左拳
( 2003/11/14)
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作者
案山子
登場キャラクター
アハト
左拳を突き出す。
左拳を突き出す。
左拳を突き出す。
左拳を突き出す。
左拳を突き出す。
左拳を突き出す。
左拳を突き出す。
何千編も繰返す。
両足を肩幅に開き、右足を一歩前に出す。膝を柔らかく曲げ、両手を顔の位置まで上げる。そして左拳突き出す。
左拳を突き出す。
左拳を突き出す。
左拳を突き出す。
左拳を突き出す。
左拳を突き出す。
左拳を突き出す。
何千編も繰返す。
アハトの左拳は容易に顔面の急所を捕えた。通常拳闘士は左拳を出しつつ相手に近付き、右拳で相手を打ち倒すが左利きの彼は前に構えた右を打たず、打ち倒 す為の左拳を間合いに入ると同時に打ち出す。常套を覆す事と前動作が皆無な事、そして強烈な破壊力故に彼は勝ち続けた。
イアーゴー門下にアハト有と言われ、実際に闘技場で客を捕れるようになるのは間近だと言われた。
他道場との交流会が行われたのはそんな折だった。
師範イアーゴーの嘗ての兄弟弟子、"鉛の"ダニーロの道場と"大海の"イヴォンヌの道場だった。
道場同士の交流は珍しい。敵対関係なわけではないが、無闇に互いに練習内容を知られたくはないし、将来殴り合う相手と、もしかしたら殺し合うかもしれな い相手を前でリラックスして酒は飲めない。
だから交流試合はあっても、交流会はあまり好まれず、頻繁でもない。しかしアハトは交流会が好きだった。普段と違った連中と酒を酌み交わし、技術の話を する。打ち解けたようでいて自分の最も大切な秘密を隠す小さな緊張感もまた面白い。
「アハトさんの左拳って避けられないですよね。」
ダニーロ道場の若手の話からテーブルではアハトの左拳の話が始まった。
曰く避けられない
曰く当たったら立ってられない
悪い気はしなかった。
「実はアハトの左拳さ、こちらもリードの左出さずに右から打てば案外返せるんだよな。」
同門の男が言った。
酒の席の事だし、事を荒立てても何だと黙っていた。その程度で返される事もないだろう。そう考えていた。
しかしそれから戦績は一変した。
拳が当たらなくなった。自慢の左拳に右拳が合わせられ、持ち前の突進力と剄は自身を傷つけることになった。
勝ちを重ねた輝かしい戦表はたちまちに黒く塗り替えられ、評判は地まで落ちた。
「お前のせいだ!」
同門を殴りつけた。単純だが確実な手段故に得意技は破られた。そしてそれを基本に建てられた戦術も全てが瓦解した。
「お前のせいだ!」
押し倒し殴り続けた。小さくも輝かしい栄光も、連勝の記録も、そして左拳を打ち続けた日々も、全てが瓦解した。
「何やってんだ、アハト」
頭から冷水を浴びせ掛けられた気がした。
振り返ると師範が立っていた。
「何やってんだ、アハト」
同じ質問を繰返した。
沸騰していた頭は冷え切ったが、怒りは収まらず、事の顛末を話した。
「通常牽制の左を放ち右で打ち倒すところが、最初の左拳が珍しい右前の構えだけに相手が応対できず喰らう、と。」
にやりと笑う
「簡単な事じゃないか。案ずるより…とは良く言ったものだ、多くの練習生を苦しめたアハトの得意技の対抗策が、四方やこんな単純な事だったなんて。」
おかしくて仕方がないと言う感じだった。
「師範!」
掴みかかりそうな衝動が体を走る。頭が再沸騰した。
「まあ、落ち着け。体は熱く、頭は冷たく。拳闘の基本だぞ。」
再び頭から冷水を浴びせかけられたが、焼け石に水だった。
「何がおかしいのです!俺の鍛錬が無駄になったことがそこまで愉快ですか!」
「鍛錬?お前が何をしたって言うのさ。」
イアーゴーは笑い続けていた。
「アハト、構えろ。」
腹を抱えて、イアーゴーは言った。
「構えろ。」
呆然としているアハトに、イアーゴーは繰返した。
「お、押忍。」
構えた。右足を一歩前に出し、顎を引いて両拳を顔面の高さまで持ってくる。
「今から俺は右拳でお前の鳩尾を打つ。」
イアーゴーはもう笑っていなかった。
「捌いてみろ。」
「押忍!」
イアーゴーの右の突きは真っ直ぐ、最短距離アハトを貫いた。
スウェイやボディワークでかわせるようなスピードではない、手で捌けるようなものでもない。
「わかったか、これが得意技だ。」
水月を貫かれて反吐をぶちまけるアハトに、イアーゴーは言葉を続けた。
「良いか、アハト」
子どもをあやすような、優しい声だ。
「マークされたからきまらない技なんざ、得意技じゃないんだ。そんなものは、お気に入りの技とでも銘打っておきな。」
返事をすべきだったのだろうが、声が出なかった。
再び、左拳を突き出す動作を繰返す事になった。
フェイント、牽制、右のリード、フットワーク、ボディワーク、体のあらゆる動作を利用して、左拳を相手に打ち当てる。
左拳はアハトの元に帰ってきた。
そして、闘技場に立った。
初戦は乾いた夏の日だった。
相手はダニーロ道場の拳闘士とだけ聞いていたが、いざ闘技場に立ってまず軽く驚いた。相手はドワーフだった。
ダニーロ道場のドワーフの話は聞いていた。"ビヤ樽"ムリーロ。元々盗賊だったが、失態から捕縛され、拳闘士として売られてきた男だ。
身長差は約2尺(60cm)、しかし体重は変わらないかもしれない。
いける
アハトは感じた。
案の定、試合は一方的だった。アハトの右の牽制は面白い様にムリーロの顔面を叩いた。左足で地面を蹴り、スナップを利かせた右の拳は相手の鼻を、顎を、 目を面白いように打ち抜いた。しかし決定打が与えられない。しかし左拳が出せなかった。嫌な予感がした。
くそっ
プレッシャーに耐えかねて左拳を放つ。
左足の親指付け根を視点に足を回転させ、その回転を腰、肩に伝え、肘が伸び、拳が相手の顔面を捕える。
刹那、ムリーロはアハトの胸元に飛び込んできた。拳を打った瞬間を狙われ、転倒する。
左アバラに痛みを感じた。ムリーロは倒れこみながら、右肘をアハトの左アバラに押し付けていた。
これが狙いか
最初から左拳を狙われていた。
馬乗りになろうとするムリーロを引き剥がし、立ち上がる。
左のアバラを折られた。後左拳は何発打てるだろうか。
寧ろ打てるのか。
再度合わせられてアバラを痛めつけられるのが関の山なのではないだろうか。
「良いか、アハト」
子どもをあやすような、優しい声だ。
「マークされたからきまらない技なんざ、得意技じゃないんだ。そんなものは、お気に入りの技とでも銘打っておきな。」
左足の親指付け根を視点に足を回転させ、その回転を腰、肩に伝え、すぐ様引き戻す。
重心を安定させてムリーロのタックルを受け止めた。
二人は立ったまま動けなくなった。
よし
ムリーロは勝利を予感した。
この間合いならば突きは打てない。後は放されても放されても組み付いていけばいつか倒すことができる。
スタミナと打たれ強さという点で人間に遅れをとることはない。右の拳くらい、いくらでも受けられる。そう考えていた。
この間合いで出せる技は
アハトは考えていた。
答えは直にでた
左拳だ。
左足の親指付け根を視点に足を回転させ、その回転を腰、肩に伝え、拳は下から相手の顎を捕えた。
顎の砕ける感触を感じた。
「勝負あり!」
審判の声が聞こえた。
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