忘れてたわけじゃないけど、ぼくが冒険者になる理由を作った人がもう一人いるんだ。
その人の思い出は、温かいものばかりで…だから、失った分だけ悲しかった。 その人は、ぼくのばーちゃん。 ぼくの名前も、彼女がいたからヘイズになったんだよ。 ちょっとだけ、その話をさせてもらってもいいかな…? ぼくの暗い思い出話になっちゃうけど…ま、明るいだけがぼくじゃないって事で。 …―――――。
…『俊敏なる霧(ミスト・ラピッド)』。 これは、鍵じゃないけど、ばーちゃんに付いていた別の名前。 そう、ばーちゃんの名前はぼくと同じ「霧」の意味合いを持っている。 ばーちゃんは若い頃、『剣』で『霊』だった。 エルフ顔負けの足の速さから、あの名前が付いたんだ。 冒険者ではかなり強い方だって、ばーちゃんの知り合いは揃って言ってた。 「ああ、昔は強かったさ…。でも、歳には敵わないねえ…。」 当のばーちゃんは、こればっかりだったけど。 家族は何故か冒険者が嫌いみたいで、ばーちゃんを毛嫌いしてた。 でも…ぼくは好きだったな。強くて、格好良くて、いつまでも心が綺麗で…。
「自然である事、それが精霊と友達になる秘訣だよ。ヘイズ、やってごらん。」 そんなばーちゃんは、ぼくに『精霊との話し方』を教えてくれたんだ。 「おおっ、すげー!ヘイズ、精霊と喋れるようになったのか〜!」 ウィトに誉められた事もあったよ。嬉しかったな…あれは。 「ヘイズ、お前は精霊使いに向いてるよ。あたしが保証してあげる。」 「…ホント? じゃあ、『ぼうけんしゃ』になったら、ばーちゃんみたいになれる?」 「ああ…体力で苦労するかもしれないけど、お前はあたしに似て、足も速いしね。」 別に魔法が使える訳じゃなかったけれど、確かにぼくは話せたよ。 ………うん、過去形…。八年前から、ぼくは話せなくなったよ。一切。
「普段は隠れているけれど、お前にはヴァルキリーが付いてるよ。いつだってね。」 …いつもぼくに言っていた言葉を遺して、ばーちゃんは死んだんだ。 丁度、ウィトが出て行くときと同じ頃に。 認めてくれていた人が二人ともいなくなって、急に家族がぼくに当たりだした。 殴られる、蹴られるなんて…いつもの事。 ののしられるなんて…日常茶飯事。 病気が移るとかで閉じこめられるのが…当たり前。 家族が険悪になるのも、ぼくのせい。 父さんが酒びたりになったのも、ぼくのせい。 他の兄弟が病気になるのも、ぼくのせい。 ご飯が足りなくなるのも、お金が足りなくなるのも、全部、全部。 …全部、ぼくのせい。 ばーちゃんがいなくなってから、そればっかりだった。
最初のうちは素直に聞いて、耐えていられた。 だけど、どんどん自分が壊れていくのが解った。 身体より、心が痛かった。痛くて痛くて、でも、泣いたら余計当たられる事が解っていて…泣く事も許されなかった。 それでも、いつか認めてくれるって信じて、ずっと耐えていられた。 ばーちゃんの教えてくれた言葉で精霊に話そうとすると、家族の誰かが目ざとく見つけて…結局、母さんのヒステリーの餌食にされた。 それでも、一生懸命仕事を手伝って…お前は偉いね、って…お前は頑張るね、って…認めてほしくて頑張った。 でも、いつの間にか…ばーちゃんが教えてくれた言葉を話せなくなった。 彼らは確かにそこにいるのに、触れる事も叶わない友達になってしまった。 家族からも、隔絶されたまま。こっそり剣を振るって、体力も付けた。 いつか、冒険者になる!って心に決めて。 この頃から、ウィトを追いかける決意をしたんだ。 いつか、また精霊とも話せるようになりたいって、心の隅で考えながら。 …最近、それもちょっと考えてる。ウィトも追いたいし、その言葉も…って。
狩りの手伝いで着実に力をつけて、仕事の手伝いも一生懸命して。 反発して、家出して本格的に冒険者になって。 ウィトを…そして、心の何処かでミストばーちゃんの足跡を見つけようって思った。
…え、ああ…。あれから一度だけ、家族に会ったよ。 父さんにいつも通り殴られて、母さんに鼻で笑われちゃった。 「あなた…もういらないわ。何処でも好きな場所に行って、私達の知らないところで死んで頂戴。何でって…そうでしょう? 私達の知ってる所で死んだら、私達が追い出して殺したって思われちゃうじゃない。」 …だってさ。ははは…しばらく、呆然としちゃった。 でも、大丈夫だよ。これは、いつもの事で…ぼくは…平気なんだから。
あー、もう、大丈夫だって、ほら、いつもみたいにバカ騒ぎしちゃおう! これからも、冒険者として頑張らなきゃ! 暗ーい昔話を聞いてくれて、ありがとね。ちょっと楽になったかも。 おっと、この話はあくまでも家にいた『ぼく』であって、 冒険者としての『ぼく』は、裏のない箱入り剣士。 家族から突き放されてから、こっちは割り切っちゃったもん。気にしないでよ。
――ねえ、一度でいいから…抱き締めてよ。認めてよ…頑張ってるねって。 お願いだから、一度きりでいい…お芝居でもいいから…大好きだよって…。
未練がましく言ったら、みんな無視して雑踏の中に消えていった。 本当は…誰かの側で泣きたい。一度でいいから、誰かの側で…。 そうすれば、きっと他の人にだけじゃなくて、自分にも正直になれるから…。
見られたくない思い出を、斬り捨てる事だって出来るはずだから。
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