傭兵稼業 辺塞 に寧日なし(2)
( 2003/12/14〜)
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作者
蛇
登場キャラクター
サイカ
攻撃準備
天空から大地を見下ろしていた月は山の端に隠れ、夜明けの時間が近づいてきた。
村はずれの丘の上では、騎士コウンをはじめとする主だったものが、地面に造られた
村の簡単な模型を見下ろして、作戦会議を開いている。
サイカは傭兵隊の長として、コウンから見て左手に当たる位置に腰を下ろしていた。
コウンは手渡された細長い木の枝をもって、攻撃目標となる空き家を表す小石を指し示した。
「攻撃について説明する。隊は村はずれの森に沿って前進し、夜明けとともに賊のいる
屋敷に奇襲をかけ、山賊どもを蹴散らす。」
「夜明け前に傭兵隊を先遣し、突入の適地を確保、突入を援護する。」
コウンは木の枝で兵士たちが行動すべき方向を示した。
現在位置から道を通って村の反対側のはずれの位置まで移動し、村はずれの森に
達した後は、森に沿って山賊がこもっている屋敷に向かう。
「主力はこの方向から。傭兵隊は兵の周辺を警戒。酔って出てきた山賊に
見付からんように周りを警戒しろ。山賊とかちあったら、捕らえるか、殺すかして、
とにかくこちらの動きがわからんようにしろ。」
コウンは村はずれの森に近い地点を枝で示した。
道路からはやや離れて、より屋敷に近い、森に沿った地点である。
「森に到着したら、本隊はそこで待機。払暁を待って攻撃を開始する。」
「本隊の到着後、傭兵隊については警戒の任務を解き、突入援護の態勢をとる。」
かなり厳しい仕事になるな、説明を聞きながらサイカは思った。
一晩の、それもわずかな時間の間に、二つの異なった仕事をこなさなければならない。
前進する本隊を敵から見付からないようにし、そのまま休まずに傭兵部隊をまとめて
援護の態勢をとる、つまりは山賊のこもる屋敷に肉薄して偵察し、そのまま
待機しなければならないのだ。
「次に突入について説明する・・・・」
村の模型のとなりには、大まかな家の見取り図が描かれている。見取り図の脇には、
連れてこられた村人が所在なさそうに建っていた。
小部隊とはいえ、攻撃の前に煮詰めなければならないことは多い。
作戦会議は、それから半刻ほど続いた。
攻撃前進
黒々とした茂みには露がつき、静々と進んでゆくサイカの軍靴を濡らした。
サイカの左右には10歩ほどの距離をおいて、仲間の傭兵が影のように進んでいる。
夜明け前の空気は冷え込んで、冷気が隠密行動を続ける戦士たちの体にしみこんだ。
糸のように細かった月は完全に山陰に隠れて、山間の村に夜明けが刻々と迫っている。
戦闘に関する細かい打ち合わせを終えると、騎士コウンの率いる小部隊は山賊が
眠りこけているに違いない、村はずれの農家に向tけて前進を開始した。
隠密裏に農家に近づくため、本隊は村の中央を抜ける道をあえて使わず、農家からみて
道の反対側を大きく迂回し、村はずれの森に沿って前進する手はずとなっている。
傭兵たちは部隊の右翼にあって、いつ出てくるかもわからない山賊の動きを警戒している。
本隊との距離はおよそ30歩余り。連絡を取れる範囲で、ぎりぎりの距離を離した。
警戒の任に当たる傭兵たちと、主力部隊が同時に発見されてしまっては元も子もない
からであり、主力部隊が隠密行動になれていないという理由もあった。
主力部隊は頭である騎士コウンをはじめ、全員が徒歩になっている。
これからおこなわれる戦闘は屋内でおこなわれるはずであり、予定通りにいけば、
馬の出番は無いからである。
部隊の最後尾には3頭の馬を引いた正規兵が従っている。緊急の際に投入する予備兵力だ。
完璧な包囲網をしいて屋敷の中だけで方を付けたいところだが、もし山賊が馬を
駆って逃亡するようなことになれば、3人の騎兵が突進して捕らえる手はずになっている。
攻撃目標である農家の周辺は段々畑になっていて、馬の行動はかなり制限されるため、逃亡の
機会は少ないが、それでも万が一ということがありうる。
正規部隊が無事に村の横断を遂げると、サイカたち傭兵隊は本隊と離れて目的の屋敷に
向けて進み始めた。
密集隊形をとることはない。密集隊形は力の激突には有効であるが、四周を警戒するには
向いていないし、ましてや隠密行動などできるはずが無い。
傭兵隊は互いの距離をおよそ10歩に保ちながら、静かに緩やかな坂道を登ってゆく。
時折民家の影に体を隠し、道や広場など体が暴露する場所はできうる限り避けて、
戦場の犬とも呼ばれる傭兵たちは、まさに野犬のように夜闇に紛れて進んでゆく。
夜明けが近づくにつれて辺りをみたしていた虫の声も小さくなり、村は不気味なくらいの
静けさに包まれた。傭兵たちが枯葉を踏みしめる、さくっ、という音が、以外に大きく
辺りに響く。
しかし隠密行動になれた傭兵たちは意に介さない。敵も至近距離で聞き耳を立てている
わけではないのだ。そういう場合もまれにはあるだろうが、そうなってしまうような状況では、
すでに戦は負けたも同然で、彼らの力でどうこうできるものではないのだ。
先頭を行く斥候が手をかざし、あとに続く仲間たちをさえぎった。後ろを前進していた
傭兵たちは、その場で身を低くして体を隠す。
盗賊上がりのその斥候は、手で合図を送ってきた。
「目的地、到着」
「了解」
サイカもやはり声を出さず、合図で斥候に答えた。最も危険で慎重さを要する
仕事が始まろうとしていた。
潜入
サイカは体をかがめて大きな農家の壁に沿って進んだ。後からは二人の仲間が続いている。
家の反対側では、二手に分かれたもう一方の隊が、彼らと同様に家を取り巻いている
はずである。
家を取り囲む壁の外側からでは、中の様子をうかがい知ることはできない。
少なくとも、山賊が大騒ぎをしてはない、ということはわかるが、いまだに起きている人間が
いるのか、そうでないか、そのようなことは家に潜入しなければはっきりしない。
協力してくれた村人の話によれば、二手に分かれた傭兵隊のうち、サイカが率いているほうが
この農家の玄関側になり、分かれた仲間が行動しているほうが裏口側になる。
裏口側には便所、洗面所があるいっぽう、表玄関に近い側にはいくつかの広い部屋が存在し、
山賊たちの大部分と、人質がいると考えられている。
厩はサイカたちが二手に分かれた地点から、ちょうど反対側の、農家の納屋に隣接して
いるらしい。
サイカたち傭兵たちの目的は、サイカが命令で示したように2点ある。
ひとつは山賊がいる位置の特定。
もうひとつは厩を封鎖し、馬の使用を不能にすることである。
この二つを達成し、突入してくる主力を導いて、山賊たちを一網打尽にする。
サイカたちは家の玄関に当たる部分に到達した。
サイカは慎重に聞き耳を立てて様子をうかがった後、地面すれすれに顔を出して、
家の様子を確認した。
表玄関からみて、真正面には農家の母屋が建っている。窓から明かりは見えず、人が
動いている気配も無い。
母屋の右手には納屋らしき建物がそびえている。
サイカはまず納屋を探ることにした。
母屋にいきなり接近することは危険きわまる。壁を一枚はさんだ向こう側には、もう
山賊が寝息を立てている可能性が高く、下手をして発見されれば、作戦全体が
崩壊する。
サイカが後方に合図を送ると、あとに続いていた二人が一気に門を走りぬけ、そのまま
納屋の向こう側、サイカから見て確認が取れない場所まで駆け抜けた。
しばらくしてから、納屋の門から仲間の一人が顔を出し、サイカに向かって片手をあげた。
合図に応じて、サイカもまた一気に門を走りぬけ、仲間の待つ物陰に身を潜めた。
「敵はいない。」
「よし。俺が先頭を行く。」
サイカは物陰で進行方向をうかがっているもう一人の仲間を追い越して、再び先頭に立った。
2,3歩進むと、向こうの納屋の角から、黒い影がぬっ、と現れた。サイカは手にした剣を構えなおし、
空いた左手をぱっぱっ、と2回開いた。黒い影はサイカに親指をかざした。味方の合図だ。
二手に分かれた潜入部隊は再び合流した。
最初に分かれた地点から、お互いにぐるりと屋敷の外壁を回って、円を描くように納屋の
裏手で集合したのである。
「入られるところはあったか?」
「裏木戸がひとつ。家にも裏口がある。」
「よし。納屋に入ってここを拠点にする。」
「わかった。」
サイカの左手は厩になっており、人の気配を感じた馬がぶるっ、と鼻をならした。
厩はそのまま納屋につながり、大き目の部屋ほどもある土間に棚が置かれ、
さまざまな農機具が埃をかぶっている。
傭兵たちは馬の脇をすり抜けて、納屋の中に集まった。
一人が手早く厩にかかったかんぬきを縛りつけ、一人が納屋の出口に張り付いて、
母屋の方向をうかがう。
見張り役の一人を残して、一同は納屋の中で車座になった。
「母屋への潜入を開始する。無理をしないで、入り口だけ確認しろ。俺たちは道案内だ。」
仲間たちは無言でうなずいた。
「分担はさっきと同じ。俺は左。残りは右だ。」
サイカが行動開始の命令を出そうとしたとき、かんぬきを縛った傭兵が手を上げて遮った。
「どうした?」
「馬が4頭しかいない。」
「1頭残っているか・・・・もう探している時間がない。予定通りに潜入する。馬を発見したら、
突入してすぐに抑えるんだ。」
傭兵たちはうなずいた。
「今度は入り口に貼り付け。本隊が突入してくるまで、そこで待つ。」
「外に異常はないか?」
サイカは押し殺した声で、警戒を続ける仲間に問いかけた。
仲間は声を出さず、「異常なし」の合図を送ってきた。
「よし。俺は左。残りは右だ。行け。」
傭兵たちは再び隠密行動を開始した。
日常
傭兵たちは再び慎重に動き始めた。
一人が前進し、安全を確認。前進した仲間の合図を受けて残りが前進する。
サイカの率いる3名は表玄関の側から、残りの傭兵たちは裏口側から侵入を試みる。
サイカは表玄関に張り付いて聞き耳を立てた。
仲間はサイカよりも前に進んで、家の角で向こう側をうかがっている。
自分の気配を絶って暗闇に身を沈めたサイカの耳に、何人分かの寝息が聞こえてきた。
山賊たちは間違いなく壁の向こうで眠りこけている。
10人には足りないようだが、少なくとも3人はいる・・・サイカがそう踏んだとき、
家の中で何かがごそりと動く音がした。
サイカは完全に体の動きを止めて、一切の音を消した。呼吸すらも押し殺して、
こちらの動きを悟られないように細心の注意を払った。
山賊の一人が起き上がったらしい。
ゴトリ、ゴトリと無遠慮な足音が、サイカのいるほうに近づいてくる。
サイカは静かに抜き身の長剣を地面に置き、懐に忍ばせた短剣の柄に手を当てた。
扉の向こう側は土間になっているらしい。
ゴトゴトと響いていた足音は、硬い地面を踏みしめるジャリッという音に変わった。
足音の主は、サイカの位置から玄関の扉を挟んで、足音はおろか息遣いまでも
聞き取れる距離にまで近づいていた。
サイカは身をかがめ、獲物に飛びかからんとする猫になった。
唐突に扉が開いたときは、跳ね起きて相手の喉をえぐる構えである。
足音はサイカが体をかがめている位置を通り過ぎ、壁際に向かって進んでいった。
足音が止まり、ごそりごそりと衣擦れの音がし、数瞬の沈黙の後、
ジョボジョボと小便を垂れる音がサイカの耳に入ってきた。
生々しい尿の臭いが、サイカの鼻腔を刺激した。
再び衣擦れの音がし、足音はサイカの横を通り抜けて、先ほどよりやや足早に
家の中へと入っていった。
足音が砂粒を踏みしめるじゃりじゃりという音から、床を踏むごとり、いう音に
変わったとき、サイカはようやく体の力を抜いた。全身から脂汗が噴き出した。
しかし、それで終わりではなかった。
「動く元気もなくなっちまったようだな。」
男がつぶやく声に、サイカは耳を済ませた。
「最初の頃は泣き喚いてやりがいがあったのによ。」
台詞のあとにへへへっ、という下品な忍び笑いが続いた。
「まあ、いいや。もうすぐこの村からもおさらばだ。それまでは楽しませてもらうぜ。」
再び衣擦れの音が聞こえ、サイカの耳に、荒い息遣いと規則的な物音が
聞こえてきた。
鬼畜の行為を目の当たりにしながらも、サイカは顔面の筋肉一筋も動かさなかった。
まったく変化のない表情と同様に、彼の心もさざなみ一つたたない。
彼は戦場で生きてきた傭兵である。傭兵は戦場で生きる商売であり、戦争とは
組織化された凶悪犯罪に他ならない。
強盗、放火、殺人。まともな社会ならば凶悪犯罪として罰せられるべき罪が、
戦場にあっては英雄の行為となる。
敵に対してはありとあらゆる犯罪が黙認され、強姦もその例外ではない。
サイカにとって、強姦やら、殺人やらといった非道な行為は、少年の頃からなじんできた
故郷の姿といってもよい。絶叫と金属音を子守唄として、彼は育った。
サイカは静かに腰を上げ、警戒を続ける仲間の下に向かっていった。
人質のうち、少なくとも一人は生きている。場所は玄関脇の部屋。
貴重な情報を仲間と共有するために、サイカは仲間の下へと進んでいった。
払暁
空が白むなか、背丈の低い草を掻き分けて、正規兵たちが一列に並んで坂を駆け上がってくる。
傭兵たちが慎重にも慎重に進んできた道を、そろいの制服に身を包んだ一団は一定の速度で
わき目もふらずに駆けてゆく。
太陽が地平線から顔を出すときが、日の出である。
しかし世界が明るくなるのは日の出からではない。太陽が空に昇る少し前に、
世界は野外を歩き回るのに不自由ない程度の明るさとなる。
半刻ほどしか続かない払暁と呼ばれるこの時間は、戦争において非常に重要な役割を果たす。
夜闇に紛れて接近し、払暁にあわせて攻撃を開始する。いわゆる「朝駆け」の典型例である。
人々が目を覚ます直前の時間帯であり、普通ならば人間の注意力が最も低下する。
サイカは屋敷に潜入したときの分岐点で、主力の誘導にあたっている。
隠密行動のできない正規兵が奇襲をするときは、速度を発揮して一気に敵の弱点を直撃する
ことが必要になる。
その際、敵がどこにいるのか、どの敵が最も重要な目標か、どの道を進めばよいか、
といったさまざまな要素をあらかじめ決定しておかなければならない。
いわゆる偵察兵が必要になるのはそのためである。全員が偵察兵になってしまえば
いいと思われるかもしれないが、大人数での行動ほど隠匿するのが難しいため、
必然的に偵察は少数の特殊能力を持った集団が実施することになる。
サイカは大きく手を振って、屋敷の玄関に兵士たちを誘導した。
ガシャガシャと武器がなり、皮の軍靴が地面をける音が当たりに響いた。
最後の兵士がサイカの右手を通り過ぎたのを確認して、サイカは兵士の最後尾について
走り出した。戦闘はひそかに行う段階でなくなっている。力でぶち破るときだ。
壁の向こう側で扉を蹴倒す派手な音が響き、兵士たちの怒声が早朝の静寂を一時に
乱した。
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