濡れ衣と言う名 の正義( 2003/11/05)
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作者
カムイ・鈴
登場キャラクター
キャナル



目が覚めた時、目の前でオレンジ色の光が揺れていた。
振動が響く頭を軽く振って意識をハッキリさせる。

「・・・・・ここは・・・・?」

景色は意識を失う前と変わっていない。
薄暗く、しんと静まり返った地底湖のほとり。
そのほの暗い湖の中に、私の身体は放り込まれた筈だった。

「やっとお目覚めかよ」

気だるそうな声が横から(まだ意識はしゃんとしてなかったので
左右どちらかは分からなかった)男の声が聞こえて来た。
反射的に向くと、紅い髪を目元まで垂らした中肉中背の男性が、
焚き木の近くの地面に腰を下ろしてこちらを見ていた。
私は彼の名前を思い出すのに十数秒掛かった。

「アルフォードさん」

「アザリュートだ。バカ者」

しかも間違っていた。

そこで私は自分の身体に毛布が巻かれているのに気付いた。
同時に、その下に常時着用しているローブは無く、
下着しか見に付けていない事にも。

「っ!?」

「て前の服なら後ろに乾かしてある。文句を言われる筋合いは無いぞ。
て前が勝手に水の中に落ちるのが悪いんだろーが」

「あれは・・・・・」

大蜘蛛の攻撃を受けようとして。そう言い掛けた私に彼は、
先制攻撃を掛ける。

「カナヅチなら先にそう言えバカ者。そうすりゃすぐにでも
水の中から引き上げてやったものを」

「・・・・・・・御免なさい」

言い返そうとも思ったが、今はそんな元気も無い。
それに、助けてくれた事に間違いは無かったのだから。

「・・・・・? ワッグさんは?」

私は周囲に屈強な身体の戦士が居ない事に気付き、
アザリュートさんに問う。
彼は無言で、焚き木の近くの不自然に盛り上がった床を指した。
その上には形の良い石が無数に詰まれている。

「て前が気絶してる間に、一瞬だったからな。手の施し様も無かったよ。
墓は死んだ場所に立ててくれ。何でかは知らねぇが、
一応それ位の事はやってやったさ」

「・・・・・・・・・」

私は無言でその【墓】を見詰める。そして、立ち上がれる位に
身体に体力が戻って来ると、毛布をしっかり身体に巻き付け
(案外小さい物だったから)、ワッグさんの元へと歩む。

【墓】の前で印を切り、静かに言葉を呟く。
アザリュートさんはそんな私を、相変わらず気だるそうな紅い眼で、
じっと見詰めていた。

「オレは寝るぞ。その間見張りはお前だ」

やるべき事を終えた私に彼はそう告げて来た。
一方的な言い分に私は言葉を返した。

「あの、私まだ体力が完全に・・・・・」

「て前を助けてやったのは誰様だよ?」

それだけ言うと彼は横になってしまった。
一分もせずに寝息が聞こえて来る。
私は冷えた身体をなるべく早く乾かそうと、焚き木に寄る。
ローブに触れてみたがまだ濡れていた。
仕方無く毛布のままで見張りをする事にする。

「おい」

「はいぃっ!?」

寝ていたと思った人物からの声に、私は可笑しな声を上げた。
彼は構わず語り掛けて来る。

「・・・・・キャナル・・・・・これの価値はどの位だ?」

横になりながらも上げられた彼の腕には、琥珀の輝きを持つ
指輪があった。
私はそれを遠目で眺めた後、首をひねる。

「さぁ。私も目利きが出来る訳じゃあないから。
まぁ、高からず安からずといった所かしら?」

「そうか・・・・・そうだな。もう一つ聞くぞ」

私の返事をやはり聞く事も無く、彼は続けた。

「ワッグは、こんな物の為に逝っちまったのか?」

「・・・・・・その言い方はワッグさんが可愛そうだわ。
彼に対し私達に出来るのは、この仕事を成功させる事位よ。
街に行って依頼主に指輪を届けて。そうすればワッグさんも
少しは安らいでくれるんじゃないかしら」

「・・・・・ハッ。そりゃて前が偽善ぶる為の言い訳だろうが。
オレが聞きたいのは、ワッグはこんなチンケな指輪の為に死ねて
満足かって事だ」

「そんな訳無いでしょうっ!」

思っていたよりも私の声がハッキリしていたからだろうか。
彼は私に驚愕の顔を向けていた。
私は両手を強く握り締めて言葉を吐き出す。

「死んで満足なんて、誰がするものですか!
どんな状況だって、死が満足と結び付く訳なんてないわよっ!
・・・・・・でも、納得はしてると思うわ」

「・・・・納得だと?」

「この職業に就いた時から。何時死んでも納得出来る。
そういう思いはあったでしょうね。少なくとも、
死ぬのが嫌だなんて人はこんな職には就かないわ」

彼はそれ以上は何も言う事無く、私の顔をじっと見詰めていた。
やがて、彼の手から私の手へと指輪が投げ渡された。
私が表情で回答を求めると、彼は少し物悲しそうな顔で言った。

「オレが持ってるとぶっ壊す恐れがある。て前が持ってろ。
・・・・・・・それと、毛布落ちてるぞ。バカ者」

肌の露出した身体を隠す私の赤い顔を見ていた彼は、
少し笑っている様に見えた。


「キャナルっ!! 何処に行きやがった!!」

声を荒げてオレは宿の適当な家具を蹴り上げた。
街に帰って、宿を取って明日、つまり今日報酬を受け取りに行く
約束をしていたにも関わらず、あの女の姿は無い。
無論、指輪は奴が持っている。

「・・・・・・ハッ。持ち逃げか。やってくれるな」

ハッキリ言ってあの女がそんな事をするとは思えなかった。
だが、人間なんざそんなもんだ。
三年も同じパーティーに居たってのに、手の平返して
オレを殺そうとした奴も居る。逆に殺してやったが。
そんな事を平然としてやってのけるオレも人間て訳だ。

「そしてキャナル・・・・。て前も所詮は人間か。
だが、引き下がるのはオレの正に合わないんだよ」

壁に掛けた大剣を取り、オレはあの女の後を追った。
何処に居るかは知らないが、見付けるさ。
必ずな・・・・・・。


「これを届ければ良いんだね?」

行商の中年男性に私は深く頷いた。彼が向かうのは、
ブティオという名の村。オッグさんが故郷として
語ってくれた場所。

「お願いします。それと、妻と娘さんが居る筈ですから。
御免なさい、って・・・・・」

「分かったよ」

男性が馬を走らせ、見る見る内に馬車は小さくなっていく。
私はそれを、足元に座り込んでいる一匹の猫と見詰めていた。

「・・・・・仕事、失敗になっちゃったわねぇ。
アザリュートさんには悪い事をしたわ。
・・・・・・でも、これが私の信じたやり方だから。
私の正義だから・・・・・」

小さくあくびをする猫を見て、私は小さく微笑を浮かべ、
猫を自分の胸元に抱え上げた。

「行きましょうか。アップル」






  


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