鉱山を救え( 2003/10/23)
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作者
枝鳩
登場キャラクター
ラディル、アスリーフ



・・・オランからおおよそ北西に数日の場所、山の中をアスリーフとラディルは静かに進んでい た。二人とも、いわゆる金属や革のいわゆる「鎧」は身につけておらず、動きやすい格好だ。
基本的に岩山であり、木もさほど生い茂っている訳でもない。やや雲が多いものの、気持ち良く高い秋の空がその間から見えた。
「う〜ん、秋の天気はわからないからねぇ」ふと上を見上げ、アスリーフが肩をすくめた。
「そうっスね。どっちにしろ急いだ方がいいっス」西方語に、西方語で応えるラディル。アスリーフは頷き、更に二人は山中を進んでいった・・・。


 10の月の初めの事、アスリーフは旅商人オン・フーから仕事を紹介された。翌日、彼は早速依頼人・・・リストールと言う雑貨商・・・と会うことにした。
要するに、鉱石類・・・特に蛍石・・・の大事な取引先である鉱山からの連絡が無い、調査してきて欲しいという依頼だ。鉱山と言ってもごく小規模なものだ が、と依頼人は付け加えた。
「でも、何でいきなり冒険者に頼む事にしたの?まず使用人とかに行かせてみれば良いでしょ?」
アスリーフの問いに、リストールは微笑しながら歯切れよく答えた。
「大したことが無いのなら、何とかして連絡をよこしてくるでしょう。普通の人間には対処できない何かがあった可能性が大きい、私はそう見ているのです。
確かに明確な根拠はありません。ただ、使用人程度を向かわせても無駄だ・・・商人のカンとでも言うべきものが私に告げているのですよ」
アスリーフはこの論理に納得していない様子だったが、報酬も悪くなく、目立って怪しむ理由も無いので結局請けた。

 事はリストールの予感通りであった。
入り口への道・・・山に囲まれ、そう広くない一本道になっている・・・の前に見張りらしき人物が立っているのをアスリーフは確認した。それ自体はリストー ルから聞いたとおりだが、聞いた服装とまるで違った。
見張りに気づかれていない事を願いながら何とか山の裏へ周って近づき、草木の陰に隠れて待ち、鉱山から出てきた作業員の一人からなんとか話を聞くことに成 功した。
突然襲ってきた10人ほどの山賊に鉱山がのっとられた事。地下水脈があると言うはったりで何とか作業を遅らせているが、計画性も無く掘らされているので崩 落の危険すらある事。
話が出来た時間はそう長くなかった。アスリーフは何とかする事を約束して、出来るだけ急いでオランへと向かった。

 報告を聞いたリストールは、予感のおかげなのか、別段驚いた様子も無かった。
明日には傭兵と共に退治に向かって欲しい、と言う追加の依頼を申し入れてきた。
「ええ、出遅れて逃がしてしまって、味をしめられても困ります。ただ、やはり急な事なのでそう大人数は無理でしたが・・・。山賊は必ずしも全滅させろとは 言いませんが、徹底的に懲らしめてください。
ああ、もう一人二人冒険者の方が居てくれると助かりますね。何しろ専業戦士しか集められなかったので」
微笑を浮かべつつ、仕事の報酬を渡すリストール。アスリーフは依頼を請けるとだけ答えて、何はともあれ疲れているので一旦宿に帰って寝ることにした。

 その夜アスリーフはきままに亭に飲みに行き、そこで若く、穏やかそうなドワーフ・・・ラディルと出会った。
尻を野良犬に噛み付かれたまま酒場に入ってきた姿は不安を誘ったが、アスリーフはその状態のまま一日を過ごしたと言うラディルの根性(?)にむしろ感心 し・・・。
そして、その彼が山賊退治の話に、”力無き人の盾になりたい”と言って乗ってきたときに彼に断る理由は無かった。

 こうして次の日の正午少し前、リストールの傭兵6人とラディル、アスリーフは北門の外に集まった。リストールも見送りに来ていた。
「オイラはラディル。大地母神に御仕えする身っス」
リストールが少しとは言え驚いた様子を見せたので、アスリーフは満足を覚えた・・・ラディルは不思議そうな顔をしていたが。
「そうですか、大地母神の信徒が冒険者をなさっているとは思わなかったもので、失礼しました。相手は凶悪な山賊です・・・お願いしますね」
その後少々話しただけでリストールはすぐに去り、冒険者と傭兵の一行はすぐに出発する事にした。
オランから少し離れたところでお互い簡単に手合わせをし、実力を確認しあうことになった。
ラディルは積極的に参加したがらなかったが、アスリーフが説得した。ラディルには、自衛でも修練でもないのに武術を使うのに抵抗があるようだ。
「・・・いや、オイラはちょっと・・・」
「力を見せる事で信頼して貰うしかないんだよ。特にこういう連中にはねぇ」・・・ラディルは、マーファの印をきった。
リーダー格の一人以外の傭兵たちは、腕は悪くないが経験が足りないようだった。やや動きが堅い。その割に全員がきちんとした装備をしていたが。
その後、急ぎなので日中は進む事だけに集中し、具体的な作戦などは野営のときに話し合う事となった。

 「さて、着いたらどうする?作業員を人質に取られると少々厄介だ・・・正面から攻められれば楽なんだがな」
野営の準備・・・と言っても簡素なものだが・・・が整ってから、話し合いの時間となった。リーダー格の男の言葉にラディルがまず口を開いた。
「あのー、どうしても戦わなくっちゃダメっスかねぇ。相手は怪物と違って話もできるし、他の方法は・・・」
・・・全員の視線がラディルに集まった。何を今更・・・と言う冷たい視線。それでもまだ何か言おうとするラディルをさえぎってのんびりとアスリーフが口を 開く。
「おれ達は山賊退治に来たんだよ。それに、話してわかるやつばかりじゃないのはあんたも知ってるでしょ?でも、確かに正面から全員倒す必要は無いだろう ねぇ・・・さて」
その夜の作戦会議では、これ以降ラディルは口を開かなかった。戦い以外の解決は無いものかを真剣に考えていたため。そして、大地母神に祈りと質問を捧げて いたため。もっとも、それに対する確たる返答は返ってこなかったが。
しばらく話し合って、以下の事が決まった。
・傭兵たちは見張りから見つからないように潜んで、ある時間になったら突撃する。
・野伏の技能があるアスリーフとラディルは山の中を裏から回り込んで、傭兵たちの攻撃と同時に作業員の保護と奇襲を行う。
・・・その後(見張りを除く)皆が眠りに付こうとしていたとき、それまでほとんど身動きしなかったラディルが顔を上げ、アスリーフに話しかけた。
「・・・いい考え、思いつかないっスねぇ。今日のところはもう寝るっスよ」
焚き火のせいで濃くなった影のため、アスリーフにはラディルの表情はわからなかった。・・・もっとも、たとえ明るくても亜人種の細かい表情を彼が読み取れ たとは限らないが。

 それからの行程では、ラディルと傭兵たちの間には明らかに壁が出来てしまった。
傭兵たちにとっては、戦いこそが生活であり、飯の種であり、価値観を支配するものである。さらに、彼らの中のドワーフ像とラディルとの間にはかなりの隔た りがあったことも一因かもしれない。
中には、腰抜けだとか何だとか公然と言いはじめるものも出てきた。
ラディルはラディルで、その程度の言葉には動じない。やや白い目で見られながらも大地母神への祈りを事あるごとに欠かさなかった。
彼は自分の行動は間違っているとは思わなかったし、なるべく戦わないで済む方法を考える事を止めなかったが、それを傭兵たちに押し付ける事は出来ないこと もわかっていた。
他に話し相手が居ない分アスリーフとは良く話したが、彼もラディルの意見に賛成はしなかった。
相手を殺す事にこだわりも楽しみも抱いては居ないが、ためらいは無い。戦う事、それで生きていく事にあまり疑問を持たない。アスリーフはそう語った。
横を歩いているこの人間も、傭兵たちも、そしてこれから退治しに行く山賊たちも・・・多くの者がなぜ戦いをそうまで肯定し、自らその渦に飛び込んでいくの だろう?
これに似た疑問を考えるのは、別に初めてのことではないが・・・ラディルはゆっくりと考え、また大地母神に祈った。
アスリーフはラディルの気持ちも知らぬげに、干し果物を美味そうに食べながら歩いていた。

 そして、入り口から十分離れた場所で傭兵たちと別れ、山登りをはじめた。
「じゃ、次の正午に決行だ。そっちは頼んだぞ」
簡潔に言うリーダー格の男の声と表情を、アスリーフは単純なものとは取らなかった。
結局、あの傭兵たちはこちらを信用していないのだろう・・・ただ、作業員の安全の確保と言う面倒、責任を押し付けられる相手としてしか見ていないのではな いか?
思いっきり戦闘をやろうと思ったら、たしかに作業員は邪魔だが・・・あまりに軽く見ているのではないか。
などと考えていると。
「どうしたっスか、ぼうっとしてるみたいっスけど?」
アスリーフは苦笑で応えた。彼の考え込む姿は、まさしくぼうっとしているようにしか見えない。


 さて、二人は山道を何とか踏破して鉱山入り口の上に居た。藪の影に隠れて様子を窺った・・・見張りが、一人。
途中見えた住居では数人の人影を確認したものの、鉱山の中に何人居るのか、どのように見張っているのかわかったものではない。正午まで、まだ十分時間があ る・・・二人はとりあえず仕掛けの準備に取り掛かった。
油と粗朶を使った簡単なものだが、隠れながら作業をするのはなかなかに難しい・・・ラディルはそんな事を思いながら木の枝を括っていたが、その作業を終わ らせるほどの時間は与えられなかった。
見張りの男が急に入り口の反対側を向き、隣ではアスリーフが眉をしかめている。もちろんラディルにもその原因がわかった・・・向こう側から、叫び声らしき ものが聞こえてきたのだ。
向こう側から男・・・山賊が一人駆けてきて(二人は素早く完全に伏せて身を隠した)、見張りの男に声をかけるのを聞いた。
「敵襲だ!相手は6人、しっかり武装した戦士の一団だ!」
「なんだと!ちっ、少しばかり長居しすぎたな。だから俺は・・・」
「今はそんな事言ってる場合じゃねぇ!俺はすぐ向こうに戻るが、お前は三人ほど連れてこい。見張りは一人でいい。急げ!」
すぐに山賊二人正反対の方向に走り出した。一人は戦いの場へ、一人は鉱山の中へ。
「やれやれ・・・まだ準備も何もしていないのに。あいつらに見つかったか、それとも・・・」アスリーフが呟いた。
「何にせよ、見張りの数が少なくなったのはいいことっス。山賊が向こうに行ったら急いで作業員さんたちを助けに行くっス!」
ラディルは言いながら木の枝を放り出し、そのしっかりした拳の上にセスタスをはめていた。
「一人だけだったら簡単に済むだろうね。でも、その後傭兵を助けに行かなくちゃ。おれ達が請けた依頼、一番は山賊退治なんだからさ」
ゆっくりとした何気ない言い方だったが、準備するラディルの手が止まった。結局、この依頼自体の最大の目的は作業員の救出ではない事を、思い出したからで ある・・・。

 入り口の外で見張りをしていた男を加え、四人の山賊が走り出て行く様子をアスリーフは見守っていた。見える範囲には、もう山賊は居ない。
ラディルと作戦を確認しながらある程度まで慎重に降り、一気に飛び降りた。土の上で一転、敵が居ない事を確認して跳ね起き、ラディルに合図を送る。
・・・鉱山の中は思ったほど悪い環境ではない・・・そう思いながらアスリーフは進んでいった。暗すぎも、狭すぎもしない。だが、靴音がどうしても響く。槌 音がしているが、足音を打ち消してくれるほどではない。少なくとも完全な奇襲は無理だろう。
リストールに貰った書付によれば、ゆるい曲がりの先はそろそろ分岐点だ。そして、予想通りならそこに・・・。
「おい、誰だ?」殺気立った声。
見張りに残った男であろう。左右の松明に、抜き身の剣身がギラリと光る。近くに鉱夫が居る・・・何事があったか、聞きにでも来ていたのだろうか?
人質にとられるとまずい。彼我の距離は10メートル弱。
「Bだねぇ」「Bっス」ほぼ同時に作戦名を呟き、確認する。
ラディルが駆け出すと同時にアスリーフも駆け出し、腰の水袋を外して片手に持った。アスリーフは俊足を生かして一気に近づき、水袋を相手に叩きつけた。
狙った顔面からは少々外れたが、あらかじめ口紐を緩めてあった水袋から飛び散った液体・・・飛び切り強い蒸留酒は十分に役に立った。・・・濃密な酒精が山 賊の目を焼く。
悲鳴か罵りか、意味不明の叫び声を上げた山賊が剣を振り回す。自分の行動の効果を確認し、薄く笑ってアスリーフは回避した。
そこにラディルが突っ込んできた。剣を持つ手を掴み、山賊のバランスを崩す。絶妙の瞬間にセスタスによって強化された拳が相手の下腹部にめり込んだ。相手 の勢いを完全に利用して、回転をかけ・・・男の体は見事に浮き上がり、背中から地面に叩きつけられた。
身長差をものともしない凄まじい技を目の当たりにして、アスリーフは短く口笛を吹いた・・・男が気絶した事を確認し、作業員に出来るだけ簡単に事情を話し た。
「さて、こっちはもう大丈夫だろうね。ここは任せて、おれ達は向こうを助けに行こうか」
アスリーフはのんびりとした口調で話しかけたが、ラディルからは返事が返ってこなかった。
戦いたくは無いのだろうね・・・それなら別にいいさ、と思いつつ、アスリーフは入り口に向かった。ラディルの足音と、鉱夫が山賊に一発蹴りを入れる音が後 ろから聞こえた。

 ラディルは考え込みながら走っていた。鉱山と中に居る人の安全を確保できたのだから、もう戦わなくてもいいのではないかと。
大地母神の信徒である彼としては無理もない考えだが、現実に選択の余地は無かった。入り口に近づいた二人が目にしたものは、向こうから走ってくる一団の人 影。傭兵に押し返された山賊と、それを追う傭兵たちだ。
「逃げ込んで人質を取って立てこもる事にでもしたのかなぁ?こっちに向かってくるからには、戦うしかないねぇ」
アスリーフがそういいながら、背中にかけてあった小楯を構え、片手剣を抜くのを片目で見ながらラディルはため息をついた。アスリーフは、何で戦闘を心待ち にしているのだろう?
自身もライトフレイルを構え、山賊を迎え撃った。

 戦闘は終わった。山賊は意外と多かったものの、二人ほどが逃げ、残りのほとんどは斃れ、気絶や降参で生き残ったのはわずかだった。
傭兵側は落石の仕掛けの直撃を受けて死亡した者が一名、他もリーダーを除いて程度の差はあれ怪我をしていた。山賊も、善戦したと言っていいだろう。
ラディル、アスリーフの両名は、山賊が疲弊したところに当たったせいか、怪我はかすり傷程度で済んだ。もっとも、服は所々切り裂かれてしまったが。
死体を埋め、鉱夫の長からリストールへの手紙を受け取り、荷馬車を借りてその中に縛り上げた山賊を突っ込み、オランへの帰途に着いた。

 アスリーフは、上機嫌だった。荷馬車の横を歩きながら手の中の濃い紫色の蛍石を放り投げ、それをまた手で受けた。
日の入りも近づき、空の端とまばらに浮いている雲の下面が美しい赤色に染まっていた。あの鉱山の特産で、お礼代わりに貰った蛍石の原石は地の石にくっ付い たままのそう大きくない結晶だったが、夕焼けの光に透かしてみるととても綺麗な色合いに見えた。
仕事は上手く行った。山賊の頭はなかなかの腕前で、収穫もあった。ただ、上機嫌ではあるが満足ではない・・・マントをすり抜けた風が、服の布地が切り裂か れた部分から警告のように吹き込む・・・冷たい。自分の技量の未熟の証だ。
ふと、表情はいつもと変わらないものの、黙って歩いているラディルのほうを見やった。ラディルも、自分の未熟さを考えているのだろうか・・・。

 ラディルは、手の中の緑色の蛍石を見つめていた。どぎつくも淡すぎもしない、優しい感じのするちょうどいい色合いだ。大地から取れた、美しいカケラ。
何となく感じた疑問を手の中の宝石か、自分自身か、信じる神か決めないままに問いかけていた。
オイラが鎮魂した死者たちが再びこの世界に生まれ変わってきたのなら、また戦いを繰り返して死んでいくのかなぁ・・・、と。
夕焼けは綺麗だったが、赤すぎた。流した血をどうしても連想させた。人を救った、自分の目的を果たした満足は確かに有ったが、何となく手放しでは喜べない 気持ちだった。

 オランはもうすぐである。帰ったらリストールに渡すものを渡して、報酬を受け取って・・・。またいつもの日々に戻るのだろう。
日暮れ時の道を、一行は進んでいく。






  


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