相 棒
( 2003/10/08)
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作者
霧牙
登場キャラクター
アルファーンズ、ミトゥ
ようやく秋らしくなってきた、十の月。
アルファーンズは、賢者の学院の図書館で魔術師の少女、ディーナと調べ物の報告をし合っていた。
「ここです、ここ。浜辺はいくつかあるらしいんですけど、岩礁が酷いらしくて実質上陸できる場所はひとつだけらしいです」
「俺が新たに解読した部分からは、もしかすると足りない指輪がここで全部揃うかも、ってことかな」
彼らの調べ物とは、次に行く遺跡についてのものである。とある探し物が眠っているらしく、規模もかなりなものであり、下調べにも時間がかかっている。最 も、アルファーンズもディーナも、調べ物を楽しむ傾向があるから、苦で無いといえばそうなのだが。しかし、調べ物の途中で脱線することが多々あり、文献も 少ないことも相成ってなかなか進まない日々が続くのであった。
その日もそんな調子で報告が終わり、息抜きにきままに亭に足を運ぶ。
「・・・・・・チェスねぇ」
たまたま目に付いた伝言版には、知り合いの半妖精からの依頼書。そこでばったりとこの張り紙の依頼主、ラスと出会ったりした。
「あ。本人」
「よう。知識人」
偶然出くわして、話に花を咲かせていると次々と来客が増え、あっという間に席が埋まっていった。より一層、話が盛り上がってくる。
賑やかな友人や、一緒に居ると会話の絶えない仲間。満ち足りた日々だが、心の奥では何かが足りていない。この時期になると、特にそう感じる。
メリルアネス。
アルファーンズの相棒であり恋人である――正確には、相棒であって恋人であった――、今は亡き女戦士の名前。最近は、普段ここまで思い出すことは滅多に なくなってきたが、やはり命日が近づくと自然と心の中でその名前を求めてしまう。
そして、この少女と一緒にいると、特に――特にメリルアネスのことが思い出される。
「それにおたまで叩いたのは君が『お前にもっと胸があれば』とか言ったからでしょ!」
「だって事実じゃん・・・・・・じゃなくてそんときは寝ぼけててつい本音が・・・でもなくて!」
気付けば、今日もアルファーンズはこの少女と口喧嘩を繰り広げていた。少女の名は、ミトゥ。現在のアルファーンズの相棒を務める女戦士だ。
この二人の口喧嘩は毎度のことであったが、今回は珍しく定宿以外での喧嘩になった。ギャラリーも普段より多いというのに、お構いなしだ。
「熱くなるのもたまには良いことだと思いますけど・・・・・・」
同席していたエルフのガウヌが呟くが、まったくもって聞いていない。
「そんなに胸のでかい子がいいなら、いつだってコンビ解消してやるぞっ!」
「あーそーかいそーかい、そこまでゆーなら解消でもなんでもしてやろーじゃねーか!」
もうすでに売り言葉に買い言葉である。熾烈な睨みあいが続き――不意にミトゥが鼻で笑った。
「ふぅん。あ、そ。じゃあ明日から好きにすれば。差し入れも何も知んない」
そしてぷいっと横を向く。
「はんっ、望むところだ!」
だんっ、と勢いよく立ち上がったところで――
「まぁ落ち着け。ほら、一杯奢ってやるから座れ。テーブル席の女性陣の視線を釘付けにしているぞ?」
隣に座っていた三十路前の剣士、エクスにどうどうと窘められて、はっとして腰をおろした。
「あー・・・・・・俺はもう帰るわ。悪ぃな、騒がせて」
同席していたミトゥ以外の三人に軽く詫びを言って、全員分の勘定をカウンターに置いて足早にその場を去るアルファーンズ。
「こういういい合いが出来る相棒って、貴重なんだろうな」
ラスが呟き、エクスと共に肩をすくめる。
そのあと、店内ではどうなったかはアルファーンズには皆目見当も付かないが、やはり感傷的になっているときに喧嘩をしたためか、妙に心が寒かった。
そして、それ以上に懐がめっぽう寒かった。
翌日の早朝。オラン市内にある、ラスの家。
「ありがと、ラスさん。こんなに貰ってもいいの?」
「ああ、沢山貰ったしな。それにお前らが仲直りしたら、体力づくりに付き合ってもらう約束もある」
にっこりと笑い、ミトゥに香草の詰まった小袋を渡すラス。昨夜あれから、ミトゥとアルファーンズの仲直りの材料として、ラスが西で採れる香草を提供する 約束をしたのだ。
「だから、さっさと仲直りしろよ。あれだけ思ってること正直に言えるんだ、仲直りだってすぐに出来るだろうさ」
再びにこりと笑い、ミトゥの頭を撫でるラス。ミトゥは照れながら、ふと気付いて、
「あ、そうだ。ボク、西の料理ってあんまり知らないんだよね。よかったら、いくつか教えてくれない?」
「俺の知ってる奴で構わないなら、いくらでも」
ラスがひとつひとつ品名をあげ、レシピを述べていく。紙に必死にペンを走らせて、一字一句もらさないように書き留めるミトゥ。その様子を微笑ましそうに 見ながら、とりとめのない会話をしながら西方料理のレクチャーは続く。
「異性同士のコンビで、男とか女とか無しで相棒続けてくれる人もそうはいないよね?」
不意にそんな話題になると、ラスは微妙な笑いを浮かべて「そうだな」とだけ簡単に答えた。少し気になりながらも、レクチャーも終わったので帰り支度を始 めるミトゥ。いくら寝起きの悪いアルファーンズでも、そろそろ起きだしてくる頃だった。仲直りはしたいが、さすがに今顔をあわせたらまた喧嘩をしかねな い。鉢合わせになるのは避けたかった。
「じゃあ、ありがとうラスさん。お礼は体力づくりのときにするからね。じゃあまたね」
ぺこりと頭を下げ、宿に向けて走って帰るミトゥ。その後姿を見送ったラスは、大きな欠伸をひとつしてから、
「アルファーンズもアルファーンズなら、ミトゥもミトゥか。似たものコンビなんだよな、あいつら」
意味深に呟き、くすりと微笑んで家の中に入っていった。
「さ、二度寝しよ」
「ラスー、チェスの相手しにきたぞ」
「・・・・・・・・・・・・」
この半妖精に休みなし。
「ん・・・・・・ミトゥ、帰ってたのか」
「あ。マスター、誰もいなかったから厨房勝手に借りちゃったけど、いいよね」
「それは構わんが」
ミトゥたちの定宿、流星の集い亭のマスターであるヴェーダが薪割りや水汲みなどの雑務を終わらせて戻ってくると、朝一番で出て行ったミトゥが帰ってきて いた。そして、芳しい香草と肉の焼けた香り。
「西の・・・・・・レアラ草か」
「うん。さすがだね」
笑って、いい具合に焼けた肉料理の乗った皿をカウンターに置く。
「しかし・・・朝から肉か。まぁアルなら食えるだろうがな」
苦笑するヴェーダ。ミトゥもさすがに朝からきついかな、とは思ったものの、一番手軽に時間をかけずに作れるものだったのでこれを採用したのだ。
「アルといえば、まだ・・・・・・」
言いかけたヴェーダの言葉を、ミトゥがさえぎった。
「あ、いいのいいの。勝手に起きてくるの待って、渡しといて。ついでにこれもね」
羊皮紙の端っこに、「ごめんね」と書いたものを皿の横に置き、それらをヴェーダに押し付けて足早に外へ向かう。
「お、おい待てアルは・・・・・・」
「ボクちょっと用があるの。渡しとくだけでいいから、マスターお願いね」
何かを言いかけたヴェーダの言葉を打ち消すかのように、かららん、と軽快なカウベルの音を残し、ミトゥは朝の町へ消えていった。
「・・・・・・・・・まぁ、アルもそろそろ帰ってくるだろう」
一人残されたヴェーダは、ぼそりと呟き朝の仕込を始めるのだった。
昼過ぎ。朝の弱いアルファーンズも、もうさすがに行動を始めている時間帯だ。食べてくれたかな、と思いつつ用事も早々に切り上げミトゥが流星亭に帰って くると、カウンターには今朝作った肉料理が未だ手付かずのまま残されていた。
「あー! ったくアルファったら、人の好意を無視したな!」
期待をあっさり裏切られたミトゥはずんずんとカウンターに歩み寄り、どかっと勢いよく椅子に座る。
「もー知らない、解消決定!」
子供が見たら泣き出しそうなほどの形相のミトゥに、ヴェーダが声をかけた。
「人の話は聞いてから出かけろ。アルは昨日からまだ帰ってないぞ」
いつものようにお気に入りのグラスを丁寧に拭きながらさらりと呟いた一言。あまりにもさらりと告げられたためか、その意味を解釈するのに数秒かかった。
「・・・・・・え? てことは何、朝も今も部屋にいなかったってこと?」
呆けた顔で問い掛けるミトゥに、こくりと頷いてやるヴェーダ。
「なんでももっと早く言ってくんないの!」
「・・・・・・だから人の話をよく聞け、と言った」
むっつり顔のまま次のグラスを手に取り、ため息をつく。
「ったく、それじゃこんなことしてる場合じゃないよ。もー、どこ行ってんだよアルファは!」
座ったときと同じように、勢いよく席を立ち上がり皿を掴んで厨房に走る。数秒遅れて、とんとんとまな板で何かを切る音。さらにばたばたと走る回る音がし たかと思うと、小さなバスケットを手に持ったミトゥが戻ってきた。
「行ってきます!」
それだけを言って、再び街へ消えていくのであった。
「・・・・・・行ってらっしゃい」
「あれ。ミトゥちゃん、今度はどこ行ったの?」
そのとき、店の看板娘であるセシルがひょっこり顔を出した。
「アルを探しにな」
「そう・・・・・・。アル君、どこ行っちゃったんだろうね」
ため息をつきながら、セシルが呟く。
「・・・・・・さぁ、な。この月はいろいろあったからな、あそこに行ってるのかもしれん」
それきり会話が途絶える。客足の引けてきた店内。かちゃかちゃと食器を洗う音と、きゅきゅっとグラスを拭く小気味のいい音だけが浸透していた。
きっと徹夜で文献の調査しているんじゃないかな?
そう思って、滅多に行かない賢者の学院の図書館まで行ってみた。勝手がまったく分からなかったが、都合よくディーナの姿を発見することが出来た。
「え、アルさんですか? 昨日は報告のし合いしたんですけど・・・・・・今日はまだ見てませんね」
「そっか。ありがとね、ディーナ」
他にも、アルファーンズと仲のいいという学生や受付嬢にも聞いてみたが、全てはずれだった。
「喧嘩するほど仲がいい、って言いますけど・・・・・・程ほどにしてくださいね。もしかしたら、それっきりになることだってあるんですから」
帰り際。ディーナの一言が、重くのしかかってくるようだった。
そういえば、ラスの依頼であるチェスの相手に丁度良さげな知り合いがどうこう言っていた。
それを思い出して、クライダル商店へと向かった。知り合いのチャ・ザ神官であるノースクリフの実家だ。ノースクリフの祖父が、チェスに強いらしいのだ。
「アル? ううん、着てないけど」
店の前を掃除していたノースクリフを捕まえてみたが、結果は否だった。
「また喧嘩したの? もっと自分の気持ちに正直なればいいのに」
やれやれ、といった感じに肩をすくめるノースクリフ。
「なんか言った!?」
「・・・・・・いやー、別にー。でも、捻くれてたら幸運は逃げちゃうもんだよ」
普段はおちゃらけているノースクリフだが、たまに最もな正論を言ってくる。複雑な心境になりつつ、ミトゥは次の心当たりを探し始めた。
「・・・・・・嫌よ嫌よも好きのうちってゆーのにね」
それは違う。
そして次はラーダ神殿。アルファーンズは、ここの書庫もよく利用していた。
「はぁ・・・・・・アルファーンズさんですかぁ? 今日は書庫には来られてないようですよ」
一番自分とは縁の無いところなので、少しでも探し易いようにと受付の人に呼ばれてきたのはグレアムだった。
「ふーん・・・・・・そっか」
「書庫以外にいるかもしれませんし、お探しならばご案内いたしますよぉ?」
ほにゃっと微笑みかけると、その後ろから声がかかった。
「この神殿でアルの行きそうな場所にはいなかったぞ」
「おやおや、ゼクスさんもお探しでしたかぁ」
すたすたと歩いてきたのは、アルファーンズの兄のゼクスだった。長身で切れ目の理知的な風貌であり、アルファーンズとは似ても似つかないがれっきとした 兄である。
「いつも通り昼食を摂りに行ったら、まだ帰ってきてないと聞いてな。午後からは予定が無かったから、神殿内を探していたというわけさ」
書庫、聖堂、中庭などなど。アルファーンズが立ち寄る場所を始め、しらみつぶしに神殿中を探し回ってみたが、居なかったらしい。
「聞けば、また喧嘩をしたそうだな」
「あはは・・・・・・ええ、まぁ」
ミトゥが苦笑を浮かべ、頭をぽりぽりと掻いた。
「嫌いじゃないんだけどね。でも付き合いが長くなると、包み隠さず何でも言い合えるようになったら、今みたいに加減が効かなくなったりもし て・・・・・・」
ぽつぽつと、ミトゥは続ける。
「コンビ解消、っていう話になったことは前にも何度かあったんだけど。いつもは、次の日にどっちからでもなく謝って終わり、だったんだけど・・・・・・今 回はアルファが居なくなっちゃって」
俯き、肩を震わせる。グレアムと顔を見合わせ、それからゼクスがその肩に手を置こうとして――
「人がせっかく謝ろうってのに! アルファの奴、見つけたら絶対しばく!」
何のことは無い。ただ怒っているだけだった。
「じゃ、ありがとうございました」
呆気にとられる二人にぺこりと頭を下げ、ずんずんと神殿を後にした。
「・・・・・・何というか。二人とも自分の想いに気付いていないのか。認めたくないだけか・・・・・・。ついでに言うなら、相手の想いにも気付いていない な。双方とも、鈍感だな」
後姿を見送り、苦笑を浮かべるゼクス。グレアムもほにゃっと微笑み、
「お二人とも、似たもの同士なんですよ」
二人が微笑んだところで、神官が一人近づいてきた。アルファーンズがたまに書庫で出会う、女神官だ。
「ゼクスさん。弟さん、こっちにもいませんでしたよ」
「・・・・・・ああ、すまない。わざわざ手伝ってもらって」
アルファーンズの顔を知っている、ということで探すのを手伝ってもらっていたのである。
「じゃあ裏庭の方、探しに行ってみません?」
心なしか、もじもじとしてその女神官はゼクスに提案した。
「・・・探しても見つからん気もするが・・・・・・万が一、ということもあるか。わかった、行こう」
グレアムに別れを告げ、二人は連れ添って裏庭へ向かっていった。ちなみに――
裏庭から臨む景色は綺麗なものの、人気があまりないその裏庭。実は、神官たちがこっそりと逢引する場になっているなどとは、まったく知るよしもないゼク スであった。なんだかんだ言って、自分も鈍感だったりするのだ。
一人残されたグレアムも自分の仕事にと戻っていった。去り際に一言。
「結婚するのも、とても幸せなことだと思うんですけれどねぇ」
・・・・・・それは話が進みすぎ。
自然と、足がその場所へ向かっていた。無意識のうちに心の奥で、その場所に居なければいい、と思っていたのかも知れない。最後の最後まで、探さなかった 場所。
「あれ。ミトゥー、やっほ」
「そんなに急がれて、どうなさいました?」
その場所へ向かう途中、見知った顔が二人。ミトゥに声をかけてきた。一人は、レイシア。もう一人はスピカだった。
「あー、こんちは。ちょっとアルファを探してて」
走ってきたため、乱れる呼吸を整えながらミトゥは言った。
「少年? それなら、昨日の夜に見たよ。なんかふらふらーってあっちのほうに歩いていった」
意外な目撃者。レイシアはとある方向を指差す。やはり、ミトゥが思っていた場所の方角だ。
「あ、ありがと、レイシア! ちょっと急ぐからボクはこれで」
「ええ。なんか知んないけど、頑張ってね」
心なしか、含みのある物言いだった。にやりと笑ってもいた。
「アル様といえば、レイシア。先日、アル様をまたからかったそうですわね」
「少年ったら、マジでチクったわね。・・・・・・私は別にー。ただ後ろから抱きついただけじゃない」
「ですから、そういう行動が・・・・・・」
走るミトゥの耳にも、そんな二人の会話(というかスピカの説教?)が届いた。どこか、気にかかったが――今はアルファーンズを見つけるのが先決だと割り 切って、ミトゥは走って行った。
「なぁ、俺、十一の月で二十歳になるんだぜ?とうとう…お前の年追い越しちまうな」
日も沈んだ頃。マイリー神殿の共同墓地。一番外れに、その墓はあった。真ん中から折れた一本の剣。それが墓標代わりのささやかな墓。
「・・・・・・やっと見つけた」
そこに座り込むアルファーンズの前に仁王立ちするミトゥ。声に反応して、ゆっくり顔を上げるアルファーンズ。
「随分探したんだぞ」
「ああ」
「何で今に限ってこんなことするんだよ」
聞かなくても、何となく分かる。それを知ってか、アルファーンズはその問いにまともに答えようとしなかった。
「・・・・・・昔話、しないか?」
答える変わりに、唐突にそう言った。
「昔話?」
あまりにも唐突だったため、ミトゥが呆けたように繰り返す。
「そ。お前と初めて会ったとき、とかな。最初はなんとも思わなかったさ。お前がいきなり、『ちっさいの』とか言わなかったならな」
そう。この二人、実は出会い頭にすでに小さな口論を繰り広げていたのだ。喧嘩のネタは、アルファーンズが言ったとおり互いの身長だった。どちらとも身長 が低いものだから、「チビ」の応酬。次いで、「ガキ」の応酬。
腹が立つことをこのうえ無かったが、心なしか楽しかった。曇っていた心が晴れたような気がしたのだ。
アルファーンズは、ミトゥと会う直前にメリルアネスを失っていた。彼女と過ごした時間は短かった。そして想いが通じ合ってからは本当に、本当に短い期間 しか共に過ごせなかった。だがその時間は楽しかった。自分の横で微笑んでくれる人がいるということは、こうまで幸せなものかと感じていた。
しかし、幸福はすぐに崩れ去った。メリルアネスがゴブリンの凶刃に倒れ、この世からいなくなったのだ。アルファーンズの心は曇り、やるせない日々が続い た。
そこに現れたのが、冒険者になったばかりで右も左も分からないミトゥだった。最初は新米冒険者か、としか思わなかったが――話していると、まるでメリル アネスと話しているように錯覚した。
似ていたのだ。この少女は、かつての恋人の少女と。無論、容姿は似ても似つかない。似ていると言えば、身長が低く筒型体型だということだけ。その身に纏 う雰囲気が、さばさばとした物怖じしない性格が、そして何より気の強さがあまりにも似ていた。
「今ぶっちゃけると、多分、寂しさを紛らわしたかったんだと思う」
初っ端に口論はしたが、そのときはすぐに和解して一緒に酒を飲んだ。話していると、やはりメリルアネスと一緒にいるような感覚にとらわれた。
「お前に宿を紹介したっつーか、大部屋に誘ったのも、金が無いのはかわいそうだ、とかそーゆーこと思ってじゃなかった。メリルの代わりが欲しかったのかも しれない。思えば、すげー失礼だよな。お前にも、メリルにも」
お金があまり無い、と言ったミトゥに現在二人の定宿になっている流星亭を紹介したのもアルファーンズだ。流星亭は、案外宿代が安いのだ。ついでに、アル ファーンズが使っていた大部屋は、相部屋になるので料金も割安。一見、文無しの新米への親切心――はたまた、体目当ての下心か? 最も彼にそんな気は無 かったが――に思えたが、実際はそんなものだったのだ。
「でもさ、やっぱお前はお前じゃん。メリルとは違う」
当たり前といえば当たり前だ。最初は気も紛れたが、やはりだんだん現実に気付き始めた。そのとき、二人は大きな喧嘩をしてしまった。理由はもう覚えてい ない。相当酒にも酔っていたこともある。
「喧嘩しただろ、きままに亭で。あのあと、お前スラムに迷い込んだじゃん」
そのことはミトゥも覚えていた。怒りに任せて歩いていると、いつのまにか道を間違えてスラムに迷い込んでしまったのだ。
「うん。かなり焦ったよ。まだ来たばっかの街で、夜に迷子だもん」
そして、ゴロツキ風の男に絡まれたのだった。
「うん。あの時が、たぶん一番女の子らしい声出してたかもな、お前」
まさに絹を裂くような悲鳴。ミトゥ自身、らしくないと思ったくらいの悲鳴を上げていた。
「走っていったらお前が囲まれてるだろ。んでさ、思い出したんだよ。メリルの『お願い』って奴を」
メリルアネスが最後にアルファーンズに告げた言葉。おそらく、ゴブリン退治に参加していたメンバーも知らないだろう。息も絶え絶えに、アルファーンズの 耳元で微笑みながらメリルアネスは『お願い』した。
『もしアルファに守ってあげたいって思う人が出来たら、守ってあげてね』
『・・・・・・でも、あたいみたいになっちゃダメなんだからね』
『これ、あたいからのお願いだよ』
「なんつーか、俺はこいつにメリルを見てたんじゃない、そーゆーの抜きで守りたいんじゃねーか、って思った。そーゆーガラじゃねーのにな」
気付いたら、そのゴロツキに蹴りを叩き込んでいた。自分が世話をしている新米を保護する、という感覚ではない。自分はこいつよりもゴロツキよりも強い、 と過信しての行動でもない。ただ単に、純粋にミトゥを守りたいと思っての、突発的な行動。
一撃目は不意をつけたから良かった。ミトゥを逃がす時間も稼げた。だが、二撃目はもう通用しないだろう。だから、逃げた。だが、自分が守りたい少女を一 応、守ることが出来た。かっこ悪かったが、気分は悪くなかった。
それをきっかけに、その日の内に仲直り。そして、二人のコンビ生活がはじまった。
「じゃあ、初めての遺跡のときも、ローレライの仲間に囲まれたときも、ゾンビにやられかけたときも、助けてくれたのはメリルさんにお願いされたから?」
ぼそりと、呟くようにミトゥが問い掛ける。
「いや、メリルのお願いは、俺にきっかけをくれただけだと思ってるよ、自分では。俺は俺の意思で、お前を守りたいから守っただけだ。俺は誰も、特にお前が 傷つくのは見たくないって思ってただけだ」
アルファーンズはいったんそこで言葉を切った。ミトゥも、大人しく次の言葉を待つ。
「結構早くから気付いてたはずなんだけどな。心のどっかで、やっぱりメリルが引っかかるんだよ。胸が・・・・・・苦しい」
服の上から、いつも持ち歩き続けている銀のサークレットを握り締める。メリルアネスの形見である、サークレットを。
アルファーンズの話を聞くうちに、ミトゥは自分自身に引っかかっていた何かに気がついてきた。アルファーンズが他の娘を口説いていたり、親しくしている と無性に気分が落ち着かなかった。それは、アルファーンズがヘマしたあとの尻拭いはいつも自分がするんだからだと思っていた。
苦々しい思いが胸元に混み上げてくる。アルファーンズが見つめつづけるメリルアネスの墓を、つられる様に見つめた。
(ボクはメリルさん以上にはなれないのかな…)
胸を押さえるアルファーンズを横目で見て、心中で呟く。が、そんなミトゥを尻目にアルファーンズは淡々と続ける。
「だけどさ。昨日、ここに来たら、いろいろと蟠りが消えたような気がするんだ。メリルがいろいろ言ってくれたんだ」
『アルファはいつまでもあたいのことを引きずっちゃダメ。過去に縛られないで』
『アルファは捻くれ者だから。あたいがいなくなって、好きな人が出来たら自分の気持ちに正直になって。じゃないとあたい、ゴーストになって泣きにきちゃう よ…?』
それは今わの際に呟いた、メリルアネスの言葉。今の今まで、すっかり忘れていた言葉。自分にはメリルアネス以外にいないと、わざと鍵をかけていただけな のかもしれない、その言葉。
「メリルは好きだけど、悲しませたくは無い・・・・・・。男の勝手な言い分だ、って思ってくれても構わないぜ。だけど、俺はやっぱ・・・・・・」
そこで、アルファーンズの言葉を切って、ミトゥが勢いよく立ち上がった。そして、ずっと手にしていた小さなバスケットを、ぐいっと突き出す。
「ちょっと休憩! これ食べて!」
戸惑うアルファーンズに、無理矢理それを突きつける。話の途中だ、と抗議しようとしたが――物凄い形相で睨まれ、あえなく断念。バスケットを開けてみる ことにした。
「こいつは・・・・・・」
「それと・・・・・・昨日はごめんね。先に、仲直りしたかったの」
バスケットの中には、今朝焼いた肉をレタスと一緒にパンで挟んだサンドイッチ。だが、時間が経っていたため、アツアツだった肉は冷め、しゃきしゃきだっ たレタスは肉汁を吸いすぎてふやけている。
苦笑とも微笑とも付かない笑みを浮かべ、アルファーンズはそれを口に運んだ。
「どう?」
「・・・・・・香りでわかったけど、やっぱレアラだな」
「そうじゃなくて」
「冷めてるぞ」
「君がどっか行っちゃったからでしょ! こういうときは美味しいってゆーもんなの!」
「美味いぞ?」
「嘘はつくなよ!?」
「どっちなんだよ、お前」
苦笑し、さらに一口かじりながら続ける。
「だいたい、味見しなかったのか?」
「うん、そんな暇なかったもん」
「・・・・・・初めてなんだろ。少しくらい味見しやがれ。まぁ美味かったけど」
「ホントにホント?」
「疑り深い奴だな・・・・・・」
よいこらせ、とアルファーンズが立ち上がって、服についた砂を払う。
「まぁホントだから。論より、証拠ってことで・・・・・・」
すっと、手が伸びると、料理の一片をミトゥの口にほおりこんだ
「んむっ!?……あ、美味しい、さすがラスさん」
レシピを教えてくれた半妖精を賞賛する、本人は書かれてある通りに作っただけだった用だ。
「またレシピをそのままご丁寧になぞったな?」
「だって、始めての料理を自分流にアレンジする自信なんてなかったもん」
「アレンジぐらいできるよーになれ、あほミトゥ」
「あー、そう言う事いうんだったら食わせてやんない!」
いつもの言い合いの流れ、何時の間にか元に戻っている自分たちに気付き、おかしさが混み上げてくる。
そして思う存分笑いあったら、どちらからともなく、背中合わせにその場に座り込んだ。
「つーことで、ごめん。いろいろ、ごめん」
「うん。しょうがないから、許してあげる」
ミトゥの微笑み。それで今回の喧嘩はようやく終わりを告げた。お互いに、いろいろな想いを通じ合わせて。
見上げた夜空には、一番星が燦然と輝いていた。
「ボクね、ずっと引っかかってた事があったの」
空を見上げながら、ミトゥが口を開いた。
「ん?」
「アルファが女の子くどいてさ、その文句はなぜがボクの所に来てたでしょ? 確かに相棒だけど、どうしてそこまでボクがやったげなきゃいけないのかとか、 そんな事を思ってた」
「あぁ、それに関しては悪かったよ…でも」
もうそんな事はない、と言葉を続けようとした所に、ミトゥの言葉が被さった。
「自信、なかったんだと思う、メリルさんみたいに君のフォローが出きるのか、君を助けてあげられるのかって」
そう言うと、くすっと笑った。夏祭りで見た笑顔のように、もしかしたらそれ以上、それはとても愛らしく見えた。
「でもさ、それに気付いたら馬鹿馬鹿しくなっちゃった。ボクはボク、アルファはそういってくれたよね? だから、メリルさんみたいにじゃなくて、ボクらし く君を支えていこうって、メリルさんの後釜じゃなくってボクとして君の一番になろうってきめた」
「……ミトゥ」
意外なミトゥの言葉に動悸が早くなる。気付いたときには、アルファーンズはミトゥに向かって手を伸ばしていた。
が、それは虚しく空を切った。ミトゥがイキナリ立ち上がったのだ。
「これからもよろしくね、アルファ。まだいたらない相棒だけど、君が一番信頼できるほどの相棒になってみせるから」
満面の笑顔を見せて、握手を求める様に手を伸ばすミトゥ。
しかし、アルファーンズは間の抜けた顔をしていた。
「・・・・・・相棒?」
「うん、君が一番に信頼できる、一番に頼れる相棒になるの、だから、アルファもボクのフォロー頼むぞ?」
いや、それならもう十分、信頼できる相棒になってる。てゆーか、俺の一人走り? うわ、カッコ悪っ!
心の中で葛藤する。どうやら、完璧な勘違いだった様だ。
「・・・・・・こんの・・・・・・アホミトゥ!! 期待して損したじゃねーか!」
「はっ? なに急に? つーかどうして損するのさ、期待しててもいいって―の!」
完全に、話は噛み合ってなかった。
「メリルさんに、なんてお参りしたの?」
二人は散々言い合いをしたあと、改めてメリルアネスの墓に祈りをささげた。
アルファーンズが持っていた二つの聖印のうち、マイリー聖印を首からさげ、それに手を置いて瞑目した後、ラーダ聖印を握り締め瞑目していたアルファーンズ に、ミトゥが不意に問い掛けた。
横目でちらりとミトゥを見ると、墓標代わりの剣に水をかける。
「いろいろありがとう」
くるりと踵を返し、出口に向かって歩みを進める。慌ててそれを追うミトゥ。
「それから、ずっと束縛していてごめん。って」
「そっか・・・・・来年もまた、一緒にお墓参りに来ようね」
「ああ」
しばらく無言で帰路をたどる。しばらく歩いて、河原まで出てきたあたりでアルファーンズが口を開いた。
「ミトゥ。ひとつだけ、約束だぞ」
「なぁに?」
「一日でも長く、俺より長く生きろよ」
くるりと振り返り、それだけ言ってまた黙り込む。沈黙が支配する。ハザード川のせせらぎすらも、耳を劈くほどと錯覚する。
そして――
「・・・・・・いでででで!!」
ミトゥがアルファーンズの頬を引っ張った。
「アルファそれ、一昔前に流行った物語のクライマックス近くのセリフ、パクっただけじゃん。パクったからマイナス五十点、ついでにそれが恋愛ものだから更 にマイナス五十点」
ぎゅーっと遠慮ナシに引っ張りながら、じと目でそう言った。
「げ、なんでお前が知ってる!?」
ばっちり決まった。さもそう言いたげだったアルファーンズの表情が、一気に驚愕のものに変わる。はぁ、と大きくため息をついたミトゥは、
「あのね。東方語の勉強になるから、ってその物語を薦めたの誰だっけ?」
無論、アルファーンズに東方語の基礎を教えたミトゥその人である。
「・・・・・・なんだ。アレ、読んだことあったのか?」
「当たり前でしょ! 読んでもない本薦める人がどこにいんのよ!」
ギリギリと限界まで引っ張り、手を離す。
「やっぱ君には、カッコいいのは向かないね。べーっだ」
舌をべーってやって、ミトゥはけらけら笑いながら走って逃げていった。
「んだとゴルァ! てめこら、待ちやがれ!」
拳を振り上げ、そのあとを追いかけるアルファーンズ。
追いかけ、逃げながら二人は同じことを思っていた。
今日を境に何かが変わったといわれれば、何も変わっていなかった。今まで通りに、こうして馬鹿をやって、笑って、怒って、お互い気兼ねしないでいられる ことが何よりも幸せだった。
ただ。なんら変わりのない日常に、確かな目標と確かな想いを持つことが出来ただけだった。
少年の、少女への想い。少女の、少年に対する信頼をより得る目標。
気は合うが、空回り続けの二人は、まだまだ一歩を踏み始めたばかり。これからどうなるかは、文字通り二人次第ということ。
ごちん★
「いったー! アルファがぶった、本気でぶった!」
「俺を本気にさせたお前が悪い!」
「本気って、だから意味がわからないって―の」
夜の帳が下りた街。
いつもと変わらない、二人の声が浸透していった。
[了]
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