・・・・・もう、二年前になったかしら。
あの時、私はオーファンに居た。自分のやるべき事もとくに見付けず、
ぼーっとしているだけの、浅はかな少女だった。
何時も通り街をあても無くぶらぶらしていた時、目に留る人物があった。
年齢は私の二倍程だろう。無精ヒゲを生やした、黒い肌の長身男性。
その腰には剣が一本あった。
「冒険者・・・・・かしら?」
存在自体は知っていたものの、実際に見るのは初めてだった。いや、
もしかしたら今までに見た事はあったのかもしれない。ただ、目に
留った事が無かった。でもこの男性は違った。
「声・・・・・掛けようかしら・・・・」
そんな事を考えていた。そしてすぐに実行に移した。初対面の人物へ
対する警戒心等全く持ち合わせていない。一言で言うと・・・・・
馬鹿だったのね。
「きゃあっ!?」
そしてその馬鹿な少女は、小走りしようとして自分のスカートのすそを
思いっきり踏んづけた。そして転んだ。
立ち上がろうとして顔を上げた時、大きな黒い物が見えた。手だったわ。
「大丈夫か?」
手を差し出した人物。何処かで見た顔だと思ったら、私が声を掛けようと
していた冒険者だったわ。何だか気恥ずかしくなって、私は顔を俯かせて
しまって・・・・・・何? 私にだってそんな感情はあるわよ。
「何だ? 何処か痛いのか?」
「い、いえ・・・・・・」
早々にその場から立ち去りたかった。何でかは分からなかったけど、
とにかく逃げ帰りたくなって、家の方に走ろうと思ったんだけど、
「待て」
その男性が私の腕を引くの。私はもう訳が分からなくなってね・・・・
数秒意識が飛んでいたみたい。目を覚ました時には男性が《癒し》を
私の太ももにかけていた。転んだ時に怪我してたみたい。
「治ったぞ。これからは注意をする事だ」
「え? あの・・・・おじ様?」
とりあえずお礼だけはと思って勇気を振り絞ったわ。呼びかけが通じた
みたいで、彼は少々顔を引きつらせて振り返ったの。
「オレはおじ様なんていう高貴な存在じゃない。ベルザーと呼んでくれ」
「あ、私。キャナル・ヴォルファングです」
不思議だったわね。私って他人とは必要以上あまり関わろうとは
しなかったのに、彼の事だけは、もっと知りたいと思ってた。
今でも・・・・そう。彼の事は・・・・もっと、知りたかった・・・・。
彼、ベルザーと出会ってから、私は毎日の様に市場に出かけた。
そこには何時も彼が居たから・・・・・。
「こんにちわ。あの、今日はアップルパイを作って来ました」
私の差し出したそれを、彼は大きな手で掴み、口の中へと入れる。
私はその動作をまばたきもせずに見ていた。
彼が居心地の悪そうな顔をしたのはそのせいなのだろうが、
私はそれを勘違いしたわ。
「あ、あのっ。美味しくなかったですか?」
「ん・・・・・いや。甘い」
結局美味しいのかそうでないかは答えてくれなかった。
だけどもくもくとアップルパイを食べるその姿に、私は思った。
ああ、この人は凄く不器用で優しい人なんだなあ・・・・って。
彼はファリス神を信仰している神官戦士らしい。
その時の私のファリス神官のイメージは、
悪人をばったばったとなぎ倒す、正義の味方のそれであった。
それを彼に話したら、彼は笑ったわ。
「オレはそんな大儀を振りかざしている訳ではない。
悪人だからと言って話しもろくにせず戦うのはどうかと思っている」
「でも、相手が人を何人も殺している凶悪な人物だったら?
話し合う必要なんて無いのでは?」
「・・・・・相手も人間だ。話せば何かしら変わるかもしれない。
まずは相手を信じる事だ。そうしなければ何もならん」
そんな話しをして、私も彼の様になりたいって思ったわ。
ベルザーさんに話したら呆れた顔をしてたけど、
彼の優しさは、私が今まで出会った人達の中でも抜きん出ていたわ。
そして・・・・強さも・・・・。
それから三日も経たない時かしら。
彼が逝ってしまわれたのは・・・・・・・・・・。
暗黒神官に騙され、簡単に。
知人から聞いた話しでは、ベルザーさんは冒険者としてはかなりの腕で、
その暗黒神官の実力では到底適わない人物だって・・・・・。
ただ・・・・・彼は純粋過ぎる。それが彼の長所であって、
弱点でもあった・・・・・。
正義とは一体何なのか。ベルザー。彼は亡くなった。
信じるという自分の正義を貫いて。
果たしてそれは正義なのか? 自分の命を投げ出す事は正義なのか?
それは私には分からなかった。今でも・・・・・そう。
この世に正義は幾つあるのかしら? それは星の数程あり、
他者から見れば正義ではなくなる時もある。
ファリス神はその問いには答えない。彼が逝ってから、
私の耳に聞こえて来た神の声は、何も答えない。
ならば、自分で探してやろう。そう思って、今の私が居る。
・・・・・今思えば、あれが私の初恋だったのかしら?
昔は無理があったけど、今ならつり合ったかもしれないわねぇ。
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