傭兵稼業 辺塞 に寧日なし(1)
( 2003/08/16〜)
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作者
蛇
登場キャラクター
サイカ
村はずれの酒場はいつも数人の兵士がたむろしている。兵士は交代で歩哨や不寝番
にあたり、その代わりに非番の日は自由が与えられる。
自由といっても辺境の砦には娯楽と言えるほどのものはない。
結果的に非番の兵士や傭兵は、村はずれの酒場でとぐろを巻いて、酒とばくちで
一日をつぶすことになる。
王、女王、騎士・・・サイカの手元には久しぶりにいい手が入った。
ゲームはここまでややサイカが押されて進んでいた。エールに口をつけて、
サイカは掛け金を上乗せした。
「よっしゃ。これで勝負。」
「いいのか?まだ一日は長いぜ。」
仲間の傭兵は欠けた歯を見せてにっ、と笑った。
「ごちゃごちゃうるさいぜ・・・」
4人用のテーブルを兵士2人とサイカを含めた傭兵二人が囲んでいる。
カードが交換され、掛け金が上乗せされる。
「開け」
4人がいっせいに手元のカードを開いた。
「悪いな。サイカ。俺の勝ちだ。」
「けっ、やってらんねぇ。」
サイカはカードを投げ出して席を立った。ちなみにカードと言っても木の板に絵柄を
掘り込んだもので、今日のカードとは異なっている。
サイカはエールのジョッキを取り上げて、窓から砦を見上げた。
「・・・おい、休暇は終わりだ。赤旗だぜ。」
あーあ、やれやれと兵士たちが不満の声を上げた。妖魔か山賊か知らないが、
たまには静かにしていて欲しいものだ・・・
砦の見張り等に高々と赤い旗が掲げられている。非常召集の合図だ。
セッツ砦では村人に非難を求める場合は鐘を鳴らし、兵士だけを集める場合は
この赤旗を使用する。
村はずれの酒場は砦を見上げる位置にある。合図の旗を見落とさないためと、
緊急時にすぐさま駆けつけるためである。
もともと酒場は村の中に一軒しかなかったのだが、荒くれ者の兵士や傭兵が
村の中に頻繁に出入りすることは治安上好ましくなく、かつ緊急時の対応に不便である
という欠点もあり、村はずれに新しく酒場を作って兵士たちの溜まり場とした。
村の中でもっともいかがわしい場所ではあるが、砦の兵士が皆この場所に集まるので、
酒場には確実な儲けがある。
「送れるとおっさんがうるさいぞ!」
4人は砦に続く坂を駆け上がった。砦の門へ続く道はこの一本しかない。
道は城壁をぐるりと回って、やや奥まった位置にある門へ続く。
防衛のための備えとはいえ、砦に入ろうとする場合は不便この上ない。
4人は息を切らせながら坂道を走ってゆく。
見張り塔には相変わらず赤旗がひらめいている。
「ここから徒歩2日ほどの村を山賊が襲った。賊の数は10人程度、村を襲って
略奪した後、無人になっている民家に入り込んで居座っているらしい。」
騎士コウンは口をつぐんで全員を見回した。
傭兵を含めて、砦の主だったものが集まって、この隊長の説明を聞いている。
サイカらはあわてて走ってきたためにまだ息が整っていない。
「村の娘が3人ほどさらわれて、やつらの住処にとらわれている。酒や食料も
奪われたということだから、何日か村に居座るつもりだろう。」
「山賊を蹴散らすことを最優先とする。娘3人は最悪の場合、もう殺されている
可能性がある。山賊を撃破し、可能ならば娘を救出する。なにか質問は?」
ベテランの兵士が手を上げて発言を求めた。
「こっちが到着する前に逃げている、ってことはありませんか?」
「いい質問だ。村に居座った以上、やつらはこの砦の存在に気づいていないか、
この砦の機動力を考えていない、ということになる。そこに付けこんで、馬で村に
急行して奇襲をかけるつもりだ。他には?」
全員黙っている。方針は決定した。
「では、準備が整い次第、私が半数の兵を率いて出発する。レンの隊とライの隊は
残れ。軍監殿の指揮でこの砦を留守を守れ。」
おーし、さっさと準備しろ。マントと袋を忘れるんじゃねえぞ!
兵士長が配下の兵士を怒鳴りつける。
サイカも自分の装備を準備するため、傭兵にあてがわれた宿舎に走った。
たいしたおっさんだ。戦闘ってもんをよくわかってる。
走りながらサイカは思った。
騎士の中にはひたすら正面から突撃することにこだわる輩が多いが、どうもここの
隊長は違うらしい。山賊や妖魔が相手では卑怯もへったくれもない、ということか。
荷物を背負って愛用の長剣を腰にさすと、サイカは馬屋に向かった。
あてがわれた馬を引き出してまたがる。
「今日は働いてもらうぜ。」サイカは馬の首筋を軽く叩いた。それにこたえて、馬が
軽くいななく。城の中庭に、武装した兵士たちが集まった。
「先頭は傭兵隊。前へ進め!」
強行進
夜の闇を突き抜けて、武装した20人あまりの騎馬隊が街道を走り抜けてゆく。
馬のわき腹から噴出した汗がしぶきとなって飛び散った。それに乗る人間も、馬同様に
汗と埃にまみれている。
途中幾度かの休憩をはさみつつも、騎士コウンを指揮官とする一行は、睡眠をとることなく
目的地に向けて急行した。
目的地の村は砦から徒歩2日、騎馬で移動する場合は約1日の距離にある。
今回の彼らの任務の特性上、時間が作戦の鍵になると騎士コウンはにらんだ。
準備が遅れれば遅れるほど村の被害は拡大し、山賊が逃亡する機会を増やしてしまう。
反対に短時間で村に到着できれば、山賊の意表をつき、奇襲をかける機会が増える
ことになる。
サイカは一列縦隊の先頭から三番目の位置で馬を走らせていた。
時折眠気が襲ってくるが、戦に向かう緊張感と高揚感が眠りに落ちることを防いでくれた。
騎馬隊は彼らの基準でいうところの強行軍の速度で動いている。
全力疾走させる前の段階であり、この速度で居眠りをし、もし落馬すれば命の危険が
あった。
先遣隊の先頭は目的の村に一度行ったことのある正規兵だ。
傭兵隊はコウン率いる本体から1行程ほど先行したところを走っている。
本隊と一体になって全員が一塊になって動いているわけではない。
彼らの役割は、本隊の到着に先立って現地を偵察し、本隊が安全に居座ることのできる
場所を確保することである。
1名の正規兵を含んでいるのは、彼が村を知っているというだけでなく、傭兵隊だけが先行しても
正規の軍団だと村人が信用しないためである。
長い疾走に終わりが近づいた。
先頭に立って馬を走らせていた正規兵が、速度を落とし、後続の傭兵たちを振り返った。
後続と先頭の距離が狭まって、隊は緩やかに停止した。
「この森を抜けたら、村が見える。丘の上から村を見下ろすことができるはずだ。」
「森を出るまでどのくらいだ?」
「歩けば160歩というところかな。」
「よし・・・この辺りで馬をとめよう。」
傭兵隊は全員馬を下りて徒歩になった。
近くの森の中にくぼ地を見つけ、めいめいが馬をつないで各自の装備を点検する。
馬にはくつわをかませていななかないように処置をした。
「ここの見張りはセネー。合言葉は「風・馬」。俺はニカの案内で村長の家に前進。
残りは分散して村の偵察。二人一組だ。」
サイカは仲間に指示を出した。指揮官のいない軍隊というものは存在しない。軍隊は完全な
ピラミッド型の集団であり、命令は一人の口から出る。
見張りに馬を託して、傭兵隊は村を抜けた。兵士ニカの言ったとおり、森をぬけると
村が箱庭のように眼前に広がった。
彼らから見て右側が山側になり、村は左手から右手に向けてなだらかな傾斜をつくっている。
彼らがたどってきた街道が、村のほぼ中心部をぬけていた。
「偵察は道を境界線にして、左右に分かれて行う。集合場所はこの地点。街道沿い、森の入り口。
月があの山にかからないうちに戻って来い。」
サイカは切り立った山と、新月に近い細い月を指差した。
報告
統一された制服に身を包んだ一段が、村の森に差し掛かった。
先頭を行くのは隊長の騎士コウンである。馬の負担を軽くするために、通常騎士が身につける
重たい板金鎧はつけていない。もっとも、この戦場向きの防具は流動的な戦闘の多い
辺境での戦いには向いていないため、コウンが身に着けることはまれになっている。
サイカは立ち上がって道の脇に茂った草むらの影から本隊を呼び止めた。
コウンが手綱をさばき、手を上げて後方に続く部下に合図を送る。
部隊はサイカたち傭兵隊が拠点に選んだ森で、同じように停止した。
「状況を報告せよ。」
コウンは馬上からサイカに命令した。
「この森を抜けると、村をみおろすことができます。説明は現地で行います。
もう村に近くなっていますので、馬を下りて徒歩で行ったほうがよいと思われます。」
サイカは方膝をついた姿勢で簡潔に報告した。
「よし。案内しろ。長は俺に続け。主力は傭兵隊の案内でここに待機しろ。」
兵士の一人が馬をおり、コウンの馬を引いて後方に下がっていった。
待機していた傭兵が、主力を森の中へと誘導する。
コウンと兵士長はサイカの案内で森のはずれに前進した。
森を抜けると、サイカは眼前の村を指し示しつつ、現在に至るまでの状況と判の説明を始めた。
「まず地形です。村の中心を抜けているのが、今まで通ってきた道です。
道を挟んで、左手。丸く見える大きな木の脇にある、左に家畜小屋がある屋敷がこの村の
村長の屋敷です。」
「よし。わかった。続けろ。」
「ここからは見えませんが、道を挟んで右側、坂を上って、村はずれの山に隣接した地点に
山賊の居座った村があります。事故で一家が全滅して以来、空き家になっていたという
ことですが、意外に保存状態が良く、しかも大きくて山賊10人が十分入れる広さがありました。
屋敷の前は段々畑になっています。」
「続けろ。」
「山賊についてです。賊の数は10人ほどということですが、正確な数はわかりません。
武器は斧、剣、槍で何人かは弓を持っているそうです。
こちらも正確な数はわかりません。」
「奴らは村を荒らしまわったあと、娘と食料、酒、布団や着物、そして馬を4頭さらって空き家に
立てこもったそうです。村長の家は10人には手狭だったことが幸いしました。」
「敵の首領ははじめから馬に乗っていたそうです。他の賊は徒歩だったということですから、
敵の手にある馬の数は今のところ5頭です。」
「人質の状況はどうだ?」
コウンは道の脇に生えた雑草をむしりながら、サイカに質問を続けた。
「人質は間違いなく村娘が3人です。2日前にさらわれてから、その後の安否は不明。
無事ではないでしょうが、山賊の様子から見て殺されているということもなさそうです。」
「よし。味方は今何をやっている?」
「到着してから私がニカの案内で家に行って情報をとり、残りで偵察を行いました。
本隊到着前に事を起こしたくなかったので、山賊がいる屋敷の中までは入り込んで
いません。屋敷の側の草むらに二人ほど張り付かせて監視を続けています。」
「村の被害はどうだ?」
「さらわれた娘の父親が一人殺られました。同じように娘をさらわれた母親が切られて
重症。遊び半分に槍で突かれた老人は虫の息です。長くは持たないでしょう。
他に軽症者が何人かいますが、命に別状はありません。」
「金はほとんどすべてが持ち去られ、金になりそうな晴れ着の類も奪われています。
馬のほかに、食料と酒も大量に奪われています。」
「よくわかった。他に変わったことはあるか?」
「山賊は油断していると見えて、食料や酒を奪いに村に出てくるときがあります。
そういう時は大抵2,3人で行動しています。」
「それにはどういう対応をとっている?」
「無理をしないで見過ごしています。」
「よし。後の方針は私が決定する。ご苦労だった。」
眼前には村の景色が黒々と広がっている。月は天にあり、夜明けの時刻は遠い。
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