霧の回顧録 (2003/08/07)
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作者
放浪人まーてぃー
登場キャラクター
ヘイズ



忘れてたわけじゃないけど、ぼくが冒険者になる理由を作った人がもう一人いるんだ。
その人の思い出は、温かいものばかりで…だから、失った分だけ悲しかった。
その人は、ぼくのばーちゃん。
ぼくの名前も、彼女がいたからヘイズになったんだよ。
ちょっとだけ、その話をさせてもらってもいいかな…?
ぼくの暗い思い出話になっちゃうけど…ま、明るいだけがぼくじゃないって事で。
…―――――。

…『俊敏なる霧(ミスト・ラピッド)』。
これは、鍵じゃないけど、ばーちゃんに付いていた別の名前。
そう、ばーちゃんの名前はぼくと同じ「霧」の意味合いを持っている。
ばーちゃんは若い頃、『剣』で『霊』だった。
エルフ顔負けの足の速さから、あの名前が付いたんだ。
冒険者ではかなり強い方だって、ばーちゃんの知り合いは揃って言ってた。
「ああ、昔は強かったさ…。でも、歳には敵わないねえ…。」
当のばーちゃんは、こればっかりだったけど。
家族は何故か冒険者が嫌いみたいで、ばーちゃんを毛嫌いしてた。
でも…ぼくは好きだったな。強くて、格好良くて、いつまでも心が綺麗で…。

「自然である事、それが精霊と友達になる秘訣だよ。ヘイズ、やってごらん。」
そんなばーちゃんは、ぼくに『精霊との話し方』を教えてくれたんだ。
「おおっ、すげー!ヘイズ、精霊と喋れるようになったのか〜!」
ウィトに誉められた事もあったよ。嬉しかったな…あれは。
「ヘイズ、お前は精霊使いに向いてるよ。あたしが保証してあげる。」
「…ホント? じゃあ、『ぼうけんしゃ』になったら、ばーちゃんみたいになれる?」
「ああ…体力で苦労するかもしれないけど、お前はあたしに似て、足も速いしね。」
別に魔法が使える訳じゃなかったけれど、確かにぼくは話せたよ。
………うん、過去形…。八年前から、ぼくは話せなくなったよ。一切。


「普段は隠れているけれど、お前にはヴァルキリーが付いてるよ。いつだってね。」
…いつもぼくに言っていた言葉を遺して、ばーちゃんは死んだんだ。
丁度、ウィトが出て行くときと同じ頃に。
認めてくれていた人が二人ともいなくなって、急に家族がぼくに当たりだした。
殴られる、蹴られるなんて…いつもの事。
ののしられるなんて…日常茶飯事。
病気が移るとかで閉じこめられるのが…当たり前。
家族が険悪になるのも、ぼくのせい。
父さんが酒びたりになったのも、ぼくのせい。
他の兄弟が病気になるのも、ぼくのせい。
ご飯が足りなくなるのも、お金が足りなくなるのも、全部、全部。
…全部、ぼくのせい。
ばーちゃんがいなくなってから、そればっかりだった。

最初のうちは素直に聞いて、耐えていられた。
だけど、どんどん自分が壊れていくのが解った。
身体より、心が痛かった。痛くて痛くて、でも、泣いたら余計当たられる事が解っていて…泣く事も許されなかった。
それでも、いつか認めてくれるって信じて、ずっと耐えていられた。
ばーちゃんの教えてくれた言葉で精霊に話そうとすると、家族の誰かが目ざとく見つけて…結局、母さんのヒステリーの餌食にされた。
それでも、一生懸命仕事を手伝って…お前は偉いね、って…お前は頑張るね、って…認めてほしくて頑張った。
でも、いつの間にか…ばーちゃんが教えてくれた言葉を話せなくなった。
彼らは確かにそこにいるのに、触れる事も叶わない友達になってしまった。
家族からも、隔絶されたまま。こっそり剣を振るって、体力も付けた。
いつか、冒険者になる!って心に決めて。
この頃から、ウィトを追いかける決意をしたんだ。
いつか、また精霊とも話せるようになりたいって、心の隅で考えながら。
…最近、それもちょっと考えてる。ウィトも追いたいし、その言葉も…って。

狩りの手伝いで着実に力をつけて、仕事の手伝いも一生懸命して。
反発して、家出して本格的に冒険者になって。
ウィトを…そして、心の何処かでミストばーちゃんの足跡を見つけようって思った。

…え、ああ…。あれから一度だけ、家族に会ったよ。
父さんにいつも通り殴られて、母さんに鼻で笑われちゃった。
「あなた…もういらないわ。何処でも好きな場所に行って、私達の知らないところで死んで頂戴。何でって…そうでしょう? 私達の知ってる所で死んだら、私達が追い出して殺したって思われちゃうじゃない。」
…だってさ。ははは…しばらく、呆然としちゃった。
でも、大丈夫だよ。これは、いつもの事で…ぼくは…平気なんだから。

あー、もう、大丈夫だって、ほら、いつもみたいにバカ騒ぎしちゃおう!
これからも、冒険者として頑張らなきゃ!
暗ーい昔話を聞いてくれて、ありがとね。ちょっと楽になったかも。
おっと、この話はあくまでも家にいた『ぼく』であって、
冒険者としての『ぼく』は、裏のない箱入り剣士。
家族から突き放されてから、こっちは割り切っちゃったもん。気にしないでよ。


――ねえ、一度でいいから…抱き締めてよ。認めてよ…頑張ってるねって。
  お願いだから、一度きりでいい…お芝居でもいいから…大好きだよって…。

未練がましく言ったら、みんな無視して雑踏の中に消えていった。
本当は…誰かの側で泣きたい。一度でいいから、誰かの側で…。
そうすれば、きっと他の人にだけじゃなくて、自分にも正直になれるから…。
見られたくない思い出を、斬り捨てる事だって出来るはずだから。




  


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