。なに、お洒落してたの?」 途端に、不機嫌な表情になるミトゥ。 「・・・・・・髪飾り、は違うし」 「いつもしてるじゃん」 「・・・・・・指輪も違うよな」 「それも貰ってから、いつも肌身離さず持ってる」 だんだんと、不機嫌な表情が険悪なものになっていく。 アルファーンズはうなりながらミトゥを観察して、ようやく気付いた。 「もしかして・・・・・・化粧してる?」 先ほど顔を拭いたときに、少々伸びてしまったが、唇に引かれた淡い桜色の紅。ほんのささいなものだったが、心なしか普段よりも可愛らしさを引き立てていた。 「今更気付いても遅いって。でも、まぁ正解♪」 ミトゥは、にっこりと満面に笑みを浮かべた。それは、彼が見た中でも一番可愛らしい笑みだったと思う。 最も。次の瞬間に、彼の顔面向けて、くしゃみの報復とばかりに必殺の拳が炸裂しなかったならばの話だが。
こうして今年も夏が始まる 新たな夏に思いを馳せる Let's make the memory 君が見た夏の日に・・・・・・
[了] |