月明かりと雲の 陰り( 2003/09/06)
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作者
うゆま
登場キャラクター
ワーレン



狭い一室だけの貸家。
 体がでかいのが取柄の俺には狭すぎるほどに。

 蒸し暑い。

 俺は固い寝床から起きあがる。
 汗だくでシャツが俺に纏わりつく。

 寝床脇の小窓から空を見る。

 夜空に曇。
 雲の隙間に月。
 オランは静寂。

「・・・たく、ぞ」

 薄暗い夜空を見て、ふと、過去を思い出す。
 普段なら思い出さない若い頃。
 二十代の頃。



 確か、新王国歴504年の9の月。

「ワー坊!さっさと起きろ!冒険が逃げる!」

 うげっ!?
 俺は宿のベッドからシーツごと落とされる。

「だ、ダリス・・・て、てめぇ〜!!」

「起きた!?じゃ、十数える間に支度しろ!」

 俺をベッドから落としたのは一人の女性、ダリス。
 その姿は鎖帷子に蛮刀で、長い黒髪は赤い紐で後ろに結んでいる。
 マイリーの神官で聖印を首からぶら下げている。

「な、何が十数えろだ・・・其れどころじゃねぇ!」

 俺は痛みに悶絶しながら睨んで抗議する。

「あーれぇ?涙目で睨まれても怖くないねー」

 ダリスにケタケタ笑われ、俺は憮然とする。

「くそぅ・・・てめぇ、本当にマイリーの神官かよ!?」

「日々が鍛練、其れが寝床でのうのうと寝ている朝でも例外にあらず!」

 そう言って、左手を腰に当てびしっと指を俺につきつける。

「・・・分かった。もういい。支度するから先に降りていってくれ」

「じゃ、早くしなさいね、ワー坊」

「ワー坊言うなッ!!」

 ダリスに枕を投げ付けるが、扉で軽く防がれる。
 またケテケタ笑いながら出ていった。



「よう、ワーレン、遅いお目覚めだ、なぁ?」

 テーブルで待っていたのはドワーフの男、盗賊のプーテ。
 使い込んだ黒い革鎧で頭に赤いバンダナ姿。
 俺のほうは見ずに、自慢の特注である銀の小剣を布で丁寧に拭く。
 暇さえあればいつもこうだ。

「おはよう、ワーレン君・・・」

 妙に丁寧で発音正しい声がする。

「時間は一刻も無駄には出来ぬ。我らは朝の食事を済ませた。早く食べられよ」

 優雅に紅茶をすすり、巻物を読んでいるのは痩身痩躯の男、魔術師のタッツ。
 薄っぺらな革鎧姿に腰にワンドをぶら下げている。
 こちらも俺を見ずに知識の書物に没頭している。

 憮然としながら俺はテーブル席について、冷えた朝飯をかっ食らう。
 親の仇か、そういえる勢いでマナーも無く食う。

「・・・ふたりともぉ・・・」

 唐突に腰のあたりから声がするので思わずパンを喉に詰まらせかけた。

「・・・人にぃ、話する時はぁ、顔見てしなさいよぉ・・・」

 背中をぽんぽん叩いてくれる。

「・・・ワー坊がぁ、可愛そうでしょぉ・・・」

 静かな抗議をするのは少女と言えるほどの外見の女、精霊使いのニーファ。
 布の服姿で、頭には布の帽子、年齢に比べ体が小さくて、声も小さい。
 下手するとグラスランナーと間違えるかもしれない・・・ちなみに俺よりも年上だ。
 背中には小さい弩がある。

「皆揃った?さっさと出発だよ!!」

 カウンターからダリスが右手に布袋を持って来る。

「それ、なんだよ?」

「おやっさん特製弁当よ。ちゃーんと皆のぶんあるから安心なさい」

「んじゃ、いくとすっか、ねぇ」

「やれ・・・やっと出発ですか。ワーレン君、早くし給え」

「・・・ワー坊ぅ、早くしなさいよぉ・・・」

 皆の目が俺を見る。
 苦笑いしながら俺は朝飯を胃袋に詰め込む。

 皆が少し笑む。
 そう、彼らが俺の仲間だった。



 少しばかり、明るくなった月明かりにふと我に戻る。

 同時に彼らと出会う経緯、俺の過去が思い出される。

 彼らと冒険したのは確か十数えるより多く、二十数えるよりは少なかった、な。
 一緒に組む其の前、俺は傭兵一筋で生きていた。

 もっと其の前は。

 俺は孤児だった。
 物心つく前には盗賊の爺さんに拾われ、ほんの少しだけ”鍵”の技を習った。
 しかし、基本が出来るようになった頃、爺さんが喧嘩に巻き込まれて死んだ。
 爺さんの亡骸を運んできた傭兵の男に連れられ、今度は戦士として育てられた。

 二十になる前頃、戦も落ちつき、同時に俺は職に困り、冒険者になった。
 そして・・・彼らと出会った。

 一生を冒険者として生きていこうと思った。
 何が起ころうとも。
 しかし、今の俺はオランの衛視。

 月が雲に隠れたと同時にまた思い出す。
 嫌な記憶。



 暗い遺跡の広い一室。
 其の隅に、灯りを絞ったランタンが皆の姿をおぼろげに照らす。
 そして微かな呼吸だけが時を刻む。

『不死者の集団がうろついている』

 村からの依頼で、神官戦士の一団が来るまで不死者が村に来ない様にと。
 原因を探る為、俺達は不死者の足跡を辿って見つけた遺跡の調査をしていた。
 そこで俺達は危険が無いか入ったのだが・・・迂闊だった。
 大掛かりな罠に俺達は遺跡に閉じ込められた。
 同時に、仲間のタッツが魔法の罠にひっかかり、姿を消してしまった。

 そこから不死者どもが沸いて出てきた。
 泥沼の戦いが始まった。



「どう、だ?」

 部屋の入口で見張っていたプーテが戻ってくる。
 無言でダリスが首を振る。
 其の顔は無表情だが、心なしか悲しみの色が強い。

「むぅ・・・ニー、どうだ?」

 必死に精霊に呼びかけているニーファに声をかける。

「・・・呼びかけているけど・・・けど・・・」

 ニーファが言葉が続かずうつむいて小さな体を震わせる。
 プーテが安心させようと髭面の顔を笑ませる。

「分かった、ニー、そのまま続けてくれ、ぞ・・・ちっ」

 見張りに戻るプーテの表情は苛立ちに戻る。
 銀の小剣を腰の鞘から引き抜く。

「また来やがった、ぞ・・・ダリス」

 部屋の入口に迫る足音に、腰を低く構える。
 其の声に応じ、ダリスが蛮刀を構え、駆け出す。
 ニーファが遅れて駆け出そうとする。

「ニーは、そこで!」

 ダリスが抜刀しながらニーファを制する。
 弩を構えて半泣きのニーファが呟く。

「・・・何でぇ・・・何でぇ、いないのよぉ・・・」

 その呟きを聞いたのは、傍らで朦朧として横たわる俺だけだった。

「・・・タッツぅ・・・どこにいっちゃったのぉ・・・」

 呟きはここにいない魔術師への呟き。
 代わりに俺が聞いて、俺は左手でニーフェの震える腕に触れる。
 肺が熱くて熱くて、苦しくて声が出せず、顔で笑むだけで。
 ニーフェの震えが止まる。

「・・・ワー坊・・・馬鹿ぁ、寝てなさいようぅ・・・年下の癖にぃ・・・」

 俺よりも年上、なのにいざとなると泣き顔のニーフェ。
 まったく・・・タッツの野郎、何してんだよ。

 遠くで、不死者に小剣を突き立てるプーテの雄叫びが聞こえる。
 不死者のうめきに混じり、神への奇跡を祈るダリスの声。
 泣きながらも、弩を構えて不死者を寄せ付けないようにするニーフェ。
 俺は・・・情けない姿で横たわるだけ。

 壁に立てかけた俺の槍が俺を睨んでいる様に見えた。



「くそっ、どこから涌き出てくんだ、よぉ!」

 満身創痍だが、動きは未だに鈍らぬプーテが叫ぶ。

「そうねぇ!キリが無いわねぇ!でも、私は退かないわよ!」

 ダリスが、不死者の爪に傷付きながら、吠えて、蛮刀を振り下ろす。
 癒しの奇跡を唱える暇も無いのか、気力が尽きかけているのか。
 だが、二人は狭い入口で持ちこたえていた。
 それでも、隙間を縫って部屋に入り込んでくる不死者もいる。

「・・・来ないでよぉ・・・!」

 ニーファが、抜け出てきた不死者にクォーレルを放つ。
 胸に直撃を受けて遺跡の床にもんどりうってそのまま動かなくなる。

 俺はプーテやダリスの横に立って戦いたかった。
 本来なら、其れが俺の役目だったから。
 だが、なかなか体が言う事を聞かない。
 それでも無理矢理、体を起こす。
 壁に立てかけてある俺の槍にしがみ付いて。

「がはっ、げほっ、ぐへっ、はっ、はっ・・・」

 急に肺が熱くなり、咳き込む。

「・・・無理しないのぉ、ワー坊はぁ、寝てなさぃ・・・」

 少なくなったクォーレルを弩に番えるニーフェが俺を叱る。

「なぁ・・・に・・・だい、じょう・・・ぶ、だ」

 俺はニーフェの制止を軽く手で払い、よろけながらも立ち上がる。
 足がふら付き、視界が鈍る。
 そこへ、また前の二人の隙間を抜け出た不死者がこちらに迫る。

「ふ・・・ざけんじゃ・・・ねぇ!」

 槍を体の勢いに任せ突き出す。
 不死者の胸板を貫いたところまでは覚えていた。
 同時に俺は爪で腹を抉られた。
 そこで限界だった。

 俺は倒れた。
 気を失う直前。
 ニーフェの悲鳴、プーテの罵声、ダリスの叫びがごっちゃになって聞こえた。



 次に目を覚ましたのは、遺跡近くの村の宿屋だった。
 まだ抉られた腹の痛みと肺が熱く感じたが、それほど辛くはなかった。
 朦朧とする頭に、自分が何でこんな事になったのか徐々に思い出す。

 皆はどうしたんだ?
 言い様の無い不安がこみ上げる。
 そこへ。

「あ・・・」

 ベッドから起きあがった俺を見て、慌てて村の娘が呼びに行く。
 水の入った桶が派手に転がる。
 直後、足音が聞こえる。

 なんだ、皆いるんじゃないか・・・

 鎖帷子の擦れる音がする・・・ダリスか。
 歩幅の狭い足音・・・プーテか、ニーファか。
 やたら正確な間合いの足音・・・タッツか。

 何を言われるか、予想ついたから俺は苦笑いした。
 言い訳はどうしようか。

 扉が開いた。

 部屋に入ってきたのは見知らぬ神官戦士の一団だった。
 一番前の、四十はいった男の神官戦士が俺に一礼する。

「貴殿には何と言えば良いか・・・」

 唐突な一言に俺は戸惑った。
 そして、その意味を俺は告げられた。

 生き残ったのは俺だけだと。

(続く)






  


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